知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない   作:幻覚症状

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奇跡の価値は(後)

 わずかでも高度を稼ぐために、打ち上げ場所は近くの山の山頂付近に決まった。重機が集まって、何かの設備を壊して材料を調達し、最後には己の身をも組み込みながら飛び込み台を作り上げている。

 

「あれが……使徒」

 

 空を見上げると、黒い点がある。まだ遠い。でも感じる。あのATフィールドは、やはり遠距離からでは貫けない。

 

『零号機、発射準備』

『はい』

 

 綾波さんの乗った零号機が、飛び込み台へと移動する。僕はその下で待ち構えて、構えを取った。

 

『すぅ……』

「……綾波さん。大丈夫?」

『大丈夫』

 

 深呼吸する綾波さんに問いかけると、綾波さんはしっかりとした声で応じた。

 

『まだ正拳突きのことは、よくわからないけど……碇くんの正拳突きのことは、信じてるから』

「……必ず送り届けるよ」

 

 拳を握る。

 

『目標、高度6万を切りました』

『落下速度変化ありません。終端速度に到達したものと思われます』

『作戦開始!』

『了解。零号機、アンビリカルケーブルパージ!』

『零号機発射!』

 

 零号機が飛び込み台から踏み切り、僕に足を向けた姿勢で降りてくる。

 

 僕は。

 

「……跳ァッ!」

 

 モニターに表示される目標に向かって――零号機を正拳突きで打ち出した。

 

 ギィン! というATフィールドが衝突する音と共に、零号機がかっ飛んでいく。

 

『零号機打ち上げました!』

『射出角度誤差、コンマ9桁までゼロ!』

『パーペキぃ!』

『接触まで15秒!』

『目標の形状変化! 落下コース変わります!』

『何ですって!?』

「!?」

 

 黒い球体だった使徒が、そのATフィールドを変化させて虹色の球体になる。

 

『このままでは接触できません!』

『レイ!』

『ATフィールド全開……!』

 

 綾波さんもATフィールドを発生させて軌道を捻じ曲げる。けれど。

 

『駄目です、間に合いません!』

『零号機……目標通過!』

『くッ……』

 

 零号機は……使徒を通り越したらしい。

 

『目標、形状変化により減速しつつもなお落下中! 間もなく距離5万!』

『零号機通信途絶!』

『使徒の影響か』

『慌てないで。こうなったら零号機は予定通り帰還シークエンスに入るしかないわ。それより第2射急いで!』

『言われなくてもッ、と』

 

 2号機が飛び込み台の上に立つ。

 

『まったく、あんたには一芸しか取り柄がないのに失敗しちゃって、自覚が足りないんじゃない? まっ、本命はあたし。あんな使徒、一人で十分よ』

「……式波さんの言うとおりだ」

 

 式波さんの罵倒は当然のこと。

 

「僕には正拳突きしかできないのに、失敗した。……次は外さないと約束する。だから、あとは式波さんに託す……頼んだよ」

『な、何よ……分かってるじゃない』

 

 今度は失敗は許されない。

 

『進路補正、予測完了』

『目標、距離4万8000!』 

『シンジくん、アスカ。二人に私たちの命を預けるわ』

 

 本部で指揮を執るミサトさんたち……避難せず、最後まで本部で戦う職員たちは、僕らが失敗すれば使徒の衝突と共に消滅する。

 

『目標、距離4万5000!』

『2号機、発射準備!』

『アンビリカルケーブルパージ、内蔵電源に切り替わります!』

『2号機、発射!』

『しくじらないでよ、ナナヒカリ!』

 

 2号機が飛び込み台を踏み切る。零号機よりも美しい姿勢で落ちてくる。それを。

 

「……跳ァッ!」

 

 僕は、正拳突きで打ち出した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ぐっ……!」

 

 ギィン! ドンッ!

 

 ATフィールドの衝突音に続いて、音速を超える際の衝撃波。強烈な加速度に耐えながら、アスカは前を向いて使徒を睨みつけた。

 

「ほん、とに……飛ぶとはね……! なんたる、非常識……!」

『目標さらに形状変化!』

 

 使徒が球体から花開くように形態を変える。両翼を広げた目玉、そう見えた。

 

『コアの位置は中央部』

『目標進路変更!』

『落下速度は減速中』

『空気抵抗を使って横へ逃げるか。アスカ!』

「逃がすかッ……ATフィールドを帆に使う!」

 

 そのままでも使徒の身体に取り付くことはできる。しかし、それではアスカのプライドが許さなかった。ATフィールドを展開し、傾け、コアに向かう。

 

「到着ッ……!」

 

 ギィン! 使徒のATフィールドと接触し、急減速。

 

 目玉の中央に、取りつく。

 

『っしゃあジャストミート! 頼むわよ!』

「言われなくても、こっから一人で全部やってやるんだからッ! ATフィールド全開……!」

 

 使徒と2号機を阻むように光り輝く壁を、アスカは中和し始める。と。

 

「ッ!? 何コイツッ!?」

 

 目玉の中央から人型が伸びてきて、ATフィールドを破ろうとする2号機に手を伸ばす。嫌な予感にアスカは咄嗟に離れようとし――

 

「アッ……ぐああああッ!」

 

 左手を掴まれ、変質した槍に腕まで貫かれる。

 

「こ……のォ゙!」

 

 しかし右手は拘束を逃れた。肩から武装、プログレッシブナイフを取り出して使徒の左手と格闘を始める。

 

『2号機、内蔵電源残り3分50秒』

『目標、距離4万!』

「ぐ……!」

 

 使徒と切り結ぶ。だが弾かれる。ATフィールドが突破できない。中和し、痛みに耐え、攻撃する。それぞれが別の集中力を要求され、うまく噛み合わない。

 

「コアは見えてるってぇのにィ……!」

 

 使徒の目玉の虹彩の輪郭にあたる部分だろうか。ひときわ白く輝く輪の上に、赤いコアが鎮座していた。だが、この人型が邪魔して攻撃が届かない。

 

『目標、距離3万5000!』

 

 無為に時間だけが過ぎ、アスカの焦燥が高まったその時だった。

 

「!?」

 

 フッ、と使徒のATフィールドの手応えが薄くなる。2号機のプログレッシブナイフが、使徒の左手首を切り飛ばす。

 

『目標のATフィールド、中和されていきます!』

『これは……零号機です!』

「エコヒイキ……!?」

 

 零号機が、使徒の身体にしがみついていた。

 

『なぜそこに』

『目標を通過後に姿勢制御して反転、再び目標に向かって降下したの?』

 

 零号機は、目玉の端からATフィールドを引き裂くように中和する。

 

『2号機の人……!』

「ッ……言われなくたってぇ! だああああっ!」

 

 使徒の左手の妨害を突破したアスカは、2号機の腕を貫いている使徒の右手を逆に利用して身体をコアへ引き寄せる。痛みを噛み殺しながら、深く腕を引いて――刺突。

 

「これでぇ!」

 

 カンッ!

 

「!?」

 

 突いたナイフの切っ先は……コアの表面に弾かれた。それだけに留まらず、コアが白い輪の上を高速で移動し始める。

 

『目標、距離3万!』

『アスカ、急いで!』

「分かってる。分かってるけど……!」

 

 使徒は高高度で倒さなければならない。そうしなければ、地上に甚大な被害を及ぼす。都市機能が迅速に回復可能な状態を保持するには……最低、上空2万メートルでの決着を求められていた。

 

『目標、距離2万6000!』

「くっ……ぐっ……! ちょこまかと往生際の悪い……!」

 

 こうなってはコアの中心を一撃で貫かねばならない。先ほどのように下手に手を出せば、移動スピードが上がって手がつけられなくなる可能性がある。

 

 だがすでに速い。速すぎる。目で追えない。左腕の傷も執拗にえぐられ、集中ができない。

 

『距離2万4000!』

「……っ!」

 

 アスカのナイフの切っ先が揺れた、その時だった。

 

『くっ、あああああっ!』

「エコヒイキ!?」

 

 ATフィールドを中和しながらじわじわと移動していた零号機が、目玉の中に飛び込む。そして両手でコアを掴んでその動きを止めた。

 

『ああああああァッ!』

 

 コアに触れた零号機の手が、腕が、赤熱する。

 

 いや――赤く染まっていく。

 

『はや……く……!』

「わかってるっ……ちゅーのぉぉぉ!」

 

 刺突。プログレッシブナイフをコアに深く突き刺す。まだ足りない。

 

『もう一丁ッ……!』

 

 左肩のナイフも取り出し、重ねて刺し込む。コアに、ヒビが入る。

 

『こいつは……オマケよッ!』

 

 そして。拳を握りしめ――ナイフの柄に真っすぐに突き放つ。

 

 ドンッ……! カッ!

 

 コアが真っ二つに割れ……使徒が液状化して爆散する。

 

『目標、形象崩壊!』

『距離2万1000!』

『大気に拡散していきます!』

『よしっ……! 二人ともよくやったわ!』

 

 喝采の上がる作戦部からの音声。

 

『あとは気をつけて降下して。ロケットを噴射すれば安全に――』

『ッ、内蔵電源残り10秒!』

「!?」

 

 ギョッ、としてエントリープラグ内のモニターを見たアスカは、そこに表示された残り時間が1分以上あるのを確認する。

 

 それなら?

 

『零号機、電源喪失します!』

『レイ!』

 

 使徒の爆散に巻き込まれて吹き飛ばされ、錐揉み回転する零号機の手脚に、力はなかった。

 

『零号機、活動停止』

『遠隔でS型装備のロケットをふかして姿勢制御、急いで!』

『駄目です! 推進材の残量ゼロ!』

『あのバカ……!』

 

 正拳突きに吹っ飛ばされ、使徒を追い越した零号機は……ロケットの燃料を全て使って使徒に取り付いていた。

 

『マズい。ATフィールドなしにあの距離から落下したら、エヴァどころかエントリープラグも無事で済まないわ』

「チッ……エコヒイキのクセに!」

『アスカ!?』

「あたしが回収する!」

 

 アスカは姿勢を整え、零号機に追いつこうとする。しかし。

 

『ダメよ! そこからじゃ追いつかない。追いついても時間が足りないわ。アスカは自分が降りることだけに専念して!』

「見捨てろってぇの!?」

 

 別に、零号機パイロットがどうなろうと知ったことではなかった。

 

 だが……助けられたままで死なれては、こちらの気持ちがおさまらない。だからアスカは怒りをあらわにして叫んだ。しかし。

 

『見捨てたりしないわ』

 

 ミサトは、静かに言う。

 

『――シンジくん! 出番よ!』

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

『初号機、アンビリカルケーブルパージ!』

『走って!』

「押忍!」

 

 モニターに表示される零号機の落下予測地点に向かって走り出す。

 

『零号機の姿勢が安定しない。風もある。なにより……使徒の体液が観測を邪魔しているわ。予測地点は常に更新される。チェックを怠らないで』

「はい!」

 

 一瞬、空を仰ぎ見る。

 

 ……赤かった。赤くて、太陽の光を遮っている、これから降り注ぐ大量の赤黒い雨。

 

 その中のどこかに、零号機が……綾波さんがいる。

 

 また無茶をしたらしい。でも、その無茶に僕たちは救われた。なら、救い返すまでだ!

 

「くっ……」

 

 だというのに……落下地点の予測が安定しない。

 

『もっと予測精度上がらないの?』

『無理です! 光学的な観測はすべて液体に遮断されています!』

『こうなったら女の勘か……えっと〜!』

 

 赤い雨が、零号機の居場所を不明にしていた。右に行けばいいのか、左に行けばいいのか、それとも真っすぐなのか、分からない。

 

「つまり、あれさえなければ……!」

 

 僕は……足を止める。

 

『シンジくん!?』

「フゥッ……」

 

 腰を深く落とす。

 

 ……正拳突きは、狙い定めたものを貫く拳。なら、貫かないこともできるはずだ。

 

 僕は、空に向けて拳を――突き出す!

 

「払ァッ……!」

 

 ――ドォンッ!

 

 パアッ、と。

 

 空が青くなり、虹がかかる。

 

『はっ……?』

『い、一帯の液体、成層圏まで押し返しました。さらに拡散』

『せ、正拳突きってすげぇーっ!』

『零号機の位置、特定しました! 落下地点出ます!』

 

 その青の中に、オレンジ色の零号機がいた。

 

「ッ……!」

 

 走り出す。間に合うか……間に合え!

 

『初号機、落下地点に到着!』

『シンジくん!』

「ATフィールド全開!」

 

 厚く、柔らかく、減速させるためのATフィールド。だけど零号機の落下速度が速すぎる。このままじゃフィールドにぶつかった衝撃で……。

 

 それなら。

 

「フゥ……」

 

 貫け。

 

「……ハァッッッ!」

 

 零号機の――落下速度を!

 

『ッ零号機、減速!』

『初号機のATフィールドと接触します!』

 

 ギィィ……!

 

「うっ……ぐぅ……!」

 

 お……もい……がッ……!

 

『初号機……零号機を受け止めました!』

『零号機、損傷軽微』

『モニター確認。パイロットも無事です!』

「……ふぅ……」

 

 初号機の腕の中に抱きとめた零号機を、ホッと息を吐いて見下ろす。

 

 僕の頭上で晴れ渡る空……そこから少し離れた街の上には、赤い雨が轟音を立てて降り注ぎ始めるのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「電波システム回復。碇司令から通信が入っています」

「お繋ぎして」

 

 音声通信のみのモニターが表示されるが、ミサトはキリッと表情を作った。

 

「私の独断でD-17発令後エヴァー3機を出撃、目標を殲滅しました。現在第3新東京市には大規模な豪雨が降り注いでいますが、夕刻には復旧予定です」

『………』

 

 返答が遅れる。雨の影響か? とミサトが首を傾げると、ようやく冬月副司令の返答があった。

 

『……目標は殲滅したのかね』

「はい」

『被害は?』

「2号機の左腕修理、零号機の両腕部の交換が必要です」

『……それだけかね?』

「? はい。……あ。申し訳ありません」

『いや……構わん。あのサイズの目標に対しその程度の被害ならむしろ奇跡と言える……何が主な勝因かね?』

「正拳突きです!」

 

 

『……そうか』

 

 

 雨のせいで応答が悪いな、とミサトは考える。すると次は碇司令が発言した。

 

『よくやってくれた、葛城一佐』

「はッ」

『初号機パイロットに……いや。あとで詳しく報告を聞かせてくれ。では、後の処理は任せる』

「了解」

 

 通信が切れると、ミサトはふにゃと表情を緩めて愚痴った。

 

「お褒めの言葉ぐらい、直接かけてあげればいいのにね……親子なんだから」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「うわッ」

「え?」

 

 何か虫でも見つけてしまったかのような声を聞いて振り返ると、僕の部屋に式波さんが入り込んでいた。

 

「式波さ……」

 

 って下着姿じゃん!? 慌てて前を向き直す。

 

「邪魔したわね。続けなさいよ」

「あ、ああ、うん……」

 

 なぜ来たんだ、という質問をしそびれたまま、僕は正拳突きに戻る。

 

 第8の使徒を殲滅後、雨の影響が引けた第3新東京市に――家に僕らは帰っていた。ミサトさんは報告書の作成で忙しいらしく、残業。家には僕と式波さんの2人きりだ。

 

「ハッ……! ハッ……!」

 

 といっても、特にこれといった会話はなかった。式波さんは必要最低限の受け答えだけしてさっさと部屋に引きこもってしまったし、僕も正拳突きの鍛錬をしていたから。

 

「ナナヒカリ。それ、いつもやってんの?」

「え、ああ……うん」

 

 式波さんはどこかに腰掛けながら声をかけてくる。

 

「正拳突きは磨けば磨くほど応えてくれるから……起きている間はずっとしているよ」

「は? 起きてる間ずっと?」

「身体が動かせないときは、心で打つんだ」

「何それ。バッカみたい」

 

 う〜ん。式波さんぐらい格闘の心得があれば理解してもらえるかと思ったけど、難しいか。

 

「それに今回は……僕の未熟を思い知ったから」

「………」

「僕には正拳突きしかない。二人を送り出した後は何もできなかった。だから……もっと正拳突きを鍛えなきゃって」

「……正拳突きで何ができるっていうのよ」

「何かできるようになる……正拳突きが応えてくれると信じてる」

 

 ……正拳突きにはできないこともある。でも。

 

「今日、綾波さんと式波さんに助けてもらった。だから……もし正拳突きにしかできないことがあれば、今度は僕が助ける番になる。そのために、後悔しないよう鍛えるんだ」

「ハァ。お硬い考え方で息が詰まるわ」

 

 式波さんは立ち上がる。

 

「借りだと考えてるなら……これからはアスカって呼びなさい」

「えっ?」

「あたしもバカシンジって呼ぶわ。これでチャラね」

 

 待って? それちょっと対等じゃなくない? ……まあ、貸し借りなしにしてくれるなら、いいか。米の品種よりは。

 

「ところでその……それ、いつ終わるの?」

「え? 今日はエヴァに乗ったからもう少し感覚を掴みたくて……あと2時間ぐらいかな? ……何か用だった?」

「あんたって、ホントに正拳突きバカね……」

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