知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない   作:幻覚症状

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男の戦い(前)

「離しなさいよ! ここにバカシンジがいるんでしょ!」

 

 絶対安静、面会謝絶、立入禁止。

 

 あらゆる侵入を拒む文句を無視して、アスカは羽交い締めしてくる黒服に向かってわめき散らす。

 

「離せっ……って、言ってんの、よォ!」

「……!」

 

 そして見事な体さばきで拘束から抜け出し、ジュードーで黒服を投げ飛ばすと、アスカは病室の扉に突撃した。

 

「バカシンジ!」

 

 病室の中は――

 

「え……」

「そこにシンジくんはいないわよ」

 

 何もない空っぽな部屋に、混乱して立ち尽くすアスカ。その背中に、左腕を吊ったミサトがやってきて声をかける。

 

「この場所はダミー。シンジくんは別の場所で検査を受けている。……らしいわ」

「らしいって何よ!」

「私にも場所は開示されていないの」

 

 いつの間にか黒服たちは消えていた。沈痛な面持ちのミサトを見て、アスカはチッと舌打ちする。

 

「……あのバカのことだから、言われるまま呑気に検査受けて、待ち時間は正拳突きでもしてるんでしょうね。……こっちの気も知らないで」

 

 ミサトを部屋に残して、アスカは外に出る。

 

「どこに行くの、アスカ」

「別に、どこだっていいでしょ」

「2号機の封印は解除されるわ」

「都合がいいことで」

「アスカ」

 

 立ち去ろうとするアスカに、ミサトは苦い顔で声をかける。

 

「碇司令の指揮は、間違ってはいないわ。2号機は封印、零号機は両腕損失。出せるのは初号機のみ。しかも使徒は侵食タイプ。パイロットを乗せたエヴァーでは精神汚染を受ける可能性がある。だから無人、ダミーシステムでの戦闘を指示した」

「そういうことじゃないって、分かってるでしょ」

 

 アスカに冷たく指摘され、ミサトは手の平に爪を食い込ませる。

 

「心配しなくても2号機には乗るわ。……ミサトの指揮ならね」

 

 そう言い捨てて、アスカはあてもなく病院を歩き始める。

 

 松代の爆発事故の影響で、多くの入院患者が出ているようだった。病室からの気配は多く、ひっきりなしにベッドが行き来する。

 

 自然と、足は人気のない方向に向いた。徐々に人の気配が消えていき――

 

「ちょいとそこの道行くお嬢さん♪」

 

 呼び止められる。アスカは、眉間にしわを寄せながら声の主を見た。

 

「誰よ、あんた」

「まあまあ。ここだけのいい話ってやつですぜ、姫」

 

 メガネをかけた見知らぬ制服の女子は、ニヤッと笑った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「よう葛城。骨折にアルコールは良くないぞ。治るまでは少しぐらい肝臓と仲良くしたら――」

「座んなさい。正拳突きするわよ」

 

 ミサトによって居酒屋に呼び出された加持は、目の据わった恫喝に両手をあげながら個室の座敷に座る。

 

「少し、場所があからさまじゃないか?」

「問題ないわ。それより」

 

 ミサトは声をひそめる。

 

「ゼーレとかいう、うちの上層組織の情報、よこしなさい」

「……例の計画を探るのか?」

「それは……それも、あるわ」

 

 ミサトはコップを傾け、ため息を吐いて視線を机の上に落とす。

 

「人類補完計画……裏では相当数の人間がこれに関わっている。ネルフは使徒を殲滅するだけの単純な組織じゃない……一体何をしようとしているの?」

「それは……」

 

 加持は、ミサトの目を見て――

 

「俺も知りたいところさ」

 

 はしごを外す。しかし、ミサトは目を逸らさなかった。

 

 スッ、と片手で正拳突きの構えを取る。

 

「待った待った! 本当に! 今探っているところだ!」

「フゥン……フゥン、フゥン?」

 

 シュッシュッ。

 

「そっ、それより君が知りたいのは、彼の居場所だろ?」

「どこなの?」

「それこそゼーレの息がかかってる。どうやら使徒と接触した人間……ということ以上に……正拳突きを計画遂行の脅威として警戒しているようだ。遅まきながら、な」

「使徒を倒すには正拳突きが必要だっていうのに?」

「それには俺も同意するよ」

 

 確かにエヴァには絶対防御のATフィールドがあり、バカみたいな口径の兵器を軽々と振り回して運用できる。しかしそれでも……特に第6、第8の使徒を正拳突きなしに攻略できるとは、加持にも思えなかった。

 

「とにかく、上は彼に大人しくしていてほしいらしい。おそらくネルフ本部内に監禁されているはずだ。ただ……具体的な場所は、リッちゃんも知らない。俺がつかんだ場所もダミーだった。おそらく碇司令しか知らないだろう」

「役立たず」

「と思うだろ?」

 

 加持は得意げに、何か書かれた紙切れをミサトに渡す。

 

「彼の部屋の扉のロック解除コードだ。本部に対してブロードキャストすればおそらく扉は開く。どこかは分からないけどな」

「加持……」

 

 ミサトは、目を見開き。

 

 

「扉ぐらい、シンジくんなら正拳突きで突破できるわ」

「……俺も……そう思うよ……」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……帰ってない、か」

 

 ミサトは自宅の様子を見て呟く。

 

 アスカが帰宅した様子はなかった。そしてネルフの諜報部からも連絡はない。どうやらロストしたきり発見できていないようだ。

 

「さすがはユーロ空軍の大尉さん、ってとこかしら」

 

 だが、近くにはいるだろう。有事となれば必ず2号機に乗りに来る。その点では心配はしていなかった。

 

「………」

 

 シンジの部屋を覗く。部屋の中央が大きく空けられた、殺風景な部屋。扉を閉めたら、今にも鍛錬に励む息づかいが聞こえてきそうだった。

 

「私だって」

 

 碇司令の判断に思うところはある。

 

 確かに指揮は合理的だった。だがそれは……シンジの命を失っても構わないという意志のあらわれでもある。

 

「……私は」

 

 今。

 

 ミサトは、胸に下げたペンダントを握りしめる。

 

 シンジに正拳突きがなかったら……同じ命令を下せる気がしなかった。

 

 使徒を、殲滅するためだとしても。

 

「もう、人類や世界のことなんて、どうだっていいのかも――」

 

 ――鳴り響く警報。

 

「……使徒!?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「第4地区に直撃。損害不明」

「地表全装甲システム融解!」

「24層全ての特殊装甲が、一撃で……」

「ここまで振動が伝わってくるとは……」

 

 モニターに映る、修道女のウィンプルをかぶったような形状の頭部をした人型。

 

「第11の使徒、最強の拒絶タイプか。予想以上の破壊力だな」

 

 それを見て、冬月は唸るように呟く。

 

「総力戦よ。要塞都市全ての迎撃設備を突貫運用。わずかでもいい、時間を稼いで」

 

 指令所に到着したミサトは矢継ぎ早に指示を出す。

 

「エヴァー各機の状態は」

「零号機、両腕の応急処置中。もう少しで出せます!」

「2号機、パイロット現着!」

「そう。やはり来てくれたのね、アスカ」

 

 ミサトは小さく呟くと、さらに指示を飛ばす。

 

「戦力の逐次投入は愚策。地上迎撃は諦めてジオフロントで殲滅する。両機、発進準備。……初号機は?」

「パイロット治療中」

「現在ダミーシステムで起動準備中です」

「……そう、治療中ね……了解。フォーメーションは初号機を前衛。2号機を遊撃。零号機は援護。準備急いで!」

 

 地上では迎撃設備が激しい火力を第11の使徒に浴びせている。しかし、虎の子のN2誘導弾の嵐すらも使徒のATフィールドを貫けない。

 

「目標健在」

「第二波攻撃、効果なし」

「いいから、市民の避難が最優先だ!」

「N2誘導弾の第三弾を許可する! 直援に回せ!」

 

 様々な言葉が交錯する発令所。しかし、碇司令の周囲ではまた異なる言葉のやりとりが繰り広げられていた。

 

「ダミーシステム、接続完了」

「コンタクト、スタート」

「はい!」

 

 リツコの指示に従い、マヤが操作をした途端――周囲のモニターが一斉にアラートを鳴らす。

 

「どうしたの!?」

「コアユニット、ダミーを拒絶! ……ダメです! エヴァ初号機、起動しません!」

 

 マヤが悲鳴のように報告する。

 

「ダミーを受け付けないとはな」

 

 冬月が言うと、それまで事態を静観していたゲンドウが席を立った。

 

「……冬月。少し頼む」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

『状況を説明するわ』

 

 エントリープラグの中で、アスカはゆっくりと目を開く。

 

『目標は地上の24層の装甲を一撃で破壊。N2誘導弾による足止めも効果なく、現在は破壊跡を降下してジオフロントに移動中よ』

『光線の破壊力は第6の使徒以上、ATフィールドの強度は第8の使徒以上と予想されます』

『まさに最強の矛と盾ですよ』

 

 オペレーターがあきれたように茶々を入れる。それを、アスカは静かに聞いていた。

 

『単独での戦闘は危険と判断。零号機、2号機による同時攻撃を仕掛けるわ。零号機の腕はほとんどくっついてるだけ、よって後方支援を担当。前衛は2号機』

「初号機は?」

 

 ポツリ、とアスカが問う。

 

『パイロット不在のため、ダミーシステムにて起動準備中ですが、難航中』

『使徒の到着に間に合わなければ、初号機は起動次第、戦闘に参加させるわ』

「愚策ね……」

 

 アスカは呟き、顔を上げる。

 

「いいわ、やってやろうじゃない。要は第8の時と同じでしょ。あのバカの正拳突きなんかなくたって勝てるって、もう一度、今度こそ完璧に証明してやるわ」

 

 そして、2号機と零号機はジオフロントに向けて発進する。

 

 急加速、急制動。地上に出るよりも短い時間で、光射すジオフロントの大地に立つ。

 

『零号機、2号機、リフトオフ』

『目標、ジオフロントに到着します!』

 

 ゆらゆら、と。

 

 ジオフロントの天井に空いた穴から、都市の残骸とともに使徒が姿を現す。まるでいくつもの布をたなびかせるかのように浮遊して――

 

「先手必勝!」

 

 2号機は、降下中の使徒に向かって2丁のライフルで射撃開始する。連射される弾丸。しかし、何重ものATフィールドが現れて受け止められる。

 

「まだまだァ! レイ、次ッ!」

『了解』

 

 マガジンを打ち切る直前、アスカが指示する。零号機が代わりの武器、サブマシンガンを片手で投げて寄越し、ちょうど弾薬が空になったライフルを投げ捨てたその手で受け取る。

 

「零号機と2号機でATフィールドを中和してぇッ!」

 

 間断なく連射。何層にも重なるATフィールドを、弾幕で押し返す。

 

「次ッ!」

 

 あらかじめ兵装ビルから回収しておいた武器を、零号機が投げ渡す。2丁の連射式ロケットランチャー。躊躇なく引き金を引き、連射。

 

「オラオラオラオラッ!」

 

 爆炎が、わずかに。第11の使徒の方へと流れ込む。

 

『目標のATフィールド後退!』

『押してるわ! 続けて!』

「言われなくたってぇ!」

 

 次の武器を受け取る――その瞬間だった。

 

 

 爆炎の向こうに、光。

 

 

「回避ぃッ!」

『!』

 

 光線、爆発、轟音。振動にジオフロントが揺れる。

 

 そして、爆煙を突っ切って。

 

「正拳突きバカ2号!」

 

 宙に飛んで使徒の光線から逃れていた2号機が、武器を抱えて体勢を整える。

 

「足場になれッ!」

『……ふぅッ』

 

 零号機が。

 

 深く、腰を落とし。

 

『……はっ!』

 

 ギィン!

 

 2号機の足裏を正拳突きする。

 

 それは、大部分がATフィールドを足場にした2号機の跳躍だった。しかし……わずかにそれ以外の力を、アスカは感じた。

 

「――スピアの威力にィ!」

 

 使徒に向かって加速する。2号機は膝を抱えて回転し――武装、サンダースピアを足裏に装着した。

 

「キックを載せればァァッ!」

 

 グン、と伸び切った、美しささえ感じる2号機の蹴り。それは何層もの巨大なATフィールドを貫いて、使徒の顔面に突き刺さり。

 

「ッ!?」

 

 使徒の咆哮。至近で衝撃波を受け、2号機が吹き飛ぶ。

 

「つ、ぅ……!」

 

 ATフィールドで機体を保護して着地し、転がる2号機。

 

 使徒はようやく、ジオフロントの大地に着地し――

 

『アスカ!』

「チィッ!」

 

 レイの警告で、跳ね跳んでその場から回避する。次の瞬間、巨大な厚みのあるATフィールドが、一帯を押し潰した。

 

『今の攻撃は!?』

『ATフィールドを変形させた遠隔攻撃です!』

「……なるほど、分かったわ」

 

 グッ、と。

 

 アスカは、拳を握りしめ。

 

「ATフィールドの使い方ァッ……こうよッ!!」

 

 払うように、振り抜く。すると。

 

 ギィィン!

 

 巨大なATフィールドが使徒に押し付けられ、その巨体を弾き飛ばす。

 

『目標後退!』

『ATフィールドを攻撃に転用したというの!?』

「ハンッ。帆にするより簡単よ……でも」

 

 距離は稼いだ。しかし、使徒に大きな損傷はない。顔につけた傷も、すでに自己修復していた。体から伸ばした帯を、揺らめかせてこちらの様子を伺っている。

 

「この程度の攻撃じゃ、押しきれない……か」

 

 火力が足りない。

 

 コアは見えている。胸の中央にある。ダミーの気配もない。だが……貫けない。サンダースピアキックは、二度は通じないだろう。

 

「……あんたなら、ってみんな思ってるでしょうね」

 

 アスカは歯噛みする。

 

「でも、それじゃダメなのよ。あんただけが特別じゃあ……」

 

 また、選ばれるのは正拳突きに……碇シンジになってしまう。彼一人に、全ての命運が課せられてしまう。

 

 それでは、ダメだ。

 

「……癪だけど。使えるもんは使ってやろうじゃない」

 

 アスカは、エントリープラグの中で立ち上がる。

 

「自分がヒトかどうかなんてどうでもいい。私は……特別! 行くわよ、2号機!」

『アスカ? 何を』

 

 ミサトの呼びかけを無視し、アスカは叫ぶ。

 

「モード反転。裏コード、ザ・ビースト!」

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