知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない 作:幻覚症状
暗く広い部屋の中央で。綾波レイは巨大な水槽でLCLの中に浮かんでいた。
(すぅ……)
一糸まとわぬその姿で。
(ふぅ……)
腰を落とし、拳を握る。
(……はっ)
そして、正拳突きを放った。静かに。無心で。
「………」
(……はっ。……はっ)
「………」
(……はっ。……はっ)
「……レイ」
乾いた男性の声。レイは構えをとき、目を開ける。そこには、直立している碇ゲンドウがいた。
「……食事にしよう」
絞り出すような声に、レイは。
「押忍」
「ッ!?」
最近教えてもらった敬意を込めた返事をした。
◇ ◇ ◇
ネルフ本部内のVIP専用ラウンジ。その長テーブルを使って、レイとゲンドウは食事をする。
ゲンドウのメニューはステーキ。レイは大量の錠剤と水、ゼリー飲料だ。アンバランスな食卓だが、2人はそれを気にした様子はない。
そんなことよりゲンドウは気になることがあるようだった。
「レイ」
「押忍」
「……正拳突きの習得状況はどうだ」
「碇くんは、褒めてくれます」
「……そうか」
ゲンドウは少し口ごもる。
「……ATフィールドは破壊できそうか?」
「あと40年ぐらい練習してみないと分からない、らしいです」
「……そうか」
レイの回答に、ゲンドウは思考にふける。その様子を見て、今度はレイが口を開いた。
「碇司令」
「なんだ?」
「体を動かすって、楽しい……ですか?」
「ああ」
「正拳突き、興味……ありますか?」
「ああ」
食事を続けながら生返事を続けるゲンドウに、レイは真剣な表情を作る。
「碇司令」
「ああ」
「今度、碇くんと一緒に正拳突き……どうですか?」
「ああ……あ?」
「正拳突き」
ゲンドウは、レイの顔を見た。いや……何かを幻視しているのだろうか。
『あなた、シンジを』
『破ァ!』
ブルブルと顔を横に振った。
「……いや、その時間はない」
「そう……ですか」
◇ ◇ ◇
「なぁ碇。エヴァ3号機、日本に来るんだって?」
鈴原くん、相田くんに買い食いに誘われて駄菓子屋に寄り……鈴原くんの献上品をなんとか断って……寂れた倉庫でダベっていると、急に相田くんがそんなことを言い始めた。
「えっ、そうなの? 聞いてないよ」
「いきなり起動実験込みで、米国から押し付けられたってウワサだ」
相田くん、どこからそういう情報を得ているんだろう。悪いことしていないといいけど……。
「まぁ、末端の搭乗者は知らなくていい情報なんだろうな」
「なんやと! シンジさんにそないな大事なこと知らせないなんて、なっとらんなネルフも! ワイがガツンと文句言うたりますよ!」
「いいよそんなこと、本当に、大丈夫!」
放っておくとミサトさんに突っかかりに行きかねない。誰かこの自称舎弟鈴原くんを止めてほしい。
「なぁ〜、誰が乗るのかな? 3号機」
「あっ」
言われて、ピンと来た。
ははぁ、なるほどね……あの屋上に降りてきた謎のメガネ女子が、3号機のパイロットか。あまりに突然の登場だったのに、あれから全然音沙汰がないから何の意図があったのかと悩んでたけど。
「その顔は何か知ってるな!? 誰だ、誰なんだ3号機パイロット!」
「えっと、メガネの――」
そういえば名前聞いてないな。……というか、ネタバレして大丈夫かな? そもそも機密情報だったりしそう……いや僕も綾波さんもアスカもバレてるからいいのか?
「メガネ……つまり、俺ってこと!? ウォーッ! シンジさん! これからよろしくお願いします! 押忍!」
「ちょっ、やめ」
「挨拶に気合が足りんぞケンスケ!」
「押忍ッッッ!」
相田くんが舎弟に成り下がろうとする中、なんとか「3号機パイロットについては何も知らない」ということを納得してもらうには、日が暮れるまで時間がかかった。
◇ ◇ ◇
「何であたしの2号機が封印されちゃうのよ! 」
機械に吊るされて、コアユニットを取り外された2号機が地下へと消えていくのを前にして、アスカは赤木リツコに食ってかかる。彼女がその話を聞いて駆けつけた時には、もう作業は最終段階だった。
「バチカン条約、知ってるでしょ。3号機との引き換え条件よ」
「各国の保有できるエヴァーを3機までに制限する……」
「そんなことは知ってる!」
憤慨する自分についてきたミサトに、アスカは噛みつくように言う。
「でもそれなら、修理中の零号機にすればいいじゃない!」
先の戦いで破損した二機のうち、2号機の左腕はすでに修復されていた。しかし両腕部の交換が必要となった零号機は、いまだに修理が始まっていない。予算の都合らしいが、アスカには知ったことではなかった。
「2号機のパスは今でもユーロが保有しているの。私たちにはどうにもできないのよ」
「現在はパイロットも白紙。ユーロから再通知があるまでは、おとなしくしてなさい」
マヤの説明に重ねて、リツコが言い含める。この場の誰もが味方にならないと知って、アスカは呟いた。
「私以外、誰も乗れないのに」
「エヴァは実戦兵器よ。全てにバックアップを用意しているわ。操縦者も含めてね」
「そんな……私の世界で唯一の居場所なのに。……ッ」
「アスカ!」
ミサトの制止を振り切って、アスカはその場から去っていく。
緊迫した空気が、少し緩んだ。
「……しかし、バチカン条約、破棄してもいいんじゃないですか?」
ミサトと共にアスカを追ってきていたメガネのネルフ職員、日向マコトは冗談交じりに言った。
「僕が言うのも何ですけど、たった3機じゃ作戦運用に支障がありますよ。稼働機体の余裕がありません」
「それをやりくりするのが私たちの仕事ですけど……さすがに」
「そうね」
ミサトは頷く。
「初号機の替えがないのは大きな問題だわ。正拳突きを失えば、私たちに未来はない」
「……いえ、そういう話では」
「ダミーシステムってやつも気にくわないわ」
マヤがおそるおそるツッコミを入れようとするが、ミサトはさっさと話を変える。
「ゴルゴダベースから送られてきた新装備。碇司令が初号機に優先して取り付けを指示したけど……」
「単独での自律制御、無人状態でのATフィールド発生も可能になるという話です。子供に操縦させるより人道的では……」
「ダミーシステムに正拳突きはできないでしょっ!」
「それは、確かに」
「まったく、上は何を考えてるのかしら」
頬を膨らませるミサトを、まぁまぁ、とマコトはなだめる。
「それよりミサト」
2号機封印の作業完了を確認したリツコが話に加わる。
「3号機のテストパイロットは誰にするか決まった? 人選はあなたに一任されているのよ」
「……3号機、ね」
ミサトは眉間にしわを寄せる。
「5号機はベタニアベースで第3の使徒との戦闘で自爆。北米第二支部の4号機は実験で一帯を巻き込んで消失。それにビビッて起動実験を実績のあるこっちに押し付けてきた米国の3号機……か」
「全て2号機以降に設計された機体です。最新鋭機、と言っていいカタログスペックはありますよ」
「動けばね。動いてもすぐ持っていかれそうだけど」
腕を組み、ミサトは鼻を鳴らす。
「とはいえ、しばらくはこっちが自由に使えるなら……最大限に活かしたいわね」
「腹案は決まったのね?」
「ええ」
リツコの問いに、ミサトは頷く。
「あとはパイロットの了解を取るだけよ」
◇ ◇ ◇
2号機封印現場から逃げるように立ち去ったアスカは、エレベーターに乗ろうとして、綾波レイと鉢合わせした。
「………」
「……フンッ」
真っすぐ見てくるレイに威嚇するよう鼻を鳴らして、アスカはエレベーターに乗り込む。緩やかに降下し始める小さな箱。
「……エヴァの繋がりだけが全てじゃない」
「何ですって?」
急に口を開いたレイに、アスカは食ってかかる。すると、レイは振り返って言葉を続けた。
「望めば他にもあることに気づくことができる。碇くんがそう教えてくれた。だから、あなたもエヴァの他に何かある」
「偉そうなこと言わないで、エコヒイキのくせに! 私は天才だから、自分の力でパイロットに選ばれたのよ! コネで乗ってるあんたたちとは違うの!」
アスカは感情のままに言葉を続ける。
「ハン! 言っても分からないでしょうね。碇司令の言うことなら何でも聞くおすまし人形には」
「私は人形じゃない」
「人形よ! 少しは自分を知りなさいよ!」
アスカは手を振り上げる。レイは。
「ふぅ……っ」
腰を落とし、正拳突きの構えを取った。びくり、とアスカは手を止める。
「……何よ、殴るの?」
「殴らない」
レイは、構えを取ったまま動かなかった。
「殴られるときは構えを取るといいって、教えてもらっただけ」
「……フンッ。人から言われたことばっかり」
エレベーターが目的階に止まり、扉を開く。アスカは外へ向かい――開いた扉に寄りかかった。
「ひとつだけ聞くわ。あんた、あのバカをどう思ってるの?」
「バカ?」
「バカといえば正拳突きバカのバカシンジでしょ」
「よく、わからない」
「これだから日本人は! ハッキリしなさいよ!」
「わからない。でも……」
レイは、拳を目の前で握りしめる。
「碇くんと正拳突きしてると……体がポカポカする。心地良いと思う。だから、碇くんと碇司令が、一緒に正拳突きしたら、ポカポカしていいと……思う」
「………」
アスカは……考えて……首をひねって考えて……ジトッとした目で首を振った。
「いや……親子のコミュニケーションツールにはなんないわよ、正拳突きは」
「え」
「それは、ただ運動したから体温が上がっただけよ」
「そうなの?」
「あんた、正拳突き以外の運動したことないの?」
「ないわ」
「筋金入りの箱入り人形ね……」
はぁ、とアスカは息を吐く。
「バッカみたい。あんたと話してたら色々と気が抜けたわ」
「そう?」
「……誰かと話すっていうのも、悪くないのかもね。私には似合わないけど」
「そんなこと、ないと思う」
レイは真っすぐにアスカを見て言う。
「あなたは優しいから」
「お人好しってことならそうかもね。……あんたも、特別にアスカでいいわよ。どうせ今は2号機のパイロットじゃないし」
「……赤い人」
「素直に呼べっつーの、この正拳突きバカ2号!」
◇ ◇ ◇
「えっ?」
訓練後、ミサトさんから話があると切り出された。その内容に、僕は虚をつかれる。
「僕が、3号機のパイロット……ですか?」
それは……予想外だ。
「新しい人が来るんじゃないんですか?」
「新しい人? そんな話は聞いてないけど……誰が言ってたの?」
「えっ、いや……」
あれぇ……本当にあのメガネ女子じゃないんだ。
「……2号機の時もアスカが一緒だったし、そういうものかなって」
「ああ。今回は起動実験から……運用開始前の機体だから、パイロット付きじゃないのよ」
内緒にしといてって言われたしなあ……、と話をごまかすと、ミサトさんも深くは突っ込まなかった。
「だから現パイロットから選ぶ必要があるんだけど、まずレイは除外なのよね」
「どうしてですか?」
「レイは零号機の専属パイロットで……逆に言うとレイしか乗れないようになってるのよ。今は修理中だけど、2号機を封印している今、緊急で動かせる機体はひとつでもほしい」
なるほど。ていうか、まだ直ってないのか零号機。予算って大変なんだなあ。
「2号機を封印している今、アスカに乗ってもらうという選択肢もあるけど……アスカの所属はユーロ支部で、ちょっち手続きが面倒なのよね。それに……2号機が好きでしょ?」
ミサトさんは困り眉をしながら笑う。
「2号機の封印が解かれたとき、アスカは3号機に乗ってるから2号機は別のパイロットで〜……ってなったら、大荒れしそうじゃない?」
確かに。そして僕に八つ当たりしそうだ。
「そこでシンジくん、あなたってワケ。シンジくんの正拳突きを200%活かすためにね」
「正拳突きを……」
「正拳突きはシンジくんにしかできない。でも、初号機でしかできないわけじゃないでしょ?」
「それは……多分」
操縦方法的に、他のエヴァでもできると思う。
「今までは初号機が破損した時は、すなわち正拳突きを失う時だった。でも……3号機もシンジくんが扱えるなら?」
……戦える。守ることができる。
「それに3号機のスペックは初号機以上。それで放つ正拳突きの威力! 今から震えるわね!」
なるほど。スペック……体の性能が違うなら、さらなる正拳突きの高みを目指すこともできるかもしれない。
「実は、初号機はコアユニットを交換すれば他のパイロットでも操縦できるの。仕様上は」
「仕様上」
「今まで試す機会がなかったんだけど、これを機にテストする予定よ。で、成功すれば初号機と3号機で運用ができる」
なるほど。でも。
「それでも……アスカが3号機に乗って、零号機を修理して、僕が初号機に乗った方が戦力的にはいいんじゃないんですか?」
「将来的にはそうしたいわね。でも、当面はまず3号機を最大に活用したいの。それに……」
ミサトさんはウインクする。
「知ってる? エヴァーを一発で動かしたのはシンジくんだけなのよ。レイも、あのアスカだって、まともに起動させるには何回かトライが必要だったんだから」
「えっ……そうなんですか?」
「そっ。だから期待してるのよ。シンジくんなら3号機の起動も一発だってね」
なんと……エヴァンゲリオンの天才はシンジさんだけだと思っていたけど、その片鱗は僕にもあったらしい。
「シンジくんでの起動が成功したら、それを参考にアスカ用にも調整していく予定。どう? 引き受けてくれる?」
「そういうことなら」
最近使徒も現れないし……きっとこれはパワーアップイベントってやつなんだろう。
「――僕が乗ります」