わんだふるぷりきゅあ!!~わんだふる♡わーるど~   作:重要大事

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第24話:わんだふるな世界

9月中旬

アニマルタウン 市街地中心部

 

 轟音の名残が遠ざかる。

 変身を解かれ、地面に膝をついたままのこむぎたちのもとへ、風を切る音とともに駆け寄る影があった。

 刹那――煌めく七色の光が、空間に走った。

 それはまるで、虹の裂け目が一瞬だけ現れたような現象だった。

 光の尾が渦を巻き、空間の一点がぱちんと弾ける。

「みんなッ!」

「ご無事ですか!?」

 ニコとメエメエの声が重なった。

 七色の光とともに現れた二人は、息を切らしながら、変身を解かれ地に膝をついていたこむぎやいろはたちに駆け寄った。

「……ニコ様、どうしてここが……?」

 いろはが、荒く息を吐きながら問いかけた。

 額には汗が滲み、戦闘の衝撃に満ちた全身は小刻みに震えている。

 その顔には、驚きと安堵、そして疲労が滲んでいた。

 ニコはそんな彼女を一瞥すると、一度だけ静かに目を閉じ、そして淡々と応じた。

「……先ほど、古座野さんが鏡石の光に包まれ、突如姿を消したんです。それで後を追ってきたんです」

 言葉を終えたそのとき――

「め……メエェェェ!! ニコ様、あちらの方々は……!!!」

 悟と大福のもとで、傷だらけの身体を気遣いながら介抱していたメエメエが、突然目を見開いて叫んだ。

 驚愕に満ちた声が場の空気を震わせる。

 その指さす先――薄靄のように揺れる空間の縁に、四つの光が立っていた。

「!! まさか…」

 思わずニコが息を呑む。

 それは決して幻などではなかった。

 光を纏いながらも、彼らの姿ははっきりとした輪郭と質量を宿しており、大地に確かに足をつけていた。

 周囲の空気が静まり返る中、彼らの存在だけが、あたかもそこに在るべくして在るかのように、揺るぎなく佇んでいた。

 先頭に立つのは、人間の青年――スバル。

 その傍らには三体の狼たち。

 群れを率いた蒼毛の頭領・ガオウ、俊敏な黄色い子狼・トラメ、そして紅の毛並みを風に揺らす凛然たるザクロ。

 彼らはかつて怨念と化し、わんだふるぷりきゅあの手によって成仏を遂げたはずの魂だった。

「スバル……ガオウ……」

 こむぎが、信じられないというように名を呼ぶ。

「トラメに、ザクロも……!」

 ユキが息を詰めた声で続ける。

「どうして……それに、あの黒い服の人は……?」

 まゆの視線は、四体の傍らに立つ黒衣の人物に向けられていた。

 三人の声は、驚愕と困惑に震えていた。

 その姿に、見覚えがないはずがなかった。

 だが同時に、その場に立っているという“ありえない現実”を、誰一人としてすぐには受け止めきれなかった。

 だが何よりも驚いたのは、ニコだった。

 彼女は、信じがたいものを見たように、ゆっくりと一歩を踏み出した。

「……ありえません。一度命を終えた者たちが、理を越えて、再びこの世界に現れるなど……」

 その声には恐れではなく、限りなく敬意に近い驚愕が込められていた。

「天道錯乱。正確には、“記憶を伴った魂の召喚”――式神の依代を使って、魂そのものを一時的にこの世に顕現させているだけにすぎません」

 応じたのは、光の中心に立つ黒き狩衣の男。

 低く静かな声が、場の空気を震わせた。

 思わず目を見開くニコ。その視線の先に佇むその男は、千年前の風をまとっているかのようだった。

「あなたが……彼らを呼び戻したのですね?」

 ニコが静かに問う。

 そのとき、ひび割れたメガネ越しにじっとその男を見つめていた悟が、ふと呟いた。

「もしかして……あなたが、前世で鷹目さんとずっと一緒にいた、“あの人”ですね?」

 その言葉に、全員の視線が男に集中する。

「かつて、奈犠離を封じた伝説の陰陽師……賀茂清衡――“鼎”さん……!」

 悟の声が確信をもってそう告げた瞬間、場の空気がぴたりと張り詰めた。

 場にいるすべての者が、息を呑んだ。

「……まさか、こうしてまたこの世界に呼び戻されるとはな」

 その声は静かで、どこか懐かしさすら感じさせた。

 スバルが、ゆっくりと自らの手を開閉する。

 手のひらをぐっと握り、再び開く。

 霊でありながらも、生きていた頃と何ら変わらぬ質感。

 確かに、彼は“ここにいる”と実感していた。

 そして、スバルは顔を上げた。

 眼前に聳え立つのは――規格外の巨体を誇る、異形の姿を保ち続ける大蛇。

 鼎によって三つの首を斬り落とされながらもなお、禍々しく黒曜の鱗を光らせ、なお四つの首をもって天を睥睨するそれは、ナギリ――この世界を喰らわんとする災厄の顕現だった。

「お前が……村の人間たちを焚きつけ、ガオウたちの運命を弄んだ……そして、オレ自身も……全部、お前の手のひらの上で踊らされていたというわけか」

 スバルの目に宿るのは怒りでも悔しさでもなく、燃え尽きぬ決意の光だった。

「スバル、我らはお前と共にある。今こそ、我らオオカミたちの無念をぶつけるときだ」

 ガオウが一歩前に出て、地を踏み鳴らす。

「よくもオレたちの仲間や遊び場を奪いやがったな、ヘビもどき!」

 トラメの声が鋭く響く。

「……あんただけは、絶対に許さない!」

 ザクロの紅毛が風に揺れる。怒りと誇りが交差する瞳が、ナギリを射抜いていた。

 スバルが彼らの名を呼ぶように、振り返らず声を放つ。

「ガオウ、トラメ、ザクロ――今ここに立つ我らが、このアニマルタウンを、命を、平和を脅かすナギリに……その力、目に物見せてやろう!」

 スバルの声が空気を裂いた。

 そのまま振り返りざまに、こむぎたちへと不敵な笑みを見せる。

「露払いは任せろ」

「ゆくぞ!!」

 ガオウが低く唸るように叫び、地を蹴る。

 その瞬間――スバルたち四人は、まるで地を滑る風のように一斉に疾駆した。

 地を揺らす咆哮が重なり、空気が震える。

 刹那。ナギリの蛇状の触手が、四方から襲いかかる。

 意思を持った生き物のごとく激しくうねり、地を砕き、空を裂く。

 だが、彼らは止まらない。

 スバルは身を低くし、トラメは一度地を蹴って宙に舞い、ガオウは鋭く吠えて左右の触手を牽制、ザクロはその隙を縫って真っ直ぐに走り抜ける。

「トラメ! ザクロ!」

 スバルの号令に、二頭が応じる。

「おう!」

「ええっ!」

 トラメが地を蹴り、蛇の一節に鋭い牙を突き立てた。

 ザクロは火花を散らすように横から跳びかかり、別の触手を喉元から引き裂く。

 もがく蛇体の合間を縫い、スバルとガオウが突き進む。

 蛇の触手が巻きつこうとした瞬間――

「我らニホンオオカミの結束力を、甘く見るな!」

 ガオウが咆哮と共に飛び込み、そのまま触手の渦中へ突入した。

 一瞬、姿が呑まれたかと思われたが、直後――

 ドンッ! 音を伴って、蛇の身体を突き破るようにガオウが飛び出した。

 その背にはスバルが乗っていた。

「はああああああっ!!」

 気合のこもった叫びとともに、スバルはさらに高く跳び上がる。

 大気が振動し、風圧が渦巻く。

 ナギリの残された四つの首の一つ――その巨大な口が、ゆっくりとこちらを向いた。

 だが、スバルは怯まない。

 目を見開き、拳を強く握る。

 彼の拳には、亡き仲間たちの無念と、今を生きる者たちの祈りが宿っていた。

「これが――オレたちの、叫びだッ!!」

 スバルの拳が唸りを上げ、ナギリの黒き鱗へと深々と突き刺さる。

 炸裂する衝撃音とともに、巨体の一部がたしかに軋んだ。

 ほんの一瞬、ナギリの身体がよろめく。

 ――ありえない。

 いまのナギリは、天災にも等しい存在だ。

 その身に宿る膨大な力からすれば、スバルたちなど羽虫にも満たぬはず。

 それにもかかわらず、確かにその一撃は、“届いて”いた。

 その光景を、こむぎたちは、ただ唖然としたように見つめていた。

「す……すごい……」

 いろはが、ぽつりと呟く。か細い声だが、心の底から漏れた本音だった。

「スバルたちが……ボクたちのために、戦ってくれるなんて」

 悟の目が揺れる。彼にとっては、あまりに意外で、そして誇らしい姿だった。

「あんなに強い相手に、一歩も引いてない……」

 ユキが、前足を揃えながら、しっぽを小さく揺らす。

 その細い声の奥に、憧れにも似た震えがあった。

「あれが……本来のスバルたちの……オオカミたちの、絆なんだ……」

 まゆは言葉を押し出すように呟く。怨念ではなく、意志によって繋がれた魂の連携――それを、彼女は確かに見ていた。

 皆がスバルたちの凄まじさに息を呑むなか、こむぎは犬の姿のまま、ふらりとよろめきながら立ち上がった。

 前足に力が入りきらず、後ろ脚を少し引きずる。

 それでも、まっすぐにその視線を向けた先には、ただ一人の男――鼎がいた。

 その存在は、周囲の喧騒と一線を画していた。

 静かに、確かに、そこに在る。けれど、どこか現世のものではないような、不思議な気配。

「ねぇ……どうして、こむぎたちを助けてくれたの?」

 犬の口から紡がれる問いは、澄んだ瞳とともに、真っ直ぐに向けられていた。

 言葉よりも先に、感情が通じたようだった。

 鼎はその姿をじっと見下ろすと、ふっと口元を緩めた。

 それは、どこか懐かしさすら感じさせる微笑だった。

「奇想天外――まさか復活して早々に、犬と会話ができるとはな」

 その軽口に、場がほんのわずかに和らぐ。

 だが、すぐに表情を引き締めると、声は低く、穏やかに続いた。

「……お前たちは、“ミコトの魂の器”たる鷹目かなえと、ともにあった。日々を過ごし、共に戦い、笑い合ってきた。私は……その姿を、黄泉の向こうからずっと見ていた」

 誰もが息を止めた。

 彼の言葉は、遠い時を越えた想いとともにあった。

「ミコト――かつて私が名を与えた鷹が、プリキュアとして覚醒し、やがてお前たちといることで、“ただのモノ”から、“命ある存在”へと進化していった。それが、私には……何より、嬉しかった」

 犬のこむぎの瞳が揺れる。

 それは“父親”に近い感情だった。名付け親として、命を宿した存在を見守り続けた男の、深い慈愛。

 その言葉に、周囲の空気がふっと変わった。

 いろはも、ユキも、まゆも、悟も、大福も、ニコも、メエメエも、目を見開いていた。

 だが、続けて発せられた鼎の声は、静かながら、鋭い。

「ナギリは、欲望のままに貪る。ニコガーデンも、この世界のすべても、命という命を喰らい尽くそうとしている。ミコトが愛したこの世界を、地理一つ残らない“死の星”にするつもりだ」

「死の星……!」

 メエメエの声がかすれた。

「……そんなこと、本当に……可能なのですか……?」

 ニコが言葉を絞り出すように尋ねた。生き物の頂点として、彼女は“星の死”という言葉の意味を、誰よりも理解していた。

 鼎はその問いに、あえて目を逸らさず答えた。

「奴の持つ負の力場と、ニコダイヤが持つ正の力場……両極の力を意図的に融合させれば、それは暴走する。破壊と創造の相克は、世界の均衡すら壊しうる」

 そして、ひときわ冷ややかな眼差しでニコを見た。

「強大な力は、常に諸刃の剣となる。それを知らないとは――言わせないぞ」

 その言葉は、咎めるでも責めるでもない。ただ、真実として突き刺さる言葉だった。

 ニコは小さく目を伏せ、ぐっと唇――ではなく、牙を噛んだ。

 彼女にはわかっていた。

 自分の力が、“使い方”ひとつで世界をも壊すということを。

「鼎さん! ナギリを救うことはできないんですか!?」

 いろはが、切実な声で訴えた。

 その瞳には、微かでも希望を捨てまいとする意志が宿っている。

 かつて恨みに飲まれ、怨念と化したスバルたちを、自分たちは救った――ならば、ナギリにだって、ほんの僅かでも、救いの手が届くのではないか。

 そう信じたい一心だった。

 しかし、返ってきたのは、あまりにも明確で容赦のない真実だった。

「奴は、この地球という星に生まれた腫瘍だ」

 淡々と語られるその声には、憐れみも、怒りすらもなかった。

 あるのはただ、冷徹な認識。理の俯瞰者としての判断。

「この世の理に逆らって増殖し、数多の命を奪って、星を食いつくす。だから、やつを活かしてやることも、治してやることもできない。取り除くしかないんだ」

 それは断罪ではなかった。ただの事実だった。

 まるで病巣の診断を口にする医師のように、鼎は告げた。

 もし彼の言葉を、わかりやすく言い換えるならば――スバルたちが、悔いや情の余地を残す「上皮内新生物」だとすれば、ナギリは、理から逸脱した“悪性新生物”そのものだった。

 がん細胞が、己だけを生かすために無限に増殖し、やがて宿主たる身体を死に至らせるように。ナギリもまた、己の存在を証明するためだけに、争いを煽り、絶望を植えつけ、他者の命と心を餌としてきた。

 それは思想でも、信仰でもない。

 ましてや悲劇の果てに生まれた怨念でもなかった。

 ナギリの本質は、“快楽と破壊に寄生する異常”。

 この世界にとって、共生も対話も決して成立しえぬ、命の体系を内部から壊す“敵”ではなく“異物”だった。

 いろはは黙った。

 小さく唇を噛み、視線を落とす。

 ナギリを救う手は、ない。

 最早赦す道は、ない。

 それでも、戦わなければならない。

 この世界を守るために。

 ミコトが――かなえが、愛した命のすべてを、絶望の渦から引き戻すために。

 その願いは、確かに彼女たちの中に根づいていた。

「……だったら、せめてナギリに取り込まれたかなえちゃんを、助けたいです」

 いろはが、拳を握りしめて前に出る。言葉は震えていたが、その瞳には揺るぎない強さがあった。

「うん、こむぎもいろはと同じだよ!」

 こむぎが犬の姿のまま小さく吠える。だが、その声にはかつての勇気が戻りつつあった。

「あなたたちだけじゃない。ここにいる全員が、そう思ってる」

 ユキが静かに応じる。猫の姿ながらも、凛とした気配を纏っていた。

 その瞬間、こむぎたちの目に、再び光が宿る。

 その光は、絶望のなかで小さくとも確かに燃え上がる、命の火だった。

 鼎はそれをじっと見つめ、ふっと不敵に笑った。

「……やつの強さは、もう知っているはずだ。覚悟はできているのか?」

 その問いに、ためらいはなかった。

 こむぎの身体が淡く光を放ち、揺らめくようにその姿が変化していく。

 柔らかな光のなかで、犬の姿がほどけ、人の姿へと還る。

「だって――わたしたちは、ひとりじゃないもん!!」

 その声に呼応するように、ユキと大福の身体にも光が灯る。

 猫とウサギだった二人の輪郭が揺らぎ、柔らかな輪郭が浮かび上がる。

「これまでだって、絶対無理だと思った戦いも、乗り越えてきたんぜ」

 大福がにやりと笑い、人の姿で拳を打ち合わせる。

「それは、みんながいたから」

 まゆが一歩前に出て、ユキの肩に手を添える。

「どんなに正確な計測器を使っても、ボクたちの友情の力は測れません」

 悟の言葉には、静かな誇りが滲んでいた。

「みんなとだったら、世界だって救えるよ!」

 いろはの叫びが、夜空に突き抜ける。

 六人が向き合い、手を取り合う。

 光が、ひとつに溶け合い、空へと弾ける。

 ――その瞬間、彼女たちの姿が変わった。

 まばゆい光の中で、六人はそれぞれの色と力をまとい、再び“プリキュア”として立ち上がる。

 運命に抗う意志と、仲間を信じる力が、いまここにひとつの姿を結んだ。

 

 しかし突如として、空間がひしゃげたような歪みが走る。

 次の瞬間、ナギリの四つ首が、四方へ向かって一斉に咆哮を放った。

 咆哮というにはあまりに凶悪すぎる音圧が、天地を圧し潰すように炸裂する。

 それは風ではない。熱でもない。ただ“威圧”そのものが物理になったかのような暴力的波動だった。

「ぐっ……!!」

「ダメぁ、吹き飛ばされる……!」

 スバルたちの身体が、爆風に弾かれるように宙を舞った。

 地を蹴る速度で敵を翻弄していた彼らでさえ、その咆哮の前には抗しきれず、次々と後方へと叩き落とされていく。

 ガオウの体が岩を砕いて地面を転がり、ザクロとトラメもよろめきながら立ち上がる。

 スバルは咳き込みつつも、何とか踏みとどまりながら、ナギリの巨体を見上げた。

「……この威力……一瞬で空気ごと支配された……!」

 スバルが唇を噛みしめる。

 だが、すぐに空が光に染まる。

「行くよ、みんな――!」

 ワンダフルの声が響き、プリキュアたちの背中に、キラキラとした白い光の羽が現れる。

 キラリンスワンの力で四人のプリキュアは空を駆ける。そのあとに続いて、悟と大福が空中を疾駆する。

「このまま、あいつの顔まで飛ぶぞ!」

 大福が甲高く叫ぶ。

 六人はまばゆい軌跡を描いて、空中へと飛翔した。

 ナギリのうねる蛇首の間を縫うように、高度を保ち、一直線に“本体”の中心へと向かう。

 一方、地上では――

「こちらも、やることはあるな」

 鼎が、手にした呪符を風に投げる。

 空中に広がった式札は瞬く間に光を放ち、ナギリの吐息を相殺する防壁となって張り巡らされた。

「わたくしも加勢します」

 ニコが一歩前へと進み出る。

 衣の裾がふわりと舞い上がり、両手を静かに掲げると、その指先から七色の光が瞬く。

 宙に数十枚のダイヤモンド型のバリアが浮かび上がる。

 ひとつひとつが鋭く煌めき、滑らかに回転しながら配置を取る。

 バリアは陣形を組み、ナギリの襲い来る蛇状の触手の軌道を正確に読み取り、次々とそれを受け止めては弾いた。

 轟音とともに拡散する衝撃波。だが、ニコのバリアは一つとして破られない。

「ガオウ……もう一度前へ出るぞ」

 スバルが振り返り、地を蹴る。

「当然だ。我らが牙は、まだ折れていない!」

 地上からの援護と、空からの突撃。

 スバルたちとわんぷりメンバーが、再び戦場の中心へと向かっていく。

 

 意識が、深い淵の底から泡のように浮かび上がってくる。

 とめどなく流れ落ちる闇の感触のなかで、かなえは重たいまぶたをようやく持ち上げた。

 そこに広がっていたのは、赤黒く濁った、命の気配がまるで存在しない空間だった。

 空も、地面も、壁もない。ただ粘膜のような、そして炭のような色彩が果てなくうごめき、視界全体を侵食していた。

 乾いているのに生々しい。不定形の悪夢に抱かれているような空間。

「うぅぅ……」

 呻き声が漏れた刹那、頭の奥に直接、どこか機械的な――いや、それ以上に“情”というものが完全に欠落した声が響いた。

 ――ヨウヤク目ヲ覚マシマシタカ?

 声はひどく無機質で、どこかおぞましく、冷笑を含んでいた。

 しかしそれは外からではない。声がした“場所”など存在しない。音は、直接かなえの思考に染み込んでくるようだった。

「ここは……?」

 視線を彷徨わせても、どこにも出口はない。光も風も感じない。この空間そのものが“呼吸する肉体”であるかのように、ねっとりとした脈動が足元から這い上がってくる。

 ――光栄ニ思イナサイ。命ヲ得タ我々ノ体内デス。

「体内……?」

 かなえの背筋に、ぞわりと悪寒が走った。

 体内? ここが……? この不気味な空間が、あのナギリの中だというのか。

 ――貴方ノ御蔭デ、我々ハ命ヲ得ルバカリカ、ヨリ高次元ヘト進化シタノデス。鷹目カナエ。

 その名を呼ばれた瞬間、かなえは思わず歯を食いしばった。

「ナギリ……貴様ぁ!!」

 声を荒げたが、怒鳴ったつもりのその音もまた、この空間に吸い込まれ、反響すらしない。

 まるで感情をも、意志をも否定する構造のなかに、彼女はただ一人閉じ込められていた。

 ――貴方ハモウ用済ミデス。直グニ処分シテモ良イノデスガ、折角デスカラ面白イモノヲ見セテアゲマショウ。

 ぞっとするような口調だった。

 好奇心でも殺意でもない。あるのは“暇潰し”という無関心な残酷さ。

 空間の一部が、ゆっくりと波打った。

 水面に投げ込まれた小石を彷彿とさせ、そこが円を描いて歪み、次第に像を結んでいく。

 そこに現れたのは――

『かなえー!!』

 空間に飛び込んでくるようなワンダフルの声。

 光を浴びて跳ぶ姿は、涙が出そうなほど懐かしかった。

『かなえちゃん!!』

 フレンディの必死の表情がまっすぐに向けられていた。

『必ず助け出すから!』

 悟の瞳には、どこまでもまっすぐな信念が燃えていた。

「あれは……!」

 自分を――この歪んだ空間の奥に囚われている自分を、救おうとしている仲間たちの姿だった。

 ナギリの体内であっても、彼らは歩みを止めない。

 巨大な蛇のように絡みつこうとするナギリの触手が行く手を阻もうとしても、それを断ち切るように前へと進む彼らの姿。

 ――滑稽デスネ。マァ、退屈凌ギニハナルデショウ。

 嗤う声。

 命をかけて必死に進もうとする仲間たちを、“面白い遊戯”と評するその言葉に、かなえの怒りが爆ぜた。

「こむぎたちは……貴様のおもちゃではない!」

 かすれる声に、血が混ざっていた。それでも彼女は叫ばずにはいられなかった。

 ――鷹目カナエ。貴方ハ星ガドノヨウニ消エルカ知ッテイマスカ? 

 ――例エルナラ、水中ノ泡ノヨウニ、パチン……ト、突如弾ケテ消エル。

 ――ソシテ、後ニハ、何モ残リマセン。

 ナギリの声は静かだった。

 だからこそ、ひどく重たく響いた。

 星を喩えるにしてはあまりに虚無的で、残酷で、情の欠片もなかった。

 かなえは膝をついた。

 指が、床のような肉壁のような何かを掻きむしる。

 怒りも、悔しさも、無力さも、すべてが涙に変わる。

 だが、それでも――

「頼む……私のことはどうなってもいい。せめて、この世界を……私のことを友達だと言ってくれた、彼女たちがいる世界を、どうか……壊さないでくれ……!」

 震える声で、祈るように。

 命の源から削り出すような言葉だった。

 だが、その願いが届くかどうかなど、誰にもわからない。

 ここは理が通じない場所。

 命に価値など存在しない、虚無の体内。

 それでも――願わずにはいられなかった。

 その命のすべてを、愛してしまったから。

 かなえの祈りが虚空に消えるかに思われたそのとき、

『――ミコトォォ!!』

 深い闇の底を裂くように、鋭く力強い声が響いた。

 耳ではなく、胸の奥で直に響いたような声。

 どこか懐かしく、けれど今まさに戦場で叫ばれたような迫真の響きだった。

「……!」

 まさかと思い、かなえは涙で濡れた顔をぐしゃぐしゃのまま見上げた。

 赤黒い空間の一角が、強烈な光を纏って弾ける。

 そこから差し込んできた光の向こう――見えたのは、千年前に死に別れたはずの相棒。

 黒き狩衣を風に靡かせ、血にまみれた戦場の記憶そのままに、もう一度自分の前に現れた男――

「鼎……? 鼎ぇぇぇぇ!!!」

 声にならぬ嗚咽が込み上げ、全身の力が抜ける。

 けれどその目だけは、彼を見失うまいと涙を払い、懸命に見据えていた。

 現実なのか幻なのか、そんなことはどうでもよかった。

 かなえにはわかる――あれは、確かに“あの人”だった。

 千年前、自分を救ってくれた男。

 その男が、再び立ち上がっていた。

 同じ敵を前にして、今度は、さらに多くの命を背負って。

 ナギリの深奥で眠っていた感情が、ざらりと逆流する。

 ――忌々シイデスネ。

 ――ヨモヤ千年前ト同ジダト思ッテイルノデスカ?

 冷たい声に、わずかに怒気が滲む。

 絶対的存在であるはずのナギリにとって、「過去の亡霊」が再び前に立ちはだかるという現実は、侮辱であり、恐れでもあった。

 千年前と同じ構図。だが、ナギリにとってそれは“繰り返し”ではなく“冒涜”だった。

 ――忌マワシイ。

 ――消エテモライマショウ。

 ナギリの四つの首が一斉に振り上げられる。

 その喉奥に宿るのは、“無”の光。

 存在そのものを削り取る、空間すら焼き尽くす虚無の奔流。

 目標は――わんぷりメンバー、そして鼎。

 かつて失敗に終わった「消去」の儀式を、今度こそ完遂するつもりだった。

 ナギリの意識が、灼熱の臨界点にまで研ぎ澄まされる。

 刹那、空間全体がきしむような緊張に包まれた。

 

「! 見て、ナギリが!」

 ワンダフルが鋭く声を上げた。

 空を飛びながら、六人はナギリの制空圏へと差し掛かろうとしていた。

 そのとき、ナギリの四つの首が同時にこちらを向き、喉奥に闇を凝縮し始める。

「あのまま飛び込んだら、直撃するわ!」

 ニャミーが警告の声を上げる。

「でもここで逃げるわけにはいかないよ!」

 フレンディがきっぱりと応じた。

「勝つためには、わたしたちの持ってる力をすべて出さないと」

 リリアンの声は、強く静かだった。

 六人の眼差しが交差する。

 恐れも迷いも、もうない。

 全員が覚悟を決め、一斉にナギリの領域へと突入した。

 ――下等生物ガ身ノ程ヲ知リナサイ。

 ナギリの四つの首が開かれ、無の奔流が放たれた。

 それは光ですらなく、存在そのものを削り取る“虚”の光線。

 空が歪み、周囲の空間が音もなく削れていく。

「くっ……!!」

 ワンダフルたちは咄嗟に障壁を張り、身を守ろうとした。

 だが、その瞬間――

「はああああああっ!!」

 鋭い叫びとともに、突風のような気配が割り込んだ。

 飛び込んできたのは、狩衣をなびかせた黒衣の男――鼎だった。

 振り抜かれた刀が無の光線と正面から激突し、激しい閃光が空を裂いた。

 刹那、光線の一部が逆流し、ナギリ自身の側へと跳ね返る。

「鼎さん!!」

 悟が驚愕とともに叫ぶ。

 その声と交錯するように、天を割くような怒号が響いた。

「――ナギリィィ!!」

 鼎の右手には、光を帯びた大弓があった。

 それはこの世界に生きたあらゆる動物たち――かつて彼が見守り、触れ、名を与えた命たちの想念が宿る、魂の結晶だった。

 弓に番えられた一矢が、虚空に向けて放たれる。

 矢が放たれた瞬間、その軌道上に、次々と動物たちの霊魂の像が重なり合う。

 白鷺、狐、鹿、狼、猫、犬……この星に生きた命の形が、矢に乗って一つの意志を結集する。

 それは、ただの攻撃ではなかった。

 「命はお前の餌ではない」と、この世界の生きとし生けるものすべてが突きつける、断罪の矢だった。

 ナギリの身体に霊魂の矢が突き刺さり、直後――轟音が鳴り響く。

 世界がひっくり返るような爆音とともに、ナギリの巨体が激しくのけぞる。

 ――オノレェェ!! 欲モ我々ノ体ニ傷ヲ!!

 四つの首が吠える。怒りに満ちたナギリの叫びが空を割った。

「おまえたちぃ!! 力を貸せぇぇ!!」

 鼎が再び声を上げる。

 その呼びかけに応じるように、後方から四つの影が矢のように飛来した。

 スバル、ガオウ、トラメ、ザクロ――霊魂の姿をとった彼らが、再びナギリの首筋に取りつく。

 その牙が、信念と共に喰らいつく。

「スバル! ガオウ!」

 大福が声を上げる。

「トラメ! ザクロ!」

 リリアンもまた、名を呼ぶ。

「……あたしたちのことは、いいから!」

 ザクロが振り向かずに叫ぶ。

「おまえらは仲間を助けることに専念しろ!」

 トラメがナギリの鱗を食い破りながら吠える。

「ここは我らに任せて!」

 ガオウの声が地鳴りのように響く。

「行くんだ――わんだふるぷりきゅあ!!」

 スバルの叫びが、六人の背を力強く押し出した。

 その声には、命の炎が宿っていた。仲間を託す者の覚悟が、確かにそこにあった。

「ありがとう!!」

 ワンダフルが振り返り、叫ぶ。

 その目には、もう迷いはなかった。

 六人はひとつの流星のように、ナギリの体内へと突入すべく、高速で急降下する。

 ナギリの四つの首が、反射的に彼女たちの動きを察知し、嘲るように触手を一斉に伸ばす。

 蠢く黒い蛇の群れが空を覆い、進路を塞ごうと襲いかかる。

 だが――

「「プニプニバリアッ!!」」

 ワンダフルとフレンディが声を合わせ、空中で一対のバリアを展開した。

 淡いピンクの障壁が重なり合い、ナギリの触手をはじくように炸裂する。

「「ニャミーシールド!!」」

 ニャミーとリリアンも同時に結界を広げ、回転しながら突進する。

「「はああああッ!!」」

 最後に悟と大福が、全身に力を込めて霊気を爆発させた。

 二人の拳がうねるような白光となり、ナギリの肉体に風穴を穿つ。

「今だ、行くよ――!」

 ワンダフルが叫び、六人がひとつの光となってその開口部へ飛び込む。

 ナギリの身体が震える。

 侵入者を拒むように、粘膜のような膜が即座に再生しようとするが――間に合わない。

 六つの光が、その狭間を裂くようにして内部へと突入した。

 目指すは、囚われた仲間――かなえ。

 その魂を取り戻すため、わんだふるぷりきゅあが、今、ナギリの深奥へと挑む。

 

「――っ!」

 どこからともなく、温かく、懐かしい気配が押し寄せてきた。

 それはこの異質な空間にそぐわない、澄んだ風のような存在感だった。

 かなえははっと息を飲み、立ち上がる。

 目の前の景色は変わらず赤黒いままだが、その奥に、何かが確かに近づいているのを感じた。

 視線を上げた瞬間、空間にひびが入る。

 ぶ厚い氷が砕けるように、重層的に重なっていたナギリの内部構造が、光を帯びて割れはじめる。

 そのひびの向こう側。

 飛び込んできたのは――

「かなえぇぇ!!!」

 叫びながら、全身を伸ばして手を差し伸べてくるワンダフルの姿だった。

「っ!! こむぎぃぃぃ!!!」

 かなえもまた、涙と嗚咽を押し殺す間もなく、全身の魂をこめて手を伸ばした。

 自分のために、ここまで来てくれた。

 この暗闇の中へ、光のしぶきをまき散らして。

 二人の指先が、あとほんの少しで――触れあうその瞬間、

 ――サセマセン!!

 低く響く、ナギリの絶叫。

 空間が裂け、二人の間に巨大な目が出現する。

 その瞳は、見るというより削る。意志ではなく、存在を否定するまなざし。

 次の瞬間、目が開き、そこから無の衝撃波が放たれた。

 あらゆるものを呑み込み、崩壊させ、消し去る黒の奔流。

 光が砕け、風が千切れ、全てが飲み込まれていく。

 それでも――

 それでもなお、二人の手と手は――

 触れあった。

 閃光の中心で、ほんのわずかに指が交差する。

 それは理を超えた、“奇跡”でも“偶然”でもない。

 ただ、“つながり”だった。

 

 刹那。ナギリの巨体から、天を衝くような強烈な光柱が噴き上がった。

 それは闇を裂き、世界そのものに穴を開けるかのような純白の輝き。

 赤黒く染まっていた空が反転し、光が、希望が、音もなく地上へ降り注いでいく。

 その中心から、光に包まれて姿を現したのは――

 キュアワンダフル、キュアフレンディ、キュアニャミー、キュアリリアン、悟、大福、そして――その中心に立っていたのは。

「広く澄み渡る自由な世界! キュアシャスール!」

 鷹目かなえが、プリキュアとしての力を取り戻した瞬間だった。

 地上では、衝撃とともに風が吹き抜ける。

 荒れ果てた戦場のなか、その光景を見上げていたメエメエが目を見開いた。

「ニコ様、あれを!!」

 声が震えていた。

 感動、驚愕、歓喜――そのすべてが混じった叫び。

 ニコは静かに目を細めた。

 まるでそれが、ずっと見るべきものだったかのように。

「ええ。見えていますよ」

 その声は、限りなくやさしく、どこか誇らしげだった。

 そして――

「……ミコト」

 鼎が、名を呼んだ。

 その響きには、あらゆる時を越えた感情が宿っていた。

 かつて命を与えた存在に、再び出会えた歓びと誓い。

「かなえ……」

 ワンダフルがゆっくりとその名を呼んだ。

 変わらぬ声色で、けれど胸の奥から湧き出るような響きを宿して。

 キュアシャスール――かなえは、その横に静かに立ち、柔らかく微笑む。

「おかえり」

 その一言には、すべてを赦し、すべてを受け入れるような優しさがあった。

 シャスールもまた、凛とした光のなかで目を細め、微笑を返す。

「ああ。ただいま」

 その瞬間、空気が震えた。

 ナギリが――怒りに満ちた咆哮を上げる。

 虚空がゆがみ、四方に黒い波紋が広がる。

 ――何故デス? 何故揃イモ揃ッテ、我々ノ邪魔ヲスルノデス?

 ナギリの声が空間全体に響き渡る。

 ワンダフルたちは一斉にナギリを見据え、視線を重ね合わせた。

 ――我々ハ、タダ味ワイタイダケナノデス。コノ世界ノ、全テヲ。

 欲望ではない。だがそこには倫理もなければ、感情の熱もない。

 ただ“喰らいたい”という本能だけが渦巻いていた。

「お前には無理だ」

 シャスールの声が鋭く放たれる。

「あらゆるものを丸呑みにするだけの存在に、命を“味わう”資格などない!」

 ――フザケルナ!!

 ――貴方モ所詮、我々ト同類ダロウニ!!

 狂気と混乱が交じり合った声とともに、ナギリが反撃を開始した。

 無数の触手が黒い稲妻のようにうねり、口腔のひとつからは火球が放たれ、四つの首からは再び“無”の光線が吐き出される。

 だが、ワンダフルたちは即応した。

 空を飛び、滑空し、障壁を展開しては回避する。

 シャスールが翼を広げ、旋回しながらタロンボウガンを構える。

「タロン・ストライク!」

 宣言とともに、数十本の矢が音もなく発射され、ナギリの鱗に突き刺さる。

 そして、爆ぜる。

 鋭い悲鳴とも咆哮ともつかぬ声が、空全体にこだまする。

 ――何故デス!? 何故、我々ト同類デアル貴方ガァ!!

 理解できぬまま、ナギリは次の攻撃を放とうとする。

 その矛先は、シャスール。

 狙いすました一撃が彼女に向けて放たれようとした、その瞬間――

 斬撃。

 黒い光線が、別の刃によって寸断された。

「っ!」

 振り返るシャスールの目に映ったのは――

「鼎……!」

 彼は、風を裂くように立っていた。

 狩衣を翻し、血の宿命を知る者の目で、敵を睨んでいる。

「再拝鶴首。すっかり見違えたな、ミコト――いや、キュアシャスール」

 その言葉には、父のような慈しみと、戦友のような信頼が込められていた。

 久遠の時を越えた再会。命を分かち、役割を果たすべき者たちの視線が、いまふたたび交わる。

 シャスールは口角を緩め、静かに手を差し出す。

「共に行こう。鼎」

 その掌に、ためらいなく、力強く重ねられるもう一つの手。

「――ああ、今度こそ。共に終わらせるぞ」

 シャスールと鼎、ふたつの影が、背後からの光に照らされながら、静かに歩を進める。

 だがその刹那、ナギリの四つの首が激しくのたうち、怒りに任せて口を開いた。

 轟ッ――!

 炎。雷。腐蝕の風。虚無の奔流。

 四種の破壊が四方から襲いかかってきた。

「……っ! ヴァンティ・バリア!!」

 咄嗟に、シャスールが両手をかざし、風の渦を防御障壁として展開する。

 風が逆巻き、結界が炸裂寸前にまできしむ。

 だが、ぎりぎりのところで鼎の身を守りきった。

「助かった」

 小さく言い、鼎は反撃の機を逃さない。

 刀を振るい、脚に霊力を纏わせ、虚空を跳んだ。

 次の瞬間、閃いた刃がナギリの一首を深く切り裂いた。

 鱗ごと裂かれた頸部が軋みを上げ、巨体が悲鳴のように揺れる。

 ――コノオオオオオ!!!

 裂けた首から吹き出した漆黒の霧とともに、ナギリが激昂の声を上げる。

 残る三首が牙を剥き、今度は容赦なくふたりに集中攻撃を仕掛けてきた。

 だが――

「二人はやらせないよ!!」

 飛翔しながら声を上げたのは、ワンダフル。

 彼女の言葉に続き、五人の仲間が空に陣を組んだ。

「「「「「はああああ!!」」」」」

 六人が一斉にバリアを重ね、光の盾がいくつも重なって展開される。

 ナギリの衝撃波を受け止め、分散し、はじき返す。

 その隙を縫って、再び動いたのは――

「我らのことを、忘れてもらっては困る!」

 スバルの叫びと共に、ガオウ、トラメ、ザクロが疾風のように駆け抜ける。

 霊体のまま喰らいつき、ナギリの動きを封じた。

 ――グオオオオオオオ!!

 三つの首がのたうち、怒りに任せて空気をかき乱す。

 だがそのとき――ナギリの胸元に、淡く、しかし確かに光のきらめきが現れた。

「ニコ様!! ナギリの様子が!!」

 メエメエが声を上げる。

 その眼差しには、焦りも恐れもなかった。

 ニコダイヤを司る者として、彼女は知っていた。

「ナギリは……まだ完全に、ニコダイヤの力を取り込めてはいないのです」

 胸元から漏れる微かな光。

 それは、ナギリという“異物”が、度重なる攻撃を受け続けた結果――ニコダイヤという“理”を受け入れきれずに漏らしている、破綻の証。

 ニコは風をまとうように一歩進み、鋭く声を張った。

「皆さん! ナギリの弱点は、あそこです! あの光の箇所に、集中的に攻撃を!」

 ニコの凛とした呼びかけが戦場に響き渡った。

 六人のプリキュアは即座に応じ、傷つきながらもそれぞれの拳に力をこめる。

 その瞳は一点を見据え、決して逸らさない。

「「「「「「はああああああっ!!」」」」」」

 渾身の拳が、ナギリの胸に集中する。

 爆ぜるような衝撃とともに、ナギリの体内からニコダイヤの輝きが、より鮮明に溢れ出した。

 まるで血を噴き出すかのように。

 それは“命の光”ではなく、異物に拒まれた力そのものだった。

 ――グアアアアアアアッッ!!

 悲鳴とも咆哮ともつかぬ声が、四方八方に響く。

 ナギリが初めて見せた“恐怖”――自らの存在が崩れてゆく、制御不能の危機。

 その光景を見て、鼎は静かに頷く。

「よし……今が好機だ。プリキュアたち――やつに、ありったけの力をぶち込んでやれ!」

 その言葉が放たれた直後だった。

「な……!?」

「しまった!」

 ナギリが暴走するようにのたうち、太く禍々しい触手を無数に伸ばす。

 そのうちの数本が、鼎やスバルたちの身体を捉え、空中に絡め取った。

「鼎!!」

 シャスールが叫ぶ。

「スバル!! みんな!!」

 フレンディもその名を呼ぶ。

 拘束された彼らの身体には黒い瘴気が絡みつき、徐々に意識を蝕まれていく。

 それでも、彼らは最後の力を振り絞り、ナギリの動きを封じようと必死にあらがった。

「わんだふるぷりきゅあよ! 我らと共に――この諸悪の根源を討つのだ!!」

 ガオウが猛るように吠える。

「でも……!」

 リリアンが叫ぶ。

 その声には、どうしても彼らを犠牲にしたくないという葛藤があった。

「あたしたちは、もうとっくに死んでんだよ! 今さら気に病むことなんかないよ!」

 ザクロが口角を上げて笑う。

「それに、おまえらと一緒にまた遊べて楽しかったぜ!」

 トラメが豪快に笑いながら、触手に絡まりながらも牙を突き立てる。

 ふたりの瞳には――かつての死への恨みは一片も宿っていなかった。

 ただ、今この瞬間を生きて、命を護る覚悟だけがあった。

「こいつを野放しにすれば、アニマルタウンも、この世界も、全部食われてなくなるんだぞ!!」

 スバルの叫びが、深く胸に突き刺さる。

「スバル……」

 ニャミーが唇を噛む。

「おまえら……」

 大福の声も、震えた。

 ――イイカゲンニシナサイ、死ニ損ナイ共ガアアアア!!

 ナギリの全身が狂気に染まり、拘束した彼らを殺すべく光線を溜め始める。

 だが、彼らは叫び声を上げながらもなお、抗い続けた。

「――討てえええええッ!! キュアシャスール!!」

 鼎の絶叫が空を裂いた。

 その声に込められていたのは、命の終わりではなく、希望の託宣だった。

「鼎……」

 シャスールは一瞬、目を閉じる。

 そして、震える手でタロン・ボウガンを握り締めた。

 その目が、迷いを断ち切った光に満ちていく。

「みんな――私に、力を貸してくれ!」

 その呼びかけに、五人の仲間たちが迷うことなく顔を上げ、頷いた。

「「「「「「うん(ええ)(ああ)!」」」」」」

 

「「「「「「ミラーストーン、エボリューション!」」」」」」

 その瞬間、六つの魂が共鳴し、鏡石が放つまばゆい光が天を貫いた。

 空が反転し、世界が呼応するかのように、空間そのものが浄化の気配に包まれていく。

 六人の姿を包む光のヴェールが、新たな姿へと編み直されていった。

 白と銀を基調とした神聖な装い。

 それはただの衣ではない。意志と覚悟を象る「戦う者たちの証」だった。

 ワンダフルのスカートはアシンメトリーに流れ、躍動を支える美しい曲線を描く。

 フレンディの胸元には氷の結晶が輝き、透き通った気品がその身を包む。

 ニャミーの袖口では鏡の破片が宙に浮かび、戦場の光を跳ね返すごとく煌めいた。

 リリアンの背中では、淡い光が羽のように揺れ、優雅な気を纏わせていた。

 悟と大福の姿も変わり、虹色の戦闘服が風をはらみながら、それぞれの使命を輝かせていた。

「「「「「「ミラーストーンスタイル!」」」」」」

 変身を果たした六人は、静かに手を差し伸べる。

 その力はひとつに集まり――光の奔流となって、シャスールの胸元へと注ぎ込まれた。

 白銀の光が彼女の姿を包み、羽ばたくようにその衣装が一変する。

 蒼と白が織り成す戦衣、羽の装飾が風と共に舞い、

 鏡石の力を受け継ぐ第七の戦士――キュアシャスールもまた、ミラーストーンスタイルへと進化を遂げた。

「ナギリ……! これで、終わりだ!」

 シャスールが矢を引き絞るように腕を振ると、六人もその背後に立ち、自然と手を繋いでいた。

「「「「「「「プリキュア――!」」」」」」」

 七人が円陣を組む。

 その中央で、光が螺旋のように交差し、無限を象る輪を描き始める。

「「「「「「「エターナル・サークル・オブ・ライフ!!」」」」」」」

 祈りのような叫びが、大気を突き破る。

 世界そのものが震え、空が澄み渡っていく。

 光がナギリへと迫る、その直前――

「……さらばだ、ミコト」

 鼎が、静かに、そして清々しく呟いた。

 その声音には、別れを惜しむ涙ではなく、すべてを託した信頼があった。

 そして――浄化の光が、ナギリの全身を呑み込んだ。

 ――ギャアアアアアアアアアアア!!!

 耳をつんざく咆哮。

 その絶叫とともに、ナギリの肉体が四散し、虚空へと霧消していく。

 直後、戦場全体がまばゆい光のドームに包まれた。

 それは衝撃ではない。癒しであり、回復であり、祈りの結晶だった。

 石にされていた動物たちが一斉に息を吹き返し、破壊された街並みは、まるで何事もなかったかのように元の姿を取り戻していく。

 緑がよみがえり、風が吹き抜け、命が帰ってくる。

 七人が輪のまま静かに空に舞い、その中心で――キュアシャスールの瞳に、ひとしずくの涙が浮かんだ。

 それは戦いの痛みでも、使命の重さでもない。

 ただ、永遠に交わらぬことを知りながらも、魂の奥底で繋がり続けた人への、惜別のしるしだった。

「さよなら……鼎」

 静かに落ちた涙は、光に包まれて、やがて世界を癒す浄化の波へと溶けていった。

 

 こうして、ナギリの暴走は食い止められた。

 果てなき破壊の連鎖は断ち切られ、プリキュアたちの手によって世界はふたたび命の営みに包まれた。

 戦いは、終わりを告げた――。

 陽が傾き始めたころ、空には茜色の光が満ちていた。

 こむぎたち七人は、静かにアニマルタウンの高台に降り立ち、ニコとメエメエたちのもとへと戻っていった。

「ようやく……終わったんだな」

 大福がぽつりと呟く。

「うん……」

 悟が静かに頷いた。

 町はまるで何事もなかったかのように穏やかさを取り戻し、人々も動物たちも、どこかほっとした気配をにじませていた。

 だが――

「……おかしいです。ナギリの気配が、まだ完全には消えていません」

 ニコが空を仰ぎ、低く呟いた。

「メェ!?」

 メエメエが驚きの声を上げる。

「どういうこと……?」

 ユキが眉をひそめた。

 ――そう。

 ナギリという存在はたしかに滅んだ。

 その肉体は崩れ、理に抗った力も、打ち砕かれたはずだった。だが、その“本質”――理から逸脱した意志そのもの――は、なおこの世界に“虚無”として残されていた。

 目には見えない。声もない。

 だが確かに、感じ取れる。

 不吉な沈黙。

 終わったはずの風の中に、かすかに漂う圧のような違和感。

「もしかして……また戻ってくるの?」

 いろはが不安げに、そっと問いかけた。

「どうすれば、いいの?」

 まゆもまた、か細い声で続ける。

 そのときだった。

 かなえは夕空を見上げながら、何かを静かに悟ったように、ぽつりと口を開いた。

「――私が生きている限り……ナギリが、完全に消えることはない」

「え?」

 こむぎが、驚いたように彼女を見つめた。

「私とナギリは……姿かたちは違えども、本質は同じ存在。私がこの世に在る限り、ナギリはきっと再び怨みの力を蓄え、復活する。なら、私がとるべき行動は――ひとつしかない」

「!! 鷹目さん、まさか……!」

 悟がいち早く気づいた。

 かなえは、自身がナギリの“器”でもあることを知っていた。

 ナギリが二度と蘇らぬように、自らの存在ごとこの世界から消える道を選ぼうとしている。

「兎山。お前には世話になったな。――いろはのこと、幸せにしてやってやれ」

 穏やかにそう告げたかなえに、思わず大福が声を荒げた。

「バカなこと言ってんじゃねーよ!! 冗談だろ!? 戻って来いよ!!」

 だが、かなえはその言葉をやさしく受け止めながら、微笑む。

「大福。私がカレーに辛味を足しすぎて腹を壊したとき、忠告してくれたよな。あの時は鬱陶しいと思ったけど……今なら分かる。あれは本当に、やりすぎだった」

 ひと呼吸置いて、静かに言葉を継ぐ。

「こんな愚かな私を、ずっと気にかけてくれてありがとう」

「かなえちゃん……本気なの?」

 いろはの声が震える。

「どうして……?」

 ユキの問いは、まるで自分に言い聞かせるようだった。

 かなえは二人の顔を順に見つめ、優しく語りかける。

「いろは。行き倒れていた私に、カレーをごちそうしてくれてありがとう。あの味、忘れない。本当に、美味しかった。ユキ。お前のこと、からかってばかりだったな。でも、悪気はなかった。……すまなかった」

 そして、無垢な瞳で見つめてくるこむぎへと視線を移す。

「まゆ……かなえ、死んじゃうの?」

 こむぎの問いかけは、あまりにまっすぐで、あまりに無垢だった。

「ごめん、こむぎちゃん……わたしからは、何も言えないよ……」

 まゆは両手で顔を覆いながら、こらえきれぬ涙を零す。

 そんな彼女へも、かなえはそっと微笑む。

「まゆ。こんな私のために泣いてくれて、ありがとう。お前から化粧を教えてもらったとき、もっとちゃんと習っておけばよかったな。そうすれば、私も少しは、女らしくなれたかもしれない」

 そして、こむぎの前に一歩、歩み出た。

「こむぎ。お前が私に教えてくれた、“わんだふる”という言葉。私はようやく、その意味を、ほんとうに理解できた気がする。ありがとう。こんな私と……友達になってくれて」

 こむぎの胸に、言葉にならない何かが押し寄せる。

 涙も、怒りも、戸惑いも違う。胸の奥がざわざわとして、どう返せばいいのか、分からなかった。

「……あなたは、本当に、それでいいのですか?」

 沈黙を破ったのは、ニコだった。

 その声音には、戸惑いと敬意が混ざっていた。

「生きることに意味を見出していたあなたが……それでも、死を選ぶというのなら――」

 かなえは振り返り、ニコをまっすぐに見つめた。

「ダイヤモンドユニコーン……お前も、案外察しが悪いな」

 その顔には、もう迷いはなかった。

 むしろ、晴れやかさすらあった。

「生きるということは、死ぬことに向かって進むってことだ。でも、私はただ死ぬんじゃない。お前たちと過ごすうちに、ただの“モノ”だった私が、“命”として死に向かえるようになった……こんなに面白い、満足できることが他にあるか?」

 そして、かなえは――清々しい笑みを浮かべた。

 それは、すべてを手放そうとする者の笑みではなかった。

 むしろ、すべてを受け取り、抱きしめ、ついに“完結”へ至った者の笑みだった。

 ――満ち足りていた。

 それこそが、ナギリとは決定的に異なる点だった。

 ニコダイヤの力を取り込もうとも、永遠に渇きを癒すことのできなかったナギリ。

 どれほど喰らっても、どれほど奪っても、心の底が満たされることはなく、ただ際限なく“生き永らえる”ことだけを続けた虚ろな存在。

 だがかなえは、違った。

 彼女は、限りある命を自覚し、その終わりに意味と感謝を見出していた。

 だからこそ、その微笑は、静かで、強く、そして美しかった。

 やがて――その身体が、ふわりと光に包まれ始める。

 粒子となって風に舞い、龍のような輪郭を成して、空へと昇っていく。

 

【挿絵表示】

 

「お別れだ……お前たちと過ごした日々は、私にとって幸福だった。間違いなく、な」

「かなえ!!!」

 こむぎが、叫ぶ。

 その声に、かなえの輪郭が一瞬だけ揺らいだ。

「また……会えるよね?」

 その問いに、かなえは一瞬目を見開いたあと――微笑み、うなずいた。

「ああ。もちろんだ」

 その言葉を最後に、彼女の身体は光へと変わり、茜色の空へと、やわらかく消えていった。

 静寂の中、残された仲間たちはしばし動けなかった。

 風が吹いた。その場に、ただひとつ――鼎が、ミコトの姿を象って遺した石の彫像だけが、静かに残されていた。

 

           ◇

 

9月下旬

フレンドリィ動物病院&サロン ドッグラン

 

 やわらかな秋風が、金色に染まり始めた芝をそっと揺らしていた。

 かなえとの別れから幾日かが過ぎ、この日は、ニコがメエメエやキラリンアニマルたちを連れて、ニコガーデンへ帰る日だった。

 犬飼家の面々とわんぷりメンバーが集まり、ドッグランの一角で小さな別れの式が行われていた。

「この度は……本当にお世話になりました」

 ニコが姿勢を正し、深く一礼する。

 その声はいつものように堂々としていて、けれどどこか柔らかくなっていた。

「わたくしも指導者として、まだまだ己の未熟さを痛感しております。これからは、より一層ニコガーデンの発展に精進しつつ――あなたたちと過ごした“わんだふる”な思い出を胸に、ニコガーデン復興に向けてがんばります」

「うぅぅ~~~!! 悟く~~~ん!!」

 その横で、メエメエが涙をぽろぽろこぼしながら悟に突進しようとする。

「また、また近いうちに絶対遊びに来ますからねぇぇぇ!!」

 だがその瞬間――

「ふん!」

 人間の姿の大福がスッと前に出て、軽く足蹴にした。

「いつからオレを差し置いて悟と仲良くなったんだ、メエメエ?」

「き、厳しすぎます……大福の兄貴ぃ……」

 泣き崩れるメエメエを見て、悟は苦笑を浮かべた。

「またいつでも遊びに来てね」

 いろはがにっこりと笑いながら言うと、

「ああ、うちは大歓迎だからな」

 と、陽子と剛もにこやかに声を添える。

 するとふと思い出したように、いろはが腰のあたりに手をやる。

「あ、そうだ。ニコ様……ワンダフルパクトだけど――」

 そう言って、いろははパクト――すなわちプリキュアの力の源を返そうと差し出した。

 だが、ニコはそっと首を横に振った。

「それは鏡石が、あなたたちに託したものです。わたくしの意志では図れない脅威が、また訪れるかもしれません。そのとき、それがあなたたちの力になるのなら……持っていてください」

「ニコ様……」

 まゆが胸に手を当ててつぶやく。

「でも、いいの? 私たち、まだ人間の姿になれるままで……」

 ユキが疑問を呈すると、ニコはくるりと一回転して小さな姿に戻り――

「ま、あなたたちならいいかなって♪」

 と、舌をぺろっと出して笑ってみせた。

 皆が思わず拍子抜けし、笑いがこぼれる。

 かつての厳格な指導者のイメージとは違い、どこか親しみやすさすら漂う雰囲気に場が和んだ。

 その直後。

 ニコの角から七色の光が放たれ、その身体が再び荘厳な姿――高貴なるダイヤモンドユニコーンへと変わる。

「さようならキラー!」

「また会おうキラー!」

 メエメエとキラリンアニマルたちもそれに続き、整列すると、七色にきらめく虹の橋が空に架かってゆく。

「ニコ様ー! メエメエー! みんなまたねー!!」

 こむぎが両手をめいっぱい振りながら、声を張り上げる。

 皆もそれぞれに手を振り、別れを告げた。

 やがて彼らは虹の橋を渡り、空の彼方――ニコガーデンへと還っていった。

 最後に橋が光に包まれて消えゆくのを見届けたとき、誰もが胸の奥に、ひとつの想いを抱いていた。

 ――また、いつか。あの空の向こうで、きっと会える。

 

           *

 

アニマルタウン 鏡石神社前

 

 秋の光がやわらかく差し込む午後。

 風は静かに、境内の木々を揺らしていた。

 朱塗りの鳥居をくぐり、こむぎたちは、石畳の奥に佇む本殿前に静かに並んでいた。

 その中央には、ひときわ目を引く一体の彫像――鷹の姿をした、ミコトを象った石像。

 ナギリとの激闘の果てにその身を光へと還した彼女は、古座野から許可を果て、こうして祈りの場に鎮座している。

 魂の還る場所として。記憶を語り継ぐ印として。

 こむぎたちはそっと手を合わせた。

 誰ひとり言葉は発しない。

 けれどその胸に宿るものはひとつだった――

 いのちを守るということ。繋いでゆくということ。

 風が、静かに吹く。

 その風の中で、皆が目を伏せ、深く礼をする。

 やがて彼らは、ふたたび顔を上げた。

 それは過ぎた者を想う祈りであり、これからを生きる者の決意でもあった。

「――!」

 こむぎはふと立ち止まり、顔を上げて空を仰いだ。

 どこまでも透き通った、秋の高い空。

 その耳が、風に押されるようにぴくりと動く。

「どうしたの、こむぎ?」

 いろはが少し心配そうに声をかける。

 こむぎはそっと目を細め、ぽつりと呟いた。

「……今、聞こえた気がする。かなえの声が」

 その言葉に、いろはも空を見上げる。

「うん、わたしも……」

「そうね」

 ユキが応じる。

「わたしにも聞こえたかも」

 まゆがそっと微笑む。

「きっと、そこにいたんだよ。鷹目さんが」

 悟の声は、どこか確信に満ちていた。

「だな」

 大福も小さくうなずいた。

 そのとき、ひとすじの風が吹き抜け――

 空の高みから、一枚の白銀の羽――それは、間違いなくタカのものだった――が、音もなく舞い落ちてきた。

 光を宿したその羽は、くるくると宙を描き、こむぎたちの足元へと優しく落ちていく。

 それはまるで――

「さよなら」ではなく、「またね」と告げる声の、目に見えるかたちだった。

 秋の陽ざしの中、彼女の記憶は、確かにそこにあった。

 誰の目にも映らなくとも、その存在は、風に、光に、羽に――静かに寄り添っていた。

 

 

 

 

 

 

わんだふるぷりきゅあ!!~わんだふる♡わーるど~

おわり

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