わんだふるぷりきゅあ!!~わんだふる♡わーるど~   作:重要大事

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第3話:はらぺこと罪

四月某日

アニマルタウン 兎山家

 

 カーテン越しに柔らかな春の陽が差し込む、悟の部屋。

 デスクには開いたデスクトップパソコンと書きかけのメモ、本棚には動物図鑑や世界中の動物に関する書物が保管されている。

 この日、わんぷりメンバーとメエメエを加え、昨日の戦いについて振り返っていた。

「一昨日のワシとオオカミ、昨日のサイとワニのガオガオーン……どちらも複数の動物の特徴が合わさっていたから、これからは区別のために『フューザーガオガオーン』っていうのはどうかな?」

 悟が眼鏡を上下に動かしながら提案すると、人間の姿のこむぎが小さく呟いた。

「ふゅーざーがおがおーん……?」

「舌を噛みそうな名前ね」

 同じく、人の姿のユキがクールに言い放つ。

「いい感じに厨二心をくすぐるな、悟」

 唯一、人間への変身能力を持たない大福が無表情のまま淡々と茶化すと、悟は思わず赤面し、眼鏡を指で押し上げながら視線をそらした。

 そんなやり取りを聞きながら、メエメエが真剣な面持ちで口を開く。

「あのキュアシャスールという方は何者なんでしょう? 皆さんとはずいぶんと勝手が違っていたように思えました」

「そういえば、キラリンアニマルの力を使わずに飛んでいたっけ?」

 まゆが思い返すように呟く。サイワニガオガオーンとの戦いの最中、キュアシャスールは背中に鷹を彷彿とさせる翼を生やし、自在に空を舞っていた。その姿は、まさに鷹が獲物を狙うかのようだった――全員の脳裏に、その光景が鮮明に蘇る。

「もしかして、こむぎやユキと同じで、動物さんがプリキュアに変身したのかな!」

 こむぎが目を輝かせながら言う。その発想は彼女らしい純粋なものだったが、確証はない。

「さぁ。興味ないわね」

 一方、ユキはあくまで素っ気なく答えたが、その視線はどこか落ち着かない。無関心を装いながらも、彼女なりに考えているようだった。

「そういえば悟くん、シャスールってどういう意味かな?」

 いろはが首をかしげながら何の気ない疑問を尋ねた。

「シャスールっていうのは、“猟師”や“狩人”って意味のフランス語だよ」

 悟の説明を聞いた大福が納得したように頷く。

「言われてみりゃ、あの戦い方は狩人のそれだったな」

「たぶん、フューザーガオガオーンを倒すことが目的だとは思うけど……」

 悟が思案するように口を挟んだその瞬間、いろはが小首をかしげる。

「あれ? この展開……前にもどこかで?」

 どこかデジャブを覚え、記憶を探るように眉をひそめる。

 脳裏にうっすらと蘇るのは、ごく最近の出来事のような感覚。

 ――あの時も、得体の知れないプリキュアが突然現れて、敵を圧倒して去っていった。

 まるで、こちらの事情など一切関係ないとでも言うように。

 そのときだった。こむぎが手をポンと叩き、弾んだ声をあげる。

「あっ! わたし知ってるよ! キュアニャミーに変身したユキと初めて会った時と一緒だ!」

 こむぎが興奮気味に言うと、ユキの肩がピクリと跳ねる。

「あ、あの時のことを引き合いに出さなくてもいいでしょうに……」

 頬をわずかに紅潮させながら、ユキは視線を逸らした。

 それを聞いたまゆが、しみじみとした様子でユキを見つめる。

「そういえば、一年前のユキは今よりもずっとツンツンしてたっけー。それが今では、こんなに丸くなって……わたしは感激で胸がいっぱいだよ!」

 まゆが感慨深げに微笑むと、ユキはピクリと肩を揺らし、思わずむくれる。

「も、もう~、まゆもからかわないでちょうだい!」

 別に黒歴史というわけではないが、プライドの高いユキにとって、過去を掘り返されるのはあまり気分のいいものではない。頬を少し膨らませながら、じろりとまゆを睨む。

 軽やかな笑いが部屋に満ち、和やかな雰囲気が広がる。

 ──しかし、それも束の間。

 ふと沈黙が訪れ、全員の表情が引き締まった。

 キュアシャスールの戦い方、目的、そして彼女がわんぷりメンバーと交わした言葉の一つひとつが、今なお彼らの頭に焼き付いていた。

「……やっぱり、一度話を聞くべきだよね」

 いろはが静かに口を開くと、全員が迷いなく頷く。

「どうしてアニマルタウンにフューザーガオガオーンが現れるのか……そのカギを握っているのがあの子なら、ちゃんと話を聞きたい」

 いろはの言葉には、強い意志が込められていた。今までのガオガオーンとは違う、感情を持たない異形の存在。それを倒していくことが本当に正しいのか、その真実を知るためにも、キュアシャスールの目的を明らかにする必要があった。

「しかし、いろは様、簡単にはいきませんよ。何しろ相手は神出鬼没、どこをどう探すのですか?」

 メエメエが渋い表情で指摘する。確かに、シャスールの出現は突如としてだったし、戦いが終わると彼女は一瞬の隙をついて消えてしまう。居場所の手がかりすらない以上、捜索は難航しそうだった。

「だったら!」

 そのとき、こむぎが勢いよく声を上げると、その身体が光に包まれる。次の瞬間、人間の姿から犬の姿へと戻っていた。

「ニャミーの時みたく、匂いをたどって探すワン!」

 尻尾を軽く振りながら得意げに言うこむぎ。しかし、それを聞いたユキが淡々と返す。

「犬らしい発想ね」

「でもこむぎちゃん、匂いとか覚えてる?」

 まゆが少し心配そうに尋ねる。確かに、戦闘中にシャスールの匂いを意識する余裕があったかどうかは怪しいところだ。

「えっと……」

 こむぎは鼻をひくひくと動かしながら考え込む。そして、戦いの最中に一瞬だけ嗅ぎ取った微かな香りを思い出した。

「あ! カレーの匂いがしたワン!!」

「「「「「「カレー?」」」」」」

 一斉にツッコミが入る。

 あまりにも唐突な答えに、部屋の空気が一瞬静まりかえった。みんなの脳裏に、シャスールの凛々しい姿とカレーの香りが結びつかず、思わず目を見合わせる。

 

           *

 

アニマルタウン 丘陵地帯

 

 その頃、高い木の枝をねぐらにしていた素性不明の少女、かなえ。

 疲労困憊のまま深い眠りについていたが、遠くから響くバイクの走行音に反応し、意識が浮上する。

「はっ!」

 目を開くなり、即座に身体を起こし、周囲を警戒するように見渡した。

 風が木々を揺らし、小鳥のさえずりが耳に届く。だが、それとは別に、ある動物の鳴き声が聞こえた気がした。

「妙だな……牛の鳴き声がしたと思ったんだが……」

 注意深く耳を澄ませるが、今度は何も聞こえない。

 空腹が感覚を狂わせたのか――。

 その時、腹の奥からぐぅという、抗いようのない訴えが広がる。

「腹空大患。それにしても、この体は何かと不便だな。食い溜めがまるでできん」

 自嘲気味に呟きながら、空を仰ぐ。

 本来なら、これほど頻繁に食を求める必要などなかったはずだ。

 それなのに今の自分は、ほんのわずかな飢えすら堪えがたく感じる。

「…………」

 ふと、犬飼家で食べたカレーの記憶がよみがえる。

 スパイスの香り、熱々のルーの滑らかさ。

「また、食べてみたいな……」

 ぼんやりと呟きながら、丘の上からアニマルタウンの街を見下ろす。

 視界いっぱいに広がる町並み――その時、足元の枝が僅かに沈んだ。

「え!?」

 重心がわずかに揺れる。次の瞬間、体勢を崩し、枝から滑り落ちた。

「うわああああ!!」

 激しく地面へ転がり落ちる。

 幸いにも草が緩衝材となり、大事には至らなかったものの、体中に鈍い痛みが走る。

 何より、空腹のせいで力が入らず、身体が思うように動かない。

「あ~、だめだ……何か食わねば死んでしまう……」

 地に倒れたまま、呻くように言葉を零す。

 飢えがじわじわと意識を蝕み、視界がぼんやりと滲んでいった。

 

 その時、不意に近くの道路からカツン、カツンと硬い蹄の音が響く。

 目を向けると、一頭のシカが道路の中央をゆっくりと歩いていた。

 普通なら人の気配を察して逃げるはずの野生動物が、まるで何かに追われるように落ち着かない様子で視線を泳がせている。

「……?」

 さらに、山の方からも数頭のシカが姿を現し、慌ただしく草むらを駆け抜けていく。

 異様な光景に、かなえは思わず眉をひそめた。

(妙だな……こんなに人の気配がある場所に、獣が降りてくるとは……)

 違和感を覚えながらも、今はそれを考える余裕はない。空腹を満たすことが最優先だった。

 シカたちはそのまま姿を消し、丘陵地帯に再び静寂が戻る。

 かなえは力を振り絞りながら、ゆっくりと身体を起こした。

「とにかく……食い物を探さないとな」

 足元に力を込め、ふらつきながらも街へ向けて歩き始めた。

 

           *

 

アニマルタウン アニマル商店街

 

 こむぎの嗅覚を頼りに、わんぷりメンバーと悟、大福、メエメエはアニマルタウンの中心地へと足を運んでいた。

 メエメエは人間に紛れるため、かなり妖しげな女装を施していた。周囲の視線を集めつつも、本人はいたって真剣である。

「……カレーの匂いって言ってたけど、そんなので本当に見つかるの?」

 ユキが疑わしげに呟くと、こむぎは自信満々に鼻をひくつかせる。

「間違いないワン! あの時、確かにカレーの匂いがしたワン!」

 昼時のアニマル商店街には、多くの飲食店が立ち並び、スパイスの香りや香ばしい匂いが漂っていた。特にカレーを扱う店は多く、こむぎの嗅覚を惑わせるほどだ。

「この中からシャスールの手がかりを探すのは、難しいそうだね」

 悟が周囲を見回しながら言う。

「こむぎ、ほんとに大丈夫なの?」

 いろはが尋ねると、こむぎは耳をぴんと立てながら匂いを探ろうとする。

「うーん……いろんな匂いがするワン……でもどこかに、あの時の匂いがあるはず……」

 しかし、次の瞬間、こむぎの腹が盛大に鳴り響いた。

 その場の空気が一瞬止まり、いろはたちの目が黒点になる。こむぎは困ったようにその場にへたり込んだ。

「おなか空いたワン……」

「腹が減っては戦はできぬ、ってやつか」

 大福が淡々と口にする。

「せっかくだし、先にお昼にしようか」

 悟が提案すると、「そうだね」と、いろはも微笑し頷いた。

「まったく、世話のかかる子なんだから」

 ユキが呆れたように肩をすくめる。

「どうせならカレー屋さんにしようよ。もしかしたら、シャスールの手がかりが見つかるかもしれないし」

 まゆの提案に、メエメエが勢いよく頷いた。

「それは素晴らしい考えです! そうと決まれば、お店選びですね!」

「メエメエはヒツジなんだから、草でも食ってろよ」

 大福が冷静に突っ込みを入れる。

「わたくしだって、たまには草以外のものも食べたいですよ!」

 メエメエが不満そうに抗議するが、そのやり取りに皆がくすっと笑う。

 和やかな空気が広がる中、不意にパトカーのサイレンが鳴る音が聞こえてきた。

 その瞬間、通りに停まったパトカーから警察官が降り、近くのカレー屋へと入っていく。

「あれ、なんだろう?」

 まゆが不思議そうに首をかしげる。

「事件かな?」

 悟も警察官の動きを目で追った。

 気になったわんぷりメンバーは、カレー屋の前へと移動し、窓ガラス越しに店内を覗き込む。

 そこには、大量のカレー皿が積み重なり、それを平らげたかなえがバツの悪そうな表情を浮かべながら、店主と警察官にとがめられていた。

 

【挿絵表示】

 

「えぇー! か、かなえちゃん!?」

 いろはが驚きの声を上げる。

「知ってる子?」

 ユキがいろはの反応を訝しむ。

「えっと……この前、うちで夕食を一緒に食べたんだけど。でも、どうして?」

 知り合いだということもあり、いろはたちは慌てて店に駆け込む。

「かなえちゃん!」

「っ!」

 いろはの声が店内に響くと、かなえがその声に反応し、驚愕の表情で振り返る。目を見開き、一瞬言葉を失ったようだった。

「お前は……」

 呆然といろはを見つめるかなえ。その様子は、思いがけず知り合いと遭遇したことへの驚きと、何かを悟られたくないという焦りが混ざっているようにも見えた。

「どうしたの? 一体何があったの?」

 いろはが心配そうに近づくと、店主が腕を組みながら説明する。

「きみ、知り合いかい? この子ね、無銭飲食したんだよ」

 その言葉に、わんぷりメンバーが一斉に目を見開く。

「えっ! 無銭飲食、ですか!?」

 悟が思わず声を上げた。カウンターに積み上げられた大量の空いたカレー皿が目に入る。それはまるで食べ尽くされた戦場のようで、数え切れないほどの皿が並んでいた。

「呆れた……これだけの量を食べておいて、所持金ゼロって……」

 ユキが額に手を当て、深いため息をつく。

 店内に漂うスパイスの香りの中、かなえはバツが悪そうに俯いていた。まるで逃げ場を失った獣のような警戒心が、その瞳の奥にわずかに浮かんでいる。

 しばしの沈黙の後、かなえが懺悔するかのようにぼそりと呟いた。

「は、腹が減って仕方なかったんだ……」

 その言葉に、まゆが驚いたように目を瞬かせる。

「そ、それにしたって……限度があるんじゃないかな」

 かなえの前にずらりと並ぶ皿の数を見て、いろはたちも苦笑する。

「とりあえず、親御さんに連絡するから、住所と名前を教えてくれるかい?」

 警官がメモを取りながら尋ねると、かなえは少し口ごもるようにして答えた。

「名前は……鷹目かなえ……住所は……最近はこの辺りに住んでる……」

「え、最近は?」

 悟が眉をひそめる。

「なんだか不自然な言い回しですね」

 メエメエも訝しげに首を傾げる。

 かなえは答えを濁すように視線をそらしたが、それ以上の追及を許さぬように口を閉ざす。

 と、その時――

『こちらアニマルタウン本部、大熊牧場で獣害発生。至急、現場に急行せよ!』

 警察無線が一斉に鳴り響いた。

 警官たちが一瞬、顔を見合わせた後、すぐに動き出す。

「悪いが、この件は後回しだ。おとなしくここで待っているんだよ」

 そう言い残し、警官たちは慌ただしく店を後にした。

 残されたかなえと、わんぷりメンバーは、唐突な出来事に互いの顔を見合わせる。

「……ねぇ、いま大熊牧場って……」

 いろはがぽつりと呟くと、悟やまゆが確信した様子で頷く。

「うん、大熊さんのところだよ」

「獣害って、聞こえたけど……まさか!」

 まゆの顔から血の気が引いた。胸の奥が冷たい何かに締めつけられるような感覚が広がる。

 大熊牧場――そこは、クラスメイトの大熊みつ子とその家族が営む牧場であり、まゆがアニマルタウンに越してきて迎えた最初の夏休みに、いろはたちと訪れた場所だった。

 広々とした草原に放たれた牛や羊たち。乳しぼりや乗馬体験、シープドッグショーなど、温かくて楽しい思い出が鮮やかに蘇る。

 しかし、今――その牧場で獣害が起きたという信じ難い知らせが入った。

 まさか、あの穏やかな場所が……。

 鼓動が速くなる。胸の奥で不安が膨れ上がる。

「とにかく、行ってみましょう!」

 ユキの鋭い声に、まゆはハッと我に返った。

「……うん、そうだね!」

 願わくば、何事も起こっていないことを――そう祈りながら、わんぷりメンバーは店を飛び出し、一刻も早く現場へ向かうべく駆け出した。

 その背中を見送りながら、かなえは静かに眉をひそめる。

「……獣害、か」

 微かに口元が歪む。呟きには感情の色は薄く、ただその言葉の響きを反芻するような冷静さがあった。

 警察が向かった先――そこには確実に、ただの獣ではない「何か」がいる。

 かなえは店の外を見やりながら、胸の奥に広がるざわめきを押し殺す。

「……まったく、厄介ごとばかりだな。この土地は」

 そう呟くと、椅子の背もたれに身を預け、深く息を吐いた。

 外の喧騒が遠ざかる中、彼女の瞳だけはなおも揺らぐことなく、どこか遠くを射抜くように細められていた。

 

           *

 

アニマルタウン 大熊牧場

 

『大熊牧場』

 

 広大な敷地を有し、美しく整備された花畑が広がる、観光客にも人気のスポット。

 夏休みには特別企画として各所を巡るスタンプラリーが開催されるなど、テーマパークといっても過言ではないほどの規模を誇る。

 

 しかし、今、その賑わいは消え、緊迫した空気に包まれていた。

 わんぷりメンバーが牧場の門をくぐると、そこには異様な光景が広がっていた。

 警察車両が数台停まり、青い回転灯が静かに回転している。制服姿の警官たちが牧場主らと話し込んでおり、その周囲には迷彩柄の服を着た猟友会の面々が、猟銃を肩にかけながら険しい表情を浮かべていた。

「……これ、思ってたより大事になってるね」

 悟が低く呟くと、いろはは不安げに周囲を見渡した。

 警察や猟友会の関係者が厳しい表情で言葉を交わし、時折、何かを指し示している。

 緊迫した空気が漂う中、ふと視線の先に見覚えのある姿を見つけた。

「あ! 大熊ちゃん!」

 牧場の柵の近くに、肩を落として立ち尽くす大熊みつ子の姿があった。

 普段は元気いっぱいの彼女が、今はまるで力を失ったように項垂れている。

 その様子に、いろはたちは迷わず駆け寄った。

「大熊ちゃん……」

 いろはがそっと近づくと、みつ子は驚いたように顔を上げた。

「いろはちゃん……それに、こむぎちゃんやユキちゃんも……」

 彼女の目元には涙の跡が残っている。

 ユキは大熊の傷心に配慮し、少しだけ声の調子を落として優しく問いかけた。

「いったい、何があったの?」

 すると、みつ子はぎゅっと下唇を噛みしめ、こらえきれない感情が込み上げてくるのを必死に堪えるように拳を握りしめた。

「……うちの牛が……クマに襲われて、死んじゃったの……!」

 震える声で絞り出したみつ子の目には、滲んだ涙が今にも零れそうになっていた。

 その言葉を聞いた瞬間、わんぷりメンバーの間に張り詰めた空気が走る。

 みつ子は悔しさを滲ませながら、拳を強く握りしめた。

「今朝、牛舎から牛の鳴き声がして、お父さんが様子を見に行ったら……クマが……牛を襲ってたの……!」

 最後まで言葉にできず、みつ子はぎゅっと目を閉じる。

 いろはは何も言えず、そっと彼女の手を握った。

「そんな……!」

 まゆが青ざめた顔で呟く。

 悟もまた、深刻な面持ちで眉をひそめた。

 その時、こむぎが何かを見つけたのか、耳をぴんと立てながら指をさす。

「ねーねー、あれ見て!」

 こむぎの言葉に促され、全員が彼女の視線の先を追う。

 そこには、猟友会のハンターたちに囲まれた一頭のクマが横たわっていた。

 だが――思っていたよりも、そのクマは小さかった。

 地面に伏したその姿は、毛並みが荒れ、肋骨が浮かび上がるほどにやせ細っている。

 血の痕がまだ新しく、獣特有の生臭さが鼻をつくが、そこにあるのは猛々しさとは程遠い、飢えに追い詰められた生き物の残骸だった。

「あれが……そうなの?」

 まゆが困惑したように呟く。

「なんだか、随分やせ細っていますね……」

 メエメエが静かに言葉を継ぎ、クマの痩せこけた体を見つめる。

 期待していたよりもずっと貧相な姿に、わんぷりメンバーは一層の違和感を覚えた。

「……おかしいな」

 すると、悟は慎重にクマの姿を見つめながら、眉をひそめた。

「確かに、クマは雑食性だから動物の肉を食べることもある。でも、普段は木の実や昆虫、魚を主食としてるから、積極的に家畜を襲うことは少ないはずだ」

 悟が冷静に分析しながらクマの亡骸を見つめる。

 しかし、彼の言葉に答えるように、低く渋い声が割り込んだ。

「それは、『普通』のクマの話だ」

 悟が振り向くと、そこには猟銃を抱えたベテランハンターと思しき男が、険しい表情を浮かべて立っていた。

「あれは、『人間』が作り出したクマさ」

 男の言葉は、重く、確信めいていた。

「このアニマルタウンの鷲尾町長とは古い知り合いでな。元々シカの駆除依頼で呼ばれていたんだが、まさかあんな怪物を仕留めることになるとは……因果なもんだぜ」

 彼の視線は、ただ横たわるクマを見つめているのではない。

 その先にある“何か”――まるで、これが起こるべくして起こった悲劇であるかのように、静かに、しかし揺るぎない眼差しを向けていた。

 いろはは、胸の奥に広がる不安を押し殺しながら口を開く。

「あの、『人間』が作り出したっていうのは、どういう意味ですか?」

 ハンターの男は、少し目を細め、静かに語り始めた。

「この辺りは酪農が盛んで、質の良い牧草地を作るために土地を開拓してきた。牧草が増えれば、それを食べるシカも増える。さらに、最近は海外から輸入してた飼料用のトウモロコシを、この地域で作るようになった。それもシカの格好の餌になったってわけだ」

 悟が、じっと耳を傾けながら、険しい表情で頷く。

「つまり、餌が豊富になったことで、シカの数が増えすぎたんですね?」

「ああ。だがな、増えすぎたシカは作物を食い荒らし、農家は悲鳴を上げた。そこで俺たちハンターが駆除に乗り出したってわけさ」

 そう言うと、ハンターの男は肩にかけた猟銃を軽く叩き、苦々しげに笑った。

「問題は、そのあとだ。シカを撃ったモラルのねぇ一部のハンターはな、金になる角や肉だけ持ち帰って、残りはそのまま現場に捨てていった」

「捨てた……?」

 まゆが困惑した声を漏らす。

「だが、それこそが“肉食グマ”が生まれた本当の原因だ」

 ハンターの男が核心に迫ろうとする中、いろはたちは息をのむ。

「シカの死骸をクマが食べる。それを繰り返すうちに、クマは気づくんだ。『ここに行けばシカの肉がある』ってな。そうなりゃ、毎日通うようになるのも当然だろう」

 男の声は低く、だが確かな怒りを帯びていた。

「人間も同じさ。ラクして食える場所があれば、そこに通うだろ? クマも変わらねぇ。『トウモロコシがある』、『シカの死骸がある』って覚えたら、そこが狩場になるんだ。そうやって肉の味を覚えたクマは、ある日、その場所にシカの死骸がないと知る。なら、どうする?」

 聞いた瞬間、悟の表情が険しくなる。

「……代わりに、牛を襲った……?」

 ハンターの男はゆっくりと頷いた。

「そういうことだ。なんでクマがシカを主食にするようになったのか――その背景にあるのは、結局、人間なんだよ」

 その言葉は、わんぷりメンバーの心に重くのしかかった。

 アニマルタウンは、動物と人間が共生できる理想の町を目指してきた。

 しかし、その人間の行いが、結果として新たな脅威を生み出してしまった。

 駆除されたクマの亡骸を乗せたトラクターが、低いエンジン音を響かせながらゆっくりと牧場を離れていく。血の匂いがまだ生々しく残る荷台を、いろははただ黙って見つめていた。

「貧すれば鈍するって奴さ。人も動物も、腹を空かせりゃ真っ当な思考なんざできねぇってことさ」

 男の言葉が、まるで呪いのように耳の奥にこびりつく。

 

 牧場からの帰り道、いろはは一人思案に沈んでいた。

 ――空腹は判断を狂わせる。

 ――飢えは、理性すら奪い去る。

 それは、人も動物も変わらない。だが、その歪みを生み出したのは、ほかでもない、人間だった。

「…………」

 ――世界中の動物と友達になる。

 幼い頃から信じ続けてきた夢。

 動物たちは、人の愛情を知れば、きっと心を通わせられる。

 互いを理解し合えば、共に生きる道がある。

 そう信じて疑わなかった。

 しかし、目の前で起きた現実は、あまりにも無慈悲だった。

 ――人と動物は、本当に共に生きていけるのだろうか?

 脳裏にこびりつくのは、大熊みつ子の泣き腫らした顔。

 その涙が、いろはの胸を深く締めつけていた。

「……いろはちゃん?」

 隣を歩いていたまゆが、ふと立ち止まり、不安そうに彼女の顔を覗き込む。

「大丈夫? 顔色、よくないよ」

「え……う、ううん、大丈夫だよ」

 いろはは微笑んでみせるが、その表情はどこかぎこちない。

 しかし、まゆがそれ以上追及する前に、悟がそっと視線を落とした。

(まただ……きみはいつもそうだ、いろはちゃん)

 悟は気づいていた。いろははいつも、こうやって平静を装う。

 嘘が苦手なはずなのに、こういう時だけは、妙に巧妙に取り繕う。

 まるで、誰かを安心させるための“癖”のように――。

(それが、ボクには堪らなくつらい)

 いろはの小さな背中を見つめながら、悟の胸に淡い不安が募っていった。

 

           *

 

 牧場で駆除されたクマの亡骸を乗せたトラクターが、エンジン音を響かせながら市街地へ向かっていた。

 荷台には、すでに生気を失ったクマの亡骸――無惨に痩せ細った体が、白い布で半ば覆われた状態で横たえられている。

 運転席には猟友会のハンターが座り、助手席の警官とともに市の処理施設へ向かっていた。

「……しかし、人が襲われる前で良かったです」

 警官がハンドルを握りながら、どこか緊張を緩めたように息をつく。

「ええ。大熊牧場の方々には申し訳ないが、家畜数頭の犠牲で済んでよかった」

 助手席のハンターも腕を組みながら、慎重に言葉を選ぶ。

「だが、こんなにやせ細ったクマが家畜を襲うまでになったってのが気にかかる。普通なら山に餌がなけりゃ、もっと早い段階で人里に降りるもんだが……」

 ハンターがルームミラー越しに荷台を見やる。

「もしもこんな凶暴なのが、人家を襲ったりしたら、大変な事になっていましたね」

 警官がしみじみとした口調で応じる。

 ――その時だった。

 異変が起こった。

 トラクターの荷台に、いつの間にか黒いもやが漂い始める。

 最初はわずかに揺らめくだけだったが、次第に濃さを増し、まるで生き物のようにうごめき始める。

「……?」

 ハンターがルームミラーを覗いた瞬間――

「ガオガオーン!!」

 突如、獣の咆哮がトラクターを震わせた。

「うおっ!!?」

「な、なんだ!?」

 驚く間もなく、荷台が突如として跳ね上がる。

 そして、黒い靄が爆発的に膨張し、闇の中から異形の影が飛び出した。

 それは――シャチとゾウの特徴を併せ持つ、新たなフューザーガオガオーンだった。

 黒く濡れたような皮膚はシャチのように滑らかで、背には巨大な背びれが突き出している。

 それでいて四肢は分厚く、ゾウのような重厚な筋肉に覆われていた。

 象牙のように発達した牙が、太陽の光を受けて鈍く光る。

 鼻は長く伸び、まるで生きた鞭のようにしなりながら空を切る。

 巨体に似合わぬ俊敏な動き――まるで、大地と海を統べる怪物そのものだった。

「ガオガオーン!!」

 フューザーガオガオーンは咆哮すると、荷台を跳ね飛ばし、トラクターを転倒させる。

「「うわああああ!」」

 運転手と警官が必死にハンドルを握るが、衝撃に耐えきれず車両は路肩に突っ込んだ。

 フューザーガオガオーンは、アスファルトを踏み砕きながら市街地へと猛然と駆け出した。

 まるで、何かに突き動かされるように――。

 その巨体が地面を踏みしめるたびに、振動が街へと伝わる。

 通りを歩いていた人々が、異変に気づき足を止める。

「な、なんだあれ!?」

「怪物だ!!」

 誰かの悲鳴が響いた瞬間、フューザーガオガオーンはそのままアニマルタウンの中心部へ突進していった。

 

           *

 

同時刻――

アニマルタウン警察署

 

 警察署の一室。鉄格子こそないが、扉には鍵がかかり、外に出るには許可が必要な、一時保護室 のような場所だった。

 中には簡素なベッドとテーブルが一つ。壁に掛けられた時計の秒針が静かに刻む音だけが、やけに耳に響く。

 外の通りからは、人々の話し声や車のエンジン音が聞こえる。だが、この小さな部屋はそれらから隔絶され、まるで時間が止まったかのような静けさを漂わせていた。

 鷹目かなえは、足を組んでベッドの端に座り、天井を睨むようにぼんやりとしていた。

 この状況に焦りはない。怒りもない。ただ――退屈だった。

「……!!」

 その瞬間、視界の端が僅かに歪んだ。

 ――違和感。

 ――耳鳴りのような、ざわめき。

 ――遠くで、何かが……"生まれた"。

 かなえの眉がわずかに動く。

 まるで静電気を帯びたような、全身をざらつかせる不快な感覚が、じわじわと皮膚の下を這い上がってくる。

(……これは)

 脳裏に焼き付く、黒いもや。

 どす黒く膨れ上がり、何かが蠢く――。

 そして、強烈な衝撃。

 ――覚醒。

 かなえは息を詰まらせた。

 鼓動が速まる。だが、それは恐怖ではない。

 確信だ。

 目を閉じ、意識を研ぎ澄ます。

 距離はあるが、確かに感じ取れる。その怪物が動き出す前に、自分も動かなければならない。

「……くっ、こうしちゃいられないな」

 静かに息を吐き出し、ゆっくりと立ち上がる。

 その瞳には、わずかな焦燥と、それを上回る冷静な決意が宿っていた。

 かなえは、部屋の鍵を見据える。

 ――さて、どうやってここを出るか。

 

           *

 

アニマルタウンふれあいパーク

 

『ふれあいパーク』

 

 アニマルタウンの中心部に位置するこの動物園は、多種多様な動物が自由に暮らし、訪れる人々が間近で触れ合える場所として親しまれている。

 特にクオッカの飼育施設は国内でも珍しく、訪れた観光客や子どもたちの人気を集めていた。

 しかし、その平和な空間が突如として不穏な空気に包まれた。

 園内に響く重い衝撃音。

 それは、動物たちの落ち着きを奪い、あたりの空気を張り詰めさせるものだった。

 次の瞬間、巨大な影が現れる。

「ガオガオーン!!」

 シャチゾウガオガオーン。

 黒と白の光沢ある巨体が、ひび割れた地面の上に君臨する。

 象のように分厚く巨大な前脚が地を踏みしめるたび、周囲の空気が重く揺れ動いた。

 背にはシャチを思わせる巨大な背びれがそびえ立ち、その表面は水滴を弾くように滑らかだった。

 湾曲した牙が鋭く光り、鼻がしなやかにうねるたび、威圧的な雰囲気を放つ。

「な、なにあれ……!?」

「逃げるんだー!!」

 園内の人々が悲鳴を上げる。

 職員たちは慌てて誘導を開始するものの、突然の事態に対応しきれない。

 クオッカのエリアのすぐ近くに立つフューザーガオガオーン。檻の中の動物たちも異変を察し、怯えたように鳴き声を上げる。

 カバのいる水辺では、水面が小さく波立ち、キリンたちは首を高く上げて警戒の姿勢を取る。

 肉食獣エリアではライオンが低い唸り声を漏らしながら、鉄柵の向こうで動きを止めていた。

 園内の動物たちが、未知の存在に畏怖し、動揺している。

「いろは、あれ見て!!」

 現場に到着したこむぎの声が響く。

 園内の入り口から駆けつけたわんぷりメンバーが、状況を目の当たりにし、足を止める。

「あの姿……おそらく、シャチとゾウのフューザーガオガオーンだ……!」

 悟が瞬時にガオガオーンの特徴を見破る。

 いろはが息を詰まらせ、目の前の巨影を睨みつける。

 シャチゾウガオガオーンがゆっくりと首を振る。

 目が合った瞬間、その双眸には確かな敵意が宿っていた。

「止めなきゃ!」

 いろはが迷うことなくワンダフルパクトを取り出す。それを皮切りに、こむぎとユキ、まゆも戦闘態勢に入る。

 

「「「「プリキュア・マイ・エボリューション!」」」」

 

 光がはじける。

 それぞれがプリキュアに変身し、凶悪なフューザーガオガオーンに向き合う。

「ガオガオーン!!」

 咆哮が響き渡る。

「ガオガオーン、ガルガルしなーい!」

 ワンダフルが素早く間合いを詰める。しかし、フューザーガオガオーンの巨体がゆっくりと振り向く。

 それだけで、圧倒的な威圧感が場を支配した。

「ひィ……!」

 ワンダフルの足が一瞬止まる。その間に、ニャミーが素早く背後へと回り込んだ。

「はああああ!」

 しかし、その動きを察したかのように、巨体が大きく反転。

 水の膜を纏った鼻がしなるように動き、鞭のようにしなりながら襲いかかる。

 分厚い前足が地面を踏み鳴らし、衝撃波が地面を揺るがす。

 ニャミーはとっさに距離を取りながら、険しい表情で叫んだ。

「ダメ、スキがない……!」

「でも、なんとか動きを止めないと……!」

 リリアンが息を詰まらせながら言う。

 その間にも、フューザーガオガオーンは本能のままに動き、敵をねじ伏せようとする。

「ガオガオーン!!」

 次の瞬間、後ろ足のヒレが鋭く振るわれる。

 素早く飛び上がり避けるが、地面の瓦礫が吹き飛び、プリキュアたちの立ち位置を崩した。

 

 しかし、そのとき――。

 風が変わった。

「!?」

 フレンディが何かに気づいたように後ろを振り返る。

 そして、意外な光景を目の当たりにした。

 おもむろに園内へと歩みを進める人影――それは、他でもない 鷹目かなえだった。

「……かなえ!」

 ワンダフルが驚きの声を上げる。

 ニャミーも目を丸くし、思わず口を開いた。

「あの子……さっきの無銭飲食の子?」

 彼女の突然の登場に、わんぷりメンバーは一様に驚く。

 しかし、かなえ自身は周囲の視線など気にも留めていない。

 鋭い眼光のまま、真正面から フューザーガオガオーンを見据える。

「黒き物の怪――いや、フューザーガオガオーンと言ったか?」

 静かな声が、戦場に響く。

 風が彼女の髪を揺らし、その背に何か見えない力を纏わせたかのようだった。

「この地の平和を脅かす貴様は――」

 ほんの一瞬、息を止めるような間が生まれる。

「この私が狩る」

 ――宣告。

 それは迷いのない声音だった。

 圧倒的な自信とともに発せられたその言葉に、誰もが息を呑む。

 そして、彼女の手には――

「あれは!」

「まさか……!」

 悟とメエメエが目を見開く。

 かなえの手には、見慣れない青と銀の光沢が揺らめくコンパクト型のアイテムが握られていた。

 中央には鋭い 鷹の目を象った青い宝石が埋め込まれている。

 彼女の存在と密接に結びついた唯一無二のパクト――彼女はそれを手に持ち、ゆっくりと掲げる。

「ウイングホークパクト!!」

 刹那、パクトの中央に埋め込まれた 鷹の目の青い宝石 が眩い光を放ち、空へと閃光が走る。

 風が一気に吹き抜け、まるで大空へと誘うかのように彼女の髪が舞った。

「プリキュア・マイ・エボリューション!」

 かなえの瞳が鋭く輝く。

 次の瞬間、彼女の周囲を無数の羽根状の光が舞い踊る。

 それらは柔らかく包み込むように彼女の体を覆い、風と共に宙へと舞い上がる。

「ウイング・アップ!」

 彼女がパクトの宝石をスライドさせると、空へと駆けるように 鷹のシルエットが浮かび上がった。

 そのまま彼女の背中へと吸い込まれるように融合し、銀と青の光が弾ける。

 ――銀色の羽が、彼女の腕を包み込む。

 ――青の光が脚を駆け抜け、しなやかなブーツへと変わる。

 ――風が巻き上がり、優美な羽根を象ったドレスが姿を現す。

 ――最後に、背中から大きな ホークウイングが生まれ、ふわりと広がった。

「広く澄み渡る自由な世界!」

 彼女は軽やかに舞い上がると、風を纏いながら高く跳躍する。

 青空を背に、陽光がその姿を照らし、優雅な羽ばたきを思わせるようなシルエットを作り出した。

「キュアシャスール!」

 風を切るように手を前に伸ばし、鋭い眼差しで眼下を見下ろす。

「飛び立とう、満たされるものを探して!」

 ――羽が舞い散る。

 そして、彼女は キュアシャスールへと変身を遂げた。

 風とともに舞い降りるその姿は、まさに空を駆ける 狩人 そのものだった。

 

「かなえちゃん……あなたが!」

 フレンディが驚愕の声を上げる。

「うわぁー!! キュアシャスールだったんだぁ!!」

 ワンダフルが興奮混じりに声を弾ませる。

 しかし――喜ぶ間もなかった。

 シャチゾウガオガオーンが唸るような低い咆哮を上げる。

「ガオガオーン!!」

 その巨体が地面を踏み鳴らした瞬間、大地が揺れた。

 次の瞬間、鼻がしなるように動き、鞭のように襲いかかる。

「っ……!」

 シャスールは素早く飛翔し、軽やかに回避する。

 だが、直後にゾウの前足が地面を強く踏みしめた。

 凄まじい衝撃波が地を走り、瓦礫が宙を舞う。

 周囲にいたワンダフルたちがバランスを崩し、体勢を立て直すのに精一杯だった。

「くっ……!」

 フレンディが踏みとどまりながら、歯を食いしばる。

「このままじゃ、私たちが動けない!」

 リリアンが焦燥感を滲ませる。

 その隙を狙い、シャチゾウガオガオーンが鼻を巻き上げ、強烈な水流を吹き出した。

「ガオガオーン!!」

 狙いは地上のプリキュアたち。

 しかし、空から猛スピードで突っ込む影が、その進撃を止める。

「ふざけるな!」

 シャスールが風を纏いながら鋭い蹴りを叩き込む。

 シャチゾウガオガオーンの攻撃が逸れ、水流は地面を削るだけに留まる。

「やるわね……!」

 ニャミーが目を細める。

 だが、敵はひるまない。

 今度は大きく息を吸い込み、体を覆うように水の膜を纏い始めた。

「これは……!」

 見た瞬間、悟が目を見開く。

 シャスールが再び蹴り込もうとするが、水のバリアに阻まれ、勢いを殺がれる。

 さらに、シャチゾウガオガオーンは後ろ足のヒレを使って俊敏に動き、水を媒介にして高速で滑るように突進する。

「ちっ!」

 シャスールがとっさに上昇し、直撃を避ける。

「アイツ、ただの力押しじゃない……水の特性を活かして、機動力まで上げてやがる!」

 バスケットの中で、大福が奥歯を噛み締める。

「……水……そうか!」

 そのとき、悟がハッと気づいた。

「みんな、あのフューザーガオガオーンはシャチの特性を持ってる!」

 彼の言葉に、プリキュアたちが一斉に視線を向ける。

「シャチは水中では無類の強さを誇るけど、逆に水から離れると弱いんだ!」

 悟の指摘に、フレンディが反応する。

「! じゃあ、水がなければ……」

「うん! 長時間乾燥した環境に置けば、体表がひび割れて動きが鈍るはず!」

「なるほど、あの男、狩人の素質はありそうだ」

 シャスールが悟の洞察力の高さに感心し、ニヤリと笑う。

「ならば、私が上空へ誘導しよう。地上のサポートは任せるぞ!」

 彼女が大きく羽ばたくと、空中で旋回しながらシャチゾウガオガオーンを挑発するように急降下する。

「こっちだ!」

 鋭く風を切りながら飛び込み、敵の頭部へ光の矢を叩き込んだ。

 その一撃で巨体が仰け反る。

「今だ!」

 タイミングを見計らい、悟が叫ぶ。

「水気のある場所に誘導させないように、動きを制限して!」

「オッケー!」

 ワンダフルたちが息を合わせ、一斉に動く。

「はあああ!」

 ニャミーが敵の進行方向に先回りし、蹴りで地面の瓦礫を飛ばして足元を不安定にする。

「リリアンネット!」

 リリアンが光の網を投げ、シャチゾウガオガオーンの片足を絡め取る。

「逃がさないよ!」

 さらに、フレンディがリボンを伸ばし、もう片方の足を押さえつける。

 シャチゾウガオガオーンは荒ぶるように暴れたが、少しずつ動きが鈍くなり始めた。

 ――乾燥の影響が出ている。

「よし!」

 頃合いと見たシャスールは高度を取り、鋭く宙を舞う。

 空中でその身体をしならせ、翼のように広げた腕に力を込めた。

「タロンズ・ダイブ!!」

 その声とともに、彼女の背後に鷹のシルエットが浮かび上がる。

 羽ばたくようなエネルギーが集中し、手元に鋭い光の爪が形作られた。

 一瞬の静寂。

 次の瞬間――シャスールは重力に逆らうことなく、一直線に急降下した。

 猛禽が獲物に狙いを定めるかのような、寸分の狂いもない軌道。

 彼女の瞳は一点を射抜き、確実に目標を捉えている。

 シャチゾウガオガオーンが吼え、抵抗しようとする。

 だが、その巨体はすでに乾燥の影響で動きが鈍っていた。

「終わりだ……!!」

 光の爪が閃き――シャスールの一撃が、獲物の胴を深々と切り裂く。

 エネルギーの余波が渦を巻き、天空から鋭い風が舞い降りたかのごとく衝撃が周囲に広がる。

 シャチゾウガオガオーンが大きく仰け反り、よろめいた。

「ガオガオーン……」

 次の瞬間、その身体が弾けるように闇の霧へと変わり――フューザーガオガオーンは完全に消滅した。

 シャスールはそのまま軽やかに着地し、ゆっくりと背筋を伸ばす。

 こうして、ふれあいパーク内での戦いは――幕を閉じた。

 

「わぁー!! すごかったよ!」

 こむぎが目を輝かせながら、無邪気に歓声を上げる。

「まさか、あなたがキュアシャスールだったなんて……!」

 まゆも驚きの面持ちでかなえを見つめた。

 しかし、かなえは彼女たちの様子に何の感慨も抱かぬように、静かに変身を解除する。

 そして、冷ややかな声で言い放った。

「暢気なものだな。私がいなかったら、今ごろどうなっていたことか」

「何ですって?」

 ユキが即座に眉をひそめ、鋭い視線を向ける。

 かなえはまったく動じることなく、淡々と続けた。

「いいか。お前たちがフューザーガオガオーンを倒せない限り、この町の平和は脅かされ続ける。それは事実だ」

 その言葉に、いろはは胸の奥がざわめくのを感じながら、唇を噛みしめる。

「それはそうだけど……それでも、わたしはガオガオーンを倒すなんてできないよ!」

 声を震わせながらも、いろはは自分の思いをはっきりと口にした。

 かなえは短く息を吐く。

 それは、呆れとも諦めともつかない、静かな嘆息だった。

「別にお前のそういうところを否定するつもりはない。だが、その考えはいずれ身を亡ぼすことになるぞ」

 そう言った後、かなえはじっといろはを見つめる。

 瞳からハイライトが消え、その冷たい光の奥に、深い影が沈んでいた。

「弱いモノは食われる」

 静かな声。だが、その響きは、いろはの胸を鋭く抉った。

 一瞬、全員が息をのむ。

 その言葉が、今の戦いと、その前に起きた大熊牧場の惨劇を鮮明に蘇らせる。

 弱肉強食――それが、自然の摂理だとでも言うように。

 いろはは、何も言えなかった。

 胸に残るのは、戦いの余韻と、割り切れぬ感情。

 誰もが複雑な表情を浮かべたまま、静かに幕が降りた。

 

 

 

 

 

 




登場ガオガオーン
シャチゾウガオガオーン
声:高橋伸也
身長:550cm
体重:不明(推定数十トン)
・特色/力
地上と水中、両方で高い適応力を持つハイブリッドモンスター
強靭な体躯と圧倒的なパワーを誇る
高圧水流による遠距離攻撃とゾウの巨体を活かした近接戦を両立
・特徴
シャチとゾウの融合体。巨大なゾウの体にシャチのような光沢のある黒と白の模様が混じる異形の姿。
背中にはシャチを彷彿とさせる大きな背びれ があり、水流を操る機能を持つ。
頭部はゾウの形状 だが、牙が鋭く発達し、鼻は高圧水流を発射する器官 になっている。
前足はゾウの巨体にふさわしい頑強な造り だが、後ろ足はシャチのヒレを模した特殊な爪を持ち、水中戦にも適応可能。
尻尾の先端は棘付きのハンマー状 になっており、振り回すことで強力な打撃攻撃を繰り出す。
・能力
地上戦能力:鼻による強力な打撃:鞭のようにしなやかに動き、敵を弾き飛ばす。
踏みつけ攻撃:地面を砕き、周囲の敵を一掃する衝撃波を発生させる。
圧縮空気弾:鼻先から高圧の空気を発射し、遠距離の敵を吹き飛ばす。
強固な皮膚と脂肪層による耐久力:物理攻撃への耐性が高く、生半可な攻撃ではダメージを受けない。
水中戦能力(未発動)
高速水流移動:水中では背びれを活かし、シャチ特有の機動力を発揮。
高圧水流攻撃:勢いよく水を噴射し、広範囲の敵を押し流す。
水のバリア:一定時間、体表を水で覆い、攻撃を無効化する防御能力。
・行動
目に入るものすべてを敵とみなし、理性なく暴れ回る。
強靭な肉体とパワーで制圧し、破壊衝動に従って突進を繰り返す。
空気の振動を敏感に察知し、敵の動きを把握するが、シャスールの急襲には対応しきれなかった。
水気のある環境ではより強力な戦闘能力を発揮するが、乾燥状態では機動力が低下する。
・戦闘記録
アニマルタウン・ふれあいパークに突如出現し、暴れ回る。動物園の施設を破壊しながら進撃。
いろはたち・わんぷりメンバーが交戦。ワンダフルとニャミーが先制攻撃を仕掛けるが、強靭な耐久力と圧倒的なパワーで圧倒する。
悟が冷静な観察により、シャチの特性を指摘し、「水がないと弱体化する」ことを見抜く。
フレンディとリリアンが足を拘束し、移動を制限。シャチゾウガオガオーンの動きを鈍らせ、乾燥による弱体化を狙う。
シャスールが空中戦で翻弄し、決定打を狙う。
シャチゾウガオガオーンの機動力が低下したタイミングで、シャスールが「タロンズ・ダイブ」を発動。空中から急降下し、爪を模したエネルギーで切り裂き、撃破に成功。
消滅後、黒い瘴気が霧散し、ふれあいパークの動物たちは解放される。
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