知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない   作:幻覚症状

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魂の座(2)

「なんなんだよ……」

 

 ネルフ本部を歩きながら、僕は誰にともなくつぶやく。

 

 ジオフロントの浮上に伴い、飛んでいる……じゃなくて。

 

 セントラルドグマに続くメインシャフトに支えられて空中にあるネルフ本部。

 

 そこに人の気配は、ある。けれど、誰も顔を出さない。

 

 僕と……というか、人との接触を極端に避けているようだ。普通の人なら無人だと思うだろう。けれどよく観察すれば、その気配と痕跡をかすかに感じる。

 

 ……そういう人たちが、父さん――碇ゲンドウに協力している。

 

 ゼーレとかいうネルフの上位組織の、人類補完計画とかいうよく分からない計画に。

 

 ……いや本当に何もわからないな。なんだよ補完って。人類に何か欠けたところがあって、それを補いたいってこと?

 

 そりゃあ確かに人間は不完全だと思う。というか完璧な生命体なんていないだろう。それを補うだなんて神様にでもなるつもりなのか?

 

 ……なるのか? サードインパクトの続きの儀式とやらで。

 

「………」

 

 その辺に隠れている職員から聞き出そうにも、この首のチョーカーがあるからなあ……。

 

 正直、正拳突きの構えを取れば爆発に耐える可能性は高いと思う。

 

 とはいえ……それは「構えることができたら」だ。構えていない状態では絶対に耐えられないし、常時構えているわけにもいかない。殺気がなければ不意打ちにも気づけないし。

 

 だから下手なことはできない。せめて爆発前に警告してくれる装着者フレンドリーなアイテムだといいんだけど。

 

「待ってよ、シンジくん」

「……渚くん」

 

 背後から声をかけられる。ポケットに手を突っ込んだ白髪赤目の少年がそこにいた。

 

「……渚くんも人類を滅ぼそうとしているなんて思わなかったよ」

「ゼーレと君の父上の思惑はそうだね。でも僕は違う」

 

 渚くんは、笑顔を浮かべる。

 

「僕は君の味方だよ。碇シンジくん」

「………」

「行こう。その証拠を見せるよ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「真希波さん……!」

 

 やたら広い空間に、檻。牢屋のように最低限の機能だけ備えた……いや、まさにそれそのものの中に、真希波さんがいた。先ほどと同じ、どこかの学校の制服姿。

 

「おおっ。よくこれたねぇ。冬月先生の手引きかな?」

「冬月……?」

「ネルフの副司令、白髪の枯れたおじいちゃん」

 

 ああ、あの人冬月さんっていうんだ……そいうえばそんな名前だったかも……いやほら……直接話したことないし……。

 

「いや……渚くんだよ。部屋の外で見張ってもらってる」

「ああ、ゼーレのワンコくんか」

 

 同じワンコくんと呼ばれてるのはなんか嫌だな……。

 

 とにかく、あのエリートなエヴァンゲリオンのパイロットは、電子工作にも心得があるらしい。ハッキングをしてしばらくの間監視の目をごまかし、こうして面会の時間を作ってくれた。

 

「すいません。助け出したいんだけど……綾波さんの居場所までは渚くんも分からないらしくて」

 

 事実かどうか分からないが、そこに嘘はなさそうだと思う。それに2人がそろっているならまだしも、別々の場所にいたら助けることはできない。

 

「分かってたらどうにかできるってことだ?」

「はい」

「ワォ、頼もしい。でも残念、私も知らないんだ」

 

 そりゃ、捕まってる人が知ってるわけがないよな。

 

「それでも私に会いに来てくれたのは? もしかしてェ、愛の告白ゥ?」

「無事を確かめたかったのと、いろいろ聞きたいことがあって」

「ノリが悪いなぁ。でも前向きなのは嫌いじゃない。いいよ、お姉さんになんでも訊いてみな」

 

 知りたいことは山ほどある。けれど……まずは。

 

「もしかして僕、真希波さんと会ったことがありますか? ……ずっと昔に」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「………」

 

 真希波さんは目を丸くして……眼鏡を光らせながらニヤッと笑った。

 

「思い出した?」

「犬みたいだって言われたのを」

「ワンコだってば」

 

『食事は届けてあげるからね、シンジくん。いい子にしていてね』

 

 研究所で騒ぎが起きた日。母さんが消えた日。僕が転生した日。

 

 大人たちは難しい話をしていて、僕は放置されていた。そして遅くなってから、ある職員に自宅へ送り返された。

 

 何が起きたのかわからず、ただその職員が届ける食事を待って過ごす日々。

 

『おとなしく待ってて偉いね。ホント……ワンコみたい』

 

 そのどこかの1日で、1回だけ、一緒に食事をした職員はそう言った。その声が同じだ。

 

「やっぱり、あれは真希波さんだったんだ」

 

 ……と思うんだけど、おかしいんだよな。だってあれから11年だよ? 職員さんは大人だったのに、11年経っても学生服を……? いや、若く見える人はいるし……服の趣味は人それぞれ……うん……。

 

「そうでもあるし、そうでもない」

「え?」

「アドバンスドシリーズには会った?」

 

 アドバンスドシリーズ。綾波さんそっくりな子たち。大きい子と、3人の小さい子。

 

「はい。……綾波タイプの、クローンだって」

「綾波『タイプ』、ということは?」

 

 わざわざタイプ分けする必要が……まさか。

 

「……真希波さんも……クローン? 真希波タイプ、の?」

「半分正解。私はワンオフ。ゼーレもネルフも知らないクローンだからね」

 

 フフン、と真希波さんは得意げに鼻を鳴らす。

 

「そしてマリ本人の魂の情報をまるっと移植してる。だから私はあの時君と会った私でもあるし、そうでもないとも言える」

 

 つまり……真希波さんは新しい身体に魂を移し替えたということ、なのか? この世界の科学は、ときどき魔法以上のことをやってのけるな……。

 

「だから、ゲンドウくんのことも知ってるよ。同じ研究室だったから」

「……人類補完計画、とかいうのも?」

「それがゲンドウくんの最終目標じゃないことを、ね」

 

 父さんの最終目標。

 

「ちょ〜っとショッキングな話だけど、たぶん冬月先生も同じ話をして君を取り込もうとするだろうから、言っとく」

 

 真希波さんは真っ直ぐにこちらの目を見て言う。

 

「ゲンドウくんはユイさんに会おうとしてる。あの日、初号機のコアへのダイレクトエントリーの実験で、コアに取り込まれて消えた、君のお母さんに。インパクトを起こすのも人類補完計画も、そのための手段だよ」

 

 ………。

 

 ……………。

 

「えぇ……」

 

 いや……重すぎる。重すぎるよ碇ゲンドウ。常々、母さんに対して激重感情を抱いているとは思ったけどさあ……世界を滅ぼしてまでやること……?

 

「ワンコくんもユイさんに会いたい?」

「……死者は眠らせておくべきだと思う。少なくとも世界を壊してまでやることじゃない」

「そっか」

 

 真希波さんは小さく頷く。

 

「ならゲンドウくんを止めないとね」

「でも、どうしたらいいか……」

 

 真希波さんと綾波さん、そして僕にはチョーカーがある。下手なことは……。

 

「私は覚悟してる。君も男なら覚悟して」

 

 真希波さんは檻の柱を握って、顔を近づけて言う。

 

「碇シンジくん。エヴァに乗りな」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 結局――

 

 知りたいことの半分も聞けないままに、制限時間が迫り、僕は部屋から出ていかざるを得なかった。

 

「協力してくれる気になったかい?」

 

 部屋の外で待ち構えていた渚くんが、ゆっくりと問いかけてくる。

 

「……僕は、父さんにもゼーレにも……人類補完計画にも協力しない」

「それでいい。それは君の幸せではないからね」

 

 渚くんは頷く。

 

「ドグマの爆心地に残る2本の槍は、補完計画発動のキーになっている。君の父上もゼーレも、それを使ってフォースインパクトを起こそうとしているんだ。だから僕に回収させようとしている」

 

 けど、と渚くんは笑ってみせる。

 

「僕たちで槍をおさえてしまえば、フォースインパクトは起こせない。それどころか、この世界をやり直すことだって可能だ」

「……やり直す?」

「エヴァと槍を使えば、この世界の修復が可能ということさ。浄化された海と大地を元に戻し、すべてをなかったことにできる」

 

 ……そんな都合のいい話があるのか? 確かに……セカンドインパクトもサードインパクトも、海と大地を変化させてしまう超常の力を持っていた。それならその逆もできるのか……?

 

「そのためには君の協力が必要なんだ、碇シンジくん。13号機だけでは、槍を1本しか持ち帰れない。だからもう1体……8号機が必要だ。解除キーは彼女に教えてもらっただろう?」

 

 真希波さんは電源喪失の直前、8号機にロックを施していた。それを解除できないため、ネルフ職員たちはセントラルドグマから回収した8号機の内部に手を付けられないでいるという。

 

「今が最後のチャンスなんだ。これ以上時間をかけると疑われてしまうからね」

「……君を信用していいか迷ってる」

「そうだね。それじゃあ、こうしよう」

 

 そう言うと、渚くんは僕の首の後ろに手を伸ばして――ピッ、という電子音を鳴らした。

 

「!?」

 

 スルッ、と首からチョーカーの外れる感触。渚くんの手に、黒いチョーカー……――

 

「って、へ!?」

 

 ……を、彼は自分の首に巻きつけてしまった。ボウ、と赤い文様が浮かび上がって消える。

 

「ちょ……ちょっ、なんで!? なんで首に巻いた!? ていうか取れるの!?」

「ちょっとした工作、一度限りの手品さ。ただ、数秒以内に装着し直さないと他の二人を巻き込んで爆発するからね。こうするしかないんだ」

 

 渚くんは……何でもないことのように笑う。

 

「これが君に示す誠意だよ。リリンの呪いとエヴァの覚醒リスクは僕が引き受ける。だから、協力してほしい」

 

 また分かんないこと言い始めたよ……! この……!

 

 ……でも。

 

 命をかけているということは分かる。

 

 それに……サードインパクトの続き、フォースインパクトとやらを防ぐためには、父さんやゼーレの手に槍を渡すわけには……好き勝手をさせるわけにはいかない。

 

「8号機の信号は偽装してある。ことが終わるまで気づかれることはないよ。それに槍さえ手にしてしまえば、2人を安易に害することもできないはずだ」

 

 ……最悪、槍と人質との交換もできる。

 

 断っても……父さんの思惑通りに進むだけ。

 

「……わかった。エヴァに乗るよ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ヴィレ総司令代理、葛城ミサト大佐、か……」

「ずいぶん昇進したものね」

「出自が出自だけに、肩身が狭い肩書だわ」

 

 複数の椅子がアームで接続され、まるで骨格模型のような様相の空間。その中心の椅子に座ってミサトは肩をすくめた。

 

 反ネルフ組織WILLE。その実態はユーロネルフを中心とした、ゼーレの人類補完計画に反対する離反者たちの集まりだ。つまりは元ネルフであり……サードインパクトを人為的に引き起こしたネルフ本部とは別物であると主張したところで、世間はなかなかそれを受け入れられない。

 

 ゆえに、国連軍と戦略自衛隊が浮上したジオフロントを監視するための仮設駐屯地において、ヴィレは厳しい監視の目に晒されていた。脱出した関係者への査問も続いている。

 

 かろうじて組織として存在を許されているのは――エヴァの運用が可能な唯一の組織であるという理由だからだろう。

 

 エヴァに対抗するためには、エヴァが必要だ。人類に残されたエヴァは、今やたった一機。その新2号機を運用できるのはヴィレしかいない。率先して最前線で戦う。そうして組織の矜持を示すしかない。

 

「艦の整備状況は?」

「主機としての初号機の接続は完了。S2機関の利用に問題ないわ」

 

 一番艦ブーセ。ネルフが秘密裏に建造していた異様な形の巨大な艦船は、エヴァを主エンジンとして接続する設計になっていた。同型艦がおそらくあと3艦建造されていることも残された資料から確認できている。おそらくMark.09から12を接続する想定だったのだろう。あれはMark.06同様に内部の永久機関で動いている。

 

 つまり、第11の使徒との戦いを経て、同じく永久機関で動くようになった初号機ならば代用になる。

 

「航法システムの調整はほぼ完了。現在、機関士、操舵手を選定中」

「一人でも動かせるんじゃないの? 艦とシンクロするんでしょ?」

「落ちるのと違ってまともに『飛ぶ』ようにしないといけないのよ」

 

 頭に包帯を巻いたリツコは、無茶を言うミサトを諫める。

 

 ジオフロントからの脱出は、ほとんど落下だった。着水直前に主機が起動し、なんとか減速が間に合ったものの負傷者が多数出た。

 

「人間の身体と同じ構造をしているエヴァと違って、まったく異なる形状である艦とのシンクロは困難を極めるわ。機能ごとに分担しないとまともには動かない」

「まともには、ね」

 

 ミサトは艦のモニターに映る浮上したジオフロントを見つめながら、小さくつぶやく。

 

「艤装は1割というところね。特に砲塔・住環境はまるで手付かず」

「動けばいいわ」

「……救出を急ぎたい気持ちは理解する。でも試験飛行さえできていない状態でまともな作戦行動は取れないわよ」

「シンジくんはあそこに残っている。8号機パイロットも」

 

 セントラルドグマで何が起きたのかは分からない。だが、サードインパクトは止まった。そしてシンジは帰ってきていない……――

 

「……加持も」

「エヴァに乗っていたシンジくんとは違って、生存の可能性は低いわ」

「分かってる」

 

 加持が帰還しなかった場合、ヴィレの総司令はミサトとするよう指示が残されていた。反抗組織を秘密裏にまとめあげた男は、そのすべてを自分に託していった。

 

 組織、戦力。そして情報。処理、解析しなければならないことは山ほどある。しかし……。

 

「とにかく、戦闘能力は後回し。飛ばすことを最優先。飛行能力を確認次第、新2号機を中心とした救出作戦を――」

 

 警報音。

 

 モニターに見慣れた赤い文字列。

 

「ジオフロント内部……セントラルドグマから、パターン青!」

 

 周囲で作業をしていたオペレーターが叫ぶ。

 

「使徒です!」

 

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