知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない 作:幻覚症状
転校初日の午後。ようやく待ち望んだエヴァンゲリオンの訓練だ。一人でネルフ本部に行くのはなかなか難易度が高かったが、事前に説明を受けたルートを使ってなんとかたどり着けた。
「今日はエヴァの基本的な操縦についてあらためて説明します」
「押忍! よろしくお願いします!」
「よ……よろしくね」
前回時間がなくてめちゃくちゃ簡略化された説明しか受けられなかったものだ。ようやくこれで天才パイロット、碇シンジに追いつけるかな?
座学で説明を担当してくれるのは伊吹マヤさん。赤木さんの後輩らしい。赤木さんが見守る中、張り切っている感じだ。
「エヴァに乗るときはプラグスーツを着てもらいます。これはエヴァとのシンクロを補助してくれる他、生命維持の機能も搭載されています」
へえ〜、そんなものが。実際に着せられてみる。手首のボタンを押すとプシュッと縮まってフィットして楽しい。
「着心地はどうですか?」
「動いても突っ張らなくていいですね。正拳突きしてもいいですか?」
「まっ、まずは説明を!」
ほうほう。シンクロ率。それが低めのスコアだったのが歩けなかった原因なのかな?
ふむふむ。ATフィールド。はぁ、バリアみたいなものか。使徒もエヴァンゲリオンもそれを使えると。
……な。
なんで敵と同じ能力が使えるんだ……?
一気にきな臭くなったが、これに触れるとかわいそうなことになりそうな気がする。疑問を打ち消そう。そう、ATフィールドは中和して打ち消すこともできるらしい! すごいなあ!
「使徒のATフィールドを中和して遠距離から火器による射撃を行うことが、もっとも勝率が高いとシミュレーションの結果が出ています。今日はこの後、インダクションモードによる射撃訓練を受けてもらいます」
え? 何!? 難しい話はよくわかんないよ! 僕頭よくないんだから。とりあえず!
「押忍! 分かりました!」
「ヒィィ、先輩〜……!」
「慣れなさい、ただの挨拶よ」
ということで、エントリープラグに入ってLCLに沈み……いだだだだ!? いやこの肺に液体入れるの慣れる気しないけど!?
ぜえぜえ。ふう、さて次はシンクロか……と身構えていると。
『では始めます』
と赤木さんが訓練をスタートさせてしまう。おや?
「赤木さん。なんだかシンクロしている感じがしないですけど」
『このシミュレーターではインダクションモード、つまりシンクロを介さずエヴァを電気的信号で誘導する方式での精密操作に慣れてもらいます。だからシンクロは行いません』
え? 何!? 難しい話はよくわかんないよ!?
……辛抱強く聞いたところ、コントローラーで機体を操作するイメージらしい。ただ全身運動には対応していなくて、射撃などの一部の動作のみとのこと。
『特に火器のトリガーは不意の操作を防ぐためロックしてあります。発射の際は必ずスイッチを押すこと』
安全装置ってことか。シンクロで動かすのになんでスイッチがあるのかと思ってた。
『説明はもういいわね? 始めます』
「アッえっと」
『使徒には必ずコアと呼ばれる部位があります。その破壊が使徒を物理的に殲滅できる唯一の手段なの。ですからそこを狙って……目標をセンターに入れてスイッチ。やってみて』
「エッ、アッ、も、目標をセンターに入れて……」
うっ、難しい。ぐにゃぐにゃする。こういうテレビゲーム? みたいなの、僕やったことないんだよな……。う〜んう〜ん……。
「あっ」
『失敗ね』
目標、この間の使徒の形をした映像が近づいて腕をふるって「失敗」と表示された。
『次よ』
「押忍!」
今度は慎重に狙いを定めて……スイッチ! 当たった! ふう。
『遅いわ。続けて』
「えっと、どれくらい続けるんですか、これ」
『感覚で撃てるようになるまで続けるわ。目標出現から最低でも0.3秒以内に撃てるようになるのが今日の目標ね』
「エッ」
今2秒ぐらいかかってるんですけど!? いや、技能向上は必要だと思うけど、今はそれより――
『あれ? 何やってんの? 私の提出した訓練プランは!?』
使徒が向かってくるのでアワアワガチャガチャしていると、モニターの向こうでミサトさんの声がした。
『なんで正拳突きの練習してないのお!?』
『ミサト……』
頭の痛そうな赤木さんの声。
『リツコも見たでしょ。シンジくんの正拳突きは使徒を倒せる。ならまずそれを万全にしなきゃ!』
『上の回答はノーよ。シミュレーション上、エヴァのパンチは火砲に劣る』
『パンチじゃなくて正拳突き!』
『……いずれにしても、よ』
赤木さんのため息。
『仮に絶大な威力の近接攻撃ができたとしても、それに勝るのは遠距離攻撃だということは時代が証明しています。使徒とは接近さえ難しい状況も想定される。コアの破壊には火器で十分とMAGIも結論している。射撃訓練を優先するのは合理的よ』
『それは……うぅ……でもぉ』
『シンジくんもサボってないで続ける。いいわね?』
「アッハイ……」
◇ ◇ ◇
「ハッ! ハッ!」
翌日、昼休み。
僕は屋上で正拳突きの鍛錬をしていた。屋上は立ち入り禁止となっていたのだけど、別に鍵は掛かっていなかったので、一人で集中するにはもってこいだ。
昨日はあれから……遅くまで射撃訓練だった。全然上達しないので「ファミコンを初めて触ったおじいちゃんみたい」なんて言われてしまった。
……これも原作の僕ならあっさりこなしたんだろうな。こんな地味な訓練シーンが続くわけないし。すごいや、碇シンジ。いやもう、シンジさんと呼ぼう。すごいよ、シンジさん……!
「ハッ! ハッ……!」
今日は実際にエヴァンゲリオンに乗って運動する訓練が予定されている。ミサトさんが予算を引っ張ってきてくれたそうだ。
……なんとエヴァンゲリオン、電力で動いていた。で、これが結構な電気代がかかるらしい。また、動かすだけで損耗する部品があるので、なかなか実機での訓練は許可が降りないという。
つまり……。
「ハッ! ハッ! ハッ!」
ここでも、心の中での正拳突きで訓練するしかないということだ。
「ハッ! ハッ!」
火器があれば、正拳突きはいらない。
……少なくとも上層部はそう考えているらしい。
でも僕には……僕の希望は正拳突きしかない。だから。
正拳突きの、価値を示す。それしかない。
「ハッ! ハッ! ……ん?」
ガチャリ、と屋上の扉が開く音がした。どうやらここを使う人間が他にもいたようだと思い至り、挨拶しようと振り返ると。
「非常招集」
白くて、青髪で、赤目で、頭に包帯、左腕をギプスで釣った女子生徒が立っていた。
「先行くから」
「えっ」
そしてスッと消えていく。
「え……」
え……?
「だ、誰……何……?」
こわ……知らん人が変なこと言って消えていった……。
あ、いや。待てよ? 教室にいた……か? 窓際で背景色に溶け込んでたけどいた気がする。名字がたぶん……「あ行」の人!
……で、非常招集ってなんだ……? としばらく呆然としていたのだけど、避難警報が流れ始めてやっと分かった。コレ、ネルフに行かないといけないやつだ。
……ってことは、あの子はネルフの職員? 連絡係? 監視役? 目立つ監視だな!? いやとにかく、急がないと!
◇ ◇ ◇
今回は時間的余裕があり、事前にブリーフィングを受けた。
「第3新東京市の設備による迎撃で使徒を誘導。初号機は出撃後、ガトリングを装備。遮蔽から顔を出すと同時にATフィールドを中和、コアを目標に射撃開始、使徒を撃破。これを基本プランとします」
不機嫌そうな顔でミサトさんが言う。
「……ミサトさんが考えた作戦じゃないんですか?」
「私が考えたのはね! 使徒に接近して正拳突きの一撃で撃破! いいでしょ!?」
いい。できるイメージが湧く。
けれどミサトさんは頬を膨らませてプイと横を向いた。
「でも却下されたわ。……大人の都合で悪いけど、今回はこれで勝ってちょうだい。大丈夫、スペック的には十分に可能よ」
「……押忍」
まだ僕の正拳突きは信頼されていない、ということか。
ため息をつきながらプラグスーツに着替え、エントリープラグの中へ。LCLが注入されてモガゲボッ! いだい! いつ慣れるかなぁコレぇ!? 赤木さんは何回目からぁ!?
『エントリースタートしました』
『LCL電荷』
……!
(やっぱり、また、きた)
正拳突きとは違う形……心? 近づいてきて、戸惑って……違う形のまま包もうとしてくる。何だ……?
『シンクロ率19.7%』
『活動限界はクリア』
「スゥ……フゥ……」
エヴァンゲリオンは今、発進装置に固定されている。あの急上昇中に動くと事故につながるため、身動きが取れない状態だ。
だから実際に動かして動作確認はできない。けど。
(シンクロしているなら……)
手脚に神経が通っているかどうかぐらい……心の中の正拳突きを通じれば分かる。
(指……動く。手、動く。足、動く。腰、動く……)
大丈夫。正拳突きできる。歩ける。……意のままに手脚は動く。
前回みたいには、ならない。
『目標地点に到達! エリアDの7!』
『予定通りね。進路変更なし。エヴァンゲリオン初号機、発進!』
「くッ」
急激な加速、そして急停止。一気に地上へ。広がる視界のすぐ前、兵装ビルからガトリングを受け取って装備。射出リフトを遮蔽にして待機。
『目標接近!』
『いいわね、シンジくん。作戦通り……今!』
「押忍!」
遮蔽から飛び出す。ATフィールドを中和! エビ? みたいな使徒の、コアに、照準を……合わせて……スイッチ!
ウィィガガガガガガ!
おわっ! 動く! 跳ねる! 下に戻し、あっちがっ戻しすぎアッアッ!
弾がぁ! 暴れてっ! アッ、ビル巻き込んだ!? 破片がっ!
『バカっ! 動かしすぎ! 煙で観測できない、撃ち方止め!』
「ッ!」
暴れるガトリングを動かしていたら周囲を巻き込んでもうもうと煙が立ち上ってしまい、使徒の姿を隠してしまった。
倒せた……? それとも。
「ァ!?」
目の前でガトリングが、ピンク色の触手に両断される。手放し、なんとか距離を取った。
「銃が……!」
『予備の位置を送るわ!』
マップが表示される。慌てて取りに走る、が、使徒は先回りして触手でビルを切り裂いていき、どんどんマップ上にバツ印が増えていく。取りに行く先がなくなっていく。
「ッ!?」
バツン、と背中から何か解き放たれる感覚。
『アンビリカルケーブル切断!』
『内蔵電源に切り替わります』
『活動限界まであと4分53秒』
アッ……使徒に電源ケーブルを切られた!? マズイ!
『落ち着いて! ケーブルの予備もある。遠回りになるけど接続しに行って!』
ルートが表示される。確かに遠い。山に向かって大きく曲がる感じだ。急がないと。
「がっ!?」
背中に何か当たった! 使徒がビルを触手で切って破片を吹き飛ばしてきてる!?
くそ……ATフィールドが出ない。見えない方向に逃げながら壁を意識するなんて無理だ。大きなものが当たらないことを祈りながら山に向かって走る。そろそろカーブ……んッ!?
ドガッ! 背後から爆発音。破片が飛んでくる。僕は。
――反転して、ATフィールドを全開にした。
ギィン! と半透明の力場に破片が当たって砕け散る。
『なぜ足を止めたの』
『山の斜面に民間人2名!』
僕の背後には――ジャージを着た男子と、茶髪で眼鏡の男子が座り込んでいた。
『シンジくんのクラスメイト!?』
『なぜこんなところに』
ホッと息つく暇もなく。
「ウッ……!」
使途が触手を大きく広げて、僕を狙う。刺突、してくる。
避ければ、後ろの山を――ひとを、貫く。
……もう、僕のせいで被害にあう人を、出したくない。
避けられない。なら。
「フゥッ……!」
腰を深く落とす。
次の瞬間、触手がエヴァンゲリオンの胸を、腹を、刺し――
ギィン! ギギィン!
『攻撃をはじいた!?』
『ATフィールド中和されています!』
『特殊装甲があるとはいえ……無傷!? いったいどうして』
繰り返し、繰り返し刺突される。その触手の先端は、僕の……エヴァンゲリオンの身体を貫けない。
「なぜなら、正拳突きの構えは」
突きを放つ、そのための土台。だから。
「揺るがない。不動にして不壊。そのための、構えだから!」
『正拳突きってすげええええ!』
ガッ! ガンッ! ギンッ!
使徒の攻撃を防ぐ。それはできている。だけど。
『でもこのままでは活動限界を迎えるわ』
――それだけだ。防げている、だけ。電池の残りはどんどん減っていく。
ここからどうする。どうにか……できる?
使徒は、遠い。
一歩、二歩、踏み込んだ程度では、正拳突きは届かない。
敵のコアは丸見えだというのに。……やはり正拳突きでは、無理なのだろうか? 遠距離攻撃できる、火器じゃないとダメなのだろうか?
『触手、形状変化します!』
『マズい!?』
「ッ!?」
使徒が、二本の触手を一つにして螺旋の形状にした。そして――回転させながら突き。
ギャリリリリリリッ!
「ぐッ……! ウウッ……!」
『シンジくん!』
胸を、削られる。
構えは揺るがない。でも、このままでは……貫かれる……!
(もっと……もっと力が……!)
僕が貫通されたら、倒れたら、後ろの二人は潰される。怪我では済まない。死ぬ。そうならないように……守るための、力……!
「グ……っ?」
わずかに、力が増す。これは……心。それが僕を包むように。
『触手の穿孔速度低下……いえ、回転速度さらに上昇!』
『ダメです、装甲を貫通します!』
『まずい、コアが』
「アアアアアアアアアアアッ!」
胸を、えぐられる。痛い。痛い、痛い! 捻じり、穿り、広げられる。――だけどッ!
「だおれる、わげにはァァ!」
心が、寄り添ってくる。
――けど!
(そうじゃ、ナイィ!)
僕は――その「何か」の抱擁を振り払う。
(僕の形は、そうじゃない! 違うッ! 僕の形は……正拳突きの構えは、こうだああああッ!)
心の中で。
構え、正拳突きを放つ。
何度も。何十発も。何百回も。これまで積み重ねてきた形を見せてやる。
(構えろ! 正拳突きを! これが僕だッッ!)
――寄り添う何かが……わずかに形を変える。
全身がクリアになる。
「ッだ、アガガガッ、アアァァァァ!」
痛みが鮮明さを増した。だけどその代わり、わかる。これまで以上に、エヴァンゲリオンの身体が。
そして理解する。
――これなら、打てる。
これまで以上の、正拳突きを。
「フゥ…………!」
狙い。
放つ!
「発ァッ!」
ドンッ!
『! コアにダメージ!』
『ミサト、これ以上は!』
『違う……使徒のコアが……!?』
使徒のコアが、へこむ。
足りない。もう一発。
「発ァッ!」
ドンッ!
――飛ばした正拳突きが、距離を貫いて使徒のコアを……ベコベコにへこませ。
「発ァーッ!」
ひび、割れる。
爆発。
使徒が赤い液体になってぶちまけられる。
僕は、反転して山に身を伏せた。男子生徒二人を、胸の中に守るように。
『ッぱ正拳突きよおおおおぉ!』
『目標沈黙』
『エヴァ、活動停止します』
電源が落ち、エントリープラグの中が真っ暗になり……僕も同時に意識を闇に手放した。