D.A.T.A基地サーバールーム。無数の機器とパソコンが立ち並ぶその場所は今、剣呑な雰囲気に包まれていた。
「お前が内通者だったんだな」
その声は震えていた。瞳は揺らぎ、足取りは覚束ない。そして、絞り出すように口を開く。
「なんで……。どうしてお前が……。どうして何だ、真名子!!」
悲痛な声で心護が叫ぶ。彼の視線の先には最愛の妹、真名子がいる。彼女は微笑んでいた。兄からの糾弾を受けているにも関わらず。
「内通者? いったい何の事でしょう?」
わざとらしく小首をかしげてみせる。
「じゃあその中見せてよ?」
傍らにいた玲が会話に入る。彼女は手に持っていたタブレットの画面を真名子に見せた。
「これ監視カメラの映像なんだけどさ。今日この部屋に来たの真名子ちゃんだけなんだよね」
「そうなんですね、知りませんでした。私がここに来たのは機器の調子が悪かったようだったからです」
映像の中には部屋に入る真奈子の姿が映っている。
されど、尚も彼女はとぼけてみせる。その態度に流石の玲も顔をしかめた。
「D.A.T.Aが襲撃を受けてる真っ最中に?」
「だからこそですよ。相手は電脳生命体。現実にかかり気になってる時こそ好機ではありませんか」
「……それは……」
その理論に隙はない。玲が押し黙ってしまう。
「だとしたらおかしいっすね」
三人ではない声が部屋に響く。ガコンという音と共に片隅に設置されているロッカーが明け放たれた。それも二つ。ロッカーの中から現れたのは仁美と和明だった。
「ち、長官!?」
「仁美ちゃんも!?」
予想外の闖入者に心護と玲が驚きの声を上げた。真名子もこれには目を見開いて驚愕している。
「どうもどうも」
不敵な顔で笑う仁美。彼女が突きつけたのはタブレット。玲とは違う赤色だ。
「ここにあるのはパソコンの画面っす。真名子ちゃんが使ってたパソコンのね」
仁美は真名子を見る。その目は鋭利に尖っている。彼女がタブレットを操作すると画面が動き出す。
「そして、この動画は真名子ちゃんが操作していた時の画面。……これ、どう見ても情報を流出させようとしてるっすよね? どうなんです?」
しばし睨み合う仁美と真名子。しかし、真名子はふと笑うと目線を逸らした。
「遠隔でも出来たのですが、自分の手で行う事に拘りすぎたようですね」
そう自嘲するとそっとパソコンのエンターキーへと手を伸ばす。銃声が響く。銃弾がパソコンを撃ち抜いた。弾みでパソコンが床に落ち、けたたましい音が鳴る。
「そうはさせないっすよ」
撃ったのは仁美。彼女の手には拳銃が握られている。
「ざーんねん。後もう少しだったのに……」
悪びれる事も無く肩を竦める真名子。
「あまり手荒な真似はやめていただけると嬉しいのですけど。この
「体? どういう意味だ」
彼女の言葉に心護が訝しむ。
「まだ分からないんですか? 私の正体。ちゃんとヒントは出したんですけどね」
「ヒント……?」
玲が眉根を寄せる。心護と仁美も表情はそのままに脳を回転させている。その時、ここまで静かだった和明が口を開く。
「エルフ」
「「「!?」」」
「君の正体はエルフだね」
「えぇ、その通りです。長官ならば気づいてくれると思ってましたよ。私はエルフです。アイと言います」
遠隔操作。この体。ここから導き出されるのはエルフをおいて他にはない。どれほど優秀なAIがあったとしてもエルフには到底及ばないからだ。
「いつからだ……」
信じられない。そんな顔で心護が聞く。
「いつから……入れ替わっていた」
「奇跡が起きたあの時から」
真名子――アイが人差し指でこめかみを叩く。察しがついた心護の顔が青ざめる。
「木を隠すなら森の中。エルフを隠すなら人の中。ちょうどお誂向きだったので選ばせていただきました」
戎 真名子は13年前、交通事故にあった。それはなんの変哲も無い悲劇の事故だった。彼女は意識不明の重体。植物状態となり寝たきりになった。そこにアイが目をつけた。
「どうやって?」
玲が聞き返す。
「簡単でしたよ。彼女の執刀医。既婚者なのに同じ病院のナースと不倫していたので。ちょっと脅したらホイホイ手伝ってくれました」
そのおかげで滞りなく真名子の頭にアイの入った機械が埋め込まれた。そして、体はアイの物となったのだ。
「本当に助かりました。勿論、お医者さんにはちゃんとお礼をしましたよ。余計な事を喋られては困るのでしっかり始末しておきました」
何が面白いのか。アイはとても楽しげに語る。話を聞いていた心護は今にも泣きだしそうな表情を浮かべている。そのまま文字通り膝から崩れ落ちる。
「そん……な……!?」
「泣かないでください。あの娘が生きたのはたったの九年。私はその後の十三年、生きているんですよ。私の方が長く生きてるんですから、私の方が本物と言っても過言ではありません。ねぇ。兄さん」
「ふざ……けるな……!」
その言葉に心護の堪忍袋の緒が切れた。立ち上がると今にも殴りかからんばかりに歯を食いしばっている。仁美も銃口をアイに向ける。
「こうなっては仕方ありませんね」
<シグナライザーMarkⅡ!!>
彼女は腰にシグナライザーMarkⅡを巻いた。そしてバッジを取り出す。それは虎のレリーフが刻まれたメモリアライズバッジだ。
<タイガー!>
シグナライザーMarkⅡにメモリアライズバッジがセットされる。途端に白いエネルギーで出来た虎が出現。彼女の周囲を暴れ回る。
「変身」
<Zoom up! Look down! タイガー・アイ!!>
<アーシリーコード、アップグレード!>
アイが紫のラインが入った黒のアンダースーツを纏う。そこに白虎が装甲となって装着された。両腕には鋭い鉤爪のガントレット。仮面は虎が雄たけびを上げているかの如く鋭利。複眼が青く発光する。
「私はアイ。エルフのアイ。アーシリーコードのアイ。貴方達を滅ぼす仮面ライダーアイ。以後お見知りおきを」
彼女が恭しくお辞儀する。
「あぁぁぁぁ!!」
<キマイライザー!>
咆哮を上げるとキマイライザーを腰に巻く。
<レオ!>
「変身!!」
<覇王! 魔王! 百獣の王!!>
<データベース:レオ! ガオー!!>
心護がマルティプルへ変身。即座にアイの方に駆け出す。マルティプルが右の拳を振り下ろす。
「おっと」
ひらりと避わすアイ。優雅にターンを決めると鉤爪を振るう。鋭い一撃はマルティプルの脇腹を傷付ける。装甲より火花が散る。
「ぐあっ!」
マルティプルが床を転がる。見かねた仁美が動いた。メモリアライズバッジを起動させ、ワークライザーにセットした。
<アント!>
「号令!」
<シャット! ガード! ファイト!!>
<データベース:アント! ロールアウト!!>
仁美の姿がマルティプルワーカーへ変わる。すかさずワークライザーのボタンを押した。
<アンテックガン!>
銃を召喚して引き金を引く。弾丸がアイの元へ放たれる。
されど弾丸は当たらなかった。アイが側転しながら攻撃を躱す。
「このっ!」
しかし、マルティプルが隙を突いて距離を詰めていた。アイの腕を掴むと空いたもう片方で殴る。何度も何度もだ。
「あぁ!? 痛い! やめて、兄さん!!」
アイは苦しそうに叫ぶ。途端に心護の脳内を真名子との思い出が駆け巡る。そして思わず動きを止めてしまった。
「なんちゃって」
アイは体勢を低くすると低空で回し蹴り。足が振り払われマルティプルが尻もちをついた。
「駄目じゃないですか、兄さん。敵を前に動きを止めたら」
「兄さんは……やめろ!!」
再び激高。アイが言葉を紡ぐ度に神経が逆なでされ、怒りが込み上げる。マルティプルの視界にはもうアイしか見えていない。ひたすら激情のままに拳を振るい続ける。
「くっ……」
仁美――マルティプルワーカーとしては援護したいのだが、マルティプルが射線上に立っているせいで出来ない。彼女は悔しげに唇を噛む。そして、気付く。アイが徐々に後退し始めている事に。マルティプルがそれを追う。二人の行く先に視線を向けた。
「まずい!? 夢崎さん!」
慌てて声を上げるが時すでに遅し。アイは後方へ長く跳躍。玲の背後に着地した。そのまま彼女を背後から捕まえると鉤爪を喉元に押し当てる。首の皮が少しだけ破れ、血が糸のように下に流れる。
「はい、動かないでください。動いたら殺しちゃいますよ」
「!? おい、離せ!」
その言葉にアイは待ってましたとばかりに仮面の奥でほくそ笑んだ。
「離してほしいですか? 仕方ないですね」
シグナライザーMarkⅡのレバーを引き上げる。
<ファイナル!>
メモリアライズバッジのボタンを押すと玲をマルティプルの方へ突き飛ばす。
「まさか!」
レバーが下ろされる。ベルトから両腕を伝い、鉤爪にエネルギーが充填されていく。マルティプルは咄嗟に玲を抱きしめると反転。
<タイガー!>
<データクラッシュシグナル!!>
両の鉤爪から斬撃が放たれた。その攻撃は的確にマルティプルの背中に甚大なダメージを与えた。
「ぐあああっ!!」
悲鳴が上がる。心護の変身が解ける。
「心護! しっかり!!」
彼は玲の方へ倒れ込む。咄嗟に受け止める玲。それも束の間。アイはすでに二人の目と鼻の先にいる。とどめを刺さんと片手を振り上げた。
「させないっす!!」
割って入るようにマルティプルワーカーが立ち塞がった。しかし、アイはその行動を予期していた。即座に彼女の手を鉤爪で弾く。その拍子にアンテックガンが床に落ちた。
「しまっ!?」
流れるように鉤爪が下から上へと振り上げられる。胴の装甲から仮面にかけて削り取られ、マルティプルワーカーが吹っ飛ぶ。壁に叩きつけられ、仁美の変身が解除された。
「これでおしまいですね」
余裕綽々のアイ。もう彼女と戦える戦力はここにはいない。アイが玲を見る。
「真名子……ちゃん……」
「……さようなら」
再び鉤爪が振り上げられる。そこでアイの動きが止まった。視線を下に向けると心護が彼女の足を掴んでいた。
「させ……ない……。絶対……に……俺……は……」
そこで限界を迎えた心護が意識を失った。アイが手を下ろす。
「……興ざめですね。いいでしょう、今回は見逃してあげます」
そう言い残すと踵を返す。部屋を出ると彼女は通信を入れる。
『アクロ、アンビシャス。帰りますよ』
最下層にてその言葉を聞いたアクロは羽を広げる。天井の穴、目掛けて飛翔した。
「あ、おい……!」
慌てて追おうとするヴァリアブル。しかし、目の端の人物を見て動きを止める。そこに倒れているのはD.A.T.A隊員の男性。ヴァリアブルが誤射したマルティプルワーカーの変身者だ。彼は苦悶の表情を浮かべている。頭から血が流れ、床を赤く染め始めていた。
「っ……」
絶対にそのままにはしておくわけにはいかない。アクロを追うのをやめてヴァリアブルは彼の元へと向かっていった。
「ちっ」
地上では通信を聞いたアンビシャスが舌打ちをする。とても不愉快そうだ。それでも指示には従うようで構えを解くと踵を返す。
「逃げるの?」
銃口を向けたままエフェクトが問う。その問いにアンビシャスより先に答えたのはアイだった。
「逃げるのではありませんよ。見逃してあげるんです」
彼女の背後にはアクロが控えている。二人はアンビシャスの元にやってきた。
「……」
アイがしばし無言で見つめる。エフェクトをではない。彼女の後方にいるD.A.T.A隊員達をだ。仮面の奥でほくそ笑むとアイがおもむろに変身を解いた。露わになったその姿を見て隊員達の間にざわめきが起こる。エフェクトも目を見開いていた。
「そんな……何で……!?」
「そういうわけですので、生き残る事が出来た幸運を噛み締めてください」
真名子の姿で彼女がしないような邪悪な笑みを浮かべるアイ。アクロがその体を後ろから抱きしめると羽を広げて飛び上がる。アンビシャスも後に続く。そうしてアーシリーコードのエルフ達が空へ消えていった。残されたのはボロボロになったD.A.T.A基地と呆然としている隊員達だけだった。
自動ドアが開くやいなや中へと飛び込む人影があった。その正体は錬児。あまりにも勢い良く飛び込んだものだから足がドアにぶつかり躓きかける。近くにいた警備員が錬児を睨んでいた。彼は片手で謝意を表すとそそくさと中へ入っていく。錬児がやって来たのは祭波市台波区にある総合病院。きょろきょろと辺りを見回し、目的の人物を探す。
「あ、いた」
錬児は廊下にトワルの姿を見つける。彼女は体を左に向けて立ち、じっと前を見つめていた。声をかけようと口を開こうとすると、彼女は一度目を伏せそのまま廊下の奥へと足早に去ってしまった。どうしたのだろう?と訝しみながら、錬児はトワルがいた場所へやって来る。そして、彼女が見ていた方を向いた。
「創斗」
そこは手術室に繋がる廊下。端に設置されている長椅子には創斗が腰掛けていた。顔は俯き、両手を合わせて祈るようにして額の前に持ってきている。手術室には手術中の看板にランプが灯っている。なんとなく声をかけるのが躊躇われる。そう感じた錬児はトワルを追いかける事にする。彼女が去った方角へ足を進めた。
程なくしてトワルは見つかった。屋上にいたのだ。今日はあいにくの曇天で二人以外の人はいない。
「トワルちゃん」
「錬児さん」
声をかけるとトワルが振り返る。錬児は彼女の隣に立った。
「大変だったな。誤射しちゃうなんて」
創斗達が病院にいる経緯は事前に聞いていた。二人の心情が気にかかり錬児はここにやって来たのだ。
「創斗、お父さんの仇が見つかって熱くなったんだって? あいつ意外と激情家だからな」
「ソートは悪くありません。悪いのはソートを冷静に出来なかったわたしの方」
「そんな事は……」
「あるんです。……だってソートに復讐を提案したのはわたしなんですから」
トワルが悲しげに目を伏せる。そしてぽつりと語り始めた。
「ソースケが死んだ後、ソートは塞ぎ込みました。ずっと部屋に籠って泣いて、泣き疲れて眠って、起きたらまた泣いて。その繰り返しでした」
当時の事は錬児もよく覚えている。親しい友人に起きた、突然の訃報。錬児も内心で心配したものだ。
「もちろんご飯も食べてません。ソートは日に日にやつれていきました。……なのに、わたしには何も出来なかったんです」
トワルが拳を握り締める。前髪で表情は伺えないがとても悔しげで悲しげに見えた。
「あの頃のわたしはこの体を持っていませんでした。だからタブレットの中から声をかける事しか出来なかったんです。もっとも、ソートの耳には全然届かなかったんですけどね」
トワルの脳裏に蘇るのはあの日の光景。暗い部屋。涙を流してうずくまる創斗。タブレットの中の役立たずの自分。
「このままだとソートが死んでしまう。わたしは考えました。どうすればいいのか」
「それが復讐を提案する事……だった?」
「はい。ソートの耳に確実に届くのはソースケ関連の事が一番。わたしは改めてあの事件の事を調べました。そしたら運良く不審な点が見つかったんです」
トワルはとても喜んだ。これでソートが死を選ばなくて済むと。その事を話すと思った通り、創斗は復讐を、生きる事を選んでくれた。けど、それは人間の常識として間違ってる。それを知ったのはもう少し後になってからだった。
「あの時はあれ以外の方法が分かりませんでした。今となってはただの言い訳にしかなりませんけどね」
「トワル……ちゃん」
今にも泣きそうな顔の彼女に錬児は何も言えない。
「今だから言えますけど。わたし、最初は錬児さんの事、嫌いだったんです」
「え」
「だって貴方は急に家に押しかけて、研究に没頭していたソートを外に連れ出して、笑顔にさせたんですよ。……わたしには出来なかったのに」
突然の告白に固まる錬児。対するトワルは当時を思い出してか、若干むくれている。
「この体はそれがきっかけで作ってもらったんです。またソートが悲しい思いをした時、そばに寄り添って、涙を拭いてあげて、慰めてあげられるように」
自愛の眼差しで自分の手のひらを見つめるトワル。錬児は彼女の言葉を頭の中で反芻させ、理解が及ぶとキレのあるツッコミを入れた。
「いや重くない!?」
一方、D.A.T.A基地。基地内では多くの人が忙しなく出入りしている。瓦礫の撤去を行う者。怪我人を担ぐ者等様々だ。そんな彼らから隠れるように日の当たらない廊下のベンチに心護は座っていた。最低限の治療を終えた後、彼は人目をさけるようにここを陣取った。そんな彼の前に缶コーヒーが差し出される。
「飲む?」
相手は玲。彼女は笑顔で聞く。しかし、その笑顔はとてもぎこちない。玲もまた今回の出来事はかなり衝撃的だったのだろう、顔色があまり良くない。それでも明るく振る舞うのは心護を気遣っての事だ。
「いや……いい」
差し出された缶コーヒーを手で制する。心護も精神的ダメージはかなり大きい。今まで妹だと思っていた相手が実は人類の敵だった。これが夢か、幻か、妄想であったならどれだけマシだっただろう。そう心から思う。
「悔しいなぁ。あたし全然気付けなかったよ」
「……俺もだ。九年も真名子と生きていたのに、偽物と気付けなかった」
二人は二の句を告げられなかった。重い沈黙が場を支配する。それを打ち破ったのは第三者。この場に現れた闖入者だった。
「あ、いたいた! 二人共、大丈夫?」
声の正体はエフェクト。ひときわ明るい声を上げながら近寄ってくる。心護は顔を顰める。今の彼にエルフと関わるのはとてもきつい事だった。
「何の用だ?」
だからとても冷たい声になったとしても責めることは出来ないだろう。エフェクトも気にした様子は無い。
「単刀直入に聞くね。次、アイと遭遇したら戦える?」
「……!?」
彼女の言葉に心護は息を呑む。
「ワタシは次、アンビシャスと出会ったとしても戦えない。今のワタシにアンビシャスの心を動かす術は無いから。シンゴはどう? アイと対面して冷静でいられる?」
心護は彼女の言外にこちらを気遣う意思を感じた。
「だから代わってほしいの。次はワタシがアイと戦う。シンゴはアンビシャスの相手をしてくれない?」
きっと次にアイと出会っても恐らく、いや確実に冷静ではいられない。それではアイの思う壺だ。
「分かった。だが、俺はお前を気遣えない。勝機があるならアンビシャスを倒す事を厭わないぞ。それでも良いんだな?」
「うん。こっちも状況次第ではアイを倒すつもりだからお互い様って事でよろしく」
エフェクトが頷く。彼女を見つめる心護。彼の眼差しには先程には見られなかった信頼の色が見られ始めるのだった。
手術室のランプが消える。扉が開き、中から医師達が出てきた。廊下で待っていた創斗は勢い良く立ち上がった。
「あの! 手術は?」
「成功です」
老練な医師が笑顔で告げる。創斗の顔が明るくなった。文字通り胸を撫で下ろす。
「良かった」
「伝……導……さん」
目を覚ましたのは創斗が誤射してしまったD.A.T.A隊員。彼は創斗を見ると申し訳なさそうに笑う。
「すいません……俺が避けられなかったばかりに」
「違います。あれはおれが頭に血がのぼっていたせいで」
隊員が首を横に振る。
「なら尚更。しっかりサポート出来なかった俺達の落ち度です。ずっと助けられてきましたから。伝導さん達が苦しんでたならこちらの番だったんですから」
「そんな事……」
尚も表情が晴れない創斗。そんな彼に隊員は優しく告げる。
「もしそれでも気にされるのでしたらお願いがあります。俺の分まで皆を守ってください」
「はい! 任せてください!」
創斗が力強く頷いた。表情は晴れ渡り、瞳に光が灯る。その時、携帯が振動した。取り出すと相手は玲からだった。表情から察したのか、隊員が頷く。創斗も頷き返した。そして、その場から足早に去る。
「もしもし」
『あ。伝導くん大変! アーシリーコードがまた動き出した。場所は台波区の駅前。心護達も向かってる。来れたら来てくれるといいんだけど……』
「大丈夫です! 行けます!」
そう言うと病院の外へ向かう。駐車場ではトワルが待っていた。創斗は彼女と向かい合う。神妙な顔で彼は頭を下げた。
「ごめん!」
「ごめんなさい!」
同時にトワルも頭を下げる。二人は互いに驚いた顔で見つめ合う。
「アクロが父さんについて話した時、おれは冷静さを失ってた。そんでお前の声も無視して最悪の結果を生み出しちまった」
「それはこちらも同じです。もっと効果的な呼びかけを思い浮かべられませんでした。あの失敗はソートだけのミスじゃありませんよ」
創斗は手を差し出す。
「おれはもう冷静さを失ったりしない。倒す為じゃない、守る為におれは戦う。力を貸してくれトワル」
「勿論です。わたしはいつだってソートの味方ですから」
差し出された手を掴むトワル。二人は笑顔を作る。
「行こう!」
「はい!」
ヘルメットを被り、ヴァリアルストライカーに跨る二人。エンジンをかけ、アクセルを踏み込む。彼らは駅前に向けて走り出した。
二人が駅前に到着すると既に戦闘が始まっていた。D.A.T.Aのマルティプルワーカーとアーシリーコードのモッドが激しい戦いを繰り広げている。一際目立っているのはマルティプルとアンビシャスの激突。思わず息を呑む程の攻防戦を繰り広げていた。
「伝導達か。……アイは駅の中だ。俺達はここを何とかするので精一杯だ。頼まれてくれるか?」
「分かりました」
マルティプルの言葉を受け、二人は駅の中へと急ぐ。駅の中は表と対照的に静まり返っていた。人の気配は見受けられない。駅内の中央ではアイとアクロが待ち構えていた。アクロは既に変身済みだ。
「真名子さん……いえ、アイ」
彼女を見て、トワルが悲しげな表情になる。真名子の正体がアイであった事は襲撃事件後に知らされている。それでも直接相見えると精神的ダメージは計り知れない。それが仲の良かった人物なら尚更。
「トワル。いけるか?」
「大丈夫です」
創斗は彼女の腰からヴァリアブルドライバーを外す。そして自分の腰に巻いた。
<ヴァリアブルドライバー!>
メモリアライズバッジとパワーアップスイッチを取り出し起動させる。
<スパイダー! パワーアップ!!>
<パワーアップ・ローディング! パワーアップ・ローディング!>
創斗の周囲を二体の蜘蛛が動き回る。
「『変身!!」』
<世界を守るライダー! 我らを繋げるスパイダー!!>
<メモリアライズ! スーパー・バッチグー!!>
黒いアンダースーツとエメラルドグリーンの装甲を纏い、二人はヴァリアブルへと変身した。
「アクロ。行きなさい」
アイの指示でアクロが動き出す。双刀を構え、向かってくる。ヴァリアブルもヴァリアブラスターをガンモードで構える。
「トワル頼む」
『任せてください。ルート展開!』
無数の道筋がヴァリアブルの視界に示される。その一つを辿り、ヴァリアブルが動き出した。糸を飛ばして案内板に巻き付けると滑空。アクロの側面を抜けた。そして背後から引き金を引く。放たれた弾丸はアクロの背中へ一直線。
「……」
素早く振り返り、アクロは双刀を振り回す。それはまさしく漆黒の旋風。次々と弾丸を撃ち落としていく。だが、
「悪いな。おれ達はもう負けないぞ」
糸で素早く移動し、壁を蹴って軌道を変えて、ヴァリアブルは縦横無尽に動き回る。死角に入っては射撃を行い、少しずつダメージを与えていく。以前とは違いここは障害物が多く狭い。トリッキーな動きが出来るヴァリアブルが有利。ヴァリアブラスターをブレードモードに切り替えて振り下ろす。その一撃が遂にアクロに決まった。火花が散り、黒の装甲に傷が付く。攻撃の衝撃で後退した。
「『どうだ!!」』
二人が得意気に叫ぶ。いける。この流れなら確実に。創斗達は勝ちを確信する。その時だ。パチパチと音がする。アイが拍手をしていた。
「ふふふ。やりますね。見事な動きです。流石は
『え?』
カチリ。錠が開く音がした。トワルの中に封じられていた記憶が解放された。秘されていたそれは濁流のように彼女に押し寄せ、そして――。
「うん、任せて。わたし頑張るよ。必ずみんなで人類を滅ぼそうね」
そんな声がトワルの中で聞こえた。それは誰の声か? なんて問うまでもない。それは自分の声だ。記憶が封じられる前にアイ達に向けて放った言葉だ。満面の笑みで屈託もなく。
『嘘だ……』
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
「トワル?」
記憶を検証。改竄の可能性を確認。検証終了。0%。記憶を検証。偽造の可能性。検証終了。0%。記憶を検証。間違いの可能性。検証終了。0%。記憶を検証。改竄の可能性を確認。検証終了。0%。記憶を検証。偽造の可能性。検証終了。0%。記憶を検証。間違いの可能性。検証終了。0%。記憶を検証。改竄の可能性を確認。検証終了。0%。記憶を検証。偽造の可能性。検証終了。0%。記憶を検証。間違いの可能性。検証終了。0%。記憶を検証。改竄の可能性を確認。検証終了。0%。記憶を検証。偽造の可能性。検証終了。0%。記憶を検証。間違いの可能性。検証終了。0%。
『嘘だ……ウソだ……うそだ……』
何度も何度も検証を繰り返す。それは間違いなく自分の記憶。改竄の余地も偽造の余地もない。本物の記憶。それでも繰り返す。結果が分かってる。記憶の中身を受け入れられないが故に。架空の改竄率100%を信じて。彼女は無駄な行為をひたすらに続けていく。
「おい! トワル! しっかりしろ!!」
『嘘だ……ウソだ……うそだ……』
もはや創斗の言葉など耳に入っていない。それは奇しくも数時間前の創斗と同じだ。尚も検証を繰り返すトワル。いつの間にか検証の画面はヴァリアブルの視界にまで広がっている。ドライバーにも負荷がかかり発熱し、動きが鈍くなる。
「くそっ!」
そして今ここは戦場だ。この隙をアクロが見逃す筈もない。双刀が振るわれる。
「ぐあああっ!?」
装甲がひび割れ、創斗は激痛に喘ぐ。慌ててヴァリアブラスターを振り回すが当然空を切る。続けざまに振るわれた攻撃でヴァリアブルは武器を取り落とした。
「さぁ、アクロ。やりなさい」
アイが楽しげに告げる。
<ファイナル!>
シグナライザーMarkⅡのレバーを上げ、メモリアライズバッジのボタンを押す。アクロはレバーを下ろした。エネルギーが彼の両足へ流れていく。
<バット!>
<データクラッシュシグナル!!>
アクロが跳ぶ。真横にスピンしながら足を突き出す。そして、必殺の回し蹴りがヴァリアブルへと迫っていって――