わんだふるぷりきゅあ!!~わんだふる♡わーるど~   作:重要大事

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第8話:最恐の敵!?

五月中旬

アニマルタウン 犬飼家

 

 午後の日差しが差し込む犬飼家の一室。

 机の上には参考書やノートが広げられ、微かにシャープペンシルを走らせる音が響く。

 エアコンをつけるほどではないが、窓を開けても入り込む風はどこか生暖かい。

 いろははノートを見つめながら、首を傾げる。

「ん~……?」

 眉を寄せ、ページの端を軽く指先でなぞる。その仕草に気づいた悟が、ノートに視線を落としながら声をかけた。

「いろはちゃん、わからないところある?」

 いろはは、悟のほうに顔を向けると、両手を合わせるようにして泣きそうな表情を作る。

「うぅ~、悟くん助けて~! 分母の『有利化』の意味がよく分からないよ!」

 ノートには中学三年生の数学の問題が並んでいる。数式を指でなぞりながら、いろはは悩ましげに唸った。

「分母の『有利化』っていうのは……」

 悟はスムーズに説明を始める。その声を聞くうちに、いろはの表情がみるみる明るくなった。

「あー、そうだったん! やっぱり悟くんが頼りになるよー!」

 笑顔になりながら、大きく頷くいろは。そのやり取りを、机の向かいでニヤニヤしながら見ている者がいた。

「ところで、猫屋敷さん……君は勉強しなくていいの?」

 悟は少し眉をひそめながら問いかけた。まるで毎回同じやり取りをしているような、軽い諦め混じりの困惑が滲んでいる。

 悟が視線を向けると、まゆは自分の勉強そっちのけで、二人のやり取りを見ながら終始楽しそうにしている。

「お構いなく♪」

 まゆは軽く手をひらひらさせながら、悠然とした態度を取る。しかし、それをよしとしない者がいた。

「私が構うわよ。ほら、さっさとやりなさい」

 ユキは伊達眼鏡をかけた状態で、軽く教科書の角でまゆの頭をコツンと叩いた。冷静な声とともに、人間の姿で現れ、しっかりと指導する気満々だ。

「そういえばユキちゃん、学校に通っていたころは勉強すっごく得意だったもんね!」

 いろはが感心したように声を上げる。ユキは猫でありながら、こむぎや普通の人間以上に学力に秀でていた。高校レベルの漢文もすらすらと漢字で書き、完璧にマスターしているほどだった。その知識量ゆえに、まゆの学力向上を期待する気持ちが働いたのだろう。

「ぶぅ~、ユキの意地悪ぅ~」

 まゆは頬を膨らませながら不満を漏らしたが、ユキの鋭い視線に気圧され、しぶしぶノートを開いた。ちょうど、四字熟語を書く問題に取り掛かるところだった。

「えっと……良いことと悪いことが交互に訪れること……」

 問題文には「栄枯□□」と書かれている。まゆは何だったかと悩む。

「栄枯盛衰」

 すると、近くに居合わせたかなえが、まるで呼吸するかのようにすらりと言葉を発した。いろはたちと異なり、かなえは学校に通ってはいないが、彼女たちと一緒にいるほうが敵との遭遇率が高いと考え、常に居候先の悟の行動に合わせている。

 かなえは、カレー味のスナック菓子を摘まむかたわら、続け様に類似する四字熟語を挙げた。

「盛者必衰、興亡盛衰、浮沈流転……まぁ、似た言葉はまだあるな」

 かなえの即答に、いろはと悟は改めて彼女のことを見つめた。

「そういえば、かなえちゃんって普段から古い言葉というか、四字熟語とかよく使うよね……?」

 いろはがぽつりと呟くと、悟も「確かに、トイレのことも厠って言ってたし」と相槌を打った。

「あまり意識したことはないが、言われてみればそうかもしれんな」

 周りの声に反応しつつ、かなえはスナック菓子を摘まみ、

「ちなみに、私の一番好きな四字熟語は……食物連鎖だ!」と、どこか威張るように言う。

「「「「あー……」」」」

 周囲は、食べることにおいて貪欲というか、執着しているように思えるかなえにはうってつけな言葉だと思った。

「そういえばいろはちゃん。こむぎちゃんと大福ちゃんはどうしたの?」

 ふと、まゆが部屋を見渡す。普段ならいろはと悟の近くにいるはずのこむぎと大福がいない。

 いろはと悟は顔を見合わせ、笑顔を浮かべる。

「二人なら、今ごろお散歩デート中だよ」

「ああ、そっかー。デートか……え……」

 まゆは納得しかけた瞬間、思考がフリーズした。次の瞬間、持っていたシャーペンが手から滑り落ち、机の上を転がる。

「でででででで、デートですとぉぉぉぉぉ!?!?」

 椅子を蹴りそうな勢いで立ち上がるまゆ。その声は部屋の空気を震わせるほどだった。

「まゆ、うるさいわよ」

 ユキは一瞥し、溜息混じりにピシャリとたしなめた。

 

           *

 

アニマルタウン 遊歩道

 

 その頃、こむぎと大福は並んでアニマルタウンの通りを歩いていた。

 普段はウサギの姿でいることが多い大福だが、今日は人間の姿。こむぎはそんな彼と肩を並べながら、ふと天真爛漫な笑みを浮かべる。

「あのねー、わたし大福とこうやって一緒に人間の姿でお散歩するの、ずっとしたかったんだー!」

 大福は口角をわずかに緩め、軽く頷く。

「そうだな。ま、こういうのも悪くねぇかもな」

 二人の付き合いは、動物同士としてはかなり長い。

 いろはと悟が恋人同士になる以前から、彼らは良き遊び仲間だった。

 大福にとってこむぎはかわいい妹のような存在であり、こむぎにとっても大福は頼れる兄のような存在だ。

 犬とウサギ。種族は違えど、その絆の強さは互いの飼い主同士の関係に引けを取らない。

 街の喧騒の中を歩きながら、大福は周囲に目を走らせる。

 道端には捨てられたゴミ袋が目立ち、レストランの外席ではカラスが飛び交い、時折地面をつついている。

 人々は普段通りに過ごしているように見えるが、街の空気にはどこか違和感があった。

「……」

 小さな異変が、確実に積み重なっている。

 大福はそれを敏感に感じ取っていた。

「どうしたの、大福?」

 こむぎがふと彼の様子に気づき、問いかける。

「いや……なんでもねーよ」

 気にするなと言わんばかりに肩をすくめる大福。

 こむぎはそれ以上深くは聞かず、何気なく周囲を見渡しながら、ふと気がついたことを口にする。

「そういえば……前にこの辺、いっぱい鳥がいたはずなんだけど、いつの間にかいなくなってる」

「ああ、ムクドリだろう。言われてみれば最近見ねーな」

 大福もまた、悟と共に街を歩く機会が多いため、こむぎの言葉に思い当たる節があった。

 かつて電線や街路樹に群がり、鳥害となっていたムクドリの姿は、今ではどこにも見当たらない。

「なんかさ、かなえがこの町に来てから、見かけなくなった気がするんだ」

 こむぎがぽつりと呟くと、大福は興味を引かれたように目を細める。

「へぇ……そいつはまた、妙な話だな」

 二人はそのまま歩き続けながら、それぞれの思考を巡らせていた。

 

           *

 

アニマルタウン 犬飼家

 

 いろはたちが机に向かい、勉強に励んでいると、ふと扉が開いた。

「みんな、お勉強お疲れさま」

 入ってきたのは、いろはの母・陽子だった。手にはお盆を載せ、冷たい麦茶とちょっとしたお菓子を運んできた。

「ちょっと休憩でもしなさいね」

 優しく微笑みながら、陽子はテーブルの隅にお盆を置く。

「ありがとうございます!」

「いただきます!」

 まゆと悟が素直に礼を言う中、かなえはすかさずお菓子に手を伸ばした。

「あなた……ほんと食い意地張ってるわね」

 ユキが呆れたように言うと、かなえはバリバリとお菓子を噛み砕きながら、さらりと持論を展開する。

「食えるときに食っとかないと、狩人は生きていけんのだ」

 悟が苦笑する中、陽子はふと悟に目を向け、微笑を深めた。

「ところで悟くん」

「はい、なんですか?」

「最近ね、いろはったら家で話すとき、ほとんど悟くんのことばっかりなのよ」

 さらりとした口調ながら、確実に核心を突く一言だった。

 いろはが飲みかけていた麦茶を、危うく吹き出しそうになる。

「お、お母さーん! やめてよー!」

 顔を真っ赤にしながら、慌てて抗議するいろは。

 一方で、その言葉を受けた悟も、耳まで赤く染めながら動揺していた。

「そ、そうなんですか……?」

 視線をもぞもぞとそらしながら、軽く咳払いをする。

 そんな二人の様子を見て、陽子はくすくすと笑った。

「ふふっ、頑張ってね、悟くん!」

「……は、はい」

 悟がなんとも言えない表情を浮かべる中、まゆは面白そうにニヤニヤしていた。

 だが、そんな穏やかな空気は、突然の絶叫によってかき消された。

「うわあああああああああ!!!」

「ダメぇ~!!!」

 リビングから剛とメエメエの悲鳴が響き渡った。

「今の、剛くん?」

 陽子が驚いたように顔を上げる。

「メエメエも一緒だったけど、なにごと!?」

 いろはも慌てて周囲を見回し、声を上げた。

 ただならぬ事態に、いろはたちは慌てて席を立ち、リビングへと急ぐ。

「「うわぁあああああああ!!!」」

 リビングに駆け込むと、剛とメエメエがテーブルの上に飛び乗り、互いにしがみつくように顔を引きつらせていた。

「怖いキラ……」

「この世のものとは思えないキラ!」

 キラリンアニマルたちも恐怖に震え、一箇所に固まっている。

 陽子が眉をひそめながら尋ねた。

「一体どうしたの?」

 剛は筋骨隆々な体を震わせながら、必死にテーブルの下を指差す。

「陽子さん、いろはたちも来ちゃダメだー!! 奴が近くにいるんだよ!!」

 怯えきった二人の視線の先――テーブルの下で、カサカサと動く影が見えた。

 いろはは眉をひそめながら剛を見つめる。

「お父さん、もしかして……奴って……」

 剛は厳かに頷くと、重々しく言い放った。

「ああ…ブラテラゲルマニカだ!」

「ぶら……何ですって?」

 ユキがきょとんとしながら聞き覚えの無い言葉について尋ねた。

 その瞬間、陽子は動揺のあまり口元を押さえる。

「そんな! 剛くん……あなたという人がいながら、ブラテラゲルマニカの侵入を許したというの!?」

「すまない陽子さん! この犬飼家において、ボクこそが最強にして最後の砦! にもかかわらず、このような失態を犯してしまった! よもやブラテラゲルマニカが入り込むなんて!」

 剛は拳を握りしめ、まるで国を守れなかった将軍のような口調で叫ぶ。

 その姿に、ユキが半眼になりながら冷静にツッコんだ。

「だから何なの? その“ぶらて何とか”って?」

 すると次の瞬間――。

 ガサガサッ!

 テーブルの下に潜んでいた“敵”が姿を現した。

「ひぃぃぃ!!」

 まゆは悲鳴を上げ、勢いよく後ずさる。

「これは……」

 その姿を目にした瞬間、悟は眼鏡を押し上げ、静かに分析を始めた。

「ブラテラゲルマニカじゃないですね。ペリプラネータ・フリッジノーサの方です」

「つまりゴキブリってことでしょう!!!」

 まゆの叫びが部屋に響き渡った。

 その刹那、ゴキブリ――いや、学名ペリプラネータ・フリッジノーサがテーブルの下から飛び出した。

 黒光りするボディが不規則に動き回り、いろはたちは反射的に身を引く。

「ひっ、飛んだ!?」

「こ、来ないでぇぇぇ!!!」

 テーブルの上で縮こまっていた剛とメエメエが、さらに身を寄せ合いながら絶叫する。

「……ほう」

 その中で、ユキだけは冷静だった。いや、冷静というより―― 狩猟本能が全開だった。

「ニャー!」

 獲物を見つけた猫のように目を細めると、ユキは人間の姿のまま素早く床を蹴った。

「ユキちゃん!?」

「ちょ、なにやってるのユキ!?」

 いろはとまゆが慌てるが、ユキは聞いていない。

 本来の姿である猫のように身を低くし、飛び回るゴキブリの動きを目で追うと――

 シュバッ! と、一瞬で距離を詰め、テーブルの上から華麗に飛びかかる。

「そこね!」

 宙を舞うペリプラネータ・フリッジノーサに、猫のような鋭い手つきで手を伸ばす。

「や、やめてええええええ!!!」

 まゆは悲鳴を上げながら、ユキを必死に止めようとするが、そのスピードについていけない。

「ユキ、お願いだからやめてぇぇぇ!!」

「邪魔しないで。今仕留めるから」

「仕留めるってなにぃぃぃ!? こんな時だけ猫の本能に従うのやだあああ!!!」

 まゆが半泣きになりながら騒ぐ中――。

 突然、何の迷いもなく かなえがペリプラネータ・フリッジノーサを素手で掴んだ。

「……あっ」

 ユキの手が止まる。まゆも息をのむ。

「ふん」

 かなえはまるで紙くずを放るかのように、すっと窓の方へ歩いていく。

 そして、ポイッと外へ放り投げた。

 全員が呆気に取られ、沈黙する。

「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」」」」」」」

 直後。いろはたちの絶叫が、犬飼家のリビングに響き渡った。

 ──そのタイミングで、玄関の扉が開く。

「ただいまー!」

 こむぎの元気な声が家に響いた。

「……何の騒ぎだ?」

 大福が眉をひそめながら、家の中を見回す。

 その瞬間、リビングの方からドタバタバタッと慌ただしい音が聞こえ、いろはたちが何やら混乱している気配が伝わってくる。

 こむぎと大福は顔を見合わせた。

「なんだろう?」

「……まさかとは思うが、かなえがまた何かやらかしたか?」

 大福がため息混じりに呟く。

「いろはー、わたしたちがいない間に何があったのぉ?」

 首をかしげながら、こむぎは靴を脱ぎ、家の中へと足を踏み入れた。

 リビングに入ると、そこには驚愕と混乱の渦が広がっていた。

 テーブルの上で縮こまる剛とメエメエ、真っ青な顔のまゆ、呆然と立ち尽くすいろはと悟、陽子、そして――平然としたかなえ。そこにこむぎと大福が加わった。

「何をそんなに騒ぐ必要がある?」

 かなえが不思議そうに首をかしげる。

「いや、だって……かなえちゃん、今ペリプ……ゴキブリを素手でキャッチしたよね!?」

 いろはが必死に確認すると、かなえはあっさりと頷いた。

「したぞ」

「それをポイって、外に投げたよね!?」

「投げたぞ」

 その飄々とした態度に、いろはは目を見開く。

 一方で、剛は感心したように腕を組み、大きく頷いた。

「いやー、恐れ入ったよ。まさかGに臆さないどころか、素手で触れるとは思わなかった」

「かなえちゃん、すぐに手を洗った方がいいわよ」

 陽子がやんわりと促すが、かなえは怪訝そうに眉をひそめた。

「何故だ? たかがゴキブリじゃないか? いざという時には食料にもなるし、狩りがうまくいかない時はあれで食いつなぐことも珍しくもない」

 その言葉に、場の空気が凍りついた。

「ちょ、ちょっと待ってよ! まさか、鷹目さん……ゴキブリを食べるの!?」

 まゆが顔を青ざめさせながら、後ずさる。

「し、信じられません……!!」

 メエメエも震えるように口元を押さえ、戦慄した表情を浮かべていた。

 まわりが完全にショックを受けている中、かなえだけがきょとんとしている。

「? 兎山、ゴキブリを食べることは変なのか?」

 無邪気な声で問いかけるかなえに、悟は一瞬言葉に詰まり、慎重に言葉を選びながら答えた。

「えっと……鷹目さんはともかく、基本的にボクたちはゴキブリを食べ物とは認識していないというか……。そもそも、街中で見かけるゴキブリは、森で暮らしているゴキブリとは違って、有害な部分も多いんだ」

「悟くんの言う通りよ」

 陽子が穏やかながらも真剣な口調で続けた。

「赤痢菌って言って、さっきみたいなクロゴキブリやチャバネゴキブリは、そういう病気を運ぶことがあるの。だから、衛生害虫として扱われているのよ」

「そうなのか……」

 かなえは腕を組みながら、納得したような、それでいてどこか腑に落ちないような表情を浮かべる。

「私の知らないところで、奴らも肩身の狭い思いをしているのだなー」

 しみじみと呟くかなえを前に、いろはたちは再び沈黙した。

 呆れる大福を余所に、こむぎが無邪気に尋ねる。

「? 大福、かなえ何か変なことしたのかな?」

「……あいつが変なのは今に始まったことじゃねーよ」

 大福がぼそりと呟き、ため息混じりに首を振った。

 こむぎは「そっかぁ?」と首をかしげつつも、特に気にした様子もなく、かなえをじっと見つめた。

 

           *

 

アニマルタウン Pretty Holic(猫屋敷家)

 

「ふぅー……」

 まゆは勉強会を終えて帰宅すると、制服のままベッドに倒れ込んだ。

 天井をぼんやりと見つめながら、長いため息を吐く。

「アニマルタウンに引っ越してきて一年ちょっと経つけど……動物がたくさんいるってことは、ゴキブリもいるってことなんだよねー……」

 どこかげんなりした様子で呟くと、枕元で丸くなっていたユキがピクリと耳を動かし、のそりと顔を上げた。

「心配いらないわ、まゆ。見つけたら、私が必ず仕留めるにゃん」

 猫の姿に戻ったユキが、自信たっぷりに言いながら毛づくろいを始める。

 その頼もしげな(というか恐ろしい)宣言に、まゆは勢いよく体を起こし、両手を振り回しながら否定した。

「ユキ~! わたしやお店のイメージってものがあるから、それだけは絶対やめて~!」

 そんなやり取りをしていたときだった。

「きゃあああ!」

 突然、キッチンの方から悲鳴が響いた。

「ママ!?」

 まゆは驚き、ユキとともに慌てて駆け出した。

 キッチンへ飛び込むと、そこにはすみれが後ずさりながら震えている姿があった。

 視線の先には、カサカサと動き回るチャバネゴキブリの影が。

「誰かー! 誰かなんとかしてー!」

 すみれが半泣きで叫ぶ。

「ひぃぃ!! また出たー!!」

 まゆも叫び声を上げ、思わずユキの後ろに隠れた。

 だが――。

「ニャー!!」

 ユキの目が鋭く光る。

 その瞬間、彼女は低く身を沈めると、狩猟本能のまま床を蹴った。

 猫の姿のまま宙を舞い、ゴキブリめがけて一直線に飛びかかる。

 バシッ!

 そして見事、一発でゴキブリを仕留めた。

「やっつけたにゃん♪」

 ユキは満足げに前足をぺろりと舐める。

「ユキ……ありがとう。お礼にチュールあげるわ♪」

 すみれは心から安堵した様子で微笑みながら、ユキの頭を優しく撫でた。

「わたしはちょっと複雑だよ、ママ~……」

 まゆは泣きそうな顔で肩を落としながら、仕留められたゴキブリを見つめていた。

 

           ◇

 

アニマルタウン 私立湾岸第二中学校

 

 翌日、昼休み。

 中庭の木陰にレジャーシートを広げ、いろは、悟、まゆの三人は並んでお弁当を広げていた。

「はぁー……」

 まゆは昨夜の疲れが抜けきらないのか、大きく伸びをしながら、箸を握る手もどこか重たそうだ。

「まゆちゃん、なんか疲れてる?」

「昨日、遅くまで勉強してたとか?」

 いろはと悟が気遣うように問いかけると、まゆはため息交じりにぽつりと呟いた。

「……昨日、うちに帰ったら、また“太郎くん”と遭遇しちゃったの」

「“太郎くん”?」

 いろはが首をかしげると、まゆは深刻な顔で小さく震えた。

「ゴキブリだよぉ!!!」

「えぇっ!? まゆちゃんの家にも出たの!?」

 いろはは驚いて、ミートボールを持つ手を止めた。

「ママがキッチンで見つけちゃって、もう大騒ぎ! しかも、ユキがガッ! って飛びかかって! ……あぁ……わたしの中のユキの清廉潔白なイメージが……」

 まゆは身振り手振りを交えて説明すると、悟は「なるほど」と納得したように頷いた。

「でもユキちゃんなら、ゴキブリ相手でも冷静に対処しそうだね」

「そういう問題じゃないのー!!!」

 まゆは語気を強め、勢いよく箸を振り上げる。

「ユキはね、雪のように真っ白できれいな毛並みの猫なの♪ キュアスタでも、ユキのかわいさにたくさん『いいね!』が来てるの! なのに……そんなかわいいうちのユキがゴキブリを仕留めるところなんて、わたしは見たくないの!!!」

 まゆは天を仰ぎながら、両手を握りしめる。

「……いや、実際のところ、ゴキブリがいるなら仕留めてくれるのは助かるんじゃない?」

 悟が冷静に指摘すると、まゆはバッと振り向き、

「それはそれ! これはこれ!」

 と、力強く言い切った。

 放心したまゆを余所に、悟は気圧されつつも、やがて少し考え込むように箸を置いた。

「でも、確かにここ最近ゴキブリが増えてるって話、ちょくちょく聞くかな」

「そうなの?」

 いろはが問い返すと、悟はスマートフォンを取り出し、地元のニュース記事を開いて見せた。

「『アニマルタウンでゴキブリ大量発生 飲食店にも影響が』……ほんとだ」

「夜になると歩道にまで出てくるっていう声もあるし、飲食店にも入り込んで営業に支障が出てるって……」

「えぇぇ……そんなに!?」

 驚愕したいろはが顔をしかめる。

「でも、どうして急にゴキブリの数が増えたのかな?」

 怪訝な顔のまゆがポツリと呟いた。

「いくつか理由はあるよ。まず、近年の異常気象だね」

 悟は太陽を指差しながら、考えをまとめるように言葉を紡いだ。

「去年の夏、すごく暑かったでしょ?」

「うんうん、覚えてる」

 まゆが頷きながら、ふと過去の出来事を思い出す。

「ラクダのガルガルが出た時だよね。あの時は、暑くて溶けそうになったもん」

 いろはも苦笑しながら、当時の猛暑を振り返った。

「ゴキブリは、高温多湿な環境を好むから、去年みたいな異常な暑さが続くと、一気に繁殖しやすくなるんだよ」

「えぇぇ……じゃあ、アニマルタウンの夏はゴキブリにとって天国ってこと!?」

 まゆが絶望したように肩を落とすと、悟は苦笑しながら続ける。

「まぁ、それだけじゃないけどね。気温が高いと活動が活発になるし、成長速度も早くなる。つまり、繁殖サイクルがどんどん加速して、数が爆発的に増えちゃうんだ」

「や、やめてよ兎山くん~! 想像しただけで鳥肌が……」

 まゆが腕をさすりながら身震いする。

「でも、異常気象が原因なら、これまでもゴキブリは増えてたんじゃないの?」

 いろはが疑問を口にすると、悟は少し考えてから頷いた。

「確かに、異常気象は毎年のように起こってる。でも、今年はそれだけじゃなくて、他にも要因がありそうなんだよね」

 悟は箸を置き、お茶を一口含んで喉を潤した後、続けた。

 いろはとまゆは、真剣な表情で彼の言葉に耳を傾ける。

「四月くらいまで、アニマルタウンにはムクドリの群れが原因の鳥害が問題になってたでしょ? それが突然いなくなったんだよ」

「そういえば、いつの間にか見なくなったっけ……?」

 いろはが首をかしげると、まゆも思い出すように頷いた。

「うちのお店の周りも、前は電線とか木にたくさん止まってて、ピーピー鳴いてたのに、今は全然いないかも……?」

「ムクドリは雑食だから、ゴキブリも食べるんだ。だから、天敵がいなくなった分、ゴキブリが増えた可能性は高いかも。あとは、ゴミの問題もあるかな」

「ゴミの問題?」

 まゆが不安そうに眉をひそめると、悟は軽く頷いた。

「最近、ゴミ収集の遅れが問題になってるんだよ。暑さの影響でゴミの腐敗が早まってるのに、収集が追いついていなくて、街中に生ゴミが溜まりやすくなってるんだ」

「えぇぇ……それって、つまり?」

 いろはが顔をしかめると、悟は冷静な口調で答えた。

「ゴキブリにとっては餌場が増えたってことだね」

「ひぃぃぃっ!!」

 まゆが両腕を抱え、ぶるっと震えた。

「でも、ゴミ収集が遅れてるのってなんで? いつもならちゃんと回収されてるのに」

 いろはが首をかしげると、悟は少し考えてから答えた。

「観光客が増えて、ゴミの量が急増したのも原因のひとつかも。SNSとかで、アニマルタウンって積極的に宣伝してるから、いろんな町や国の人が多く来るようになった。でも、中にはマナーの悪い人もいて、ポイ捨てや放置されたゴミが目立つって話もあるんだ」

「うわぁ……」

 いろはとまゆが同時にうんざりした声を漏らす。

「もう一つ、大きな要因があるんだ」

 悟は眼鏡の位置を調整し、少し表情を引き締めた。

「古い下水設備が故障して、そこに住んでたゴキブリが一斉に地上へ逃げ出したらしい」

 聞いた瞬間、まゆの顔が青ざめる。

「ちょ、ちょっと待ってよ!? それってつまり……下水にいた大量のゴキブリが一気に街へ……!?」

「そういうこと」

 悟は真剣な表情で頷いた。

「下水の異常で溢れたゴキブリが、目につくようになったんだ。だから、今までよりゴキブリの存在感が増してる ってわけ」

「いやあああぁぁぁぁ!!!」

 まゆは悲鳴を上げながら、頭を抱えた。

 

           *

 

アニマルタウン 地下下水道

 

 カサ……カサ……カサカサカサ……

 闇に閉ざされた下水道の奥深く。

 湿気と腐敗臭が入り混じった空気の中、黒い影が蠢いている。

 壁や天井を這い回るゴキブリの群れは、ひしめき合いながらも、どこか異様な静けさを保っていた。

 その静寂を破るように、長い影がゆっくりと歩を進める。

「……ふむ、今日はこの辺りが良さそうですね」

 低く響く声が、閉塞した空間に染み込むように広がる。

 淡い光に照らされたのは、長身の男の姿だった。

 その立ち姿は、場違いなほどに整然としており、纏う空気がこの場所の不浄さと交わることを拒んでいるかのようだった。

 足元から漂う気配が、下水の湿り気を押しのけるように広がり、ただでさえ冷えた空間にさらに冷たさを滲ませていく。

 息苦しくなるような静けさが支配し、壁に染み込んだ水滴すら凍りつくように感じられた。

「命の温もりを失った亡骸とは少し違いますが……所詮、彼らに意志など無いに等しい……」

 男はゆっくりと片手を掲げる。

 ザザザッ……!

 沈黙を破るように、ゴキブリの群れが動き出した。

 カサカサカサ……カサ……カサ……

 流れる泥のように、黒い影が次々と男の足元へと集まっていく。

 数えきれぬほどの細かな足音が響き渡り、不気味な振動が空間を満たした。

 男はその光景を見下ろし、わずかに唇を吊り上げる。

「いいですね……この数、この生命力。この世界で最も忌み嫌われし存在……」

 そう呟くと、男は静かに片手を掲げた。

 指先から、黒いもやのような瘴気が滲み出す。

 ゆらゆらと揺れながら、まるで生き物のようにうねり、ゴキブリの群れへと絡みついていく。

「闇に潜みし怨念よ、形を成せ」

 その言葉と共に、瘴気が一気に広がった。

 ジュワァァァ……

 どす黒いもやが、ゴキブリの群れを包み込む。

 次の瞬間――変化が始まった。

 カサカサと動いていた無数の影が、異様な震えを見せる。

 甲殻が軋むような音が響き、ゴキブリたちの体がひび割れ、異形の姿へと歪んでいく。

 バキッ……バキバキバキ……!!!

 脚が太くなり、節くれだった外殻がイルカのように流線型を描く。

 頭部が異常に伸び、鋭く突き出た吻と、ギラつく無機質な複眼が闇の中に浮かび上がる。

 背中にはゴキブリ特有の羽が何枚も重なり、黒光りする外骨格の体が、瘴気を吸い込みながら脈動する。

 異形の存在――イルカゴキブリガオガオーンが誕生した。

「ガオガオーン!!」

 耳を裂くような鳴き声が下水道に反響する。

 その体は脈動し、内側から何かが蠢く。

 男は満足げにその様子を見つめ、再び口を開く。

「素晴らしい。さぁ、増えなさい……そして、広がるのです」

 ズル……ズルルルル……

 イルカゴキブリガオガオーンの体表がひび割れ、内部から新たな個体が這い出してくる。

 増殖が始まったのだ。

「これで終わりではありませんよ……ふふ、アニマルタウンの皆さんの慄く顔が楽しみですね」

 男の囁きと共に、次々と増え続けるイルカゴキブリガオガオーンたちが、暗闇の中へと姿を消していった。

 地上へと向かうために――。

 

           *

 

アニマルタウン 地上

 

 いろは、悟、まゆの三人は、学校を終え、並んで帰路についていた。

「はぁ……ゴキブリのいない世界に行きたい……」

 まゆが大きくため息をつきながら、力なく肩を落とす。

「気持ちはわかるよ……」

 いろはも苦笑しながら頷く。

「でも、ゴキブリは自然界では分解者の役割があるんだ。死んだ植物や動物の死体を分解して栄養を土に返す、いわば自然の掃除屋みたいなものなんだよ」

「へぇ……そんな役割があったんだ」

 悟の解説に、いろはが驚いたように目を瞬かせる。

「だから、いなくなったらいなくなったで、生態系に影響が出るんだ」

「うーん……」

 まゆは腕を組んでしばらく考えていたが、やがて困ったように首を傾げた。

「でもやっぱり、いないに越したことはないよね」

「それはまぁ……」

 悟もさすがに返答に詰まり、いろはと顔を見合わせて苦笑した。

 そのとき――

 ゴン……ゴゴゴゴ……

 不意に、アスファルトの下から鈍い音が響いた。

「……ん?」

 三人が足を止め、周囲を見渡す。

 突如、近くのマンホールが大きく揺れた。

「えっ……?」

 いろはが驚きの声を漏らした次の瞬間――

 マンホールの蓋が吹き飛んだ。

「えええええっ!?」

 まゆが目を丸くする。

 飛び出してきたのは――異形の影だった。

 黒光りする外骨格、鋭く伸びた吻、異様に膨れ上がった体躯。

 その背中には、ゴキブリ特有の羽が何層にも重なり、無機質な複眼がギラリと光る。

「な、何アレ……!?」

 いろはが息を呑む。

「ガオガオーン!!」

 イルカゴキブリガオガオーン――甲高い鳴き声を上げたその異形は、すぐさま羽を広げ、跳ねるように宙へ舞い上がった。

 悟は眼鏡を押し上げながら、その特徴を瞬時に分析し、声を上げる。

「高い跳躍力と空中機動、そしてあの独特の羽音! あれは、イルカとゴキブリのフューザーガオガオーンだ!」

「ひぃぃ!!!」

 まゆが悲鳴を上げる中、イルカゴキブリガオガオーンは狂ったように空中で羽ばたき、次々と周囲へと降下していく。

 ズル……ズルルルル……

 そして、その体の内部が蠢き、異様な音とともに 新たな個体が増殖していく。

「とにかく一旦逃げよう!!」

 悟の声が響く。

「そ、そうだね!!」

 いろはが頷くと、三人は一斉に駆け出した。

 だが――

「ガオガオーン!!」

 背後から耳をつんざくような鳴き声が響く。

 羽音とともに、イルカゴキブリガオガオーンたちが次々と街路に降り立ち、地面を這いながら三人を追いかけてくる。

「ヤダヤダヤダ!! 追ってきてるうぅぅぅ!!!」

 まゆが半泣きで叫びながら、必死に足を動かす。

「やっぱり、ゴキブリの機動力って高いんだ……!」

 悟が鋭く息を吐きながら、知られざるゴキブリのポテンシャルに感心するとともに道を曲がる。

 そのとき――

「いろはーっ!!!」

 正面から聞き慣れた声が飛んできた。

 見れば、通りの先からこむぎ、ユキ、大福、かなえがこちらへ向かって駆けてきていた。

「って、どういう状況なのこれ!?」

「見れば解るでしょうー!!」

 唖然とするユキにまゆが泣きながら叫ぶと、こむぎたちはすぐに表情を引き締めた。

「みんな、行くよ!」

 こむぎの目が鋭く光り、居合わせた全員が変身の準備を整える。

「「「「「プリキュア・マイ・エボリューション!」」」」」

 瞬く間に閃光が走り、メンバーたちは変身を完了させた。

「「「「「「「わんだふるぷりきゅあ!」」」」」」」

 

「ガオガオーン!!」

 イルカゴキブリガオガオーンが甲高い鳴き声を響かせながら、群れを成して一斉に襲いかかる。

「ひぃぃ!! やっぱり変身しても無理なものは無理ぃ!!」

 リリアンは背筋を凍らせながら、半ば悲鳴のように叫んだ。

「落ち着いてリリアン! ここで踏ん張らなきゃ!」

 フレンディが声をかけるも、目の前に迫る無数の黒い影に、リリアンの震えは止まらない。

「男は度胸だ。イルカだろうがゴキブリだろうが、とにかくぶっ飛ばす!」

 気炎を上げて大福が前に飛び出し、拳を振り抜く。

 だが、狙ったイルカゴキブリガオガオーンは瞬時に羽を広げ、軌道を変えて回避。

「電光石火……だが、避けても無駄だ!」

 シャスールが弓を引き絞り、鋭い矢を放つ。

「ストーム・アロー!」

 矢が放たれると同時に風が巻き起こり、敵を包み込むように攻撃する。

 暴風の渦が敵の動きを制限し、複数のイルカゴキブリガオガオーンを一網打尽にするかのように襲いかかった。

 矢は敵の羽を正確に射抜き、黒い羽が宙に舞う。しかし――。

 イルカゴキブリガオガオーンは怯むどころか、羽をもがれてもなお、まるで水中に潜るように地面へと滑り込んでいった。

「なっ……!?」

 シャールが驚きの声を上げた。

 ズル……ズルルルル……

 地面がまるで液状化したかのように波打ち、敵の気配が瞬く間に地中へと消えていく。

「えっ!? 地面の中に……!?」

 ワンダフルが驚愕の声を上げる間もなく、地面のあちこちで異様な蠢きが生まれる。

 ズル……ズルルルル……

 水面のように地面が波打ち、イルカゴキブリガオガオーンの群れが地中を自由自在に移動していた。

「こ、こっちに来るよ!!」

 リリアンが半ば泣きそうな声で叫ぶ。

「みんな、気をつけて! いつどこから飛び出してくるか分からない!」

 ニャミーが警戒を促した瞬間――

「っ!!」

 突然、地面が弾けるように盛り上がり、シャスールの真下からイルカゴキブリガオガオーンが飛び出した。

「しまっ――」

 シャスールが反応するも、一瞬遅かった。

 強靭な尻尾がしなり、空気を裂く音とともに横薙ぎに振り抜かれる。

 直後、シャスールの体が激しく弾き飛ばされ、地面を何度も転がった。

「シャスール!!」

 フレンディが叫ぶが、イルカゴキブリガオガオーンの群れは止まらない。

 次の標的を定めるかのように、群れの間に奇妙な波紋が広がる。

「くっ……みんな、フューザーガオガオーンは音を使って位置を探ってる! イルカのソナーと同じ仕組みだ……!」

 悟が歯を食いしばりながら叫んだ。

 彼らはただ闇雲に襲いかかっているわけではない。音波を発し、反響を頼りに相手の位置を正確に把握している。

 しかも、通常の視覚や感覚では捉えきれない角度から、的確に攻撃を仕掛けてくる――まるで、見えているかのように。

「ヘルプ! キラリンアニマル! ウサギ!」

 その場を離れたフレンディが、フレンドリータクトを振るい、キラリンウサギの力を解放する。

 瞬間、光が弾け、フレンディの頭にウサギの耳が付加される。

「これで音を聞き分ける!」

 地面の奥深くを這い回るかすかな振動、空気の波、動く気配――。

 フレンディは超聴覚を駆使し、敵の位置を正確に探る。

「見つけた! あそこ――!」

 フレンディが指さした先へ、ワンダフルとニャミーが一気に駆け出す。

「「やああああああ!」」

 二人の攻撃が、地面から飛び出してきたイルカゴキブリガオガオーンへ一直線に向かう。

 だが――

 ワンダフルの拳が届く寸前、敵は異様な動きを見せた。

 宙へと舞い上がったかと思えば、瞬時に体をひねり、滑るように別の方向へ回避。

「あれー!?」

 さらに、ニャミーの蹴りもまた、寸前で空を切った。

「攻撃が見切られてる!?」

 ワンダフルとニャミーが驚愕の声を上げる。

 その間にも、イルカゴキブリガオガオーンは不気味な羽音を響かせながら、冷静に間合いを取っていた。

「やっぱり、イルカソナーでこっちの動きを先読みしてるんだ!」

 悟が歯を食いしばりながら叫ぶ。

 イルカゴキブリガオガオーンは、ただ俊敏なだけではない。

 キラリンウサギの聴覚をも凌駕し、エコーロケーションによって相手の動きや攻撃の軌道を事前に把握し、完璧に回避しているのだ。

 さらに悪いことに、敵の行動は個体ごとではなく、群れ全体が連携し、ひとつの生き物のように動いていた。

 わんぷりメンバーが驚愕する間もなく、イルカゴキブリガオガオーンの群れは一斉に奇襲を仕掛けるべく、猛然と距離を詰めた。

「ちっ! 舐めてんじゃねーぞ!!」

 焦りと苛立ちを露わにしながら、大福が駆け出し、力強く拳を叩き込む。

 しかし――

 拳が届く直前、ゴキブリの俊敏な動きが炸裂する。

 瞬時に方向転換し、軽やかに飛び上がると、空中で素早く反転し、大福の背後へ回り込んだ。

「大福っ! あぶないっ!」

 咄嗟にワンダフルが飛び出し、大福を守ろうとする。

 しかし、それを見越していたかのように、イルカゴキブリガオガオーンの尾が鋭くしなり――

 ドンッ!! 二人の体が強かに弾き飛ばされた。

「ワンダフル!! 大福ちゃん!!」

 リリアンが思わず叫ぶが、イルカゴキブリガオガオーンの群れは、勝ち誇ったかのように羽音を響かせ、さらに包囲を狭めていく。

「ヘルプ! キラリンアニマル! スワン!」

 リリアンがアミティーリボンタンバリンの力で、キラリンスワンを呼び出し発動する。

「リリアンネット!」

 背中に生えた白鳥の翼を羽ばたかせ、空中から捕縛用の網を放ち、敵を拘束しようとする。

 しかし――

 イルカゴキブリガオガオーンの群れが、連携するかのように一斉に飛び回り、リリアンネットを絡めとって弾き返した。

「!? 跳ね返された!?」

 絶えず発せられる音波が、敵の動きを的確に連携させ、プリキュアたちの攻撃をすべて無効化していた。

「このままじゃ……!」

 皆の顔に焦りが募る中、イルカゴキブリガオガオーンの群れが再び奇妙な波紋を放ち、次の一撃を狙い始めていた――。

「! 悟、この前のあれ! 使ってみようぜ!」

 そのとき、大福が鋭く悟に呼びかける。

「そうか! あれなら……!」

 大福の言葉に悟も即座に合点がいった様子で、利き手を前に翳す。

「ガオガオーン!!」

 二人の動きに反応したかのように、イルカゴキブリガオガオーンの群れが一斉に向きを変え、次の襲撃態勢に入った。彼らのエコーロケーションは依然として健在であり、狙いを定める動きに迷いはない。

「「コンコードフレーテ!」」

 しかし直後、悟と大福の手の中に、専用アイテム『コンコードフレーテ』が召喚される。刹那、神聖な輝きが二人の掌から淡く放たれ、彼らはそれをしっかりと握りしめた。

「奏でるぜ、聖なる音を!」

「いくよ、大福!」

 二人が息を合わせ、コンコードフレーテを吹き鳴らした。

 その音色は空気を震わせ、目には見えない波紋となって広がっていく。

 次の瞬間、イルカゴキブリガオガオーンの波紋が乱れた。

 エコーロケーションに干渉されたのか、彼らの動きが鈍る。狙いを定めようとするも、いつものような正確さがなく、方向を見失ったように揺らいでいる。

「やったぁ! 効いてる……!」

 ワンダフルが目を輝かせる。

「この隙に畳みかけるぞ!」

 シャスールがそう促すが、悟と大福は互いの顔を見合い、不敵な笑みを浮かべた。

「まだだよ。ようやく、ボクたちの中でこの笛の本当の使い方がわかったんだ」

 悟がそう言うと、笛の持ち手付近にあしらわれたキラリンアニマルの図柄に目を向ける。

「アニマルコンコード! キラリンアニマル! ペンギン!」

 ペンギンの紋章に指を触れた悟が語気強く唱えると、コンコードフレーテが輝きを放ち、音色とともにキラリンペンギンの力が呼び出される。だが、その力は悟ではなく、既にキラリンウサギの力を宿しているフレンディへと流れ込んだ。

 直後、フレンディの脚部がキラリンペンギン使用時と同じものへと変わる。

「えっ、キラリンペンギン!?」

 驚きの声を上げるフレンディ。

「まさか、二つのキラリンアニマルの力を組み合わせたの?」

 ニャミーも信じられない様子で目を見開いた。

「うん。フレンディ、今のうちにフューザーガオガオーンを!」

 悟が促すと、フレンディは即座に気を引き締めた。

「わかったよ、悟くん!」

 フレンディは、キラリンウサギの超聴覚で敵の地中移動を察知し、キラリンペンギンの氷の滑走能力を発動する。

 足元から冷気が広がり、一瞬で地面が氷の膜に覆われた。

「これで簡単には動けないはずだよ!」

 凍結した地面の上では、イルカゴキブリガオガオーンの地中移動は思うようにできない。

 戦局は、ついにプリキュア側へと傾き始めた。

「こっちもいくぜ!」

 大福が鋭く息を吸い込みながら、悟に倣う形でコンコードフレーテを構える。

 キラリンアニマルの紋章に目を走らせると、狙いを定めたようにキラリンパンダの図柄に指を触れた。

「アニマルコンコード! キラリンアニマル! パンダ!」

 瞬間、大福の手元から淡い青の光が解き放たれる。

 キラリンパンダの力が呼び出されると、そのエネルギーは大福自身ではなく、すでにスワンの力で宙に浮いているリリアンへと流れ込んだ。

「ありがとう、大福ちゃん!」

 リリアンの目元に丸眼鏡を模したパンダの力が宿る。

「おやすみなさい♪」

 リリアンは上空でくるりと回転し、パンダの催眠波を広範囲に展開。

 降り注ぐ穏やかな波動が、イルカゴキブリガオガオーンの群れを包み込む。

 増殖途中の敵がその場で動きを止め、まるで糸が切れたかのように地に落ちていった。

 戦力の低下が、明らかに敵の流れを鈍らせていく。

「シャスール! あとは任せてもいい?」

 悟が振り向きながら声をかけると、シャスールは静かに頷いた。

「無論だ」

 口角をわずかに釣り上げ、弓を引き絞る。

 風が一瞬、彼女の周囲に渦を巻くように流れた。

 次の瞬間、放たれた無数の矢が疾風のごとく走り、狙い違わず動けなくなったフューザーガオガオーンたちへと突き刺さる。

「ガオガオーン…」

 残っていた群れは、一斉に弾けるように光となり、やがて消滅していった。

 こうして、アニマルタウンを襲った最恐の敵との戦いは幕を下ろした。

 

           ◇

 

アニマルタウン 私立湾岸第二中学校

 

 数日後、中間テストの真っ最中。

 筆記用具の走る音だけが響く教室で、まゆは理科の問題に取り組んでいた。

(うーん……ここまではなんとか解けてるけど……)

 順調に進んでいた彼女の視線が、最後の問題で止まる。

【あなたが知っている生き物の学名を一つ書きなさい】

(えっ、自由回答!? こんなの出るの!?)

 突然のサービス問題に、まゆは一瞬戸惑った。

 だが、すぐに脳裏に浮かんだのは――。

 ――ペリプラネータ・フリッジノーサ

「…………」

 自然と手が動き、回答欄にスラスラと書き込んでいた。

 記憶にこびりついたあの戦い、そして何より……ゴキブリの学名が、なぜか完璧に頭に入っていることに自分でも驚く。

(……わたしの頭のどこか、大事な部分がゴキブリに侵食されてる気がする……)

 頭を抱えたくなる衝動を必死に抑えながら、まゆは答案をそっと伏せた。

 こうして、ゴキブリの恐怖(?)を乗り越えたまゆの中間テストは幕を閉じた――。

 

 

 

 

 

 




登場ガオガオーン
イルカゴキブリガオガオーン
声:高橋伸也
身長:210cm(通常時)、最大350cm(増殖時)
体重:不明(増殖により変動)
・特色/力
イルカとゴキブリを融合させたフューザーガオガオーン。
超音波を用いたエコーロケーションによる索敵能力を持ち、戦闘では俊敏な動きと連携を活かした集団戦法を得意とする。
ゴキブリの耐久力により、多少のダメージでは怯まず、羽をもがれても地中へ潜ることで攻撃を回避する。
また、戦闘中に体内から新たな個体を増殖させる特性を持つため、長期戦になるほど不利になる厄介な存在。
・特徴
頭部はイルカのような形状だが、ゴキブリの複眼を持ち、常に不気味な羽音を響かせている。
背中には半透明の翅(はね)を持ち、空中機動と地中潜行の両方をこなす。
胸部には発音器官があり、超音波攻撃やエコーロケーションを発する。
下半身は昆虫の脚が生えたイルカの尾びれのような形状で、跳躍や素早い方向転換が可能。
増殖能力を持ち、戦闘中に新たな個体を生み出す。
・能力
エコーロケーション(ソナー)
超音波を放ち、周囲の状況を正確に把握する。
攻撃が当たる前に回避行動を取るため、通常の攻撃はほとんど通用しない。
群れ全体で超音波を共有し、仲間同士の連携を強化する。
飛行・地中潜行
高速飛行による奇襲攻撃が可能。
翅を破壊されても、ゴキブリの生存本能によって地面へ潜り、地中を泳ぐように移動できる。
硬い地盤でも隙間を縫うように潜り込む。
爆発的増殖
一定時間ごとに体内で新たな個体を生成し、戦闘中に数を増やしていく。
増殖速度はプリキュアたちの攻撃によって変動し、抑えなければ無限に増え続ける。
・行動
アニマルタウンの地下下水道にて大量発生し、地上へと進出。
住宅地や飲食店を襲撃し、食料を求めて暴れる。
夜間になると活動が活発化し、集団でエコーロケーションを発しながら行動する。
街灯や窓ガラスに大量に群がり、住民に恐怖を与える。
・戦闘記録
イルカとゴキブリの特性を併せ持つイルカゴキブリガオガオーンが出現。高い飛行能力とエコーロケーションを駆使し、わんぷりメンバーを翻弄する。
シャスールが弓矢を放ち、敵の翅を射抜くことに成功。しかし、イルカゴキブリガオガオーンは動じることなく地中へと潜り込み、反撃の機を狙う。水中のように地中を移動し、シャスールの足元から奇襲を仕掛け、尻尾の一撃で吹き飛ばす。
フレンディがキラリンウサギの聴覚で敵の動きを探ろうとするが、エコーロケーションによって逆に先読みされ、攻撃を回避され続ける。ワンダフルと大福が直接攻撃を仕掛けるも、ゴキブリの俊敏な動きでかわされ、逆にカウンターを受ける。リリアンの捕縛技も、群れの連携によって回避され、効果が薄れてしまう。
悟と大福がコンコードフレーテを発動し、超音波を乱してエコーロケーションを無効化。フレンディがキラリンウサギ+キラリンペンギンの力で氷を展開し、敵の移動を封じる。リリアンがキラリンスワン+キラリンパンダの力で催眠波を放ち、敵の増殖ペースを遅らせる。動きを止めた敵に対し、シャスールが矢を一斉掃射し、残った個体を殲滅する。
戦力を大幅に削がれたイルカゴキブリガオガオーンは、エコーロケーションが機能しない状態に陥り、次第に追い詰められる。最後はシャスールの狙撃によって完全に殲滅された。
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