ディオにとって、アデレードは不思議な存在だった。彼女は、その黄金の瞳でいつも何かを見透かす。けれどそれは決して不愉快ではない。むしろ、もっと見てほしいと思った。だからだろうか。ディオはそれ以降も、彼女と共にいるようになった。だが決して父親の酒代が底を尽きぬように稼ぎを減らさぬように。先日彼女が言ったようにお金を上げることが関係の理由になりたくない、と初め以来アデレードがディオに金を渡すことはなくなった。彼女は自分の手で稼ぐディオに対して、何かをするつもりはないらしい。ただちょっと会う頻度を減らして、時々、なんとなく「彼女を見たいな」と思った丁度いいタイミングで目の前に現れて、そして気まぐれに話をする。それだけの関係だった。ディオにとっては初めて得た関係だったが、それはどこか心地よかった。彼女はいつも自分からは近づかない。そのくせ人を惹きつけるから、彼女の周りにはいつも人が集まっていたけれど、それでもディオといるときはただの友人でいたし、本人もそれを望んでいたと思う。
その日は、夜に彼女と会った。父親に酒を与え、酔い潰れたところでなんとなく外に出た。特に行く当てもない、気の向くまま歩く。そして自然とあの道へ足を向ける。彼女のいるところへ無意識に引き寄せられるように。少し開けた道に出ると、そこにはやはり彼女がいた。珍しく曇り空でなく、月明かりが淡く彼女を照らしていた。いるのは、彼女一人だけだった。
「……アディ」
ディオが名を呼べば、アデレードはすぐにこちらを見た。
「こんばんは、私の
そんな世迷言のような言葉を吐いて、彼女は微笑んだ。ディオはその言葉に返事をせず、ただその隣に立った。
「その呼び方、やめろよな」
「いいじゃない。私は気に入っているの。私の、私だけの
そう言って彼女はくすくすと笑った。月明かりの下にいる彼女は美しかった。まるで月の女神のように神秘的で美しいのにどこか儚い。そしてそれはきっと錯覚ではないのだろうとディオは思った。
「ねえディオ、ダンスはしたことある?」
「は、」
「ほら、貴族って踊るのが好きじゃない。すぐに無駄にきらきらした場所で、飾り立てた格好で、優雅に踊る」
「……ないな」
「そうでしょうね」
アデレードはそう言って笑ったが、ディオはそれに少しムッとする。貴族と庶民では生活水準が違うのだ。そもそもダンスなどする機会がない。それを笑うのは少し不躾ではないか? だが、そんなディオの心を見透かしたように彼女は、半ば強引にディオの手を取って、薄汚れた貧民街の石畳の上でくるくると踊り始めた。突然のことにされるがままだった彼だが、すぐに「ふざけるな」とでも言いたげに渋い顔をしてみせた。けれど、アデレードは全く気にせずに微笑んで、勝手にステップを踏み始める。
「ほら、ディオ、こうやって。貴族の舞踏会でもするみたいに」
彼女の長い黒髪が、月明かりの下で揺れる。まるで夜を閉じ込めたみたいなその黒が美しくて、ディオはつい見惚れてしまう。
「……貴族気取りか?」
「んーん、練習」
「練習?」
「貴族になったら、踊れなきゃつまらないもの」
「酷い夢だな」
「まさか。私夢なんて見ないわ。あなただってそう。こんな灰の被った場所で一生を散らすような人間じゃあないわ」
その言葉に、ディオは息を呑んだ。彼女は変わらない笑顔でこちらを見る。
「……こんなもの、ただの道楽だろ」
「いいじゃない。ほら、エスコートしてみせて。きっと必要になる日が来るから。ね」
アデレードはそう言って、再び踊るように軽やかなステップを踏む。ディオは戸惑いながらもその手を取って、彼女の動きに合わせてぎこちなく足を動かす。
「ほら、足を踏みそうになってる。こうよ、ディオ」
彼女は楽しげに笑いながら、彼の腰をくん、と引き寄せる。そしてふと、睫毛の長さが分かってしまうほど近くに彼女の顔があることに気づいた。ビリビリと脳みそに甘い電流が走って、ディオは頭がクラリとする。
「できるじゃない」
「当然だ」
ディオは動揺を悟られないように、わざと怒ったような口調で応える。けれどアデレードはそれにも構わず、ただ微笑んでいただけだった。その笑みにまた脳が痺れるのを感じて、ディオは思わず舌打ちをしたくなった。
「次はもっと上手にできるわね、ディオ」
「……誰が次なんかやるか」
吐き捨てるようにそう告げたが、彼女は特に動じることはなかった。ただなぜか、少しだけ寂しそうな目をしているような、そんな気がした。