知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない 作:幻覚症状
使徒、襲来(前)
ちょっとしたことで死んだ俺だが、次の瞬間には再び目を覚ましていた。
わけが分からず混乱していると、周りも混乱していた。ここは何かの研究所で、何か緊急事態が起き、研究者たちが騒いでいるようだった。
言っている内容はよくわからない。用語が難しい。というか俺は頭がよくないので困る。
とりあえず……転生したらしい。子供に。
やけに周りの人間がでかいと思ったら、自分は3〜4歳ぐらいの子供だった。男だ。TS転生ではないらしい。
で……騒ぎはしばらく収まらず、俺は放置されていた。なんか研究所の職員に家に帰されたが、家には誰もいなかった。ええ、一人? と思っていたら、その職員が言う。
「食事は届けてあげるからね、シンジくん。いい子にしていてね」
そうか、食事は届くのか。ならまあ転生前は大人だったことだし、なんとか生きていられるだろう。
……まあ、いくらなんでも緊急事態だからと子供を食事を与えるだけで放置するのはどうかと思うが……いったいどういう親だよ。と、ふと表札を見て気づく。
『碇』
碇……いかり……碇シンジ……アッ。
聞き覚えがある……思い出したぞ。コレ、エヴァンゲリオンだな? 俺、アニメの世界に転生したのか……。
えっ。どうしよう。
まず、俺、エヴァンゲリオン見たことないんだよな。なんかすごい大人気のロボットアニメで、主人公がかわいそうな碇シンジという少年だということは知ってる。あとはなんか宣伝のムービーで流れてきた断片的な映像とか……。
つまりアニメの世界に転生したからといって、なんかアドバンテージがあるわけではないのだ。なんならかわいそうな主人公ということで戦慄しているよ。アニメのかわいそうって時折すごい手加減しないじゃん……?
どうしよう、と悩んでいる間にも事態は進行し、数日後、親戚の先生と呼ばれている田舎の伯父さんの家に預けられることになりました。ええ……? 何してんのこの父親……? しかも駅に着いたら先生にパスしてすぐ引き返していったし。冷たすぎん?
かわいそうすぎる。このままかわいそうな展開が続いてかわいそうなことになるのか、俺……?
……いや。アニメの内容を知らなくたって、できることはあるはずだ。
おそらく、主人公にならない……という選択肢は無理だろう。だから、そのうちロボットに乗ることになることを前提に準備をしておくべきだ。かわいそうな事態を打破できるように。
そのために必要なものは?
決まっている。転生前……前世だってそれ一本でやってきたんだ。
強くなるしかない。
◇ ◇ ◇
中学生2年生になってからしばらくして、父親から手紙が届いた。
……まあ手紙、なのかなあ? 「来い 碇ゲンドウ」って子供にかける言葉じゃないと思うんだよな。さすがかわいそうな主人公だ……。
「シンジ君。思うところはあると思うが、お父さんのところに行きなさい」
「押忍! 行きます!」
「……うん」
手紙を渡してくれた先生に快く返事をする。どうせ行かざるを得ないなら、グズグズしている暇はない。
なんか手紙、すごい黒塗りで検閲されてたから……軍関係なんだろうな。ていうかロボットに乗るんだから軍か。つまり父親は軍にいるのか。つまり僕は少年兵として徴発されたってこと、かな?
なんで僕みたいな子供にロボットを操縦させるのかイマイチ分からないけど……まあアニメだし……。
碇シンジとして11年生きてきて、だいぶこの体にも慣れてきた。線が細いし顔も前世とは程遠い美少年って感じなので、「俺」って言うと変な顔されるので「僕」と自称するようにもした。
……と、話がそれた。つまり11年この世界の教育を受けてきたわけで、なんとなく世界の現状も掴めてきた。
この世界、セカンドインパクトとかいう南極に降ってきた隕石のせいで世界の人口の半数が死ぬほどのめちゃくちゃな津波被害がでて、海水面は上昇するし地軸は傾くし、海の生き物は全部死んでるとかいうかなり追い詰められてる状況なんだよね。
世界情勢もよろしくないし……そんな状況で僕が少年兵としてエヴァンゲリオンに乗るということは……他国とのロボットバトルに巻き込まれる……のかな?
いや〜……不安しかない。
母親は死んだし(あのあと先生に教えてもらった。事故らしい)、父親からは捨てられたし、そのうえまだかわいそうになるんでしょ……?
とにかく身体は鍛えておいたけど、なんとかなるかな? エヴァンゲリオンって格闘ロボットだよね? そう信じてこれまで生きてきたけど、急に難しい操作を要求されたらどうしよう。いやまあ……中学生に操縦できるものなら、たぶんいけると思うんだけど……。
「さて……困ったな」
第3新東京市まで電車で行く予定だったのだけど、警報が発令されて途中で強制下車させられた。
かなりの非常事態らしい。避難勧告も出てる。正直、こんなのはこの第二の生では初めてだ。これは……ついに他国が攻めてきた……?
つまり、僕の初出撃も近いのだろうけど……目的地に到着できていない。何か間違えたのだろうか? このままではロボットに乗る前にかわいそうになってしまう……。
「迎えの人と合流したいけど……うーん」
最近届いた迎えの人の手紙……というか写真を見る。若い女だ。なぜか薄着だし、キスマークがついているし、胸元に矢印が描いてある。なんだよこれ……14歳に送る内容か、これが……。僕が精神年齢プラスうん十年なかったら扱いに困ってたぞ。
「とりあえず電話番号書いてあるし、電話してみるか……」
ちょっと歩くと公衆電話を見つけた。のだけど。
「ツーツーってことは、電話できないのか……?」
クソッ……10円返せよ! あ、返ってきた。よし!
それにしてもどうしたものか。こうなったら避難所に行くか……? アニメの世界とはいえ、今の自分にとってはこれが現実、全うできなかった1度目の人生と同じ轍を踏みたくない。死ぬのはゴメンだ。
と、考えていた時だった。ものすごい突風と地響き。ビュンビュン電線が鳴ってる。すわ何事か、とそちらを向くと。
「え……デカ……!?」
なんかデカい巨大生物が、軍隊の兵器と戦ってる〜!?
ミサイル? も飛んできた! 市街地で何やってんだよ! あっ、飛んだ!? なんか巨大生物がフワッと飛んだ!
「ゲッ……!?」
うわっ!? 巨大生物が手のひらから出したビーム? に貫かれたヘリ? がこっちに墜落してくる!
横幅がでかい、避けられない! ……やるしかない!
僕は深く腰を落とし――
「破ァ!」
ゴシャア!
「へ?」
「ふぅ……」
突き放った正拳突きで、ヘリの勢いを相殺して押し留めた。やれやれ……あやうくいきなりかわいそうなことになるところだったな……。
「待てよ……? ここで死にかけてロボットの生体部品になるとかいうかわいそうな展開だったり……?」
「あ〜……えっと……い、碇シンジくん……?」
「?」
声に振り向くと、サングラスをかけた女が青い車から身を乗り出して僕のことを呼んでいた。……ああ、写真の人か。
「押忍!」
「あ、うん。……ごめん、お待たせ?」
「いえ、助かります」
……いや? むしろよく僕の居場所がわかったな……? ……いや、時間指定されてたんだし、移動ルートから現在地ぐらい予想できるか……。
「とにかく移動するわ、乗って!」
「押忍! 失礼します!」
車に乗るとほぼ同時に、巨大生物に向かっての総攻撃が始まった。轟音、閃光。ひぇ〜。
「空手少年とは聞いてたけど、礼儀正しいのね〜」
そんな大騒動の中でも平然と話しかけてくるの、肝が座ってる。車を急発進させて、現場から遠ざかっていく。
「しかしその顔で空手は似合わないわねえ」
「押忍! よく言われます!」
「普通に話してくれていいわよ、普通で」
「そうですか? それなら……えっと、お名前は?」
あの写真、名前書いてなかったんだよな。ほんとどうかと思う。
「葛城ミサトよ。ミサトでいいわ。よろしくね。……よし」
女……ミサトさんは車を止めると双眼鏡を出す。巨大生物はヘリと戦いながら山の向こうに移動していっていた。
「あの方向……ちょっとまさか、N2地雷を使うわけェ!? 伏せて!」
「へ?」
ミサトさんに押し倒される……と同時に閃光、一瞬遅れて轟音、そして突風。車が軽々と飛んでひっくり返る。
ひえぇ……あれって新型爆弾? 歴史の授業で見たことあるけど、まさか実際に爆発するところを見ることになるとは……。
「大丈夫だった?」
「ええ。鍛えてますから」
「そうは見えないけどねえ……」
外が落ち着いてからなんとか車から這い出ると、辺りは灰だらけだった。
「さて、こいつをどうにかしないと」
「あ、やりますよ」
横転した車を前にため息をつくミサトさんに離れるよう手で指示してから、僕は深く腰を落とす。
「ハッ!」
ガンッ! ぐら……ずしん。
「はい、できましたよ」
「あ、あはは……すごいわね〜。ちょっち天井がへこんだけど、結果オーライ! ……えっ、へこんだ?」
「乗らないんですか?」
「あ、うん、急がないとね〜」
車に乗って移動すると、ミサトさんはしばらく携帯端末を使ってどこかと連絡する。
「……ふぅ。いや〜、ルノーが動いてくれて助かったわ〜、ローンがあと12回も残ってるし、いきなり廃車はねぇ……直通の特急列車も手配できたし、予定の時間にはなんとか間に合いそう」
「………」
「……って、何も聞かないのね、シンジくん」
「へ?」
「さっきのデカいのは何ですかとか、何が起こってるんですかとか、聞きそうなものじゃない?」
あ、そういう展開だったか……!?
あきらかにアニメっぽい事件が起きてるから、もうここは『筋書きの中の世界』だと思い込んでいて、これから勝手に説明されるものだと思ってた。どうする……? 確かに聞かなきゃ情報は得られないけど……今更は怪しい……か?
「……機密とかで答えられないかと思って」
……よし、自然!
「子供らしくないわね〜……じゃあ、交換条件でどう?」
「交換条件?」
「あのデカいのは、使徒と呼ばれる謎の生命体よ」
使徒……うぅん……流れ的にあれと戦うんだよね……? どうやら他国とのロボットバトルではなさそうだ。謎の敵から人類を守るパターンなのかな……?
「それでシンジくん。さっきのあの、ハァ! ってやつだけど……」
「あ、はい。正拳突きですか?」
「うん。その……あれでサァ……ヘリ、受け止めてなかった?」
「はい」
「やっぱ、見間違い?」
「いえ、見間違いじゃないです」
「えええぇ〜!? なんで!? どうやって!? どう考えても物理的限界を超えてるんだけど!? 10トン以上あるヘリを! どう見ても50キロいってない細っこい少年が!?」
前見て運転してくれないかな。
「正拳突きならできますよ」
「何言ってんの!?」
「できます、鍛えれば」
僕はミサトさんの目を見て言う。いや、前見てほしい。
「正拳突きに限界はありませんからね」