わんだふるぷりきゅあ!!~わんだふる♡わーるど~ 作:重要大事
8月上旬
アニマルタウン 兎山家
部屋の中は静寂に包まれていた。
カーテンの隙間から差し込む月光が、床に淡い光の筋を落とす。
壁に掛けられた時計の針が、無機質な音を刻んでいる。
かなえは、布団の上に座り込み、ブランケットを深く被っていた。
湿った空気が肌にまとわりつくような夜だったが、それでも彼女の体は震えていた。
寒さのせいではない。
(……私が……やったのか……)
何度も繰り返す記憶。
三日前、ガオガオーン化し、自我を失った状態で、敵のフューザーガオガオーンを襲い――そして、砕いた。
それが人間を素体にして生み出された存在だったことを知っていながら、彼女はその命を奪ってしまったのだ。
怪物が怪物を喰らい、怪物が怪物を殺す――
さながら、無限に続く地獄の輪の中に取り込まれたような感覚。
「……っ」
耐えきれず、膝を抱えた。
額が布団に埋もれる。
震えが止まらない。
この手が、まだ熱を帯びている気がする。
砕け散る音、粉々になった石の欠片、それを覆う赤黒い光――
そのすべてが瞼の裏に焼き付いて、消えない。
(私は……何をしているんだ……?)
罪の意識が胸を締め付ける。
それと同時に――胸の奥に、別の感情が芽生えていることに気づいた。
自分が力を振るい、相手を完全に消し去ったことで、脅威が消えたという安堵。
その感覚に、吐き気を覚えた。
(私は……)
怪物になっていく。
それが怖くて、たまらなかった。
不意に、枕元のラジオがノイズ混じりの音を立てる。
『……民間動物園のノースワイルドパークで発生した事件について、新たな情報が入っています』
かなえは、布団の中から顔を半分だけ出し、無意識に耳を傾ける。
『警察は現在、関係者への事情聴取を進めており、園内で発見された"異常な痕跡"の調査を行っているとのことです』
(……異常な痕跡……)
脳裏に、昨日の光景が蘇る。
砕けたフューザーガオガオーンの残骸。
赤黒く歪んだ空気。
『また、関係者によると、ノースワイルドパークの社長が現在行方不明になっていることが明らかになりました』
ラジオの音が、やけに遠く感じられる。
『さらに、ネット上に同パークの違法営業の実態を示す内部資料がリークされ、大きな波紋を呼んでいます。資料によると、施設では市街化調整区域にもかかわらず、二十年近く違法営業を行ってきた実態が――」
ガチャッ。
かなえは思わず手を伸ばし、ラジオのスイッチを切った。
部屋に再び静寂が戻る。
……だが、それは決して安らぎをもたらすものではなかった。
(……関係ない……)
そう思いたかった。
けれど、頭の中には、砕け散った何かの残骸と、それを覆う赤黒い光がこびりついて離れない。
すると、そのとき――ノックの音がした。
控えめな、それでいて、こちらの様子を窺うような叩き方だった。
「……鷹目さん?」
悟の声だった。
反応できなかった。
声を出そうとしても、喉がこわばって動かない。
「……何か、食べる?」
優しい問いかけ。
でも、今は何も喉を通らない。
「……後で持ってくるから……無理しないで」
足音が遠ざかっていく。
かなえは、ブランケットの中で小さく息を吐いた。
(――無理しないで?)
それが、今の自分にとってどれほど難しいことか。
彼女はもう一度、膝を抱え、ブランケットの奥に沈み込んだ。
◇
アニマルタウン Pretty Holic(猫屋敷家)
カフェテラスに置かれたテーブルの上には、冷めかけたアイスティーと数枚のケーキの皿。店内の喧騒から少し離れたこの席で、こむぎたちはそれぞれ手元の飲み物を弄びながら、沈黙を重ねていた。
週末のPretty Holicは、相変わらずの賑わいを見せていた。
店内には、コスメを手に取る若い女性たちの姿があり、新作のリップやアイシャドウの試し塗りをする客たちで賑わっている。明るい照明が、色とりどりの化粧品のパッケージを照らし、華やかな雰囲気を醸し出していた。
けれど、テラス席に座る六人の間には、どこか重たい空気が流れていた。
「……かなえちゃん、大丈夫かな」
いろはがぽつりと呟いた。彼女の指がグラスの縁をなぞる。
ユキは猫の姿でまゆの膝の上に乗り、小さく息を吐いた。
「正直……大丈夫じゃないと思うわ」
その言葉に、全員が黙り込む。
かなえが自分の意志で人を殺したわけではない。
それでも――いや、だからこそ、彼女の心が傷ついていないはずがなかった。
こむぎは手のひらでグラスの水滴を拭いながら、ぽつりと呟く。
「……かなえ、狩人だから。動物の命を奪うことには慣れてるかもしれないけど……」
こむぎがぽつりと呟いた。
「けど、人間は違う」
大福が静かに言葉を継ぐ。
「狩りは、生きるためにやっていた。でも、こないだのは……」
言い淀む彼の声には、どこか押し殺したような響きがあった。
六人の視線が、無言のまま交差する。
人間を手にかける――それは、どんな理由があろうと、彼女にとって許容できるものではないはずだった。
ましてや、かなえはもともと、人よりも動物の側に寄り添う存在だったのだから。
「……兎山くん、いろはちゃんに聞いたけど」
まゆがそっと言葉を紡ぐ。
「鷹目さん、部屋から出てきてないって」
その問いに、悟が眉を寄せながら、「うん……」と、重苦しく答えた。
「……そっか」
「無理もないわ」
ユキは静かに首を振る。
「人を殺して、何も感じないわけがない。むしろ、かなえのことだから……自分を責めてると思う」
いろはが苦い顔をする。
「わたしたちに、何かできればいいんだけど……」
「でも、今はどう声をかけるべきなのか……」
まゆの声が、か細くなる。
カラン、と店のドアベルが鳴った。
客の出入りを知らせる音が響く中、店内ではすみれが常連客と和やかに会話している。
明るく華やかな空間。
けれど、六人の間には、普段のような賑やかさはなかった。
「……かなえ、ひとりにしておいて大丈夫かな」
こむぎの呟きが、夏の暑さに溶けていくように儚く消えた。
午後の日差しが街路樹の葉を揺らし、薄く伸びた影が地面にまだら模様を描いていた。
かなえは、ゆっくりと足を踏み出す。
――風が生ぬるい。
家に閉じこもっているだけでは、何も変わらない。
わかっていた。
だから、数日ぶりに外に出た。
それなのに。
(……息が詰まる)
どこを歩いても、心の奥に澱のように沈殿した感覚は消えてくれなかった。
街の喧騒も、行き交う人々の声も、彼女には遠い世界のもののように感じられる。
喉が渇いている気がした。
自販機の前で立ち止まり、適当にボタンを押す。
カシャン、と缶が落ちてくる音がやけに大きく聞こえた。
手に取った缶コーヒーは、ひんやりと冷たい。
プルタブを開けると、ほろ苦い香りが鼻をくすぐった。
(……苦い)
一口飲んで、顔をしかめる。
普段なら平気なはずなのに、今日はなぜかやたらと味が濃く感じる。
無意識に目を伏せたまま歩くうちに、いつの間にか街の外れに出ていた。
背の高い樹々が並ぶ小道。
昼間だというのに、そこだけ妙に空気が冷たい。
と、ふと気がつく。
(……誰かいる?)
足を止めた。
風が止む。
蝉の声も遠のく。
――音が、消えた。
森の奥。
陰の深い場所に、何かが立っている。
じわり、と背筋に冷たいものが這い上がる。
その男は、悠然とそこにいた。
「……これはこれは、奇遇ですね」
にこやかに、紳士然とした口調で。
それは、どこまでも人の姿をしていた。
けれど、その存在は。
「……ナギリ!!」
それは、決して人ではないもの。
「外の空気を吸いに来たのですか? それとも……逃げ出したくなりましたか?」
にじむような笑みが、彼の唇に浮かぶ。
「いずれにせよ、我々としては歓迎いたします。貴方とこうしてゆっくり話せる機会は、そうそうないですからね」
ナギリが、一歩、近づく。
足が、動かない。
まるで見えない鎖で縛られたように、硬直してしまう。
「――さぁ、語り合いましょう。貴方と我々は、"同類" なのですから」
ナギリの声が、あたかも背骨に直接触れるように、冷たく響いた。
かなえの指先が震える。
背筋にじわりと冷たい汗が滲む。
(――違う)
思考が揺らぐ。
いや、違う。
私は、こいつとは違う。
なのに――その言葉が、どこか脳裏にこびりつく。
"同類"。
言い返したい。
否定したい。
でも、喉が詰まって声にならない。
ナギリが、ひとつ口角を上げる。
「認めたくないのですか? ですが、昨日の貴方は"実に美しかった"」
ぞわり、と鳥肌が立った。
「恐れ、憎み、そして、歓喜したでしょう? 強大な力を手に入れ、全てを破壊する。目の前の命を完膚なきまでに"砕いた"時――」
その瞬間だった。
視界の端で、指が動いた。
無意識だった。
かなえの手にあった冷たい缶が、勢いよく宙を舞う。
ナギリの顔をめがけて、コーヒーが弧を描いた。
しかし。
ナギリは微動だにせず、缶は虚しく地面に落ち、鈍い音を立てる。
はじけた液体が、乾いた土に黒い染みを作った。
かなえは、その場にとどまらなかった。
足が動くよりも先に、体が走り出していた。
息が詰まる。
鼓動がうるさい。
ただただ、この場から離れなければ――
どこへ逃げるのかも考えず、森の奥へと駆け込む。
けれど。
「……ククッ」
背後から響いたのは、追う気配ではなく――ただ、嘲るような笑い声だった。
「逃げるのですか? いや……それもまた、貴方らしい」
ナギリはその場を動こうとはしなかった。
追い詰める必要はない。
"彼女はすでに、自分で自分を追い詰めている"のだから。
遠ざかる足音を聞きながら、彼は愉悦を滲ませた微笑を浮かべる。
「――また会いましょう。次は、もう少し素直になった貴方と」
森の奥へ消えていくかなえの背中を、ただ遠くから見送るように。
*
アニマルタウン 鏡石前
こむぎたちは、Pretty Holicを出てからしばらく歩き、鏡石のある広場へと足を運んでいた。
街の象徴ともいえるその大きな石の前には、ひときわ目立つ人だかりができていた。
「皆さん、私たちは今、動物たちの未来を守るための重大な岐路に立たされています!」
スピーカー越しに響く、よく通る老齢の女性の声。
こむぎたちは、自然と足を止める。
「……あれって……」
まゆが首を傾げた。
そんな彼女たちの反応を察して、悟が軽く息をつきながら答える。
「『ワンニャン愛護党』だよ」
「ワンニャン……?」
こむぎが聞き返すと、悟は交差点に設置された街頭演説の壇上を見やる。
「動物愛護を訴えてる政治団体だよ。人間と動物の共生を掲げて、動物福祉とか環境保護に関する政策を推してるらしいんだ」
「へぇ……」
いろはが興味深そうに演説の様子を見つめる。
「あの人は、党首の桐生和華(きりゅうわか)さん。元々はアニマルタウン出身のタレントさんで、動物保護にも力を入れていたんだけど、満を持して国政に参加してきたんだ。最近は駅前でも街頭演説をよくやってるみたいだし」
「なんというか、すごい熱量ね……」
人間の姿のユキが腕を組みながら呟く。
「古座野のおっさんといい、最近の年寄りはマジで元気だよな」
大福が肩をすくめる。
そのとき、演説を見ていたいろはたちの目に、見知った顔が映った。
「……あれ?」
いろはが小さく声を漏らす。
ハチマキを巻き、熱心にプラカードを掲げているのは――
お鶴、お亀、お鹿、そしてクラスメイトの蟹江たちだった。
「お、お鶴さん……? それに、お亀さんとお鹿さんまで……」
まゆが思わず目を丸くする。
普段は温厚な彼女たちが、目を輝かせながら拳を振り上げている。
お鶴の手には「動物の権利を守れ!」と書かれたプラカード。
お亀は「すべての生き物に平等な権利を!」という横断幕の端を持っている。
お鹿に至っては、目をキラキラさせながら「ワンニャン愛護党バンザイ!」とまで叫んでいた。
その隣では、クラスメイトの蟹江も同じようにハチマキを巻き、「動物解放!」と書かれた旗を掲げていた。
「蟹江さんまで……いつの間に……」
悟がやや気圧されたように、彼らの様子を見つめる。
「みなさん! 今の社会は、動物たちの声を聞こうとしていません! 人間が彼らを都合よく扱い、搾取する時代は、もう終わりにしなければなりません!」
「そうだそうだ!」「その通り!」「動物を守れ!!」
熱狂する一部の支持者たちが、拳を振り上げる。
一方で、興味なさげに通り過ぎる人々も多い。
桐生は、一度間を取り、静かに前を見据えた。
「我々は、このアニマルタウンを先駆けに、日本を、動物たちが人間と共に生きられる社会を必ずや実現いたします!」
観衆の一部から拍手が沸き起こる。
いろはたちは、その様子をじっと見つめながら、ゆっくりと視線を交わした。
「……あの人たち、完全に入り込んでるわね」
ユキがぼそっと呟く。
「うん……」
いろはは、演説に熱狂するお鶴たちの姿を見つめながら、小さく息をついた。
桐生和華の演説が終わり、彼女が壇上を降りると、支援者たちが駆け寄ってきた。
その中に、見知った顔――お鶴、お亀、お鹿、蟹江の姿もあった。
「和華さん! 素晴らしい演説でしたわ!」
「本当に感動しました! 私たちも微力ながら、応援しています!」
お亀とお鹿が満面の笑みで言うと、和華は柔らかく微笑みながら、礼儀正しく頷いた。
「ありがとうございます。こうして皆さんに支えられてこそ、私たちの活動は続けられるのです」
そこへ、いろはたちが近づいていく。
「お鶴さん、お亀さん、お鹿さん……」
いろはが声をかけると、彼女たちはぱっと振り向いた。
「あら、いろはちゃん! みんなも一緒だったの!」
お鶴が嬉しそうに手を振る。
お亀は、いろはたちの前に立ち、誇らしげに笑った。
「紹介するわね。この人が、ワンニャン愛護党の党首で、動物の救世主……桐生和華さん!」
「動物の救世主…?」
こむぎが眉をひそめる。
「やだぁもう。動物の救世主なんて言いすぎですよ」
桐生はくすくすと上品に笑い、手を軽く振った。
「私はただ、動物たちが人間と共に生きる世界を作るために、できることをしているだけです」
「素晴らしい方なのよ! ほら、いろはちゃんたちも、ぜひ応援して!」
お鹿が熱心に勧めるが、いろはたちは無言で視線を交わした。
桐生はそんな彼女たちの様子を察したのか、穏やかに微笑みながら続けた。
「私たちワンニャン愛護党は、『動物虐待撲滅法』の制定を、今いちばんの目標に掲げています」
「動物虐待撲滅法……?」
まゆが思わず呟く。
「今の日本には、動物を守るための法律はあっても、加害者に対する罰則が極めて軽いのが現状です。私たちは、虐待をした者が厳しく裁かれる仕組みを作りたいと考えているんです」
桐生の言葉に、お鶴たちは力強く頷いた。
「そうなのよ! 動物にひどいことをする人間は、もっと厳しく罰せられるべきなの!」
「それに、動物の権利をしっかり守らないと、いつまでも犠牲になる子たちが減らないわ!」
お鹿も真剣な表情で言う。
「最近も、アニマルタウンに来た観光客が、鹿を蹴ったり、クローンペットを押し売りしようとする悪質業者が逮捕されたってニュースになったでしょう?」
お亀が憤るように話すと、お鶴が頷いた。
「ええ、それもひどかったわ。オーバーツーリズムで、マナーを守らない人たちが増えてるって……。このままだと、この街の動物たちは安心して暮らせなくなってしまうわ」
「それに、ノースワイルドパークの問題も。あの動物たちの扱い……とても許せるものじゃなかったわ」
お鹿が眉をひそめる。
「夕鶴さんの記事を読んだけど、劣悪な環境に閉じ込められ、満足に食事も与えられず、病気になっても適切な治療もされなかった……。そんな状況を放置してきた施設が、何十年も平然と営業できていたのよ?」
「もし私たちが声を上げなければ、また同じことが繰り返されるわ!」
お亀の声は熱を帯びていた。
こむぎたちは、改めて桐生の横顔を見つめた。
彼女の目は真剣で、情熱に満ちているように見える。
(動物虐待の厳罰化……それ自体は、たぶん間違ってない気がする)
いろははそう思いながらも、心の奥にわずかな違和感が芽生えていた。
「そうですね……動物を守るためには、必要なことかもしれません」
悟が慎重に言葉を選ぶ。
「でしょう?」
桐生は微笑む。
「皆さんも、ぜひ考えてみてください。この世界をどう変えていくべきかを」
彼女の声は落ち着いていたが、どこか力強く、誘導するような響きを帯びていた。
こむぎたちは、その言葉を受け止めながら、互いに視線を交わした。
*
アニマルタウン アニマル商店街
夕方の商店街は、昼間の賑わいが嘘のように静かだった。
かなえは、ナギリから逃げた後も落ち着かず、気づけば人気のない通りを彷徨っていた。
「…………」
西日に照らされた路地の奥、薄暗い影の中で、不意にかすかな鳴き声が耳に届く。
「…?」
目を向けると、そこにやせ細ったチワワがいた。
毛並みは乱れ、痩せてはいるが、極端に衰弱しているようには見えない。
しかし、どこか不自然なほど活気がない。
首元には、ちぎれた首輪の跡がくっきりと残っていた。
(……野良? いや、違うな。どこかで飼われていた跡がある)
かなえが一歩近づくと、チワワは怯えて身を縮めた。
しかし、今にも倒れそうな体で、それでも彼女をじっと見つめてくる。
――まるで、助けを求めるように。
その瞳を見た瞬間、胸の奥がひどくざわついた。
(私と……同じだ)
逃げてきたのに、どこにも居場所がない。
何かから必死に逃げたはずなのに、今も恐怖が消えない。
そして――その身に刻まれた痛みを、誰にも理解されないまま、ただ耐え続ける。
思わずしゃがみ込み、そっと手を伸ばした。
チワワは一瞬びくっとしたが、やがて震える体を彼女に寄せる。
「……怖かったろう」
微かに、育ちの良さそうな甘い香りが鼻をかすめた。
一般的な動物の匂いとは違う。
毛並みはボロボロなのに、ほんのりとした香水のような香りが残っている。
(この残り香……裕福な家庭で育てられていたのか? でも、どうしてこんな状態で……)
ふと、チワワの口元に目をやる。
舌の端に、わずかに白っぽい斑点が浮かんでいる。
(……何だこれは?)
チワワの体に大きな外傷はない。
むしろ、毛並みは手入れされていた痕跡がある。
だが、妙に活力がない。
呼吸も浅く、何かに怯えているように、小刻みに震えている。
不自然な脱力感。
焦点の合わない目。
(飢えているのとは違う……)
かなえはゆっくりとチワワの口を開け、舌を確認する。
――違和感の正体に、息が詰まった。
(もしや……食べさせてはいけないものを、与えられていた?)
極端な量ではない。
それでも、少しずつ蓄積すれば、確実に害を与えるようなもの。
体に負担をかけながら、すぐには異変がわからない程度のもの。
「…………」
ふと、背筋に冷たいものが走った。
「安堵放心。いい病院がある。私が連れてってやるぞ」
かなえは小さく呟き、チワワをそっと抱き上げた。
細い体が震えているのが、肌越しに伝わってくる。
その震えは、かなえ自身のものと、どこか重なっていた。
そして、夕方の薄明かりの中、商店街の電柱に貼られたポスターが、街灯の光を浴びて揺れていた。
「動物と人間の共生を」――白いスーツの女性が、小さなチワワを抱えて微笑んでいる。
*
アニマルタウン フレンドリィ動物病院&サロン
診察室には、落ち着いた静けさが広がっていた。
かなえが連れてきたチワワは、診察台の上で小さく丸くなり、時折震えている。
「大丈夫よ……怖がらなくていいからね」
陽子は優しく声をかけながら、丁寧にチワワの体を触診していく。
かなえは、少し離れた椅子に腰掛けていた。
その顔にはまだ疲れが残り、どこか落ち着かない様子が見て取れる。
「かなえ、大丈夫?」
隣に座るこむぎが、そっと声をかけた。
いろはも同じように心配そうに彼女を見ている。
「無理してない?」
かなえは、ほんの少し間を置いてから首を横に振った。
「……私は平気だ」
その言葉には、まだ少し力がこもっていなかった。
そんな彼女の様子を見て、こむぎといろはは目を合わせる。
「でも、やっぱり顔色よくないよ?」
「少し休んだほうがいいんじゃない?」
かなえは、それに対して何も言わなかった。
ただ、視線を診察台の上のチワワに向ける。
小さな体がわずかに震え、落ち着きなく耳を動かしている。
どこから来たのかも分からないまま、気づいたら見知らぬ場所に連れてこられて、今、見知らぬ人に触れられているのだから。
「……私より、あの子のほうがしんどいさ」
ぽつりとつぶやいたかなえに、こむぎといろはは言葉を失った。
それは、まるで彼女自身にも向けられた言葉のようだったから。
「でも、かなえちゃんも無理しないでね」
いろはがそう言うと、かなえはわずかに目を伏せる。
あたかも、自分の状態を冷静に考えることを避けているかのように。
「――さて、診察はひとまず終わりね」
陽子の声が、静かに室内に響いた。
彼女はチワワの体を優しく包むように抱き上げ、その背を撫でながら言葉を続ける。
「外傷はほとんどなし。ただ、栄養状態はあまり良くないわね」
「……やはりそうか」
かなえが静かに息を吐いた。
「それに……」
陽子は、チワワの口元を軽く開きながら言う。
「気になる点があるわ」
陽子の言葉に、かなえといろは、こむぎの視線がチワワへと集まる。
診察台の上で小さく丸まったチワワの舌には、うっすらと白い斑点が浮かんでいた。
それが何を意味するのか――まだわからない。
けれど、胸の奥に確かな違和感が残る。
沈黙が落ちたその瞬間、いろはがふと顔を上げた。
「……あれ?」
眉をひそめ、じっとチワワの顔を見つめる。
どこかで見たことがある――そんな気がする。
「でも、その子……どっかで見たことあるような……」
ぽつりと呟いたいろはに、こむぎも同じようにチワワを見つめる。
そして、数秒の間の後、目を見開いた。
「あ! いろは! あれだよ! ワンニャンなんとかっていう!」
勢いよく言ったこむぎの言葉に、いろはの瞳が驚きに見開かれる。
「そっか!!」
パッと振り返り、思い出す。
「桐生和華さん!!」
大きな声が診察室に響いた。
「この子、和華さんのポスターに載っていたワンちゃんだよ!!」
その言葉を聞いた瞬間、かなえの背筋がざわりと粟立った。
こむぎも勢いよく頷く。
「うんうん! 白いスーツ着た女の人がね、ちっちゃなチワワを抱っこして笑ってた……!」
「じゃあ……この子が……?」
陽子は驚きながらも、チワワの頭を優しく撫でた。
チワワは小さく身じろぎする。
数分後――。
連絡を受けた桐生和華がフレンドリィ動物病院を訪れた。
「まあっ! ジョゼフィーヌちゃん!」
桐生和華は白いスーツ姿のまま、息を整える間もなく診察台へ駆け寄った。
優雅な所作の中にも、焦燥と安堵が入り混じった表情が浮かんでいる。
「急にいなくなって、どれほど心配したことか……!」
震える手でチワワを抱き上げると、ジョゼフィーヌちゃんはかすかに鳴き声を漏らし、桐生の胸元に顔を埋めた。
「無事だったのね……!」
抱きしめる腕にぎゅっと力を込めながら、桐生は感極まったように目を閉じた。
その様子を見守っていた陽子が、静かに口を開く。
「この度はなんとお礼を申し上げたらよいか……」
桐生はジョゼフィーヌちゃんの背をそっと撫でながら、陽子に深々と頭を下げた。
「いえ。私は獣医師としての仕事を果たしたまでです」
陽子は淡々とした口調で答え、やわらかく微笑む。
「お礼はぜひ、ここにいるかなえちゃんにしてください」
桐生は驚いたように顔を上げ、かなえへと視線を向けた。
「あなたが、ジョセフィーヌちゃんを助けてくださったのね?」
感謝の眼差しが、かなえに注がれる。
「ああ……まあ……」
かなえは少し戸惑いながらも、桐生の熱意に押されて言葉を濁した。
「本当にありがとう! ぜひお礼をさせてほしいわ」
桐生は微笑み、ジョゼフィーヌちゃんを優しく撫でながら続ける。
「あなたたちもご一緒に、後日、私の家にいらっしゃいな」
「……いいの?!」
「わたしたちまで?」
突然の申し出に、こむぎといろはが驚いた表情を見せる。
「ぜひ、お礼がしたいの。お願いよ」
そう言われ、こむぎたちは思わず顔を見合わせた。
その間、桐生の腕の中にいるジョゼフィーヌは、ふとかなえを見つめた。
先ほどまで、かなえの腕の中で怯えながらも身を寄せていた彼女。
しかし、桐生に抱き上げられた今、その小さな瞳には別の感情が浮かんでいる。
――安心とは違う、どこか揺らぐような視線。
耳を伏せ、体を少し縮めるようにしながら、じっとかなえを見つめている。
さながら、何かを訴えかけるように。
だが、その思いは言葉にはならず、ただ静かに桐生の腕の中で震えていた。
◇
翌日──
アニマルタウン 桐生邸
門をくぐった瞬間、こむぎたちは思わず息をのんだ。
「わぁー……ひろーい!!」
「すっごいおうち……!」
目を輝かせるこむぎの横で、いろはは驚愕のあまり唖然とした。
広々とした庭園に手入れの行き届いた植栽、そして白を基調とした豪華な邸宅。
一般の住宅とは一線を画す、まさに“豪邸”と呼ぶにふさわしい佇まいだった。
「さすがは有名タレントで、ワンニャン愛護党の党首だな。スケールが違いすぎるぜ。」
大福が冷静さを装いつつ、感嘆の声を漏らす。
「でも、ボクたちまで来て本当に良かったのかな?」
悟が戸惑い気味に言うと、ユキが肩をすくめた。
「本人が来てって言ってるんでしょう? なら、いいんじゃない」
「それにしても、まさかこんな豪邸に来る日が来るなんて……。」
まゆは少し圧倒されたように周囲を見回す。
そのとき、玄関の扉が開き、ゆったりとした足取りで桐生和華が現れた。
「ようこそ、我が家へ」
相変わらず品のある微笑を浮かべながら、優雅に彼らを迎え入れる。
「まあまあ、遠慮しないで。中へ入ってちょうだい」
促されるまま、メンバーは邸内へと足を踏み入れる。
すると――
「うわぁ……! すごい……!」
廊下を進むにつれ、いたるところで犬や猫たちが自由にくつろいでいるのが目に入る。
大型犬から小型犬、長毛の猫に短毛の猫まで、種類もさまざまだ。
「これ、一体何匹いるんですか!?」
思わず悟が声を上げると、桐生は誇らしげに微笑んだ。
「何十匹もいるわよ。 すべて、私が責任を持って世話しているの」
部屋のあちこちに設置されたケージやキャットタワー、高級そうなクッションに犬用ベッド。
確かに、どの動物たちも手入れは行き届いているように見えた。
「素敵ですね! こんなにたくさんのわんちゃんやねこちゃんと一緒に暮らせるなんて……!」
いろはが感嘆の声を漏らすと、桐生は満足げに頷く。
「犬や猫はね、地球上に誕生したときからの伴侶なのよ。 だからこそ、人間は彼らと共に生きる義務があるわ」
その言葉に、いろはやまゆが感心したように頷く。
こむぎに至っては、すでに周囲の犬猫と戯れ始めていた。
「わぁっ、みんな、すっごくかわいい!」
「ははっ、こっちは遊ぶ気満々って感じだね!」
こむぎたちが楽しそうに犬や猫とじゃれ合うなか、かなえはふと気づいた。
――ジョゼフィーヌだけが、桐生のそばに寄ろうとしない。
他の犬猫が桐生の足元にまとわりついたり、甘えるように鳴いたりするのとは対照的に、ジョゼフィーヌは一定の距離を保ったまま、どこか落ち着かない様子で部屋の隅に佇んでいた。
風にそよぐ木々の葉が、心地よい音を立てる。
広々とした中庭には、品よく整えられたガーデンテーブルが並び、その上には紅茶や焼き菓子が用意されていた。
「どうぞ、遠慮せずに召し上がって」
桐生が優雅にティーカップを手にしながら微笑む。
こむぎたちはそれぞれ席に着き、用意された紅茶とお菓子を楽しみながら話に耳を傾けた。
「それにしても、本当にすごいお屋敷ですね」
まゆはが感心したように辺りを見渡すと、桐生は穏やかに微笑んだ。
「ええ、この家も、ここにいる動物たちも、私の人生そのものよ」
「ジョゼフィーヌちゃんも、ここで育ったんですよね?」
いろはが尋ねると、桐生は優雅にティーカップを置き、手を差し伸べた。
「そうよ。ね、ジョゼフィーヌちゃん?」
しかし、桐生の呼びかけにも関わらず、ジョゼフィーヌは少し距離を取ったまま動こうとしない。
他の犬や猫たちは彼女の足元にじゃれついているのに、ジョゼフィーヌだけがその輪の中に入らず、じっと様子を窺っている。
「ふふ、照れているのかしら」
桐生は苦笑しながら再びジョゼフィーヌを呼ぶが、彼女はゆっくりと後ずさりし、物陰へと隠れてしまった。
その様子を見ていたかなえは、心の奥に再び違和感が広がるのを感じた。
(……なぜだ? なぜあの子だけが?)
数日前、かなえの腕の中では安心して身を預けていたジョゼフィーヌ。
だが、今の彼女はまるで、桐生の存在を避けるようにしている。
――何かが、おかしい。
ぼんやりとした違和感が、かなえの胸の奥に沈殿していく。
「ねーねー! ジョゼフィーヌちゃんとは、どうやって出会ったの?」
ふと、こむぎはお菓子をつまみながら、なんの気なく桐生に尋ねた。
桐生は少し考えるように目を細め、懐かしそうに語り始めた。
「そうね……あの子とは、ある日突然の出会いだったわ。まだ生後数カ月の子犬だった頃、私のもとへ持ち込まれたの」
「持ち込まれた?」
ユキが不思議そうに尋ねると、桐生は頷く。
「ええ、とても高級なブリーダーから生まれた子だったのだけれど、健康上の問題があると判断されて、手放されそうになっていたのよ。まだこんなに小さくて、無邪気で、何も知らないのにね」
「そうだったのか……。」
大福は冷静に事実を受け止めたように反応した。
「だから私は、ジョゼフィーヌちゃんを迎え入れることにしたの。この子はとても賢くてね、すぐに私になついてくれたのよ」
優雅に語る桐生とは対照的に、ジョゼフィーヌは依然として距離を取ったままだった。
かなえの視線は、その小さな震える背中に向けられる。
(……それなら、どうして今はこんなに怯えている?)
紅茶の湯気がふわりと立ち昇る中、かなえの違和感は深まるばかりだった。
「今日はありがとうございました!」
夕方――桐生邸の門の前で、こむぎたちは桐生和華に別れの挨拶をしていた。
「またいつでも来てちょうだいね」
いろはが明るく笑顔を向けると、桐生も優雅に微笑んだ。
「わたし、桐生さんの政策が実現することを祈ってます!」
まゆが真剣な表情で言うと、桐生は感心したように頷いた。
「ボクタチも微力ながら応援します」
悟も言葉を添えると、こむぎやユキ、大福も頷く。
「ありがとう、みんな。私もまだまだがんばらないと」
桐生は穏やかな笑みを浮かべながら、一人ひとりに視線を向けた。
そうして、彼らは桐生邸を後にした。
帰り道。
縦列になって歩きながら、かなえは考え込んでいた。
桐生邸で過ごした時間は、確かに楽しかった。
美味しいお茶菓子、可愛い犬や猫たちとのふれあい、そして桐生の優雅で落ち着いた話しぶり。
けれど、ジョゼフィーヌの態度だけが、どうしても引っかかる。
――なぜ、あの子は桐生を避ける?
こむぎは楽しそうに歩いていた。
今日の出来事を思い出しているのか、時折くすっと笑ったり、伸びをしたりしている。
そんなこむぎを見ながら、かなえは口を開いた。
「……なぁ、こむぎ」
「ん? なーに、かなえ?」
「ジョゼフィーヌは……何か言ってなかったか?」
こむぎは足を止め、少し考えるように首をかしげた。
「あの子ね……」
かなえは無意識のうちに息をのむ。
こむぎは動物の言葉がわかる。
それなら、ジョゼフィーヌが何を考えていたのかも、きっと――
だが、こむぎは肩をすくめ、拍子抜けするような言葉を口にした。
「何も言わなかったよ」
「……え、何も?」
かなえは少し驚いた。
こむぎが動物と会話をするとき、何かしらの言葉が返ってくるはずだ。
けれど、ジョゼフィーヌは何も語らなかった?
沈黙を選んだのか、それとも言葉にできない何かがあったのか。
「……そうか」
かなえは短く返し、それ以上は何も言わなかった。
歩き続ける七人の前で、夕日がゆっくりと沈んでいく。
その赤い光が、どこか不吉な予感を漂わせていた。
*
アニマルタウン 兎山家
かなえは瓦の上に座り、星空を見上げながら思考を巡らせていた。
(……ジョゼフィーヌは、なぜ喋らないんだ?)
桐生の話と、ジョゼフィーヌの態度――何かが食い違っている。
あの屋敷では、彼女は「幸せな飼い犬」として過ごしているはずだった。
なのに、なぜ――。
そのとき、ベランダの窓が開く音がした。
「かなえっ!」
大福の声。
かなえは屋根の端から覗き込む。
そこには、悟と大福がベランダに身を乗り出し、焦った表情でこちらを見上げている。
「さっき、いろはちゃんから連絡があったんだ! ジョゼフィーヌちゃんがフレンドリィ動物病院へ緊急搬送されたって!」
「な……んだと?!」
その言葉に、かなえの胸が強く締め付けられた。
(……どういうことだ?)
答えを探す暇もなく、かなえは屋根の端に手をつき、ひらりとベランダへ飛び降りた。
「私たちも行くぞ」
「お、おい!」
「鷹目さん、待ってよ!」
悟と大福が慌てて後を追いかける中、かなえの目はすでに鋭く光っていた。
*
アニマルタウン フレンドリィ動物病院&サロン
かなえを追いかける形で、悟たちが病院へ到着すると、すでに何人かが診察室の前に集まっていた。
飼い主の桐生和華は、椅子に腰掛けたまま、顔を伏せていた。
その隣には、衰弱したジョゼフィーヌがタオルに包まれ、横たわっている。
「ああ、ジョゼフィーヌちゃん……!」
こむぎが駆け寄ろうとするのを、いろはがそっと引き止めた。
診察室では、陽子が冷静な手つきで処置を続けている。
「落ち着いてください。命に別状はありません」
その言葉に、一同が安堵の息を漏らした。
「よかったー」
「無事で何よりだぜ」
いろはと大福が安堵の声を漏らす。
しかし、一方のかなえは視線を逸らさなかった。
桐生の肩は小さく震えている。
だが、その仕草の奥に、かなえは微かな違和感を覚えた。
「かわいそうに。お家に帰ったら、私がつきっきりで看病してあげるからね」
そう言いながら、桐生は悲しみに暮れている――ように見える。
だが、ほんの一瞬だけ。
彼女の口元が、かすかに緩むような仕草をしたのを、かなえは見逃さなかった。
(……今、何を考えてた?)
桐生の顔はすぐに悲嘆の表情に戻ったが、その瞬間の違和感は、かなえの心に鋭く刻まれた。
◇
翌日──
フレンドリィ動物病院&サロン ドッグラン
トリミングを受ける予定の犬たちが駆け回る中、かなえ、こむぎ、悟、大福に加えて、まゆとユキも集まっていた。
彼らの表情には、昨日の出来事の重みが色濃く残っている。
「ジョゼフィーヌちゃん、夕食後に嘔吐して、そのまま意識障害を起こしたらしいの」
いろはの言葉に、一同の間に重苦しい空気が漂った。
「意識障害……?」
まゆが顔を曇らせる。
「一時的に回復したみたいだけど、原因はまだはっきりしていないみたい。ただ、お母さんの話だと……乳糖不耐症の症状っぽいって」
「乳糖不耐症?」
いろはが言うと、ユキが首を傾げた。
「ああ……牛乳の飲み過ぎで腹壊す的なやつか?」
大福が腕を組みながら言うと、悟もうなずいた。
「犬はもともと乳糖を分解するのが得意じゃないだよ。特に、ジョセフィーヌちゃんみたいな小型犬は消化器系が繊細で、乳糖不耐症のリスクが高いんだ。でも、そんなに重症化するほど桐生さんが飲ませたのかな?」
「……逆に言えば、ちょっとずつ与えられてたとしたら」
かなえが腕を組みながら低く呟いた。
思い返せば、ジョゼフィーヌの舌の異常な白斑。
何かを摂取し続けた結果、体に影響が出ていると考えれば、辻褄が合う。
「なあ、こむぎ」
かなえは視線を向ける。
「ジョゼフィーヌは本当に何も言わなかったのか?」
こむぎはわずかに眉を寄せ、思い返すように目を閉じた。
そして、静かに首を振る。
「うん……何も言わなかったよ」
その言葉に、かなえは拳を握りしめた。
こむぎの能力なら、どんな動物の声も聞けるはずだ。
しかし、ジョゼフィーヌだけは何も語らない。
(喋れない……いや、喋らなくなった……?)
違和感が、胸の奥でじわじわと広がっていく。
「メぇ~!!!」
──そのとき、リビングのほうから何かの声が聞こえた。
聞き覚えのある声。
メエメエだ。
こむぎたちは顔を見合わせ、リビングへ向かう。
「こわいキラ……!」
「このお母さん、やばいキラ」
そこではメエメエがキラリンアニマルたちと一緒に映画を観ていた。
「さっきからなんの騒ぎ?」
ユキが首を傾げる。
「これはこれは、皆さん……ニコ様の看病がてらにホラー映画を見ていたのですが、これがまた怖いのなんのって!」
メエメエが大げさに肩を震わせる。
画面に映るのは、ある母娘の物語。すると、悟が朗々と語り出す。
「ああ、それ知ってるよ。主人公のお母さんが代理ミュンヒハウゼン症候群を患ってるって話だよね?」
「だいり……なに?」
舌を噛みそうな単語に脳の処理が追いつかず、いろはが不思議そうに首を傾げる。
「簡単に言うと、近しい人を意図的に傷つけた後に熱心に看護することで、他人に褒めてもらい注目を集めようとする精神疾患のことだよ」
「そ、そんな病気があるんだ……」
まゆが青ざめた表情を浮かべる。
「しっかし、わかんなーな。自分が注目を集めたいがために身内を傷つけるなんざ……まるで悪魔だな」
大福が腕を組みながら呟く。
「…………」
かなえは画面を見た瞬間、息を呑んだ。
映像の中で、母親が娘を守るように振る舞いながら、実は娘を支配し、病気を作り出している。
その姿は、桐生とジョゼフィーヌの関係と、酷く重なっていた。
かなえの背筋に冷たいものが走る。
「っ! こむぎ、いろは、まゆ、ユキ、兎山、大福、すぐに桐生邸へ行くぞ!」
抑えきれない焦燥が口をついて出る。
「えっ!? どういうこと?」
いろはが驚いた表情で問いかける。
「ジョゼフィーヌの命が危険だ」
昼下がりの太陽が照りつける中、彼らは桐生邸へと駆け出した。
*
アニマルタウン 桐生邸
白を基調とした豪邸のリビング。
大理石の床には上質なカーペットが敷かれ、部屋のあちこちに高級家具が配置されている。
そして、室内には十数匹もの犬や猫たちが戯れていた。
その中心に座るのは、桐生和華。
彼女はソファにもたれながら、手元のタブレットで動画を再生していた。
画面には、彼女が街頭演説を行う姿が映し出されている。
堂々とした話しぶり、情熱的な語り口。
コメント欄には賞賛の声が溢れ、再生数は着実に伸び続けていた。
桐生の唇がわずかに綻ぶ。
「ふふ……やっぱり、皆わかってるわね。私の理念こそ、動物たちを救う正義だもの」
細い指がタブレットをなぞり、満足そうに微笑む。
しかし──。
その傍らで、ジョゼフィーヌはソファの影に身を縮めていた。
他の犬や猫が桐生の元へ集まる中、彼女だけは遠ざかるようにして震えている。
桐生がふと視線を向ける。
「……ジョゼフィーヌちゃん?」
優しく名を呼ぶが、チワワの体はさらに強張った。
そして、桐生の手が伸びた瞬間、ジョゼフィーヌはびくっと跳ねるように後退る。
「どうしたの? また体調が悪いの?」
桐生の声には柔らかさがあったが、その奥には微かな苛立ちが混じっていた。
そんなとき──。
インターホンが激しく鳴り響く。
桐生が怪訝そうに顔を上げた瞬間、ドアを開けるや否や、目の前を強引に通り過ぎる影があった。
「ジョゼフィーヌ!」
怒号のような声が響き渡る。
かなえだった。
彼女は桐生の制止を無視し、有無を言わさず屋内へ踏み込むと、一目散にジョゼフィーヌのもとへ向かう。
「ちょっと! 何のつもり──!?」
桐生が驚きと怒りを滲ませるが、かなえは構わずジョゼフィーヌの前で膝をついた。
「……よかった、無事みたいだな」
そっと手を差し出すと、ジョゼフィーヌは震えながらも、ほんのわずかに身を寄せた。
その様子に、かなえの表情が険しくなる。
「これは……どういうことなの?」
訝しむ桐生とその後ろでかなえの行動に困惑するこむぎたち。
リビングの空気が張り詰める中、かなえの視線が、部屋の隅に置かれた犬用の食器へと向かった。
ステンレスの器には食べかけのフードが残っている。
その匂いを嗅いだ瞬間、彼女の表情が一変した。
──鼻を突くような、濃厚なチーズの香り。
「……これは!」
かなえは器を手に取り、もう一度鼻を近づける。
ただのドッグフードではない。
強い発酵臭のするものが混ぜられている。
「……そういうこと、か」
小さく呟いた瞬間、背筋に冷たい怒りが走った。
ジョゼフィーヌは乳糖不耐症の可能性がある。
その彼女に、乳製品を摂取させ続けるという行為。
これはただの過失ではない。
──意図的に、病気を作り出している。
かなえはゆっくりと立ち上がり、桐生に鋭い視線を向けた。
「……何が動物の救世主だ」
静かに、しかし確実に怒りを滲ませた声。
「自分が注目を浴びたいがために、たった一匹の犬の命を犠牲にしようとする。それのどこが救世主だ?」
桐生の表情が一瞬、こわばった。
「な、何を言っているの?」
作り笑いを浮かべながら、しかし、その目の奥には動揺が滲んでいる。
「ジョゼフィーヌの食器を見た。ここに強いチーズの匂いが染みついている」
かなえは食器を持ち上げ、静かに言った。
「……わざとなのか?」
桐生の指が、ぎゅっと拳を握る。
「そんなはずないわ。私は、ジョゼフィーヌちゃんの健康を考えて、特別なおやつをあげていただけよ」
彼女の声は穏やかだった。
だが、その微笑みの奥には、何かが隠されている。
「特別なおやつ……か」
かなえは冷ややかに言い放つ。
「そのせいで、ジョゼフィーヌはどんどん衰弱していった。なのに、どうして病院に連れて行こうとしなかった?」
桐生の微笑が、わずかに引き攣る。
「まるで……ジョゼフィーヌが苦しむ姿を、ずっと見ていたかったみたいだな」
その言葉に、リビングの空気が凍りついた。
こむぎたちは息を呑み、ジョゼフィーヌは身を震わせる。
かなえの目が、桐生を鋭く射抜いた。
「──桐生和華、お前は代理ミュンヒハウゼン症候群にかかっている!」
「な……!」
桐生の顔が一瞬にして青ざめた。
その瞳が大きく揺れ、動揺を隠しきれない。
「ち、違うわ……私はそんな病気じゃない……!」
声が震えている。
「お前はジョゼフィーヌを本当に救おうとしていたんじゃない……。お前が“救う”という立場にいるために、ジョゼフィーヌを苦しめ続けていたんだ」
かなえの声が静かに響く。
「お前にとって大事なのは、ジョゼフィーヌの健康じゃない。“病気のジョゼフィーヌ”を必死に看病することで、世間から称賛される自分の姿だろう?」
「ち、違う……!」
桐生はかぶりを振った。
「私は、動物を愛している……! こんなにたくさんの子たちと一緒に暮らしてるのよ……!」
必死に言い逃れをする桐生に対し、かなえは静かにスマホを取り出した。
画面を指で数回操作し、ある画像を開く。
「……これでもまだ、動物を愛しているなどとほざくか?」
その瞬間、桐生の顔から血の気が引いた。
かなえが見せた画面には、一枚の写真が映っていた。
──そこには、和華が特注の高級マフラーを誇らしげに巻いている姿が。
しかし、そのマフラーはただのマフラーではない。
イタチ70匹の毛皮で仕立てた特注品。
その事実に、こむぎたちは息を呑んだ。
「こ……これ……」
いろはが震える声を漏らす。
だが、肝心の桐生は何も言えなかった。
「お前がやったことは、立派な動物虐待だ」
鋭い語気とともに、かなえが断言する。
聞いた瞬間、桐生は顔を引き攣らせ、声すら出ない。
──そのとき。
ジョゼフィーヌの小さな体が、びくりと震えた。
そして、静寂の中で、くぅん…と、かすかな鼻鳴らしが響く。
「……ジョゼフィーヌ……」
それは、切実な、押し殺されたような悲鳴だった。
こむぎが、そっと彼女に寄り添う。その瞬間、こむぎの瞳が揺れ、微かに潤んだ。
「……そうだったんだね」
こむぎの声は震えていた。
「ジョゼフィーヌね……ずっと怖かったって言ってるよ」
ジョゼフィーヌの声なき声を、こむぎだ静かに代弁する。
「自分が悪い子だから、苦しめられているのかもしれないって、ずっと思ってたんだって……。本当は……ただ、和華ちゃんと普通に幸せになりたかったんだって」
リビングの空気が凍りついた。
こむぎの代弁したジョゼフィーヌの言葉が、確かに桐生の胸を突いた。
桐生の表情が、はっきりと歪む。
「違う……わたしは、わたしは、わたしは……!!」
震える声で必死に否定しようとする。
しかし、その言葉には、もはや力がなかった。
ジョゼフィーヌは、ただ小さく、静かに震えていた。
──そのとき。
邸宅の空気が、一瞬にして異様な冷たさを帯びた。
まるで、夜の海底に沈められたような、重く湿った気配。
そして、何の前触れもなく、背後の闇から“それ”が現れた。
「……あぁ、愉快、愉快」
ねっとりと絡みつくような声が、空間に満ちる。
「欺瞞に満ちた救済者の末路……何と滑稽なことでしょうか」
桐生の背後、リビングの大窓の向こうに、ナギリがいた。
黒い霧のような気配を纏い、その双眸は夜の海の深淵のごとく光を宿している。
──ナギリは、いつの間にかこの屋敷に侵入していた。
「……ナギリっ!!」
こむぎたちは即座に臨戦態勢を取る。
だが、ナギリは焦る素振りもなく、薄笑いを浮かべたまま桐生を見下ろしていた。
「動物愛護を叫びながら、その実、己の自己満足のために動物を弄ぶ」
ナギリの細い指が、桐生の頬を撫でるように宙をなぞる。
「貴方の欺瞞と矛盾、その魂に巣くう醜悪な欲望……ふふ、それら全てを、この世の理に変えて差し上げましょう」
桐生の体が、ピクリと震えた。
「闇に潜みし怨念よ、形を成せ」
そして、次の瞬間──
彼女の体が、黒い霧に包まれた。
「いや……いやぁあああああ!!!」
桐生の悲鳴が、屋敷の中に響き渡る。
だが、その声はすぐに歪み、異様な音へと変わっていく。
「ガオガオーン!!」
黒霧が弾け、そこに立っていたのは──サメ、クジラ、オオカミウオを組み合わせたフューザーガオガオーンだった。
体は漆黒の鱗に覆われ、巨大なクジラの胴にサメの鋭利なヒレが突き出している。
その頭部にはオオカミウオの異様に肥大化した顎が備わり、強烈な咬合力を感じさせる。
その巨体が、圧倒的な威圧感を放ち、床を踏み鳴らしただけで屋敷全体が震えた。
「和華さん!」
まゆが思わず叫ぶ。
「ナギリ、あなたよくも!」
ユキの声が怒りに満ちる。
だが、ナギリはまるで彼女たちの言葉など意に介さない様子で、悠然と後退った。
その唇には、愉悦に歪んだ冷笑が浮かんでいる。
ナギリの目は、哀れな獲物を見下ろす捕食者のごとく、冷たく光っていた。
「止めるぞ!」
大福が鋭く叫ぶ。
「うん!」
悟が即座に応じる。
その掛け声と同時に、全員が変身を開始した。
わんぷりメンバーは光に包まれ、それぞれの姿へと変わっていく。
一方、サメとクジラ、オオカミウオが融合したサラミウオガオガオーンは、低く唸りながら、巨大な尾を振り上げた。
「外に出るぞ!」
シャスールの指示で、全員が屋敷の外へと飛び出し、広いスペースを確保する。
曇天の下、激しい戦いの火蓋が切られた。
「ガオガオーン!!」
サラミウオガオガオーンが、巨体を揺らしながら咆哮する。
その鋭利なサメのヒレが空を裂き、オオカミウオの顎が獲物を求めてガチリと音を立てる。
圧倒的な水圧を帯びたクジラの尾が振り下ろされ、地面をえぐるような衝撃が走った。
「くっ……っ!」
ニャミーが素早く後退しながらニャミーシールドを展開するが、サラミウオガオガオーンの強靭な顎がそれを砕き散る。
「このパワー、まともに受けたら!」
リリアンが跳び退きながら、連続でリリアンネットを撃ち込む。
だが、リリアンネットの連投をものともせず、サラミウオガオガオーンは執拗に追い詰めてくる。
「ちっ……!」
大福が懐に潜り込もうとするが、鋭い水流の刃が襲いかかり、回避を余儀なくされる。
「くそ、攻め手がねぇ!」
大福が苛立ちに舌打ちをする。
──だが、その戦いの最中。
「……っ!?」
シャスールが突如として胸を押さえ、苦しみ始めた。
「……っ!?」
シャスールに変身したかなえが、突如として胸を押さえ、苦しみ始めた。
「シャスールっ!?」
フレンディが焦るように駆け寄る。
その体から、黒い影が滲み出すように放出されていく。
わんぷりメンバーは、即座にこの現象を察した。
「あの影……この前のガオガオーン化した時と同じ……!?」
悟の顔が強張る。
そう、これは──ガオガオーン化の前兆。
もし制御を失えば、シャスール自身が再び意思なき怪物へと変わり果ててしまう。
「シャスール、しっかりして!」
ワンダフルが声をかけるが、その瞬間。
屋敷の中から、ジョゼフィーヌが突如駆け出した。
その小さな体が、まっすぐサラミウオガオガオーンへ向かう。
「ガオガオーン!!」
直後、巨大なサラミウオガオガオーンの顎が、シャスールへと襲いかかる。
しかし、その瞬間──
ジョゼフィーヌがサラミウオガオガオーンの前脚に噛みついた。
「ジョゼフィーヌ!!」
ワンダフルを始め、全員が息を呑む。
ジョゼフィーヌは小さな体で必死にサラミウオガオガオーンを食い止め、シャスールへの攻撃を逸らしたのだ。
「……お前……」
シャスールの胸が、熱くなる。
人間の庇護なくして野生では決して生きていけないチワワ。
そんな小さな体で、シャスールを、そして主人である桐生を守るために、ジョゼフィーヌは恐れを振り切った。
その姿に、胸を衝かれる。
(……この子は、ただ救われたかったんじゃない。自分の大切なものを守りたかったんだ……!)
シャスールは、奥歯を噛みしめ、握りしめた拳から黒い影を振り払うように振りかぶった。
「……わかった。私が、お前の主人を助けてみせる!」
そして──
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
彼女の咆哮とともに、黒き影の奔流が彼女の意志で収束する。
暴走するはずだった影の力が、逆に彼女の中で統制され、狙いを定めた矢のように鋭く研ぎ澄まされる。
「これは……」
ナギリの目が、わずかに細められた。
よもや、自らの精神力で影を制するとは。
そんなことができる者がいるとは、彼女にとっても予想外だった。
だが、ナギリの口元には、むしろ楽しげな薄ら笑いが浮かんでいる。
「フフ……やはり貴方は面白いですね」
その双眸が、深い興味を滲ませながら、シャスールの一挙手一投足を見つめていた。
シャスールの目が決意に燃えた瞬間、黒い影は暴走するのではなく、彼女の手の中へと収束していった。
その影が形を成し、漆黒の弓となる。
「喰らえ……レイブン・ストライク!!」
放たれた矢が、闇を纏いながらサラミウオガオガオーンへと突き刺さる。
「ガオガオーン!!」
サラミウオガオガオーンが苦痛に呻いた。
シャスールの影の力を制御した初めての一撃が、確かな爪痕を刻んだ瞬間だった。
「やったぞ!」
大福が拳を握りしめる。
「ガオガオーンの力を暴走させずに、すごいよ!」
フレンディが感嘆の声を上げた。
「はぁ、はぁ、はぁ……あとは……任せたぞ」
シャスールは荒い息をつきながら、一歩後ろに下がる。
「「「「「「ミラーストーンスタイル!!」」」」」」
六人の身体が淡い光に包まれ、鏡石の輝きが宿る神聖な姿へと変化する。
「プリキュア・サークルオブライフ!!」
六人の力が融合し、純白の輝きが奔る。
眩い光の輪が、サラミウオガオガオーンを包み込んだ。
光は優しく、しかし力強く。
「ガオガオーン……」
その光は全てを包み込み、サラミウオガオガオーンの凶悪な姿を掻き消していく。
光が収束し、そこに倒れていたのは、元の姿に戻った桐生和華だった。
意識を失ったまま、静かに横たわる。
その場にいた誰もが見守る中、ジョゼフィーヌは駆け寄った。
「ジョゼフィーヌちゃん……」
フレンディが声を漏らす中、小さな体で桐生の傍らに寄り添い、震える舌で彼女の頬をそっと舐める。
「……っ……」
微かな温もりに、桐生のまぶたが震えた。
ゆっくりと瞳を開けると、そこには不安げに見つめるジョゼフィーヌの姿があった。
「……ジョゼフィーヌちゃん……」
桐生の目に涙が溢れる。
彼女は震える腕でジョゼフィーヌを抱きしめた。
「ごめんね……ごめんなさい……私は……私はあなたになんてひどいことを……」
胸の奥から絞り出すような声だった。
桐生の肩が小刻みに震える。
ジョゼフィーヌは、ただ静かに桐生の胸に顔をうずめていた。
後悔と赦しが交錯する中、静寂があたりを包み込んだ。
*
アニマルタウン 兎山家
戦いの日の夜。
かなえは屋根瓦に寝っ転がり、スマホの画面をじっと見つめていた。
ニュースアプリのトップ記事には、大きくこう書かれていた。
『ワンニャン愛護党・桐生和華党首、党の解散を発表』
タップして詳細を開く。
『動物愛護を掲げながらも、自らの行いが動物への虐待に繋がっていたことを深く反省し、党の解散を決意。加えて、自身の違法行為についても認め、全ての責任を負う覚悟を表明した──』
記事には、桐生が記者会見で頭を下げる写真が添えられていた。
今まで華やかで堂々としていた彼女の姿はなく、疲れ果てたような表情を浮かべ、静かに謝罪の言葉を述べていた。
「……表舞台から、消え去るつもりか」
かなえはスマホを閉じ、ふっと息を吐いた。
窓の外には、静かな夜の闇が広がっている。
そんな彼女の様子を、大福はベランダからじっと眺めていた。
月明かりがうっすらと彼の毛並みを照らす。
隣では、悟も静かに夜空を見上げていた。
「今回はかなえの大手柄だったな」
大福が呟く。
「うん。でもまさか、代理ミュンヒハウゼン症候群が人間以外の相手にも向けられるなんて……ボクもまだまだ勉強が足りないな」
悟の声には、少し悔しさが滲んでいた。
「何言ってやがる。悟が代理ミュンヒハウゼン症候群って話をしなかったら、事態はもっとひどくなっていたんだぜ」
「……そうかな?」
悟は苦笑しながら、ゆっくりと夜空を仰ぐ。
夜風が優しく頬を撫でていった。
「ボクはただ、知っていたことを話しただけだよ。でも、実際にそれを見抜いて、止めようと動いたのは鷹目さんだよ」
ベランダに肘をつきながら、大福が鼻を鳴らす。
「ま、それはそうだけどな。にしても……今回ばかりはヒヤヒヤしたぜ」
「……ボクも。ジョゼフィーヌちゃん、無事で本当によかった」
悟の声には、心からの安堵が滲んでいた。
そのまま、二人は黙ったまま夜空を眺める。
広がる星々の下、アニマルタウンは静かに眠っていた。
登場ガオガオーン
サラミウオガオガオーン
声:高橋伸也
身長:720cm
体重:不明(推定数トン)
・特色/力
サメ、クジラ、オオカミウオの三種の海洋生物の特徴を融合させた異形のフューザーガオガオーン。
桐生和華の欺瞞を喰らう形でナギリによって生み出された。
強力な顎と突進力を活かした破壊的な戦闘スタイルを持ち、圧倒的な物理攻撃力を誇る。
特に水場がある環境では機動力が向上し、敵の逃げ場を完全に奪う戦法を得意とする。
・特徴
全身は濃紺と暗灰色の分厚い皮膚で覆われ、潮の匂いをまとっている。
巨大なサメの頭部を持ち、鋭い三重の歯列が見え隠れする。
胸元から腹部にかけてクジラのような滑らかな皮膚が広がる。
目は赤黒く濁り、執念を宿した異様な光を放つ。
両腕の代わりに強靭なヒレと鋭い鉤爪を持ち、地上戦・水中戦両方に適応可能。
獲物を捕らえたら決して離さず、締め付けながら体力を奪う戦法を取る。
・能力
渦潮顎刃(カオスジョーブレード)
サメの強靭な顎を活かした噛みつき攻撃。獲物を捕らえると強い締め付けを加え、逃げられなくする。
暴潮突進(ヴォルテクスラッシュ)
クジラの巨体を活かした突進攻撃。広範囲に衝撃波を放ち、相手を弾き飛ばす威力を持つ。
・行動
サラミウオガオガオーンは、戦場を蹂躙することを好む。
獲物を逃がさず、強力な顎と突進攻撃を活かした圧倒的な物理戦闘を展開する。
特に、水場がある環境では機動力が向上し、相手を追い詰める戦い方を取る。
ナギリの「欺瞞を喰らい尽くせ」という命令に従い、動物愛護と虐待の矛盾を体現する桐生和華の姿を取り込み、より凶悪な存在へと変貌した。
・戦闘記録
桐生和華を素体とし、ナギリの手によって誕生。
その圧倒的な攻撃力と防御力でわんぷりメンバーを追い詰めた。
シャスールの影の力を暴走させる原因となるが、ジョゼフィーヌの咄嗟の行動により彼女は影の力を制御。
レイブン・ストライクの一撃を受けた後、わんぷりメンバーのプリキュア・サークルオブライフによって完全に浄化された。
浄化後、桐生和華はジョゼフィーヌの優しさに触れ、自らの過ちを悔い改めることとなる。