知ってる名前の少年に転生したけど、俺には正拳突きしかできない 作:幻覚症状
アスカ、来日(前)
いつ来ても寂しい場所だと思う。
ネームプレートと一本の柱。画一化された墓標が見渡す限り続く、丘陵そのままの形の墓地。
セカンドインパクトとその後の数年、戦争でたくさんの人が死んだという。ここにはその犠牲になった人たちが眠っている。
「3年ぶりだな。二人でここに来るのは」
父さん、碇ゲンドウが言う。
そう、3年前にも僕は1日だけ父さんに会っている。……先生が父さんに無理矢理そうするよう言ったからだ。その時は特に会話もなく、用が済むとさっさと現地解散されたんだっけ。
「父さんは毎年お参りに来ているの?」
今日は母さんの命日だ。が、顔も知らない母親の墓参りをする気にはならず、3年前以外は訪れていない。
「人は思い出を忘れることで生きていける。だが、決して忘れてはならないこともある。ユイはそのかけがえのないものを教えてくれた。私はその確認をするためにここに来ている」
……めっちゃ語るな!?
3年ぶりに会ってこれまで聞いたセリフ、「出撃」「ダメだ」しかないんだけど。これ本当に僕に、碇シンジに興味ないな? かわいそうだろ……親子なんだぞ。
……まあ、放っておいた息子と何を話していいのか分からない、という感じかもしれない。ここは喋りやすい話題を振ってコミュニケーションを図るか。
「母さんの顔って見たことないんだけど、写真とかあるの?」
「残ってはいない。この墓もただの飾りだ。遺体はない」
ないんかい。……あっ、そういえば先生が家に乗り込んできてまで写真を処分したとかなんとか言ってたな。
「全ては心の中だ。今はそれでいい」
重ッ。
いや……父さんはそれで満足かもしれないけど、子供はそうは思わないと思うな? 重ね重ねかわいそうな主人公すぎる。親の顔ぐらい知りたいだろうに。
絶句していると、ヘリコプター? が上空から降りてきた。ネルフのだ。後ろには綾波も乗っているのが見える。
「時間だ。先に帰るぞ」
「あ、じゃあ僕も」
踵を返してヘリに向かうので、後についていく。と、父さんの足がピタリと止まった。
「……乗るのか?」
「え?」
乗るつもりだけど。
「綾波さんもこの後訓練の予定だから、向かう先は本部だよね? ヘリの方が速そうだし、乗せて欲しいんだけど」
「………」
「あ、もしかして定員オーバー?」
「いや」
うーん。もしかして嫌なのかな? そういえば来るときも車で分乗だったもんな……。
「葛城一佐はどうする」
「気にしないでって言ってたし」
何より、乗ってみたい。ヘリ。空飛んでみたい。
「ダメかな?」
「……構わない」
ということでヘリに乗り込むことになった。おお~、中はこんなになってるんだ。ぺこり、と綾波さんに会釈すると、短く視線を向けられた。
「おぉ……」
すごい、飛んでる。速い。いやあ……正拳突きじゃあ空は飛べないからなあ。
……しかし、会話がないな。向かい合って座っているというのに、父さんも綾波さんも何も言わない。う~ん……二人の会話に僕はお邪魔虫だったろうか。いや、子供が邪魔ってなんだよ……かわいそうだろ……。
「シンジ」
と思っていたら、急に父さんが話しかけてきた。
「押忍!」
「……正拳突きは、どこで習った?」
おっと……その話か。
実は以前、ミサトさんに同じことを聞かれたことがある。その時はとっさのことで四苦八苦したが、今はもうちゃんと考えてあるから問題ない。
「独学です。強くなる方法を探していて、そしたら本に正拳突きがいいって書いてあったから」
「何の本だ?」
「小さい頃でよく覚えていなくて……図書館にあった本だと思う」
「あの町に図書館はなかったと思うが」
「そうだっけ? なんか本のいっぱいあるところで読んだと思うんだけど……」
正解は言わないが、全国行脚をしているマイクロバスを改造した移動図書館を想定している。戦後のことで、子供たちに本を読んでほしいとボランティアでやっている人が、数日町を訪れた記憶がある。個人でやっていたから、追跡は困難だろう。バーコード管理もしていなかったし、本を紛失することも日常茶飯事だったはずだ。
そこで僕は正拳突きについて書かれた本を見た……という設定だ。
まさか前世のことを言うわけにもいかないし、信じても貰えないだろうから。
「その本があれば、お前のような正拳突きが打てるようになるか?」
えっ。父さん、もしかして正拳突きに興味が?
少しウズ、としたのを抑えて答える。
「ここまで形になるのに10年以上かかったんだ。今すぐには難しいと思う」
「その極意をつかんだお前に指導してもらえばどうだ?」
父さん? 習いたいの? 僕から!?
……いや、その心意気は嬉しいけど……前世で何十年も積み重ねたからこその今だからなあ。
「僕は……教えるのが下手だから、無理だと思う」
「やる前から諦めることもないだろう。レイ」
「はい」
「空いた時間はシンジから正拳突きを習いなさい」
「はい。……えっ?」
えっ?
えっ……綾波さんに教えるの?
混乱している間に、ヘリはいつのまにかネルフ本部に到着していた。どうやら直通の移動経路があったらしい。ぼうっとしながらヘリを降りる。と。
警報。
『相模湾沖にて第7の使徒を捕捉!』
「!」
使徒発見の報。
父さんが、サングラスを指で持ち上げながら言う。
「……出撃」
◇ ◇ ◇
『目標は海上を歩行して移動中』
『海面を凍結させて足場にしているようです』
『おそらくATフィールドを応用した絶対零度。上陸すればあらゆる物質を凍結して粉砕。あっというまに地上を死の世界に変えるでしょうね』
難しい話をしているが、とにかく上陸は阻止しないといけないらしい。
『葛城一佐不在の間は碇司令が直接指揮を執ります』
『初号機、零号機、発進準備』
『コンタクト開始』
初号機とのシンクロを開始する。
僕の正拳突きの形に……初号機の心の形が重なる。
これで何度目だろう。僕たちの重なり方は、最初の頃に比べると少し似てきたように思う。
『発進後、両機は沿岸で待機』
『待機ですか? 先制攻撃は……』
『必要ない』
父さんは何事もないように言う。
『2号機を使う』
◇ ◇ ◇
地上に出た後、沿岸へと急ぐ。使徒の姿が見えてきた。針金みたいな使徒だ。一列に並んだ船から一方的に射撃を受けながら、一歩ずつ進んでいる。
意外と弱そうだな……と思った次の瞬間。
『目標に高エネルギー反応!』
使徒の頭が花のように開いて、輝く。
「なっ……!?」
それだけでいくつもの船が水の柱に押し上げられ、次の瞬間十字に爆発して船を破壊した。
……攻撃が、見えなかった。
背筋がぞっとする。
これまでの使徒は、とんでもない化け物だったけどある意味常識的でもあった。殴り、突き、ビームを放つ。どれも目に見える攻撃で、正拳突きで対応可能だ。
けど、あの攻撃をどうしたらいいのかさっぱり分からない。
直接船を爆発させなかったあたり、顔が光ったら終わりというわけでもないだろうけど……分からない。僕はさあ頭がよくないから! 指示が欲しいんだけど、父さん!? ミサトさんでさえ何か言うと思うけど!?
『輸送中の2号機、上空に到達』
そこに、報せ。空を仰ぐと、巨大な飛行機が、ヘリに囲まれて飛んでいた。
『S型装備にて輸送されていますが、武器は保持していません』
『降下中に受け取らせろ。使徒は洋上で撃破する。……発進』
『了解、エヴァンゲリオン2号機、起動。ハーネス解除!』
飛行機のカバーが外れ、機体があらわになる。
真紅のエヴァンゲリオン。2号機。
使徒が――足を止める。
次の瞬間、2号機に向かって無数の針金が飛び出した。タイミングをずらして何度も襲いかかってくるそれを、2号機は空中で姿勢制御して華麗にかわす。
すごい。
これがエヴァンゲリオンの機動性……きっとあれが本来のエヴァンゲリオンの動き。天才パイロットのシンジさんもあんな感じなのだろう。僕にはとてもできそうにない。
やがて2号機は空中投下された武器……クロスボウのような銃をキャッチする。
そして。
『コアを――』
父さんの声。
『――狙え』
コア。
使徒の、顔の下には小さなコアがあった。針金に守られてはいるけれど、ほとんど剥き出しのコア。
それを狙う。
……いや。違う。
余計なことを言わない、というか、言葉が足りない父さんが、わざわざ丸見えのコアに言及するだろうか? エヴァンゲリオンのパイロットなら、コアを狙って攻撃することは嫌になるほど叩き込まれているはずだ。
であれば。
「フ……ッ!」
僕は、腰を深く落とす。
彼我の距離は何キロあるだろうか。分からない。でも、今の僕なら。
「発ァッッ!」
ドンッ!
2号機が頭の下のコアを撃ち抜いたと同時に。僕は、使徒の足の間にぶら下がっていた黒い球体、その中心、奥深くに隠れていたコアを正拳突きで打ち抜き。
使徒は、赤い液体になって爆散した。
◇ ◇ ◇
「おぉ〜! これが、これが2号機!」
「赤いんか、2号機って」
線路を使って横たわったまま運ばれていく2号機を見ながら、鈴原くんと相田くんが言う。
この二人がなぜ、こんなところ……2号機を間近で見られるプラットフォームにいるのかというと。
「すごい、すごい。囮情報かと思ったけど万一に備えて張っておいてよかった!」
「シンジさんに感謝せえよ、ケンスケ」
「神様仏様碇シンジ様! 一生ついていきまァす!」
……2号機が日本に輸送されるという情報をどこかから掴んだ相田くんが、また避難命令を無視して現場に居残っていたからだ。付近で騒いでいたのを「シンジくんの舎弟なんでしょ。構わないわよ」とか言って、遅れてやってきたミサトさんが連れてきた。
……まだ、僕は鈴原くんを舎弟にしていることになっていた。なんなら今日、相田くんも舎弟になったらしい。そんな気はないというのに。
……いや……ここまで強引な展開……もしかして、原作の僕も二人を舎弟にしているのか……!? シンジさん!?
「違うのはカラーリングだけじゃないわ」
と、その時。
高いところから声がした。
「しょせん、零号機と初号機は開発過程のテストタイプとプロトタイプ。けど、この2号機は違う! これこそ実戦用に造られた世界初の、本物のエヴァンゲリオンなのよ。制式タイプのね」
赤いプラグスーツを着た、金の長髪の女子。
「紹介するわ。ユーロ空軍のエース、式波・アスカ・ラングレー大尉。第二の少女。エヴァ2号機担当パイロットよ」
空軍? エース? よく分からないけど、肩書がすごい。
軽々とエヴァの身体を飛び降りてこちらに向かってくるし、エリートなんだろうな。なるほど……原作のシンジさんに匹敵するライバルキャラってところか。
……というかそうだよな? 普通、秘密兵器に乗せるなら軍隊からパイロットを選ぶよな? なんで僕や綾波さんなんだろう。それも14歳の。
……いや……式波さんもあの年齢で軍隊のエース? おかしくない? おかしいよな……怖。この話題触れるのやめておこう。
「久しぶりね、ミサト。……で? どれがナナヒカリで選ばれた初号機パイロット?」
おっと、僕の情報は知られていないのか。
「押忍! 碇シンジです!」
「ッ、ふ〜ん?」
僕は咄嗟に、最も身についた姿勢を取って挨拶する。式波さんは近づいてくると、トンッと僕の肩を押して。
「っ!?」
「あ」
正拳突きの構えは不動にして不壊。式波さんは反発で姿勢を崩す。危ない、と支えようとしたが、さすがはエース。たたらを踏んだもののすぐに立ち直った。そして、指を突きつけてくる。
「あ、あんたバカァ!?」
「え?」
「零号機のエコヒイキで選ばれたパイロットは、まだちゃんと武器を装備していたわ。なのに初号機、あんたときたら、丸腰でボーッと立ってただけじゃない!」
丸腰……?
僕たちは首を傾げて顔を見合わせて……「あぁ〜」と納得する。そうか……そういう考え方もあるのか。
「な、何よ? とにかく! 零号機も初号機も役に立たなかったんだから、反省しなさいよね。それじゃっ!」
そう言って式波さんは踵を返すと、足早にこの場から去っていくのだった。