忍術学園の片隅に根を張り蔓を伸ばす、真白のアサガオ。
それは思い出であり、決意表明であり、遺言であり、──約束の証であった。
*
長く続いた梅雨もそろそろ去ろうかという季節。久し振りの快晴にはしゃいでいるのだろう、多くの忍者のたまごを抱える忍術学園では子どもたちの賑やかな笑い声が敷地のそこかしこで響いていた。
遠くで響いた爆発音と落とし穴に落ちる音に遠い目になりながら、一年は組の教科担当、土井半助は庭の片隅に目を止めた。
「……今年も咲きそうだな」
視線の先には支柱をつたい蔓を伸ばし、子どもの手のひらのような葉を広げるアサガオがある。
それは、かつてこの学園で所属していた生徒が残したもの。その生徒は同じ場所で毎日のように水をやり、丁寧に丁寧に真っ白の花をつけるアサガオを育てていた。その生徒がいなくなった今でも、種がこぼれ落ちたのか毎年のように同じ場所で芽を出し、何となく気付いた者がささやかに面倒を見ている。
すでに学園を去った「彼」のことを知るのは、もはや教師と最高学年である六年生のみとなってしまった。土井が新任教師としてこの学園に来たときに唯一の六年生であった彼は、土井の目から見ても優秀で、誰もが頼りにする穏やかな青年であった。
元気にしているかな、と葉が茂る中に蕾を見つけて眦を下げる。いや、きっと元気にしているに違いない、と土井はアサガオから視線を外した。
学園を卒業して以来、彼の顔は見ていない。しかし、それ以来、学園に届くようになった物がある。差出人の書いていない暗号文と、──数粒のアサガオの種。
『白のアサガオじゃな』
植えてすらいないのに、アサガオの種を一瞥した忍術学園の学園長、大川平次渦正はそう断定した。愉快そうに喉の奥を揺らし、暗号文もさらりと解読。そこには直近の西国の情勢がまとめられていたという。誰からの情報なのかなど、考えるまでもなかった。
『土井先生も、お元気で』
そう言って笑って学園を去って行った彼。門を出たあと一度も振り返ることなく、しかし今でも情報を送ってくれる忍術学園の卒業生。
優秀な忍者として活躍していることだろう──と、そう思ったからなのか、どうなのか。噂をすれば影と言わんばかりに、廊下の先から足早に近づいてくる気配。
おや、と土井は見知った影に目をやった。
「何かありましたか山田先生、お急ぎのようですが」
「ああ、半助。いや、急ぎかはわからんが、早く届けてやろうと思ってな」
これだ、と一年は組の実技担当、山田伝蔵が手に持った文と薬包紙を示す。
見慣れた文と、おそらくアサガオの種が入っているだろう小さな包み。あまりにタイミングのいい届け物に土井は思うより先に眉をひそめる。
「……時期が早くないですか? いつもならもうひと月は先のはずでしょう」
情報が送られてくる時期はある程度定まっていた。その周期が早まったと言うことはつまり、急ぎ伝えるべき事案が発生したということ。西国に動きがあったのか、それとも「彼」自身に何かがあったのか。
思わず身を乗り出した土井に、いやいやと山田は文ごと軽く手を振った。
「実はこれを届けにきたのは利吉なんだが、利吉曰く『内容は知らないが、本人の様子を見る限りはたぶんそんなに深刻な内容ではない』そうだ。ただ、『わざわざ
「はい」
「今回は半助宛だ」
「……私に?」
常ならば学園長宛として届けられているものを、土井に。目を丸くするほかない。
とにかく、と差し出された文と薬包紙を受け取る。薬包紙の中には確かにいつもの種が入っているようで、薄い紙越しに小さな硬い粒に触れた。
「まあ、案外ただの世間話や悩み相談かもしれんぞ? あれが学園にいた頃はよく喋っていたじゃないか」
「喋っていたというか、むしろ私が話を聞いてもらっていたくらいなのですが……はい、確かに受け取りました。内容を確認して、必要なら報告をあげます」
「ああ、そうしてくれ」
じゃあ、と背を向けた山田に軽く会釈をし、土井は再び文に目をやった。
深刻な話ではないだろう、と利吉は言ったという。とはいえ、わざわざプロの忍者に使いを頼むほどのもの。礼儀をよく心得たあの青年が、目上の土井相手に悪ふざけをするとも思えなかった。つい、きりり、と胃の腑に痛みを覚える。
ちら、とまた片隅のアサガオに目をやり、息をついた。
「……悪い内容でないといいが……」
土井は足早に自室へと足を進める。
年齢が近いにもかかわらず土井を教師として慕い、新任の土井とまだ幼い下級生たちを繋ぐ役目をしてくれた彼──
Xにあげたものから多少修正をいれています。書き切れるといいな。
最強の軍師、大変よろしかったですね。