知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない   作:幻覚症状

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人の造りしもの(後)

「武道とは人間の潜在能力を引き出すもの。そしてその中でも空手の正拳突き、その構えから繰り出される一連の突きの動作には神秘の力が宿っていることが発見されました」

 

 モニターに何か仰々しい説明が表示される。

 

 しかし、会場の招待客の気持ちは一つだった。曰く――

 

 ――なにこれ?

 

「そしてそれを力学的に解析し、既知の4つの力と統合、理論として確立したものが超統一正拳突き理論。爆発的な正拳突きの力を数式に表すことに成功したのです」

 

 よくわからない数式。正拳突きのポーズに表示される謎のベクトル。それを見て、いち早く会場で正気を取り戻したのはマヤだった。

 

「ッは!? 統一正拳突き理論……完成していたの!?」

「ああ、その理論って確か……」

 

 時田が道着のまま、いかに正拳突きが歴史のある武道であるとか、その神秘性などを語っている間に、マヤとマコトの二人はひそひそと会話する。

 

「技術部の同好会が研究してたやつだっけ。確か正拳突きを4つの力と統合した万物の理論を作ろうとかいう……でも会員が精神を病んで辞めて、会長しか残らなかったんじゃ?」

「その会長は行方不明になってます……松代の事故に巻き込まれて」

 

 もし、技術一課正拳突き研究同好会の会長が松代の事故のどさくさに紛れてMAGIバックアップを持ち出し、日本重化学工業共同体に売り込んだのだとしたら。

 

「――正拳突きとは心技体が揃わなければ威力を発揮しません。ゆえに、体、人型ロボット! 技、解析・最適化された正拳突きモーションデータ! そして心、自律型コンピューターが必要なのです!」

 

 時田の演説は最高潮を迎えていた。

 

「百聞は一見にしかず。まずは人間の放つ正拳突きの威力をお見せしましょう。今日のために空手十段の達人、黒峰龍斎先生をお呼びしました。先生、どうぞ」

 

 拍手しながら時田が舞台袖を向くと。

 

「えッ?」

 

 そこからぶかぶかの道着を着た少年――碇シンジが出てきて、マヤは再び思考停止してしまった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「トラブルだそうだ。シンジくん、ちょっと一緒に来てくれるか?」

 

 そう言って加持さんについて行った部屋の中には、困った様子のスーツ姿の男たちと、道着を着て腰を押さえているお爺さん、それからそれを支える道着の男たちがいた。

 

「あの、何があったんです?」

「そこの御仁は高名な空手家でね。これから始まるパーティの余興で正拳突きを見せるはずだったんだが、ぎっくり腰をやってしまったんだ」

 

 へえ。パーティで正拳突きが見たいなんて変わってるな。

 

「そこで代役をシンジくんに頼みたいんだが……」

「そちらの少年は?」

「ああ、小さい頃から空手をたしなんでいた少年さ。そちらのお弟子さんより役に立つと思ってね」

「困ります、急にそんな素人を連れてこられても」

 

 道着の男が加持さんに文句を言うが、加持さんはスマイルでかわす。

 

「とはいえ、お弟子さんでは先生がやる予定のパフォーマンスに自信がないんでしょう? ここはひとつ、彼を試してくださいよ。代役が務まるかどうか、先生に判断してもらえばいい。どうでしょう、黒峰龍斎先生?」

「うむ……まァ、見るだけなら……」

 

 お爺さんはヨロヨロとしながらも、鋭い眼光でこちらを見る。

 

「君……何級かね?」

「すいません、空手はやってないんです。自己流で……それに僕は正拳突きしかできなくて……」

「素人じゃないか。先生、構うことありませんよ」

「そうです! 道場に連絡して師範代を呼べば……」

「アレにはまだ無理じゃ。……構わん。少年よ、ひとつ打ってみなさい」

 

 空手は腕前によって帯の色が変わるんだっけ。確かえっと……一番強いのが黒。お爺さんもお弟子さん? も黒だ。

 

「てことだ。シンジくん、ひとつ頼むよ」

 

 加持さんがウインクする。うーん……まあ、この世界の空手家の人から評価をもらえるのは少し興味あるな。

 

「押忍! よろしくお願いします!」

 

 僕は頭を下げ、少し距離を取って立つ。そして。

 

「フゥ……」

 

 腰を深くおろ

 

 ガターン!!

 

「ひゃくだぁん!」

「!? くっ、黒峰先生!?」

 

 急にお爺さんがくずおれて涙を流しながら叫んだ。

 

「せ、先生、落ち着いて。いったい急に何を……」

「百段、いや、百億段……足りん……おお……まさかこんな高みがあるとは……アッ……アァ……」

 

 嗚咽を漏らし、お爺さんはお弟子さんの静止を振り切り、ズリズリと這いながら僕に掴みかかってくる。

 

「ワシは……ワシなど足元にも及ばぬ……まさかこれほどの高みが存在するとは……悔しい……なぜ今……頼むッ! 頼み申すッ! この老骨をあなたの弟子にしてくだされ! 老い先短い身であることは承知、しかし薄皮一枚でもさらなる高みへ登れるのなら……!」

「ちょっ、あぶ……」

「黒峰先生、落ち着いてください!」

「お体に障りますよ!」

「離せぇ! おぬしらの目は節穴か!」

 

 お爺さんはお弟子さんに引っ張られて、別室へと消えていった。

 

「……えっと。僕はどうしたら?」

「とりあえず、代役に文句はなさそうだな」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「えぇ……と。黒峰先生は急病のため、今回はそのお弟子さんの少年に正拳突きを披露してもらいます」

 

 壇上の白い道着を着た男の人が、スタッフから何かメモを渡されて言う。

 

「押忍!」

 

 というわけで、僕は会場に向けて挨拶した。スポットライトが眩しくてよく見えないけど、結構な人が集まっているようだ。

 

「鍛え抜いた正拳突きは鉄板をも貫く。ということで、こちらの鉄板に正拳突きしていただきましょう」

「押忍! 失礼します!」

 

 お爺さんのお弟子さんたちが、よいせこらせと舞台中央に運んでいく。

 

「鉄板の厚さは3ミリ……ええと……はい。3……? 鉄板……鉄板……です?」

 

 車のドアだ。なるほど、これに正拳突きすればいいんだな。

 

「押忍! 準備できました!」

「押忍!」

 

 ドアを構えるお弟子さんたちに応じて。

 

「フゥ……」

 

 僕は腰を深く落とし。

 

 ……やりすぎないように……。

 

「破ッ!」

 

 ガンッ! ドンッ!

 

「え」

「……!?」

 

 ふぅ、よし。拳型に飛んでいったドアの破片は、何とか部屋の壁にぶつかってめり込んで止まった。

 

 いや〜……力加減が大変だったな。ぶっつけ本番だけど、なんとか壁をぶち抜かなくて済んだぞ。これをやる予定だったお爺さん、かなりできるな……この世界の達人も侮れない。

 

「こ……このように、正拳突きとは少年でもこれほどの威力を発揮するのです!」

「……ウオオオォー!」

「アンビリバボー!」

「オリエンタルマジック!」

 

 ドアに開けた穴が会場に向けられると、大きな歓声と拍手が湧き上がった。

 

 盛り上がってよかった。余興の代役はちゃんと果たせたみたいだ。壁際の加持さんの方を見ると、下がっていいという合図が出たので壇上から降りて隣に立つ。

 

「ええ……ああ……ゴホン。この正拳突きが巨大ロボットのスケールに増した時の威力は言うに及ばないでしょう。それでは、これより管制室にご案内します。……ご期待以上のものをお見せいたしますよ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「なぁにやってるんですか、シンジくん?」

「えぇ……」

 

 管制室、というところにやってきたのだけど、僕は伊吹さんからすごい顔で問い詰められていた。なんかホラー漫画のタッチになってる。助けて加持さん。あっ、遠くに行った。

 

「えっと、伊吹さんも来てたんですね。何か……の発表会」

「人型兵器だよ。エヴァへの対抗馬ってとこかな」

 

 あっ、メガネの……ミサトさんの部下の人だ。よく作戦会議中に茶化してくる人。

 

「対抗馬、ですか」

「言っちゃなんだけど、ウチは身内にさえ秘密が多いからね。外部から見りゃエヴァは完全に謎の人型兵器ってことだ。そこで既知の技術だけで安心安全なロボットを作って対抗しようというわけさ」

 

 なるほど。確かに……なんか知らない間に電池なしで動くようになったし、今後どうなるのか分からない謎の存在だよね。よそから見れば不安だし怖いか。

 

 ……いや僕もかわいそうなことが起きそうで不安だけど。

 

「これよりJAの起動テストを始めます。何ら危険は伴いません。そちらの窓から安心してご覧ください」

 

 道着を着た司会……時田さんが言うと、招待客たちが窓に群がって外の建物を見る。

 

 すると、正面の建物が真っ二つに割れて、中からずんぐりした人型ロボットが出てきた。

 

 ――なんで? なんでそこに入れておいたんだ? ビルを2つに割るの大変じゃない……?

 

「起動準備よろし」

「テスト開始!」

「全動力解放、圧力正常。冷却器の循環異常なし」

「制御棒、全開へ」

「動力、臨界点を突破」

「出力、問題なし」

「よし……ジェットアローン起動!」

 

 時田さんの合図で、巨大ロボット――ジェットアローンの目に光が宿り。

 

『ジェットアローン、起動しましたぁ~!』

「………」

 

 なんか、かわいらしい声でジェットアローン自身が報告した。一部の観客が盛り上がり、伊吹さんが「これだから男は」とか言って爪噛んでる。怖い。

 

「歩行開始!」

「歩行、前進微速、右脚前へ!」

『歩きま〜す』

 

 ジェットアローンはそう言うと、ゆらりと右脚を前に出し――ずしん、と大地を踏みしめた。

 

「おお……!」

「歩いた……!」

 

 観客やスタッフたちが驚きと安堵の声を漏らす……ってスタッフもかよ! もしかしてネルフと同じでぶっつけ本番なんだなコレ!? なんでだ……! 急に不安になってきた!

 

「バランス正常、動力異常なし」

「了解。引き続き左脚前へ!」

「ヨーソロー!」

 

 スタッフたちが景気よく声をあげ。

 

 

『えぇ〜?』

 

 

 ジェットアローンが、不満の声をあげた。

 

『また歩くのぉ? 別に言われなくても歩くけど、タイクツじゃない?』

「な……?」

『はいはいっと』

 

 ジェットアローンは左、右、左、と数歩進んで、立ち止まる。

 

『はぁい、歩きましたぁ。あんよが上手でちたね〜?』

「クッ……ガキが……」

「生みの親たちに向かってなんて言葉づかいだ!」

 

 スタッフたちがざわつく。

 

「時田さん。これ以上はジェットアローンのイメージが」

「そう、だな……仕方ない。音声モジュールをオフラインに」

「了解。音声モジュール、オフライン」

 

 ビビッ。エラー音。

 

「……? 音声モジュール、オフにできません」

「親から殺せ、コミュニケーションデーモンが干渉しているはずだ」

「!? リンクダウン! ジェットアローンとの通信が確立しません!」

「落ち着け、自律制御が保たせてくれる。再接続だ」

「駄目です、全ポート応答なし!」

 

 スタッフたちが騒ぐ中。

 

『え〜? お兄さんたち、もしかして見たいのぉ?』

 

 ジェットアローンはかわいらしくもイラつく声で言い、ぶりっとしたポーズをとる。

 

『あたしのぉ、せ・い・け・ん・づ・き。キャハッ、ヤバぁ! 目がマジになっちゃってウケるんですけど〜!』

「これは……MAGIの正拳突き思考モデル……?」

「ああ、メスMAGIか」

「そう呼んでるの!?」

 

 メガネの人に伊吹さんが嫌そうな顔をしてツッコむ。

 

「無線回路、不通!」

「制御不能です!」

「落ち着け、まだシナリオからは外れていない。もう一度……」

『仕方ないなぁ〜。そんなに見たいなら見せてあげるね』

 

 ジェットアローンはそう言うと。

 

『……フゥ……ッ』

 

 腰を深く下ろし。

 

『破ぁっ!』

 

 

 バァン!! ビリビリビリビリ……!

 

 

 衝突、振動。窓に張り付いていた招待客がよろめいて倒れる。

 

「な、なんだ……!?」

「正拳突きが発した衝撃波…!?」

「落ち着いてください、ここは安全です!」

 

 ……これは。

 

『あは☆ ビビっちゃった〜? お兄さんたらヘタレなんだから。あたしが強すぎて情けない負けオスになっちゃったんだぁ♡』

 

 この、正拳突きは。

 

『そう。そうだよ……あたしは日本重化学工業共同体の叡智の結晶……。超統一正拳突き理論を体現した……世界最強の人型兵器……ジェットアローン』

「へっ、変です。リアクターの内圧が上昇していきます!」

「一次冷却水の温度も上昇中!」

「バルブ解放、減速材を……いや! 動力閉鎖! 緊急停止! 試験は中止だ!」

「駄目です! 緊急停止信号も受け付けません!」

「このままでは炉心融解の可能性があります!」

「完全に制御不能です!」

「そんなバカな……」

 

 ジェットアローンは、正拳突きの構えのまま言う。

 

『あたしが最強だってこと……お兄さんに……分からせてあげないと……ッ』

「ジェットアローン、何を……」

『あたしの、正拳突きが一番なんだって……お兄さんに分かってもらわないといけないんだから……!』

 

 叫ぶ。

 

『出てきなさい、ネルフの初号機! あたしと勝負よ!』

「えぇぇっ!?」

「こりゃまた」

 

 伊吹さんが叫び、メガネの人がやれやれと肩をすくめる。

 

「外部からハッキングされたか、ウイルスを仕込まれたか……いずれにしろずいぶん無謀な挑戦だ。たかが無人機の正拳突きじゃあ、ねえ?」

 

 ………。

 

「……ね、ねえ。シンジくん? 黙ってどうした――」

「か……」

 

 

「科学の力ってすごいッッッ!」

 

 

「へっ?」

「まさか、機械とコンピューターで正拳突きできるなんて……すごすぎる」

「いやまあ……確かに姿勢制御の技術は大したものだと思うけど……で、でもしょせんは真似事だろう?」

「とんでもない」

 

 僕は、内にあふれる興奮を抑えきれない。

 

「あの子の正拳突きは、壁を越えている――心の正拳突きに至っていますよ!」

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