知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない   作:幻覚症状

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終わる世界(2)

「碇くん」

 

 声をかけられて、僕は意識を浮上させる。青い空と白い雲、目に飛び込む太陽の光。

 

 正拳突きをしている綾波さん。

 

「碇くん」

「あ、えっと、もう少し拳の出し方に意識を割いた方がいいと思う」

「そう。わかった」

 

 学校の屋上、昼休みの鍛錬。退院した綾波さんと続けている日課だ。

 

「碇くんは、大丈夫?」

「うん?」

「最近、正拳突き。打っていないから」

「ああ……ごめんね、ぼうっとして」

 

 目で綾波さんの構えはチェックしているつもりだったんだけど、つい意識の外にあったみたいだ。まだまだ鍛錬が足りない。

 

「もう体の動きもすっかり元通りだし、正拳突きも上達しているよ」

「正拳突きのおかげ。病院で正拳突きしたら早く退院できた」

 

 という割には、今もたまに学校に来ないんだよな……まあ、正拳突きじゃ病気は治らないからなあ。早く良くなってほしい。

 

「あ、いたいた。おーい、碇!」

「シンジさん! 先生がハライタで、午後の授業のぉなりました!」

 

 屋上の扉が開いて、鈴原くんと相田くんが顔を見せる。

 

「今日なんだろ、式波が帰るの」

「見送り、今から行けますよ!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「よっ、シンジくん」

 

 ネルフの航空機が離発着する飛行場。ミサトさんの運転でやってきた僕は、先に加持さんにつかまった。

 

「加持さん、久しぶりです。加持さんも見送りですか?」

「いや、俺もまたユーロ支部に異動することになってね。同じ便で行くことになってる」

「えっ、そうなんですか」

 

 しばらく会わないなぁと思っていたら、転勤らしい。

 

「寂しくなりますね」

「そう言ってくれるのはシンジくんだけだな。……なあ、シンジくん」

 

 加持さんが冗談めかして言ったあと、真剣な目をする。

 

「俺にはやらなきゃいけないことができた。だから葛城のこと、改めて頼む」

「そんなに心配なら、一緒に連れていくとか」

「葛城には葛城のやるべきことがあるからな。……ま、一応ついてこないか、とは言ってみたんだ。でもやっぱりふられたよ。『突いてくる? 正拳突きを?』とか言って……」

 

 加持さんは苦笑する。

 

「さて……お互い注目の的じゃなければ伝えたいことも山ほどあるんだが……今できるアドバイスはこれだけだな」

「? なんですか?」

「女心は手ごわいぞ」

 

 そう言ってウインクすると、みんなの方に歩いていく。ミサトさん、綾波さん、鈴原くん、相田くん……その輪の中から、入れ違いに出てきたのは、アスカだ。

 

 小豆色のジャージを着てる。私服、もうちょっと女の子らしくなかったっけ。いやでも、黒い猫耳みたいな帽子はかわいらしいな。

 

 ……って、見てたら飛行機のタラップに足かけてるんだけど!?

 

「ちょっ……まっ、待って、アスカ!」

「……ああ。なんだ、いたの。バカシンジ」

 

 声をかけると、なんとか振り返ってもらえた。逆光で見下されて表情はよく分からない。

 

「久しぶりだね。じゃなかった、えっと、電話の時はゴメン!」

「昔の話ね、どうでもいいわ」

 

 怒ってるのか呆れてるのか本当にどうでもよくなったのか、ど、どれだ? 加持さぁん! 具体的なアドバイスしてってよ!?

 

「えっと、でもよかったよ。検査の結果が何ともなくって」

 

 第11の使徒に捕食され、取り込まれたアスカ。僕はアスカ以外のすべてを祓う正拳突きを打ったつもりだけど……医学的にちゃんと問題なし、とお墨付きが出るとホッとする。

 

「……まあね。長くて退屈な検査入院だったわ。顔見知りは誰も見舞いに来ないし」

「ウッ! ご、ごめん……無事だとは聞いていたし、会うのも禁止だって話で……」

「そんなんだから犬呼ばわりなのよ」

 

 う……自分の目で確認しなかったことを責められている……でも赤木さんやミサトさんの言う事だったし……いや同じことか。

 

「また無理したみたいじゃない。人型兵器と生身でやり合ったとか」

「え、ああ、うん」

「あんたバカぁ? エヴァパイロットとしての自覚が足りないわ。使徒と戦うわけでもないのに、怪我したらどうすんのよ」

 

 ……まあ、ちょっと無謀だったことは認める。例えば気球から落下するような事故が起きたら、いくらなんでも助からないし。

 

「私がいない間の守りが不安でならないわね」

「……戻ってくるんだよね?」

「当然でしょ」

 

 アスカは飛行機の抱える貨物を指す。

 

「2号機の完全修復は製造元のユーロ支部でしかできない。そのための一時帰国。直ったらすぐに戻ってくるわ。……いい、バカシンジ」

 

 そしてその指を僕に向け直す。

 

「自分だけが特別だなんて思い上がらないで。しょせんあんたは一芸に特化した芸人。あんたにしかできないことなんてないの。だから……変に活躍しようだなんて考えないことね!」

「無茶するなってことだよね。ありがとう、アスカ」

 

 確かに正拳突きは万能じゃない。できないことは周りの力を借りないと。

 

「帰りを待ってるよ」

「……フン!」

 

 アスカが背を向けてタラップを登り、加持さんもそれに続いた。鈴原くんや相田くんが手を振って見送る中、アスカは窓からこちらを見ようともせず、加持さんは苦笑し、なぜかパイロットさんがにこやかに手を振り返しながら飛行機は離陸していった。

 

 ……あのパイロットさん、ずいぶん若い女性に見えたな。でっかいサングラス? のついたヘルメットをかぶってたから顔はよく分かんなかったけど……やっぱ航空業界も人手不足なのかな。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「あんなお別れでよかったのかにゃ〜、姫?」

「盗み聞きとは趣味が悪いわよ、コネメガネ」

 

 飛行機が自動操縦に切り替わり、盗聴器の処理が終わると、飛行機のサブパイロット……真希波・マリ・イラストリアスがからかってくる。アスカはツンとかわして窓の外を見た。

 

 赤い海と白い雲が延々と続く世界。

 

「つれないなぁ。病室に足しげく通ってあげた仲じゃない」

 

 検査入院中のアスカのもとに、どういうルートを使ってか潜入してきて、地上の近況を教えてくれたのはマリだった。

 

 ……近況だけでなく、ゼーレとネルフ、その2つの思惑についても。

 

「ゼーレの御曹子くんから聞いた情報も、もれなく教えてあげたじゃない。ちょっとは信用してほしいにゃ〜」

「だから同行してるんでしょ」

「ま、そういうことだな」

 

 加持がマリを制しながら言う。

 

「ゼーレとネルフの進める人類補完計画、それを俺たちは止めないといけない。そのための2号機の修復と7号機の建造だ」

「7って数字、ありきたりでなんか面白くないなぁ〜」

 

 勝手なことを言うマリ。

 

「そしてネルフに対抗する新たな組織が必要だ。すでに根を張ったところには連絡してある。向こうに帰ったら本格的に準備を進めないとな……やることが山積みだ」

 

 加持が苦笑する。アスカは、外を見たまま尋ねた。

 

「新しい組織の名前は決まってるの?」

「ああ。青い海を取り戻す、人々の意志の力を掲げる組織……」

 

 加持は、赤い海を見下ろして言う。

 

「WILLE(ヴィレ)さ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 朝。

 

「行ってきます」

「ひっへらっひゃい」

 

 食パンを咥えながら言うミサトさんに挨拶して部屋を出て、エレベーターでマンションの入り口に降りる。

 

「うわっぷ」

 

 外に出たとたん、風で巻き上がったゴミが目に入りそうになった。う〜ん、道路がゴミだらけだ。

 

「割れ窓理論、って知ってるか?」

 

 相田くんが指を立てて言う。

 

「割れた窓を放置しておくと、ここの窓は割っても誰も気にしないんだって思われて、やがてすべての窓が割られるってやつ」

「つまり、ゴミがあるからゴミを捨てていいやってなるってこと?」

 

 確かに黒いゴミの塊だけじゃなくて、コンビニの袋や紙なんかも落ちてる。缶もカラカラ音を立てて転がっていた。

 

「よくないなあ。早く掃除してほしいね」

 

 そしてまた別の朝。

 

「行ってきます」

「ひっへらっひゃい」

 

 ミサトさんに言ってエレベーターでマンションの下へ。外に出ると。

 

「うわッ」

 

 ゴミというか砂っぽい風が吹き抜けて、肌を叩いて痛い。

 

「マスクした方がいいのかな、これ?」

「残念、もうどこもかしこも売り切れだよ」

「シンジさん! ワイのマスクつこうてください!」

「……さすがに使用済みはちょっと……じゃなくて、悪いよ」

 

 そしてまた別の朝。

 

「行ってきます」

「ひっへらっひゃい」

 

 ミサトさんに言ってエレベーターでマンションの下――

 

「ええ……」

 

 ……1階のエレベーターホールにまでゴミが入り込んでいた。管理人さん、ちゃんと掃除してくれないかな。

 

 ――そしてまた別の朝。

 

「行ってきまうわッ」

「ほひたのぉ〜?」

 

 部屋のドアを開けたとたん、目の前の廊下にゴミが散乱していた。

 

「さすがにこれは……いくら僕でも耐えられないな」

 

 というわけで、その週の土曜日。

 

「それでは1班から3班まではAブロック。4班から8班まではDブロックに向かってください」

「ゴミは素手で触らないでね。軍手かトングを使って」

「金属以外は全部同じ袋でいいですよ〜」

「押忍!」

 

 僕はゴミ拾いボランティアに参加した。貴重な訓練休みの日だけど、さすがにこの現状は耐えられない。

 

「シンジさん、ゴミ袋はワイに任せてくださいよ!」

「なんで俺まで……」

 

 ゴミをこの街から殲滅してやる。

 

 ……という気持ちで、鈴原くんと相田くんを連れて参加したんだけど。

 

「あれ? あの、まだゴミが残ってますけど」

「ああ、ああいう小さいのはきりがないからね、大きいのだけ拾ってちょうだい」

「最初の頃は拾ってたんだけどねえ、どんどん海から山を越えて入ってくるから」

「はあ……」

 

 ……どうやら、ボランティアの人たちが清掃していてもこの状況だったらしい。

 

「嫌よねぇ、このゴミってどこかの国が流した廃棄物なんでしょう?」

「赤い海は生物を溶かすからって、それを利用したゴミ処理場を作ったはいいものの、制御しきれずに流れ出したそうですね」

「私はどこかの島が沈んだ残骸だって聞きましたけど」

「セカンドインパクトで出た残骸が、海を巡り巡って今になって打ち上げられたって話ですよ」

「太平洋ゴミベルトから来たとか、サルガッソーから来たとか学者先生は言ってましたねえ」

 

 黒い塊のゴミの出どころもよく分かっていないようだ。まあ……便乗して捨てられているのは、どう見てもこの街のゴミだけど。

 

 黒い塊の方も、なんというかバリエーション豊かだ。共通しているのは黒く汚れていることと、水に浮くことだけ。触るとボロボロ崩れる砂の塊みたいなものもあれば、やたら硬い木材みたいなもの、プラスチックのおもちゃみたいなものもある。原型留めてないから何かは分からないけど。

 

「これは一日じゃ無理そうだな……」

 

 というわけで、また次の休みの日にゴミ拾いに参加しようとしたのだけど。

 

「えっ……中止ですか?」

「ああ、来てくれたのにすまないね」

 

 ゴミ拾いのボランティアを主宰している町内会の会長さんが申し訳なさそうに言う。

 

「なんでもゴミ処理場の処理能力の限界に達したとのことでね。生活ごみ以外の受付をしばらく止めるそうなんだ」

「そんな」

 

 風に吹かれて、ゴミの一団が道路を横切っていく。

 

 ――そして月日もあっという間に過ぎ去って。

 

 街にはゴミが雪のように積もり、すっかり黒くくすんでいた。

 

 雨が降っても、その黒さが洗い流されることはなく、むしろドロドロのぐちゃぐちゃになって足元がひどいことになる。

 

「うわ……雨まで黒い気がする」

「碇くん。ハンカチ」

「ありがとう、助かるよ」

 

 今日も急に降ってきた雨から逃げながら、ジオフロント行きの改札までたどり着き、綾波さんと愚痴りながらハンカチで身体や服を拭く。

 

「今日はシンクロテストからだっけ」

「そう」

 

 じゃりじゃりになった靴でエレベーターに乗る。最近はネルフの中も清掃が行き届いていない気がする。外と比べればきれいなんだけど、なんか少し埃っぽいような感じなんだよな。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 第3新東京市。使徒迎撃の要塞都市であるこの街は、行政にもネルフが関与している。MAGIシステムは市民の手続きの受付から政策の提言まで幅広い役割を果たし、有事にはすみやかに避難命令を発令する。

 

 そのため市を悩ませているゴミ処理問題も、ネルフまで話が上がってくる。

 

「使徒の来ない、穏やかぁな日常……のはずなんだけどねぇ」

「実際参りましたよ」

 

 ミサトがぶすくれて呟くと、日向マコトが眼鏡を光らせて追従する。

 

「すでに市のごみ処理能力は限界。よその処理場に頼もうと思っても、太平洋側の一帯はどこも似たような状況ですからね。優先して対応してもらっていますが、キャパ不足はどうにもなりません」

「ゴミ、もうそこにあるのが日常ですもんね。出勤の時とか、みんな踏んで歩いてますし……」

 

 伊吹マヤが嫌そうに言う。

 

「市民からは健康不安を訴える声も上がっています。このままだとデモにつながりかねません」

「路面清掃車の手配をしましたが焼け石に水ですね。治安の悪化にもつながってますし、困ったもんですよ」

 

 このままではいずれゴミに押しつぶされて都市機能がマヒしかねない。

 

「ジオフロントの処理場は使えないの? あったわよね、焼却炉とか……」

「本部のゴミ処理で手一杯ですよ。その本部も細かいゴミが入ってきて清掃が追い付いていません」

「夜間警戒のためにビルを出したり引っ込めたりするから、建物にくっついてゴミが落ちてきたりもしますし」

「あ、そう……」

 

 ミサトはあまり気にしていなかったが、どうやらゴミをストレスに感じている職員もいるようだった。

 

「正直、使徒より厄介ですよ。早く埋め立てを認める臨時法を可決して欲しいですね」

「もしかして、使徒からの嫌がらせだったりしません?」

「だとしたらずいぶん人類の営みに詳しい使徒だわね」

 

 言いながら。

 

「………」

 

 ミサトは、何か引っかかる。

 

「……嫌がらせ……攻撃……?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「サンプル採取完了」

「培養液に保存しました」

「よし、撤収するぞ」

 

 ゴムボートが赤い海、いや――うっすらと発光するLCLの巨大なプールを走る。船上には数人の技術者たちが、機材とクーラーボックスと共に乗っていた。

 

「………」

「お前、ここに来るのは初めてだったな」

「ああ……」

「心配ない。以前も行われたことさ。それにああして封印されている以上、動き出しはしない」

 

 振り返る技術者の一人に、古株が声をかける。

 

 ――巨大な赤い十字架に磔にされた、胸に傷のある仮面をかぶった白い巨人。

 

 槍に貫かれて停止している第2の使徒。名無しの第3以降の使徒と異なり、リリスと呼ばれる特別な存在。

 

「撤収」

「レベルEEE撤収、再封印」

「痕跡は残すなよ」

「誰も来やしないけどな……」

 

 入口にたどり着き、ボートを畳む。機材とクーラーボックスを分担して持ち、扉を閉め、封をする。

 

 そして――

 

 技術者の靴裏に貼りついてやってきて、誰の意志もなくただの偶然でこぼれおち。

 

 セントラルドグマの暗闇で十分な時を待った『それ』は。

 

 発芽条件を満たした種のように――目を覚ます。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「パターン青検出!」

 

 鳴り響く警報。オペレーターたちが弾かれたようにコンソールに向かう。

 

「来たわね。出現地点は?」

 

 まばゆい光を放つモニターを覗き込んで、ミサトが問いかける。しかし。

 

「出現地点は……いや……これは?」

「どうしたの?」

 

 嫌な予感がした。そしてそれは、すぐに現実になる。

 

「反応は……第3新東京市全域!? すべてがパターン青です!」

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