鼻歌交じりの帰り道。上機嫌に歩く狐坂の前に黒服サングラスの男が立ちはだかる。ゆっくりと振り返ると同じ服装をした男達が拳銃を構えていた。完全に退路を塞がれている。
『あまり勝手な真似はしないでほしいのですが』
目の前の男の持つタブレット端末から声が聞こえた。男が画面を向けるとそこには目がクローズアップされた画像が映っている。
「随分耳が早いんやな?」
『えぇ。私はいつでも見てますから』
狐坂は彼女の言葉に口笛を鳴らすと両肩を抱きしめるオーバーリアクションを取った。
「お〜、怖〜。アイちゃんのアイってラブやなくて目のほうやったりする?」
『さぁ、どうでしょう?』
そして互いの腹の中を探るように沈黙が降りる。暫くの静寂の後に均衡を破ったのはアイだった。
『まぁいいでしょう。今回は警告までに留めておきましょう。……ですが次は無いと思って下さいね?』
黒服の男達を従えてアイはその場を後にした。一人取り残された狐坂は不敵な笑みを浮かべる。
「さて、どうやろなぁ?」
「え〜〜っ!? 狐坂と会った!?」
D.A.T.A基地の研究室で玲が驚きを露わにする。あまりにも甲高い声だった為にその場にいた創斗と心護は思わず耳を塞ぐ。
「まぁ、はい」
「それでどうしたの?」
「最終的に戦闘になって、バッジを奪われました」
眉間に皺を寄せ、険しい表情をする創斗。だが、すぐに表情を不敵なものに変える。
「けど次善の策を用意してるんです。D.A.T.Aにも協力してもらえませんか?」
「ああ、当然協力させてもらう。あいつは俺達D.A.T.Aにとっても捕まえなきゃいけない相手だ」
心護が近寄ってくる。彼の表情はいつも以上に鬼気迫っている。
「じゃあさっそく始めましょう」
創斗は二人に策を伝えるのだった。
車が行き交うスクランブル交差点。それをぼんやりと眺めるのはエフェクト。ここは赤出味区の中心部付近。彼女は当てもなく彷徨っていた。やがて歩行者信号が青に切り替わる。青信号を知らせる軽快な音が響くとともに歩行者達が動き出した。エフェクトも続く。
「はぁ……」
ため息がこぼれる。脳裏に浮かぶのはこの間の出来事。見知らぬ人間に助けられた時の光景。思い返す度によく分からない感情が生まれ、彼女の心はざわめく。
「あれ? 君、あの時の子?」
背後から声をかけられ、振り返るとそこには錬児がいた。手には沢山のチラシが握られていた。
「やっぱりそうだ!」
エフェクトの姿を確認すると錬児はにっこり笑って寄ってくる。
「あの時はごめんな。助ける為とはいえ急に引っ張ってさ。その後もさっさといなくなっちゃった事も。あの後どうだった? 家に帰れた?」
「あ、えっと……。う、うん……」
矢継ぎ早にまくし立てる錬児。対するエフェクトはしどろもどろで答える。
「そっかそっか。良かった〜!」
邪気の無い笑みが一層深くなる。とその時だ。ここは街中で、二人がいる場所は交差点。青信号が点滅を始める。
「やべ!? 赤になる! 早く行こうぜ!」
錬児がエフェクトを促しながら駆け出す。一瞬躊躇しながらもエフェクトが後に続いた。だが、一足早く信号が赤に変わった。途端にクラクションの音が響き渡る。車が錬児へ迫っていた。
(危ない!!)
エフェクトが加速する。錬児へ向かって飛ぶ。がっしりと抱きかかえ二人はアスファルトを転がった。
「だ、大丈夫かい!?」
車が止まり、運転手が慌てた表情で降りてくる。
「オレは大丈夫です」
「ワタシも……」
二人の服は破れてはいないものの少し汚れが付いているくらいだった。埃を払いながらエフェクト達が立ち上がる。
「そうか。それは良かった……」
文字通りほっと胸を撫で下ろす運転手。途端に勢い良く頭を下げる。
「本当にすまない。私の不注意で」
「いやいや。オレの方こそ車道でのんびりし過ぎてたので。そんなに思い詰めないでください」
苦笑しながら頭掻く錬児。運転手は鞄から何かを取り出した。それは遊園地のチケット二枚。
「せめてものお詫びに。ぜひこれを受け取ってほしい」
「え!? いや、そんなわけには……」
「いいや。受け取ってくれ。それでは」
運転手は無理矢理チケットを錬児に握らせると車に乗り込み行ってしまった。取り残されたエフェクトと錬児は互いに顔を見合わせる。
「えーっと。これどうする?」
気まずい雰囲気が流れる中、錬児が気遣わし気に聞く。対するエフェクトは内心で悩む。
「遊園地……」
正直に言えば、
「行ってみたい」
無意識にそう呟いていた。だが、恐らくは。否、確実にアンビシャスは良い顔しないだろう。そう思うと手を出せない。
「行ってみたいの? なら貰ってくれない? オレ、誘う相手いないし……」
「あ……でも、一人じゃ行けないし……」
見るとチケットはペア用だった。一人では入場出来ない使用らしい。暫く悩んだ末、錬児が言う。
「……ならさ。オレと行く?」
「え?」
「嫌ならいいんだ。断ってくれてさ」
慌てふためく錬児。その様子が面白かったのか、エフェクトの口が無意識に綻ぶ。それはそれとして断ろうと彼女は口を開いた。
「ワタシは……構いません……けど……」
筈だった。だがエフェクトから出てきたのは了承の言葉。その言葉に一番驚いているのは彼女自身。
「そっか。なら今度一緒に行こうか。オレの連絡先教えるよ」
「ワタシ携帯持ってないので……」
(ワタシ何言ってるの!? どうしようどうしよう!!)
駄目だと分かっても出した言葉を引っ込める事は出来ない。
「そうなの? 今時珍しいね。なら今月末に遊園地前で待ち合わせにしようか」
「分かりました」
あれよあれよと思っている間に話はトントン拍子で進んでしまった。
「じゃあ、月末に」
意気揚々と嬉しそうに去っていく錬児。それを見送った後、エフェクトはポツリと呟いた。
「本当に……どうしよう……」
そして彼女は天を仰いだ。
祭波市郊外付近のバス停にバスがやってくる。バス停にいたのは一人の男のみ。黒い服装に鍔付き帽子を深く被っていてその顔が伺えない。男が車内に乗り込んでくる。そして運転手の横を通り過ぎようとしたその時、男の手が掴まれる。弾みで帽子が地面に落ち、男の顔が露わになった。
「よう、狐坂。約束の場所はここじゃないぜ?」
バスの奥から創斗が姿を現す。彼が見据える視線の先には狐坂が笑っていた。
「これはびっくりやな。どうしてうちの居場所が分かったん?」
「お前が奪ったバッジには盗難された際の保険用に発信器を取り付けてるんだよ」
「さよか……」
狐坂がポケットからバッジを取り出すと床にポイ捨てする。音を立て転がるバッジ。
「美湯地区を待ち合わせ場所にして、こっちの目が向いてる隙に高飛びするつもりだったみたいだが、そうはいかないぜ」
狐坂の腕を掴んでいた運転手が帽子を取る。運転手の正体は心護。したり顔を狐坂に向ける。
「はは、あはははは!!」
狂ったようにひとしきり笑うと狐坂は掴まれた腕を強引に振り解く。
「人生、そう上手くはいかんみたいやな」
<モッドライザー!>
いつもの笑みを消し、腰にモッドライザーを巻き付ける。
「せやったら、しゃあないな」
<フォックス!>
メモリアライズバッジを起動させ、モッドライザーにセット。
「電令」
<ハック! クラック! バーサーク!!>
<アーシリーコード:フォックス! ダウンロード!!>
狐坂がフォックス・モッドへと変身を遂げた。無数の球体が彼の周囲を漂う。
<ヴァリアブルドライバー!>
事前にトワルを入れてあるヴァリアブルドライバーを腰に巻く。同時に、心護も立ち上がると左腕の袖を捲り、ワークライザーを見せる。
「行くぞ、トワル!」
『はい。行きましょう』
<スパイダー!>
<スタートアップ・ローディング!>
<スタートアップ・ローディング!>
バッジをドライバーにセット。心護もまたバッジを取り出して起動。
<アント!>
ワークライザーにセットした。
「『変身!!」』
「号令!」
創斗とトワル、心護が叫ぶ。
<世界を守るライダー! 我らを繋げるスパイダー!!>
<メモリアライズ! バッチグー!>
<シャット! ガード! ファイト!!>
<データベース:アント! ロールアウト!!>
バスの中で三人はヴァリアブルとマルティプルワーカーへと変身した。そして、構えを取る。
先手を取ったのはフォックス・モッド。自身を囲むように配置した球体から全方位へ向けて光線を発射した。
「避けろ!」
心護が叫ぶ。二人は同時に飛び退き、光線を避わす。次の瞬間、バスの至る所で爆発が起きた。外へと投げ出され、地面を転がるヴァリアブル達。起き上がると車内からフォックス・モッドが悠然と降りてくる。
「やってくれる……」
<アンテックライフル!>
舌打ちとともにワークライザーを操作。マルティプルワーカーの手にアンテックライフルが装備された。銃口をフォックス・モッドへ向け、引き金を引く。弾丸が一直線に飛ぶ。だが、球体が障壁を張り、行く手を阻む。
「そないな攻撃は届かへんで」
余裕綽々に佇むフォックス・モッド。表情は伺いしれないはずなのに嘲笑しているように見える。
「ならこれはどうだ!」
死角から飛び出したのはヴァリアブル。渾身の力でヴァリアブラスターを振るう。
「おっと!」
その攻撃を綺麗に回避。フォックス・モッドは流れるような動作で回し蹴りを叩き込む。蹴りが胴に炸裂。ヴァリアブルが仰け反る。
<アンテックバトン!>
「ハァッ!!」
マルティプルワーカーが飛びかかる。しかし、またしても障壁が阻む。壁を破れず押し返されるマルティプルワーカー。その背後に残りの球体が迫る。
「させるか!!」
球体から光線が発射される寸前。ヴァリアブルが発射した糸がマルティプルワーカーを巻き取った。彼が今さっき居た位置を光線が焼く。
「助かった」
「いえ」
体勢を整えた二人が並ぶ。
「球体が邪魔過ぎるな」
「なら、球体が届かない位置から攻撃すればいい」
取り出したのは土竜のレリーフが刻まれたクリアホワイトのメモリアライズバッジ。つい先程まで狐坂の手にあったバッジだった。
「お前が捨てた際に拾っておいたんだよ」
<モール!>
不敵に笑いながらバッジをドライバーにセット。ヴァリアブルの背後から表れた設計図がバラバラになり、土竜の形を象った。グリップを押し込み、バッジがドライバーの中央へスライドする。
<下から放つアンブロッカブル! 地面を進むモール!!>
<メモリアライズ! バッチグー!>
スパイダーの装甲が外れ、代わりに土竜が再びバラバラになって装甲として纏わりつく。白いボディにシャベルのような鉤爪が両腕に装着され、ヴァリアブルが新たな形態となった。
「『たった今、勝利の道は繋がった!!」』
両腕を振るい、アスファルトを粉砕。ヴァリアブルはその中へと飛び込む。
「まさか!」
「地面を潜ったんか……」
地面の中でなら球体による攻撃は届かない。姿が見えないなら避わすのは難しい上に障壁もピンポイントで張れない。フォックス・モッドは周囲を見回す。
「ハッ!」
地面を飛び出し、左からヴァリアブルが攻撃。鉤爪がフォックス・モッドの装甲を傷付ける。
「グッ!?」
装甲を押さえるフォックス・モッド。ヴァリアブルを探すが見つからない。彼らは再び地面の中だ。
「ならこれはどうや!」
横倒しにした障壁に乗り、宙に浮く。空中でなら攻撃は当たらない。ヴァリアブルの攻撃が届く事は無くなった。彼ら一人だったならば。
「俺がいるのを忘れてんじゃねぇぞ」
<アント!>
<ピースメイクスマッシュ!!>
メモリアライズバッジとワークライザーを操作。マルティプルワーカーの持つアンテックライフルにエネルギーが集約されていく。
「オラァ!!」
光弾が放たれ、足場になっていた障壁が粉砕された。重力に従い落下するフォックス・モッド。
「今だ! 伝導、トワル!!」
マルティプルワーカーの言葉に呼応して、ヴァリアブルが飛び出した。
「かかったな!」
<フォックス!>
<セキュリティブレイク!!>
モッドライザーを操作したフォックス・モッドの持つナイフにエネルギーが宿る。そしてこちらに向かってくるヴァリアブルへ振るう。
<アクセス!>
対するヴァリアブルもバッジとドライバーを操作。鉤爪にエネルギーが迸る。すぐさま左腕でナイフを相殺。そして、
<モール!>
<ヴァリアビリティストライク!!>
右腕をがら空きの鳩尾へ突き立てた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!!」
悲鳴を上げて、フォックス・モッドが爆発する。爆煙が晴れるとそこには狐坂を抱えたヴァリアブルの姿。
「あーあ、負けてもうたか〜」
変身が解除される程のダメージを負った筈なのにそんな様子を見せず、狐坂は皮肉な笑みを浮かべていた。
「殺さんでええの? うちは反省なんてしたりせんよ。また脱獄を企てて気ままに人を殺すつもりやで?」
「だったら、その度に倒す。そんで何度でも刑務所にぶち込んでやる。俺達みんなでな」
ヴァリアブルがこちらへ駆け寄ってくる心護へ視線を送る。
「なるほど。そりゃ、かなわんわ」
狐坂が苦笑する。憑き物が落ちたように晴れやかに。そして、そっとヴァリアブルの耳元で何かを呟いた。
「え!?」
驚くヴァリアブル。その隙に駆け寄ってきた心護が狐坂を拘束した。
「行くぞ」
「ほなまたな、ヴァリアブル。楽しかったで」
楽しげにそう笑うと狐坂は連行されていった。
D.A.T.A基地の会議室。集められた隊員達の視線の先に創斗がいた。彼は真剣な表情でパソコンを操作。連動してスクリーンにその映像が映し出される。それは祭波市の地図だった。そして、郊外にある廃工場に印が付いていた。
「狐坂が別れ際に教えてくれました。ここにアーシリーコードのアジトがあると」
途端にざわめく室内。
「静かに。この情報の正確性を今、調査中だ」
和明が話題を引き継ぐ。そこへ心護が会議室へと飛び込んでくる。和明へ駆け寄ると耳打ちした。
「たった今、確認が取れた。工場内に入っていくアーシリーコードのメンバーが目撃された」
和明が立ち上がり、部屋全体を見渡す。
「君達に次の作戦を伝える。これより我々はアーシリーコードへの反撃を始める。速やかに準備に取り掛かってくれ」
「「了解!!」」
隊員達が敬礼。各々の成すべきことの為に動き出した。
「ソート」
トワルが寄ってくる。彼女の目は憂いていた。
「遂に待ち焦がれていた時が来たな。必ず勝つぞ、トワル」
創斗は真っすぐな視線をトワルへ送る。その脳裏には父、想助との思い出が蘇っていた。彼は拳を強く握りしめ、決戦へ向けて思いを馳せるのだった。
同時刻。刑務所内に再び戻ってきた狐坂がご機嫌な顔で鼻歌を歌っている。今回は相部屋ではなく一人だけ。部屋の中で歌声が寂しく反響していた。
「ん?」
足音が響く。狐坂の部屋の鉄格子の前に人影が立ち止まった。そこはちょうど光が当たらず、人影の顔が伺えない場所だった。
「お迎えが来たんかな?」
「ええ、そうですよ」
狐坂の言葉に応えたのは聞き覚えのある女の声。人影が鉄格子の隙間から銃口を向ける。
「さようなら、
引き金が引かれ、弾丸が発射される。マズルフラッシュの閃光が人影の正体を一瞬だけ映し出した。
「あー、なるほどなぁ。あれがアイちゃんの正体かぁ……」
弾丸に胸を貫かれ、止めどなく血が流れ出す。薄れゆく意識の中で口元にいつもの笑みを浮かべると狐坂は力尽きた。