知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない 作:幻覚症状
「あの、さっきからおかしくありませんか」
ネルフ本部、戦術作戦部作戦局第一課。
アドバイザーとして参加している僕は……先ほどから話されている内容に異議を唱える。
「なんであの子……ジェットアローンを『敵』と見なして話が進んでるんです?」
ジェットアローン、暴走。
自力での解決を断念した日本重化学工業共同体は、ネルフに協力を要請。
そして本部で始まった作戦会議では……ジェットアローンをどう倒すかという話が始まっていた。
でも、それはおかしい。
「あの子は使徒じゃないんですよ? まずは話し合いをすればいいじゃないですか」
暴走の原因は不明らしい。でも、使徒ではないことが確認された。それなら他にいくらでも手段はあるはずだ。
「話し合い? まさか道理の通じないAIを説得するとでも? できるわけないわ」
赤木さんが眉をひそめて言う。
「できますよ」
「その根拠は?」
「あの子は心の正拳突きに至っている。だったら、それは心があるってことです。心があるなら、話し合えるはずです」
「心? まさか、ありえないわ」
赤木さんはあきれたように言う。
「確かにMAGIは人の頭脳を模した有機コンピューターよ。でもあくまで機械。書かれたプログラムから生み出される結果以上のものはないわ。あれは正拳突きのみに思考モデルをチューニングし、奇跡的にパラメーターが噛み合った結果。これが技術部の見解よ。現に」
真っ直ぐに僕の目を見てくる。
「あの正拳突きは、たいした威力がないんでしょう? エヴァのATフィールドを突破できない程度の威力とか?」
「それは……はい」
確かにあの子は心の正拳突きに至っている。体に型を覚え込ませ、心でも型をなぞることができるようになる段階。そこに至ってようやく、正拳突きは武の域を超える。
けれど、あの子はそこに踏み込んだばかりだ。だから。
「こちらで計測した正拳突きの威力も、いずれも物理的限界を超えていない。シンジくんの言うことが正しいとしても、心の証明にはならないのではなくて?」
そう言われてしまうと、反論のしようがない。
「それにね、シンジくん」
左腕を吊ったミサトさんが、真剣な顔で言う。
「人間に反抗したAIは存在を許されない。それに……」
モニターに映像が流れる。共同体の技術者たちが、拡声器を使ってジェットアローンに呼びかけているのだが。
『うるさい、うるさい、うるさーい! いいからネルフの初号機を連れてきなさいよッ! あたしが最強だって証明するんだから! じゃないと、あたしのリアクターもっと増速させちゃうわよ! メルトダウンしちゃってもいいって言うの!?』
地団駄を踏んでジェットアローンは言うことを聞かない。ヘリで技術者が近寄ろうとすると、正拳突きで威嚇して追い払っている。
「すでにJAは一線を越えている。リアクターを人質にし、武力による恫喝を行う……テロリストと同じよ」
テロリスト。重たい言葉に口の中が冷たくなる。
「……あの子は心が芽生えたばかりの、子どもなんですよ。だからよく分かってないだけで……」
「倫理基準はAIの根幹にインプットされている。言い訳はできないわ」
「で、でも、だからって破壊するなんて」
「大丈夫よ、シンジくん。破壊なんてしないわ」
「ミサトさん!」
心強い言葉にホッとする――でも。
「せっかく無人で正拳突きできる機体があるんだから、壊しちゃもったいないでしょ! 鹵獲して調査してその技術を活かせなきゃあ!」
「えっ……」
「そうしたら他のエヴァーにも正拳突きシステムを搭載できるわよね!?」
「JAが載せているのはほぼ確実に松代のMAGIバックアップ。同型機さえ用意すればコピーはできるわ。人類への反抗を防ぐようリプログラミングすれば流用にも問題ない……1台ぐらいは試す価値があるでしょうね」
「っしゃあ、やる気出てきたわ!」
ミサトさんはフンスと鼻息を荒くする。
「勝手にこっちに突っかかってきたんだもの。迷惑料代わりにいただいちゃいましょ!」
「これだけ事を大きくしたんです。お咎めなしとはいかないでしょう。こちらで接収できるよう調整しますよ。政府高官筋からも破壊しないでくれと要請が来ていますからね」
メガネの人が、メガネを光らせながら含み笑いする。
「いつもならN2爆雷で吹き飛ばせって言うのにお優しいことね。さて、タイムリミットは?」
「JAから時間の指定はありませんが、問題はリアクターですね。内圧が上昇し続けています」
「このまま進行すればメルトダウンはおよそ12時間24分後、26時40分」
「異常濃縮が起こらない限り核爆発には至らないはずですが、水蒸気爆発による機体の爆散、放射性物質の拡散というシナリオは濃厚です」
「すでに放射性物質の飛散についてMAGIでシミュレーションを行い、基準を超える地域に避難勧告を出していますが、風の影響で広範囲になるため混乱が起きています」
あの子のやっていることは、子供のいたずらでは済まされない。
だから……なんとかしないといけない。それは、分かった。
でも……この場であの子に心があると思っているのは僕だけのようで、それが少し悔しい。
「まずはリアクターの暴走を止めたいわね。停止命令は出せないの?」
「JAは無線通信を遮断していますが、パッシブの光学、音響センサーが生きています。これを逆用して共同体がハッキングを試みていましたが、成果なしとのことです」
「MAGIならどうかしら?」
「帯域が足りないわ。有線で直結できなければ防壁は突破できない」
「バックアップとはいえMAGI、ということか……」
ミサトさんは口をへの字にする。
「緊急停止手段は?」
「JAの後頭部ハッチから内部に侵入、メンテナンス用の直結コンソールからプログラム全消去コマンドを入力すれば全てがリセットされ、リアクターも止まるそうですが……」
「内部はすでに放射性物質で充満した劣悪な環境。お勧めできません」
「そもそも近づこうとすれば正拳突きされますからね」
「場所が悪いわね」
ミサトさんは低く唸る。
「物理的に止められないかしら」
「リアクターに計6本の制御棒を挿し込めば、反応が停止して自然に止まります。ですが場所は直結コンソールと同じ後頭部ハッチ。なんとか乗り込めたとしても、人力じゃびくともしないですよ」
「詳細な図面は?」
「こちらに」
誰かが机上にすべらせた図面を見て、ミサトさんは頷く。
「よし、いけるわ」
◇ ◇ ◇
「作戦を説明します」
第三ケージ……ではなく。ネルフ本部にあるトレーニングルーム内で、ミサトさんは説明を始める。
「JAは現在、内蔵リアクターを暴走させつつ旧東京湾埋め立て地で座り込み。リアクターが原子力事故を引き起こす前に停止させるのが第一の目標よ」
リアクターを止める。まずは、そこからだ。あの子の処遇は……止めてから訴えても遅くない。
「シンジくん」
「はい」
「気球に搭乗。夜暗に乗じてJAの後頭部上空に移動。飛ばす正拳突きで、ハッチ内部にある6本の制御棒をリアクターに挿しこんで」
「はい」
装甲を透過し、制御棒のみを打つ。エヴァに乗っていなくても、今の正拳突きならできるはずだ。
「JAに感知されないためには、無音での接近が必須。ゆえに気球で移動してもらいます。MAGIによるシミュレーションで確実にポイントへ送り込むけど、今日の東京の空は荒れている。チャンスは短いわよ」
「間に合わせます」
6本を一度に押し込まないといけない。モタモタしていたら気づかれる。
「そして、シンジくんの接近を確実なものにするために――渚くん」
僕の隣に立つ、白髪赤目の少年に向かってミサトさんは言う。
「あなたのエヴァーMark.06を囮に使うわ」
「構わないよ。協力するように言われているからね」
「本当ならシンジくんを乗せたかったんだけど……」
「残念だけど、Mark.06はコアユニットの交換に対応していないんだ」
そもそも僕用のコアユニットは、初号機ごと封印されている。
初号機は封印、零号機は四肢がなく、2号機は頭だけ。そんな状況では、渚くんのMark.06に頼るしかなかった。
「JAは初号機との対戦を要求しています。なのでMark.06には初号機の予備装甲パーツをつけ、塗装し、初号機に偽装。JAの注意を引き付けてもらうわ」
「シンジくんとおそろいになるなんて嬉しいね」
「JAとの戦闘も予想されるわ。でもJAの正拳突きはATフィールドを突破できない……そうよね、シンジくん?」
「はい」
あの子の正拳突きは、まだその域に至っていない。
「聞いたわね。だから渚くんはとにかくATフィールドを展開、防御して時間を稼いでちょうだい」
「それは無理だね」
渚くんは何だか楽し気に言う。
「Mark.06にはATフィールドがないから」
「ん?」
「えっ?」
……な、なんで?
「な、なんでないのよォ!? いっちばん重要な機能でしょうが!」
「なくても近接攻撃ぐらい避けてみせるよ」
「正拳突きを舐めないでッ!」
「え、あ、うん」
グワッと渚くんを威嚇したミサトさんは、爪を噛んでブツブツと考える。
「いくら物理的限界を超えていないと言っても、心の正拳突きなのよ。ったく……そうなると……うん。いいわ。防御方法はこっちでなんとかする。それよりも」
ミサトさんは僕を見る。
「シンジくん。渚くんに正拳突きを教えてくれない?」
「えっ……なんでですか?」
「機体が初号機っぽくても、中身が伴わないと疑われるでしょ? この作戦の要はシンジくん、あなたがJAに気づかれないこと。だから相手をだますためにあらゆる手段をとらなきゃ」
「それはそうですけど」
「正拳突きを見れば、JAも初号機だって疑わないでしょ。大丈夫、彼、なんか器用そうな顔してるし、いけるわ!」
顔で判断するのはどうかと思う。器用そうだけど。
「シンジくんから手ほどきしてくれるなんて嬉しいな。自分で言うのもなんだけど、飲み込みは早い方なんだ。任せてよ」
「ほらぁ〜!」
まあ……自信があるならやってみるか。
「シンジくん。まずはお手本を見せてくれるかい?」
「分かったよ。……ハッ!」
「美しいね。続けて見せてくれるかな?」
「う、うん……ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
「心地良いリズムだ。これが君の音なんだね。フン……フン……♪」
渚くんは目を閉じて体を揺らす。そして。
正拳突きを続ける僕の隣に立つと、腰を深く落とし。
「「ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」」
僕と完全に同調して突きを放った。
「えっ、すごいじゃない! まさか正拳突きの使い手が増えるなんて――」
「は?」
しん、と。辺りが静まり返った。
「……し、シンジくん?」
「何やってんの? それ。何のつもり?」
「えっ。どういう……って。君の動きと一体になっただけだけど」
「ええ、綺麗な正拳突きに見えたわ」
「違う!」
分かっちゃいない!
「僕と一体になった? そうじゃない! 正拳突きは自分のものなんだ! 渚くんが僕の完璧な模倣をしたところで、それは僕の正拳突きであって渚くんの正拳突きじゃない!」
僕を手本にするのはいい。
けど、僕と同一になろうというのは、まったく話が違う。
「いくら真似をしても、僕と渚くんは違う人間だ。体も、心も違う。そんなことをしても正拳突きは習得できないよ」
「えっと……でも渚くんの方向でいいんじゃないかしら? 今回の目的はJAに初号機だと誤認させることだし……」
「駄目です。絶対にバレます」
あんな綺麗な正拳突きを打てる子が、こんな搾りカスですらない正拳突きを見て不審に思わないわけがない。
「ほら、腰を落として。違う! 渚くんの重心に従わないとダメだ! 僕と君じゃ体の作りが違うだろ!」
「こ……こうかい?」
「よし打て! 渚くんの正面を!」
「は、ハァッ!」
「僕になろうとするな! 君の正面だ! 続けて!」
「うっ……ハッ! ハッ!」
うーん、うん……。
「よし、さっきより一億倍いいよ! 続けて!」
「私にはずいぶんヘナチョコになったように見えるんだけど」
「当たり前ですよ、初心者なんだから」
「JAを騙せるかしら?」
「作戦開始時間までには」
僕は頷く。
「休まず常に打てば何とかなります」
「えッ……」