知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない   作:幻覚症状

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心のかたち

【3号機爆発直後 場所不明】

 

「お……終わり……これで!?」

「はぁ〜! 名作だよなぁ〜! 最高!」

「全然最高じゃないんだが!? なんっ……なんで……」

「はっはっは。落ち着けよ◯◯◯◯」

 

 たき火の光を受けてキラキラする鎧をつけた男が、俺の苦情を笑顔で受け流す。

 

「かわいそうはかわいい……その境地に早く至れ。な?」

「かわいそうなのはかわいそうだろ……」

 

 俺は男の謎の理論に頭を痛くする。

 

「……勇者なら勇者らしく、人の苦しみには寄り添えよ」

「そんなのは現実でお腹一杯だぜ」

 

 男、勇者はたき火に薪を足しながら口をとがらせる。

 

「まったく、記憶魔法と幻覚魔法の合わせ技でアニメ鑑賞という娯楽を生み出さなかったら、魔王退治なんてやってられないぜ」

「……旅の途中で、こんなことしてていいのか……?」

「まあまあ」

 

 勇者はにこやかに俺の肩を叩こうとして近づき――

 

「一日の終わりのお楽しみぐらい無いとやってけないだろ。さっ、次は何を見ぷろっ!?」

 

 急に一人で弾け飛んでクルクル錐揉み回転し、背後の大木に激突した。

 

「……何してるんだ?」

「いゃぁ……ハハハ……」

 

 なぜか腫れた頬をさすりながら、勇者が何か……すごく俺との距離を慎重に測って……隣に腰を下ろす。

 

「さっ、次は何見る!? これとかこれとかこれとか……」

 

 幻覚魔法に様々な映像……アニメを映しながら、勇者は楽しそうだ。

 

「お前も飽きないな……これ、お前の転生前の世界の記憶、とかいうやつから作ってる幻覚なんだろ?」

「そう! もう見飽きてるの! だから初見勢の新鮮な反応を啜って楽しむしかないの! だから見て! じゃないと魔王退治しない!」

「はぁ……」

 

 異世界から転生してきたとかいう、勇者。その最後の仲間として加入した俺は、異世界の娯楽、アニメを見せられている。

 

 他の仲間たちも一通り洗礼を浴びており、今は俺が新しい生贄というわけだ。

 

 ……俺みたいなのの反応を見て、何が楽しいんだ……?

 

「……もっとなんか……明るくて楽しいものはないのか?」

「あるにはあるけどなぁ……それじゃ初見のいい悲鳴がなぁ……おっ、これはどう?」

 

 勇者は、あるアニメの宣伝? 動画を流し始める。断片的なシーンの詰め合わせ。少年、ロボット同士の格闘……。

 

「『新世紀エヴァンゲリオン』! 大人気ロボットアニメだぞ!」

「大人気、なのか」

「ああ。まっ、ロボットアニメっていうとブチ切れるやつもいるけど、作ったアンノがロボットって言ったからロボットでいいんだよ」

「ふーん……?」

 

 勇者は得意げに言う。あまり前世のことを語らない勇者だが、どうやら偉い立場にあったらしい。よく「トミノはさぁ」とか「ハヤオはさぁ」とかアニメの製作者を説教してるし。

 

「どうだ、見るか? エヴァ!」

「……これは、明るくて楽しいのか?」

「いや! 主人公の碇シンジがずっとかわいそうなアニメだ!」

「なんでだよ!」

「あと終わり方も俺は大キライだ! 劇場版も納得してない!」

「なんでそんなもの見せようとするんだ!」

 

 俺の抗議を、勇者は聞き流す。

 

「新劇もさァ……破まではアンノのこと見直してたんだよ。いやラストで気配はあったけどね? でもさぁ……結局やりやがったんだよアンノは! Qの初日に劇場が一体感に包まれる体験をまたさせやがって! 本当にキライ!」

「じゃあ何で見せようとするんだよ……」

「エヴァの呪縛ってやつかな……」

 

 フッと格好つける勇者。よくわからん。

 

「……まっ、でも」

 

 勇者は苦笑する。

 

「Qなしで……ここで終わってもいいかもしれないよな」

「……ん?」

「結局、エヴァってのはシンジくんがかわいそうな話なんだよ。だから……もう終わってもいいよな」

 

 勇者は、笑いかけてくる。

 

「シンジくんが第9の使徒と巻き添えに死にました、世界は終わりました、って結末でもいいよな。そうだよな? それでもう楽になろうぜ」

「何を……」

「だって、お前は守れなかっただろ」

 

 勇者は笑顔で言う。

 

「△△△も、□□□□□も死んだ。お前のせいで。お前が弱かったせいで。お前が……」

 

 勇者は、突きつけてくる。

 

「◯◯◯◯しか、できなかったせいで」

「………」

 

 魔王の配下、四天王との戦いで失った仲間の名前。

 

「だから諦めようぜ。そんな役に立たないものなんか捨てて、終わりにして……一緒にアニメ見ようぜ? まだまだ布教する作品はたくさんあるからさぁ〜……」

 

 勇者は、手を差し伸べて――

 

「ほがごっ!?」

 

 また急に一人で吹き飛ばされ、コマのように高速回転して地面に倒れた。

 

「がっ……この……なんで」

「ああ……」

 

 ――この、感触。

 

「お前、本物の勇者じゃないな」

「なっ、何を」

「俺の」

 

 ぐっ、と拳を握って、確かめる。

 

「心の正拳突きに弾かれてるのがその証拠だ」

「こっ、心の正拳突き……?」

「正拳突きの高みを目指すため、心で型をなぞり、洗練させていく。……俺は常に、心の中で正拳突きをしている。無意識に放つ正拳突きは、今や寝ているときでさえ。だから」

 

 勇者はなんて言ってたっけ。ああ、そうだ。

 

「俺に精神攻撃は効かない」

「……ッ」

 

 目を剥き、敵意を剥き出しにする勇者。

 

 ……だがすぐに、へらっとした顔に戻る。

 

「……ああ、そうだよ。俺はお前の記憶から生み出された存在だ。お前たちが使徒、と呼ぶ存在の攻撃が、こういう形になって見えているにすぎない」

「……使徒が、アニメに理解を?」

「いやだからな……お前がそういう解釈に至っているだけで、使徒はそこまで考えてないと思うぜ。ただ、お前の心が壊れそうな状況を生み出そうとしているだけだ」

 

 う〜ん……わからん。俺は頭が悪いからサァ! 難しい話はわかんないよ!

 

「まァ……初手はうまくいかなかったが、どうせ時間の問題だ」

 

 勇者は焚き火越しに向かい合って、どっしりと座る。

 

「今、3号機は俺に乗っ取られてネルフ本部に向かってる。初号機が迎撃に出たようだが、1機じゃあなぁ」

「……ッ」

 

 初号機……誰が……まさか、綾波さん!?

 

「正拳突きで何かしようとしたって無駄だぜ」

 

 勇者は、ネバついた笑顔を作る。

 

「正拳突きは、心と体、二つの所作が重ならないと打てない……お前の言ったことだ。今、お前の心はここにあり、体を認識できない状態にある……だから現実で正拳突きはできない。だろ?」

「……ああ」

 

 そうだ。分かる。ここは現実じゃない。……現実の、俺の体は、エントリープラグの中で動かない。

 

「正拳突きしか能がないお前がそれを封じられたんじゃあ、もうどうしようもないよな」

「……ああ」

 

 その通り。

 

「俺には、な」

「……何?」

「お前が教えてくれたことだよ、勇者」

 

 悩み、嘆き、悔やんだ俺に。お前が教えてくれたんだ。

 

「俺にできないことは、仲間がなんとかしてくれるって」

「……ッ」

「この世界で戦ってるのは俺だけじゃない。きっと誰かがなんとかしてくれる」

 

 綾波さんが、アスカが、ミサトさんが。ネルフの職員たちが……父さんが。

 

 

「僕は、それを信じて、僕にできることをする」

 

 

 腰を深く落とす。

 

「まッ……」

「さすがにそろそろ、不愉快だよ。その顔でわめかれるのは」

 

 心の中の存在を――心の拳で貫く!

 

「――祓ァッ!」

「グァァァ……!」

 

 突き出した拳が。

 

 勇者の中の何かを吹き飛ばす。ぐらり、と揺らめいた勇者は……倒れる寸前で、踏みとどまった。

 

「さすがに、本体の方までは届かないか」

「……みたいだな」

 

 呟くと、勇者が応じる。憑き物の落ちたような顔で。

 

「よお。強くなったなァ……」

「……この世界でも、守るって決めたから。今度は失敗しないように」

 

 最初は自分の身だけを案じていた。けれど、今はそうじゃない。

 

 守りたいものができたから……正拳突きを鍛えている。

 

「あんまり背負いこむなよ。お前が死んでからこっちは大変なんだぞ?」

「そうなの?」

「いや、今のはお前の想像だな。そうじゃないかな~っと、自分でも思っているんだろう?」

 

 う。まあ……ちょっと死に方はよくなかったかもしれない。綾波さんのことを叱れないな。

 

「……お。そろそろお別れみたいだな。どうやら……お前の、今の仲間がうまくやったらしい」

 

 勇者の存在が薄くなる。……いや、この空間そのものが消えかかっている。

 

「それにしてもエヴァの世界か……お前も大変な世界に転生したもんだなぁ」

「予想以上にかわいそうだったよ、僕」

「はっはっは。……まぁ、がんばってくれ」

 

 勇者は、グッと親指を立て、いい笑顔を作る。

 

 

「俺さァ……エヴァはさァ……新劇場版の『シン』で完結したんだけど……『シン』も大キライ!」

 

 

「ちょっと待って!?」

「あれで納得したり卒業したんだ~とか言ってるオタクとは絶対に分かり合えないくらいキライ!」

「何があったの!? もしかしてよりかわいそうなことが僕に!?」

「だからさァ!」

 

 勇者は、立てた親指をグッと握りこむ。

 

「せっかくエヴァの世界に転生したんなら、もうその辺も全部ぶっ壊してやってくれよな!」

「どの辺を!?」

「オッ、ヒントが欲しいか。そうだな~。今お前が第9の使徒と戦ったってことは×の××だろ? なら次は××××××が来るから×××に××ば、お前なら正拳突きでなんとかなると思うんだよな。そうすると×××××が××××から、アレッ、そうすると×××ってどうするんだ? いや~でも×××××は××して欲しいんだよな~!」

「何!? なんか肝心なことが全然聞こえない!」

「はっはっは。そりゃあお前、アレだよ」

 

 勇者は歯を輝かせて笑う。

 

「俺はお前の記憶の中の俺だからさァ……お前が知らないことは何も答えられないんだぜ!」

「アアァァ……ッ」

 

 そう……それは、そう……! 無意味……ッ! 無意味な会話……ッ!

 

 よく思い出したら新劇場版に対する愚痴は、転生前に聞いたことあるし……ッ!

 

「はっはっは。それじゃあ、そろそろおさらばだ」

 

 勇者が、世界が、スーッと消えていく。

 

「がんばれよ、正拳突き!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 第9+10の使徒殲滅現場は、腐臭が漂っている。防護服を着用しながらも、ネルフの職員はそう感じていた。

 

 汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。

 

 それは単なる人型をした機械の兵器ではなく、生体組織を使い人のかたちを模した物だ。だから、指や腕があるのはわかる。

 

 しかし、あたりに噛み千切られ、ばらまかれた臓腑があるのには、職員の理解が及ばなかった。

 

 電力で動く肉体に、なぜ消化器官が。そもそも……そんなものは元から設計されていたのか?

 

 職員は首を振る。そして任務に集中する。

 

「まもなく目標地点に到着」

 

 回収班の班長が、ボイスレコーダーに記録を残す。

 

 ――目の前には、倒れた初号機の顔。そして……それが口からこぼしたもの。

 

 3号機のエントリープラグ、だったもの。

 

「これより救出作業を開始」

 

 建前だけの救出作業が始まる。

 

 職員はエントリープラグに取り付くと、慎重に破片をどかした。内部の惨状を予想し、身構えながら中を覗いて――

 

「……えッ?」

 

 ――ぐちゃぐちゃになったエントリープラグの中で、正拳突きの構えで立ち尽くす、第三の少年を発見した。

 

「え、あ……た、対象を確認。状況は――」

「……あっ」

 

 くるっ、と顔が職員の方を向く。

 

「よかった、助けが来て」

「キャアアアアアアッ!?」

「え、あ……」

 

 第三の少年――碇シンジは、職員の悲鳴を別の意味に勘違いして、顔を赤らめて己の身を隠すように抱く。

 

「こッ……これはそのッ……なんかテストのために必要らしくて! 僕はそのッ、嫌だって言ったんですよ! こんな透けてるスーツなんて!」

「そうじゃないよォ!?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 技術一課E計画設計担当責任者赤木リツコによる、第三の少年への聞き取り記録。

 

 ――3号機の試験、異常発生後についての状況

 

「ガラスが割れるような音がして……辺りが真っ赤になって、体以外見えなくなったんです。それから、笑い声がして、頭の上から太陽の光が……その後、前の方に黒い穴が開いて、引きずり込まれそうになりました」

 

 ――プラグ深度についての考察

 

「だから、正拳突きの構えをしました」

 

「正拳突きの構えは、不動にして不壊。だからそれ以上は引っ張られなかったと思います」

 

 パイロットの自助努力により、プラグ深度は安全域を超過しなかったものと考えられる。

 

 ――破損したエントリープラグ内部での生存について

 

「構えをした後は、現実ではない世界で……夢を見ていたと思います」

 

「だからその後のことはよくわからないですけど……正拳突きの構えは、不動ですから。一度しっかりと構えれば、解こうと意識しない限りは続けることができるんです」

 

「はい、寝てても」

 

「そして、正拳突きの構えは、不壊ですから。だから初号機に噛まれたのも、耐えられたのかな」

 

 技術部としてはパイロットの主張には無理があり、偶然にも初号機の歯の隙間に位置していたことが要因と考える。

 

 ――自覚症状について

 

「はい? いえ、特に……あの、いつ退院できますか?」

 

 全身の細胞組織に侵食跡は確認できず、精神汚染の傾向も確認できない。極めて正常。サンプルとしての価値は認められず、作戦部が強く要望している早期の再配置に反対する理由はない。

 

(上記の一文は最終報告書では以下のように訂正される)

 

 現段階で使徒と接触し生存した貴重なケースであり、慎重な調査を要する。引き続き厳重な監視のもと、経過観察を行う。また、対象の現状は秘匿事項とする。




※勇者さんの発言は勇者さん個人の感想(ネットで見かけた一意見)です。作者は普通に新劇場版、好きです。
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