知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない   作:幻覚症状

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奇跡の価値は(前)

 市立第壱中学校に通うのは、僕の日常となっていた。普通の子供のように学校に通い、勉強する。放課後の予定がネルフでの訓練でさえなければ、どこにでもいるただの子供だろう。

 

「えっと、それじゃあ」

 

 そして、その日常に新たなものが加わる。

 

「今日から綾波さん……と、式波さんに、正拳突きを教えるわけだけど……」

 

 昼休み。屋上に揃う3人。

 

「フン」

「………」

 

 ……綾波さんは、分かる。父さんに僕から正拳突きを習うよう言われていたからだ。だから綾波さんに声をかけられた僕は、屋上へ向かうことにした。

 

 するとそれを見た式波さんが強引についてきて、「エコヒイキに教えるならあたしにも教えなさいよ」と。……教えるのは構わないんだけど、完全に目は敵意でいっぱいだ。

 

 ……とにかく、進めよう。

 

「まずは拳を打つ、という動作を身体に覚えさせるところからかな。初めから完璧を目指す必要はないから……というか」

 

 完璧なんてない。

 

「正拳突きに完成はない……一打ごとに常に高みを目指すものなんだ。だから最初は下手でもあまり気にしないで」

「分かったわ」

「それじゃあ足を肩幅に開いて。そう、それぐらい。それから腰を……」

 

 素直に頷く綾波さんに先に指導していると――

 

「まだるっこしい、やってらんないわ」

 

 式波さんが髪をかきあげて言う。

 

「言葉での指導なんてナンセンス。百聞は一見にしかず、体術は目で見て盗むわ。あんたの正拳突きってやつを見せてみなさいよ」

 

 ふむ……たぶん式波さんは格闘の経験がありそうなんだよな。体さばきとかがそんな感じがする。なら、口でどうこう言う段階は飛ばしてもいいかもしれない。

 

「分かったよ。じゃあお手本を見せるね」

「さっさとしてよ。昼休みが終わっちゃうでしょ」

 

 僕は。

 

「フゥ……」

 

 腰を深く落とし。

 

「ハッ!」

 

 正拳突きを放った。

 

「………ッ!」

「ハッ! ハッ! ハッ!」

 

 一回では分からないかもしれないから、続けて打つ。一区切りつけて角度を変えてまた打つ。打つ。

 

「……はっ。……はっ」

 

 おっ、綾波さんも真似して打ち始めた。いいね。やる気のある拳だ。

 

「こんな感じだけど……どうかな。参考になった?」

 

 黙ってしまった式波さんに声をかける。すると彼女は、プイと顔を背けて言う。

 

「それ、どれぐらい練習してるの?」

「えっと、11年ぐらいかな」

「11年……!?」

 

 式波さんは目を剥いて、そしてまくしたてた。

 

「……ハンッ。11年も練習してその程度なんて、正拳突きもたいしたことないわね。エヴァに必要なのは一芸じゃなくてあらゆる状況に対応できる総合力! 芸を磨く暇があったら他の訓練をすることね!」

「どこに行くの」

「あたしはパス!」

 

 綾波さんが呼び止めるが、式波さんは大きな音を立ててドアを閉めて行ってしまった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「冗談じゃないわよ……」

 

 屋上へのドアを閉めたアスカは、それに寄りかかりながら呆然とつぶやく。

 

「11年……たったの?」

 

 なまじ軍隊で格闘技の訓練を受けていたからこそ分かってしまった。

 

 戦闘記録映像については、エヴァンゲリオンの性能あってこその成果だと思い込んでいた。

 

 だが、目の前で見た正拳突きは。

 

「どんな天才だっつーの」

 

 たった11年如きではその片鱗にすら触れられないほどの域に達していることが、容易に分かった。

 

 あれは何十年も研鑽を重ねた達人でさえたどり着けない領域だろう。それをたった11年。頭が理解を拒んでいた。しかし、碇シンジは確かに14歳の少年なのだ。

 

 勉強もできないし、家事もできないし、体育の授業でも無様を晒していた少年。

 

「ッ……」

 

 歯噛みする。

 

 とても正拳突きを習う気分にはなれなかった。

 

 あれは、自分にはできない。たとえできたとして……追いつけるイメージがない。

 

「……芸人に負けてなんていられない」

 

 アスカは、地面に向けてこぼす。

 

「あたしには、エヴァしかないんだから……」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 戦術作戦部作戦局第一課。

 

「まさに使徒そのものが爆弾というわけね」

 

 第8の使徒が現れたらしい。それも宇宙に。例のごとく、狭い部屋に集まった大人たちが難しい話をしているが……えーとつまり。

 

 大気圏外だからと景気よく投下したN2航空爆雷をすべてATフィールドで無効化する防御力を備えた超巨大な使徒が、このネルフ本部目指して落ちてくる、らしい。

 

 衝突した場合、第3新東京市は蒸発。15キロメートル以上の深さになるクレーターができて、ジオフロントどころかネルフ本部の地下にある施設? も丸裸になるとか。

 

 なんでも、そこの施設にあるものと使徒を接触させてはいけないらしく……なんでそんなもの保管してるんだ……?

 

「碇司令は?」

「使徒の影響で大気上層の電波が不安定です。現在、連絡不能」

 

 このタイミングで父さんは、なんと月のネルフ支部の基地に視察に行っているらしい。すごいな、月に基地があるのか。

 

「ここで独自に判断するしかないわね……」

 

 ミサトさんは気合を込めて体を起こす。

 

「日本国政府および各省に通達。ネルフ権限における特別非常事態宣言D-17を発令。半径120キロ内の全市民は速やかに退避を開始」

「問題ありません。すでに政府関係者から我先に避難を始めてますよ」

 

 え、情報漏れるの早いな……と思ったけど、空にあって誰でも見れるのだ。衝突の可能性ぐらい天体をかじっていればすぐに分かるらしい。

 

「で、どうするつもり?」

 

 避難が進む中、赤木さんがミサトさんに問いかける。

 

「技術部としてはMAGIの提唱通り、我々も避難をすることを提案します。使徒とは落下後に戦闘すればいい。衝突により使徒はその質量の大部分を消失、戦力が低下することも予想されるわ」

「こちらはそれ以上のものを失ってね」

 

 ミサトさんは腕を組む。

 

「ベストは地球落下コースから宇宙空間へ逸らしてお帰り願うことよ。最悪、海に落としてもいい。軌道変更の可能性は?」

「先のN2航空爆雷による影響、ありません」

「ATフィールドを一極集中して自身を押し出しているようです。落下のエネルギーもありますし、軌道変更は不可能かと」

 

 集まる否定の声。ミサトさんは言葉を止めない。

 

「ATフィールドの中和難易度は?」

「第6の使徒と違って位相の変化はありません。中和自体は容易と思われます」

「エヴァーで近づいての攻撃は有効か」

 

 眉間にしわを寄せるミサトさん。

 

「ロケットによるエヴァーの輸送、大気圏外での戦闘は?」

「真空での戦闘に問題はないわ。エヴァ単独での大気圏突入もATフィールドがあれば可能よ。もっとも着陸は悲惨を極めるでしょうけど」

「しかし、ペイロード的に大気圏突破は難しいですね」

「今すぐ使用可能な、日本上空を通過するコースへ発射できる超大型ロケット……徴発しようにも、さすがに候補がありませんね」

 

 あきらめの空気が充満する、その中で。

 

「碇シンジ正拳突きアドバイザー」

「はい」

 

 ミサトさんだけはあきらめない。

 

「正拳突きで使徒まで飛んで撃破。いいわね?」

「えっ、飛べません」

「………」

 

 

「ええっ!? ウソォ!? 飛べないのォ!?」

 

 

 そんな驚かれても困る。

 

「正拳突きの構えは、打つための土台。だからこそ不動にして不壊。反動で移動することはできませんよ」

「! な……なるほど!?」

「では、あえて反動を打ち消さなければ?」

「それは構えとは言えませんから」

 

 赤木さんの質問に、僕は首を横に振る。そんな芯のない構えをしても、正拳突きは応えてくれない。

 

「そこは……そうだわ! ATフィールドに乗って地面に正拳突きしたら飛べない!?」

「多分ダメだと思います。……ATフィールドって乗れるものなんですか?」

「乗れはするでしょうね。でもATフィールドを無機物、それも大地との間に発生させることはできないと思うわ」

 

 乗れるんだ。不思議なバリアだな……いやバリア自体が不思議なんだけど。

 

「じゃあ正拳突きを飛ばして倒して! 上空5万、いや2万メートルで倒してくれればいいから!」

「2万メートル……って20キロですか? それは――」

「さすがに射程外でしょう?」

「――さすがにATフィールドを貫通できませんよ」

「えっ」

 

 赤木さんが目を丸くする。

 

「……届くの?」

「はい。今の僕の正拳突きなら……届かせるだけなら。でもATフィールドを貫通するとなると、さすがにその十分の一ぐらいの距離じゃないと……」

 

 ATフィールドの強度によっては、もっと近づく必要がある、と思う。

 

「あんまり近いと意味がないのよね……」

「どうしてですか?」

「使徒はコアを失うと形象崩壊して液体になるのは知ってるわよね? さすがにあの質量の液体を排水するシステムは都市にないわ。ジオフロントを排水先に使うとしても、排水溝が足りない。使徒を倒しても、地上は津波のように洗い流されてしまうの」

 

 でも、とミサトさんは説明を続ける。

 

「十分な高度で撃破できれば、ある程度蒸発が期待できるし、広域に拡散することができる。ゲキヤバなゲリラ豪雨が広範囲に降って、ある程度浸水するかもしれないけど、まだマシでしょ」

 

 なるほど。

 

「しかしシンジくんが飛べないんじゃあ、至近距離での迎撃を考えるしかないか……エヴァー3機で着弾地点まで走行、ATフィールドで受け止めてその隙に正拳突きすれば……」

「反対よ。MAGIの検証でもしくじる確率は99%強。たとえ成功してもエヴァ3体を喪失するのよ。技術部として到底受け入れられません」

 

 ミサトさんと赤木さんが対立し始める。が。

 

「あの」

 

 何も、僕の正拳突きで倒す必要はないと思う。

 

「僕は飛べないけど――飛ばすことならできると思います」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「作戦を伝えます」

 

 第三ケージに集まった僕たちパイロットに、ミサトさんが説明を始める。

 

「目標は現在、第3新東京市めがけて大気圏外から落下中。着弾すれば全てが終わり。よって超高高度で迎撃、これを撃破します。迎撃高度が低いほど被害が多くなる。時間との戦いよ」

「ふーん、それで?」

 

 式波さんがやる気なく、投げやりに声を上げる。

 

「どうせこのナナヒカリが、魔法みたいな正拳突きで倒すんでしょ? あたしたちは応援でもしてればいいの?」

「式波さん。それは違うよ」

 

 僕は首を横に振る。

 

「僕の正拳突きだけじゃ、この使徒には勝てない」

「ハァ~?」

「事実よ。今回の作戦で必要なのは、シンジくんの正拳突きだけじゃない。あなたたち3人の力が必要なの」

 

 眉間にしわを寄せる式波さんの前で、ミサトさんはモニターを使って説明する。

 

「初号機には地上から正拳突きで、他2体のエヴァーを打ち上げてもらいます」

「……は?」

 

 モニターに表示される図。初号機の正拳突きを足裏に受ける2号機を見て、式波さんが固まる。

 

「……何言ってんの? こんなことされたら、2号機が壊れるじゃない!」

「壊さないよ」

 

 正拳突きは、狙い定めたものを打ち抜く拳。

 

 余計なものまで貫いたりはしない。エヴァを飛ばす。それだけをする。今の僕なら、できる。

 

「正拳突きを受ける際、足元にATフィールドを発生させれば安全に飛翔可能だとMAGIも回答したわ。ATフィールドを使えば多少の軌道修正も可能よ」

 

 使徒もATフィールドで軌道を変えているらしいからお互い様だ。

 

「零号機、2号機はS型装備にて発進。初号機の正拳突きで上空に打ち上げ。使徒に取り付いてATフィールドを中和、コアを破壊。その後の着陸は減速用ロケットを全開、ATフィールドで機体を守って」

 

 黙ってしまった式波さんに、ミサトさんが声をかける。

 

「空中での機体制御、エヴァーの操縦技術。その成績が最も高いアスカ、あなたをアタッカーに採用します」

「………」

「レイには零号機で最初に飛んでもらいます。そしてATフィールドの中和を担当。……万が一軌道がズレて使徒と接触できなかった場合は、そのまま降下して。2号機の打ち上げにデータを活かすから無駄にはならないわ」

「わかりました」

 

 綾波さんは静かに頷く。式波さんは何も言わなかった。

 

「いいわね? 各員エヴァーに搭乗、発進準備!」

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