知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない 作:幻覚症状
「間に合わなかったか……!」
メインシャフトを降下して降り立ったセントラルドグマ。
その最深部で、まばゆい白い光が輝いていた。
「いったい、何が起こってるんですか?」
大きな球体……8号機のモニターが第12の使徒だと指し示すそれは、赤く発光しながら浮かび上がっていた。
そして白い輝きの中心には、赤い水の中で四つん這いになっている、白い巨人。
……けれど、巨人の頭がおかしい。サイズが違う……小さい……いや、首から何か。
「あれって……エヴァが生えてる……Mark.06!?」
白い巨人の切断された首には、Mark.06が埋まっていた。一見するとケンタウロスのような禍々しい姿で、Mark.06は槍を掲げて――光輪を背負い、白い翼を生やし、白く輝き、エネルギーの波動を放っている。
頭上には、穴。金属音……悲鳴のようなものを発する……深淵。
ビリビリと伝わってくる、とんでもない力の奔流。
「ゲンドウくんめ、使徒を贄にしてサードインパクトを発動させたか!」
なるほど!? やってくれるなぁゲンドウくん! そりゃこんなことやらかしてたら、真希波さんもくん付けで呼んじゃうよ!
「あれは……零号機。綾波さん!」
少し離れて倒れているのは、零号機。電源を失ったのだろう、活動停止状態だ。通信で呼びかけるが、返事がない。
「ワンコくん、今はそっちに構ってる場合じゃない。ガフの扉を閉じないと」
「えっと」
「この槍を使う」
8号機は右手に持った槍を掲げる。Mark.06が掲げているのとは形の違う槍。
「これでトリガーのコアを貫けばガフの扉は閉じる。やるよ!」
「えっと」
……ガフの扉ってなんだよ!? 犬かな!? サードインパクトのことでいいのかな!? トリガーってなんだ? コアってことは使徒!?
という疑問を解消する暇もなかった。
「ッ! 真希波さん、左!」
「うひゃっ!?」
ギィン!
何かが飛来してきて、真希波さんはATフィールドを発生させて受け流し、その場から飛び退く。
「……使徒!」
飛来したのは、群体形状の使徒だった。
よく見れば、部屋のあちこちから砂形状の使徒が降り注ぎ、赤い球体形状の使徒に吸い上げられている。球体が大きくなるほどに、サードインパクトのエネルギーも増しているようだった。
そしてそれを護衛するかのように、群体形状の使徒の黒い群れが周囲を魚の群れのように周回している。
「このっ、しつこい!」
群れを成して襲ってくる使徒を、真希波さんはATフィールドで防御し、跳んで避ける。けれどその先にも別の群れ。足を休めることができない。
「これじゃ槍を刺す暇が無いじゃん!」
「真希波さん!」
「切り替えの隙は見せられない! ワンコくんはステイ!」
8号機の操縦を僕に切り替えるテストは、道中で済ませていた。
コアユニットと言われる部品の交換が必要かと思っていたんだけど、2号機以降は汎用的なものが使われているらしく、シンクロ率は下がるけど調整なしで使えるとのこと。
で、僕に操縦を切り替えたところ――8号機は見事に動かなかった。
……いや、起動自体は維持した。正拳突きも打てたよ? でも……それ以外が何もできない。歩くことさえできなかった。
『歩く方が正拳突きより難しいってどういうこと?』
と真希波さんに呆れられたけど……難しいから仕方ない。
とにかく、そういうわけで今は真希波さんが操縦している。奮闘する真希波さんを、黙って隣で見ているしかなかった。
「くっ、こんニャロ!」
ATフィールドで群れを防ぐが、すぐに他の群れも襲いかかってくる。多方面からの攻勢に、常に位置を変えながら対処している真希波さんだが、こちらから攻めることまではできずにいた。
そして、使徒。ケンタウロスなMark.06の前で赤く光る球体は、他の使徒が合流してどんどん大きくなっていく。
大きくなるにつれて……サードインパクトの中心から放たれるエネルギーも増していく。
『まずい』
誰かの通信が悲鳴を上げる。
『封印がもたない……!』
◇ ◇ ◇
地上。
ぽっかりと開いた黒い深淵から放たれるエネルギーが増し、悲鳴のような音が鳴り響き、風が渦巻き、大地が赤く染まる。
『サードインパクト、さらに加速します!』
『浄化速度が速すぎる! このままじゃ封印がもたない!』
『大地がコア化されていく……』
浄化無効阻止装置は、その柱同士の間に不可視の壁を張って赤色の侵食を防ぐ。しかし、発せられるエネルギーの全てをうけとめきれないのか、各所でスパークが生じていた。
このままでは結界が崩壊する――ヴィレのオペレーターが絶望する中。
「情けないこと言って! 装置で足りないなら!」
新2号機が駆ける。赤い大地を砕いて走り、黒い柱の裏へ。
「人力ってもんがあるでしょう、が! どっせぇぇぇい!」
ガン! 肩から当たって柱を押し戻す。
「ATフィールド全開ッ!」
ギィィン! まるで両翼を開いたかのように展開され、柱の間を補完するATフィールド。
「コネメガネと加持がサードインパクトを止める! それまで持たせればいいッ!」
アスカは口元を歪めながら、新2号機のパワーを全開にする。アスカの支える柱は確かに後退をやめ、浄化を押しとどめた。しかし――
『駄目です! 拡大止まりません!』
「くッ……」
円周の1点を押さえた程度で、全体の広がりは止められない。むしろ円はいびつな形となり、新2号機にかかる負荷が増大していく。
「こ、の……!」
ジリジリと新2号機も押されていく。足元で街が赤く染まっていく。ふとアスカが後ろを確認すると、そこには市立第壱中学校の校舎があった。
たった数ヶ月通った、日本の中学校。とっくに学習済みのカリキュラムを繰り返すだけのくだらない場所。毎日退屈で、バカが屋上で馬鹿と訓練するところをただ眺めるぐらいしか暇つぶしのない――
「だぁぁあああッ!」
新2号機が、全力で前傾する。柱の動きが止まる。わずかに――押し返し――
『東南東より飛行物体!』
「ッ!」
まさか、Mark.09たちが引き返してきたか? そう考えて振り仰いだアスカの目に映ったのは。
『……浄化無効阻止装置です!』
『まさか、海洋研究機構から!?』
『大地を海の二の舞にはさせない! 使ってくれ!』
再生した青い海を守っていたはずの、数本の柱。それをぶら下げて飛ぶヘリ群。それは浄化のエネルギーで暴風が吹き荒れる中に果敢にも突入し、柱を投下した。
ほんのわずかの増援。すぐに押し出され、はちきれそうになる円。
しかし、新2号機にかかる負荷は確かに減った。
「ッ……まだ手こずってるの? さっさと止めなさいよ……バカシンジ!」
◇ ◇ ◇
「ッ、このォ……!」
まるで夜を駆けるヘッドライトのように尾を引いて、使徒の群れが8号機を襲う。それを弾きながら、真希波さんはなんとかMark.06に近づこうとするが……前進できないでいた。
いや、正確には……徐々に押し込まれている。セントラルドグマの壁面に。
「こーりゃジリ貧だ。こうなったらぶっつけ本番で試すっきゃないか。ワンコくん!」
「は、はい!」
「身体の半分で正拳突き、いける!?」
「は?」
半分?
「8号機の正中線から半分、制御を預ける! 神経制御の理論上、操作系を左右に分割できるはず。そしたら槍を正拳突きでリリスに向かって飛ばして! いける!?」
正中線から半分。体の半分だけ、動かす。
――昔。事故で背骨をやって半身が動かなくなった戦士がいた。けれど……半身でなお手ごわい相手だった。
身体の半分だけで、正拳突き。残り半分は無。できるか、僕にも?
正しい姿勢。正しい動作。体の半分ならそれは半分……いやそれ以下だろう。
でも、槍を飛ばすぐらいなら。
「……いけます!」
「よし! コード実行――」
「ッ、真希波さん、前!」
津波。これまで個別に襲いかかってきた群体の使徒が合流し、大波となって向かってくる。避ける方向は――ない。後ろは壁、引けもしない。
「ATフィールド全開……ぐっ、ううっ……!」
ギィィィィン! バンッ! バチッ!
ATフィールドが展開され――しかしものすごい衝突音が連続する。まるで砂嵐の中にいるかのようだった。
「くっ……ぬぬぬ……!」
「真希波さん!」
周囲は使徒だらけで、外が見えない。時折バチッ、バチッと強い衝撃音が響く。
「……ぐっ……ワンコくん。リリスのコアは、位置、分かる……!?」
「動いていないからなんとか……まさか」
「制御を半分にしたらATフィールドの強度も落ちる。……勝負は一瞬よん」
ATフィールドで猛攻をしのぎながら、真希波さんはぺろりと唇をなめる。
「いくよ、ワンコくん! 裏コード、
ガコン、と何かが切り替わって――
右手が、右足が、右目が、右半身が、エヴァと繋がる。
いつもより限りなく薄い感覚。それでも。
腰を、深く落とし。
――槍を握り込んだ右手を。
「発ァッ!」
突き放つ!
「キャアアアアアッ!」
「ぐあっ! ぎゃああああっ!」
次の瞬間、ATフィールドが破られて使徒が弾丸の嵐となって全身を打ちつけた。一瞬前に真希波さんが左足で跳んで――けれど逃げられず、使徒の奔流に叩きつけられて錐揉み回転しながら飛ばされ、壁に打ち付けられる。
振り回され、エントリープラグの中で僕と真希波さんは存在しない痛みに悲鳴を上げながらぶつかったり重なったりする。
ビーッ! 警報音。内蔵電源へ切り替わった音。アンビリカルケーブルが千切れ飛んでどこかへ。
「う……く……」
「が、は……」
ようやく回転が止まり、お互いによろめきながら身を起こす――いや、左側に力が入らない。左目もよく見えなかった。なんとか右目で様子を確認すると、8号機の装甲はボロボロで、至るところから体液が漏れ出している。
「いたた……ワンコくん……槍は……!?」
「刺さってます!」
左目を使徒に撃ち抜かれ、一時的に視力喪失している真希波さんに成功を伝える。僕が飛ばした槍は、間違いなく白い巨人、リリスのコアを貫いて――
「これでサードインパクトは、止ま……」
……止まって……。
「止まってない!?」
そこには、リリスに槍が刺さったこと以外、何も変わらない光景があった。赤く発光しさらに大きくなりつつある第12の使徒。白く輝く四つん這いのリリスと、その首の代わりに生える槍を掲げたMark.06……。
「しまった……そういうことか」
ゴゴゴ……大きな揺れと地鳴り。それが続く中、真希波さんがつぶやく。
「トリガーとなっているのはリリスじゃない。リリスと同化したMark.06……なら」
チャキ、とメガネのブリッジを中指で押し上げて。
「コアがふたつある……槍一本じゃ止められないってこと、か」
「うわッ……なんだ!?」
ゴゴゴゴゴゴォ!
轟音と共に、視界が大きく上下に揺れた。
◇ ◇ ◇
「わあぁっ!」
「きゃあっ……!」
「地震!?」
激しい揺れに移動中のミサトたち……ヴィレのメンバーは足を止める。建設中で内装のない、剥き出しの骨組みやパイプがギシギシと揺れ、どこか遠くで崩落した音がする。
「長いぞ、何が起こってるんだ」
「これは……じ、ジオフロントが! 上昇していきます!」
「なんですって」
マヤのモニターを覗き込むミサトとリツコ。そこには、第3新東京市の地下空間……ジオフロントが地殻から離れ浮上する様子が映し出されていた。
「ジオフロントが浮上していく……」
「行き場を失ったサードインパクトのエネルギーに呼応しているとでもいうの? いや、違う」
リツコはふっと考え込む。
完全に浮上しつつあるジオフロント。その穴から広がろうとする赤い大地が、封印無効阻止装置の輪によって押しとどめられている。
「……まさか、封印で大地の浄化範囲を限定されたことで、強制的に次の段階へ……?」
「先を急ぎます! 進んでください!」
先導するヴィレのメンバーが一行に呼びかけ、揺れが持続する中移動を再開する。仮設の通路を抜けた先には、巨大な空間。
「ッ……!」
ひときわ大きな揺れと音がして、空間の奥の壁に亀裂が走り、外に向かって崩落していく。外の光が差し込み、ミサトたちの視界が広がる。
「なんだこれは。本部の地下にこんなものが……」
「……これは?」
「方舟、と計画されていたものです」
ミサトにヴィレのメンバーが応じる。彼らの目の前には、赤い水に――地下のドックに浮かぶ巨大な艦艇があった。
「消えた予算と人員の行き先はこれか……」
「しかし、使徒と戦うのに船とは解せません」
「使徒との決戦用のものではない、ということね?」
「さすが葛城一佐。そうです。これはネルフの裏の顔……人類補完計画派の建造していた、箱舟計画」
2隻の船を横並びにつなげたかのような、いや、後方に見える中央部にも船のような形状が見えるとすれば3隻だろうか。とにかく、巨大な船だった。
「一番艦ブーセ。これを使って皆さんを脱出させます」
「船で? 冗談でしょ。ここは今、宙に浮いてるのに?」
「高度はまもなく300を通過。うまく水面に着水したとしても衝撃でバラバラですよ」
「いや――間に合いました」
ヴィレのメンバーが通路を振り返る。遠くから、地鳴りとは異なる振動が近づきつつあった。
「突貫で主機を搭載します! 各員作業開始!」
◇ ◇ ◇
「くぅ……ッ!」
ATフィールドに使徒の群体が、身を投げ出すように突進してくる。フィールドに弾かれて崩壊する個体もいるというのに、その犠牲を気にもとめずに次から次へと。
操作を全て真希波さんに戻した8号機は、ふたたびそんな個を惜しまない群体の群れに取り込まれていた。
「サードインパクトを止めるには、もう一本槍がないと……!」
「なら、あのMark.06の持っている槍を使えば!」
「そう! なんとかして、奪わないと……だけどッ」
ギィン! バチッ! バチチチッ!
「この体中穴だらけの8号機じゃ……かといってワンコくんのATフィールドじゃ強度が足りない!」
「もう一度、半分体を預けてくれたら」
「負担が大きすぎる! 今だって後遺症が出てる!」
真希波さんの言うとおりだった。僕はシンクロしなかった左半身が、真希波さんは右半身がうまく動いていない。
それに……さっき半身で打ったからこそ分かる。今の状態で、8号機で、半身で、Mark.06から槍を奪う正拳突きを打てる気がしなかった。
でも、だからといって、何もしないわけには……!
『状況はどうなってる、マリくん』
「加持総司令!」
振り仰ぐ。ATフィールドと使徒の群れの隙間から、加持さんの乗るヘリコプターの姿が見えた。
「Mark.06に槍を刺さないとサードインパクトは止まらない! こっちは使徒に取り付かれて身動き取れない! 活動限界まであと1分16秒!」
『なるほど、大ピンチってことか』
「そういうこと! プランBは!?」
『……そうだな』
一拍遅れて、加持さんが言う。
『プランBはないが、奥の手はある』
「さっすが」
『8号機は引き続き、使徒を引きつけてくれ。サードインパクトは』
言葉の区切りが、嫌に長く感じた。
『……俺が止める』
「へ?」
『Mark.06に近づいてくれ。悪いが乗車拒否は認めない』
『了解』
「加持さん!? 何をするつもりなんですか!」
『シンジくん』
ヘリが槍を掲げるMark.06に近づいていく。時折小さな使徒の群れがヘリへ向かうが、右へ左へとかわして。
『いつかの頼みごとを覚えているか?』
「加持さんっ!」
嫌な予感がする。いや、確信する。
こんな言葉を使った人たちの最後を、僕は前の人生で何度見ただろう。
『俺が希望を未来に託すと言った時、君はその願いを知る者自身が手を尽くすべきだと言った。なかなか……刺激的な意見だったよ。だから俺はヴィレの結成を急ぐことにしたんだ。託すのではなく担うために』
「加持さん、ダメだ!」
『だけど改めて頼む。葛城だけじゃない。世界を頼む。俺は……今、俺にしかできないことをする』
できることはないか。僕にできることは。
僕に何ができる。
『ここが限界です、加持総司令!』
『よくやった。全速で退避してくれ』
『ご武運を……うわっ! ッ……あぁッ……――』
『……! ……すまない』
何もできない。
僕には正拳突きしかできない。
死にゆく覚悟を決めた者にできることなんて、僕には何もない。
『頼んだ、シンジくん』
暴風と使徒の群れに襲われて墜落するヘリ。
白く輝くMark.06の口に足をかけた加持さんは、一度だけこちらを振り返り――いつもの笑顔を浮かべたあと、Mark.06の口腔内に身を投じた。
「加持さん……!」
「まさか、コアへのダイレクトエントリー!?」
ウオオォォオオォォオ!
Mark.06が――槍を掲げたまま不動だったMark.06が、吠える。
「!? 槍の形状が変わる!?」
さすまたのように2本の切っ先を持っていたはずの槍が、ぎゅるッと絞られて一本になり、穂先を形成した。
僕たちが投げた槍と、同じ形。
そして、ギ、ギ、ギ……とぎこちない動きで、槍を天に掲げ、めいいっぱい伸ばした腕で槍を逆手に掴み。
「ッ……!」
勢いよく、自らの胸に刺した。
そのとたん深淵が鳴りやみ、中心から外へ向かって消えていく。Mark.06の輝きが失われ、翼と光輪が消え、エネルギーの波動が止む。
ビーッ!
「あッ……」
活動限界。エントリープラグ内が非常灯だけになり、8号機が脱力し、ATフィールドが消失する。しかし……第12の使徒の動きもまた、止まっていた。
静寂のおとずれた、セントラルドグマ。
「止まった……?」
「そう。サードインパクトが止まった……加持総司令の希望の槍で」
「! 加持さんは!」
「もうここにはいない。見たことあるでしょ」
「何を……」
――研究所。慌てて騒ぐ研究員たち。フラッシュバックする11年前の記憶。
その日、母さんは……消えた。コアへのダイレクトエントリーの実験で――
『食事は届けてあげるからね、シンジくん。いい子にしていてね』
聞き覚えのある声が――
「! 使徒が!」
はッ、と意識を浮上させる。
第12の使徒が、動き始めていた。赤い球体形状が黒く変色し、無数の個体へとばらけていく。そして群体としてひとまとまりになって動きながら、何かの形をとろうとしている。
「あの形は……腕?」
腕、そして手。群体が流動して、器用にその指先を動かす。向かう先は……Mark.06。
「まずい、槍を抜いてインパクトを再開するつもりか! 自らがトリガーとなって!」
「なッ……!」
そんな。せっかく加持さんが命を懸けて止めたというのに。
「真希波さん! 8号機を僕に!」
「電源切れのセーブモードじゃ、戦闘は無理――」
「いいからッ! 早く!」
真希波さんは――メガネの奥から僕を見た後、頷く。
「操縦者変更、思考言語は引き続き日本語。シンクロスイッチ!」
遠い。
8号機の存在は遠い。初号機のように寄り添ってこない。
「ぐ、うぅぅ……」
傷だらけの8号機の痛みだけが伝わってくる。体のあらゆる場所に穴が開いている感覚。
――痛いということは。動くということ!
「フゥ……!」
僕は、腰を深く落とす。
「………」
正拳突きとは。
正しい姿勢、正しい動作で拳を突くこと。
そして正しい姿勢と動作というのは――最小限の力しか必要としない!
「発ァッ!」
放った、飛ばす正拳突きは――
「やった!?」
「……違うッ!」
正拳突きを受けて、使徒はバラバラになった。いや――正拳突きの形に、避けた。
そしてバラけた使徒たちはセントラルドグマの中を飛び回って、いくつかの群れを作り始める。1、2、3……10、15……何十本もの奔流。
「来るよ!」
それが一斉に8号機へ向かってくる。
――ひとつひとつ、迎撃していたのでは絶対に間に合わない。
だから。
「フゥ…………ゥ……」
僕は、深く集中する。
――ジェットアローンとの戦いで、僕は急激に成長する正拳突きを見た。
その原理は僕にはなかった発想だった。
心の正拳突きを、1秒間に86400回行うという方法。
目からうろこだった。僕はなんて頭が固かったのだろうと反省した。
心の、正拳突きなのだ。心で型をなぞるのに――現実と同じ時間感覚で行う必要なんてない。
そこで時間を短縮して心の正拳突きを打つ訓練をしてみたのだけど――これはうまくいかなかった。
僕が想像できる時間感覚がすぐに頭打ちになってしまう。とてもじゃないけど86400倍速は想像できない。
なので、僕が選んだ方法はもうひとつ。
――何人もの僕で、同時に正拳突きの型をなぞる。
ジェットアローンは、5120体で同時に正拳突きをした。僕はまだ、それには及ばない。
だけど、今迫ってきている使徒の群れ程度なら!
「フゥッ……!」
体の正拳突きに合わせて、心の正拳突きを同時に――重ねて放つ!
「氾ァッッッッッ!」
ドドドドドドドドドドドドドドドパァッ!
「ワォ……」
百を超える正拳突きは、すべての奔流を正面から打ち抜き、後方まで貫いて粉砕し、赤い液体も残さず消滅させた。
セントラルドグマに、動くものがなくなる。
「あは……これが正拳突きってすげ~、ってやつ? 確かに、すっごいや……こりゃあワンコくんなんてもんじゃ……ない、ね……」
「真希波さん?」
「ごめん……ちょっと、寝る」
セーブモードで動いていた8号機の電源が完全に喪失し、エントリープラグが生命維持モードに入る。
真希波さんに寄りかかられた僕は――
……少しだけ休むために、目を閉じるのだった。