わんだふるぷりきゅあ!!~わんだふる♡わーるど~ 作:重要大事
六月初頭
アニマルタウン フレンドリィ動物病院&サロン
朝の光がやわらかく降り注ぐフレンドリィ動物病院&サロンのドッグラン。昨晩の雨の名残で、芝生には朝露がきらめき、ひんやりとした空気が漂っている。しかし、まだ午前の早い時間だというのに、陽射しはじりじりと強まり始めていた。
ここには、わんぷりメンバーだけが集まっていた。普段は犬たちが駆け回る場所だが、今は貸切状態になっている。
「悟くんと大福の兄貴が手に入れた、コンコードフレーテ……すごい力ですね!!」
メエメエが興奮気味に感嘆の声をあげる。
ベンチに座る悟は、照れくさそうにウサギ姿の大福を膝に乗せ、頬を掻いた。
「ボクも正直、こんな力を手に入れるなんて……思わなかったよ」
「まさにマブダチパワーってやつだな」
しみじみとした口調で呟く悟に、大福が鼻をひくひくさせながら得意げに言う。
「でも、本当にすごい力だよね。前の戦いでも、最後の決め手になったし!」
いろはが手を叩きながら、目を輝かせる。
「それにしても、イルカとゴキブリの組み合わせは本当にきつかったなー……」
まゆがげんなりとした表情で呟くと、猫姿のユキが警戒感を醸し出しながら頷いた。
「あの手のフューザーガオガオーンがこの先も出てくるかもしれないから、私たちはできるだけ強くならないといけないわ」
「猫屋敷ユキの言う通りだな。そのためにも、兎山と大福の力にはこれからも期待しているぞ」
かなえが真剣な口調で言うと、悟は気まずそうに苦笑した。
「うわぁ……なんかすごいプレッシャーだな」
「心配すんな悟。オレたち二人なら、必ず乗り越えられるさ」
大福がどんと胸を張る。
「うん……そうだね」
悟も力強く頷いた。
その時、ふとこむぎが呟いた。
「そういえば……」
いろはが、犬姿のこむぎに視線を合わせる。
「ニコ様って今ごろどうしてるのかな?」
「それはたしか、ニコガーデンとかいう動物の楽園を創ったという女神の名前だったか? 執事の羊?」
「羊の執事です! あと名前はメエメエです! いい加減覚えてくださいかなえ様!」
むきになって抗議した後、メエメエは悲嘆にくれた表情で呟く。
「相変わらずニコ様との連絡はおろか、ニコガーデンへの帰還も叶わない状況です。犬飼家のみなさんのご厚意はわたくしどもとしても大変ありがたいことですが、この状況を一刻も早く好転できる日を願っております……」
「うん……そうだね」
いろはが静かに返すと、その場から立ち上がった。
「メエメエたちが早くニコガーデンに帰れるようにするためにも、アニマルタウンの平和を取り戻す必要があるね」
「そうね」
ユキも素直に同意した。
「こむぎも、がんばるよー!」
こむぎが尻尾を振りながら意気込む。
「唯一の手がかりとして、先日兎山が目撃したというフューザーガオガオーンを作り出していた男……」
かなえが思案顔で呟く。
「あれからネット上とかも目撃情報がないか探ってるんだけど、それらしいものは見つかってないんだ」
悟が首を振り、有力な手掛かりが得られない状況をもどかしく感じる。
「いったい何が目的なんだろうな……」
大福も眉をひそめ、低い声で呟いた。
その時、不意に陽子が現れた。
「みんな、まだここにいたの?」
彼女が話しかけると、全員がいぶかしむように顔を向ける。
「今日、清掃ボランティアに行くんでしょ? もうそろそろじゃない?」
「あっ、そうだった!」
いろはがはっとして時計を見る。
「そろそろ出発しないと!」
まゆが慌てて立ち上がる。
「うん、すっかり忘れてた!」
悟も苦笑しながら身を起こした。
陽子に言われて思い出したいろはたち。すると、こむぎとユキ、大福も人間の姿へと変化する。
「みんなでアニマルタウンをお掃除しよう!」
こむぎが元気よく声をあげる。
「面倒だけど、仕方ないわね……」
ユキが肩をすくめる。
「掃除をしたら何か食べ物を分けてもらえるのか?」
かなえが期待を込めた目で尋ねると、大福が呆れたように肩をすくめる。
「おまえは”ボランティア”って言葉の意味を一遍辞書で引いてみろ」
わんぷりメンバーは笑い合いながら、清掃ボランティアへと向かっていった。
*
アニマルタウン 鏡石神社前
集合場所である鏡石神社の境内に、わんぷりメンバーが続々と集まってきた。昨晩の雨の影響で、地面にはまだ少し湿り気が残っている。風が吹くたびに木々の葉がそよぎ、鳥のさえずりが響く中、清掃ボランティアの準備が進められていた。
「あ、いろはちゃん! まゆちゃん!」
すると、同級生の蟹江七海がこちらを見つけ、手を振る。
「こむぎちゃんとユキちゃんもいっしょだ」
実家が鏡石神社であり、祭事の際には巫女としても活動している烏丸もその隣で目を細めた。
「お待たせー!」
いろはが小走りで近づきながら笑顔を向ける。
「遅くなってごめんね」
まゆも申し訳なさそうに言いながら、クラスメイトのもとへと集まった。
「カラスちゃん! 久しぶりー!」
こむぎが元気よく駆け寄ると、烏丸は微笑しながら「烏丸だよ」とやんわり訂正した。
「こむぎちゃんもユキちゃんも元気そうだね」
「うん! みんなで掃除、がんばるよー!」
「そうそう、ボランティアって言ってもただのゴミ拾いじゃなくて、ちゃんと地域貢献だからね! 気を抜かずにやるわよ!」
蟹江が腕を組んで胸を張ると、猿渡が肩をすくめた。
「あれ? 兎山の隣にいる二人は見ない顔だけど……」
そのとき、蟹江に誘われてボランティアに参加していた同級生の猿渡が、悟の後ろに立つ二人をじっと見つめた。
「えっと……二人とも親戚なんだよ、猿渡くん。大福と鷹目かなえさんって言うんだ」
悟が咄嗟に取り繕うに言うと、紹介を受けた大福が腕を組んで「よろしく、猿渡」と落ち着いた口調で言った。
「右に同じく」
かなえも静かに一礼する。
「お、おお……」
猿渡はどこか妙に貫禄たっぷりな二人、特に大福を見て、圧倒されたような表情になった。
「なんか……ただの親戚って感じじゃない気がするな……」
猿渡が訝しげに二人を見比べながら呟く。
「あははははは! そ、そうかな!」
悟が誤魔化すように豪快に笑うと、猿渡はますます困惑した顔になった。
一方で、いろはたちはボランティアに参加していた大熊の存在に気付き、恐る恐る声をかける。
「大熊さん……もう、大丈夫なの?」
まゆの問いかけに、大熊は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに「大丈夫、大丈夫!」と軽く笑ってみせた。
「心配してくれてありがと。でも、もう落ち着いたし、牧場のみんなも頑張ってる。わたしもいつまでも落ち込んでられないからね」
明るく振る舞おうとしているのは明白だったが、その笑顔の奥に、まだ消えきらない傷があるのをいろはは感じ取った。
「……無理しないでね。何かあったら、いつでも言って」
いろはがやわらかい声で言うと、大熊は一瞬口を開きかけたが、結局「……ありがと」と小さく頷いた。
「よーし、じゃあみんなでがんばろう!」
こむぎが拳を軽く握ると、周囲の空気が少し和らいだ。
「うん!」
いろはたちもそれに続くように頷き、清掃ボランティアの準備へと向かった。
*
アニマルタウン ため池
「うぅ……ちょっと、暑すぎるよ……」
まゆが額の汗を拭いながら、ため息混じりに呟いた。手にしたゴミ袋はすでに半分ほどが埋まっている。
「こんなの、7月じゃない?」
ユキも首元を扇ぎながら、日陰を求めるように木の下へと移動した。
「異常気象ってやつかな?」
烏丸が額の汗を腕で拭う。彼女は長袖を着ていたが、それでも容赦ない暑さに苛まれていた。
「それにしても、たった一時間でこんなにゴミが溜まるなんて……」
まゆは手元のゴミ袋を見下ろしながら、呆れたように言う。
「というか、これなんなの?」
ユキが目を細めながら、ゴミの山から一本の自撮り棒を取り上げる。そのまましげしげと眺め、どうしてこんなものが普通に捨てられているのか疑問に感じた。
「アニマルタウンに観光で来ている外国人も多いんだけど、一部のマナーの悪い人たちが、撮影に使ったものをそのまま置いて帰ったりするんだよ」
烏丸がゴミ袋を広げながら、少し眉をひそめる。
「えー、それってひどいよ」
まゆが眉を寄せながら、自撮り棒をビニール袋に放り込んだ。
「ここはあなたたちのゴミ捨て場じゃないのよ、って文句を言ってやりたいわね」
ユキが腕を組みながら、呆れたようにため息をつく。
「ほんと」
まゆも同調しながら、ため池の水面を見つめた。波紋が静かに広がり、水鳥がゆったりと羽を休めている。けれど、その足元にはペットボトルや空き缶が無造作に捨てられていた。
「こういうのを見ると、なんだかやるせなくなるね……」
「でも、わたしたちが片付けないと、もっとひどくなっちゃうから」
烏丸がゴミ袋の口をしっかりと締めながら、静かに言う。
「……うん、そうだよね」
まゆとユキも頷き、再び清掃作業に取り掛かった。
*
アニマルタウン 遊歩道
「ぐああ、あっついなーもー!」
蟹江がゴミ袋を片手に、うだるような暑さに耐えきれず大げさに叫ぶ。
「勘弁してくれよー、汗でシャツがビショビショだぜ……」
猿渡も顔をしかめながらシャツを引っ張り、べったりと肌に貼り付いた不快感に呻いた。
清掃を始めて10分もしないうちに、二人は早くも音を上げていた。
「なー、鷹目だっけ? よくこんな暑いのに平気だよな」
猿渡がゴミ拾いをしながら、横目でかなえを見やる。
「ほんと、ほんと。尊敬しちゃうよ」
蟹江も頷きながら、じっと汗ひとつかいていない彼女の様子を観察する。
「これくらいの暑さ、なんてことはない」
かなえは淡々とした口調で答えながら、黙々とゴミを拾い続ける。
「……それより腹が減ったな。早く帰って激辛カレーが食べたい」
「猿渡……この子、強者だわ」
「みたいだな……」
暑さにうだる二人とは対照的に、まったく動じる様子のないかなえを見て、蟹江と猿渡は顔を見合わせた。
*
アニマルタウン 公園周辺
「あつい~……」
こむぎがぐったりと肩を落とし、だらりと腕を垂らした。
「おかしいな……まだ6月なのに、なんでこんなに暑いのかな?」
いろはが額の汗を拭いながら、じりじりと照りつける日差しを恨めしげに見上げる。
「雨が降って湿度が高いのも影響してるのかも」
大熊が周囲を見回しながら答えた。そのとき、三人の周囲をぶんぶんと飛び交う黒い小さな影が現れる。
「うわっ、蚊だ!」
こむぎが身をすくめながら、素早く手を振り払う。
「こっち来ないで! このっ!」
大熊も思わず腕を振り回し、蚊を追い払おうとする。雨上がりは特に蚊が湧きやすい。
「うわっ! 刺されちゃった!」
いろはが腕をさすりながら、軽く顔をしかめた。
「かゆいー! かゆいよー!」
こむぎが焦ったように刺された腕を掻きむしる。
「ダメだよこむぎ、掻いたら余計に悪化しちゃうから!」
いろはが慌ててこむぎの手を押さえる。
「あっ、かばんに虫除け入れてたんだ! すぐに持ってくるよ!」
大熊が思い出したように言うと、急いで荷物の方へと駆けていった。
「あれ? いろは、なんかあの水たまり変だよ?」
こむぎが眉をひそめながら、遊具の裏側を指さした。
「水たまり?」
いろはがこむぎの視線を追いかける。そこには、雨上がりの水たまりが広がっていた。表面には無数の小さな波紋が広がり、不気味に揺れている。
「……うわぁ、ボウフラが湧いてる。道理で蚊が多いわけだね」
いろはがため息交じりに呟く。
「ボウフラ?」
こむぎが顔をしかめながら問いかけると、いろはは水面を指差しながら説明した。
「蚊の幼虫のことだよ。あれが成長すると、さっきの蚊になるんだよ」
水の中では、細長い幼虫たちがうごめいている。
「うげっ、気持ち悪い……!」
こむぎが思わず後ずさる。
「まゆちゃんたち、ため池の方を掃除するって言ってたよね……大丈夫かな?」
いろはが少し心配そうに呟いた。
*
アニマルタウン 鏡石神社前
清掃活動を終え、汗だくになりながら集合場所の鏡石神社へと戻ってきた一同。
「うわぁーん! 蚊に刺されたー!」
蟹江が腕を押さえながら、大げさに叫ぶ。
「オレもだー!!」
猿渡も首元を掻きながら、げんなりした表情を浮かべた。どうやら清掃中、蚊の標的になったのは彼らだけではなかったようだ。
ユキとまゆ、さらには長袖を着ていたはずの烏丸でさえ、首筋に刺された跡が残っている。
「悟くん、首の周りすごいよ! 四か所も刺されてる!」
いろはが驚いたように指摘すると、悟は慌てて首元に手をやった。
「え、ほんとに?! 全然気づかなかったよ」
とりわけ刺された箇所が多い悟を、いろはは心配そうに見つめる。一見素肌を露出気味な格好を多くしている彼女よりも、悟が受けた被害の方が大きかった。
「大福も刺されたの?」
こむぎが問いかけると、大福は腕を組んでため息をついた。
「見ての通り短パンだしな。しゃーねーよ」
彼は脚を指しながら、開き直ったように肩をすくめる。
「あなたは刺されなかったのね?」
ユキがあることに気づき、視線を向ける。
「ほんとだー。鷹目さん、全然刺されてない」
まゆも驚きの声を上げる。
全員が蚊の被害にあっている中、唯一まったく刺された跡がないかなえに、皆が羨望の眼差しを向けた。
「かなえちゃん、何か特別な対策してたの?」
いろはが不思議そうに目を瞬かせる。
「いや。別に何も」
かなえは涼しい顔で、淡々と答える。
「やっぱり強者だわ……」
蟹江がぽつりと呟くと、猿渡が深く頷いた。
そのやりとりを聞き流しながら、烏丸がふと思い出したように悟へと視線を向ける。
「そういえば兎山くん。聞いたことあるんだけど、蚊って世界で一番人を殺してる生き物ってホント?」
「よく知ってるね、烏丸さん」
悟が感心したように声を発し、それから頷いた。
「実は蚊は、年間で70万人以上の人を死に追いやってるんだ」
「えっ!? そんなに!?」
いろはが目を見開き、まゆも「うそでしょ……?」と息を呑んだ。
「直接刺されて死ぬわけじゃないけど、蚊が媒介するマラリアや黄熱病、日本脳炎とかの感染症が原因で亡くなる人がたくさんいるんだよ」
悟はそう言いながら、周囲を見回す。
「特に、熱帯地域ではマラリアが深刻な問題になってて、子どもたちが犠牲になるケースも多いんだ。世界保健機関(WHO)でも蚊を駆除するプロジェクトが進められてるくらいにね」
「へぇ……そんなに危険な生き物だったんだ」
大熊が感心したように頷くと、こむぎが眉をひそめる。
「でもさ、なんでそんなにいっぱいいるの?」
「それはね、蚊は繁殖力がすごいからだよ」
悟が指を一本立てて説明を続ける。
「例えば、メスの蚊はたった一回の産卵で100から200個の卵を産むんだ。そして、ボウフラの状態からわずか10日で成虫になる。だから、ちょっと水が溜まる場所があるだけで、どんどん増えちゃうんだよ」
「たった10日!?」
ユキが驚いたように声を上げる。
「だから雨上がりの公園とか、ため池の周りとかは特に蚊が多いんだ。水たまりが放置されると、あっという間にボウフラが育って成虫になっちゃうからね」
「けどさ、そんな迷惑な虫なら、とっとといなくなっちまった方が良いんじゃねーの?」
猿渡が素直な疑問を口にする。
彼の言葉に、周囲も「確かに……」といった表情になった。蚊に刺されて不快な思いをしたばかりの皆にとって、その考えは自然なものだった。
「まあ、そう思うのも無理ないよね」
悟は苦笑しながら首を振った。
「でも、蚊が完全にいなくなったら、それはそれで困ることもあるんだよ」
「? それは何故だ?」
かなえが眉をひそめる。
「蚊はね、生態系の中で結構重要な役割を担ってるんだ」
悟は木の枝を拾い、地面に円を描きながら説明を続けた。
「まず、蚊の幼虫であるボウフラは、水中の有機物を食べて分解する役割を持ってる。だから、ため池とか湿地の水質を浄化するのに一役買ってるんだよ」
「へぇ……意外と役に立ってるんだな」
大福が少し驚いたように頷く。
「それに、ボウフラは小魚やヤゴ、カエルのオタマジャクシなんかのエサにもなってるんだ。もしボウフラがいなくなったら、そういう生き物たちの食べ物が減っちゃって、生態系が崩れるかもしれない」
「つまり……蚊はただの迷惑な存在じゃなくて、ちゃんと自然の一部なんだね」
烏丸がゆっくりとまとめるように言うと、悟は「その通り」と頷いた。
「あとね、成虫になった蚊も、種類によっては花の蜜を吸って受粉を助けるんだ。特にオスの蚊は血を吸わない代わりに、主に花の蜜を吸ってるんだよ」
「えっ!? 蚊って花の蜜を吸うの?」
いろはが意外そうに目を見開いた。
「実はミツバチみたいに、花粉を運ぶ役割もしてるんだ」
「なんか……蚊ってただの害虫じゃないんだね」
ゴキブリの件に続いて、まゆは複雑そうな顔をしながら呟いた。
「でも、だからって無闇に増えすぎると、やっぱり人間にとっては害になるから、ちゃんとコントロールすることが大事なんだ」
「なるほどな……じゃあ、蚊も大事だけど、増えすぎないようにするのがベストってことか」
猿渡が納得したように頷いた。
「そういうこと」
悟が微笑むと、その場の空気が少し和らいだ。
蚊は迷惑な存在だけれど、自然の中ではちゃんと役割を果たしている。そんな当たり前のことを、改めて実感するひとときだった。
◇
月のはじめから大いに士気は下がったものの、それからは何の変化もなく時間は過ぎていった。
そんな日々に異変が現れ始めたのは、清掃ボランティアから三日が過ぎた頃だった。
≡
アニマルタウン 兎山家
平日の朝。
いつもならとっくに起きているはずの悟が、まだ布団の中で身じろぎもせず横たわっていた。
――おかしい。
目を覚ました大福は、ケージの中からその異変に気付く。何かがおかしい。悟の呼吸が、やけに乱れている。
「……悟?」
呼びかけても、返事はない。
嫌な予感が胸をよぎり、大福はすぐさま人間の姿へと変身した。ベッドへ近づき、寝具の隙間から悟の顔を覗き込む。
額には滲んだ汗。肌は異常なまでに紅潮し、まるで炎に包まれているかのようだった。
「悟、具合悪いのか?」
大福が慎重に声をかけると、悟はうっすらと目を開け、弱々しく頷いた。
「うん……なんだか、熱っぽくて……」
かすれた声。いつもの覇気のない、力の抜けた口調だった。
大福はすぐに悟の額へ手を当てる。
「っ……!」
指先が触れた瞬間、驚くほどの熱さに思わず息を呑んだ。
「こりゃひでーな。悟、今日は学校休め」
大福の言葉に、悟はぼんやりと頷く。
「うん……そうする。あ、そうだ……いろはちゃんと、学校に電話しなきゃ……」
熱に浮かされながら、悟はスマホへと手を伸ばそうとした。
――その瞬間だった。
「ぐあ……ああああ!」
悟の身体が、突如として硬直する。
「っ!? 悟!!」
大福が驚き、ベッドの縁に手をついた。悟の全身がびくりと震え、その顔が歪んでいく。
「……ぎ……あ……!」
まるで背骨を圧し折られたかのような苦痛に、悟の体が弓なりに反り返った。
(なんだ、どうしたんだ!?)
悟自身でも理解できないほど全身から噴き出す汗。異常なまでの熱。
「おい、悟っ!!」
大福の脳裏に警鐘が鳴る。
必死に呼びかけるが、悟は返事をする余裕すらない。
「このままじゃ……し……死んじゃう……」
悟は指をわずかに動かし、震える手でスマホへと手を伸ばした。
しかし、スマホを掴むのも一苦労だった。関節という関節が痛み、指先に力が入らない。
「ひゃくじゅうきゅう……」
その先にあるのは、119番。
しかし、その直後――
最後の言葉が、途切れた。
スマホを握りかけた手が力を失い、ぐったりとベッドの上へ落ちる。
「悟っ――!!」
大福の叫びが、部屋の中に響き渡った。
だが、悟の意識は、もうそこにはなかった。
*
アニマルタウン 犬飼家
「えーー!! 悟くんが緊急入院!?」
夕方、犬飼家のリビングにいろはの驚きの声が響いた。
学校を終えたいろはのもとへ、大福とかなえが訪れ、悟の容体を報告したのだ。
「医者の話じゃ、デング熱ってやつにかかったらしい」
大福が腕を組みながら、少し険しい表情で言う。
「デング熱……?」
いろはが眉をひそめ、傍で話を聞いていた陽子に説明を求める。
獣医である陽子は医療従事者として、デング熱に関する知識を持っており、その恐ろしさを知っていた。
「熱帯や亜熱帯地域を中心に流行している感染症よ。でも、よりによって悟くんがかかるなんてね……」
「なんでも、そのウィルスを媒介しているのが蚊なんだそうだ」
かなえが淡々と言葉を継ぐ。
「蚊?」
人間の姿で話を聞いていたこむぎが、思わず顔をしかめた。
「あ! そういえば悟くん、わたしたち以上に蚊に刺されてたんだ!」
いろはがはっとしたように思い出す。
──そうだ。清掃ボランティアの日、悟は明らかに刺される数が多かった。
「……じゃあ、あの時の蚊が原因だったってこと?」
こむぎが不安そうに呟くと、大福は無言で頷いた。
「しかし、日本で熱帯の感染症とは……普通はならないよね?」
同席していた剛が困惑しながら問いかける。
「普通はね。でも、過去に国内で感染が確認された例もあるし……もしかしたら、このアニマルタウン周辺にも、感染を広げる蚊がいるのかもしれないわ」
陽子の言葉に、部屋の空気が一瞬張り詰める。
その沈黙を破るように、突然、メエメエが勢いよく前に出た。
「と、とにかく悟くんが一日でも早く治るように、大親友であるわたくしメエメエガ、これから毎日悟くんのお見舞いに行きます!!」
声を震わせながら、拳をぎゅっと握るメエメエ。その目には涙が滲んでいた。
「わたしも!」
いろはも即座に頷く。
だが――
「ダメだ」
大福が冷静な声で制した。
「メェっ……!?」
メエメエが動揺したように目を瞬かせる。
「悟は面会謝絶中なんだよ。感染を拡大させないためにな。オレらはおろか、あいつの両親ですら今は会うことを禁じられてるんだ」
大福の言葉に、メエメエは息を呑んだ。
「そ、そんなぁ~~~!」
膝をつきそうになるほどの衝撃を受け、手を口元に当てるメエメエ。
「な、なんということですか……悟くんが苦しんでいるというのに……わたくし、そばに行って励ましてあげることすらできないのですか……?」
必死に涙をこらえながら、訴えるように大福を見つめる。
しかし、大福はその目を真っ直ぐ見返し、毅然とした口調で言った。
「……だからこそ、冷静になれってんだ。今は医者に任せるしかねぇんだ」
「ですが……!」
「行きたくても行けないのは、悟の両親だって同じなんだぜ。オレらが無理を通しても、悟にとっては負担になるだけだ」
その言葉に、メエメエは何も言えなくなった。唇を噛み締め、悔しそうに肩を震わせる。
「大福ちゃん、外見に見合わずかなり男前というか、大人の発言するよね」
剛が感心したように呟くと、陽子も「そうね」と同意するように頷いた。
──悟のそばにいてやりたいのに、それすらできない。
メエメエにとっても、そしていろはにとっても、それが何よりも耐え難い現実だった。
「……悟くん……」
震える声で小さく呟くいろは。
その肩がわずかに震えているのを見たこむぎは、そっと手を伸ばし、彼女の背中を撫でた。
「だいじょうぶだよ、いろは」
優しく語りかけるように、こむぎが微笑む。
「悟はきっとだいじょうぶ。こんなことで負けるはずないよ」
そう言って、いろはの顔を覗き込むようにして、にっと笑う。
いろはは一瞬驚いたようにこむぎを見つめたが、その明るい笑顔に、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
「……そう、だよね。悟くんは……そんなに簡単に倒れたりしないよね」
ぎゅっと握り締めていた拳をゆるめ、深く息を吐く。
「そうそう! だから今は、いろはまでしょんぼりしちゃダメ!」
こむぎがいろはの手を取り、ポンポンと軽く叩く。
「悟が元気になって戻ってきたら、『心配しすぎてご飯も喉を通らなかったよ!』って言ってあげるくらいの気持ちでいなきゃ!」
その言葉に、いろはは思わず苦笑した。
「それはちょっと、大げさすぎるかも……でも、ありがとう、こむぎ」
こむぎの元気な笑顔に励まされ、いろははほんの少しだけ、前を向くことができた。
そのやり取りを、かなえは静かに見つめていた。
普段は自由奔放なこむぎが、こうして誰かを励ます姿は、どこか微笑ましくもあり、温かいものだった。
──大丈夫だ。少なくとも、いろはは気持ちを切り替えられそうだ。
しかし、その傍らで、かなえはふと気付いた。
テーブルの上に置かれた大福の拳が、小刻みに震えていることに。
彼は表向きこそ冷静を装っているが、その手は、握りしめたまま震え続けていた。
──誰よりも、悟のことを心配しているのは、大福なのかもしれない。
かなえは何も言わず、そっと視線を落とす。
その拳に込められた、言葉にできないほどの想いを察しながら――。
*
アニマルタウン 兎山家
『アニマルタウンでデング熱ウィルスを持つ蚊を確認 感染者も発生』
ニュースサイトに掲載されたその見出しを、大福はスマホの画面越しに静かに見つめた。
「……」
スクロールする指は途中で止まり、ページを閉じることもなく、ただ無機質な光が彼の瞳に映るだけだった。
悟がいない部屋は、やけに広く感じた。
ベッドは綺麗に整えられている。だが、その上には彼のいつもの気配がない。
大福はスマホをテーブルに置くと、そのまま窓辺へと歩み寄った。
カーテンを引き、開け放った窓の外には、静かなアニマルタウンの夜景が広がっていた。
月は澄み渡り、夜風が頬を撫でる。
だが、心の中に吹き荒れる嵐は、一向に収まる気配がなかった。
「……悟」
小さく名前を呼んでみる。
当然、返事はない。
風が吹き抜けるだけの、静かな夜だった。
その時――
「何をそんなに思い詰めている?」
背後から落ち着いた声がした。
振り返らずとも分かる。
そこに立っていたのは、かなえだった。
彼女は窓辺に寄り、静かに月を見上げる。
「……犬飼家ではずいぶんと冷静を装っていたが、随分と無理をしていたようだな」
「別に……オレは悟の兄貴分だからな。ガキみたいに騒ぐわけにもいかねぇだろ」
大福はわずかに眉をひそめる。
「でもよ……やっぱり、焦るぜ」
夜風に髪を揺らしながら、大福はポツリと呟いた。
「オレたち、ずっと一緒にいたんだぜ? それが、急にこんなことになっちまって……」
拳をぎゅっと握る。
「こうして人間の姿になれたってのに、マブダチの見舞いにも行けねぇ、何もできねぇ……それが一番、ムカつく」
いつもの落ち着き立った態度とは違う、素直な苛立ちがそこにはあった。
かなえはそんな大福を横目で見つめ、少しだけ目を細める。
「……それでいいんじゃないか?」
「は?」
大福が怪訝そうに顔を向けると、かなえは淡々と続けた。
「大福が焦るのも、苛立つのも当然だ。だが、何もできないからといって、兎山のことを思う気持ちまで否定する必要はない」
風に乗って、彼女の言葉がすっと染み込む。
「思い悩むのも、友のためにできることの一つだろう」
「……悟のために?」
「そうだ。お前が兎山を想うのと同じように、兎山もまた大福を想っている。お前が焦れば、あの男は余計に無理をするだろう」
「……はぁ、そういうことかよ」
大福は短く息を吐いた。
「面倒くせぇな、まったく……」
そう言いつつも、少しだけ肩の力が抜けたようだった。
「なら、どうしろってんだよ?」
「簡単なことだ」
かなえは窓の外を見据えたまま、微かに微笑む。
「お前は、お前にできることをするだけだ」
「……オレにできること?」
その言葉が、夜風と共に静かに響いた。
大福はふっと空を仰ぐ。
どこまでも広がる、澄み渡った月夜。
彼はもう一度、拳を握りしめた。
「……ま、オレにできることって言ったら、やっぱり……悟が戻ってきた時に、しっかり迎えてやることくらいか」
「それでいい」
かなえは静かに頷いた。
──友のために、今できることをする。
それが、今の彼らにできる最善のことなのだから。
◇
アニマルタウン Pretty Holic(猫屋敷家)
悟が入院してから、すでに四日が経過していた。
その間、いろはたちはそれぞれ悟の回復を願いながら過ごしていたが、直接何かできるわけでもなく、もどかしい日々が続いていた。
そんな中、誰からともなく「千羽鶴を折ろう」という話が持ち上がった。
「よし、これで十羽目と!」
まゆが折りあがった鶴をそっと置くと、隣にいたこむぎが目を輝かせた。
「わー、すごいすごい! まゆ、上手だね!」
「そういうこむぎは、もう少しまゆを見習いなさい」
ユキが鋭く指摘し、こむぎの手元にある妙にいびつな形の折り紙をじっと見つめる。
「……それ、鶴よね?」
鶴というよりも、何か別の生き物のように見えた。
「だって難しいんだもん!」
むーっと口を尖らせるこむぎ。
「大丈夫だよ、こむぎちゃん。練習すればすぐに上手くなるよ」
まゆが優しく微笑みながら、こむぎの手元をそっと見て励ます。
そのやり取りを聞きながら、ユキがため息をつきつつ、鶴を手に取りながら首を傾げた。
「それにしても、千羽って結構大変ね……今どれくらい?」
「まだ百羽もいってないよ……」
いろはが鶴を数え直しながら、小さく肩を落とした。
「思ったより進んでないわね……」
「でも、悟くんが元気になるように、みんなで頑張ろう!」
「うん、そうだね」
「悟のために、わたしがんばる!」
「仕方ないわね」
わんぷりメンバーは改めて気合を入れ、それぞれ折り紙を手に取った。
ただ、悟が元気になって戻ってくることを信じて――。
*
アニマルタウン 河川敷
陽がまだ高い時間帯。
いろはたちとは別行動で、かなえは大福とメエメエを伴い、河川敷を歩いていた。
その目的はただ一つ――悟が元気になった時に食べさせるための“獲物”を確保することだった。
「かなえ様、一体何を獲ろうというのですか?」
メエメエが訝しげに問いかける。
彼はかなえが何を考えているのか、だいたいの察しはつくが、それでも事前に聞いておきたいという気持ちがあった。
「目撃情報だと、この辺りのはずなんだが……」
かなえは周囲を見渡しながら、慎重に川の流れを探る。
そして、次の瞬間――
「お、いたぞ!」
かなえの目が鋭く光った。
その手に構えた狩猟道具を一閃。
水しぶきが上がり、川面が大きく揺れる。
「うおおっ!」
勢いよく引き上げたその腕には、巨大な魚がぶら下がっていた。
長く伸びた口。鋭く並んだ歯。まるでワニのようなその姿。
「おお! 見ろ二人とも、これは食いでがありそうだ!」
かなえが誇らしげに掲げたそれは――
「それアリゲーターガーじゃねーか!」
大福が思わずツッコミを入れた。
その場にいたメエメエも目を見開き、顔を青ざめさせる。
「ま、まさか、それを悟くんに食べさせるつもりですか!?」
「当然だろう」
かなえはきっぱりと言い切った。
「肉付きもいいし、なによりこの迫力! これを食えば兎山の体力も一気に回復するに違いない」
「いや、そういう問題じゃねーんだよ!」
大福の叫びが、河川敷に響き渡った。
*
アニマルタウン某所
白い防護服を身にまとった作業員たちが、封鎖されたエリア内で動き回っていた。
デング熱を媒介する蚊が発見された場所。
そこでは現在、大規模な駆除作業が進行していた。
散布された殺虫剤の影響で、無数の蚊の死骸が地面に落ち、黒い小さな塊となって転がっている。
その場に漂う薬剤の匂いは、鋭く鼻を突くものだった。
――それを、じっと見つめる影があった。
高い建物の陰、作業員たちの目の届かない場所に、漆黒の衣をまとった“存在”が、静かに佇んでいた。
その瞳は、まるで死の先を見つめるかのように冷たく、静かだった。
「――哀れなものですね」
低く、囁くような声が響かせた後、ゆっくりと片手をかざす。
すると、地面に散らばる蚊の死骸が、まるで何かに引き寄せられるように空中へと浮かび上がった。
無数の小さな虫の亡骸が、蠢きながら集まり、黒い塊となって渦を巻き始める。
「愚かな人間たちに命を奪われ、ただ捨てられるだけとはな」
その声には、同情のような響きはなかった。
あるのは、ただ、冷笑と、楽しげな悪意。
「ですが、あなたたちには新たな役割を与えてあげましょう――」
黒い塊がさらに凝縮し、やがて、異様な形へと変貌していく。
「闇に潜みし怨念よ、形を成せ」
昆虫の羽音とは異なる、不気味な振動が空気を揺らし始めた。
それは、もはや蚊ではなかった。
複数の翅を持ち、肥大化した異形の体。
その姿は、巨大な怪物――コウモリと蚊の特徴を併せ持つフューザーガオガオーン。
死したはずの蚊たちが、一つの意思を持つかのように再構築され、異形の生命体へと姿を変える。
影がゆっくりと口元を歪めた。
「――さあ、存分に暴れなさい。あなたたちを忌み嫌い、駆逐しようとする愚かな人間たちに、その恐怖を思い知らせてやるのです」
その言葉と同時に、コウモリモスキートガオガオーンが咆哮を上げる。
「ガオガオーン!!」
周囲の空気が一瞬、歪んだ。
*
アニマルタウン 河川敷
「「!!」」
かなえと大福の動きが一瞬止まった。
目の前では、かなえが獲ったアリゲーターガーを解体しようとしていた。
しかし、その作業の途中で、突如として異様な気配が空気を歪ませた。
今まで幾度となく対峙してきた、フューザーガオガオーンの波長。
「……ちッ、悟がいねー時でもお構いなしか」
大福が鋭く目を細め、舌を打つ。
風が吹き抜けるたびに、どこからか不気味な羽音が響いてくる。
かなえは手にした刃物を軽く回し、すぐに立ち上がった。
「大福、メエメエ! 行くぞ!」
「言われなくてもな!」
「お、お待ちください!」
河川敷に捨てられたアリゲーターガーの死骸を残し、三人は一気に駆け出した。
*
アニマルタウン 商業施設
昼間だった景色が漆黒の闇に染まっていく。
その闇は、異常な速度で広がり、まるで世界そのものを塗り潰そうとしているかのようだった。
「ガオガオーン!!」
不気味な咆哮が響き渡る。
──闇を作り出したのは、コウモリモスキートガオガオーン。
現場に到着したわんぷりメンバーは、宙を舞う異形のフューザーガオガオーンを目の当たりにした。
巨大な翅を持つ黒い影。
長く伸びた口吻と、無数の赤く光る目。
「いた!」
こむぎが敵を指さす。
「あれは……コウモリと蚊ね」
ユキが冷静に分析する。
すると、大福の顔が露骨に歪んだ。
「……オレは今、虫の居所が悪いんだ。とっとと終わらせるぞ」
低く唸るように言うと、彼はすぐに戦闘態勢に入った。
──そして、わんぷりメンバーは一斉に変身する。
「ガオガオーン!!」
光が弾け、戦闘準備が完了した瞬間――
コウモリモスキートガオガオーンが、咆哮とともに再び闇を濃くした。
視界が完全に奪われる。
「この感じ……!」
リリアンが緊張した声を漏らす。
「うん、たしか前にも……!」
フレンディも、過去の記憶を呼び起こしていた。
──去年のハロウィン。
彼女たちは、コウモリガオガオーンとの戦いで、同じような状況を経験していた。
しかし――
犬と猫由来の視覚を持つワンダフルとニャミーは、この闇の中でも敵の位置を正確に捉えていた。
「ガオガオーン!?」
逆に、コウモリモスキートガオガオーンが動揺する。
見えているはずのないものが、見えている。
「見つけたわ」
ニャミーが冷たく言い放つ。
「一気に決めよう!」
ワンダフルが力強く宣言し、二人は同時に敵へと突っ込もうとする。
だが――
「二人とも待て! 何か妙だ!」
大福が違和感を覚え、即座に制止を求める。
しかし――
彼の言葉は、二人には届かなかった。
コウモリモスキートガオガオーンの口元が、不気味に歪む。
「ガオガオーン!!」
次の刹那。空気が震え、耳をつんざくような不快な高周波音が響き渡った。
「「「……っ!!」」
直後、ワンダフルたちの表情が一気に歪む。
「な……なんなの、これ……っ!」
「耳が……キンキンする……っ!」
ワンダフル、ニャミーだけでなく、フレンディとリリアン、さらには大福とシャスール、メエメエまでもが、苦しそうに耳を塞いだ。
膝をつき、顔を歪めながら、彼らはなんとか立ち上がろうとするが、身体のバランスが崩れ、まともに動くことすらできない。
「なんだ、この不快な音は!?」
シャスールが苛立ったように唸る。
その横で、大福が険しい表情を浮かべ、奥歯を噛み締めながら声を絞り出した。
「そうか……こいつがモスキート音ってやつか!」
「モスキート音?」
フレンディが苦しげに顔を歪めながら、大福の言葉を拾う。
「ああ……高周波の音だ。人間の耳にはほとんど聞こえねぇが、動物や若いやつほど敏感に感じるんだ……!」
大福が歯を食いしばりながら説明する。
「くっ……確かに、これは……ききますね……!」
メエメエが額に汗を滲ませながら呻く。
四足の動物の特性を持つワンダフルとニャミー、大福は、聴覚が鋭い分、この高周波の影響をより強く受けてしまうのだ。
「「「うぅぅぅ!!」」」
「ワンダフル……ニャミー……大福ちゃん……!」
リリアンが苦しげに声を絞り出す。
「このままじゃ、まともに戦えない……!」
ワンダフルが苦悶の表情を浮かべ、地面に手をつく。
周囲に響き渡るモスキート音は、彼女たちの体力だけでなく、冷静な思考さえも奪い去ろうとしていた。
その中で、ニャミーがぎりっと歯を食いしばり、唸るように呟いた。
「こんなとき……悟がいれば……!」
その一言に、わんぷりメンバー全員が一瞬息を呑んだ。
悟がいたら――。
この状況をどうにかして打破できたかもしれない。
悟は、戦闘力こそ他のメンバーに劣るかもしれないが、豊富な知識と冷静な判断力で、いつも彼女たちを導いていた。
特に、こうした動物の生態に基づく特殊な能力を持つ敵との戦いでは、彼の知識と戦略が決定的な役割を果たしていた。
だが、今はその悟がいない。
「悟くんがいれば、モスキート音を無効化する方法だってすぐに思いついたはず……!」
「でも、今は入院中だし……!」
フレンディが焦りの表情を浮かべ、リリアンも唇を噛む。
わんぷりメンバー全員が、悟という参謀が不在であることを痛感していた。
そのとき――。
「お前ら、それでいいのかよ?」
低く、だが強く響く声が、メンバーたちの耳に届いた。
大福だった。
彼は今までと違う、鋭く張り詰めた目で、仲間たちを見渡していた。
「悟は今、病気と必死に戦ってるんだ! だったら、オレたちがこんなところで弱音吐いてどうするんだよ!」
ぎゅっと拳を握りしめ、立ち上がる。
耳を突き刺すようなモスキート音に耐えながらも、彼の瞳には迷いがなかった。
「大福……」
ワンダフルが息を呑む。
その場にいた全員が、彼の言葉にハッとしたように顔を上げる。
悟がいない――それは確かに痛手だ。
でも、だからといって、彼に頼りきりでいては何も変わらない。
「悟……見ててくれ。お前がいなくても、オレたちだけでこの逆境を乗り越えてみせる」
大福は、まっすぐにコウモリモスキートガオガオーンを見据えた。
その瞳には、戦う覚悟が宿っていた。
「だから――お前はお前のために戦ってくれ!」
そう言い放った瞬間、大福の手元に青白い光が集まり――
コンコードフレーテが召喚される。
敵の高周波に負けない、仲間たちを導く一筋の旋律が、今、響き渡ろうとしていた。
「放つぜ! 聖なる音色!」
大福が叫び、コンコードフレーテを奏でた瞬間――
空間を震わせるモスキート音の波動に、彼の音の力がぶつかり合う。
澄んだ旋律が響き渡り、空気を浄化するかのように不快な高周波が打ち消されていった。
「……ガオガオーン!?」
コウモリモスキートガオガオーンの口元が歪み、焦りの気配を滲ませた。
「すごい! 音と音をぶつけて、打ち消したんだ!」
「さすがだね、大福ちゃん!」
フレンディが目を輝かせ、リリアンが感嘆の声上げる。
「まだまだ行くぜ!」
大福は攻撃の手を緩めない。
コンコードフレーテの音色に呼応し、煌めく光の渦が広がる。
「アニマルコンコード! キラリンアニマル! コジカ! ベアー!」
眩い光がワンダフルとニャミーを包み込んだ。
光が弾け、二人の四肢にキラリンコジカとキラリンベアーの力が宿る。
ワンダフルが足元に力を込めると、キラリンコジカの力が発動し、軽やかに宙へと跳ぶ。
キラリンコジカの脚力で空中を駆け、ワンダフルとニャミーが敵の懐へ一気に迫る。
コウモリモスキートガオガオーンが焦って身を翻そうとした、その瞬間――
「「はああああああ!!」」
ワンダフルとニャミーが、キラリンベアーの力が宿った拳を振りかぶる。
――ドゴォッ!!!
重い一撃がコウモリモスキートガオガオーンの体を捉えた。
「ガオガオーン!!」
隕石のような衝撃が走る。
ワンダフルとニャミーの強烈な一撃を受けたコウモリモスキートガオガオーンが商業施設の広場に叩きつけられた。
砕けた地面から塵が舞い上がる中、敵は苦痛のうめき声を上げながら、必死に立ち上がろうとする。
だが――
「ワンダフル! キツネの力でタイヤになれ!」
大福の声が響いた。
「うん、大福!」
ワンダフルは素早くフレンドリータクトを手に取り、高く掲げる。
「ヘルプ! キラリンアニマル! キツネ!」
タクトの力でキラリンキツネの力が解放された、次の瞬間――
キュアワンダフルは、巨大なタイヤへと変化した。
「うおおおおおおおおおお!!」
ワンダフルが勢いよく回転し始める。
タイヤとなった彼女は、爆発的なスピードで敵の周囲を駆け巡った。
さながら轟音を響かせるレースカーのように、地面を焦がす勢いで疾走する。
敵の逃げ場を完全に封じる回転円の中で――
「フルスロットルだ」
大福が静かに、しかし力強く呟いた。
そして、腰を低くした状態で、タイヤワンダフルの外壁に飛び乗る。
メリーゴーランドの回転軸を利用するように、彼は爆速で旋回するタイヤの壁面を蹴り、跳び、再び蹴り――
次々と敵へ向かって何十発もの強烈な蹴りを叩き込んでいく。
「ガオガオーン!!」
コウモリモスキートガオガオーンが悶え、もがくが、止めどなく降り注ぐ連撃から逃れることはできない。
高速回転の蹴撃が、執念深く敵の身体に炸裂し続ける。
それは、逃げ場のない――「蹴撃の檻」 だった。
「す、すごいです、大福の兄貴!」
メエメエが興奮した声で叫ぶ。
「凄まじいな……」
「やっぱり、ただ者じゃないわね」
シャスールとニャミーも目を見開きながら、その光景を見つめていた。
ワンダフルと大福のコンビネーションが生み出した、究極の合体技――。
「はああああああっ!!」
大福が渾身の一蹴を叩き込むと同時に――
「ガオガオーン…」
断末魔の悲鳴とともに、コウモリモスキートガオガオーンの身体が弾ける。
光の粒となり、四散した。
そうして、コウモリモスキートガオガオーンは、跡形もなく消滅した。
旋回していたワンダフルも、スムーズに着地し、人の姿へと戻る。
静まり返った商業施設の広場。
戦いが終わったことを示すかのように、空に漂っていた闇がスッと晴れ、夕焼けが顔をのぞかせた。
◇
アニマルタウン 総合病院
フューザーガオガオーンとの戦いから、さらに三日後。
ついに、その日が訪れた。
病院の自動ドアがゆっくりと開き――
「……みんな」
そこには、退院したばかりの悟の姿があった。
やせ細り、顔色もまだ完全には戻っていない。
だが、その瞳にはいつもの優しい光が宿っていた。
「悟くん……!」
いろはが真っ先に駆け寄り、目を潤ませながら彼を見上げる。
「よかった、本当によかった……!」
そして、次にメエメエが涙目になりながら勢いよく悟へ飛びついた。
「悟くんーーーっ!!!」
「うわっ、メエメエ!?」
抱きついたまま、メエメエは肩を震わせながらしゃくり上げる。
「わたくし、どれだけ心配したことか……!! もう悟くんなしでは生きていけません~~!!」
「ちょっ、メエメエ……! 落ち着いて!?」
悟がバランスを崩しそうになりながら、必死にメエメエをなだめる。
その様子に、こむぎとユキ、まゆ、かなえが思わず吹き出した。
「ふふっ、兎山くん、人気者だね!」
まゆがくすくす笑い、ユキも微笑ましそうに腕を組む。
「メエメエが抱きつくのは分かるけど……悟、やせすぎてて潰れそうね」
ユキの言葉に、悟は少し苦笑しながら「いやぁ、まだちょっと力が戻ってなくて……」と肩をすくめた。
笑顔が広がる中、悟は改めて周りを見渡した。
――彼を待っていた仲間たちの温かさが、心にしみる。
「……あ」
ふと、彼の目が木陰の方へ向いた。
そこに、大福がいた。
腰を据えて腕を組み、じっと悟を見つめている。
「大福……」
悟が静かに彼の方へ歩み寄る。
すると、大福もゆっくりと顔を伏せたまま近づいてきた。
「!」
悟が何かを言おうとした、その瞬間――
大福は無言のまま、悟の胸に頭を擦り付けた。
「……ったくよぉ……心配かけさせやがって……」
悟の胸元で、大福の肩がわずかに震える。
「本当に……お前が死ぬんじゃねぇかって……オレ……っ!」
言葉を詰まらせながら、ぎゅっと拳を握りしめる。
大福がこんなにも感情を露わにするのは珍しい。
悟は驚いたように目を見開いたが――
次の瞬間、静かに彼の頭を抱き寄せた。
「……ごめんな、大福」
そっと、温かな手が彼の背を撫でる。
「もう大丈夫だから。ちゃんと戻ってきたよ」
悟の穏やかな声が、大福の耳元に落ちる。
その優しい温もりに、大福はさらに涙を流した。
「ああ……。ああ……っ!」
悟の胸元に顔を埋めたまま、大福は震える拳で軽く悟の背を叩いた。
――それは、今まで張り詰めていた感情が、一気に溢れ出した証だった。
そのやり取りを、周囲の仲間たちは静かに見守っていた。
いろははそっと目を細め、メエメエは二人の友情に感動し、鼻をすすりながら、ハンカチを取り出す。
そして――
「悟、おかえりー!」
こむぎの元気な声が、雨上がりの空へと響いた。
――それは、悟の帰還を祝う、何よりも温かい言葉だった。
登場ガオガオーン
コウモリモスキートガオガオーン
声:高橋伸也
身長:230cm
体重:不明
・特色/力
コウモリと蚊を融合させたフューザーガオガオーン。
超音波によるエコーロケーションを駆使し、戦闘では周囲を完全な闇で覆い隠す能力を持つ。
また、特殊な高周波「モスキート音」を発することで、聴覚の鋭い動物たちや若い個体に強いダメージを与える。
羽音を巧妙に操ることで相手の方向感覚を狂わせ、音による混乱状態に陥れる。
・特徴
頭部はコウモリの形状をしているが、モスキートの複眼を持ち、赤黒い瞳が不気味に光る。
口元には長く鋭い吸血管があり、攻撃時に相手のエネルギーを吸い取ることができる。
翼はコウモリのものに似るが、表面は蚊の翅(はね)のように薄く透明で、常に羽音を響かせている。
胸部には超音波発振器が埋め込まれており、モスキート音を発することで敵の聴覚を麻痺させる。
下半身は細長く、蚊のような節足がついており、素早く飛行しながら急旋回が可能。
・能力
1. 闇の帳
周囲の光を吸収し、完全な暗闇を作り出すことで敵の視界を封じる。
霧のような形状をしており、光源を用いても簡単には払拭できない。
2. 超音波(エコーロケーション)
コウモリのソナーを利用して、暗闇の中でも正確に敵の位置を把握できる。
視界が封じられても、自分だけは明確に戦況を把握できるため、圧倒的に有利な状況を作り出す。
3. モスキート音(高周波攻撃)
聴覚の鋭い動物系の能力者に対し、強いダメージを与える。
低音域から高音域へと変化する特殊な音波で、対象の平衡感覚を狂わせ、意識を朦朧とさせる。
連続的に発することで、鼓膜に直接負荷をかけ、相手の動きを封じる。
・行動
アニマルタウンの蚊の駆除区域で発生し、封鎖されたエリアの中で成長。
夜間になると活動が活発化し、闇の帳を広げながら商業施設を襲撃。
高周波による攪乱を行い、周囲の敵を混乱させた後、一斉攻撃を仕掛ける。
・戦闘記録
コウモリと蚊の特性を併せ持つコウモリモスキートガオガオーンが出現。超音波によるエコーロケーションを駆使し、周囲を完全な闇で覆い隠す能力を発動。
ワンダフルやニャミーの視界が完全に奪われ、いろはが敵の位置を探ろうとするも、モスキート音によって平衡感覚を狂わされ、思うように動けなくなる。大福やシャスールも聴覚が鋭いため、高周波の影響で戦闘不能寸前に追い込まれる。
ワンダフルが敵の動きを見破ろうとするが、エコーロケーションによって行動を予測され、攻撃を回避され続ける。暗闇の中を自在に飛び交う敵に翻弄され、的確な反撃を与えられない状況が続く。
しかし、大福がコンコードフレーテを発動し、モスキート音とエコーロケーションを乱す音波を放つ。これにより敵の行動予測が妨害され、次第に視界が回復。反撃の機を得たメンバーたちは、ワンダフルがキラリンコジカの脚力を活かし、高速移動からの強烈な蹴りを叩き込む。さらに、ニャミーがキラリンベアーの力で敵を押さえ込み、反撃の流れを作る。
戦況を覆されたコウモリモスキートガオガオーンは、モスキート音を封じられ、暗闇の帳を維持できなくなる。次第に光が戻る中、ワンダフルと大福の必殺技が炸裂。圧倒的な蹴りの連撃を受け続けた敵は、最終的に光の粒となり、四散した。