わんだふるぷりきゅあ!!~わんだふる♡わーるど~ 作:重要大事
五月上旬
アニマルタウン 市街地
初夏の陽射しが街並みに降り注ぎ、木々の葉が眩しく揺れる。アニマルタウンの市街地は、ゴールデンウィークの穏やかな空気に包まれていた。カフェのテラス席では飼い主たちが愛犬とくつろぎ、公園では親子連れが多様な愛玩動物と戯れている。
行楽地へ向かう人々の姿もちらほらと見受けられたが、いろはとこむぎはそんな喧騒をよそに、ゆるやかな足取りで歩いていた。
「悟くんから借りてた本、すっかり返すの忘れちゃってたよー」
いろはは手に抱えた本を軽く持ち上げ、苦笑する。
一年前の夏、はじめて悟の家を訪れたとき、彼が「いろはでも読みやすい」と勧めてくれた犬に関する本だった。本当はもっと早く返すつもりだったのに、タイミングを逃し、結局ゴールデンウィークに突入。ようやく今日、返しに行くことになったのだ。
「いろは、悟と大福、おうちにいるかな?」
こむぎが軽く首を傾げながら問いかける。
「多分いると思うよ。ゴールデンウィーク中は特に予定ないって、学校でも言ってたし」
そう答えたいろはだったが、次の瞬間、こむぎの口元が不敵に歪んだ。
「いろは、本を返すのは口実で、ほんとは悟に会いたいだけなんじゃない?」
「うぇ!? そ、そんなことないよ!! というか、いつ口実なんて言葉覚えたの!?」
予想外の指摘に、いろはは大きく目を見開き、思わず足を止める。顔が一気に熱を帯びるのを感じた。
まさかこむぎの口から、「口実」なんて単語が飛び出すとは思いもしなかった。
「いろはが学校に行ってるあいだに、お母さんと勉強して覚えたんだワン! こういうの『名を借りて実を取る』って言うんでしょ?」
こむぎは得意げに胸を張る。その耳と尻尾がぴょこぴょこと弾み、まるで「どうだ!」と言わんばかりの様子だ。
「えっと……その……」
いろはは口ごもり、視線を彷徨わせる。しかし、こむぎはすかさず畳みかけた。
「いろはと悟は、『特別なワンダフル』だもんねー!」
「うぅぅ!!」
恥ずかしさのあまり、いろはは顔を伏せた。耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。こむぎの成長は喜ばしいはずなのに、こんな形で実感することになるとは思ってもみなかった。
一年という歳月は、こむぎを驚くほど成長させたらしい。
一年前、こむぎが人間になれるようになったばかりの頃は、いろはたちと同じ中学校で勉強をしていたものの、当初は「三」以上の数を数えるのも怪しかった。それを思えば、彼女の成長速度は凄まじいものがある。
しかし、それならもう少し別のところで感心させてほしいものだ。こんなふうに、自分の恋心を容赦なく突いてくる形ではなく――。
いろはは少し複雑な気持ちを抱えながらも、手にした本をぎゅっと抱え直し、恋人の家へ向かって歩き出した。
*
アニマルタウン 兎山家
数分後──
いろはとこむぎは、悟の家の前に立っていた。
四角い形状の一軒家。両親とペットの大福とともに暮らすこの家は、アニマルタウンでもひときわ目を引く広さを誇る。
門構えも立派で、庭には手入れの行き届いた植栽が並び、ぱっと見ただけでも、「普通に金持ちが住んでいる感じの家」 という印象を受ける。
ピンポーン! 軽やかなチャイムの音が響く。
(悟くん、何してるかな……急に来たらびっくりしちゃうかな)
いろはは、毎日顔を合わせているとはいえ、アポなし訪問に少しだけ戸惑う。けれど、悟が「いろはちゃん!」と笑顔で迎えてくれる様子を想像し、気持ちを落ち着けながら、扉が開くのを待った。
数秒の沈黙の後、扉がゆっくりと開いた――。
「あ、さと……え?」
嬉々とした表情で悟に声をかけたつもりだった。
だが、そこに立っていたのは、悟ではなかった。
「……なんだ、お前か」
無表情でそう言ったのは、本来この家にいるはずのない人物、鷹目かなえだった。
彼女はエプロンを身につけ、その手は血に染まっている。
「えっ!? か、かなえちゃん!? なんで悟くんの家に!?」
思わずいろはは大きな声を上げた。
驚きというより、完全に予想外の光景に、思考が追いつかない。
――いや、それ以前に。
(……手、血まみれ……!?)
視線が自然と、かなえの手に釘付けになる。
そこには、真っ赤に染まった生々しい血の跡。
こむぎも、ピタリと足を止め、耳をピンと立てた。
「かなえ、なんで悟のおうちにいるの?」
純粋な疑問をそのまま口にするこむぎ。
その無邪気な問いかけが、妙にこの場の異様さを際立たせる。
「? ここにいるのがそんなにおかしいことなのか?」
かなえはまるで何も問題がないかのように、淡々とした口調でいろはとこむぎを見つめる。
「え、いや、おかしいというか……その……。」
何かの冗談かと思いたかった。
けれど、目の前のかなえの表情は至って真剣で、冗談にしてはあまりにも現実感がありすぎる。
それにしても――血のついた手のまま、何の躊躇もなく出迎えるなんて……。
一体何をしていたのか。
嫌な予感が、いろはの背筋をじわりと這い上がるのだった。
「……それ、怪我してるの?」
恐る恐る、いろははかなえの手を指さした。
べっとりと付着した血は、まだ乾ききっていない。
まるで傷口を押さえた直後のように見えるそれを前に、いろはの喉がごくりと鳴る。
「ああ、これは――」
かなえが何かを言いかけた、その時。
「鷹目さん、ちゃんと手を洗ってから――って、え!?」
玄関の奥から、悟の慌てた声が響いた。
悟は、血の付いた手のまま玄関へ向かったかなえに注意しようとしたのだろう。
しかし、まさかの来訪者──いろはとこむぎを目の前にして、彼の動きが完全に固まった。
「いろはちゃん!? と、こむぎちゃん……」
驚愕のあまり、悟の眼鏡がずり落ちかける。
「えっと……悟くん……これは、どういうことなのかな?」
いろはは、困惑した様子で悟を見上げる。
「いや、違うんだよ、これは……」
悟の視線が一瞬泳ぐ。どう説明したものかと頭を抱えかけたその瞬間――
「数日前から、この家で世話になっている」
あまりにもストレートな答えが、かなえの口から淡々と告げられた。
──瞬間。
いろはの目が、黒点になった。
「……へ?」
悟の眼鏡にも、ピシッと細かなヒビが入る。
こむぎの尻尾が、ピタリと動きを止める。
そして数秒の沈黙の後――
「うええええええええええええええ!!!!!」
いろはは、盛大な悲鳴にも似た声を上げた。
*
兎山家 ダイニングルーム
いろはとこむぎは、悟の案内でダイニングへと通された。
こむぎはすぐに大福を見つけると、「わぁーい!」と嬉しそうに駆け寄り、リビングでじゃれ合い始める。
一方、いろははダイニングテーブルの席につき、かなえと向かい合った。
悟は二人の間に座り、どことなく気まずそうな表情を浮かべている。
「すまない。まさかあんなに驚くとは思わなかった」
かなえが、淡々とした口調で言う。
「いや、普通は驚くって……だって、その……」
いろはは言葉を選びつつ、悟とかなえを交互に見やる。
悟もまた、ばつが悪そうに目を逸らしながら、事情を説明し始めた。
「ごめんね。これには深いわけがあって……」
「う、うん……」
いろはは少し緊張しながら、悟の言葉を待つ。
「実はね……」
悟の話によると、数日前のことだった。
たまたま両親が外出先で行き倒れていたかなえを見つけ、保護した。
話を聞けば、住む場所がないとのこと。そこで、同情した悟の両親が「しばらくうちで暮らしたら?」と提案し、かなえもそれを受け入れたらしい。
「……という感じなんだよ」
説明を終えた悟は、少し肩をすくめながらいろはの反応をうかがう。
「えっと……」
いろはは、しばし言葉を詰まらせた後、思わず叫んだ。
「いろいろ急展開すぎるというか……悟くんはそれでいいの!?」
悟は困ったように頭をかきながら、少し考え込むように視線を落とした。
「そりゃ、ボクも女の子と一緒に暮らすって聞いたときは戸惑ったよ。でも……」
思春期の男子として、当然ながら動揺はあった。
しかし、それ以上に──悟は、かなえの境遇に強い同情を抱いていた。
「鷹目さん、この前の無銭飲食に加えて、警察を勝手に脱走した件もあって、街中を迂闊に動き回れないのと……それに、先日のイノシシグマガオガオーンの出現で、見晴山周辺は入山規制がかかっちゃったんだ。その影響で、鷹目さんも狩りがしづらくなったみたいなんだよ」
悟の説明に、いろはは目を瞬かせる。
「まったく、つくづく住みにくい世の中だ」
かなえは腕を組み、どこか不満げに息をついた。
「ただでさえ、この体は動くとすぐに腹が減るのに、プリキュアに変身したら尋常ではない空腹に見舞われるんだ」
「えっ、そんなに……?」
いろはは驚きつつも、かなえの発言が気になった。
たしかに、戦闘後にお腹が空くのはよくある話かもしれないが、尋常ではない空腹とは一体……。
……いや、そもそも。
(それより気になるのは……)
いろはは、ある程度事情を理解した上で、どうしても聞かずにはいられないことを恐る恐る尋ねた。
「あの、かなえちゃん……どうやって警察署を脱走したの?」
その瞬間、場の空気が微妙に張り詰める。
いろはの脳内では、勝手なイメージが先行していた。
──檻を力づくで破壊?
──それとも、警官を昏倒させて脱出……?
かなえの性格からして、そのどちらかとしか思えない。
いろはの問いに、かなえは特に気にした様子もなく、淡々と答えた。
「簡単なことだ」
腕を組み、当然のように話し始める。
「月経が来て、下着が濡れたから厠に行きたいと嘘を吐いた。そのあと、厠の内側の窓を開けて脱出した」
――瞬間、いろはと悟は固まった。
勝手に「檻を力づくで壊した」とか「警官を昏倒させて逃げた」とか想像していたが……想像の斜め上を行く、冷静かつ合理的な手法だった。
「「嗚呼……なるほど」」
二人は、かなえに対する荒っぽい脱走劇を勝手に思い描いていた自分たちを顧みる。
すると、そのタイミングで、こむぎと大福がリビングから駆け寄ってきた。
「ねーねー、げっけいってなにワン?」
こむぎが無邪気に問いかける。
「えっ!?」
突然の直球すぎる質問に、いろはの顔が一気に赤くなった。
「え、えっと、それは……」
どう説明すべきか悩むいろは。
しかし、その隙を突くように大福が、無表情のまま即答した。
「赤ん坊を産む準備をするためのものだな。いろはだってな――」
と、まだ何か続けようとしたが――
「うわあああああ!!! わああああ!!!」
悟は顔を真っ赤にしながら、大福のワイルドで刺激的な発言を全力で遮った。
「二人とも……なぜそんなに騒ぐ?」
かなえは、悟といろはの過剰な反応を不思議そうに眺める。
悟は顔を覆い、いろはは真っ赤になったまま視線を泳がせた。
その様子を見て、かなえは軽く首を傾げた。
――と、そのとき。
ふと、何かを思い出した。
「おっと、すっかり忘れていた。せっかくだ、みんなであれを食べよう!」
そう言うや否や、かなえは鼻歌を歌いながらキッチンの方へ向かっていった。
いろはは、かなえの背中を見送りながら、悟にそっと耳打ちする。
「ねえ、あれって何?」
悟も困ったように肩をすくめる。
「ボクも詳しくは聞いてないけど、お世話になってるお礼にって、ジビエ料理を振る舞ってくれるって言ってたよ」
「……あっ!」
その言葉を聞いて、いろはの頭の中で、血塗れのエプロン姿のかなえが思い浮かぶ。
「それで血まみれだったんだ……」
ようやく合点がいき、いろはは小さく息をついた。
すると、キッチンから肉の焼ける香ばしい香りが漂い始める。
「わぁ~、いい匂いする~!」
気づけば、こむぎは人間の姿になっており、そのまま無邪気に食卓へ駆け寄る。
「はやく食べたーい!」
いろははそんなこむぎを横目に、兎山家のキッチンで料理をするかなえの背中を見つめる。
あたかも自分の家のようにくつろいだ雰囲気のかなえ。
調理の手を動かしながら、リズムよく鼻歌を歌っている。
けれど、その姿を見れば見るほど、いろはの胸にはわずかな違和感が募っていく。
(かなえちゃん……本当にここに住んでるんだね……)
まるで当たり前のように、この家の空間に馴染んでいる。
悟の隣に座ることすら、特別なことではないように。
──何かが引っかかる。
「いろはちゃん?」
ふと、悟が心配そうに声をかけた。
彼の表情には、いろはの様子を気にかける色があった。
けれど、それはあくまで「少し元気がない」ことを気にしている程度のもので、彼女の抱える違和感や不安の本質までは捉えていない。
このときの悟は、まだ事の重大さに気づいていなかった。
そうこうしているうちに、料理を終えたかなえが、大皿に何かを載せてテーブルへと運んできた。
次の瞬間――
「うわぁ!?」
こむぎが思わず飛び上がった。
キッチンから漂ってきた肉の焼ける香ばしい匂いに、期待に胸を膨らませていたはずだった。
だが、目の前に並べられた料理のインパクトがあまりにも強すぎた。
「こいつは……豪快だな……」
大福も目を細めながら唸るように呟いた。
いろはと悟は思わず顔を見合わせる。
大皿の上には、手のひらサイズほどもある、巨大な心臓の丸焼きが串に刺さったまま、どんと中央に置かれていた。
そして、かなえは誇らしげに言い放つ。
「さあ、食べてくれ! これは新鮮なクマの心臓を丸焼きにしたものだ!」
「「…………」」
悟といろはは、完全に固まった。
(い、今……なんて……?)
(クマの心臓って、言ったような……)
耳を疑ういろはと悟をよそに、かなえはすでに自ら豪快にかぶりついていた。
「うまい!! 噛めば噛むほど血の味がする!」
あまりに衝撃的な感想に、いろはの目がぱちくりと瞬く。
「お、おいしいの……?」
「当然だ! 心臓は力の源だからな!」
そう言いながら、かなえは世話になっている家の人間である悟へ、自分が齧った心臓を差し出した。
「ほら、兎山もがっといけ」
悟は戸惑いながらも、かなえの期待を感じ取ったのか、意を決して手を伸ばす。
「えっと、じゃあ……いただきます」
そう言うと、悟は意を決して口元へと運んだ。
慎重に噛みしめる。
口の中に広がる独特の風味を確かめながら、ゆっくりと飲み込んだ。
「……うん、意外といけるかも」
「えぇぇぇぇぇ!?」
聞いた瞬間、いろはが思わず叫ぶ。
「ほんとに!?」
こむぎも驚いた顔で悟を見上げる。
「無理すんなよ、悟」
大福までもが心配そうに呟くのだった。
「思った通りだ。お前は見所がある。ならば、これもいけるはずだな」
悟が心臓を食べてくれたことに、かなえは満足げに頷いた。
そのままキッチンへ向かうと、すぐに次なる料理を運んできた。
「そら!! 今度はクマの血で作った腸詰だ。うまいぞー」
かなえは堂々とそう言いながら、大皿をテーブルに置く。
その上には、黒々とした腸詰がずらりと並んでいた。
小腸を裏返して水で洗い、熊の腹腔に溜まっていた血をそのまま流し込み、ボイルすることでできあがる一品。
いろはの手が、ピタリと止まる。
「……真っ黒な、ソーセージ?」
箸でつまみながら、慎重に凝視する。
「ブラッドソーセージって言ってね、ヨーロッパや東アジアの牧畜が盛んな地域では割とポピュラーな料理だよ」
悟が補足すると、いろはとこむぎは顔を見合わせた。
――恐る恐る、一口。
噛みしめるたびに広がる、独特の血の味わい。
そして、二人の口から出た感想は――
「うぅ……鼻血を食べてる気がする……」
「なんというか……レバーの茶わん蒸しって感じ……」
こむぎは思わず苦い顔を浮かべ、いろはも眉をひそめる。
「いつフューザーガオガオーンとの戦いがあるかわからん。しっかり精をつけるべきだ」
かなえはきっぱりと言い放つ。
一方、悟は二人の微妙な反応を見つつ、自分も試してみることにした。
慎重に口へ運び、ゆっくりと味わう。
「うん……!? ボク、結構好きかも」
あっさりとした感想が飛び出し、いろはは思わず目を見開いた。
(悟くん……こういうのも全然平気なんだ……)
意外な一面を見た気がして、心の中に小さな違和感が残る。
ワイルドな料理を食べ終え、後片付けも済んだ頃、悟はまだ興奮気味だった。
「まさかクマの心臓を食べることになるとは、さすがに思わなかったよ。でも鷹目さんのお陰で、動物のことをまた一つ知ることができたよ。こういうのは本やネットじゃ得られない貴重な経験だからね」
それを聞き、かなえは満足げに頷く。
「経験に勝るものはない。だが、私も前回の戦いで己の慢心を痛感した。兎山が教えてくれたヒグマの特性で、自分を見つめ直すことができた」
「大したことじゃないよ。でも、鷹目さんみたいな狩人でも、知らないことがあるんだね」
「当然だ。私は実戦から学ぶが、学者の視点から見る動物の生態にはまた別の価値がある」
かなえは言葉を切ると、真っ直ぐに悟を見据える。
「兎山、お前は狩人である私と見ているものが違うが、それぞれに学ぶべきものがある」
「……そう言ってもらえると嬉しいな」
悟は穏やかに微笑みながら、照れくさそうに頬を掻いた。
「そういえば、鷹目さんは動物のどんな行動を一番重視してる? 狩りをする上で、一番大事な要素って何かな?」
かなえは一瞬、考え込むように目を細めると、静かに口を開いた。
「警戒心の強さだな。獲物がどこに気を配り、どう動くかを読むことが、狩人にとっては最も重要だ」
「なるほど……じゃあ、たとえばヒグマは?」
「ヒグマは視力が弱いが、嗅覚は非常に鋭い。風向きを計算せずに近づけば、すぐに気づかれる」
「たしかに。クマは基本的に匂いと音で環境を把握するから、目が合ってなくても気づいてることがあるんだよね」
悟は納得するように頷いた。
「逆に、動物の視覚に関する面白い話もあるよ。たとえば、犬や猫は人間ほど色を認識していなくて、特定の色しか区別できない。犬は青と黄色が識別しやすいけど、赤や緑はぼんやりとしか見えないんだ」
「ふむ……それは興味深いな」
かなえは少し前のめりになり、興味を示す。
「あと鳥類の中には、人間には見えない紫外線を感知できる種類もいるんだ。たとえばタカやワシのような猛禽類は、紫外線を利用して獲物の痕跡を追うんだよ」
「それは知らなかったなー」
かなえは深く頷き、思考を巡らせている様子だった。
そして、そのまま二人の会話は続いていく。
まるで二人だけの世界。
知識を交わし合い、意見が噛み合い、話に夢中になっている。
いろはは、その輪に入る余地を見つけられなかった。
(……これ、わたしが間に入る余地、ない……?)
同じ動物好きとはいえ、造詣の深さでは二人には及ばない。
それだけならまだしも、悟は完全にかなえとの会話に夢中になっている。
(……悟くん、わたしといるときより、楽しそう……?)
ベクトルは違えど、自分と同等以上の知識を持つかなえとのやり取りに、楽しそうに引き込まれていく。
いろはのことなど、眼中にないように。
(……もしかして、悟くんは、わたしじゃなくて、かなえちゃんのほうが……?)
そのとき、悟が無邪気な笑顔を浮かべる。
「!!」
その瞬間――
いろはの心の奥で、何かが崩れる音がした。
胸の奥がひどくざわつく。
言葉にならない、得体の知れない不安が広がっていく。
「……ごめん、わたし帰るね」
いろはは顔を伏せたまま立ち上がる。
そして、そのまま逃げるように玄関へ向かった。
「え、もう?」
悟が驚いた声を上げるが、いろはは小さく頷くだけだった。
「うん…………」
いろはの様子に、悟は違和感を覚えながらも、話に夢中だったため深く考えられない。
「帰るよ、こむぎ」
「え!? いろは……!?」
突然の言葉に、こむぎは目を丸くした。
ほんの数分前まで、普通に食事をしていたはずなのに――。
いろはは俯いたまま、黙々と靴を履く。
その手はどこか震えていて、焦りを隠すように急いで動く。
悟とかなえは一瞬ポカンとしたまま、その背中を見送った。
違和感はある。けれど、それがどれほどのものかまでは、二人にはまだ分からない。
こむぎは戸惑いながらも、慌てて後を追いかけた。
玄関のドアが開いた瞬間、こむぎはふと振り返る。
「えっと……悟ー、大福ー、あとかなえもバイバーイ!」
笑顔を作り、軽く手を振るこむぎ。
だが――
その横で、いろはは一度も振り返ることなく、ただ無言で外へと足を踏み出した。
玄関のドアが閉まる音が、やけに重く響いた。
沈黙が落ちる。
「いろはちゃん……」
ようやく悟がぽつりと呟く。
しかし、その声は当のいろはにはもう届かない。
かなえは腕を組みながら、玄関に視線を向けたまま言う。
「急にどうしたんだ? もしかして、都会暮らしのあいつにクマの血が合わなかったか?」
かなえが何気なく言う。
しかし――
「……そういうことじゃねーんだよな」
見当はずれな解釈に、大福は深く息をついた。
その言葉には、呆れではなく、どこか重みがあった。
悟は、ようやく違和感を覚え始める。
*
アニマルタウン 川沿い
静かな水音が響く川沿いのベンチ近く。
陽が傾き始めた空の下、いろはは石の上に座り、膝を抱え込んでいた。
小さく丸まった肩が、時折震える。
「かなえちゃんが悟くんといるのが、こんなに辛いなんて……」
そう思った瞬間、自分でもこの感情の正体が分からなくなった。
――ただ、胸が痛い。
どこかへ行きたいのに、どこにも行けない。
そんな不安が、波のように押し寄せる。
そばで、こむぎが尻尾を振りながら寄り添った。
「いろは、大丈夫?」
「うん……ありがとね、こむぎ……」
いろはは、小さく微笑んでみせた。
――でも、その瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
こむぎはそっと寄り添い、静かな水音だけが周囲に響いていた。
その頃、少し離れた川沿いの道を、ユキとまゆが並んで歩いていた。
「まったく……なんだって、こんなに大量に買い込むのかしら」
ユキがため息混じりにショッピングバッグを抱え直す。
「だって、試着したらユキがどれも似合うって」
まゆは、どこか嬉しそうに微笑みながら、隣を歩くユキを気遣うような眼差しで見つめた。
「仕方ないじゃない。まゆは何を着ても似合うんだから」
「えぇー、うれしい! ユキ、それ褒めてくれるの!?」
「事実を言ったまでよ」
そんな他愛ないやり取りを交わしながら、川沿いの道を歩く二人。
「あれ?」
ふと、まゆが足を止めた。
視線の先には、石の上で体育座りをしているいろはの姿。
そばには、こむぎが寄り添っている。
「いろはちゃん……? こむぎちゃんも?」
まゆの声に、ユキも視線を向ける。
どこか普段と違う雰囲気を感じた二人は、無意識のうちに歩みを速めた。
「二人とも、どうしたの?」
ユキがそっと声をかける。
その瞬間、こむぎが顔を上げ、ホッとしたように声を張った。
「あ、いろは! ユキにまゆワン!」
まるで地獄に仏とでも言わんばかりの安堵した表情。
いろはも、二人の存在に気づき、ゆっくりと顔を上げた。
「こんなところで何してるの?」
まゆが心配そうに尋ねる。
いろはは、一瞬だけ迷った。
――どうしよう。
このまま何も言わず、笑ってごまかした方がいいのかもしれない。
でも――
「……まゆちゃん、ユキちゃん……」
気がつくと、言葉がこぼれていた。
そして――
涙が零れ落ちた。
「えっ!? いろはちゃん!?」
まゆが驚いたように声を上げる。
その瞬間、いろはは堰を切ったようにまゆへ飛び込み、ぎゅっと抱きついた。
「わたし、どうしたらいいのか分からないよ……!」
押し殺していた感情が、一気に溢れ出した。
いろはは、藁にもすがるようにまゆとユキに悟とかなえのことを打ち明けた。
話を聞いた直後――
まゆの顔色が、みるみるうちに青ざめていく。
「え……う、ウソ……でしょ……?!」
ぽつりと呟いたその声は、かすれ、震えていた。
目は虚ろになり、口は半開きのまま動かない。
そして――
「いやいやいやいや!!! ありえないから!!!???」
肩をガクガクと震わせながら、目を剥き、叫ぶ。
「思春期の男女が同じ屋根の下で、どどどどどどど同棲生活!!!!?????」
言葉の勢いに合わせて、両手を頭に抱え、左右に揺れる。
そのまま、地面に膝をつき、天を仰いで絶叫。
「神よ―――ッ!!! あなたはなんて残酷なことをするの―――ッ!!!」
まるで、世界の終焉でも目の当たりにしたかのような表情。
「……相変わらず、反応が大げさね」
ユキはそんなまゆを横目に見ながら、ため息混じりに呟いた。
そして、冷静な口調でいろはへ問う。
「でも意外だわ。いろはも、あのかなえって子にジェラシーを抱くなんて」
「ジェラシー……なのかな?」
悟と違い、恋愛経験の少ないいろはにとって、この胸の奥がざわつくような感情が何なのか、はっきりとは分からなかった。
「でも、悟くんとかなえちゃんが楽しそうにしているのを見ていたら、なんだか心がガルガルして、ぜんぜんワンダフルな気分じゃなくなるんだよ……」
いろはは、自分なりの言葉で正直な気持ちを伝えた。
すると、この直後――。
「あのメガネ野郎ォォォォォォォォ!!!!!!!」
突然、荒れ狂うようにまゆが怒りを爆発させた。
まゆの表情が、普段のほんわかした雰囲気から一変。
目は血走り、歯を剥き出し、髪は逆立たんばかりの勢い。
「ひっ!? まゆちゃん!?」
いろはとユキが、本気で怯えた声を上げる。
「いろはちゃんという恋人がいながら、他の女とイチャコラしやがってぇぇぇ!!!」
まゆの拳がブルブルと震える。
「わたしとユキが折角お膳立てして、いろはちゃんとの仲を結んで紡いで繋げてやったのに、その恩を仇で返すとは……これは強烈な制裁が必要ね!!!」
拳を握りしめ、今にも悟を見つけて殴りに行きそうな勢いで立ち上がる。
「ち、違うのまゆちゃん! そういうんじゃ……!」
慌てていろはが制止しようとするが――。
「まゆ、一旦落ち着きなさい!!」
ユキが肩を押さえる。
だが、止まらない。
「落ち着いていられるもんですか!!! だって、同棲だよ!!!」
まゆの顔が怒りで真っ赤になり、鼻息も荒い。
「いくらレギュラー男子でも、恋人を差し置いて非公式のオリキャラとそんなことしていいと思ってるの!?!」
普段のまゆからは考えられない、粗暴な言葉が飛び出した。
一気に場の空気が緊迫する。
怒り心頭のまゆを、いろはとユキが必死に宥めようとしている最中。
そのやり取りを遠巻きに眺めていたこむぎの目が、ふと輝いた。
「わぁ~、ちょうちょ~!」
風に乗って舞う蝶。
その優雅な姿に惹かれるように、こむぎはふらりと歩き出した。
まゆの怒号と、いろはとユキの必死の制止に夢中になっていた三人は、こむぎの動きに気づかない。
細い足音が、夕暮れのざわめきに紛れて消えた。
――ふと。
「あれ?」
いろはが違和感を覚え、周囲を見渡した。
しかし、すぐそばにいたはずのこむぎの姿が、どこにも見当たらない。
「……こむぎ、どこ行ったの?」
ユキの静かな声が響く。
まゆもまた、不思議そうに辺りを見回した。
いつの間にか、こむぎは川の縁に身を乗り出していた。
夢中で蝶を追いかけていた視線が、ふと、水面へと落ちる。
水面の下に、黒い影が揺れていた。
「?」
こむぎは首を傾げる。
影はゆっくりと広がりながら、じりじりと彼女の方へと近づいてくる。
小さな波が水面に広がった。
それでも、こむぎは蝶に意識を奪われたまま、さらに身を乗り出す。
――その瞬間。
水面が僅かに揺れた。
さざ波が広がり、静かだった水鏡に不穏な気配が差し込む。
こむぎの視線が、何かに引き寄せられるように下へ向いた。
川の奥深く、闇のように黒い影がゆらめいていた。
それは、ただの水草の塊ではなかった。
ゆっくりと、確実に、こちらへ向かっている。
こむぎは目を細め、もう少し近くで見ようとした、次の刹那。
水の表面が割れた。
静かだった流れを切り裂くように、巨大な顎が水中から現れる。
鋭利な歯が光を反射し、その奥に広がる暗闇が、捕食のために開かれた口の存在を際立たせる。
「ワン……!?」
こむぎの体が硬直した。
後ずさろうとしたが、足が泥に取られ、バランスを崩す。
直後、背後で誰かが叫んだ。
「こむぎ!? 何してるの……!!」
いろはの声に、こむぎが振り向く。
その瞬間。
水面が不気味に波打ち、黒い影が迫る。
「こむぎちゃん!!」
「逃げて!!!」
まゆとユキの悲鳴が重なる。
「危ない!!!」
こむぎは咄嗟に跳び退った。
しかし、その刹那――
視界を覆う水滴の向こうから、巨大な顎が牙を剥き、獲物を狙うかのように躍り出る。
避けきれず、こむぎの足元がすくわれた。
「わうぅぅぅ!!」
泥と水にまみれ、地面に投げ出される。
「っ!! こむぎ!!」
いろはが駆け寄ろうとする。
だが、その場にいた誰もが、こむぎではなく、水の奥から姿を現す異形の影に釘付けになった。
まゆは硬直し、引きつった声を漏らした。
「……え、なに今の……!?」
ユキの声がかすかに震える。
「あんな魚……見たことない……」
水面が揺れ、黒い巨影がゆっくりと姿を現す。
体長は優に二メートルを超えていた。
水の中に漂いながらも、その圧倒的な存在感は、まるでアニマルタウンの水辺を支配する王のようだった。
冷たい瞳が光り、獲物を見定めるように鋭い牙をのぞかせる。
ゆっくりと水を切り裂くように動くその姿は、どこか獰猛な美しささえ感じさせた。
こむぎの体が細かく震える。
「……び、びっくりしたワン……」
本能から来る恐怖を抱き、かすれた声でそう呟く。
いろはが息を呑み、目を見開いた。
「……もしかして、アリゲーターガー……?」
まゆが驚いたように問い返す。
「アリゲーターガー?」
いろはは、頭に浮かんだ知識を整理しながら答える。
「肉食の外来種でね……ペットとして飼われていたのが捨てられて、川で繁殖したんだって……。そのせいで、在来種の生態系が壊されてるって……悟くんが言ってた……」
ユキが忌々しげに魚影を見つめる。
「迷惑な話ね。ひと様の土地に勝手に入り込んで、我が物顔するなんて」
その言葉に、いろはの胸がざわめいた。
(――かなえちゃんも、こうして突然、悟くんのそばに現れて……)
いろはの脳裏に、悟とかなえが並んで楽しげに語り合う光景が蘇る。
(それって……まるで……)
いろはの心を嘲笑うかのごとく、アリゲーターガーが静かに水を滑るように動く。
*
アニマルタウン 某所
西日が傾き始め、街は夕暮れに染まりつつあった。
道路のアスファルトはまだ昼の熱を帯びているが、空気はどこか冷え始めている。
その舗道の上――。
血に塗れ、ぐったりと横たわる一匹のアライグマ。
『……ククク……実ニ興味深イデス……』
どこからともなく響く、不気味な声。
それは、耳に届くというより、心の奥底に直接囁きかけるような響きだった。
道路の端では、市の職員が車を止め、無言でアライグマの死骸を処理しようとしていた。
――しかし、その瞬間。
アスファルトに滲んでいた血が、まるで生き物のように蠢き始める。
黒く、粘り気のあるもやが、亡骸を包み込むように広がっていく。
職員は眉をひそめ、一歩後ずさる。
「……な、んだ……?」
影が揺れ、肉の繊維が再びつなぎ合わされるかのように、アライグマの体がひくりと痙攣する。
その場に漂う空気が、一気に冷たくなった。
『……闇ニ潜ミシ怨念ヨ、形ヲ成セ……』
声が、まるで祝福するかのように響いた。
「ガオガオーン!!」
次の瞬間――。
黒いもやの中から、異形の獣が目を覚ました。
*
アニマルタウン 川沿い
「!! ワン!!」
こむぎが突然、耳をピンと立て、低く唸る。
その瞬間、ユキの瞳が鋭く細められた。
「……この感じ!」
二人のこの反応――それはすなわち、ガオガオーンの出現を意味していた。
いろはとまゆも、無意識に息を呑み、身構える。
そのとき、不穏な空気を裂くように、まゆのスマートフォンが振動した。
画面には「メエメエ」の名前が表示されている。
まゆは眉をひそめ、すぐに通話ボタンを押した。
「もしもし、メエメエ?」
スピーカー越しに、緊迫した声が飛び込んでくる。
『新たなフューザーガオガオーンが現れました! すぐに向かってください!!』
その一言と同時に、いろはの全身に冷たい戦慄が走る。
鼓動が強く脈打ち、無意識に手が握りしめられる。
*
アニマルタウン 海風公園
水面が不気味に揺れる。
空はすでに不吉な闇に包まれ、冷たい風が吹き抜ける。
次の瞬間――
対岸の木々が轟音とともになぎ倒された。
粉塵が舞い上がり、その隙間から異形の怪物が姿を現す。
名をザリガニミンクガオガオーン。
ミンクのしなやかな体躯に、ザリガニの異様な甲殻をまとった怪物。
深紅の甲殻が光を弾き、鋭く尖った牙が獲物を捕らえる準備をしているかのように開かれる。
しなやかに伸びる尾は、ムチのようにしなり、そして――
巨大なハサミが鈍い光を帯びながら、不気味に開閉する。
現場へ駆けつけたわんぷりメンバーは、その異形に息を呑んだ。
これまでのフューザーガオガオーンとは明らかに異質――まるで別格の存在感を醸し出す。
「うぇぇ……なに、あれ……!!」
こむぎの声が震える。
「おいおいおい……いきなりラスボスみたいなの出てきたぞ……!?」
悟が抱えるバスケットの中で、大福が冷や汗を垂らしながらぼやく。
対岸の獣がゆっくりと動き、闇の中で甲殻がきしむ音が響く。
闇に溶け込むかのように、巨大なハサミがゆっくりと開閉する。
その緊張感を切り裂くように――
かなえが、一歩、前へ出た。
「魑魅魍魎。この世界を貴様の好きにはさせんぞ」
凛とした声が場に響く。
その言葉を合図に、いろはたちは迷いなくプリキュアへと変身する。
「ガオガオーン!!」
ザリガニミンクガオガオーンが咆哮した瞬間、
重圧のような衝撃波が大気を揺らし、甲殻を擦る音が金属を削るような不快な響きを放つ。
次の刹那――
轟音とともに、水面が弾けた。
蒸発する水が霧のように舞い、湿気を含んだ熱気が辺りを包み込む。
地面が震え、大地に亀裂が走る。
弾け飛ぶ泥水が視界を奪い、わんぷりメンバーとシャスールの足元が大きく揺れる。
「きゃあっ!!」
「くっ……!!」
この場のすべてを支配するかのような圧倒的な存在感。
戦場が、完全に敵の領域となりつつあった。
「みなさまー!」
遠くからメエメエの声が響く。
「悟、あれは何の動物の組み合わせだ!?」
大福が鋭い声を飛ばす。
「ちょっと待って……多分、あのフューザーガオガオーンの特徴からして……アメリカミンクとウチダザリガニが元になってるんだとは思う」
悟は素早く思考を巡らせ、敵の正体を分析する。
「アメリカミンクは水辺に適応した素早いハンターで、狩りの際は俊敏な動きで獲物を捕らえる。だからこっちもスピードで対抗するしかない……!」
「それなら……!」
フレンディは即座に決断し、フレンドリータクトを振るった。
「ヘルプ! キラリンアニマル! ライオン!」
キラリンライオンの脚力を得た彼女の体に、一瞬で力が漲る。
「よし、行くよ!」
勢いよく地を蹴り、フレンディはザリガニミンクガオガオーンへ向かって駆け出そうとする。
「!! 待って、フレンディ!!」
しかしそのとき、悟が慌てて叫ぶ。
「ザリガニのハサミは強力だけど、それ以上に警戒すべきはその防御力なんだ! 甲殻が異常に硬いから、迂闊に正面から突っ込んでも攻撃が通らない!! それに……!」
だが、彼女は止まらない。
フレンディが飛び出した、その瞬間――
「ガオガオーン!!」
ザリガニミンクガオガオーンの巨大な鋏が振り上げられ、次の瞬間、フレンディめがけて振り下ろされる。
「きゃ……!!」
フレンディは間一髪で跳び退くが、完全に回避しきれず、鋭い衝撃波が頬をかすめる。
「フレンディ!!」
ワンダフルが悲鳴を上げた。
その瞬間――。
シャスールが即座にタロンボウガンを構え、フレンディの前に立ちはだかった。
「軽挙妄動。無茶しすぎだ……!」
険しい表情のまま、正確無比な狙撃でガオガオーンを牽制し、フレンディを戦線から引き離す。
「フレンディ! 大丈夫!?」
リリアンが心配そうに駆け寄る。続いてワンダフルとニャミーも傍に寄るが――
「お前な……なぜ兎山の話を最後まで聞かなかった!? 死ぬつもりか!?」
シャスールが容赦なく一喝する。
「ごめん……わたし……そんなつもりじゃ……」
叱責の言葉が胸に刺さる。
そして、何よりも、悟の言葉すら聞かず突っ走った自分に愕然とする。
「ガオガオーン!!」
直後、ザリガニミンクガオガオーンがハサミを振りかざし、威嚇の咆哮を上げる。
その中で、シャスールは冷静に打開策を求めて悟に問う。
「兎山! 打開策はあるか!?」
問いに対し、悟は即座に頷いた。
「ザリガニの甲殻は硬いけど、関節部分は脆い! そこを狙えば攻撃が通るはずだ!」
「なるほどな……的確な指示だ」
シャスールは、軽く目を細める。
そして、口元をわずかに緩め――
「やはりお前は頼りになるな」
静かに、だが確かな言葉でそう言った。
その瞬間――フレンディの胸の奥が、わずかにざわついた。
(……え? なんで?)
悟の助言を素直に受け止め、冷静に評価するシャスール。
彼女の中では当然の反応なのだろう。
――けれど、それが無性に気に入らなかった。
(なんでアタシ……こんな気持ちになってるの……?)
フレンディは自分でも説明のつかない違和感に戸惑いながら、無意識に拳を握りしめる。
「シャスール! こっちは任せて!」
ワンダフルとニャミーが、キラリンライオンの力を発動し、脚力を強化する。
「ライオンの脚力を舐めないでちょうだい!」
ニャミーが鋭く笑い、地を蹴る。
超高速のステップで敵の視界を撹乱しつつ、ワンダフルと連携して隙を作る。
「行くよ、ニャミー!」
「ええ!」
ワンダフルとニャミーが息を合わせ、一気にザリガニミンクガオガオーンの動きを封じる。
ニャミーがキラリンアニマルの力で脚力を強化し、素早いステップで敵の視界を攪乱。
ワンダフルが正面から突進し、ザリガニミンクガオガオーンの動きを牽制する。
その隙を見計らい――
「リリアンネット!」
リリアンが複数の網を展開し、敵の足元に絡ませる。
「ガオガオーン!?」
ザリガニミンクガオガオーンの四肢が捕らえられ、一瞬、動きが鈍る。
「シャスール、あとはお願い!」
「了解した」
シャスールが冷静にタロンボウガンを構える。
照準は、敵の装甲の隙間――関節部分。
狙いを定め、一気に引き絞る。
鋭い矢が一直線に飛び、ガオガオーンの関節を正確に貫く。
甲殻が砕け、ガオガオーンが激しく咆哮した。
「ガオガオーーン!!!」
怨念の波動があたりに広がるが、シャスールは迷いなく止めの一撃を放つ。
「ハンターズ・フレア!!」
特殊なエネルギーを込めた矢を高く射ち上げる。
刹那。光が炸裂し、浄化の閃光が戦場を包み込む。
「ガオガオーン……」
ガオガオーンの体が光に飲み込まれ、絶叫とともにその姿が消えていった――。
戦いを終え、わんぷりメンバーが集合する。
夕陽が傾き、戦場の熱気がゆっくりと冷えていく。
悟がいろはのそばへと駆け寄り、心配そうに声をかけた。
「いろはちゃん、大丈夫?」
しかし、いろはは俯いたまま、拳をぎゅっと握りしめていた。
その肩が小さく震えている。
「いろは、どうしちゃったの……?」
こむぎが不安げに覗き込む。
「そうね。あなたらしくなかったわね」
ユキも、いろはの様子を訝しむ。
その一方で、かなえは腹を押さえながら小さく呻いた。
「うぅ……やはり変身後は腹が減る。早く帰って何か食わねば……」
そう言うや否や、そそくさと兎山家へと戻っていく。
悟は苦笑しつつも、なおも無言のままのいろはを気遣い、優しく声をかける。
「とりあえず、怪我がなくてよかった。あとで鷹目さんにはお礼を言っておいた方が良いよ」
――その瞬間。
いろはの中で、何かが音を立てて崩れた。
耐えきれなかった。
これ以上、悟の口からかなえの名を聞きたくなかった。
「……どうして、どうして悟くんはかなえちゃんのことばかり話すの?」
抑えきれない想いが、口をついて出る。
「え?」
悟が驚いたように瞬きをする。
「わたしは……わたしは悟くんにとっての特別じゃないの?」
「いろはちゃん、何言って……」
悟が戸惑いながら手を伸ばしかける――が。
いろはは涙を堪えきれず、声を震わせた。
「悟くんのバカ!!!」
それ以上、耐えられなかった。
悟から目を逸らし、全力で駆け出す。
「いろはちゃん!!」
悟が思わず叫ぶ。
「いろは様、どうなさったんですか!?」
メエメエもただならぬ雰囲気に動揺する。
「お、お、お、お……恐れていたことが現実に……これは、破局の危機!??」
まゆは真っ青になり、頭を抱え込む。
「いろはー!! 待ってよー!!」
こむぎが慌てて後を追うが――いろははもう、聞く耳を持たなかった。
登場ガオガオーン
ザリガニミンクガオガオーン
声:高橋伸也
身長:380cm
体重:不明(推定数十トン)
・特色/力
アメリカミンクとウチダザリガニの特性を融合させたフューザーガオガオーン。
ミンクのしなやかな体躯と驚異的な脚力、ザリガニの甲殻と鋭いハサミを併せ持つ。
水陸両用の適応能力を有し、俊敏な動きと強力な捕食攻撃を駆使して獲物を仕留める。
特に、巨大な鋏の一撃は鋼鉄をも断ち切る威力を誇る。
・特徴
体表は深紅の甲殻に覆われ、異様な光沢を放っている。
ミンクのしなやかな四肢と長い尾を持ち、動きが俊敏。
ザリガニ由来の巨大な鋏が両腕にあり、捕獲・攻撃の両方に使用可能。
目は不気味な黄色で、暗所でも周囲を正確に把握できる。
乾燥を嫌い、湿度の高い環境を好む。
水辺では素早く動き回り、陸上ではミンクの筋力を活かした跳躍を見せる。
・能力
ザリガニの鋏を活かした強力な斬撃攻撃。並の防御を容易に貫通する。
ミンクの脚力を活かし、空中からの奇襲を繰り出す。高所への移動も容易。
体内に蓄えた水を高速で噴出し、視界を奪いながら敵の動きを封じる。
甲殻の強度を一時的に上昇させ、物理攻撃をほぼ無効化する。
・行動
湿地帯や河川の支配
水辺を縄張りとし、侵入者を執拗に追い詰める。
奇襲型の捕食行動
隠れた状態から一気に飛びかかり、鋏で相手の動きを封じる。
機動力を活かした翻弄
戦場を自在に駆け巡り、捕らえづらい立ち回りを得意とする。
・戦闘記録
夕刻、海風公園付近の川沿いで突如出現。水を操りながら襲撃を開始。
わんぷりメンバーが応戦。ワンダフルとニャミーが素早い動きで翻弄し、リリアンがネットを用いて拘束。
シャスールがタロンボウガンで関節部分を狙い、装甲の弱点を突く。
フレンディの勇み足による暴走 → シャスールが救出し、冷静な判断を促す。
ザリガニミンクガオガオーンが甲殻硬化を発動し、攻撃を無効化。
悟の助言により、シャスールが関節部への攻撃を強化。
《ハンターズ・フレア》 によるフィニッシュ技で滅却される。