知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない 作:幻覚症状
人の造りしもの(前)
国立環境機関法人、日本海洋生態系保存研究機構。
……長い名前だ。二度と言えなさそうだ。海洋研究機構、と略すらしい。
とにかく僕はその入り口にやってきていて――
「凄い! 凄すぎる! 失われた海洋生物の永久保存と、赤く染まった海を元に戻すという、まさに神のごとき大実験計画を担う禁断の聖地!」
テンションの上がった相田くんの口上を聞いていた。
「その表層の一部だけでなく、今日の一大イベントまで間近で見学できるとは……! シンジさん! 一生ついていきます! 押忍ッ!」
「押忍ッ!」
「だからそれはやめてよ!?」
相田くんと鈴原くんが頭を下げてくる。どうしても舎弟らしい。そして。
「仲のいい友達がいるんだね、シンジくん」
「うん……まあ……」
「うらやましいな」
なんかやけに距離の近い、白い髪に赤い目の少年……新たなエヴァンゲリオンに乗っていた渚カヲルという少年も、一緒についてきていた。
何でだ。
「なんやお前、シンジさんのイチの舎弟はワイやぞ! 新入りの話はワイを通しいや!」
「僕はシンジくんと仲良くしたいんだ。許可をもらえるかい?」
「シンジさんと話すにはなあ、そりゃもう厳しい試練を――」
「はいやめ! いいから! 話すぐらい直で!」
このままだと舎弟が増えかねない。僕は慌ててストップをかけた。
……渚カヲル。ミサトさんたちの話によると、ネルフ月面基地から送られてきた援軍。
……らしい。
新しいエヴァンゲリオン――Mark.06は月面で秘密裏に作られていたもので、僕らのピンチを見て駆けつけてくれたのだとか。……月から地球までって意外と近いね? 徒歩5分なのかな?
まあ、確かにピンチだった。初号機がなぜか電源なしでも動かなかったらヤバかっただろう。
……でもその電源なしで動くのは異常! おかしい! 危険! ってことになって、初号機は封印されてしまった。
初号機は封印、零号機は大破、2号機は頭部を残して消滅。
そんな状況では、唯一稼働できるMark.06を頼るしか無いわけだけど……。
「自分の上に立つものを自ら選ぶ。古来から続くリリンの生きる知恵と言えるね」
なんでパイロットの渚くんまで見学会に参加してるのかなあ!? ネルフ本部にいなくていいのかなあ!? でも僕らも結構自由にしてたから人のこと言えないかあ〜!
っていうか、Mark6も電源なしで動いてるしなんなら飛んでるよね……? って赤木さんに聞いたら、Mark.06はちゃんとそういう設計で作られたからヨシとのこと。
……まあ……調査が終われば封印は解かれるらしいから、それまで待つしかないか。
「とにかく……今日のお礼なら加持さんに言ってよ」
厳重な扉の上の方、小さな窓から手を振っている加持さんを見上げる。
今日この……えーと……研究所の見学会を手配してくれたのは加持さんだった。落ち込んでいる僕の激励と日ごろのねぎらい……らしい。
同行したのは、鈴原くん、相田くん、渚くんの3人。渚くんは誘ってないけどついてきた……なんかやけにつきまとってくるので、話の流れで。
……綾波さんとアスカは来ない。
綾波さんは、零号機とのシンクロの影響で四肢の動きに影響がでているらしく入院。
アスカも、謎の隠し機能の使用や使徒に取り込まれた影響を調べるために入院。
……僕が本部でウロウロ迷わなければ、結果は変わったかもしれない。そう思うと助け出したからといって笑っていられない。
そんな僕を見て加持さんが慰労にと企画してくれたわけだけど。
『ここからがちょいと面倒なんだ。礼を言う元気が残るといいんだが』
なんか不穏なこと言い出したぞ……?
◇ ◇ ◇
「うほー! でっかい水槽やなぁ!」
「おおお、凄い! セカンドインパクト前の生物のナマの姿がここにぃ!」
ひどい目にあった。
なんでも貴重な海洋生物たちを病気から守るためとかで、念入りに洗われ、乾かされ、光を当てて消毒された。
鈴原くんと相田くんはそのたびにギャアギャア騒いでいたけど、3周目ぐらいになると無言で死んだ目をしていた。が、施設の中に入ると元気を取り戻して大はしゃぎだ。
巨大な水槽、色とりどりの魚、大小様々な海洋生物。
……うん。まあ、面白いかな。セカンドインパクト以降、川で一生を過ごす魚や、陸で完全養殖されていた魚以外は冷凍でさえ見ることはなかったし……前の人生でもこうして海の中の視点で魚を見ることはなかった。
「ほぇ〜! なんやケッタイな姿しとるのぉ。お前も魚かぁ?」
「タツノオトシゴっていうらしいよ」
「へぇ……泳ぐの遅そうだね」
「多様性は生物の生きる知恵だよ。住処や食料、それを他者と分かち合っているのさ。みんなが同じ場所に住み、同じものを食べていたら、すぐに手狭になってしまうだろう?」
そうしてとにかく僕の近くで語りだす渚くんは……消毒の間、平然と立っていた。
正拳突きの構えもせずに、まるで手をポケットにいれて立つかのようなポーズで。顔色ひとつ変えずに。
……できる。
いや。この歳で月面基地でエヴァンゲリオンのパイロットをやっているんだ。アスカ以上のエリートなんだろう。ということは、それなりの心得があって当然か。
「あ、また大きな水槽だね」
さぞかし大きな魚がいるんだろう、と立ち止まった水槽には……小さな魚の大群がいた。みんなで同じ方向を向いて、まるでひとつの生き物かのように泳いでいる。
「なんだ、小さいなぁ」
「イワシ、という魚のようだね」
渚くんが案内板を指す。イワシ、鰯って書くのか。
「弱い魚ってことか。弱いならもっとバラバラに隠れて過ごせばいいのに……こんなに集まって泳いだら目立つし、大きな魚は口を開けて突っ込むだけで何匹も食べるだろうし、網を入れたら大漁だよ」
「確かに食べられる魚はいるだろうね。けれどその犠牲のおかげで他の多くが生き残ることができる。個としての命ではなく、種としての命を優先する。これも生きる知恵さ」
「ふ〜ん……」
魚の考えることはよくわからないな。そんな感想を抱きながら研究所の見学を続ける。
どうやら客は僕たちだけではないようで、身なりのいい人や外国の人もちらほら見かけた。研究所というわりには観光スポットなのかもしれない。
「……あれ? 渚くんは?」
ウロウロと辺りを見て回っていたら、いつの間にか渚くんがいなくなってた。
「さっきまでシンジさんの周りをウロウロしとったんやけど、見かけんなあ」
「迷子かな。探しておくよ。二人は見学してて」
見取り図はあるけど順路案内はないんだよな。普通にパイプをまたいだりする場所もあるし、そのへんは観光客に優しくない無骨さだ。
さてどこに行ったかな、と辺りを探索してしばらく――
「あっ、加持さん。……と、渚くん」
「よっ、シンジくん」
「やあ」
研究所の海側、屋外にある開閉ゲート……青い海と赤い海の境にある門の上に、加持さんと渚くんが隣り合ってたたずんでいるのをようやく見つけた。
「どうした、生き物見学は退屈だったかな?」
「いやそんなことは……ん?」
クンクン。この匂いは……。
「ワ、懐かしいな、磯の香りだ。本当に青い海に戻してるんだ」
「おいおいヒドイな、疑ってたのか?」
「いやあ、下からだと青さとか分からないから。ああ、こうなってるんだ」
遠くの方にある取水口から流れ込んだ赤い海水が、施設内のいくつもの槽を通過して徐々に青くなっていく。こちら側にある槽はもう完全にかつての青い海だった。なんならカモメも飛んでる。
「あの何もない赤い海とは違う、本当の海の姿さ。本来この世界は様々な生命に満ち満ちている。それを取り戻す人の戦いを、君にも知ってほしくてね」
……ああ、そうか。前の世界の記憶があるから特別に感じなかったけど、よく考えたら僕は海が青いことをメディアでしか知らない世代なんだな。
とはいえ……赤い海だって僕はここに来るまでメディアでしか見たことはない。海を見に行くことなんてなかったし、川や湖は赤くないからなあ。
「特に今日はこれから、さらなる一歩を踏み出す記念すべき日だ」
「さらなる一歩?」
「誘うときに言っただろう? 放水式さ。この施設で青く戻した海を、初めて外の海に流すんだ。ようやくここまできた……ってとこだな」
よく聞くと、世界初の試み……ということで世界的に注目されているイベントらしい。それでいつも以上に見学客が来ているそうだ。空からはヘリによる報道もあるらしい。
「なるほど……でも、そんなことして大丈夫なんですか?」
海の水は蒸発し、雲になり、山に雨となって降り注ぐ。そこに赤い海の影響はなく、川の水は以前と同じ透明なままだ。
なので、セカンドインパクトで海が赤く染まった後も、川から注ぎ込む水でそのうち赤い海も元にもどると予想されていた。ところが……そうはならなかった。
河口から先はいくら川の水が流れ込んでも、赤い海になってしまうのだ。旧東京湾内は2年程度で大方元にもどる……と言われていただけに、当時の大人たちのショックは大きかったという。
「海に水を流しても、また赤くなっちゃうんじゃあ?」
「ただそのまま流しただけじゃな。でもセカンドインパクトから15年、人類はただ手をこまねいていたわけじゃないぜ。ほら、見えてきた」
加持さんの指す空を見ると……何かでっかい柱をぶら下げたでっかいヘリが、何台もこちらに向かっていた。
「さあ、本日のメインイベントの始まりだ」
「こんなに見学客がいたんだ」
開閉ゲートの上にも人々が集まってきた。見るからに上流階級っぽい人や、外国……欧州の人が多いように思う。鈴原くんと相田くんもやってきて、作業を夢中で見守っていた。
ヘリに運ばれてきた何本もの柱は、開閉ゲートに接するように海へ突き立てられた。何か赤い文様の刻まれた黒い柱。
そして何か偉い人がセレモニーを行った後、柱に向けて施設から放水が始まった。赤くない海水は、柱の作ったスペースに溜まり、そしてその範囲を柱ごと押し広げていく。
「おお……なんと!」
「ああ、海、海よ……! 本物の海!」
そして放水が終わると……転々と立つ柱に囲われた円の中に、狭いながらも青い海が生まれていた。大人たちは歓声を上げ、何人かは感極まって泣き崩れていた。
「すごい。どうして赤くならないんですか? 柱と柱の間は、網とかもないし……ただの隙間ですよね?」
柱と柱の間は、見えない壁でもあるかのように、赤と青の海を分け隔てていた。
「あれは浄化無効阻止装置といってな。詳しい仕組みは俺も専門外なんだが……とにかく周囲からの浄化を防いでくれるのさ。それで青い海を守ってくれるんだ」
「浄化……阻止?」
「あの赤い海に長時間浸かっていると、生物は融解してしまう……ということは知っているよな?」
「はい。学校で習いました」
絶対赤い海に入るなよ、と先生たちには念押しされている。あとは……事件で行方不明になった人たちは、実は赤い海に落とされたのだとかいう噂、いや実際にそういう事件もあったらしい。
「プランクトンどころかバクテリアやウイルスさえ存在できない。あの海は生き物が存在するには綺麗すぎるのさ。だから青い海っていうのは……ま、生き物が生きていけるちょうどいい汚さなんだな。この施設はむしろ海を汚してるともいえるわけだ」
なるほど。ミサトさんも部屋がきれいすぎると居心地悪そうだものな。
「これと同じ施設は世界中で作られている。これからどんどん青い海を作って、やがて全ての海が元にもどる日がくる……そのために活動しているんだ、ここは」
「それがあなたの願いなんだね」
ふと、これまで静かにしていた渚くんが口を挟んでくる。
「いいや。多くの人々の願いさ」
「それじゃあ、シンジくんの願いも同じなのかな?」
「僕?」
なんか二人して真剣な目で見てくるな。
「願いと言われても……そんな大げさなことは特に」
強いていえば、かわいそうな主人公という運命をはねのけたい……周りの人たちを守りたいぐらいだ。そしてその道のりは、正拳突きで切り開いている。
誰かに願うほどの大したものじゃない。
「何でもいいんだよ」
「俺も興味あるな」
「ええと」
ええ、何か言わないといけない流れ? あれか、この世界の人的にはこの式典ってめちゃくちゃエモだからセンチになってるのかな?
「せっ、世界平和かなぁ〜、ははは……」
ので、空気を読んで言ってみたけど……いや、意外と願いたいな?
おそらく使徒との戦いで僕はかわいそうな目に遭うわけだけど、さすがにサードインパクトとかいうのが起こって人類絶滅ということはないだろう。アニメだし。
となると、世界はそれからも存続するわけで。
……エヴァンゲリオンは兵器として、今度は使徒以外と戦うことになるんだろう。各国のエヴァ保有数を3機までに制限するバチカン条約なんて、それを見据えているとしか思えない。
世界共通の敵が消えた後は内輪揉めが始まるのは、人間の宿命か。
……勇者もあの後、似たようなことで苦労しただろうな。うん。そう考えると真剣に願いたいよ、世界平和。
「なかなか高尚な願いごとだな。しかし、シンジくんなら正拳突きで実現できるんじゃないか?」
「正拳突きをなんだと思ってるんですか」
「……一体なんなんだと思っているよ……」
正拳突きにできることなんて限られている。ましてや、僕ひとりでは。
「世界平和か。シンジくんは、ヒトという種の存続を願っているのかい? あのイワシの群れみたいに、自分の身を犠牲にしてでも」
なんか飛躍したことを聞いてくるな、渚くんは。
「そりゃ人類には生きていてほしいけど、僕やみんなが犠牲になっても嬉しくないよ。イワシには悪いけど、ああいうのは好きじゃない。僕や僕が守りたいものを守る……その結果が世界平和であって、目的じゃない……かな」
「やっぱり君はそうなんだね」
なんかすごい嬉しそうにしてる。なんなの。
「加持さん。僕、普通のことしか言ってないですよね?」
「さて、どうかな。少なくともここの考えは違うかもしれない」
「ここの……?」
「この海洋研究所は海を元に戻す研究だけでなく、海洋生物の永久保存……卵の凍結保存や遺伝子の保管も行っているんだ」
ああ、そういえば相田くんがそんなこと言ってたような。
「卵や遺伝子を?」
「ああ。遠くない未来、海の環境が戻ったら、かつての生き物たちを海に復元するためにな」
卵はともかく、遺伝子? クローンとかいうやつかな。この世界の科学技術は魔法より不思議だ。さすがに11年も過ごしていればなんとなくは分かるけど。
「セカンドインパクト直後、世界は混乱した。だから保全活動はうまく進まなくてね。生体のまま保護できたのはごく少数、遺伝子の保存さえ間に合わずに消えた種もたくさんいる……」
セカンドインパクト直後の戦争の最中に、みなさん海の生き物を保護しましょう、なんて言っても、そんな余裕はなかっただろう。
「その反省を生かして、ここと同系統の組織が地上の生物についても同じ保全活動をしているんだ。万が一に備えて、な」
加持さんは青い海を見下ろしながら言う。そこにはすでに、研究所から放流された魚たちが泳ぎ回っていた。
「動物、植物、虫、微生物……地球のあらゆる生命の情報を保存して、復元できるようにし、後世に残す……そんな方舟を作ろうとしている」
「はあ」
なんか大変なこと言ってるな。
「希望を未来に託す大切な仕事さ」
「なるほど」
「あまり面白くない話だったかな? しかしそういう方舟があれば、たとえ地球が駄目になってもやり直せると思わないか? あるいは別の惑星に移住して地球環境を再現するなんて未来もあるかもしれない」
「立派な考えだとは思いますけど……」
しかし。
「そういう方舟が必要とされる状況になったら、重宝されるとは思いますけど……加持さんの思いどおり『復元』や『再現』がされるとは思えないですね」
「……というと?」
「もし何もない真っさらな大地にその方舟があったら、まずは人間は簡単に育って食べられるものを復元すると思うんです」
食べるものがなければ人は生きていけない。
「そして余裕が出てきたら、食のバリエーションを増やすために他のものも復元されていくと思いますけど……」
そんな時に。
「……わざわざ植物の育成を邪魔したり、育てた家畜を食べるだけの……人間にとって益のない害虫や害獣を復元しよう……とはならないんじゃないですか?」
ゴキブリを復元なんかしたら、その人は袋叩きにあうだろう。
あるいは……ウイルスも生物だからといって、致命的なウイルスを復元する……なんてことするとは思えない。
「地球上の全ての生命の情報を保存しても、大半は竜の巣の財宝になるんじゃないかなって」
「竜の巣?」
「あ、えっと」
「ああ、いや。言わんとするところは分かるよ。なかなかファンタジーな表現をするんだな、シンジ君は」
竜は財宝を溜め込みこそすれ、手放すことはない。そして財宝は使われることなく朽ちていく。
「つまり……方舟は未来の人間にとって余計なお世話ってことかな?」
「そうは思いません。きっと何かの役に立つと思います。だけど……」
「だけど?」
「その想いや願いを理解している、箱舟を作った本人たちが扱えた方が幸せなんじゃないかと思います」
というか、そういうものが必要にならないのが一番だ。龍の巣に置いたままになったほうがいい。
そのために、僕は使徒に勝たないといけない。
「……そうか。参考になったよ。とにかく、君にここを見せられてよかった。戦っているのはネルフだけじゃないってことを知っておいてほしくてね」
加持さんは何か考え込んでから笑ってそう言い――そして胸元から何か封書を取り出した。
差出人は……日本重化学工業共同体?
「そういうわけで、明日もう一件付き合わないか? こっちもなかなか興味深い人の戦いが見れそうだぞ?」