知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない 作:幻覚症状
「正拳突きに完成はありません」
次なる交換条件として渡された冊子……「ようこそNERV江」という組織のご案内みたいなものを流し読みしながら、僕は「正拳突きとは何か」について説明する。
「正拳突きの基本は、型です。正しい姿勢、正しい動作で放てば、正拳突きはどこまでも強くなる」
ネルフ、という組織の基地? の中を、ミサトさんに先導されながら続ける。
「そして正拳突きを上達させるためには、繰り返し正拳突きを打って型を洗練させていくしかありません」
「つまりシンジくんが正拳突きでヘリを止められたのは、訓練のたまものってわけ? ……空手家ってみんなそれぐらいできるの?」
「僕は空手家じゃないですよ」
ロープウェイとかケーブルカーとかエスカレーターとか……とにかく下っていく。地下、ジオフロントと呼ばれる巨大な空間のさらに下にネルフの本部があるらしい。
「正拳突きしかできませんから。正拳突きを起きている間常に鍛え続ける。あれは、そうして積み重ねた結果です」
「起きている間ずっと……ね。今はしてないけど、訓練はおやすみってわけ?」
「身体を使った訓練はずっとできるわけじゃないですから。ある程度の段階になったら、心で打つんです」
「心?」
「はい。心で型をなぞり、洗練させていく。それをずっとやるんです」
この域に達するためには、文字通り寝食を惜しんだ身体の鍛錬が必要だ。僕も前世で死ぬ少し前にようやくたどり着いた程度。
でも、この世界に転生してから、身体の正拳突きは失われてしまったけど、心の正拳突きは失われなかった。
なので心の正拳突きを追う形で身体の訓練をするという奇妙な形で修練を行うことになった。結果、身体が心に追いつくのに数年と時間はかからなかった。
「今も正拳突きしてるってこと? その、心の中で?」
「はい。もう無意識にやっていますね。もはや歩くよりも正拳突きしている方が自然かもしれないです。意識して抑えていないと正拳突きを打ちそうなので」
「こ、ここでやるのはやめてね?」
と言ったところで、エレベーターの扉が開き、金髪の女性と鉢合わせする。
「うっ。あ、あら、リツコ」
「ずいぶん楽しそうね、葛城二佐。到着時間を10分もオーバー。人手もなければ時間もないのよ」
「エヘッ、ゴメン」
金髪の女性は、ため息をついてこちらを見る。
「技術一課E計画設計担当責任者、赤木リツコ。よろしくね」
「押忍! 碇シンジです! よろしくお願いします!」
「ッ……ず、ずいぶん元気なのね」
「でしょ。イメージ違って驚くわよね?」
「いいから行くわよ」
赤木さんに案内され、今度はボートに乗って移動する。赤い水……海水?
「碇シンジくん。あなたに見せたいものがあるの」
何か暗い大きな空間にやってくると、赤木さんはそう言って電気をつけた。そして。
「!」
目の前には……紫色の装甲の巨人。
「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン、その初号機。我々人類の最後の切り札よ」
「これに僕が乗るんですか?」
「そう……えっ?」
あっ、先走って説明の前に乗るのか聞いてしまった。驚く赤木さんにどうしようかと考えていると。
「そうだ」
どこからともなく響く声。上だ。高いところから、光を背負った男の影。
「久しぶりだな」
「……父さん」
3年前にちょっと会ったきり、音沙汰がなかった父親。いや、本当に育児を放棄しているなあ。僕は人生2周目だから気にしないけど。
「フッ……出撃」
「出撃!? 零号機は凍結中でしょ? ……まさか、初号機を使うつもりなの?」
「他に道はないわ。碇シンジくん。あなたが乗るのよ」
なるほど、やはりそうか。さすがかわいそうな主人公だ。こんな状況で急にロボットに乗れと言うなんてどうかしている。だが……グズグズしている暇はなさそうだ。
道すがら状況をミサトさんと赤木さんが確認していたが、あの巨大生物……第四の使徒はあの新型爆弾、N2地雷でも倒せず、自己修復してこちらに向かってきているらしい。つまり時間がない。
「押忍! 乗ります!」
◇ ◇ ◇
「ゲホッゴボッ……!」
事前に簡単な説明は受けていたけど、液体を肺に満たすって痛すぎるだろ……!
『大丈夫、すぐに慣れるわ』
本当か? 本当にかあ!? 赤木さんやったことあるんかぁ!? 確かに生きてるけど! 痛いよ!? 水責めの拷問だよ!? かわいそうだろこんなの!
ふう……少し落ち着いてきた。ネルフのスタッフ? たちが色々難しいことを言っているが、よくわからない。
そのうち、エントリープラグの内面にロボットの視界が投影される。おおすごいな、と思ったその時だった。
(なんだ……? 何か来る?)
何かが、重なろうとしている。
僕の正拳突きとは形の違う……これは……心?
『発進準備!』
ハッ。気づいたら周りの景色が動いていた。射出口というところに運ばれているらしい。
『発進!』
「くっ……!」
急上昇。加速度に身体が潰れそうになる。ジオフロントの奥底から地上に一気に出るための加速度、これはきつい。
地上に出たら使徒と戦闘になる。時間は少ないけどなんとか接触までの間に操作に慣れないと……。
『地上に出ます!』
「!」
ガンッ! 急停止。再び身体に負荷がかかる。優しくない発進システムすぎる。
「ふぅ……」
落ち着け。とにかく目を開いて前を見て……。
「って、いる!?」
いや目の前じゃないか!? 試運転の暇さえないってこと!?
『最終安全装置解除! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!』
背中の支えが外されて、自立させられる。
『シンジくん。説明した通り、あなたとエヴァンゲリオンはシンクロした状態にあります。だから考えたとおりに動くの。まずは人間のもっとも基本的な動作、歩くことだけを考えて』
「あ、歩く……!」
歩く、歩いて、まずは距離を……歩く、歩く……!
「……動かないよ!?」
『落ち着いて、思考をクリアに!』
エヴァンゲリオンは――ぴくりとも動かなかった。一歩たりとも動こうとしない。
「くそっ、歩け、歩け、歩け……!」
使徒が、ゆらゆらと動きながらこちらに近づいてくる。僕は、一歩も動けない。動かせない。なんだよこれ、難しすぎるだろ。こんなのぶっつけ本番でできるわけないよ!?
「歩け、歩け……!」
『シンジくん、避けて!』
「ッ!?」
使徒が、腕を振りかざして――
「グッ!?」
頭を掴まれた。そのまま握りつぶそうとされる……痛い!
「あああああ!」
『シンジくん、落ち着いて! あなたの頭をつかまれているわけじゃないのよ!』
いや痛いよ!? 痛みまでシンクロするなんて聞いてなかった!
「……ッ、なん……」
一瞬、拘束が緩んだと思った次の瞬間。
「があああああああああああああっ!?」
目に走る激痛。繰り返し、何度も、何度も、何度も。痛い、痛い、痛い痛い痛い……!
ズガァ!
「ぎゃあああああああ!」
目が! 目が潰れた! ああああ、目が!
『――シンジくん! ――』
声もよく聞こえない。痛みでそれどころじゃない。
だけど――
◇ ◇ ◇
【時は少し遡り、ミサト視点】
「シナプス計測。シンクロ率、21.3%」
「プラグスーツの補助もなしに、初めての搭乗でここまでのシンクロ率が出るなら上々ね」
リツコが満足そうに頷く。
「いけるわ」
最低限の戦闘行動はできる。そう理解して、私は指示を出す。
「発進!」
会ったばかり、それもろくに訓練も受けていない子供を戦闘に送り出すのは心苦しい。けど、エヴァーとシンクロできるかどうかは生まれ持った適性に左右される。
初号機と適性アリと判定されたのはシンジくんだけで、他の人間にはできない仕事なのだ。私にできるのは後方支援だけ。
……とはいえ、あの度胸の良さならあっさり使徒に勝ってしまうかも……なんていう、身勝手な予想は覆された。
『くそっ、歩け、歩け、歩け……!』
初号機が、動かない。一歩も動こうとしない。
歩く。人間が無意識に行うことができる……それでいて機械での再現は難しい超精密な高等動作。
まず歩くことで初号機とのシンクロを実感し、次の操作に移る。その予定だった。だけど……動いてくれない。なぜ!?
まずい、使徒が!
「シンジくん、避けて!」
『あああああ!』
使徒が初号機の頭をつかみ、手のひらから何か槍のような武器を出して顔面を攻撃する。
「エヴァの防御システムは!?」
「シグナル作動しません!」
「フィールド無展開!」
「頭蓋前部に亀裂発生!」
「装甲がもう持たない」
『ぎゃあああああああ!』
使徒の武器が初号機の片目を貫き、シンジくんの悲鳴が司令部に響き渡る。
このままでは、シンジくんの命が危ない。
「信号途絶、モニター不能です!」
「ミサト!」
リツコが声をかけてくる。ここまでか。
「作戦中止、パイロット保護を最優先! プラグを強制射出して!」
「ダメです! 完全に制御不能です!」
「何ですって!?」
何重にも保険をかけているはずの強制脱出装置が機能しない。あり得ない、なんて言っている暇はない。何か手はないか。このままでは使徒が初号機に何をするか分からない。
こちらからシンジくんの様子はモニターできないが、回線は繋がっているはずだ。内部からの強制脱出を指示すれば? いや、今の彼にそんな複雑な動作ができるとは思えない。
「……複雑な動作?」
「ミサト?」
歩く、というのは、とても複雑な動作の組み合わせだ。それを無意識にできるのは、立ち上がったときから日常的に……常に繰り返している動作だからに他ならない。人間のもっとも奥底に根付いた動作。
けれど。
『心で型をなぞり、洗練させていく。それをずっとやるんです』
『もはや歩くよりも正拳突きしている方が自然かもしれないです』
――もしそうでないのなら。
「シンジくん!」
考えがまとまるより先に、言葉にしていた。
「正拳突きよ!」
◇ ◇ ◇
『正拳突きよ!』
その言葉に、反射する。
腰を深く落とし。目の前の打つものに向かって。
「破ァ!」
エントリープラグの中で、打ち抜く。
そして――エヴァンゲリオンも僕の動きにシンクロして、正拳突きを放った。
その拳は、いったん何か壁のようなものに触れたあと――使徒の胸を貫き、何か赤い球を打ち砕いた。
使徒が動きを止め……赤い液体になって爆散する。
それを確認して……僕も意識を手放した。
◇ ◇ ◇
「も……目標沈黙。形象崩壊を確認」
「そんな……ありえない」
「直前の映像出して」
リツコの指示で、モニターに映像が流れる。
片目を貫かれた初号機。いままで微動だにしなかったそれが、スッと腰を落としたその次の瞬間、使徒の胸に穴が空き、初号機が美しい正拳突きの姿勢で静止する。
「これだけ? スーパースローはないの?」
「AIで補正してもこれが限界です。それだけの速さの一撃だったということで……」
「たったの一撃で、使徒を撃破した? ATフィールドは?」
「目標が展開していたフィールドを中和した形跡は確認できません」
「高エネルギーであれば物理的に突破できるのは先のN2地雷の件で実証されているけど……」
リツコは映像を見返す。
「……ただのパンチで、ATフィールドを破壊し、使徒を倒す? ありえないわね。ミサト、いったい何をしたの?」
何? 何って?
それは、彼が歩くよりも無意識に行えるであろう動作。
10トンのヘリを50キロの体重で受け止めた、つまり体重の200倍を覆す威力をもったもの。
――私たちの希望。
「――正拳突きってすげえええええ!」
「ミサト!?」