知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない 作:幻覚症状
「ふぁ……」
「早朝から悪いわね~」
エヴァンゲリオン3号機は、松代の基地で起動実験をする。そこで僕は早朝から、ミサトさんの車に揺られて移動している。あくびをすると、ミサトさんに笑われた。
「まっ、眠いのは分かるわ。こうノロノロ動いてちゃね」
今は松代について起動実験現場へ向かっているのだけど、3号機用のエントリープラグの輸送と同行しているので速度が出ないのだ。
「先に行っちゃってよくないですか?」
「コレがないと始まらないし、もうちょっとだから」
急ぐ理由もなしと言うことか。ぼんやり外を眺める。戦車とかが見える……軍事基地って感じだな。
「ん?」
「あら、電話?」
「みたいです」
最近になってようやく支給された個人用携帯端末を手に取る。かけてきたのは……赤木さん?
「はい」
『シンジくん? レイが伝えたいことがあるって。はい、レイ。話していいわよ』
綾波さんから? なんだろう。
「………」
『………』
「………」
『………』
「あれ……?」
切れたかな? と端末から耳を離したその時だった。
『がんばって』
それだけ言って、今度こそ切れた。……綾波さんらしいな、と思ったらすぐまたかかってくる。
「綾波さん、どうしたの」
『はァ?』
アッ。ヤバ、一気に目が覚めた!
「今さっき綾波さんから電話があってでも切れちゃったからかけ直しかと思っただけでそれだけ」
『ずっと話し中だったのはそのせいってことね』
「その、ごめん!」
『とりあえず謝っとけって感じなんだ。ふーん』
「アスカから電話してくれるなんて嬉しいなあ!」
『なによ、その言い方』
「だ、だって本当に嬉しいから……」
『調子のいいこと言って! あんたがヘマしないか心配して電話してあげてるのに、まるで上から目線じゃない』
「そんなつもりじゃ……」
『私の前座で乗るのよ、レイのことばっか考えてないで真面目にやんなさいよ』
「アスカ、その、話を聞いて……」
『うっさい、バカシンジ!』
切られた。力が抜けて、がくりと前に突っ伏す。
「あら〜。モテモテね、シンジくん」
「そういうんじゃないと思いますけど……」
出る前に相手の分かる端末で名前を間違えられたら、誰だって嫌な気分だろう。気の強いアスカならなおさらだ。
「……かけ直した方がいいと思います?」
「大いに悩みなさい。若人の特権よ」
僕の人生経験的には若人じゃないんだけどな……とはいえ、こういう経験はまるでないから……うう〜ん。
「正拳突きじゃ解決できない問題もあるのねぇ」
「世の中、正拳突きにできないことの方が多いですよ……」
◇ ◇ ◇
『LCL電荷』
『圧力、正常』
『第一次接続開始』
『プラグセンサー、問題なし』
『検査数値は誤差範囲内』
『了解。作業をフェーズ2へ移行。第2次接続開始』
モニターを通して、作業の進捗が聞こえてくる。
「ふぅ……」
LCLを肺に満たすとかいう、いつまで経っても慣れない過程を経てシンクロに備える。
いや〜……だいぶ待たされたな。検査とか検査とか検査とかもあったけど……。
正直、今は起動実験の結果より気がかりなことができてしまった。ここはサクッとエヴァンゲリオンの天才であるところを見せつけて、第3新東京市に戻らないと……ん?
「なん……」
ガラスの割れる音? エントリープラグの中の様子が、おかしい。前の方から外の様子が見えなくなって、赤く染まっていく。
……だけじゃない!? 座席もコントローラーも消えた!? 何が。
『アハハ……アハハハハハ』
「!?」
なんだ、笑い声!? ……!? 眩しい! 上……太陽の光!?
「アッ……く、あぁッ……!?」
体が向こう側に、引っ張られ――
◇ ◇ ◇
「プラグ深度、100をオーバー。精神汚染濃度も危険域に突入!」
「なぜ急に!?」
オペレーターの言葉に、ミサトは焦る。何かが起こっている……想定していない何かが。
「モニター断絶!」
「プラグ内部に可視波長のエネルギー波検出」
「パイロット、まもなく安全深度を超えます!」
「引き止めて! このままでは搭乗員がヒトでなくなってしまう!」
引きつるリツコの声に、ミサトは即座に判断する。
「実験中止! 回路切断!」
指示に従いアンビリカルケーブルが解除される。不測の事態に備え、3号機の内蔵電源は最低限しか充電していない。数秒も経たずに全ての動きが止まる――はずだった。
「ダメです! 体内に高エネルギー反応!」
「まさか……」
リツコが息を呑む。ミサトも同じ結論に至った。
「使徒!?」
地上仮設ケージ内で拘束された3号機が――閃光を放つ。
◇ ◇ ◇
『あっ、えっと、碇です。その……録音なら聞いてもらえるかと思って。さっきは失礼なことして、ごめん。今……3号機の仮設ケージにロープウェイで向かってるところ。ちゃんと成果を上げて帰るから……その時ちゃんと顔を見て謝るよ。じゃあ』
「何よ……全部自分が悪いことにして。バカね」
録音を聞いたアスカは、携帯端末を下ろして呟く。と、次の瞬間、着信。ネルフ本部からなのを確認してすぐに応答する。
「はい」
『―――』
目を見開くアスカ。
「……松代で爆発事故?」
◇ ◇ ◇
「被害状況は?」
「不明です。仮設ケージが爆心地の模様。地上管理施設の倒壊を確認」
オペレーターの報告を聞き、冬月は発令所で指揮を執る。
「救助および第3部隊を直ちに派遣。戦自が介入する前に全て処理しろ」
「了解」
「事故現場南西に未確認移動物体を発見。パターンオレンジ。使徒とは確認できません」
謎の移動物体。判断に迷った冬月が口を開く前に。
ようやく発令所に到着した碇ゲンドウが、躊躇なく言う。
「第一種戦闘配置」
「碇……」
「総員、第一種戦闘配置だ」
「……総員第一種戦闘配置!」
本部にアラートが鳴り響く。
「東御付近で映像を捉えました。主モニターに回します」
モニターに映る、山の陰から現れる巨大な人影。――3号機。
「やはりこれか……」
「活動停止信号を発信。エントリープラグを強制射出」
冬月がつぶやき、ゲンドウが指示をする。しかし。
「ダメです。停止信号およびプラグ排出コード、認識しません」
「エントリープラグ内部、モニター不能」
「ッ! エントリープラグ周辺に――」
拡大表示される、3号機の頸椎部。そこには。
「コアらしき侵食部位と……これは、翼? それぞれ別の反応!」
青い粘膜に覆われたエントリープラグ。そして、それから生える白い翼のような光。
「分析パターン出ました。パターン青が……2体!」
「何? 同時に2体か?」
冬月が困惑する中。ゲンドウは平然と指示を出す。
「エヴァンゲリオン3号機は現時刻を以って破棄。監視対象物を第9および第10の使徒と識別する。地対地迎撃戦用意」
「……何言ってるの!?」
そこに。
「使徒って……アレには」
発令所に飛び込んできた少女が――アスカがモニターを指しながら言う。
「シンジが乗ってるんでしょ!?」
「それがどうした」
冷たい言葉に、アスカは目を剥き、そして司令席を睨み上げる。
「アンタの息子が乗ってんでしょ、つってるのよ!」
「アレは使徒だ。我々の敵だ」
「でも!」
「どうせ生きてはいない」
「ッ……」
アスカはオペレーターたちに振り向く。彼らは、気まずそうに言葉を発した。
「エントリープラグを中心に使徒が全身を侵食している。プラグ内部まで及んでいる可能性は高い」
「2体目の、あの翼の使徒からはATフィールドに似た波長の光がプラグ内部に向けて照射されていて……パイロットの精神を侵食している可能性があります」
「たとえ生きていても、肉体的にも精神的にも……ヒトと呼べる状態では……」
「………」
誰もが絶望視するシンジの現状。しかし。
「……あの正拳突きバカなら、正拳突きでなんとかしてるかもしれないでしょッ!」
アスカは、我ながら馬鹿馬鹿しいと思いながらも言い放って、再び司令席を振り仰いだ。
「2号機を出して! 私が救出する!」
「ダメだ」
「2号機は条約に従い封印中だ。解除には国連の決議が必要になる。間に合わんよ」
「そんなクソの役にも立たない条約なんて破棄すればいいのよ!」
「子供の駄々に付き合ってる暇はない」
「なら」
冷たく切り捨てるゲンドウの言葉に応じたのは、アスカに続いて発令所にやってきていたレイだった。
「私が、初号機で出ます」
「レイ!? あんた……」
「今動かせるのは初号機しかない、だから」
「ダメだ」
しかし。ゲンドウは再び却下する。
「レイは初号機の起動に成功していない。赤木博士のいない状況では調整も不可能だ」
「2号機もダメ、初号機もダメ、じゃあどうするっていうのよ!」
「初号機を使う」
アスカを無視して、ゲンドウは指示を出す。
「ダミープラグに換装後、直ちに出撃させろ」
◇ ◇ ◇
果たして。
少女たちがなすすべなく見守る中、目標……第9+10の使徒は、初号機の駐機する防衛ラインへと近づく。
「阻止部隊、攻撃開始!」
「目標、ATフィールドを発生していません。ですが……」
「無傷か」
「エヴァの特殊装甲はあの程度じゃ貫通できませんよ」
戦車の砲弾をものともせずに、ゆらゆらと使徒は歩き続ける。
「機械に任せるしかないなんて……何のためのパイロットなのよ……」
使徒は夕日を背に、水田を踏みにじって進む。それを迎え撃つ初号機は、まだ山に寄りかかった姿勢のまま。
「初号機、ダミーシステムにて起動完了」
「全神経回路、ダミーシステムに直結。接続正常」
「システム解放」
ゲンドウが指示する。
「攻撃開始」
カッと、初号機の目が赤く染まり、ゆっくりとその身を起こす。そして――次の瞬間、前傾して駆け出した。
それを。
「!? も、目標――」
第9+10の使徒は。
深く腰を落として待ち構える。
「――正拳突きの構えですッ!」
「そんな!」
発令所内に、絶望の色が広がる。
そのデタラメな力で何度も窮地を救ってきた、第三の少年の正拳突き。それが今、自分たちに向けられた。
次の瞬間には初号機が消し飛ぶ。誰もがそう予見した。だが。
「違う」
レイだけが言う。
「あれは碇くんの正拳突きじゃない」
突き出される使徒の拳。それは。
ギィン!
――初号機のATフィールドに阻まれた。
「えっ……」
「は……えっ?」
そんなまさか。正拳突きだよな? ネルフ職員たちはお互いに顔を見合わせて。
……いや、正拳突きだよな? これが普通なんだよな、そうだよな? と夢から覚めたような顔をした。
「……っ、し、初号機、目標と接触!」
正拳突きを弾いた初号機は、両手で使徒に掴みかかろうとした。それを使徒は真っ向から受け止め、力比べの体勢になる。
『グォォォ……!』
使徒が吠える。力比べは拮抗したように見えた。だが。
「目標形状変化!」
「これは……腕!?」
肩部の装甲を吹き飛ばし、内部の肉体を増殖させ、使徒は新たに生えた二本の腕で初号機の喉に手を伸ばす。ATフィールドを貫き、喉を締め上げる使徒。
『グオォ……!』
4本の腕で、両腕を取られ、喉を絞められる初号機。その喉元が、青く染まる。
「装甲部頚椎付近に侵食部位発生」
「第6200層までの汚染を確認!」
「やはり侵食型、それも2体か……厄介だな」
「初号機、ATフィールド不安定!」
「このままでは初号機も乗っ取られます!」
「やはりダミーシステムでは……」
劣勢の初号機。警報の鳴り響く発令所で。
「バカシンジ!」
アスカが、オペレーターを押しのけて叫ぶ。
「ちょっと」
「聞こえてるんでしょ! 使徒が正拳突きなんてバカなマネするわけない! あんたが……生きて! いいように使われてるんじゃないの!?」
ハッ、とその可能性に至るオペレーターたち。
確かに、使徒が正拳突きをするとは考えづらい。第10の使徒に精神支配されたシンジが操作した可能性はあった……つまり、少なくとも生存している可能性は。
「目ぇ覚ましなさいよ! あんたには正拳突きがあるでしょ! なんか……中から暴れるとか! 何でもいいから抵抗しなさいよ!」
アスカが呼びかける。
……しかし。
「碇。初号機を失うわけには」
「ああ」
使徒の動きに何一つ変化は起きず。ゲンドウは、指示を下す。
「制御リミッターを解除だ」
「! しかしその場合、予想される活動時間は208秒です」
「構わん。充分だ」
「……了解。制御リミッター解除」
初号機にシグナルが送られ。
『ウオオオオオオオオオオオ……!』
初号機が、吠える。
「なっ」
「おぉっ……」
――力比べしていた腕をあっさりと跳ねのける。そしてお返しとばかりに使徒の喉に掴みかかった。
これまでのヒトとしての体の使い方。理性の片鱗のある動きではなく。
敵を倒す。それだけのための、理性なき本能の動きで。
『グ……ゥゥゥ……!』
苦しみ、初号機の手を剥がそうと掴みかかる使徒。
しかし――膂力がまるで違った。初号機の力に押されて、使徒の背が反り返る。
「これが……ダミーシステムの本当の力……」
『グゥゥ……グ……ガ』
ゴキッ。
使徒の首の骨が折れる音が響き渡る。初号機の喉を締め上げていた腕も、必死に抵抗していた腕も、4本とも力を失ってだらりとぶら下がった。
「勝った……?」
「いや、まだ目標の反応は健在――」
『グオオォォ!』
初号機が吠え、使徒を地面に叩きつける。
――そしてそれから始まったのは、一方的で原始的な暴力だった。
腕をちぎり、装甲を剥ぎ――噛みつき、噛みちぎり、臓腑を引きずりだし、ぶちまける。手当たり次第に、損壊させる。
「ひっ……」
「うっ……」
『グォォォ……!』
頭を潰し、装甲の間から中身を噴出させて、ぐちゃぐちゃの肉塊に変えながらなお、力をふるい続ける。その様子を見て、多くの職員たちが吐き気を催し、目を逸らした。
「……ッ、もういいでしょ!」
もはや無抵抗で質量をすり潰されるがままの使徒。その状況を見て、アスカはゲンドウに向かって叫ぶ。
「アレを止めて! シンジを助け出しなさいよ!」
「まだ目標は殲滅していない」
「あんな状態なら、あとは修理中の零号機にだって……!」
ギギ……ギギギギ……
「っ!? 何の音……」
金属の軋む音。今までに無い音。気づけば暴力の音は止んで、それだけが響いていた。嫌な予感に、アスカはモニターを振り返る。
そこには。
「なっ……!」
使徒の……青い粘液に覆われ、白い翼を生やしたエヴァンゲリオン3号機のエントリープラグを取り出し――口に咥え、噛み砕こうとする初号機。
「やめっ……やめて!」
ギギギ……ギギギギギ……
「バカシンジ! 早く起きて! 正拳突きしなさいよッ!」
ギギギギギ……ギィ……
「初号機の頭ごとぶち抜きなさいよッ、今ッ、早くッ!」
「碇くん……!」
ギ――
バキンッ
「あ……」
エントリープラグが、折れ砕け。
圧力に耐えられなかった内部の液体が、至るところから噴出する。
「い……イヤあああああ!」
アスカの悲鳴が発令所に響く中。
エントリープラグと共に噛み砕かれた2体の使徒の体液が、動きを止める初号機の口腔を滴り落ちていった。
◇ ◇ ◇
「こっちにもいたぞ! 生存者だ!」
「至急救護班を回してくれ!」
サイレンの音。大勢の逼迫した声。
ミサトが目を覚ますと、周囲はそんな状況だった。
「……生きてる?」
目を開き、視線だけで周囲を確かめる。ホコリまみれのたくさんの緊急車両、慌ただしく駆け回る人々……額に包帯……左腕にギプス。
「加持?」
そして隣で自分を見守る男、加持リョウジ。
「よかったな、葛城」
「リツコは?」
「心配ない。君よりは軽傷だ」
ホッと息を吐き……次の瞬間、ミサトは跳ね起きて加持に掴みかかった。
「おいおい、急に動いちゃ」
「シンジくん! ……エヴァー3号機は!?」
加持は……目を逸らす。ミサトの顔からサッと血の気が引いた。
「3号機は……使徒……として処理された。ダミーシステムで稼働させた初号機に」
「ッ」
「乗っていた、シンジくんは……エントリープラグを初号機に噛み砕かれて……」
ミサトの口の中が、渇く。
口を開いても、声にならない。
「……ぐちゃぐちゃになった残骸の中から……正拳突きの構えのまま立っているところを発見された。無傷だよ」
「せっ、正拳突きってすげえぇぇぇぇー!?」