わんだふるぷりきゅあ!!~わんだふる♡わーるど~   作:重要大事

14 / 24
第14話:やりすぎ!増えすぎ!騒ぎすぎ!

 気がつくと、鬱蒼とした森の中に立っていた。

 陽の光は木々の間を縫うように差し込んでいるが、その光は頼りなく、どこか現実離れした雰囲気を漂わせている。

 足元には湿った落ち葉が敷き詰められ、わずかに風が吹くたびに葉が擦れ合う微かな音が響いた。

「ここは……」

 ぼんやりとした意識の中で、かなえは呟く。

 初めて訪れるはずの場所なのに、心のどこかで覚えがある気がする。

 まるで、過去に一度、この森を歩いたことがあるかのように――。

「……っ!」

 気配を感じ、顔を上げる。

 森の奥から、低くうねるような音が聞こえてくる。

 それは、獣の唸り声にも似ていたが、どこか人の声にも感じられた。

 その奇妙な響きに導かれるように、かなえは無意識のうちに足を進める。

 やがて、視界が開けた。

 目の前に広がるのは、燃え盛る戦場。

 木々が黒煙に呑まれ、地が裂け、無数の人影が交錯していた。

 剣戟の音、弓を射る弦の響き、誰かの叫び。

 そして、その中央に立つ、一人の戦士。

 紅と黒の意匠を施した甲冑を纏い、右手に剣、左手に弓を携え、凛然と敵と対峙している。

 その肩には、一羽のタカが羽を広げていた。

 戦士の前に広がるのは、人ならざるもの。

 黒い影が幾重にも折り重なり、形を持たないままうごめいている。

 無数の手が地獄から這い出るように伸び、戦士を引きずり込もうとする。

 その中心に、圧倒的な存在感を放つ禍々しい影が立ちはだかっていた。

 目に見えぬはずの怨嗟が形を成し、ただそこにいるだけで世界を歪ませる。

「怨霊跋扈――輪廻の理を乱す貴様を、この世から排除する」

 戦士は弓を構える。

 矢じりがわずかに光を帯び、神秘的な輝きを宿す。

 放たれた矢が黒い影を裂いた瞬間、視界が大きく揺らいだ。

 炎が燃え盛る戦場が、ゆっくりと黒へと沈んでいく。

 戦士の姿が霞み、やがてすべてが虚無の闇へと消えて――。

 

 次の瞬間、かなえは息を詰めて目を覚ました。

 

           *

 

7月上旬

アニマルタウン 兎山家

 

 柔らかな朝日がカーテン越しに差し込み、静かな兎山家の一室を照らしていた。

「うぅ……」

 まだ半分眠気の残る意識の中で、ぼんやりと天井を見つめる。

 夢の余韻が、まだ身体の奥にこびりついているようだった。

「……朝か」

 ぽつりと呟きながら、かなえは伸びをする。肩を回し、背筋を伸ばすと、身体がじんわりと目覚めていく。

 あの戦士は誰だったのか? なぜ、自分はその戦いを目撃していたのか?

「……っ!」

 不意に、微かに引きつるような感触――いや、違う。皮膚が何かを訴えかけるような、不気味なざわめき。

 眠気が一気に引いていく。彼女はゆっくりと右腕の袖をまくった。

 そこには、以前見つけた紫の痣。

 しかし――。

「……痣が濃くなってる?」

 眉間の皺を深くしながら、かなえはじっと凝視する。

 指でそっとなぞるが、痛みはない。ただ、まるで何かが内側から広がるように、色がじわじわと侵食しているようだった。

「…………」

 数秒、彼女は痣を見つめたまま動かなかった。

 ふと、数日前の戦いを思い出す。フューザーガオガオーン戦の最中、遭遇した黒衣の男・ナギリ。

 

 ──勝った者は常に負けた者たちの恨みと怨念を背負って生き続けていくのです。

 

 呪詛のように、あの言葉が頭の中で反芻される。

 だが、それに囚われても仕方がない。かなえは小さくため息をつくと、ふっと肩をすくめた。

「……うだうだ考えていても仕方がない。こういう時は……」

 布団を跳ね除ける。勢いよく起き上がると、寝癖を手ぐしで適当に直し、のんびりとした足取りで部屋を出た。

 次の目的地はダイニング――朝ごはんだ。

 

「カレーを食べるのに限る!」

 そう呟きながら、かなえは目の前の皿に置かれた一品をじっと見つめる。

 それは――オホーツクの流氷カレー。

 一般的にカレーといえば、スパイスの効いた芳醇な香りと食欲をそそる黄金色、もしくは深いブラウンのルーが特徴だ。

 だが、目の前のものは――青い。

 どことなく科学実験の失敗作のような色合い。食卓テーブルには、青みがかった怪しげなカレーが鎮座していた。

「こ……これがオホーツクの流氷カレー。なんだこの背徳的かつ絶妙に食欲をそそらない色合い。しかし、これもまた紛れもなくカレー……私は何という禁忌を犯そうとしているのだ……」

 かなえの口元に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。

 だがそれは、純粋な喜びというよりも、どこか妖しい気配を帯びたものだった。

 未知なる領域に足を踏み入れる者だけが抱く、好奇心と背徳感の入り混じった高揚感。

 目の前にあるのはカレー。しかし、それはこれまで彼女が愛してきたカレーの常識を覆す異端の存在。

 ――それを口にすることは、さながら食の禁忌に触れるかのような感覚だった。

 彼女は、スプーンを手に取る。

 左手は宙を泳ぐように動き、指先が無意識にくねくねと揺れ動く。

 緊張か? 興奮か? それとも、恐れか?

 自分でも気づかぬうちに、心の奥底から湧き上がる感情が指先に表れていた。

 スプーンを持つ右手とは対照的に、左手の指がくねり、まるで未知の儀式の前触れのように蠢く。

 その仕草は、どこか魔術的ですらあった。

 青いカレーという異形の存在を前にし、彼女はまさに新たな食のフロンティアを切り開かんとしているのだ。

 生唾を飲みこむと、息を整える。

「さあ、いざ尋常に――」

 その瞬間、すべての神経が研ぎ澄まされる。

 スプーンをカレーに沈める音が、妙に鮮明に響いた。

 さあ、運命の一口を――。

 ――しかし、その神聖なる儀式を遮る声が響いた。

「……さっきから一人で何ぶつぶつ言ってるんだ?」

 かなえは顔を上げる。

 そこには、テーブルの端でじっとこちらを見つめるウサギ姿の大福がいた。

 彼の瞳には、ほんのわずかな警戒の色が浮かんでいるようにも見えた。

 いや、もしかすると、本能的に目の前の青いカレーを「異端」として認識し、身の危険を感じ取っているのかもしれない――。

 そのとき、階段の上から欠伸混じりの声が響く。

「……ふぁぁぁ、なんか騒がしいと思ったら、やっぱり鷹目さんか……」

 悟が寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりと階段を降りてくる。

 部屋着姿のまま、まだ半分夢の中にいるような表情で、椅子を引いて腰を下ろした。

「……珍しいな」

 かなえがふと眉をひそめる。

「ん?」

 悟が小さく首をかしげる。

「いつも規則正しい生活を送っている兎山が、私や大福よりもあとに起きてるなんて」

 かなえの指摘に、悟は一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐに思い出したように頷いた。

「ああ……ちょっと、夜更かししちゃって。古座野博士について調べていたんだ」

「それって、この前キャンプで会ったハイテンションなオヤジだろう?」

 大福が椅子の上で前足を組み、胡散臭そうな目で悟を見やる。

「うん、どうにも鷹目さんを見たときの反応が気になったんだ。それでボクなりに調べてみたんだけど……」

 悟はおもむろにテーブルの椅子を引き直し、落ち着いた様子で話を続ける。

「考古学者として有名な人だけど、実はかの陰陽道の名門・賀茂氏の系譜なんだそうだよ」

「陰陽道というと、平安時代の最先端科学だったというあれか?」

 かなえが腕を組みながら思案するように呟く。

「安倍晴明とか芦屋道満、だったか? その手の名前なら、よく小説や映画の題材にもなってるわな」

 大福が口を挟み、鋭い視線を悟へ向けた。

「ふたりともすごいね。特に、大福はいつそんな知識を知ったのか教えてほしいな」

 悟が感心したように大福を見やると、返ってきたのは鼻を鳴らすような短い音だけだった。

 そのとき、悟のスマホが音を立てた。

 画面に表示された名前を見て、彼は迷わず通話ボタンを押す。

「もしもし、いろはちゃん?」

 スピーカー越しに、いろはの穏やかな声が響く。

『おはよう、悟くん。あのね、今日なんだけど、これからみんなで遠吠神社に行かない?』

「遠吠神社……」

 いろはの言葉を聞きながら、かなえは自然と呟く。

 どこか引っかかるような違和感が胸に残るまま、彼女の視線は遠くへと向けられていた。

 

           *

 

アニマルタウン 山奥

 

 朝食を済ませたいろはたちと合流した悟、かなえ、大福の三人は、山奥にある遠吠神社を目指して歩を進めていた。

 道中、こむぎやユキが先頭を歩きながら、かなえに向けて熱心に説明を続けている。

「でねでね! スバルはガオウのことが、すっごーく大好きだったんだよ!」

 こむぎが興奮気味に身振り手振りを交えて語る。

「そ、そうか……」

 かなえは、勢いのある語り口に若干押され気味になりながらも、相槌を打つ。

「おいおいこむぎ、一生懸命なのはわかるが、もうちょっと的を絞らねーと」

 人間の姿になった大福が、軽くたしなめるように肩をすくめた。

「……あの戦いのあと、鷲尾町長が陣頭指揮をとって、烏丸さんやアニマルタウンの人たちの協力を得て、ボロボロだった社殿を修繕したんだ」

 悟が歩きながら静かに話す。

「わたしたちも手伝ったんだよ」

 いろはが笑顔で言う。

「いろいろあってすっかり遅くなっちゃったけど、同じ動物を守るプリキュアの仲間として、鷹目さんにも会ってほしいんだ。スバルやガオウに」

 まゆの言葉に、かなえは無意識に視線を前方へ向ける。

「ザクロやトラメにもね」

 ユキがぽつりと付け加えるように言う。

「そうか……」

 かなえは思案する。

 スバルたちが引き起こした戦い、彼らが何を思い、何を背負っていたのか。

 過去の因縁を語る彼らの声は、木々のざわめきに溶け込むように静かに響いていた。

 一行は森の奥へと進み、遠吠神社を目指して歩みを続ける。

 

           *

 

アニマルタウン 遠吠神社

 

 森を抜け、長い石段を登り、こむぎたちはついに目的地へと到着する。

「とーっちゃーく!」

 こむぎが元気よく声を上げ、駆け出す。

 修復された遠吠神社は、以前訪れたときとは見違えるほど整備されていた……はずだった。

 だが――。

「……あれ?」

 こむぎが足を止め、目を瞬かせる。

 次の瞬間、目の前の光景に息を呑んだ。

「ええええーーーー!!! なにこれーーー!!!」

 彼女の驚愕の声が、山奥の静寂を打ち破る。

 境内には、無造作に捨てられたゴミの山。

 空き缶や食品の包装紙、折れた木の枝に混ざって、外国語が書かれた観光パンフレットまで散乱している。

「うそでしょう……」

 いろはがショックで目を疑う。

「誰がこんなこと!?」

 ユキが怒りを抱き、拳を握りしめる。

「せっかくきれいになったのに!」

 まゆは目を潤ませながら、今にも泣き出しそうな声を上げる。

「!? おい、見ろよ!」

 すると、大福の声が鋭く響いた。

 彼の指が示した先――それは、境内の中央に鎮座するニ体のオオカミの石像だった。

 かつてトラメとザクロが依り代としていた、その神聖な存在。

 本来なら厳かな佇まいを見せるはずのそれは、何者かの手によって落書きまみれになっていた。

 大きく書かれた英語や記号、意味不明な落書きの数々。

 赤や青、緑といったスプレーの塗料が乱雑に吹き付けられ、本来の姿がほとんど見えなくなっている。

「これは……!」

 悟が息を呑み、石像をまじまじと見つめる。

「……ひどいっ!!!」

 こむぎの目が、みるみるうちに涙で滲む。

 ここは、ガオウやスバルたちの思いを残す大切な場所だった。

 わんぷりメンバーが心を込めて修復し、守り続けようとした神社だった。

 それが、無惨に踏みにじられている――。

 全員が言葉を失う中、静かに状況を観察していたのは、かなえだった。

 ゆっくりと境内に足を踏み入れ、荒れ果てた様子を冷静に見回す。

 そして、石像の近くに張り紙らしきものが貼られているのを見つけると、手を伸ばし、それを剥がした。

 紙の端は風雨にさらされ、ところどころシワが寄っている。

 目を通した瞬間、かなえの眉がわずかに寄る。

「全世界人类团结起来,但不包括你们(世界中の人間よ団結しろ。ただし、お前たちは含まない)」

 それは、中国語で書かれていた。

 意味を噛みしめるように視線を落とし、しばし沈黙する。

 やがて、静かに言葉を漏らした。

「……書かれた言葉の意味はわからんが、まともな人間のすることとは思えんな」

 その声には、どこか冷ややかで、呆れにも似た響きが混じっていた。

 張り紙を丸めて無造作に放り捨てると、かなえは石像に付着した落書きをじっと見つめた。

 赤、青、緑、黒――無造作に吹き付けられたスプレーの跡。

 かつてこの地を生きたオオカミたちの魂が、異国の手によって踏みにじられている。

「……とにかく、片付けよう」

 いろはが静かに呟く。

 こむぎが涙を拭いながら顔を上げる。

「このまま放っておくわけにはいかないよ。せっかくみんなで直したんだもん」

 いろはの言葉に、こむぎ、ユキ、まゆ、悟、大福も深く頷く。

「私もやる」

 かなえが短く言い、境内のゴミを拾い始めると、それに続くようにわんぷりメンバーも動き出した。

 社殿の前に散乱した空き缶や紙くずを拾い、石段の隅々に積もったゴミを袋に詰める。

 悟と大福は落書きの跡をこすり落とそうとし、ユキとまゆは境内の隅に放置されていた折れた木の枝を整理していく。

 作業をしながら、いろははふと疑問を口にした。

「……なんで、こんなことになっちゃったんだろう?」

 ただのイタズラとは思えない。

 まるで、この場所そのものを侮辱し、踏みにじるかのような悪意を感じる。

「多分、オーバーツーリズムだよ」

 悟が静かに答えると、こむぎが首をかしげる。

「オーバーツーリズム?」

「観光客が多すぎて、地域の環境や住民の生活に悪影響が出ることだね。ここ最近、アニマルタウンもその影響を受けてる」

 言われて、いろはたちは思い返した。

 ゴキブリの大量発生にはじまり、清掃ボランティアでの異常なゴミの多さ……それらがすべてつながっていたことを。

「じゃあ……つまり、ここも?」

 大福が眉をひそめ、石像の落書きを見つめる。

「でも、遠吠神社って……そもそも、アニマルタウンの人たちでさえ最近まで寄りつかなかった場所じゃない? それがなんで……」

 ユキが疑問を口にすると、悟は黙ってスマホを取り出し、画面を操作し、あるSNSの動画を再生する。

 そこには、とある外国人インフルエンサーが撮影した映像が流れていた。

 深い森の中に佇む遠吠神社をバックに、彼は興奮気味にカメラへ語りかけている。

『ミステリアスな秘境の神社! ここは狼の神が祀られてる伝説の場所! みんな、すごいパワーを感じるよ!』

 その字幕の下には、英語やフランス語、中国語など、さまざまな言語で翻訳されたコメントが流れていた。

「たぶん、遠吠神社が最近ネットで話題になったせいだと思う。『秘境の狼神社』とか、海外のSNSでも拡散されてて……観光客が増えたんだ」

 悟の声には、どこかやるせなさが滲んでいた。

「そんな……」

 いろはは驚きの表情を浮かべる。

「でも、だからってこんなことしていいわけないよ!」

 まゆが憤るように拳を握る。

「まゆの言うとおりだ。本当にここを大切に思っているなら、敬意を払うべきなのに……」

 ユキが悔しげに唇を噛みしめる。その言葉に、かなえも深く頷いた。

「……観光客が増えること自体は悪いことじゃない。でも、マナーを守らない人が多くなると、こうなるんだ」

 悟の言葉に、こむぎは悲しそうな顔でスプレーの跡を見つめる。

「スバルやガオウ、トラメにザクロも、きっと怒ってるよね……」

 こむぎがぽつりと呟く。

「こむぎ……」

 いろはがそっと寄り添うように呼びかける。

 全員が沈痛な面持ちで境内を見渡した。

 彼らが大切にしてきた場所が、こんなふうに踏みにじられてしまった。

 これでまたスバルが激怒し、怨霊となって襲ってきても、文句は言えない――そんな考えが、頭をよぎる。

「大丈夫だ」

 その沈黙を破ったのは、かなえだった。

 掃除の手を止めることなく、彼女は淡々と言葉を続ける。

「非があるは礼節を弁えない観光客であって、こむぎたちは何一つ悪くない。スバルたちだって、お前たちのことを責めたりはせんさ」

 そう言い切るかなえの声音には、確信めいた強さがあった。

「……うん、そうだね」

 いろはが小さく微笑み、こむぎの肩を優しく叩く。

 そうして、わんぷりメンバーは気を取り直し、徹底的な掃除を開始した。

 誰かが踏みにじった場所を、誰かが修復する――その繰り返しの中で、守るべきものを守るために。

 

           *

 

アニマルタウン 市街地

 

遠吠神社の掃除を終えたわんぷりメンバーは、すっかり日が傾き始めた山道を下り、市街地へと戻ってきた。

「ふぅ……なんとか片付いたね」

 まゆが額の汗を拭いながら、ほっと息をつく。

「でも、また同じことが起こらないとは限らないわ」

 ユキが静かに呟く。

「そうだね……観光客が訪れる限り、また荒らされる可能性はある」

 悟の言葉に、一同の表情が曇る。

「それならそれで、また掃除するまでさ」

 かなえが淡々と言い放つ。

「神社を守りたいなら、壊されたら直す。それを繰り返すしかない。それが供養というものだろう?」

 彼女の言葉に、全員が小さく頷いた。

 そんな会話を交わしながら、市街地へと足を踏み入れたその時だった。

「……ん? なんか、騒がしくねーか?」

 大福が耳を澄ませ、視線を向けた先には、人だかりの中心にシカの群れがいた。

 多くの外国人観光客がその周囲を取り囲み、次々とスマホを向けている。

「……あれって……シカ?」

 いろはが少し驚いたように声を上げる。

 それは、以前から市内で増えすぎたことで問題視されていたシカの群れだった。

 アニマルタウンでは動物との共生が重視されているため、ある程度の増加は黙認されていた。

 しかし、目の前に広がる光景は、明らかに異常だった。

 外国人観光客たちはシカの周りに群がり、次々と写真を撮り始める。

 スマホを構え、ポーズを決めながら、楽しそうに動画を撮影している者もいる。

「……まあ、写真くらいならまだしも……」

 大福が警戒するように眉を寄せる。

 その言葉を遮るように、観光客の一人がポケットからパンの切れ端を取り出し、シカに向かって差し出した。

「Come here, come here! It's delicious!(おいでおいで~、美味しいぞ!)」

 無邪気な笑顔でシカを手招きする外国人観光客。

 すると、別の観光客も興味を示し、バッグからチョコレートバーの包装を破り、小さくちぎってシカの口元に差し出そうとした。

 それは、明らかにシカに与えてはいけないものだった。

「「……っ!!」」

 いろはと悟の目の色が変わる。

「ちょ、ちょっと待った!」

「それはダメ!!!」

 悟といろはが同時に叫び、すぐさま駆け寄って観光客の前に立ちはだかった。

「Hey! You can’t feed them that! It’s dangerous for deer!(待ってください! それをシカにあげてはいけません! シカにとって危険なんです!)」

 悟は流暢な英語で、パンとチョコレートを持った観光客に向かって強く訴える。

「Deer can’t digest processed food! It can make them very sick, even kill them!(シカは加工された食べ物を消化できません! 体調を崩す原因になりますし、最悪の場合、命を落とすこともあるんです!)」

 観光客たちは驚いたように悟を見つめる。

 しかし、中には「大丈夫だろう?」と軽く笑っている者もいた。

 その横で、いろはは悟ほど英語が得意ではないため、必死に身振り手振りで止めようとする。

 両手を大きく振って「ノー! ノー!」と繰り返し、シカを指差してからお腹を抱えて苦しむジェスチャーを見せる。

「ノー、チョコレート! ノー、ブレッド! シカ、シック!」

 ぎこちないカタコト英語ながらも、一生懸命に伝えようとしていた。

 しかし、観光客たちは戸惑いながらもまだ納得していない様子だった。

 ―そのときだった。

「ナンダこのシカ! ジャマ!」

 突然、群衆の向こう側から怒鳴り声が響いた。

 一人の外国人の男が険しい顔でこちらへ向かってくる。

 大柄な体つきで、歩きながら明らかに苛立った様子を見せていた。

「道歩きズライ! ドケ!」

 そう叫ぶや否や――男はなんと、目の前のシカを蹴り飛ばしたのだ。

 わんぷりメンバーの表情が、一瞬にして険しくなる。

「ジャマな畜生は蹴レバイイ!」

「コイツおかしいよ」

 悲鳴のような声が周囲から漏れる。

 だが、男は気にする様子もなく、次のシカに向かってさらに足を振り上げた。

「ちょ、ちょっと待って!?」

 まゆの声が震える。

「ダメだよ! シカを蹴っちゃ!!」

 こむぎが必死に制止しようとするが、男は聞く耳を持たず、次から次へと暴力を振るう。

 周囲の観光客たちも、突然の暴力的な行為に凍りついたようにその場に立ち尽くしていた。

 ――その瞬間、大福が素早く動いた。

「おーし、こっちこい」

 軽やかな動きでシカの群れを誘導し、一瞬のうちに蹴られそうになっていたシカを安全な場所へとずらした。

「うぉおおお!」

 突然シカが動いたことで、蹴ろうとしていた男の体勢が崩れる。

「おい」

 直後。低く、冷ややかな声が響いた。

 かなえが鋭い眼光を男に向ける。

「何人かは知らないが、一応聞いてやる。なぜシカを蹴ったんだ……」

 怒りを抑え、理性を保とうとしながらも、その瞳には鋭い光が宿っていた。

 すると、男は鼻を鳴らしながら、忌々しげに叫んだ。

「まっすぐ歩きにくいカラ! こんなシカなんかただの肉! 羊も肉! 家畜がニンゲン様のジャマするか、バカ!」

「……そんな……」

 いろはがショックを受けたように唇を噛む。

「あなた、なんてこと言うんだ!」

 悟が男を睨みつける。

 彼の表情には、この上ない悲しみと怒りが入り混じっていた。

 しかし――次の瞬間。

「ふん!!」

 ドゴォッ!! 容赦なく、かなえの蹴りが男の顔面に炸裂した。

「ゴボォオオオオオ!!」

 体格差など関係なく、凄まじい蹴撃によって、男は弾き飛ばされるように後方へと吹っ飛んだ。

 無様に地面を転がり、呻きながら顔を押さえる男。

 周囲の外国人観光客たちは、何が起こったのか理解できず、一瞬にして静まり返った。

 その場の空気が張り詰め、誰もが息をのんでいる。

 かなえは、一歩、また一歩と前へ踏み出す。

 その眼光は鋭く、怒髪天を衝く勢いで男と、そして周囲の観光客全員を睨み据えた。

「馬牛襟裾……礼節も守れぬ人間こそ獣と同じ……いや、それ以下だ!」

 静かに、しかし決して揺るぎのない声音で告げる。

 その場にいるすべての者が、彼女の言葉の重みを感じ、動けなくなっていた。

「お前たちもだ!」

 かなえの視線が、シカにカメラを向けていた観光客たちを鋭く射抜く。

「この町に何をしに来た? 記念写真を撮るためか? それとも、動物を弄び、踏みにじるためか?」

 観光客たちは口を開こうとするが、かなえの怒気に圧されて言葉を飲み込む。

「動物たちの住む土地を訪れるならば、敬意を払え!」

 彼女の声が響いた瞬間、異様な威圧感が辺りを包み込んだ。

「それすらできないなら、とっととこの町から出ていけ!!」

 鬼の形相で叩きつけるように言い放つ。

 観光客たちは、その剣幕に圧倒され、雲の子を散らすように一斉に逃げ出した。

 誰もがもうこれ以上ここにいることを恐れ、逃げることしかできなかった。

 残されたのは、わんぷりメンバーと、呆然と立ち尽くすシカたち。

 沈黙が広がる中、ユキがふっと口角を上げ、肩をすくめる。

「ありがとう。すかっとしたわ」

 その言葉に、まゆやいろはもどこかホッとしたように微笑む。

「かっこよかったぜ。だろ、こむぎ?」

 大福がにっと笑いながらこむぎに話を振る。

「うん!!」

 こむぎは大きく頷き、目を輝かせながらかなえを見つめた。

 かなえは、わずかに肩の力を抜く。

 少しやりすぎたかもしれないという思いが脳裏をよぎっていたが、仲間たちの反応を見て、心の奥で小さく安堵した。

 強張っていた表情が、ふっと和らぎ、ほんの少しだけ口角が上がる。

 

           *

 

アニマルタウン アニマルタウン役場前

 

 わんぷりメンバーが帰路へ着こうとする中、役場の前に人だかりができているのが見えた。

「……? 何かあったのかな?」

 まゆが不思議そうに首を傾げる。

 全員が耳を澄ませると、外国人観光客に対する住民たちの怒号が次々と聞こえてきた。

「鷲尾町長! もう我慢ならない!」

「バスに乗ろうと思ったら、観光客でぎゅうぎゅう詰めで全然乗れなかったんじゃぞ!」

「それだけじゃない! 勝手に人の家の敷地に入ってきて、注意しても知らんぷりだ!」

「動物たちにお菓子を与えたり、からかったりする人もいるんです! どうにかしてください!」

 抗議の声が次々と飛び交う。

 住民たちの視線の先に立っていたのは、アニマルタウンの町長の鷲尾だった。

 彼は集まった市民たちを前に、険しい表情で話を聞いていた。

「えー、みなさんのお気持ちは重々承知しております。ですから、これから順を追って対策をですね……」

 鷲尾がなだめるように言葉を継ぐが、住民たちの怒りは収まらなかった。

「そんな悠長なこと言ってる場合か!」

「こっちはいい迷惑なんです!」

「そもそも、無闇にSNSで観光地アピールする鷲尾町長にも責任があるんじゃないんですか!?」

 鬱積した住民たちの怒りが鋭い刃物のごとく突き刺さる。

 矢面に立たされた鷲尾は軽く汗をにじませながら、両手を上げて住民を落ち着かせようとした。

「で、ですから、現状を真摯に受け止め、皆さんとともに解決策を模索して――」

「解決策って、具体的にどうするんですか!? まさか“様子を見ます”なんて言いませんよね!?」

「私たちは今すぐ何とかしてほしいんだ!」

 抗議の声はますます激しさを増していく。

 そんな様子を見つめながら、わんぷりメンバーの表情もまた、深刻なものになっていた。

「……オーバーツーリズムの影響が、ここまでひどくなってるなんて」

 悟が小さく息をつく。

「ちょっと、思ったより深刻かも……」

 いろはが不安げに呟く。

「そりゃ、シカを蹴るようなヤツまでいるくらいだからな」

 大福が低く唸るように言いながら、ついさっきまでの出来事を思い返した。

「考えてみれば、最近はどこに行っても外国人観光客を見ない日はないわね」

 ユキが腕を組みながらぼそりと漏らす。

「SNSとやらの発信力と影響だろう。ここだけじゃなく、おそらく似たようなことがあちこちで起こっている。それに対して、現行の法整備が追いついていないのが実情だろう」

 かなえの推察に、一同は押し黙る。確かに、観光客を歓迎しつつも、こうした問題が未解決のまま放置されているのは事実だった。

 その空気を締めくくるように、こむぎがぽつりと呟く。

「……動物以上に、人間同士で仲良くするのってむずかしいんだね」

 誰も、その言葉を否定することはできなかった。

 沈黙が続く中、いろはがふと視線を上げる。

「……こんな調子じゃ、今年の七夕祭りどうなっちゃうんだろう」

「七夕祭り? なんだそれは?」

 かなえが首をかしげる。

「毎年アニマルタウンで行われてる夏の風物詩だよ。鏡石の前に願い事を書いた短冊を吊るして、その周りをライトアップするんだ」

 悟が説明すると、かなえは興味深そうに小さく頷く。

「けど、外国人共が祭りに大挙して押し寄せる可能性は十分にある。有効な対策を打ち出せないようじゃ、楽しい祭りが無法地帯になるのは目に見えてるわな」

 大福が肩をすくめながら言う。

 祭りの華やかさが思い浮かぶ一方で、現状の混乱がそのまま持ち込まれるとしたら――決して楽しいだけでは済まされないだろう。

 わんぷりメンバーの表情が、再び引き締まる。

 

           *

 

アニマルタウン 某所

 

 高台の上から、ナギリは静かに街を見下ろしていた。

 賑やかに行き交う外国人観光客たち。

 その波に翻弄される住民たち。

 そして、不安げに身を寄せ合う動物たち――。

「……ククク……実に、滑稽な光景です」

 ナギリの唇が、嘲るように歪む。

 異なる文化が交わることで生まれる摩擦。

 善意と無知が絡み合い、混乱と軋轢を生み出すこの状況こそ、彼にとっては最高の愉悦だった。

「人間という生き物は、互いに理解し合えるなどと綺麗事を並べながら、結局のところ、自分の利益しか考えない……」

 言うと、彼は街の一角に目を向ける。

 つい先ほど、中国人観光客によって無情にも蹴られたシカの群れ。その中の一匹が、まだ怯えたように小さく震えていた。

 ナギリは細めた目でそのシカを見据える。

「あなたの憤りと恐れ……実に良いです……」

 彼はそっと手をかざす。

「闇に潜みし怨念よ、形を成せ」

 闇が蠢き、ゆらりと広がっていく。

 シカの影が、ねじれ、歪み、異形のものへと変わり始める――。

 ウシのように逞しい四肢。

 ガゼルのように研ぎ澄まされた脚力。

 そして、シカの角は鋭く分かれ、禍々しい曲線を描いて伸びていく。

「ガオガオーン!!」

 新たなフューザーガオガオーンが、闇の中からゆっくりと姿を現した。

 

           *

 

アニマルタウン 市街地

 

「! フューザーガオガオーンだ!」

 こむぎが鋭く声を上げた。

 直後、ユキ、大福、かなえも同じ気配を感じ取り、街の通りへと目を向ける。

 そこには――。

 筋骨隆々とした四肢を持つ異形の獣が、道路の中央に堂々と立ちはだかっていた。

「悟くん、あれって!」

 いろはが尋ねると、悟が鬼気迫る表情とともに敵の正体を瞬時に看破する。

「ウシのような頑強な体、ガゼルのような俊敏な脚、そして、禍々しく伸びたシカの角。あれはきっと、シカとガゼルとウシのフューザーガオガオーンだ……!」

「ここまで詳しいと、逆に怖いくらいね」

「全くだ」

 皮肉めいたユキとかなえの言葉をよそに、異形の怪物は咆哮を上げた。

「ガオガオーン!!」

 次の瞬間、シガゼシガオガオーンが猛然と駆け出す。

 道路を蹴り上げ、無秩序に動き回る外国人観光客の群れへと突進していった。

「キャアアアアッ!」

「ワッツ!? 何だアレ!?」

 観光客たちの悲鳴が街に響く。

 人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うが――。

 その中に、シカを蹴っていたあの男がいた。

「オ、オレ!? ナンデ!?」

 男が振り向いた瞬間、シガゼシガオガオーンの鋭い蹄が振り上げられた。

「ガオガオーン!!」

 強烈な蹴りが男の背中を襲い、その場に転がる。

「ゴボォッ……!?」

 喘ぐように地面を這う男。

 だが、シガゼシガオガオーンは執拗に追いすがり、さらに攻撃を加えようとする。

 ――まるで、己を蹴った復讐を果たすかのように。

「やばい! このままじゃ……!」

 大福が駆け出そうとした、その時――。

「HAHAHA! AMAZING!!(ハハハ! すっげーぜ!)」

「This is gonna go viral!(これ、バズるぞ!)」

 何人かの外国人観光客が、スマホを片手に笑いながら騒いでいた。

 倒れる男を撮影し、興奮した様子で動画を配信しようとしている。

 シガゼシガオガオーンは、それに気づいた。

 異形の獣はピタリと動きを止める。

 不吉な静寂が生まれ――そして、スマホを構えている観光客たちへと、獰猛な視線を向けた。

「お……おい、まさか……!」

 スマホを構えていた観光客が、シガゼシガオガオーンの視線が自分たちに向けられたことに気づき、慌てて後ずさる。

 しかし、遅かった。

 シガゼシガオガオーンは猛然と跳躍し、一直線に彼らへと襲いかかった。

「「ぎゃああああっ!!」」

 観光客たちは恐怖に悲鳴を上げ、スマホを取り落としながら四方へと散る。

 その様子を見て、わんぷりメンバーが反応する。

「あれ、完全に怒らせちゃったね」

 まゆが、呆れたように肩をすくめた。

「自業自得よ」

「ああ。礼節を欠いた者の末路としては実にふさわしい」

 ユキとかなえは冷ややかに言い放つ。

 しかし、いろはは険しい顔をしながら、毅然とした声を上げた。

「でも、このまま放っておくわけにはいかない!」

「うん! みんなで助けよう!」

 いろはに共感したこむぎが力強く頷く。

 だが、かなえは今回はどこか消極的な態度を取っていた。

「……わからんな。好き勝手にこの街の秩序を乱す連中を助ける義理などないだろう?」

 冷静な口調で放たれた言葉に、一瞬その場の空気が張り詰める。

「それでも、助けるよ」

 しかし、いろはが迷いなく答えた。

 彼女はまっすぐにかなえを見つめ、そのまま言葉を続ける。

「かなえちゃん、前に悟くんにこう言ったんだよね。手が届くのに手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔するくらいなら、手を伸ばせって。だから、わたしも後悔しないように手を伸ばすの」

 いろはの言葉に、かなえは一瞬目を見開いた。

 そして――。

「……不承不承。どうやら今回は、私の負けだな」

 僅かに口角を上げ、わずかに肩をすくめる。

「ったく、しょうがねえな」

 大福が溜息混じりに呟いた。

「ボクたちで、助けよう!」

 悟が眼鏡を微調整してから拳を握る。

 そうして、わんぷりメンバーは一斉に変身するとともに、フューザーガオガオーンの方に駆け出した。

 

「「「Jesus!!」」」

 外国人観光客たちが悲鳴を上げる。

 シガゼシガオガオーンの鋭い蹄が振り上げられ、今にも観光客たちを蹂躙しようとしたその瞬間――。

 煌めくピンクと紫色の壁が、観光客たちとフューザーガオガオーンの間に展開された。

「間に合った!」

 ワンダフルとフレンディが前へと躍り出る。

 悟と大福もすかさず援護し、それぞれの力を込めたバリアを張り巡らせる。

「悪いけど、ここから先には行かせないよ!」

 キュアワンダフルが手を翳し、リボンバリアの強度をさらに高めた。

 バリアに阻まれたシガゼシガオガオーンが蹄を激しく打ちつける。しかし、ワンダフルとフレンディ、悟と大福が繰り出したバリアはびくともしない。

 ――その瞬間、場の空気がさらに冷え込んだ。

「去れ」

 静かに、しかし威圧を滲ませた声が響く。

 シャスールが鋭い眼差しを向けながら、一歩前へと進み出た。

「二度と私の前に、その軽薄で不敬な顔を見せるな」

 突き刺すような静かな怒りと、軽蔑の色を宿した瞳。

 圧倒的な威圧感に耐えきれず、観光客たちは一斉に後ずさる。

「L-let’s get out of here…(い、行こうぜ……ここから逃げよう……)」

「Damn, what’s with that girl…(くそっ、あの女、一体何なんだ……)」

 誰かが小さく呻き、別の者はスマホを手にしたまま動揺した表情を浮かべる。

 しかし、シャスールの視線が彼らを捉えた瞬間、何かを感じ取ったのか、観光客たちは怯えたように踵を返した。

 そして、次々に逃げていく。

 やがて、最後の一人が視界から消えたころ、シャスールはようやく目を細め、軽く息を吐いた。

「……さて、これで心置きなく戦えるな」

 わんぷりメンバーが揃って、シガゼシガオガオーンへと向き直る。

「ガオガオーン!!」

 シガゼシガオガオーンが鋭い咆哮を上げると同時に、蹄を地面に打ちつけ、凄まじい衝撃波を放った。

「くるよ!」

 キュアフレンディが警戒を促した瞬間、獣の突進がメンバーへと迫る。

「ヘルプ! キラリンアニマル! ライオン!」

 キュアワンダフルがフレンドリータクトを介して、キラリンライオンの加護を受ける。

「こっちだよ!」

 ライオンの脚力を手に入れたワンダフルが素早く駆け出し、敵の視線を引きつける。

「こっちだこっち!」

 大福もシガゼシガオガオーンの注意を逸らすように、強靭な脚力を活かして素早く左右へと動く。

 突進するシガゼシガオガオーンの力はすさまじく、その巨体が一直線にワンダフルたちへと迫る。

 しかし――。

「甘いな」

 シャスールが静かに呟き、背中の翼を大きく羽ばたかせる。

 次の瞬間、強烈な風が巻き起こり、シガゼシガオガオーンの軌道をずらした。

「ガオガオーン!?」

 突進の勢いが乱れ、シガゼシガオガオーンは体勢を崩してバランスを崩す。

「今だよ!」

 悟の鋭い声が響く。

 その合図に合わせ、ニャミーとリリアンが即座に動いた。

「ニャミーシールド!」

 ニャミーが両手を差し出し、ネコの手を模したバリアが展開される。シガゼシガオガオーンの動きを制限し、自由を奪う。

「リリアンネット!」

 続けてリリアンが捕獲力では群を抜いて高い網でシガゼシガオガオーンを絡め取り、動きを鈍らせていく。

「……今のうちに!」

 シャスールが声を上げると、彼女を除くわんぷりメンバーが一斉にミラーストーンスタイルへと変身を遂げた。

「「「「「「ミラーストーンスタイル!」」」」」」

 瞬間、光が弾け、六人の姿を包み込む。

「「「「「「プリキュア——!」」」」」」

 息を合わせたように、六人が手を繋ぎ、円陣を組む。

「「「「「「サークルオブライフ!!」」」」」」

 やがて、六色の光が弧を描き、巨大な光の輪となって広がっていった。

 純白の浄化の光が放たれ、シガゼシガオガオーンを包み込んだ。

「ガオガオーン……」

 シカゼシガオガオーンは安らぎの光によって、邪悪な怨念によって支配されていた己の心と体を取り戻す。

 そこに残ったのは、本来の姿を取り戻したシカだった。

 戦いが終わり、街は聖なる力によって修復され、元の平和な日常が戻ってきた。

「……よかった、無事だったね」

 変身を解除したいろはが静かに安堵の息をつく。

 かなえは目を細め、その光景を見守りながら、そっと目を閉じた。

 戦いは終わった。

 しかし、ナギリの影が完全に消えたわけではない――。

(……私は、戦い以外でこむぎたちに何ができるのだろう)

 ふと、胸の奥にわずかな迷いが生まれる。

 これまでの戦いでは、矢を射り、敵を倒し、勝利することで答えを見出してきた。

 だが、こむぎたちの「守る」という戦い方は、それとは異なるものだった。

 ただ倒すのではなく、救うこと。

 それが、自分にもできるのだろうか――。

 ふと、こむぎたちの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 強さだけでは届かないものが、確かにそこにある気がした。

 かなえはそっと拳を握る。

(……考えるよりも、まずはやってみるしかないか)

 彼女は静かに息を整えながら、こむぎたちのもとへと歩き出した。

 

           ◇

 

アニマルタウン 鏡石前

 

 七夕祭り当日――。

 懸念点はありつつも、どうにか祭りの日を迎えた。

 夜の帳が降りる頃、アニマルタウンの中心にある鏡石の周りには、色とりどりの短冊が揺れ、無数の灯りが優しく輝いている。

 住民たちと、多くの観光客が入り交じりながら、穏やかな時間が流れる。

 かつての混乱が嘘のように、そこには穏やかな笑顔があった。

 わんぷりメンバーも、それぞれのパーソナルカラーを模した浴衣を羽織り、華やかに祭りを彩っていた。

 かなえも、陽子が誂えた藍色の浴衣を身にまとい、普段とは違う雰囲気を纏っていた。

「へへっ、やっぱりお祭りっていいよね!」

 こむぎが嬉しそうに屋台を見渡す。

「うん。準備は大変だったけど、こうしてみんなが楽しんでくれてるのを見ると、やってよかったって思うよ」

 いろはが満足そうに微笑んだ。

 そして、祭りの締めくくりとして、こむぎたちはそれぞれの願いを短冊にしたため、鏡石の前へと向かう。

「わたしは……これからもいろはやみんなとずっとずっとなかよし!」

 こむぎが短冊を吊るす。

「んじゃ、オレは、悟がいろはと番になれますように……」

 大福が悪びれもせず短冊に書き込む。

「うわああああーーー!!! 大福、それはやめてぇーーー!!!」

 悟が勢いよく声を上げ、短冊を奪い取ろうとするが、大福はひらりとかわし、得意げに笑う。

「おっ? 照れてんのか~?」

「そういう問題じゃないよ!!!」

 必死に否定する悟を横目に、まゆがいろはをじっと見つめた。

「いろはちゃんは、兎山くんとチョメチョメできますようにって書かないの?」

「ま、まゆちゃん!!!」

 いろはの顔が一瞬で沸騰したかのように真っ赤になり、手で顔を覆う。

「ちょ、ちょっと待ってよ!! わたし、今年のお願いは決まってるの!!! 悟くんと同じ高校にいけますようにって!!!」

「あ、そっか! 高校に入れば、堂々とチョメチョメできるもんね!」

「だから違うってばーーー!!!」

 悟といろはのやり取りに、場の空気が一層和やかになっていく。

 そんな彼らを横目に、かなえは静かに短冊を括りつける。

 ――「美味いカレーが食べたい」

「……あなた、ほんとにそれでいいの?」

 ユキが呆れたように問いかけるが、かなえは真顔で頷いた。

「ほかに何かあるか?」

 そのあまりにも真剣な様子に、まゆが思わず吹き出した。

「もう、せっかくの七夕なのに!」

「まあ、かなえちゃんらしいけどね」

 こむぎたちの笑い声が、夜空に溶けていく。

 煌めく星の下、七夕祭りは賑やかに、そして穏やかに幕を閉じた――。

 

 

 

 

 

 




登場ガオガオーン
シガゼシガオガオーン
声:高橋伸也
身長:430cm
体重:不明(推定数トン)
・特色/力
跳躍力と突進力を兼ね備えた機動型のフューザーガオガオーン。シカの俊敏な動き、ガゼルの跳躍力、ウシの剛力を併せ持ち、速度と攻撃力を武器に戦場を駆け回る。
・特徴
シカの頭部を持ち、黒々とした湾曲した巨大な角を備えている。体躯はガゼルのようにしなやかでありながら、ウシの頑強な筋肉質な四肢を持つ。四足歩行でありながら跳躍力に優れ、ビルの屋根を軽々と飛び越えるほどのバネを持つ。脚力と突進力を生かした戦闘スタイルを取り、巨体ながらも素早く動き回る。
背中には不吉な紋様が刻まれた黒い毛皮が覆い、その模様は動くたびに揺らめくように変化する。足元には蹄が輝くような不気味な光を放ち、地面を踏み鳴らすたびに小さな衝撃波が生まれる。目は赤く輝き、怒りと憎悪に満ちた視線を敵に向ける。
・能力
暴走の蹄撃
ウシの剛力を活かし、前脚を振り上げて大地を踏み砕く。その衝撃で相手のバランスを崩し、次の攻撃に繋げる。
神速の跳躍
ガゼルの脚力を生かした異常な跳躍能力を持ち、縦横無尽に戦場を駆け回る。上空からの奇襲や障害物を利用した立ち回りが得意。
怨嗟の突進
シカの敏捷性とウシの突進力を組み合わせた攻撃。突進しながら角で相手を薙ぎ払うことで、周囲を巻き込む破壊力を持つ。
恐怖の角撃
巨大な角を振り下ろし、地面を裂くほどの威力で敵を叩き潰す。角にはわずかに呪詛が込められており、直撃を受けた者はしばらく動きを封じられる。
報復の猛撃
攻撃を受けるたびに怒りの力が蓄積し、一定量を超えると突進力と攻撃力が上昇。敵に与えられた痛みをそのまま跳ね返すかのように荒れ狂う。
・行動
憤怒と復讐の感情を具現化したかのようなフューザーガオガオーンであり、人間を忌み嫌い、特に乱暴な行為を働いた者に強い敵意を向ける。最初にターゲットと定めた者を執拗に追い回し、角で吹き飛ばし、容赦なく踏みつける。その怒りは次第に拡大し、周囲にいる者全てを敵と認識し、無差別に暴れ回る。跳躍力を活かした空間支配型の戦闘を得意とし、高低差を利用しながら一撃離脱戦法を繰り出す。
・戦闘記録
アニマルタウンの市街地にて、ナギリの手によって生み出されたフューザーガオガオーン。シカを蹴った外国人観光客を標的とし、怒りのままに執拗な追撃を繰り返した。被害はさらに拡大し、面白半分で撮影しようとした観光客たちにも猛威を振るう。
わんぷりメンバーが介入し、キュアワンダフルとフレンディ、悟ると大福の連携によって市民を守りつつ、敵の動きを封じる作戦に出る。シャスールの風の一撃がシガゼシガオガオーンの跳躍軌道を狂わせ、ニャミーとリリアンの力で行動を制限することに成功する。
最終的に、ミラーストーンスタイルを発動したわんぷりメンバーの総攻撃を受け、力を抑え込まれる。「サークルオブライフ」の浄化光線が直撃し、怨嗟の闇は霧散。暴走する力から解放された元のシカがその場に残され、優しく保護されることとなった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。