わんだふるぷりきゅあ!!~わんだふる♡わーるど~   作:重要大事

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第17話:解き放たれた影!

8月初旬

アニマルタウン 兎山家

 

 夜の静寂が広がる兎山家。

 カーテンの隙間から差し込む月明かりが、机の上のノートと書物を淡く照らしていた。

 悟はペンを握りしめたまま、物思いに沈んでいた。

 部屋の隅では、ケージの中で丸まって眠る大福の寝息が静かに聞こえてくる。

 しかし、悟の頭の中はとても眠るどころではなかった。

「…………」

 ――そして、先日の古座野の言葉が、何度も脳裏に蘇る。

 

           ≡

 

「鼎。本名は賀茂清衡(かものきよひら)と言ってな。彼は千年もの昔に、奈犠離(ナギリ)と呼ばれる悪霊を封印した凄まじい存在なのだよ」

「!! ナギリですって!?」

 悟は思わず身を乗り出した。

 ナギリ――それは、今まさに彼らが対峙しようとしている黒幕の名。

 まさか、千年前の陰陽師と、現代に起こる異変が繋がっているのか?

「おい、今の話ってマジなのかよ古座野のおっさん!?」

 大福も驚きのあまり声を上げた。

 記憶の中でただの言葉だった「ナギリ」という名前が、突如として歴史の奥深くから繋がりを見せる。

 研究室の空気が張り詰め、先ほどまでの軽妙なやり取りが嘘のように、悟と大福は古座野を食い入るように見つめていた。

「……君らは、何やら知ってるような口ぶりだな?」

 古座野が目を細め、疑問を投げかける。

「あっ! えっと……これはその……」

 悟が咄嗟に言葉を濁す。

 古座野はしばし二人を見つめた後、ふっと笑みを浮かべた。

「まぁ、詮索はせんよ。人に言えない秘密の一つや二つあるものじゃ。ワシだって、家内に内緒でゆ〇キャン△のグッズを大人買いしたこと隠してるしな!」

 その瞬間、悟と大福は揃ってずるっと体勢を崩しかける。

 シリアスな展開に身構えていた緊張が、一気に霧散していった。

「あのな! このシリアスな場面に気の抜けるようなこと言うなよ!!」

 大福が即座にツッコミを入れる。

 悟は呆れながらも、苦笑しつつ本題へと戻った。

「そ、それで博士、鼎さんはどんな人だったんですか?」

 悟の問いに、古座野の表情が一転し、語りの口調へと変わる。

「鼎は、当時の朝廷に仕えながらも自ら戦場に立ち、魑魅魍魎を討伐する異端の存在じゃった」

 古座野の語りに、二人は息をのむ。

「彼は陰陽師としてその類まれなる才能を持ちながら、次第に権力闘争に嫌気が差し、人間との関わりを絶つようになった。そんな彼は、何よりも動物を愛したのじゃ」

 古座野は巻物の一部をめくり、筆書きの記述を指でなぞる。

「そうして、様々な動物たちと心を通わせることで、彼らの力を借りる特殊な神通力を身に着け、その力で各地の悪霊を祓っていたのじゃよ。まさに神にも近しい存在じゃった」

 古座野が巻物の一部をめくると、そこには獣を従え、弓を携えた戦士の姿が描かれていた。

 荒々しい筆致ながらも、その鋭い眼光と堂々とした佇まいが、彼がただの陰陽師ではないことを物語っていた。

 悟はじっとその姿を見つめる。

 すると――。

 鼎の近くに、一匹のタカが描かれていることに気づいた。

「……このタカは」

 小さく呟きながら、悟はその部分を指でなぞった。

 猛々しく翼を広げたそのタカは、さながら鼎と共に戦う同志であるかのように描かれていた。

「博士、このタカ……鼎さんと特別な関係にあったんですか?」

 悟の問いに、古座野は一瞬目を細め、巻物の記述をなぞりながら答えた。

「おお、よく気づいたのう。このタカは、鼎に最も忠実に仕えた相棒のような存在じゃった」

 悟と大福は顔を見合わせる。

 なぜだろう。悟と大福の脳裏には、かなえの姿と、彼女の手に止まる一羽のタカのイメージがよぎった。

 あの鋭い眼光、堂々とした佇まい――奇しくも、この巻物に描かれたタカと重なるような気がする。

 悟は無意識に息を飲んだ。

 その様子を見ながら、古座野は巻物の端を軽く叩き、言葉を続けた。

「古文書によれば、そのタカは雌だったらしく、『命(ミコト)』という名前が付けられておったそうだ」

「ミコト……?」

 悟が思わず反復する。

 その名には、どこか神聖な響きがあった。

「鼎とは強い絆で結ばれ、数々の戦いを共にしたのじゃが、奈犠離との戦いで命を落としたらしい」

 古座野の言葉が、静かに空気を震わせる。

 ナギリとの戦い――つまり、千年前の戦場で、ミコトは鼎を守るために命を落としたのか。

 悟はそっと巻物を見つめながら、言葉にできない感情を抱えていた。

 

 

 偶然とは思えない。過去と現在が奇妙な形で絡み合っている。

 悟は机の上のノートを見つめた。

 そこには、鼎の名、ナギリの名、ミコトの名、そして古座野が語った封印の話が乱雑に書き留められていた。

(もしも、鷹目さんがガオウのように大昔の人の……鼎さんの生まれ変わりだったとしたら、彼女の使命は復活したナギリを再び封じることにあるのか)

 夜の静寂の中、悟はペンを置き、ふうっと息を吐いた。

 眠るどころではない。

 彼の中で、何かが確実に繋がり始めていた。

 

 一方、兎山家の屋根の上に座り、かなえは無言で夜の風を浴びていた。

「…………」

 夏の空気はまだ熱を帯びているはずなのに、肌を撫でる風は妙に冷たい。

 ――日を追うごとに、自分の身体がおかしくなっている。

 右腕の袖をたくし上げ、ゆっくりと自分の肌を見下ろす。

 痣――いや、もうそれは単なる「痣」ではなかった。

 数ヶ月前までは微かに浮かぶ程度だったものが、今やまるで刻印のように濃く、くっきりと皮膚に浮かび上がっている。

 脈動するようにじわりと熱を持ち、意識を集中するとまるで何かが蠢いているような錯覚さえ覚える。

「……私は、どうなっていくんだろう」

 思わず呟いた声は、風にさらわれるように夜の闇に消えていった。

 瞳を閉じれば、耳の奥でざわめく声が聞こえる。

 何かを囁くような、遠くから響く怨嗟のような声。

 それは確実に、日を追うごとに強くなっていた。

 彼女の中で、何かが変わり始めている。

 いや、それは「変化」ではない。

 むしろ、本来の何かが「目覚めようとしている」 かのようだった。

 ゆっくりと顔を上げる。

 雲一つない空に、満月が輝いていた。

 この世界を冷たく見下ろすような、凍てついた白銀の光。

 その瞬間――。

 満月が、一瞬だけ、くすんだ。

 まるで薄墨を滲ませたように、ぼんやりと影がかかる。

 瞬きする間もなく、その異変は元に戻ったが、確かに何かが起こった。

「……またか」

 呟くが、胸の奥に残る嫌な感覚が消えない。

 さながら、空すらも彼女の変化に呼応しているかのような、不吉な前兆。

 彼女は再び右腕の痣を見つめ、拳を握りしめた。

(私は……いったい、何なんだ?)

 

           *

 

三日後

アニマルタウン近郊 ノースワイルドパーク

 

 夏休みを利用して、こむぎたちはSNSを中心に話題沸騰の民間動物園へやってきた。

 普段は忙しい日々を過ごす彼女たちにとって、こうしたレジャーは久しぶりだった。

 巨大なライオンの像が、入り口にそびえ立っていた。

 鋭い牙をむき出し、獲物を捕らえんとするかのような迫力のある姿。

 しかし、その口はまるでトンネルのように開かれ、入場者はライオンの喉元から入り、肛門を通って園内へと抜ける仕掛けになっている。

 こむぎたちは、その入口の前で立ち止まった。

「うわー! 人がいっぱい!」

 こむぎが目を輝かせながら歓声を上げた。

「ここが日本一危険な動物園……ノースワイルドパーク!」

 いろはがゲートの看板を見上げながら呟く。

「キュアスタで流れてくる動画を見て、ずっと気になってたんだよね」

 まゆはスマホを開きながら、園のプロモーション動画を確認する。

 動画には、ライオンやワニ、ヘビといった猛獣たちが登場し、迫力のある映像が次々と流れる。

「見たところ普通の動物園じゃない? どこが日本一危険なの?」

 言いながら、ユキが怪訝な顔を浮かべる。

 

『ノースワイルドパーク』

 

 この動物園は、もともと約二十年前に開園し、当初は地元の小規模な動物園としてひっそりと営業を続けていた。

 しかし、近年になってSNSの発展とともに、過激な体験型アトラクションが話題を呼び、一気に知名度を上げた。

 「猛獣と超接近!」や「日本で唯一、ライオンに直接餌やり!」といった刺激的な売り文句がウケ、動画投稿サイトではスリルを求める若者たちの間で瞬く間に拡散された。

 こむぎたちも、その流れでノースワイルドパークを知ることとなったのだ。

 

 早速、来場者を出迎える巨大なライオンの像を潜ろうとした折、こむぎたちの目に不穏な看板が飛び込んだ。

「? ねーねー悟、これなんて読むの?」

 こむぎが看板を指さしながら問いかける。

「免責事項だよ。なになに……」

 悟は眼鏡をくいっと持ち上げてから、看板の文字を読み上げた。

『当園は普通の動物園ではありません、危険です。ケガや物損は保障できません! 全て自己責任です。』

 注意書きの中でも、「危険」や「自己責任」の部分は、目を引くように強調されていた。まるで、それがこの園の最大の特徴であるかのように。

「へ、へぇー……そうなんだ……」

 まゆが乾いた笑いを浮かべる。

「怖いのか?」

 大福がじっとまゆを見つめる。

「そ、そ、そんなことないよ大福ちゃん!」

 まゆが勢いよく首を振るが、内心の動揺は隠せない。

「ユキじゃあるまいし、強がらないほうがいいぞ」

 かなえがさらりと言い放つ。

「そこで私を引き合いに出す必要はないでしょう」

 ユキが冷静にツッコミを入れる。

 軽口を交わしながらも、妙な違和感が拭えないまま、こむぎたちは園内へと足を踏み入れた。

 園内は、一見するとごく普通の動物園だった。

 敷地の中央には広々とした芝生が広がり、その周囲にはいくつもの獣舎が並んでいる。来場者の姿も多く、家族連れやカップル、友人同士で訪れた観光客が思い思いに動物たちと触れ合っていた。

 しかし、その飼育方法は、地元にある「アニマルタウンふれあいパーク」とどこか似通っていた。

 檻や柵に厳重に囲われた動物もいる一方で、ヤギやヒツジ、リクガメといった比較的おとなしい動物は放し飼いになっており、来場者が自由に近づいて触れることができるようになっている。

「わー、見て見て! あのカピバラ、すっごい近くにいるよ!」

 こむぎが楽しそうに駆け寄ると、周囲の観光客もスマートフォンを取り出し、写真や動画を撮影し始めた。

 その光景は、SNSでよく見る「映える」動物園のそれだった。

 どこを見てもスマホのカメラが向けられ、動物と触れ合う様子を嬉しそうに撮影する人々の笑顔が並ぶ。

「ふれあいパークみたいな感じだね」

 いろはが呟きながら、飼育エリアを見渡す。

「ここの動物たち、人慣れしてるねー」

 まゆが手を伸ばし、近づいてきた子ヤギを優しく撫でると、ヤギは首をすり寄せて甘えるような仕草を見せた。

 微笑ましいその様子に、こむぎたちも思わず笑みを浮かべる。

 しかし、その中で――悟だけが、ふと表情を曇らせた。

 確かに、動物たちは人馴れしている。

 だが、それは自然なものなのだろうか?

 悟の視線が、ふれあいコーナーの片隅にいた一匹のリクガメへと向く。

「……あれは」

 悟は足を止め、眼鏡をくいっと上げた。

 視線の先にいるのは、一匹のリクガメ。

 甲羅の表面には、妙な違和感があった。

 最初はただの汚れかと思ったが、よく見れば、それは落書きだった。

 来場者がいたずらで書いたものなのか、甲羅にはペンで刻まれた文字や絵が残っている。

 単なる水性ペンならまだしも、インクの染み込み具合からして、簡単には消えそうにない。

 まるで、それが当たり前のように放置されている――そんな異様さが、悟の胸にひっかかった。

(飼育員は、これを見て何とも思わないのか?)

 しかし、周囲の観光客たちはそんなことに気づく様子もなく、スマートフォンを構えながら「かわいい!」と笑顔で写真を撮っている。

「悟くん、次いこうよ!」

 いろはの明るい声が響く。

「え? あ、うん……そうだね」

 悟は軽く頭を振り、いろはたちの後を追った。

 だが、その違和感は胸の奥に静かに沈み込み、消えることはなかった。

 

 さらに園内を進んでいくと、ふれあいエリアとはまったく異なる異様な雰囲気が漂い始めた。

 目の前に現れたのは、「デンジャラスゾーン」と大きく書かれたゲート。

 黒と黄色の警告色が目立つデザインで、工事現場の立ち入り禁止区域のような威圧感を放っている。

「うわぁ……なんかすごい威圧感……」

 まゆが思わず後ずさる。

 黒と黄色の警告色が目立つデザインに、大胆なフォントで記された「命の保証はありません!」の文字。

 その下には、「本当に危険です! 入場は完全自己責任!」と、どこか挑発的な注意書きまで添えられている。

「ん?」

 そのとき、かなえが入口近くにある写真付きの看板に目を止めた。

 そこには、驚くようなアトラクションの数々が並んでいた。

「ピラニア池の綱渡り」――足を踏み外せば、容赦なく噛みつかれ、瞬く間に肉を引き裂かれる。

「ドクトガケのアスレチック」――噛まれると皮膚が変色し、激痛に襲われる。

「ヤマアラシの綱渡り」――背中の針を逆立てて突進するヤマアラシを避けながら進まなければならない。

「ワニの綱渡り」――真下でワニが待ち構える中、一本のロープだけを頼りに対岸を目指す。

 こむぎたちは一斉に顔を引きつらせ、かなえは眉をひそめた。

「……まるで悪趣味な見世物小屋だな」

 その声に、大福がゲートの向こうを覗き込みながら肩をすくめる。

「けど、結構並んでるぜ」

 確かに、デンジャラスゾーンの入り口には、すでに多くの来場者が列を作っていた。

 若者グループやカップル、家族連れまで、老若男女を問わず楽しげな表情を浮かべている。

 誰もが興奮した様子で誓約書にサインをし、ゲートをくぐっていく。

「ええ……? みんな、怖くないの……?」

 いろはが些か信じられないといった様子で呟く。

 列の中では、動画撮影をしているグループも多く、スマホ片手に「これマジやばいって!」「絶対バズるわ!」と笑い合う声が飛び交っていた。

 悟は静かに列の最後尾へ目を向ける。

 そこには、園のスタッフらしき人物が立っており、入場者一人ひとりに誓約書を渡していた。

 誓約書にサインしない限り、中には入れない仕組みのようだ。

「……こうやって見ると、まるで挑戦者を待ち受けるアトラクションみたいだね」

 悟がぽつりと呟く。

 ユキが腕を組み、ため息混じりに言った。

「ただの怖いもの見たさの度胸試しにしては、ちょっとやりすぎな気もするけど」

 デンジャラスゾーンの入り口には、まだ多くの来場者が列を作っていた。

 興奮気味に順番を待つ若者たちや、記念撮影に夢中な観光客たち。

 彼らの目には、恐怖よりも好奇心が宿っているように見える。

 だが――こむぎたちは、結局その列に加わることはなかった。

 特にまゆが及び腰だったこともあり、最終的にはデンジャラスゾーンを素通りし、園内を一通り見て回ることにした。

 

 昼時、こむぎたちは園内のフードコートで昼食を取ることにした。

 屋根付きのテラス席には、多くの来場者が思い思いに食事を楽しんでいる。

「いただきまーす!!」

 こむぎが勢いよく両手を合わせ、大きな口を開けた。

 手にしているのは「ワイルドバーガー」と名付けられた巨大なハンバーガー。

 肉厚のパティにチーズと特製ソースが絡み、豪快な見た目をしている。

「こむぎ、口の周りについてるよ」

 いろははフライドポテトを一本つまみ、ジュースをすすりながら、軽く微笑んだ。

「結構歩いたねー」

「そうね」

 まゆは控えめにホットドッグをかじり、ユキはハーブ入りのソーセージをナイフで丁寧に切り分けていた。

「このカレーの少々粉っぽいところがまた、なんとも……」

 かなえがスプーンを持ち上げながら呟く。

「褒めてるのか? 貶してるのか?」

 大福が不思議そうに首を傾げた。

 かなえはスパイスの香りが立ち上るカレーを一口食べ、微妙な表情で咀嚼する。

 確かに風味は悪くないが、ルーの食感が粉っぽく、舌にざらつくものが残る。

「五里霧中……評価は保留する」

 淡々と言い放つかなえに、大福は「どっちだよ」と呆れながらポテトを一本つまむ。

 そんな賑やかなやり取りの中で、悟だけは食事の手を止め、思案に沈んでいた。

「悟くん? どうかしたの?」

 いろはが気になって声をかける。

 悟はふと顔を上げ、テーブルに視線を移した。

 こむぎやユキ、まゆ、大福、かなえ――皆それぞれ食事を楽しみながら、動物園を満喫していた。

 しかし、悟の胸には拭えない違和感があった。

 それは、ここに来てからずっと感じていたものだ。

「……なんか、いろいろと気になることが多すぎるんだ。妙に不自然というか」

 悟は慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。

 まゆがきょとんとした表情を浮かべる。

「不自然……って?」

 悟はフードコート周辺を指し示した。

「普通、どんなに人慣れしている動物でも、警戒心は完全には消えないはずだよ。でもここの動物たちは、異常なほど人間に馴れすぎてる。まるで、ボクたちが動物園にいるんじゃなくて、動物の方が人間に囲まれる環境に適応させられてるみたいにさ」

 その言葉に、かなえが頷く。

「確かに、少し違和感はあった。ふれあいパークでも動物と人の距離は近いけど、ここまで徹底して“馴らされた”ようには感じなかった」

 悟はさらに続ける。

「それに、リクガメの甲羅に残っていた落書き。普通ならスタッフが消すはずだし、そもそもそんなことを許すべきじゃない。それがあそこまで放置されてるってことは……飼育管理が行き届いてないか、そもそも気にしてないってことになる」

 こむぎが少し困ったような顔をする。

「でも、動物たちは元気そうだったよ?」

 悟はゆっくりと首を振る。

「表面上はそう見えるかもしれないけど、本当にそうかな? ここでは動物たちが人間に触られることが当たり前になってる。もしかすると、彼らには“選択肢”がないのかもしれない……」

 言うと、悟はデンジャラスゾーンの方向に目をやりながら、次の言葉を紡ぐ。

「それと、デンジャラスゾーン。あれもおかしいと思うんだ」

 ユキが腕を組み、鋭い目を向けた。

「確かに、ただの“度胸試し”にしては悪趣味だったわね」

 悟はゆっくりと頷く。

「ピラニアの池の綱渡り、ドクトガケのアスレチック、ヤマアラシの突進……普通の動物園では考えられないよ。危険な動物たちを、ああやってエンタメの道具として扱っていること自体、根本的におかしい」

 大福が少し考え込むようにして口を開いた。

「けどよ、それもこの動物園の“売り”なんじゃねーの? 珍しい動物が見られるってだけじゃ、インパクトが足りないってことなんだと思うぜ」

 悟は苦々しい表情でため息をつく。

「だとしたら、それが一番の問題だよ。動物を“珍しい”とか“面白い”って理由で見世物にするのは、動物のためじゃなくて、人間の欲求を満たすためのものだよ」

 いろはがハッとしたように目を見開いた。

「……それって……まるでサーカスみたい」

 悟は静かに頷いた。

「ボクたちは“動物園”に来てるつもりだったけど、実際は“動物ショー”を見せられてるのかもしれない」

 悟は最後に、周囲を見渡しながら言葉を続けた。

「あと、もうひとつ。園内の構造自体が妙だと思わない?」

 まゆが不思議そうに小首をかしげる。

「構造?」

 悟は視線を巡らせながら言った。

「この園、すごく狭い敷地の中に、無理やりいろんな施設を詰め込んでる感じがするんだよ。ふれあいエリア、エキゾチックアニマルの展示、デンジャラスゾーン……全部が所狭しと詰め込まれてる。普通の動物園なら、もっと動物たちのためのスペースが確保されるはずなのに」

 ユキがハッとしたように口を開く。

「言われてみれば……各エリアの距離が妙に近いのは気になっていたわ。もしかして、敷地が限られてるから?」

 悟は頷く。

「たぶん、ここは本来、動物園として設計された場所じゃなかったんじゃないかな。それを無理に“話題性”を作るために開発した結果、こういう形になったんだと思う」

 かなえが静かに目を閉じ、言葉を絞り出した。

「……動物たちは、ここで“飼育”されているのではなく、“利用”されている、ということか」

 いろはが少し不安げに口を開く。

「でも、ここって有名な動物園なんでしょ? そんなこと、許されるの?」

 悟は答えなかった。ただ、胸の奥で確信が生まれつつあった。

 ――ここは、ただの動物園じゃない。

 人間の都合によって作り上げられた、異質な空間だ。

 悟が思考を巡らせていたそのとき、すぐ近くで鋭い声が響いた。

「説明をお願いします、逃げないでください!」

 はっとして振り向くと、フードコートの向こう側で、一人の女性が園のスタッフらしき男性に詰め寄っているのが見えた。

「あれは?」

 ユキが目を細め、興味深げにその様子を見やる。

 女性はスレンダーな体型にジャケットを羽織り、ノートとペンを片手に鋭い目つきでスタッフを追い詰めていた。

 声の調子からして、単なる観光客ではない。

「……ライターさんかな?」

 まゆが小声で呟く。

 スタッフの男は明らかに戸惑った様子で、愛想笑いを浮かべながらも、一歩引いていた。

「あの……申し訳ありませんが、そういった取材は事前に許可を取っていただかないと……」

「では、許可を申請すれば答えてもらえるんですか?」

 女性は間髪を入れずに問い返す。

「い、いや、それは……」

 スタッフは目を泳がせながら、歯切れの悪い返事をする。

「つまり、何か答えられない事情がある、ということでよろしいですね?」

 女性の追撃に、スタッフの顔が強張った。

 こむぎたちは思わず顔を見合わせる。

「あの人、すごい……がんばってる」

 こむぎが驚いたように呟く。

 いろはがふと女性の顔をじっと見つめ、はっとしたように言った。

「……あっ! あの人、アニマルタウンのフリーライターじゃない?」

 悟もすぐに気づいた。

「そうだ……月村千鶴さんだ!」

 アニマルタウン出身のジャーナリスト。

 動物愛護や環境問題をテーマに取材し、地元の新聞やオンラインメディアで活動しているフリーライターだ。

 過去にはペット業界の闇や、違法な繁殖業者の問題を鋭く抉った記事を書き、注目を集めたこともある。

「でも、なんでそんな人がここに?」

 まゆが不思議そうに呟く。

 悟はその問いに答えず、再びジャーナリストの言葉に耳を傾けた。

「あなた方の園では、動物の輸入経路や飼育環境について、ほとんど情報が開示されていませんよね?」

「え、ええと、それは企業秘密といいますか……」

 スタッフが曖昧に言葉を濁す。

「企業秘密? それはつまり、公にできない事情があるということですか?」

 ピシャリと切り込む千鶴に、スタッフは苦笑しながら手を振った。

「そんなことは……ただ、うちは他の動物園とは少し違う形で運営しているだけです」

「なるほど。では、その“違い”について具体的に説明してください」

 スタッフの笑顔が、完全に引きつった。

「す、すみません。これ以上の対応はできませんので」

 そう言うや否や、スタッフはくるりと背を向け、足早にその場を去ろうとする。

「ちょっと、待ってください! まだ質問に答えていませんよ!」

 千鶴が声を上げるも、スタッフは振り返らなかった。

「……逃げたわ」

 ユキが冷静に言った。

「ここの動物園、なんかきな臭いな」

 大福が小声で呟く。

 悟は腕を組み、沈黙する。

 確信した――この動物園には、何か重大な“隠された事情”がある。

 その時、千鶴がこちらに気づいた。

「……あら?」

 取材を打ち切られた千鶴が、ふとこちらに目を向けた。

 視線がこむぎたちをじっくりと見つめる。

「もしかして、アニマルタウンの人たち?」

 いろはが驚いて目を瞬かせた。

「え!? どうしてわかったんですか?」

 千鶴はふっと笑い、いろはに向かって顎を軽くしゃくる。

「あなた、フレンドリィ動物病院の犬飼先生のところの娘さんでしょ?」

「えっ!? はい……そうですけど……」

 思いもよらぬ返答に、いろははぽかんとする。

「やっぱりね。私、以前取材で犬飼先生のところにお世話になったことがあるのよ。写真も撮らせてもらったし、そのときちょうど受付にいたあなたのことも覚えてる」

 いろはは一瞬、思い出すように目を泳がせたあと、ようやく「あっ」と小さく声を漏らした。

「そういえば……! むかし、病院に取材の人が来たことがあったかも……」

 千鶴は満足げに頷いた。

「それに、あなたたちの雰囲気を見れば、大体分かるわ。動物園を観光気分で楽しんでるというより、何かを気にしてるような表情をしていたから」

 悟は少し目を見開く。

(……観察力がすごい人だ)

 まゆがこむぎの肩をつつきながら、ひそひそと囁く。

「なんか、すごい人に目をつけられちゃったかも……」

「えっ、怖いの!?」

 こむぎが小声で返す。

 千鶴はそんな二人のやり取りに気づいたのか、少しだけ笑ってみせた。

「まあ、立ち話もなんだし、少し話せる?」

 彼女は近くの空いたテーブルを指さした。

 悟は彼女の鋭い視線を感じながら、静かに頷いた。

 

「千鶴さん。アニマルタウンで有名なあなたが、どうしてこの動物園に?」

 悟が率直な疑問をぶつけると、千鶴は軽く笑いながらテーブルに肘をついた。

「ココだけの話……」

 そう前置きし、周囲をちらりと確認した後、声を落とす。

「このノースワイルドパークには、色々と見過ごせない問題があるの」

「問題って?」

 こむぎが身を乗り出した。

 千鶴は手元のノートを軽く叩きながら、静かに言葉を継ぐ。

「まず、この動物園、正式な営業許可を取っていないのよ」

「えっ?!」

 いろはが驚きの声を上げる。

「環境省の動物取扱業の登録リストにも載っていないし、自治体の許可も確認されていない。つまり、ここは“無許可営業”の動物園ってわけ」

 悟は千鶴の言葉を聞きながら、デンジャラスゾーンでの誓約書を思い出す。

(……なるほど。だからあんな“自己責任”を強調する文言があったのか)

 正式な動物園ならば、厳格な基準を満たし、行政の管理下で運営されているはず。

 それを回避するために、誓約書で責任逃れをしていたと考えれば、筋は通る。

「それに、市街化調整区域にあるにも関わらず、園を勝手に拡張しているの」

 ユキが眉をひそめる。

「市街化調整区域?」

「ええ。本来、このエリアは都市計画法上、動物園のような施設を大規模に拡張することができない場所なのよ。でも、それを無視して園のオーナーは次々とエリアを拡張してる。無許可のままね」

 まゆが少し不安げに口を開く。

「それって、違法なんじゃ……?」

「完全に違法よ。だから、市から何度も是正勧告を受けてるの。でも、そのたびにうまくかわして、営業を続けてるってわけ。しかも、それだけじゃないわ。ここ、飼育環境もめちゃくちゃなのよ」

 千鶴の言葉が、さらに重くなる。

「実際、この数年で不自然な形で死んだ動物が何頭もいるの」

 こむぎが息を呑んだ。

「えっ、死んだって……」

「直接的な病気や老衰じゃなくてね。劣悪な環境で衰弱したり、ストレスで異常行動を繰り返したりした末に死んだ動物が複数報告されているの」

 悟は思い出す。

 ――異常なほど人懐っこい動物たち。

 ――リクガメの甲羅に残っていた落書き。

 ――デンジャラスゾーンの“アトラクション”のような扱い。

 すべて、動物が適切な環境で管理されていないことの証左だったのか。

「極めつけは、違法な補助金受給よ」

「補助金……?」

 かなえが目を細める。

 千鶴は手帳の一ページをめくりながら、言葉を続けた。

「この動物園は、元々“自然保護と動物福祉”を掲げて補助金を受け取っていたの。でも、その実態はまったく違う。むしろ、動物を金儲けの道具にしているだけなのにね」

「それってつまり……?」

 いろはがそっと尋ねる。

「国や自治体から補助金をもらっているにも関わらず、そのお金が動物のために使われていないってことよ。どこに消えているかは……まぁ、察しがつくわよね」

 悟が冷静な声で呟く。

「……運営側の懐、ですか」

 千鶴は静かに頷いた。

 話を聞き終え、こむぎたちはしばし沈黙した。

「……マジで、そんなことしてたのか」

 大福が珍しく神妙な声を出す。

「ただの“ちょっと変わった動物園”だと思ってたのに……」

 いろはが苦い表情を浮かべる。

 かなえは静かに息を吐いた。

「つまり、ここはただの観光施設ではないということか」

 千鶴はゆっくりと頷いた。

「表向きは“個性的な動物園”として観光客を集めているけど、その裏ではずっとこういう違法行為を続けているのよ」

 まゆが不安げに顔を曇らせ、そっと尋ねた。

「あの……もしこれが公になったら、どうなるんですか?」

 千鶴は冷静な口調で答える。

「動物園の存続はもちろん、運営側への法的な追及は避けられないでしょうね」

「じゃあ、なんで今まで問題にならなかったの?」

 こむぎが疑問を口にした。

 千鶴は苦笑しながら答える。

「問題にはなってるのよ。でも、オーナーがやたらと“力”を持っているみたいで、行政の追及をうまくかわしているの」

 悟は鋭い目を向けた。

「“力”って……具体的には?」

 悟の問いに、千鶴は一瞬、何かを言いかけるように口を開いたが、すぐに閉じた。

 意味ありげに視線を伏せ、少しの間を置いてから静かに言う。

「……それについては、もう少し調べてみるつもりよ」

 そう言うと、千鶴は手帳をポケットにしまい、立ち上がった。

「じゃあ、私はこれで」

 何事もなかったような落ち着いた足取りで、その場を離れていく。

 彼女の背中を見送るこむぎたちの間には、どこか重たい沈黙が流れた。

 まゆがため息をつくように呟く。

「……こんなことが本当に?」

 ユキが腕を組み、視線を彷徨わせる。

「でも、ここにいる他の観光客を見てみなさい。誰もそんなこと気にしてないわ」

 言われて改めて周囲を見渡すと、確かに園内は変わらず賑わっていた。

 親子連れが動物と戯れ、若者たちがSNS用の動画を撮影し、笑い声があちこちで響いている。

 彼らにとって、ここはただの“楽しい動物園”なのだ。

 しかし――こむぎたちは、すでに知ってしまった。

 この園の裏側に隠された現実を。

 悟は静かに口を開く。

「……どうにかしないと」

 いろはが眉を寄せる。

「でも、どうやって?」

 まゆが肩を落とし、少し寂しそうに笑う。

「私たちは千鶴さんみたいに有名な記者でもないし、発言力もない……こんな大きな問題を、どうやって世間に伝えればいいの?」

 その言葉に、誰もが黙り込んだ。

 ――力がない。

 ――発信手段がない。

 ――何をすればいいのか、分からない。

 ただ、見過ごすこともできない。

 そんな沈黙の中、ふと悟が呟いた。

「……最近、日本人が犬や猫じゃなくて、本来野生にいる動物をペットにしたがる比率が高くなってるって、知ってる?」

 いろはが目を瞬かせる。

「え……?」

「SNSや動画配信が活発になったことで、珍しい動物を飼うことが“憧れ”になってるんだ。ペットとしてのエキゾチックアニマルの需要が高まり続けてる。その最たる例が、この園で行われていることそのものだよ」

 まゆが戸惑ったように言う。

「でも、それって悪いことなの?」

 悟は静かに首を振る。

「一概に悪いとは言えないよ。でも……」

 彼は改めて園内を見渡す。

 檻の中のサーバルキャット、カメラを向けられているリクガメ、無邪気にエサをねだるカピバラ――。

 それらすべてが“人間の都合”で、ここにいる。

 日本はワシントン条約で規制された動物の輸入量が多く、ある年のデータによれば、哺乳類においては世界第三位、両生類では世界第二位に位置する。

 まさにエキゾチックペット大国だ。

 一方で、こうした動物の飼育や販売を目的とした密輸も後を絶たない。

 需要が増えれば、それに応じる違法業者も現れる。

 その手前では密猟が横行し、結果として野生動物が絶滅に追い込まれる危険性が高まる。

 悟は静かに口を開く。

「エキゾチックアニマルを飼うことが流行ることで、ペットとしての価値が生まれる。それが市場になる。そして、それを利用する人間が出てくる。……この園は、その行き着く先のひとつなんじゃないかな」

 かなえが静かに目を伏せる。

「……動物を本当に愛しているなら、そんなふうに扱うべきではないな」

 悟は小さく頷く。

「でも、ここに来てる人たちは、そんなこと知らない。知らずに、楽しんでる。一番いけないのは、ペットとして需要がある状態にしちゃうことだと思うんだ。そもそも、彼らは基本的にペットとしては向かない動物だから」

 エキゾチックアニマルは、その珍しさや愛らしい見た目からペットとしての人気が高まっている。

 しかし、その多くは本来、人間と共に暮らすことに適した生き物ではない。

 たとえば、コツメカワウソ。

 一見すると小柄で愛くるしく、SNSや動画では「おとなしいペット」のように見えることが多い。

 だが、実際には非常に気性が荒く、鋭い牙を持つ肉食動物だ。

 興奮すれば簡単に噛みつき、場合によっては人間の指を食いちぎるほどの力があるという。

 さらに、縄張り意識が強く、単独飼育にはストレスがかかる。

 水辺での生活が不可欠なため、一般家庭での飼育環境を整えるのは極めて難しい。

 それでも、「かわいいから飼いたい」という単純な欲求が先行し、安易にペットとして迎えられてしまう。

 その結果――飼いきれずに手放されるケースも少なくないのだ。

 悟の言葉に、こむぎたちは再び沈黙する。

 いろはは複雑な表情を浮かべながら、ふと気になったことを口にした。

「ねぇ……ふれあいパークはどうなの?」

 声には、どこか不安が滲んでいた。

 今まで何気なく親しんでいた施設が、本当に問題ないと言えるのか――。

 この園の裏側を知った後では、それすらも疑わしく思えてしまう。

 いろはの不安げな表情を見て、悟は少し微笑みながら首を振った。

「それなら大丈夫だよ」

 彼は、いろはたちを安心させるように、ふれあいパークの取り組みについて説明し始めた。

「ふれあいパークでは、動物たちの飼育環境や健康管理にしっかりと気を配ってる。例えば、展示動物の種類も、国内で適切に繁殖されたものが中心で、無理な輸入や違法な取引とは一切関わっていないんだ」

 いろはが少しだけほっとしたように、悟の言葉に耳を傾ける。

「それに、動物の“ふれあい”に関しても、パークのスタッフが徹底的に管理してる。来園者にストレスを与えないようにするだけじゃなくて、動物たちの負担にならないように、適切な時間や回数を決めているんだ」

 ユキが静かに頷く。

「たしかに……ふれあいパークでは、動物たちが無理に触らせたりすることはないわね」

 悟は続ける。

「それに、パークでは単に動物を“見せる”だけじゃなくて、教育的な目的も重視してる。来園者が動物の生態を学べるように、専任のスタッフが説明をしてくれるし、保護活動にも力を入れてるんだ」

 さらに、悟はふれあいパークが取り組んでいるもう一つの活動について言及する。

「それとね、ふれあいパークでは野生動物のペット化を見直す取り組みも積極的にやってるんだ。エキゾチックアニマルを飼いたいって思う人向けに、“本当にその動物を飼えるのか”を考える啓発活動をしてるんだよ」

 まゆが少し考え込んだように口を開く。

「啓発活動って……具体的には?」

 悟は少し頷き、言葉を続ける。

「最近、ふれあいパークでは動画配信も行っていて、“野生動物をペットにすることのリスク”を分かりやすく解説してるんだ。動物園では専門のスタッフと適切な飼育環境が整ってるから、エキゾチックアニマルもストレスなく過ごせるけど――」

 ユキが腕を組み、補足する。

「素人がそれをやろうとすると、動物にとっても飼い主にとっても、大きな負担になるってことね」

 悟は頷く。

「そう。たとえば、砂漠の天使として人気のスナネコは、鳴き声が凄くて、夜間でも構わず平気で鳴く。一般家庭での飼育はほぼ不可能に近い。そういうことをちゃんと伝えて、“ペットにする前に一度考えてみてほしい”って啓発してるんだ」

 かなえが納得したように頷く。

「なるほど……ここみたいに“珍しい動物を集めて見世物にする”のとは、根本的に違うということか」

 悟ははっきりと頷いた。

「そう。ふれあいパークの目的は、動物を娯楽の道具にすることじゃなくて、“共生”を学ぶことにある。だからこそ、動物たちが無理なく過ごせる環境を整えてるし、何より“ビジネス優先”じゃなくて、“動物たちの福祉”を最優先に考えてるんだ」

 いろはは悟の説明を聞きながら、ゆっくりと息をついた。

「……そっか。それを聞いてちょっと安心したよ」

「やっぱり、アニマルタウンのふれあいパークが一番だね!」

 こむぎも改めて、地元の動物の偉大さを知るきっかけとなった。

 ふれあいパークは、ただの観光施設ではなく、動物と人間が本当に“ふれあう”ための場所だった。

 それが、ここ――ノースワイルドパークとは決定的に違うのだ。

 しかし、そう考えれば考えるほど、目の前の動物園の異様さが際立つ。

 大福が腕を組みながらぽつりと呟いた。

「……そうなると、いかにここがヤバい場所だってことだ」

 悟は静かに頷いた。

「うん。知ってしまった以上、どうにかしないといけない」

 

           *

 

ノースワイルドパーク 園長室

 

 薄暗い室内に、男たちの低い声が響く。

 古びたデスクの上には、積み重なった書類と、監視カメラのモニターが並んでいた。

 スーツ姿のスタッフが、神妙な顔つきで園長に進言する。

「……園長、問題です。千鶴という記者が園内を嗅ぎ回っています」

 デスクの向こうで、園長と呼ばれた男は目を細めた。

 鋭い視線がスタッフを射抜く。

「記者? どこの所属だ?」

「アニマルタウン出身のフリージャーナリストです。環境問題や動物福祉に関する記事をよく書いているとか……」

 園長は舌打ちしながら椅子の背にもたれた。

「フリーのくせに、ずいぶん余計なことをする女だな……」

「はい。彼女は既にこの園の不正について何か掴んでいる可能性があります。このままでは、密輸ルートや無許可営業が公になる危険が……」

 言い終わる前に、園長は手を振って制した。

「バカを言うな。そんな簡単に潰されてたまるか」

 スタッフは眉をひそめる。

「しかし、これ以上騒がれると……」

 園長は机の上の葉巻をつまみ、火をつける。

 紫煙をくゆらせながら、ゆっくりと微笑んだ。

「……なら、黙らせればいい」

 その言葉に、スタッフは息をのんだ。

 園長は冷徹な目でモニターを見つめながら、ゆっくりと指を組む。

「記者が問題を起こす前に、こっちで“対処”すればいいだけの話だろう?」

 男たちは言葉を失う。

「……ですが、どうやって?」

 園長はゆっくりと微笑み、立ち上がった。

「方法なら、いくらでもあるさ」

 その瞬間――室内の空気が変わった。

 まるで、何か不吉な影が忍び寄るかのような、冷たい気配が漂う。

 突如、部屋の隅に黒い霧が渦巻き始めた。

 男たちが驚き、思わず後ずさる。

「な、なんだ……?」

 霧の中から現れたのは、漆黒の衣をまとった異形の存在だった。

 人のようでいて、人ではない――蛇のような瞳が、不気味に輝く。

「我々の話を、少し聞かせてもらいましたよ」

 その声は、冷たく、どこか楽しげだった。

 園長は眉をひそめ、警戒するように尋ねた。

「な……何者だ!?」

 問いを受け、黒衣の男こと――ナギリは微笑んだ。

「ただの通りすがりの者です。ですが、貴方たちの抱える問題――実に興味深い」

 園長は訝しげにナギリを見つめる。

「儂たちの問題が、貴様に何の関係がある?」

 ナギリはゆっくりと手を広げ、静かに言った。

「貴方たちは、この園を守りたいのでしょう? 邪魔な者たちを排除し、計画を続けたいのでしょう?」

 園長は目を細める。

「……そ、それがどうした?」

 ナギリの瞳が妖しく輝く。

「ならば、力を与えましょう。貴方たちの目的を果たすための、“特別な力”を」

 その言葉とともに、黒い霧が園長と周囲のスタッフたちを包み込む。

「闇に潜みし怨念よ、形を成せ」

 冷たい声が響き渡ると同時に――

 黒いもやが園長の体を飲み込む。

「ぐ、あぁぁ……!!!」

 その叫びが響き渡ると同時に、デンジャラスゾーンにいた猛獣たち――ヤマアラシ、ピラニア、フクロウの体が異様に膨張し、ねじれ、融合していく。

 獣たちの咆哮と、園長の断末魔が重なり合い、ひとつの異形の怪物が生まれる。

 誕生したのは――ヤマラニロウガオガオーン。

 ナギリの力によって作り出された、人と獣が融合した恐ろしいフューザーガオガオーン。

 園長の体は一瞬で闇に飲まれ、異形と化した。

 人の形を保ちながらも、顔の片側にはフクロウの羽毛が生え、ヤマアラシの棘が背中から飛び出し、腕はピラニアの牙が生えた異形の鉤爪へと変貌していた。

 彼の口から漏れるのは、人の言葉ではなく――

「ガオガオーン!!」

 異形の叫び声だった。

 ナギリは愉悦の表情を浮かべた。

「素晴らしい。やはり、人の悪意こそが黒き獣をより強くする」

 その言葉に呼応するように、ヤマラニロウガオガオーンが咆哮し、園内へと解き放たれる。

「ガオガオーン!!」

 獣のような咆哮が轟く。

 園内の空気が一瞬にして張り詰め、人々の悲鳴が四方八方から響き渡る。

 ヤマラニロウガオガオーンが巨大な爪を振り上げ、暴れ回る。

 背中からはヤマアラシの無数の棘が逆立ち、嘴の先はフクロウのように鋭く歪んでいる。

 その牙を開けば、ピラニアのような無数の鋭い歯が並び、肉を裂かんと輝いていた。

「きゃあああああ!!」

「逃げろ! 逃げろ!!」

 観光客たちは我先にと逃げ惑う。

 そんな中、こむぎたちはすぐさま異変を察知した。

「いくよ! みんな!」

「「「「「「うん(ええ)(ああ)!」」」」」」

 こむぎたちはその場でパクトを構え、変身する。

「「「「「「プリキュア・マイ・エボリューション!」」」」」」

 光が弾け、キュアワンダフル、キュアフレンディ、キュアニャミー、キュアリリアン、キュアシャスール、そして変身状態の悟と大福が姿を現す。

 

「ガオガオーン!!」

 異形の咆哮が轟く。

 ヤマラニロウガオガオーンが地を揺らす勢いで飛び掛かる。

 七人は瞬時に反応し、それぞれの方向へと跳躍した。

「このパワー……前のセミとカブトムシとロブスターのときと同じかもしれない!」

 シャスールが敵の動きを見極めながら叫ぶ。

「じゃあ、また人間を素体にしているってこと?!」

 フレンディが顔を強張らせた。

 悟も苦い顔をしていた。

「これは……前回の時よりも、はるかに強力なフューザーガオガオーンだ……!」

 ワンダフルたちは息を呑む。

 相手は、ただのフューザーガオガオーンではない。

 人間の意識が宿ったまま、獣の凶暴性を最大限に引き出された異形の存在。

 しかも、ナギリの力によって無理やり歪められた存在――。

「……くるよ!」

 その言葉が落ちた瞬間、ヤマラニロウガオガオーンが猛然と襲いかかった。

「はあぁぁっ!!」

 ワンダフルが先陣を切り、敵の爪を躱しながらカウンターを狙う。

 だが――

「――ッ!」

 敵の背中から無数のヤマアラシの棘が放たれた。

「くっ……!」

 ギリギリのところで体を捻って回避するも、一部の棘がかすめ、ワンダフルの腕に浅い傷を刻んだ。

「ワンダフル、大丈夫?!」

 リリアンが叫び、即座にフォローへ向かうが――

 敵はその瞬間、巨大なフクロウの翼を広げ、風を巻き起こした。

「うわっ!」

 七人は突風に煽られ、一瞬動きが鈍る。

 その隙を見逃さず、ヤマラニロウガオガオーンは素早く距離を詰めた。

「ガオガオーン!!」

「まずい、来るぞ……!」

 大福が警戒を強めた、次の瞬間――

「ガオガオーン!!」

 ピラニアのような鋭い歯を剥き出しにし、強襲を仕掛けてきた。

「全員でバリアを!」

 フレンディが叫び、七人が一斉に防御態勢をとり、バリアを展開する。

 しかし――

「ガオオオォォォン!!」

 ヤマラニロウガオガオーンが猛然と突進し、その巨体がバリアを揺さぶる。

「「「「「「「くっ……!!」」」」」」」

 全員が歯を食いしばるも、敵の圧力に押され、地面を滑るように後退する。

 しかし、ヤマラニロウガオガオーンは不敵に睨みつけると、背中に生えた無数の棘をわずかに震わせた。

「ガオガオーン!!」

 直後、空気が張り詰める。

 ヤマアラシの棘が一斉に射出された。

「っ……!!」

 鋭利な棘が防御を貫き、七人の身体を激しく弾き飛ばす。

「「「「「「「うわあああ……!」」」」」」」

 土埃が舞い、地に伏したまま荒い呼吸を繰り返す。

 ワンダフルは腕を震わせながら身体を起こそうとしたが、すぐにその場に膝をついた。

「みんな……!」

 シャスールの視界に広がるのは、荒れ果てた戦場だった。

 地に伏した仲間たち。

 フレンディは片膝をつきながら、かろうじて身体を支えていたが、息は乱れ、顔には明らかな疲労の色が滲んでいる。

 ニャミーは腕を押さえ、肩で息をしながら前を睨んでいた。

 ワンダフルの手は土を握りしめて震えており、フレンディの隣で歯を食いしばっていた。

 リリアンも、膝をついたまま荒い息を吐いている。

「うっ!」

「……チキショウ……」

 悟と大福もまた、満身創痍だった。

 悟は地面に片肘をつきながら、苦痛に顔を歪めていた。

 その瞳には鋭い光が宿っていたが、動こうにも体が言うことをきかない。

 彼は歯を食いしばりながら、震える手で無理やり身体を支えようとした。

 だが、肩に受けたダメージが深く、力が入らない。

 その横で、大福がゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 彼の額には血の筋が伝っていたが、それを気にも留めず、ヤマラニロウガオガオーンを睨みつける。

「まだ……やれる……!」

 だが、その言葉とは裏腹に、大福の足取りはふらついていた。

 このままでは、全員がやられる。

 理解はしているのに、頭の奥で渦巻く焦燥が、それをすんなりと受け入れさせてくれない。

 シャスールは、自分の胸元を押さえた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 鼓動が速まっている。

 深く息を吸おうとするが、喉が詰まったようで、思うように呼吸ができない。

 冷静でいようとしても、指先が僅かに震えていた。

 戦える状態ではないことは明白だった。

 フューザーガオガオーンの猛威は、彼女たちの力では抑えきれない。

「は、は、は、は、は、は」

 呼吸が浅くなる。

 膝がわずかに震える。

 ――私は、何をするべきなのか。

 けれど、考えている時間すらなかった。

「ガオガオーン!!」

 視線を上げた先で、ヤマラニロウガオガオーンがゆっくりと動いた。

 その狙いが、ワンダフルへと向けられている。

「……っ!」

 全身の血の気が引く。

 ワンダフルは、まだまともに動けていない。

 それを確認したヤマラニロウガオガオーンは、ゆっくりと爪を振り上げた。

 振り下ろされる。

「「「「「「ワンダフル!!」」」」」」

 その一撃が、ワンダフルを直撃する――

「やめろ……」

 喉の奥で押し込めていた声が漏れた。

「やめろ……!」

 しかし、敵の動きは止まらない。

 ――止めなければ。

 今すぐにでも動かなければ――!

 けれど、身体が思うように動かない。

 焦燥が胸をかき乱し、鼓動が痛いほどに速くなる。

 指先が冷たくなり、足元がふらつく。

 だが、それよりも心の奥底に渦巻く何かが、猛烈な勢いで膨れ上がっていた。

「やめろ……やめろ……」

 感情が暴走する。

 思考が霞み、視界が揺らぐ。

「やめろ……やめろ……やめろ!」

 耳鳴りが響く。

 呼吸が荒くなる。

「やめろ……!!」

 心臓が痛いほどに脈打ち、胸の奥で黒い衝動が膨れ上がった。

 歯を食いしばる。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 その叫びとともに、シャスールの身体から黒い影が溢れ出した。

「うおおおおおおおおおおお!!」

 シャスールの絶叫が響いた瞬間、彼女の身体を包む黒いもやが急激に膨れ上がった。

 その黒煙の中から、異形の姿がゆっくりと浮かび上がる。

 コブラの瞳がぎらつき、鋭いタカの翼が空を切る。

 トラのような筋肉を備えた腕が、わずかに揺らぎながら形を成す。

 ゴリラの強靭な胴が脈打つように蠢き、タコの脚が地を這うように広がった。

 そして、禍々しいアイマスクを纏った顔が、ゆっくりと顔を上げる。

 それは、プリキュアの戦士であったキュアシャスールの姿ではなかった。

「ウオオオオオオオオオ!!!」

 その異形は、シャスールの体から生まれたはずのものとは思えないほど、圧倒的な威圧感を放っていた。

 わんぷりメンバーは、誰もが言葉を失った。

「シャスール……?」

 地に伏したままのワンダフルが、震える声で呟く。

 目の前の異形は、確かに彼女の仲間であるはずのシャスールの姿をしていた。

 だが、その禍々しい佇まいは、もはや“プリキュア”とはかけ離れたものだった。

「でも、あの姿って……?」

 フレンディが息を呑みながら、わずかに身を引く。

 その声には、動揺と困惑が滲んでいた。

 しかし――

 応える声はない。

 ただ、異形の獣はゆっくりと顔を巡らせ、鋭い瞳で周囲を見渡した。

 ――まるで、自分の獲物を選別するかのように。

「……なんで、シャスールまで……!」

 悟が歯を食いしばる。

 力を込めて立ち上がろうとするが、思うように動けない。

 それは、単なる恐怖ではなかった。

 これは――「捕食者」の前に立ったときの、本能的な拒絶。

 ニャミーが唇を噛み、震える声で言う。

「な、なんなのこれ……! あんなの、プリキュアじゃない……!」

 リリアンが動揺を隠せないまま、ふるりと首を横に振る。

「こんな……こんなことって……」

 やがて、異形の獣――『鵺ガオガオーン』は、静かにその翼を広げた。

「ガオガオーン!!」

 対するは、ヤマアラシ・ピラニア・フクロウが融合したヤマラニロウガオガオーン。

「ウオオオオオ!!」

 狂乱するように咆哮を上げ、ヤマラニロウガオガオーンが先に動いた。

 背中から無数の棘を射出しながら、猛禽の羽ばたきで空を駆け、ピラニアの鋭い牙で喰らいつこうとする。

 その攻撃は、どれも一撃必殺の猛威を秘めていた。

 しかし――

 すべてが、鵺ガオガオーンには届かなかった。

「……ッ!!」

 ヤマラニロウガオガオーンの棘が放たれる。

 だが、鵺ガオガオーンは瞬時にタカの翼で風を起こし、棘を弾き返した。

 更に、タコの脚が大地を這い、鋭くしなる。

 一瞬で間合いを詰めると、トラの腕が唸りを上げ、ヤマラニロウガオガオーンの体を貫いた。

「ガオガ…!!」

 鋭い一撃を受けたヤマラニロウガオガオーンが悲鳴を上げる。

 しかし、戦いはそれだけでは終わらなかった。

 鵺ガオガオーンは、ゆっくりとその翼を広げた。

 ――石化の力が解き放たれる。

 ヤマラニロウガオガオーンの身体が、灰色に染まり始める。

 四肢の動きが鈍り、口の奥から漏れる唸り声すら、途切れがちになった。

 まるで、大地に縛り付けられるかのように――。

「……ウオオオ」

 鵺ガオガオーンの瞳が冷たく輝いた瞬間、ヤマラニロウガオガオーンの体が完全に石化した。

 次の瞬間――

 彼女の虎の腕が振り下ろされる。

 バリン――!!

 ヤマラニロウガオガオーンは、完全に砕け散った。

「あっ……!!」

「そんな……」

 わんぷりメンバーは、誰もが息を呑む。

 これは――いつもの戦いではない。

 これまで彼女たちは、フューザーガオガオーンを倒すたびに、浄化してきた。

 救いの光が差し込み、宿主である人間を元の姿へと戻してきた。

 しかし、今――目の前で起こったのは、「浄化」ではなかった。

 『完全な破壊』。

 石と化した敵は、粉々に砕け散り、跡形もなくなった。

 それはすなわち――人間ごと消滅させたことを意味していた。

「……っ!」

 フレンディが両手を口元に当て、言葉を失う。

 ニャミーと悟、大福は一歩、後ずさった。

 リリアンは目を逸らし、肩を震わせている。

 ワンダフルは息を詰まらせながら、小さく呟いた。

「……うそ、でしょ……」

 あの敵の中には、園長の意識が残っていた。

 どれほど歪んでいたとしても、それは一人の人間だった。

 それなのに――

 鵺ガオガオーンは、ためらいもなく、殺した。

 砕けた破片の間に、鵺ガオガオーンが静かに降り立った。

 彼女の動きには、一切の迷いがない。

 ただ、獲物を仕留めた捕食者のように、冷然と佇んでいた。

「……」

 何も言わない。

 感情が見えない。

 彼女の瞳は、依然として深い闇に覆われていた。

 それが、どれほど異様なことか。

「かなえちゃん……?」

 フレンディが、震える声で呼びかける。

 しかし、鵺ガオガオーンは、反応しなかった。

 むしろ、その目はゆっくりと、次の獲物を探し始める。

 ――次の標的は、わんぷりメンバーだった。

「……っ!」

 大福がすぐに気づき、警戒する。

「おい、待て……! まさか、こっちまで……!?」

 鵺ガオガオーンが、ゆっくりと歩を進める。

 仲間たちを――仲間だったはずの者たちを、敵と見なしているかのように。

 それを見た瞬間、フレンディの表情が恐怖に歪んだ。

「……違う……こんなの、こんなのかなえちゃんじゃないよ!」

 次の刹那――鵺ガオガオーンは、攻撃を開始した。

 地を這うタコの脚が、ワンダフルへと伸びる。

「――!!」

 ニャミーがすぐさまワンダフルを突き飛ばし、攻撃を回避させる。

 しかし、代わりにニャミー自身が衝撃を受け、地面に転がった。

「ニャミー!!」

 仲間たちが叫ぶが、鵺ガオガオーンは止まらない。

 タカの翼が鋭くはためくと、突風が巻き起こり、視界を奪う。

 トラの腕が振り下ろされ、地面を裂く。

「やめて……!」

 リリアンが叫ぶが、その声は届かない。

 今、鵺ガオガオーンにとって、彼女たちは「狩るべき獲物」になってしまっていた。

「ダメだよ、かなえ!」「

 ――しかしその時、戦場には一人、立ち尽くす少女がいた。

 キュアワンダフル。

 震える足で、前へと踏み出す。

「……違う……こんなの、違う!!」

 直後、鵺ガオガオーンの攻撃が、ワンダフルへと向かう。

「かなえっ!!!」

 ワンダフルが、絶叫するように呼びかけた。

「やめて!! もう、誰も傷つけないで!!!」

 鵺ガオガオーンの爪が、ワンダフルの目の前で止まる。

 静寂。

 長い沈黙のあと――

 鵺ガオガオーンの瞳が、わずかに揺らいだ。

 黒く濁っていた眼光が、微かに揺れ動く。

「……ぁ……」

 唇が震え、何かを呟こうとする。

 ワンダフルは、その変化を見逃さなかった。

「思い出して!! わたしたちは、仲間でしょ!! ずっと一緒にいたんだよ!!」

 鵺ガオガオーンの身体が、わずかに震え始める。

「あなたは、鷹目かなえ!! こんな……こんなことする子じゃない!!」

 彼女の叫びが、鵺ガオガオーンの心の奥へと響いた。

 ――そして、次の瞬間。

 黒い影が、弾け飛ぶ。

 異形の形が崩れ、ゆっくりと膝をつく。

 もやが晴れると、その中心に――元の姿を取り戻した鷹目かなえが、倒れていた。

「かなえちゃん!!」

 フレンディの叫びが響く。

 次の瞬間、わんぷりメンバー全員が変身を解除し、一斉に駆け寄った。

 いろはがそっとかなえの肩を支え、ワンダフルが彼女の手を握る。

 ユキは震える手でかなえの額に触れ、体温を確かめた。

「息は……ある……!」

 ホッとしたように、まゆが小さく呟く。

 悟と大福も駆け寄り、彼女の状態を確認する。

「意識は……まだ戻らない。でも、もう異常な気配はない……」

 仲間たちは安堵の息をつく。

 しかし――その光景を、遠くから静かに観察している影があった。

「ククク……」

 ゆらりと、暗闇から現れる不気味な存在。

 ナギリ。

 彼は、少し離れた場所からこの一部始終を眺めていた。

「嗚呼、見事でしたよ。キュアシャスール」

 彼の声は、嘲るような甘美さを帯びていた。

「まさか、土壇場で理性を取り戻すとは……これは想定外……しかし、実に興味深い」

 ナギリは、目の前の“実験”を楽しむように、にやにやと嗤う。

「やはり、あなたを取り込むことで我々の目的は達成される」

 

 

 

 

 

 




登場ガオガオーン
ヤマラニロウガオガオーン
声:高橋伸也
身長:600cm
体重:不明(推定数トン)
・特色/力
ヤマアラシ、フクロウ、ピラニアの三種の生物の特徴を融合させた異形のフューザーガオガオーン。
ヤマアラシの棘を利用した広範囲の射撃攻撃と、防御にも優れた頑強な皮膚を持ち、さらにフクロウの俊敏な飛行能力と、ピラニアの獰猛な噛みつき攻撃を併せ持つ。
空中と地上の両方で戦う戦闘適性を持ち、どこからでも獲物を狩ることが可能な「完全なる捕食者」として立ちはだかる。
怨念により歪められた知性を持ち、獲物をじわじわと追い詰める戦法を好む。
特に、フクロウの夜目による広範囲索敵能力と、ピラニアの血の匂いを嗅ぎ分ける能力を駆使し、戦闘中に敵の弱点を見つけ出して狙い撃つ戦闘スタイルを得意とする。
・特徴
全身は鋼鉄のような灰褐色の毛皮に覆われ、所々にヤマアラシの棘が無数に生えている。
巨大なフクロウの翼を持ち、無音で空を舞うことができる。
目は常に暗い紅色に光り、血に飢えた獣の本能が宿っている。
口元にはピラニアのような鋭い歯が無数に並び、噛みつかれた獲物は簡単に引き裂かれる。
両腕には獰猛な鉤爪が伸び、近接戦闘では強烈な引き裂き攻撃を繰り出す。
「狩りこそ至高」という意識を持ち、わんぷりメンバーを弱らせながら、じわじわと追い詰める戦術を得意とする。
・能力
棘雨連牙(トゲアメレンガ)
ヤマアラシの棘を圧縮し、高速射出する広範囲攻撃。
無数の棘が槍のように空間を埋め尽くし、わんぷりメンバーを包囲する。
受ければただの外傷では済まず、細かい棘が体内に刺さることで長時間にわたり苦痛を与える。
夜天の捕食者(ヤテンノホショクシャ)
フクロウの飛行能力を駆使し、戦場を自在に飛び回る特殊スキル。
音を一切立てずに滑空し、背後から不意を突く戦術を可能にする。
さらに、敵の動きを察知する能力を持ち、戦闘中のわずかな隙も見逃さない。
血狂噛裂(ケッキョウサイレツ)
ピラニアの顎を活かした強力な噛みつき攻撃。
この攻撃を受けた対象は、体力を削られ続ける呪詛にかかる。
血の匂いを嗅ぐと興奮し、攻撃速度が向上するという特性も持つ。
怨呪の胎動(オンジュノタイドウ)
ナギリの怨念が込められた特殊スキル。
戦闘中に受けたダメージを吸収し、一時的に肉体を再生する能力。
長期戦に持ち込むことで、自らの優位を確立する。
・行動
ヤマラニロウガオガオーンは、獲物を弄ぶことを好む。
一気に倒すのではなく、じわじわと相手の体力を削り、弱らせることで狩りの楽しみを味わう。
空中戦と地上戦の両方に適性があり、相手の逃げ場を確実に奪う立ち回りを見せる。
また、戦場の環境を利用することに長けており、狭い場所に追い込んでからの一撃必殺を狙う戦法を得意とする。
ナギリから与えられた「破壊衝動」を内に宿し、狩猟本能に支配されながら戦い続ける。
・戦闘記録
アニマルタウン近郊のノースワイルドパークにて、ナギリの手によって生み出されたフューザーガオガオーン。
人間と獣の怨念が絡み合い、デンジャラスゾーンにいた猛獣たちと園長の悪意が結びついて誕生した。
その力は以前のフューザーガオガオーンをはるかに上回り、圧倒的な攻撃力と素早さでわんぷりメンバーを追い詰めた。
特に、棘雨連牙による広範囲攻撃と、夜天の捕食者による攪乱戦術により、戦況を一方的に支配した。
わんぷりメンバーは、強大な力に対して防戦一方となり、シャスールの暴走を引き起こす要因となった。
しかし、暴走したシャスール――鵺ガオガオーンの圧倒的な力の前に敗北。
最後は、鵺ガオガオーンの石化能力によって完全に砕かれ、消滅する。
その光景を目の当たりにしたわんぷりメンバーは、「敵を殺してしまった」という現実に言葉を失う。
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