わんだふるぷりきゅあ!!~わんだふる♡わーるど~   作:重要大事

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第7話:痛すぎてヤバい!

五月中旬

アニマルタウン 兎山家

 

 朝の兎山家。キッチンでは、居候中の鷹目かなえが無言で水を飲んでいる。しかし、その様子はどこか普段と違っていた。

「……ふぅ……」

 コップを置いたかなえは、僅かに息を吐く。

 プリキュアとしてフューザーガオガオーンとの戦いを始めてから、まだ一か月も経たない。

 だが、彼女は確かに、僅かな違和感を覚え始めていた。

 何とはなしに腕を捲る。

 そこには、紫色の痣のようなものが浮かび上がっていた。

「…………」

 一瞬、彼女の瞳がかすかに揺れる。

 しかし、それが何を意味しているのか、今の彼女には分からない。

 そのとき、二階から降りてきた人間態の大福が、じっとかなえを見つめた。

「お前、なんか顔色悪くねえか?」

 かなえは微かに眉を寄せるが、すぐに表情を戻す。

「……腹が減ってるからだろう」

 そう言って誤魔化しつつ、かなえはひとまず腹の虫を宥めすかせるために冷蔵庫を開く。

 そこには、彼女が自分のために残していたカレーがあった。

「おいおい……またそれかよ。さすがに、そろそろヤバいんじゃねえの?」

 大福はカレーの容器を見て顔をしかめる。鼻をひくつかせながら、どこか嫌な予感を覚えた。

 かなえは眉をひそめるが、表情は変えずに答える。

「……カレーはな、時間を置くほど旨くなるんだ。兎山もそう言っていたぞ」

「だからって、限度があるだろうに……。ま、せいぜい腹を下さねえようにな」

 大福は腕を組みながらぼやくが、その視線は冷蔵庫の奥に向けられていた。

 わずかに漂う異臭――いや、ほんの微かな違和感。

 大福は鼻を近づけて匂いを嗅ごうとしたが、次の瞬間、刺激的なスパイスの香りに鼻が焼かれるような感覚を覚え、顔をしかめた。

「……うっ、なんだこれ。スパイスどころか、何かが発酵してる匂いがすんぞ!?」

 大福は顔をしかめ、鼻を押さえながら後ずさる。

 しかし、かなえは気にも留めず、冷蔵庫からカレーの容器を取り出した。

 それは、一週間前に作ったカレーだった。

 彼女はそれを 「熟成カレー」 と称し、独自のスパイスを加えながら食べ続けていた。

 昨日も、さらなるコクを求めて激辛スパイスを大量投入し、さらには味噌やヨーグルトまで加えてアレンジしていた。

「……カレーの可能性は、無限大だ」

 呟くように言いながら、かなえは迷いなくカレーの容器を電子レンジに入れる。

 ピッ――。

 温めが始まると同時に、スパイスと発酵臭の混ざった、得体の知れない匂いがキッチンに広がる。

 鼻を刺す刺激的な香りに、大福は反射的に口元を押さえた。

「おいおい……マジでやめとけって。そのカレー、もう普通の食いもんじゃねえだろ!?」

 しかし、かなえは気にする素振りもなく、鼻歌を口ずさみながら、レンジが鳴るのを待つだけだった。

 大福は深いため息をつくとともに、微かな胸騒ぎを覚えていた。

 その感覚の正体が何なのか――彼もまだ、気づいてはいなかった。

 

           *

 

アニマルタウン 漁港

 

 潮の香りが心地よく漂う漁港には、大勢の人が集まり、活気に満ちていた。

 この日は、町おこしの一環として「アニマルタウン☆海の幸フェスティバル」が開催されており、漁師たちが水揚げしたばかりの新鮮な魚介を屋台に並べ、威勢のいい掛け声とともに振る舞っていた。

「おおっ、すっごいにぎわってる!」

 こむぎが目を輝かせながら、並ぶ屋台の魚料理に興味津々の様子を見せる。

「うん! こんなにたくさんの新鮮な魚が食べられるなんて、楽しみだね!」

 いろはも嬉しそうに辺りを見回している。

「猫舌だから、熱いのは苦手だけど……生魚なら大歓迎♪」

 ユキは期待に胸を膨らませ、すでに刺身の屋台に向かう気満々だった。

「でも、生食には気をつけないと……」

 そんな中、悟は少し心配そうな表情を浮かべる。

「確かに。お魚は新鮮なほうが美味しいですけど、ちゃんと処理されているものを食べないとねですね」

 落ち着いた口調でそう補足したのは、変装したメエメエだった。

「つーかメエメエ、お前……今日もその恰好なんだな……」

 大福が顔を引きつらせながら、すっかり定着しつつある"おばさん変装"をしたメエメエを見た。

 メエメエは帽子のつばを軽く押さえ、ふふんと得意げに微笑む。

「こうしていればバレませんしょ?」

 そう言って女声でウインクを決めるメエメエだったが、わんぷりメンバーとかなえの反応は微妙だった。

 全員、揃って苦い顔を浮かべている。

「……まあ、バレるとかバレないとかの問題じゃない気がするがな……」

 かなえがぼそっと呟いたが、メエメエは聞こえなかったふりをして帽子を直した。

「と、ともかく! せっかく来たんだから、思いっきり楽しもうよ!」

 まゆが勢いよく手を叩き、場の空気を切り替えるように明るく声をかける。

「よーし! じゃあ、さっそく海の幸をいただこう!」

 いろはの言葉に、みんなも「おーっ!」と掛け声を合わせ、早速屋台へと向かっていった。

 

 威勢のいい掛け声が響く漁港の屋台。炭火でじっくり焼かれた魚介の香ばしい香りが潮風に乗って広がり、訪れた客たちの食欲を刺激する。わんぷりメンバーも、それぞれ食べたいものを選び、思い思いに楽しんでいた。

「ホタテのバター焼き、お待ちどう!」

 焼きたてのホタテが目の前に差し出されると、バターがじゅわっと染み込み、貝柱の隙間から滴る黄金色の脂が、こんがり焼けた殻の上で艶めいていた。

「「「いただきまーす!」」」

 これに舌鼓を打つのは、いろは、悟、こむぎの三人。

「ん~、バターの香りが最高っ!」

 いろははホタテを箸で持ち上げた。湯気とともに広がる甘い磯の香りに、思わずうっとりと目を細める。そして、ぷりっと弾力のある貝柱を一口頬張ると、ジュワッと広がる濃厚なバターのコクと、ホタテの甘みが絶妙に絡み合い、口の中でとろけるようだった。

「ホタテはシンプルな味付けが一番美味しいんだよね」

 悟も豪快にかぶりつき、じっくりと噛みしめる。肉厚な貝柱が歯の間でほどけるたびに、凝縮された旨味が溢れ出し、バターの風味がふわりと鼻腔を抜けていく。

「じゅわ~って広がるバターの風味がたまらない!」

 こむぎは頬を緩ませながら、ホタテの身を丁寧にほぐし、一口ずつ味わうように食べていた。噛むほどに増していく甘みと、バターの芳醇な香りに、幸せそうに目を細める。

 

 一方、まゆとユキは「桜ダイの刺身と茶漬け」を選んだ。

 目の前に置かれた刺身の皿には、透き通るような桜色の身が整然と並べられている。身には程よく脂がのり、光を反射して艶めいていた。

「ん~!! この桜ダイ、すごく新鮮でプリプリ!!」

 ユキは一枚の刺身を箸でつまみ、わさび醤油を少しつけて口へ運ぶ。噛んだ瞬間、驚くほど柔らかく、口の中で舌に絡みつくようにとろけていく。その後に広がる、ほんのりとした甘みと、淡泊ながらも深い旨味――。

「……うん! こんなの美味しくないはずないって!」

 感激したように頬を押さえながら、ユキは幸せそうに目を細める。

 その隣で、まゆは湯気を立てる茶漬けをじっと見つめていた。炊きたての白米の上には、桜ダイの刺身が丁寧に並べられ、黄金色の出汁がゆっくりと注がれていく。

「お茶漬けにしたら、出汁の旨みがさらに広がるね!」

 レンゲですくい、一口含む。出汁の温かさとともに、桜ダイの身がふわりとほぐれ、じんわりと口の中で溶けていく。

 出汁の風味が魚の甘みを引き立て、後味に残るわずかな塩味が全体を引き締める。まゆはゆっくりと目を閉じ、余韻を噛みしめながら微笑んだ。

 

 そして、「ウニやイクラ、カニがたっぷり乗った海鮮丼」に手を伸ばしたのは、大福、メエメエ、かなえの三人だった。

 丼の中では、黄金色のウニが輝き、ルビーのようなイクラがふんだんに散りばめられている。その上には、甘みの強いカニのほぐし身が惜しげもなく盛られ、ひとさじごとに贅沢な味わいが詰まっていた。

「うぉぉ、イクラがキラキラしております……!」

 メエメエは目を輝かせ、丼を両手で抱えるようにしながら、じっと中を見つめる。そして、イクラを一粒ずつ箸でつまみ、舌の上に転がすように味わう。

 プチッ……。

 弾けると同時に、塩気の効いた濃厚な旨味がじんわりと口の中に広がっていく。

「はぁ……海の宝石箱です……♪」

 至福の表情で、メエメエはうっとりと目を細めた。

 一方、大福は豪快にかき込むかと思いきや、意外にも行儀よく箸を使い、ウニをゆっくりと口へ運んでいた。

「ウニのとろける食感が絶品だな」

 口に入れた瞬間、ねっとりと濃厚な甘みが舌の上を覆い、磯の風味が鼻腔を抜ける。噛むほどにまろやかさが増し、ウニ特有のクリーミーなコクが喉の奥にまで広がっていく。

「うまい……これ、最高だぜ!」

 普段は草を主食としているウサギの大福だが、今ばかりは言葉少なに人間態だからこそ堪能できる美食を味わっていた。口の中で溶けるウニの濃厚な甘みと、プチプチと弾けるイクラの旨味。カニのほぐし身が出汁醤油と絡み、ご飯と一緒に口へ運ぶたびに、極上の海の味が広がっていく。

 その横で、かなえは無言でカニの身をほぐし、淡々と食べ進めていた。

「口福之享。カニも悪くないな」

 ぼそりと呟いたが、その手は止まらない。カニの繊細な甘みを確かめるように、無駄なく丁寧にほぐし、静かに丼を空にしていく。

 大福が横目でちらりと見る。

「おいおい、めっちゃ気に入ってんじゃねーか!」

 からかわれても、かなえは表情を変えず、黙々と箸を動かしていた。

 屋台の賑わいの中、それぞれの好みに合わせた海の幸を堪能するわんぷりメンバー。

 穏やかで楽しい時間――だが、まさかこの後に、思いもよらぬ事態が待ち受けているとは、このとき誰も気づいていなかった。

 

 海の幸フェスティバルも終盤を迎え、夕方の潮風が心地よく吹き抜ける。

 海沿いの道を歩きながら、わんぷりメンバーは満ち足りた表情でイベントの余韻に浸っていた。

「ん~! おなかいっぱい!」

 こむぎが満足そうに伸びをしながら、頬を緩ませる。

「ほんとほんと。つい美味しくて食べ過ぎちゃったよ」

 いろはもお腹をさすりながら、苦笑混じりに同意した。

「わたし、普段小食だけど、美味しくてお茶漬け二杯も食べちゃった」

 まゆはどこか誇らしげに言いながら、未だに口の中に残る出汁の余韻を楽しむように唇を舐める。

「新鮮な魚はやっぱりとれたてが一番ね」

 ユキが目を細めながら、漁港のほうを振り返る。煌めく水面に映る夕陽が、穏やかな波の上で揺れていた。

「大福は、イベント楽しかった?」

 ふと、悟が隣を歩く大福に問いかける。

「ああ。お陰様でな」

 大福は満足げに頷きつつ、ふと思い出したように眉をひそめた。

「それより聞いてくれよ、かなえのやつ……あのあと丼5杯にラーメン3杯、そのうえ海鮮カレーまで平らげたんだぜ!」

 聞いた瞬間、メンバーが一斉に驚いた顔を向ける中、かなえは涼しい顔のまま歩き続ける。

「仕方ないだろう。最近、なかなか腹が満たされんのだから」

 ぼそりと呟いたかなえの声には、どこか無機質な響きがあった。

 その言葉の意味を深く考えることもなく、わんぷりメンバーはそれぞれの家へと帰路についた。

 

           *

 

アニマルタウン Pretty Holic(猫屋敷家)

 

「「ただいまー!」」

 玄関の扉が開くと同時に、まゆとユキの弾んだ声が響く。

 キッチンでは、母・すみれが紅茶を淹れながら、娘たちを迎えていた。

「おかえり、まゆ、ユキ。イベント楽しかった?」

 すみれは優しく微笑みながら、湯気の立つティーカップを並べる。

「うん! すっごく楽しかったよ! 新鮮な魚がたくさんあってね、わたし、タイのお茶漬け二杯も食べちゃった!」

 まゆは瞳を輝かせながら、今日の出来事を楽しそうに語る。

「へぇ~、そんなに美味しかったのね! 私も行きたかったな~。二人と一緒にお魚食べたかった♪」

 すみれはくすくすと笑いながら、まゆとユキの頭を優しく撫でた。

「うん、今度はママも一緒に――」

 その瞬間、まゆの表情が急に変わった。

「……っ!」

 突然、お腹を押さえ、苦痛に顔を歪める。

「……痛い……お腹が……痛っ……!」

 まゆの声が震え、足元がふらつく。

「まゆ!?」

「どうしたの、大丈夫!?」

 ユキとすみれが慌てて駆け寄る。冷や汗を滲ませ、唇を噛みしめるまゆの姿に、ただならぬ事態を察する。

「……ちょっと……無理……すごく……痛い……」

 言葉を絞り出すように呟きながら、まゆは力なく椅子に座り込んだ。

 ほんのさっきまで、笑顔で話していたのに――。

「待ってて、すぐに病院に連れて行くから!」

 すみれは焦りながらスマホを手に取り、タクシーを呼ぼうとする。

 しかし、その瞬間――。

「――っ!!!」

 まゆのお腹の奥でズキンッ、と鋭い痛みが突き刺さった。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」

 悲鳴のような声を上げ、まゆは耐えきれず身体を折り曲げる。全身から冷や汗が吹き出し、顔面は真っ青になっていた。

「すみれさん! 急いで救急車を!」

 ユキの声が、室内に鋭く響く。

「ええ!」

 鬼気迫るまゆの様子から、タクシーでは間に合わないと判断。すみれは迷わず119番へと通報し、救急車を手配する。

 まゆは震える手でテーブルの端を掴みながら、荒い息を繰り返す。

「……っ、うぅ……ほんとに……痛い……」

 今まで経験したことのない激痛に、意識すら遠のきそうになる。

 ユキがそっとまゆの背中をさすりながら、唇を噛んだ。

「大丈夫……すぐ助けが来るから……!」

 すみれは電話越しに状況を伝えながら、祈るように娘を見つめた。

 救急車のサイレンが響くまでの時間が、途方もなく長く感じられた――。

 まゆの苦悶の声が部屋中に響くなか、救急車のサイレンが遠くから徐々に近づいてくる。

 すみれは電話越しに状況を説明しながら、ユキとともにまゆの背中を支えた。

「もうすぐ救急隊が来るから、しっかりして、まゆ!」

 必死に声をかけるが、まゆは脂汗を滲ませながら小さく頷くのがやっとだった。

 玄関のチャイムが鳴り、すぐに救急隊員が駆け込んでくる。

「患者さんの状態は?」

「激しい腹痛を訴えています。突然の発作のように……!」

 すみれが説明すると、救急隊員は素早くまゆの様子を確認し、担架を準備する。

「すぐに搬送します。お母さん、ご一緒に来られますか?」

「はい!」

 すみれは迷うことなく答え、まゆの手をそっと握る。

「大丈夫よ、ママがついてるからね」

「うぅ……」

 まゆはうっすらと目を開け、かすかに頷いた。

 そのとき、近所の住人たちが騒ぎを聞きつけ、玄関先に集まり始めていた。

「どうしたの?」

「救急車? 何かあったの?」

 ひそひそと話し合う声が、周囲に広がっていく。

 ユキはそんな視線に気づきながらも、落ち着いた様子ですみれに向き直った。

「すみれさん、私がここに残ります。お店のことは大丈夫ですから、まゆについていてあげてください」

「……ありがとう、ユキ。お願いね」

 すみれはユキに感謝の眼差しを向けた後、担架に乗せられたまゆの手を再び握る。

 救急車のドアが閉まり、サイレンの音とともに走り去っていく。

 ユキはその後ろ姿を見送りながら、静かに息を吐いた。

「……まゆ、無事でいて……」

 その祈りが届くかのように、遠ざかるサイレンの音が、夜の街に響き渡っていた――。

 

           ◇

 

アニマルタウン 総合病院

 

 翌日。まゆの異変を聞きつけたいろはたちは、彼女が入院している病院を訪れていた。

「まゆちゃん!! だいじょうぶ!?」

 いろはが勢いよく病室の扉を開けると、個室のベッドに横たわるまゆの姿が目に飛び込んできた。

「いろはちゃん……みんなも来てくれたんだ」

 昨日の激痛の余韻が残るのか、まゆは少しやつれた表情を浮かべていた。それでも、彼女は弱々しくも手を振り、訪れた友人たちを迎える。

 近くには、心配そうに寄り添うユキと、母のすみれ。そして、普段は仕事で忙しいはずの父・貴行の姿もあった。

 室内には、淡い花の香りが漂っている。テーブルの上には、見舞いに訪れた人々が持ってきた花束が並べられていた。

「ユキから聞いて驚いたぜ。まゆが死にそうになってるってよ」

 大福が腕を組みながら、呆れたような、それでいてどこか心配そうな声を漏らす。

「まゆ、ほんとに大丈夫なの?」

 こむぎが心配そうにまゆの手をぎゅっと握る。その温もりが、どこか心強く感じられた。

「うん……とりあえず、落ち着いたよ……」

 まゆは微かに微笑むが、その顔にはまだ疲労の色が濃く残っている。

「わたしのせいで、みんなに迷惑かけちゃって……ごめんね」

 その言葉に、すみれが優しく首を振る。

「そんなこと言わないの。まゆが元気になってくれるのが、一番大事なんだから」

 母の柔らかな声に、まゆの目が一瞬揺れる。そして、そばにいた貴行も静かに頷いた。

「本当に驚いたよ。まゆが突然、そんな激しい痛みに襲われるなんて……でも、大事に至らなくて本当に良かった」

 普段は家を留守にすることが多い父の優しい言葉。まゆは少しだけ安心したように微笑む。

 まゆの病状について話していた一同の前で、悟がふと問いかける。

「ところで、猫屋敷さんの腹痛の原因はなんだったんですか?」

 その質問に答えたのは、まゆの傍で心配そうに見守っていたすみれだった。

「アニサキスよ。胃の中に7匹もいたの」

 悟といろはは、それを聞いて納得したように頷く。しかし、こむぎは不思議そうな顔をして首を傾げた。

「あにさきす……?」

 こむぎが知らなくても無理はなかった。そんな彼女に、悟は分かりやすく説明を始めた。

「アニサキスっていうのは、青魚に寄生する線虫のことだよ。お刺身とかを食べると、人の胃の中に入り込むんだ」

 すると、話を聞いていたかなえの顔が青ざめ、突然口を挟んだ。

「な……なんだそのおぞましい化物は!?」

 まるで新種の怪物でも発見したかのように目を見開くかなえ。その反応に、さすがの大福も呆れたようにため息をついた。

「……いや、別に怪物ってわけじゃねーぞ。ただの寄生虫だ」

「虫だと!? ……なおさら気味が悪い……!!」

 かなえは思わず身震いし、腕を抱え込むようにして顔を背けた。

 悟は苦笑しながら続けた。

「日本人にとって刺身は身近な食文化だから、アニサキスに感染する人も珍しくないんだ」

 悟はそう言いながら、淡々と説明を続ける。

「アニサキスは、もともと魚の内臓に寄生してるんだけど、魚が死ぬと、内臓から筋肉に移動するんだ。だから、新鮮なうちにさばいた魚なら、感染リスクは低い」

「……ということは、死んだ魚の身に潜り込むということか?」

 かなえが腕を組み、眉をひそめる。

「そう。でも、だからといって刺身を食べるたびにアニサキス症になるわけじゃないんだよ」

「それを食べて人間に感染するんだろ? だったら、患者だらけになるはずだぞ?」

 かなえの疑問に、悟は頷きながら答える。

「人間の胃にアニサキスが入り込むことで『アニサキス症』になる。でも、ほとんどの人は症状が出ないんだ」

 その言葉に、まゆは驚いたように身を乗り出す。

「えっ、どういうこと?」

「アニサキスは基本的に人間の体内では成長できない。だから、しばらくすると死んで、自然に排出されるんだよ」

 悟は説明しながら、まゆの様子を気遣うように視線を向ける。

 アニサキス症は、以前に比べて急激に増加している。平成19年には全国でわずか6件の報告例だったが、平成30年には478件にまで増え、およそ80倍に急増したという。これは、海産物の流通の変化が大きく影響しているとされている。

 そもそも、アニサキスはサケ・サバ・サンマ・タラ・イカといった魚介類に寄生していることが多い。実際に、まゆが食べたタイにも、それが潜んでいたのだ。

「まゆちゃん、アニサキスは、全部取り除けたの?」

 いろはが心配そうに尋ねると、まゆはゆっくりと頷いた。

「うん……内視鏡を口から入れて、すぐに取り除いたよ」

 その声にはまだ疲れが滲んでいたが、確かに処置は済んでいた。

 アニサキス症には、大きく分けて「胃アニサキス症」と「腸アニサキス症」の二つがある。

 その名の通り、アニサキスが暴れている場所が異なるのだ。

 「胃アニサキス症」の特徴は、食後数時間以内に激しい上腹部痛と嘔吐を伴いながら発症すること。ほとんどの患者がこのタイプだと言われている。

 一方で、「腸アニサキス症」は発症までに十数時間から数日と時間がかかる。さらに、運が悪ければ腸閉塞を引き起こし、開腹手術が必要になるケースもある。毎年、アニサキスによって体に傷痕を残す人が後を絶たない。

 さらに、近年では海産物の輸出入技術の発達により、海外からの魚介類がチルド状態で素早く市場に流通するようになった。たとえば、京都の市場では、中国産の海産物が流通の3分の1を占めるほどになっている。

 その結果、アニサキスが元気な状態のまま消費者の手元に届き、牙を剥くことになってしまったのだ。

「な、なんか……それはそれで怖い……」

 こむぎが身を縮めるように肩をすくめると、大福がふっとため息をつきながら肩をすくめた。

「まぁ、運が悪かったって話だな……胃に7匹もいたら、そりゃ痛えわ」

 そう言いながら、まゆの方をちらりと見る。

 ベッドの上のまゆは、小さく苦笑しながら肩をすくめた。

「でもまさか、魚を食べてこんな痛い思いをするなんて思わなかった……」

 苦々しく呟くまゆの言葉に、ユキが拳を握りしめる。

「まゆをこんなになるまで傷つけるなんて……アニサキス、絶対に許さない!」

 彼女の瞳は怒りに燃えていた。

 しかし、周囲もユキの怒りに共感しつつも、目に見えない寄生虫が相手ではどうしようもないことを理解していた。敵が見えない以上、反撃のしようがない。

「せめて、アニサキスを予防する方法があればいいんだけど?」

 すみれが心配そうに問いかける。

「そうだね……兎山くん、何か知ってるかい?」

 貴行が静かに尋ねると、悟は頷き、説明を始めた。

「知ってますよ。本来、アニサキスを予防する方法は2つあります。まず、70度以上の熱でしっかり火を通すこと。そして、マイナス20度で丸一日以上冷凍することです。こうすることで、ほとんどのアニサキスは死滅します」

 病室にいる全員が、真剣な表情で悟の話に耳を傾ける。

「ちなみに、アニサキスは酢で締めても一切効果がありません」

「えっ!? そうなの?」

 いろはが驚いたように声を上げる。

「うん。酢漬けやワサビは、あくまで臭みを取ったり風味を良くするだけで、アニサキスには全く効かないんだよ」

「えぇぇ……じゃあ、お寿司とかでも安心できないってこと?」

「そうだね。だから、よく噛んで食べることも大事だよ。万が一アニサキスがいたとしても、噛み潰せば問題ないからね」

「さすが悟くん! 頼りになる!」

 いろはが感心したように微笑みながら、悟を見つめる。

「ま、オレは野菜が主食だから、生魚をそんなに食べるタイプじゃねえけどな」

 大福が肩をすくめながら呟く。

 ユキは依然として不満そうな顔をしていたが、どうにかすれば予防できると分かったことで、少しだけ気が楽になったようだった。

 

 数時間後、まゆの容態が安定し、無事に退院が許された。

 病院の正面玄関から出ると、穏やかな春の陽射しが降り注ぎ、爽やかな風が吹き抜ける。

「ふぅ……やっと自由の身になれた……!」

 まゆは軽く腕を伸ばし、心地よさそうに息を吐く。

「無理しないでね、まゆちゃん。まだ完全に回復したわけじゃないんだから」

 いろはが優しく声をかけると、ユキも横で頷いた。

「そうよ。退院したからって、すぐに調子に乗ったらダメよ?」

「うぅ……二人とも、ママみたい……」

 まゆは苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。

 わんぷりメンバーに囲まれながら、病院を後にするまゆ。その横で、悟がふと何かを思い出したように口を開く。

「そういえば、アニサキスにはもうひとつ注意しなきゃいけないことがあるんだ」

「えっ、まだあるの?」

 こむぎが驚いたように反応する。

「『アニサキス・アレルギー』って聞いたことある?」

 悟の問いかけに、皆が首を傾げる。

「アニサキス・アレルギー?」

 人間の胃にアニサキスが入り込むことで発症する「アニサキス症」とは異なり、稀にアニサキスの体に含まれるタンパク質がアレルゲンとなり、激しいアレルギー反応を引き起こす人がいる。それが「アニサキス・アレルギー」だ。

「内臓から出るアレルギー症状は激烈でね。人によっては数十分で心停止する場合もあるんだ」

「し、心停止……!?」

 まゆが思わず喉を鳴らしながら、怯えたように悟を見る。

「しかも厄介なことに、一度発症すると魚を二度と食べられなくなるんだ」

 その直後――

「……え?」

 ユキの表情がピタリと固まる。

 そして次の瞬間、まるでこの世の終わりを告げられたかのように、ガクッと崩れ落ちた。

「そ、そんなの……そんなの、生きてる意味がないじゃない……!!」

 顔を真っ青にしながら、震える手で悟の腕を掴むユキ。

「わ、私は大丈夫よね!? まゆがアニサキスになったのは、私のせいじゃないわよね!? 私、魚を……魚を食べられなくなるなんて絶対イヤァァァ!!」

 涙目で必死に食い下がるユキに、悟は慌てて両手を振った。

「いやいや、ユキちゃん落ち着いて! そんなに発症する人は多くないし、普通は大丈夫だから!」

「ホント!? 本当にホント!? 嘘だったら許さないわよ!」

「ホントにホント! だって、今まで生魚いっぱい食べてて何ともないんでしょ!?」

「……そ、そう言われてみればそうね……」

 ユキはしばらく悟を睨みつけていたが、何度も「大丈夫」と言われて、ようやく不安げな表情を和らげた。

 悟はホッと胸を撫でおろし、話を続ける。

「ハチ毒アレルギーも二度目に刺されたほうが危険だと知ってるよね? アレルゲンたるアニサキスはほぼ全ての魚にいるんだよ」

「つまり、魚を食べただけでアレルギー症状が出るってこと?」

 いろはが疑問を口にすると、悟は頷く。

「卵も体の一部でも、わずかな量でさえ即命取りになるんだ。それを食べただけで蕁麻疹、呼吸困難、アナフィラキシーショックを引き起こすことがあるんだよ」

「煮魚や焼き魚だったら?」

 ユキが食い下がるように尋ねる。

「ダメ。アレルゲンは加熱しても分解しないんだ。他にも缶詰・蒲鉾・魚肉ソーセージ、魚で取った出汁でさえ危険だね」

「じゃ、じゃあ……ひょっとすると、魚介のカレーも食べられないのか!?」

 かなえが思いついたように身を乗り出し、真剣な眼差しで悟を見つめる。

「なんでお前はすぐカレーに引っ張られるんだよ……」

 大福が呆れたようにため息をつく。

 その場の空気が、一瞬だけ緊張から緩んだ。

 

           *

 

アニマルタウン 某所

 

 森の奥は昼間だというのに薄暗く、重たい湿気がまとわりついていた。

 幾重にも絡み合った木々の枝が天を塞ぎ、わずかに差し込む光は、苔むした地面をぼんやりと照らすだけ。

 腐葉土が発する生温い匂いが鼻をつき、足元では名も知らぬ虫たちが這い回る。

 じくじくとした土が足裏に張り付き、歩を進めるたびにぬめるような感触が伝わる。

 その陰鬱な森の奥を、ひとつの影が音もなく進んでいた。

 気配をまるで霧のように薄めながら、静かに足を運ぶ。

 しかし、その足跡は無残だった。影が踏み入った場所では、たちまち生命の気配が消えていく。

 僅かに生えていた草は黒く縮れ、葉を繁らせていた低木は腐り果て、幹の内側から崩れ落ちていく。

 水脈を吸い上げていた根はどろどろに溶け、森の呼吸は影の歩みと共に絶たれていった。

 まるで死の瘴気を撒き散らしながら進む厄災の化身。

 その歩みが止まることはなく、命はただ、押し黙って萎れていくしかなかった。

 重たい空気の中、影の視線がふと、地面へと向けられた。

 小さな水たまりの縁で、奇妙な動きをするカマキリがいた。

 ひくひくと痙攣しながら、ゆっくりと前進している。

 あたかも見えない糸で操られているかのように、ぎこちなく水辺へと引き寄せられていた。

 そして、その細い肢が水面に触れた瞬間――薄く波紋が広がり、静かに命が潰えた。

 僅かな抵抗もなく、カマキリの体は水の中へと沈んでいく。

 その背後では、影がまた一歩、音もなく踏み出した。

「…………」

 影はじっとそれを見つめる。

 次の瞬間、カマキリの腹部が引き裂かれるように割れ、ぬらりと細長い黒い糸が這い出てきた。

 ゆっくりとうねりながら、新たな宿主を探しているかのように空中を彷徨う。

 影は、興味深そうにそれを指先でつまみ上げる。

 ハリガネムシ。

 単なる寄生虫とは思えない異様な生命力を持つ存在。

 指に絡みついたそれが、まるで意思を持つかのように蠢くのを感じながら、影は唇をゆっくりと歪めた。

「――面白いですね」

 ぬかるんだ土の上に、カマキリの亡骸が転がる。

 その無機質な眼球に映るのは、自らを見つめる異様な存在――。

 やがて、影の手から瘴気を宿した黒いもやが生まれた。

 それがカマキリとハリガネムシを包み込むと、異形の繭のように、ゆっくりと形を変え始める。

「闇に潜みし怨念よ、形を成せ」

 湿った空気がさらに重くなり、辺りに濃密な気配が満ちていく。

 その森の奥深くで、フューザーガオガオーンの誕生が刻まれようとしていた――。

 

           *

 

アニマルタウン 兎山家

 

 夕食までの繋ぎに、かなえが冷蔵庫を開け、無言で一つの容器を取り出す。

 それは、朝にも食べた熟成カレー。独自のスパイスを加え続けてきた一品だが、今、新たなアレンジが加えられようとしていた。

「……もう少し、刺激が欲しいな」

 ぽつりと呟き、かなえはハバネロソースの瓶を手に取ると、惜しげもなくカレーの上に垂らした。

 ぽた、ぽたと赤い液体がカレーに染み込み、鮮やかな色が不吉なまでに際立つ。

 スプーンでかき混ぜると、鼻をつく刺激的な香りがふわりと立ち上った。

 その様子を目の当たりにした悟と大福は、思わず顔を引きつらせる。

「おいおい……それは、さすがにヤバくねえか?」

 大福が警戒するようにじりじりと後ずさる。

「鷹目さん、それ以上は本当に危険だと思うんだけど……」

 悟も苦笑しながら制止を促すが、かなえは気にする素振りもなく、むしろいつにも増して意気揚々と答えた。

「問題ない。カレーの可能性は無限大だ」

 そう言い切ると、かなえはスプーンを持ち上げ、躊躇なく口へと運ぶ。

 ひと口、ふた口。しばらく咀嚼し、飲み込んだ。

「おぉー! 私の中に、新たなカレーの味が開発されていく!!」

 満ち足りた様子で続けざまにカレーを頬張るかなえに、悟と大福は呆れを通り越して、恐怖すら感じてしまう。

「悟……マジでこいつの舌ぶっ壊れてるぞ」

「ボクもそう思う」

 二人がため息混じりに肩をすくめた、その瞬間――。

 ぞくり。

 かなえの背筋に、鋭い悪寒が走った。

「!!」

 スプーンを握り締めたまま、かなえは勢いよく立ち上がる。

 そして語気強く、悟と大福に向かって言い放った。

「フューザーガオガオーンだ! いくぞ!」

 言うや否や、かなえは大急ぎでカレーを一気に口の中へ押し込み、皿を空にすると、一目散に飛び出していく。

「ちょ、ちょっと待って鷹目さん!」

「ったく……あんなもん食ったあとに、よく平気で走れるよなー」

 悟と大福は、つくづく常人離れしたかなえの身体機能に驚愕しながら、慌てて自分たちも外へ向かった。

 

           *

 

アニマルタウン 私立湾岸第二中学校

 

 午後の陽射しが照らす校庭に、不穏な気配が満ちる。

 部活動に励んでいた生徒たちは、突如として現れた異形の怪物を目にし、悲鳴を上げながら逃げ惑った。

「ガオガオーン!!」

 現れたのは、カマキリとチーターの特徴を併せ持つ異形のフューザーガオガオーン。

 ぎらつく複眼が光を反射し、カマキリの鎌を思わせる前脚が鋭く空を切る。

 俊敏な後ろ脚はチーターのようにしなやかで、今にも獲物へと飛びかかろうとする構えを見せていた。

 その異様な姿に、こむぎたちは息を呑む。

「え!? あれってもしかして……カマキリ?」

 いろはが困惑した表情でつぶやく。

「虫と動物?」

 ユキも驚きを隠せない。

 悟は一瞬観察し、特徴を簡潔に述べる。

「鋭い目としなやかな後ろ脚、カマキリの鎌のような前脚……間違いない、あれはカマキリとチーターのフューザーガオガオーンだ!」

「うぇ……なんか気持ちわるい」

 率直な反応とともに、こむぎが顔をしかめる。

「でも、今まで虫と合体したのなんて見たことない」

 まゆが警戒しながら呟く。

「泰然自若。如何なる場合も、冷静に対処すれば問題ない」

 かなえは表情を変えずに静かに言い放つ。

 その言葉を合図に、わんぷりメンバーは一斉に変身を開始する。

 一方で、悟と大福もそれぞれの戦闘態勢に入っていた。

「オレたちもやるぞ、悟!」

「うん、大福!」

 二人は互いの手をがっしりと掴み合う。

 力強い握手とともに、彼らの衣装が光り輝き、一瞬にして変化した。

 

「ガオガオーン!!」

 刹那。カマキリチーターガオガオーンが、不気味に鎌を振り上げた。

 次の瞬間、その巨大な体からは想像もつかないほどの速度で疾走する。地面を蹴ると、残像を残すような素早さで距離を詰め、一気にワンダフルとフレンディの懐へと潜り込む。

「えっ……!?」

「はや!」

 気づいた時には、すでにカマキリの鋭利な前脚が振り下ろされていた。

 風を裂くような鋭い斬撃が、二人を襲う。

「うわぁっ!」

「くっ――!」

 二人は反応する間もなく、強烈な一撃を受けて宙へと弾き飛ばされた。

 次の瞬間、二つの影がすかさず飛び出す。

「大丈夫か、ワンダフル?」

 大福が素早く、宙を舞うワンダフルを受け止める。

 しっかりと支えながら、衝撃を和らげるように優しく着地させた。

「うわぁ! 大福、ありがとう!!」

 ワンダフルは安堵と喜びが入り混じった表情で、大福を見上げる。

 一方、もう一人を受け止めたのは――。

「怪我はない、フレンディ?」

 悟の腕の中に抱えられていたフレンディ。

「う、うん……ありがとう、悟くん……」

 ふわりと持ち上げられる感覚。

 その場の混乱が嘘のように、フレンディの思考が止まった。

(あ、あれ……この状況……)

 視線を上げると、目の前には変身した悟の姿。

 普段は眼鏡越しに見ていた彼の顔が、今は裸眼で、しかも変身によって髪が濃い茶色に変わっていた。

 もともと端正な顔立ちだった彼が、変身したことでさらに洗練された雰囲気を纏い、その上――。

(これって、お姫様抱っこされてる!? 変身した悟くんに!?!)

 意識すればするほど、体温が急上昇する。

 心臓が激しく高鳴り、頬が一気に熱くなった。

「~~~!!!」

 言葉にならない声が漏れ、顔が茹でたタコを思わせるがごとく真っ赤に染まる。

 その様子を見ていたリリアンが、興奮したように叫んだ。

「あぁ~!!! フレンディ、よかったねぇ~!! 兎山くんにお姫様だっこされてる~!!」

 満面の笑みで喜ぶリリアン。

 一方、その横でニャミーは冷めた目でため息をつく。

「そうね……よかったわね」

 戦闘中にも関わらず他人の恋愛に自分事のように興奮するリリアンと、それを淡々と受け流すニャミー。

 対照的な二人のやり取りが、戦場に妙な温度差を生んでいた。

 だが、その温度差はすぐにかき消される。

「そこの気ぶリリアン! 戦闘中だぞ、気を引き締めろ!」

 シャスールの怒声が響き渡る。リリアンの様子を見て自然と湧き上がった言葉だった。

 注意喚起と同時に、彼女はタロンボウガンを構え、素早く矢を放つ。

「ガオガオーン!!」

 狙いすました一撃が敵の注意を引く。

 だが、それを見越したかのように、カマキリチーターガオガオーンは俊敏な動きで矢を回避。

 次の瞬間、その鋭い鎌が唸りを上げる。

「プニプニバリア!」

「ニャミーシールド!」

 ワンダフルとニャミーが即座に防御を展開し、飛ばされる斬撃を受け止めた。

 だが――彼女たちは気づかなかった。

 敵の狙いが、ただの斬撃ではなかったことに。

「「うぅ……!?」」

 直後、強烈な違和感が全身を駆け巡る。

 二人の背中に、何かが憑りつく感覚だった。

 次の瞬間、ワンダフルとニャミーの体が意志とは無関係に動き出した。

 ワンダフルはフレンディへと勢いよく拳を振りかざし、ニャミーはリリアンに鋭い蹴りを放つ。

「「きゃああ!!」」

 二人は突然のことに驚きながら、なすすべもなく吹き飛ばされた。

「え!?」

 悟が思わず声を上げる。

「おい、何やってんだよお前ら!」

 大福も戸惑いながら叫んだ。

「違うのよ! 体が勝手に!」

「いう事を聞かないの!」

 ワンダフルとニャミーは、必死に自身の異常を訴える。

 だが、意志とは関係なく動く体は、大切なパートナーへと容赦なく攻撃を繰り出していく。

「ワンダフル! お願いだからやめて!」

「ニャミー、どうしちゃったの!?」

 必死に呼びかけるフレンディとリリアン。

 だが、二人の声も届かないかのように、ワンダフルとニャミーは止まることなく攻撃を続ける。

「止まらないよッ!」

「うわぁーん! フレンディ、リリアンごめんなさーい!」

 自らの意志では止められない事態に、泣き言を上げるワンダフルとニャミー。

 望まぬ攻撃に耐えるしかないフレンディとリリアン。

 一方で、残された三人は、ガオガオーンの攻撃に対応しつつ、ワンダフルたちの異常について考察を巡らせていた。

「状態異常。何かに操られているように見える」

 シャスールが冷静に状況を分析する。

「ああ。じゃなきゃ、二人がフレンディたちを攻撃するはずがねぇ」

 大福も厳しい表情で頷いた。

 そのとき、悟の視線がガオガオーンの背中や腹部に向く。

 違和感を覚え、慎重に観察する。

「!?」

 そこから無数の何かが蠢き、這い出していた。

 さながら針金のように細長く、不気味にうねるそれ。

「まさか……!」

 そして、ワンダフルとニャミーの背中にも目をやる。

 すると、彼女たちの背中からも、それと同じ何かが突き出していた。

 悟の脳裏に、一つの可能性が閃く。

「わかったぞ!! ハリガネムシだ!!」

「ハリガネムシだと?」

 シャスールが眉をひそめる。

 悟は深く息を吸い、急いで説明する。

「ハリガネムシは、カマキリやバッタといった虫に寄生して、身体の自由を乗っ取るんだよ! あのフューザーガオガオーンの体からもハリガネムシが湧き出ていた。つまり、ワンダフルとニャミーはハリガネムシに操られているんだ!」

「アニサキスの次はハリガネムシかよ……」

 大福が呆れ混じりにぼやくが、状況は深刻だった。

 ワンダフルとニャミーが自由を奪われ、このままでは仲間同士の戦いが続いてしまう。

 その最悪の状況を、どう打開するのか――悩んだ末にシャスールが出した結論は、

「ならば、本丸をさっさと倒せばいいだけのことだ!」

 タロンボウガンを構え、敵を一気に殲滅するというシンプルな解決策に至った。

 敵を倒せばガオガオーンの影響はなくなり、ワンダフルとニャミーは自由を取り戻せるはず――そう考えたのだ。

 だが、その直後。

「ぬぅぅ……!?」

 シャスールの表情が険しく歪む。

 そして、構えたばかりのタロンボウガンを力なく地面に落とすと、その場に膝をついた。

「シャスール!?」

 悟が驚きの声を上げる。

「は……腹が……強烈に痛い……!」

 顔面蒼白になりながら、シャスールは腹を押さえて震えていた。

 見る見るうちに血色が悪くなっていく。

 その様子に、ワンダフルとニャミーの攻撃をどうにか耐えていたフレンディとリリアンが息をのむ。

「シャスール、大丈夫!?」

 フレンディが焦ったように声を張り上げる。

「まさか、シャスールもアニサキスに中ったの!?」

 リリアンが青ざめた顔で問いかける。

 だが、大福は呆れたように首を振った。

「いや。多分原因はあれだろう……」

 冷静に状況を分析しながら、大福の脳裏に浮かんだのは――数分前までシャスールが食べていた、ハバネロソース入りの熟成カレーだった。

「うぉおおおおおお!!! だ、だめだ……厠……厠に行かねば……!!!」

 この世の終わりのような激痛に悶絶しながら、シャスールは戦闘を放棄。

 信じられない速さで、トイレを求めて走り出した。

「ええぇ!? ちょ、ちょっと待ってよ!!」

 悟が困惑の声を上げる。

「なんだよ、戦いの途中でトイレに行くプリキュアなんて前代未聞だぞ!」

 大福が呆れながら叫んだ。

 だが、敵がこちらの窮状を考慮してくれるはずもない。

「ガオガオーン!!」

 鋭い咆哮とともに、カマキリチーターガオガオーンの鎌が閃く。

 悟と大福は反射的にジャンプし、間一髪でその一撃を回避した。

「こいつはまずいことになったな」

 大福が苦々しく呟く。

「ボクたち二人だけでこの窮地を乗り越えなきゃならない。だけど……」

 悟も鋭い視線で敵を見据える。

 冷静に考えれば、この強敵を二人だけで相手にするのはあまりにも無謀。

 だが、不思議と彼らの胸には恐怖よりも、別の感情が湧き上がっていた。

「悟。オレたち、マブダチよな」

 大福がにやりと笑う。

「うん。ボクと大福の二人なら、何とかなる。そんな気がするよ」

 悟も同じように微笑んだ。

 根拠などない。それでも、共に過ごした時間が積み重ねた信頼が、二人に確信を抱かせた。

 そして――その瞬間。

「「!?」」

 二人の胸元が熱くなり、眩い光が溢れ出す。

「悟くんと大福ちゃん!?」

 フレンディが目を見張る。

「光ってる?!」

 リリアンも驚愕の声を上げた。

 光の中心から現れたのは、黄色と橙色を基調とした横笛型のアイテム。

 二人は唖然としながらも、それを手に取った。

「これは……」

 大福がじっとそれを見つめる。

「たぶん、フレンドリータクトやアミティーリボンタンバリンのようなものだとは思う」

 悟は慎重に推測する。

 そして、二人は互いに顔を見合わせると、同時に頷いた。

「やってやろうぜ!」

「そうだね」

 握りしめた新たな力――それが、戦局を変える鍵となるかもしれない。

 二人は手にした力の象徴たるアイテムの名を、自然と叫ぶ。

 

「「コンコードフレーテ」」

 

 二人はおもむろに口元へとアイテムを当て、静かに音色を奏でる。

 澄んだ旋律が広がるとともに、音の波が調和を生み出し、辺りに聖なる波動が拡散した。

「ガ、ガオガオーン!!」

 音を聞いた瞬間、カマキリチーターガオガオーンが明らかに苦しみ始める。

 しかし、その音色は仲間たちには違う作用をもたらした。

「! ……体が、言うことを聞く!」

 ワンダフルが驚きの声を上げ、ニャミーもまた背中の違和感が消えたことを感じ取る。

 彼女たちは完全にハリガネムシの呪縛から解放されたのだ。

「えっ……傷が……」

 フレンディとリリアンもまた、自分たちの体に起こる変化に驚愕する。

 これまで蓄積されたダメージが、聖なる旋律によって癒されていくのを実感していた。

「すごい……!」

 リリアンは思わず息を呑み、瞳を輝かせる。

 悟と大福の持つ力――それは、今までのワンダフルプリキュアの技とはまた異なる規格の力だった。

 しかし、二人は仲間たちの驚きを気にも留めず、フューザーガオガオーンを仕留めるために動き出す。

「「これで決める!」」

 二人の意思が一致した瞬間、コンコードフレーテが変形を始める。

 音の力をまとった横笛は、次の瞬間、刀剣へと姿を変えた。

 大福は逆手に構え、悟は両手持ちでどっしりと構える。

 それぞれのスタイルに合わせた武器の持ち方で、敵を滅する準備が整った。

 二人は一気に跳躍し、勢いよく斬撃を繰り出す。

「「はああああああああああ!!」」

 二人の刃が十字を描くように交差し、閃光とともにガオガオーンの体を断つ。

「ガオガオーン…」

 断末魔の咆哮とともに、カマキリチーターガオガオーンの体が音の光に包まれ、やがてそのまま浄化されて消滅していった。

 

           *

 

アニマルタウン 兎山家

 

 夜の静寂が広がる兎山家。

 悟は自室のベッドに腰掛け、スマホを片手に今日の出来事を振り返っていた。

『悟くんと大福ちゃん、すっごーくカッコよかったよ!』

 スマホ越しに響くのは、いろはの弾んだ声。

 その言葉に、悟は少しだけ照れくさそうに笑った。

『あ、もちろんわたしは……悟くんの方が何倍もカッコよかったと思ってるよ』

 照れた口調のいろはの言葉に、悟の頬がわずかに赤らむ。

「ありがとう」

 何気なく返したものの、心臓が少し跳ねるのを感じる。

 しかし、それを悟られないようにと、話を次の話題へと切り替えた。

「それにしても、まさか虫と動物の組み合わせが来るとは思わなかったな」

 今まで戦ってきたフューザーガオガオーンは、あくまで哺乳類や鳥類といった動物ベースのものだった。

 だが、今回の敵は虫との混成。これが意味することは――。

「本来、虫も生き物であることに変わりはないから、今後もこういうことがあるかもしれない。用心しないとね」

『……うん。そうだね』

 いろはが静かに同意したそのとき、ふと思い出したように声を弾ませた。

『そういえば、かなえちゃん、あのあとどうしたの?』

 その問いに、悟は思わず苦笑する。

「えっと……それなんだけど」

 

「うぉぉぉ……!!! ぜ、全身の水分と力が持っていかれるぅぅ……!!!」

 兎山家のトイレから響き渡る苦悶の叫び。

 かなえは便座に座り込み、顔をしかめながら額に汗を滲ませていた。

 その外では、大福が壁にもたれ、呆れたようにため息をつく。

「これに懲りたら、無暗な味変と賞味期限を考えた食べ方を意識することだな」

 もはや助言というより、最後通告のような諫言を残しつつ、大福はその場を離れる。

 そして、廊下を歩きながら元のウサギの姿に戻ると、そのまま悟の部屋へと戻っていった。

 こうして、騒がしくも波乱に満ちた一日は静かに幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 




登場ガオガオーン
カマキリチーターガオガオーン
声:高橋伸也
身長:225cm
体重:不明(推定数十トン)
・特色/力
カマキリとチーターを融合させたフューザーガオガオーン。
異常なほどの俊敏性を誇り、カマキリの鎌のような前脚を活かした攻撃と、チーターの脚力を生かした超高速戦闘を得意とする。
さらに、寄生虫を媒介する特殊能力を持ち、敵の体を操る戦法で撹乱する。
・特徴
頭部はチーターの獰猛な顔つきだが、複眼のような特徴を持ち、鋭い牙を覗かせている。
上半身はカマキリのように鋭い鎌の前脚を持ち、鎌の斬撃で遠距離攻撃も可能。
下半身はチーターのしなやかな脚を持ち、その機動力は一瞬で視界から消えるほど。
体内に宿る寄生虫を放出し、敵の自由を奪い操る特殊能力を持つ。
・能力
高速機動
チーターの脚力を活かし、驚異的なスピードで戦場を駆け巡る。高速移動によって、プリキュアたちの攻撃を難なく回避する。
鎌斬撃
カマキリの鎌を振るい、高速で連続斬撃を繰り出す。大振りの一撃には強力な衝撃波が伴う。
寄生支配
体内に潜むハリガネムシ型の寄生虫を飛ばし、敵に取り憑かせることで身体の自由を奪い、強制的に操る。
・行動
私立湾岸第二中学校の校庭に突如出現し、部活動中の生徒たちを襲撃。生徒たちは恐怖し、逃げ惑う。
わんぷりメンバーを発見すると、カマキリの鎌による威嚇動作を行い、攻撃態勢に入る。
俊敏な動きで敵を翻弄しながら、寄生虫を放ち、対象を支配下に置こうとする。
敵の混乱を狙い、操られた者に仲間を攻撃させる戦法をとる。
戦況が不利になると、寄生された者を盾にする動きも見せる。
・戦闘記録
カマキリの鎌を使った斬撃でワンダフルとフレンディを吹き飛ばすが、大福と悟がそれぞれ受け止める。
寄生虫を放ち、ワンダフルとニャミーの自由を奪い、仲間同士で戦わせる。
シャスールが攻撃を試みるが、直前に食べたハバネロ入りの熟成カレーの影響で腹痛を起こし戦線離脱。
悟と大福が現れ、新たな力「コンコードフレーテ」を発現し、音の波動でワンダフルとニャミーの寄生支配を解除。
寄生支配が解けたことで戦況が逆転し、最終的に悟と大福の十字斬撃によって滅却される。
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