雨が降っている。その勢いは強く屋根に絶え間ない音を鳴らしている。
『ハロー! おはよう! こんばんは! みんな大好き、エフェクちゃんねるの時間だよ〜!!』
陰鬱な天気とは裏腹に携帯から明るい声が響く。画面の中にエフェクトの姿が見える。
『ワタシはエフェクト。アーシリーコードのエフェクト。そして、迷える蛹を羽化させるデジタルアドバイザー! よろしくね、■■■■■』
外にいるせいか時折、雨音で言葉が聞き取りづらい。それでもエフェクトの言葉は続く。
『アナタの目的は知ってるよ。■■■■を■■■■することでしょ? なら話は早いよね?』
携帯の主が傍らに置かれているアタッシュケースを手に取った。中にはモッドライザーとカエルのレリーフが刻まれたメモリアライズバッジが入っていた。
駆動音が鳴り、ネジが締まる。
「これで、よしっ!」
額の汗を腕で拭い、創斗は上体を起こす。
「これで完了ですね」
「だな」
傍らに立っていたトワルが水の入ったペットボトルを差し出す。創斗は立ち上がると受け取った。
「おーい! 創斗、こっちも終わったぜ〜」
背後から声がかかる。振り返ると錬児が手を振っていた。彼の傍らにはパイプ椅子が綺麗に整列している。創斗達は錬児に合流すると辺りを見渡す。芝生の上には大量のパイプ椅子と真っ白なイベント用テント。そして眼前に設置された大きなステージがあった。その場所は前日の雨で残った水溜りに日の光が反射してキラキラと輝いて見える。
祭波市美湯地区。そこは日本有数の音楽の聖地である。美湯地区最大の目玉は年に三回開催される音楽フェス。創斗達はそのフェスの会場設営を手伝っていた。
「ひゃ~。こうしてみると壮観だな!」
腰に手を当て誇らしげに錬児が言う。創斗もトワルも同じ気持ちだ。
「悪かったな。せっかくの休日なのに手伝ってもらってよ」
「いいって。困った時はお互い様だろ」
知り合いに頼まれ会場設営に携わる事になった時、人手が足りないと言う事で錬児を誘ってみた。断られる前提だったのだが錬児は二返事で了承してくれた。こうも屈託無く笑ってくれる錬児には感謝しかない。礼の一つでも言おうと創斗が口を開きかけたその時、
「リハーサル始まります!」
ステージの方から声が響く。一斉にステージを見る三人。ステージの上で二人の少女が登場した。片や桃色の衣装に身を包み、髪の右側を束ねた少女。片や水色の衣装に身を包み、髪の左側を束ねた少女。そんな二人はステージの上で決めポーズを取る。その拍子にお揃いのカエルのついたイヤリングが揺れる。
「手のひらケロリンパ! 雨恋ケロッピーズで〜す!!」
途端にアップテンポな曲が流れ出す。少女達は洗練されたダンスと共に歌い始めた。
「うおおおおっ!? 雨恋ケロッピーズだぁぁぁ!!!」
どこから取り出したのか錬児はピンクと水色のペンライトを振り回す。冷めた目で友人の痴態を見ながら創斗はトワルに尋ねた。
「誰だ?」
「雨恋ケロッピーズ。今をときめく人気アイドルグループの一つです。桃色の衣装の娘が
「やけに詳しいな」
「ふふん。何を隠そうファンですから!!」
腰に手を当てトワルはドヤ顔を決める。そんな彼女に錬児が何気なく口を開いた。
「にしてもトワルちゃんて本当に機械なの? まるで人間みたいだよなぁ〜」
その言葉に創斗の眉がぴくりと動いた。動揺を隠そうと口を噤む。トワルは笑顔のまま答えた。
「ソートが優秀だったおかげですね」
トワルの正体については周囲に隠している。
理由は二つ。
一つは電脳生命体だと公に知られればどんな扱いを受けるか分からない。トワルを見せ物にしたくない。それは間違いなく創斗の本音だ。
そしてもう一つは敵の存在だ。敵も電脳生命体であるならばトワルの正体から周囲に危害が及ぶ可能性がある。
その為、トワルについては創斗が自作した人工知能搭載人形ロボットで通しているのだ。
「……まぁ、そんなところだな」
誤魔化す様に創斗はステージを見つめる。パフォーマンスを披露する少女達をぼんやりと見ていたが、ふと違和感に気付く。歌に合わせて踊る少女の内、川津 恋と呼ばれた少女の動きがおかしい。テンポが遅れているだけなら良かったのだが、足取りが覚束無い上に顔色が悪い。危ないと思った時にはバランスが崩れ、倒れ始めていた。
「危ない!!」
そう叫ぶ錬児の脇を抜けて創斗が駆ける。そして床に激突する前に滑り込み、受け止めた。
「恋! 大丈夫!!」
池中 雨衣が慌てて駆け寄ってきた。彼女は心配そうな表情で覗き込む。
「大丈夫よ。ちょっと足が滑っただけ」
恋が立ち上がる。しかしその表情は硬く、油汗が滲んでいた。
「すいません、ありがとうございます。もう一度お願いします!」
恋は創斗に頭を下げると、再び踊りだそうとスタッフに声を出す。それを止めたのは雨衣だった。
「駄目だよ、恋! 無理しないで!!」
「大丈夫。まだいける」
「でも! 顔色悪いよ」
頑なな態度を取る恋。
「川津さん、やめなさい」
そんな彼女を咎める声が響く。振り返るとスーツ姿の眼鏡をかけた男性が立っていた。その鋭い目つきは迫力がある。
「井戸プロデューサー!」
ほっとしたような声を出す雨衣。井戸プロデューサーと呼ばれた男が歩み寄ってくる。
「今日はここまでにしなさい。本番に響いては問題だ。そうでしょう?」
「っ……」
「しっかりと休みなさい。家まで送ろう」
恋は悔しそうに歯噛みする。そんな彼女の背に触れ、井戸は促す。ややあって恋は歩き出した。
「あ。えっと……ありがとうございました」
残された雨衣は創斗の方を向くと感謝を述べる。
「いや。どう……いたしまして……」
照れくさそうに頬を掻く創斗。彼らの元にトワルと錬児が合流する。
「恋ちゃん。大丈夫なんすか? 頑張り過ぎにしても度が過ぎているんじゃ……」
錬児が心配そうに言う。
「それは……その……」
「もしかしてアレが原因ですか?」
どこか言い淀む雨衣。そんな彼女に空気を読めないトワルがアタリをつけた。対人関係が
「アレって?」
同じく空気が読めない創斗が聞く。友達が少ない故のコミュニケーション不足である。
「ついこの間アップロードされた動画が炎上したんです。これです」
トワルの目からスクリーンが映し出された。動画では恋が男性を殴る映像が流れている。これならば炎上間違い無しだ。
「腰の入ったいいパンチだな」
「どこ見てるんですか」
トワルは創斗に呆れた眼差しを向ける。だが呆れる資格があるのはこの二人では無い。
「いや、お前ら。空気読め!」
あまりに失礼な二人をたしなめる錬児。
「違うの! 恋は悪く無いの! 恋はわたしを助けてくれただけなの」
今にも泣き出しそうな表情で雨衣が訴える。
「あの日、とても熱心なファンの人がわたしを待ち伏せしてて。無理矢理手を引かれて。それで騒ぎを聞きつけた恋が……」
そこで言葉を区切り雨衣が目を伏せる。
「それなのにあんな動画が出回っちゃって。……恋は負い目を感じているんです。少しでも良いパフォーマンスをしてイメージを払拭しようって」
「そんなの、恋ちゃん悪くないじゃないすか!」
「わたしもそう思います」
錬児とトワルが憤慨する。両手を握りしめ、眉をつり上げていた。
「けどそう思わない人は多いだろうな。なにせ現場にいたわけじゃないしな」
創斗が冷静に言う。携帯でその動画のコメント欄を見る。そこには恋への批判的な言葉が綴られている。
「だからこそオレ達が頑張るんだろ」
錬児が真剣な顔をする。
「困ってる推しを応援するのがファンなんだからよ!」
「そうですね。頑張りましょう!」
トワルも力強く頷く。そんな二人の様子に雨衣は嬉しそうに微笑んだ。その時、スタッフが声をかける。
「すいません。次の方のリハーサルがありますので。そろそろ」
「みなさん。ありがとうございます」
頭を下げると雨衣はステージを後にした。創斗達もステージから離れる。
「さて、そうと決まれば早速対策会議だ!!」
錬児とトワルが意気揚々と頭を悩ませ始めた。
「はぁ……」
数分後。着替えを済ませた雨衣が控え室でため息を吐く。
「恋。ちゃんと休んでるといいんだけど……」
川津 恋という少女は責任感が強い。一度引き受けた事はきっちりこなさなくては気が済まない程真面目だ。元より彼女はアイドルになる気は無かったのだ。それを巻き込んだのは他でもない雨衣自身。街中でスカウトされ、一人では自信がなくて一緒にいた恋と二人でという条件ならと始めた。巻き込んだ事を申し訳なく思っていたのだが、
「最終的に決めたのは自分。雨衣が引け目を感じる必要なんて無い」
そう笑って言ってくれた事は今でも忘れない。
「こう言う時こそわたしが支えなきゃ」
そう決意を新たにする。ふと背後から影が差す。振り返るとそこには異形の怪人が立っていた。
「き、きゃあああ!!!」
「だからよ。SNSで事情を発信するのが一番なんじゃねえか?」
「でも関係者でもないのにそんな事言っても誰も信じないのでは? そういう事は公式が発表してこそ意味があるのではないでしょうか」
「確かに!? うーん、難しいなぁ〜」
文字通り頭を抱える錬児。
「やはりここはポジティブな話題が一番です」
「具体的には?」
「件の厄介ファンを見つけるんですよ。その人を警察に自首させれば解決です!」
「なるほど! 流石、トワルちゃん!!」
自信満々に答えるトワル。そんな彼女を錬児が称賛する。
「んな訳あるか! 危ない事に首突っ込んでどうするんだよ」
創斗がそれを制した。このままでは二人で飛び出してしまいそうな勢いだ。
「でもこれ以上の方法なんて無いのではないでしょうか?」
なおも食い下がるトワル。彼女を見つめる創斗の内心に疑問が浮かぶ。
「なぁ、トワル」
「はい?」
「なんでそんなに乗り気なんだ? ファンだって言ってもそこまで躍起になるようなキャラじゃないだろ?」
一度目を瞬かせた後、トワルは得心がいった顔をする。
「あぁ。それはですね、」
そこまで言った時、悲鳴に似た甲高い声が聞こえた。ような気がした。というのも距離があるせいか創斗にはよく聞き取れなかった。だがトワルは違う。
「!? この声……雨衣さんの声です!!」
機械の体であるトワルには常人以上に聞き取る力があるからだ。トワルの言葉を聞き、創斗は立ち上がる。
「場所は!」
「付近の建物。フェスの間、アーティスト達が控え室に使うあの場所です!!」
トワルが指差す場所へ創斗は走り出す。トワルも続いた。
「ちょ!? 待って! オレも行く!!」
錬児が慌てて立ち上がった。
「いました」
建物の中でトワルが言う。そこには部屋から飛び出してくる雨衣と彼女を追う怪人の姿。手や足についた水かきやずんぐりとした体型からその見た目は蛙のよう。二人は咄嗟に物陰に隠れた。
「トワル。行くぞ!」
「はい!」
トワルからベルトを取り外し、創斗は腰に巻いた。
<ヴァリアブルドライバー!>
ホルダーからメモリアライズバッジを取り出し起動。
<スパイダー!>
スタートアップ・ローディング!>
<スタートアップ・ローディング!>
「『変身!」』
バッジを付け、ベルトを操作。
<世界を守るライダー! 我らを繋げるスパイダー!!>
<メモリアライズ! バッチグー!>
装甲を纏い、ヴァリアブルへと変身。物陰から飛び出し、割って入る。
「ナンダオマエハ!?」
驚く蛙の怪人、フロッグ・モッド。ヴァリアブルがファイティングポーズを取る。
「お前の敵だよ」
ヴァリアブルが向かっていく。
「ジャマヲスルナ!!」
フロッグ・モッドが口を開ける。飛び出してきたのは鞭のように撓るビーム。
『ソート、避けて!!』
「!?」
ルートに従いヴァリアブルが横に飛ぶ。ヴァリアブルがいた場所の床がビームにより破壊された。
「っぶね、なっ!」
<ヴァリアブラスター!>
ブレードモードにしたヴァリアブラスターで斬りかかる。装甲に刃を充てがい振り切る。火花を散らしながらフロッグ・モッドが仰け反った。
「おらぁ!」
続けざまに蹴りを食らわせ、フロッグ・モッドが床を転がる。
「クソッ!」
悪態を突くとフロッグ・モッドに異変が起きた。
「!?」
フロッグ・モッドの姿がたちまち見えなくなったのだ。驚くヴァリアブルをビームが襲う。
「ぐあっ!?」
攻撃を諸に食らい、ヴァリアブルは吹っ飛んだ。
『そうか。蛙には保護色に溶け込む能力がある。それをメモリアライズバッジで再現しているんだ。気をつけて、ソート!』
「気をつけろって言ったって……」
何とか立ち上がるも見えない敵を相手に対処法が見つからない。次々と攻撃を食らいヴァリアブルは床を舐める。
「なら!」
手をかざす。周囲に蜘蛛の巣を張り巡らせた。その一部が何かに張り付いた。
「そこだ!」
ヴァリアブラスターを振るう。その一撃がヒット。攻撃の影響か、フロッグ・モッドの透明化が解かれる。
「チィ!」
ビームで天井を破壊。瓦礫がヴァリアブルの視界を塞いだ。瓦礫による煙が晴れるとそこにフロッグ・モッドの姿は無かった。
「逃げられたか……」
ヴァリアブラスターをホルスターにしまう。その背後から足音がする。振り返ると錬児が立っていた。
「あっ! お前は前に怪物とバイクで爆走してた蜘蛛仮面!」
こちらを指差す錬児。
「蜘蛛仮面じゃねえ! ヴァリアブルだ!」
「ヴァリアブル?」
「そうだ、よく覚えとけ!」
その時、サイレンの音が近づいてくる。
『ソート!』
「れ……じゃないそこのお前。丁度いい、その子を任せた」
「え? おい!」
ヴァリアブルは雨衣を指差すと駆け出す。曲がり角でトワルの体を回収し建物を後にした。
ガチャリと扉を開ける。目の前にはベッドの上で上体を起こしている雨衣。彼女の前で手帳を開く戎。そして、その近くで椅子に座る錬児がいた。
「創斗。トワルちゃん」
錬児が声を掛ける。創斗とトワルは病室の中へと入っていく。戦いの後、雨衣と錬児はD.A.T.Aに保護された。検査の為、雨衣は入院。錬児が同行し、二人で事情聴取を受けていた。
「無事で何よりだ、錬児」
「オレは大丈夫だけど……」
錬児が雨衣の方を見る。彼女の左腕には包帯が巻かれていた。逃げる際に怪我をしたのだろう。
「お前達は?」
戎が創斗達に尋ねる。その目はこちらを探るかのように鋭い。
「おれは伝導 創斗。こっちはおれが開発したAIロボットのトワル。おれ達はそこにいる錬児の友達です」
「そうか。俺は戎 心護。D.A.T.Aの隊長をしている。お前もあの現場にいたと聞いた。怪人について知らないか?」
「それは……」
言い淀む創斗。ヴァリアブルとして戦っていた時の事を言うべきか迷っていた。
「怪人を発見した時、わたし達は身の危険を感じ物陰に隠れました。その際少しだけ怪人の姿を見ています。メモリーにある映像をお渡しいたします」
トワルが前に出て言う。
「それは助かる。視覚的情報は戦闘の際に必要になるからな」
「では後ほどUSBに移して提出します」
その時、乱雑に扉が開く。入ってきたのはD.A.T.Aの隊員と井戸プロデューサーだった。
「どうした?」
「これを。現場で発見しました」
D.A.T.Aの隊員が透明な袋に入った物を心護に渡す。中にはカエルのイヤリングが入っていた。
「それって恋の!?」
雨衣が声を上げる。信じられないとばかりに目を大きく見開いている。彼女の言葉に創斗達も息を呑む。
「で、でも恋は自宅で休んでるはず。ですよね、プロデューサー?」
「それなんだが……」
井戸が言いづらそうな表情で口を開く。
「途中で目を離した隙に逃げられてしまったんだ」
「え?」
その事実は深刻な事態を示していた。
「つまりあの怪人の正体は川津 恋である可能性が高いと言う事になるな」
戎が隊員に指示を出す。
「これより川津 恋の捜索を開始する。各隊員に画像を共有して行動せよ」
彼の言葉に病室内に衝撃が走るのだった。