朝顔の忍び   作:ふみどり

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問答

 参ったな、とあまり困ってはいない朝来は茂みの中で身を伏せた。

 フラグとは回収されるものである。いや、朝来とて愚かではない。もっとも敵にしたくない忍隊を抱える国を通過する際には相応の警戒をし、誰にも出会うことなく領地を駆け抜けてみせた。ただ、目的地からほど近い森の中にて、その「もっとも敵にしたくない忍隊」の忍び頭とすれ違う羽目になるとは思っていなかっただけだ。

 よく出没する「曲者」の噂は朝来も聞いていたが、正直を言えばあまり信じていなかった。中立とは言え他領に通っているとは思わないだろ、と内心でひとりごちる。思ったよりも忍び頭というのは暇なのだろうか。

 

「なかなか気配を隠すのが上手だね」

 

 その言葉と同時に、見えないはずの朝来の顔すれすれのところに手裏剣が飛んだ。鈍い音を立てて木の幹に突き刺さる手裏剣の威力は、どう見ても手慰みに投げたレベルではない。

 

「引きずり出されたくなければ出ておいで」

 

 声自体は穏やかだが剣呑な色が混ざっている。すっかり居場所もバレているとなればこれ以上隠れたところで時間の無駄というものだろう。むにむにと表情筋を動かし、笑顔を作って立ち上がる。

 こちらをまっすぐに見据える包帯姿の大男には見覚えがあった。

 

「これは、大変失礼いたしました。まさかこんなところですれ違うとは思っていなかったものですから、驚いてしまって」

「うん、私も驚いたよ」

 

 朝来、九郎太くん。

 舐めるように呼ばれた名に、朝来は笑みを深めた。

 

 *

 

 五年前の夏だったね、とタソガレドキ忍軍を束ねる長、雑渡昆奈門は口を開いた。

 

「不届きにも鷹を使い、うちの城を混乱に陥れた曲者がいてね」

「申し訳ありません、躾途中の鷹で。皆さんの殺気に驚いてしまったようで」

「よく覚えているよ、若さに似合わぬ人間離れした動きで鷹を回収していった忍びをね。気配も顔も名も、忘れるはずがない」

「学園長先生からの文を届けただけなんですが」

「うん、ご丁寧にその文に君の名前があったんだよね」

「あの耄碌ジジイ」

 

 つい言葉が荒れる。朝来としてはただ夏休みの宿題だったんだから仕方ないだろ、と言いたいところ。お前の売り込みなのだから名前を書いて当然じゃろう、だいたい躾の終わっていない鷹を放り込んだのは誰じゃという学園長の声が脳内で響いたが、それは聞こえなかったことにした。

 恐るべき実力と名高いタソガレドキ忍軍。それがひとりの若造にひっかきまわされたとあっては、さぞ矜持も傷ついたことだろう。それでも大きな問題が起きなかったのは当時の忍び頭の温情か、それとも学園長の文があったからか。どちらにせよ、そのおかげで「朝来九郎太」の名は雑渡昆奈門の頭にしかと刻まれていたらしい。

 これっておれがわるいんだろうか、とぼんやり考えながら、真正面からの殺気を受け流す。生半可な者であれば失神してもおかしくない重圧だが、それに怯まない程度には朝来も死線を乗り越えている。

 とはいえ、残暑もとっくに過ぎ去ったというのに、確かに朝来の背中には汗がつたっていた。五年前からさらに重みを増した殺気。隙がないどころか、指先ひとつも動かそうものなら生命を刈り取られてしまいそうだった。

 ああ、すごいな、と素直な感嘆が朝来の胸に浮かぶ。同時に思った。このヒトだか鬼だか獣だかわからない忍びを敵に回してはならない。

 ()()()()()()()()()()()()、と。 

 

「――雑渡昆奈門さん」

 

 声は静けさを保つ。笑顔も崩すことはしない。あえて余裕ぶる必要もない。ただ、感情を揺らさなければいい。取り繕いのやりすぎはかえって不格好だ。

 忍術学園での学びにくわえ、卒業から研鑽を重ねて五年。「人間」「忍者」としての振る舞いをすることへの苦手意識などとうに捨てた。

 お気に障ったなら申し訳ありませんが、とさらりと前置きし、続ける。

 

()()()()()?」

 

 雑渡の目がわずかに細められた。朝来はさらに唇を歪める。

 城に侵入したから何だというのか。鷹が暴れたから何だというのか。朝来にしてみればただの忍務のひとつ、しかも誰を傷つけたわけでも盗んだわけでもない。

 どちらかと言えば、まだ忍たまに過ぎなかった若造にかき乱された自軍の未熟を憂うべきで、それで朝来に怒りを向けるのは逆恨みもいいところ。長く忍びとして生きてきた雑渡が、そんなこともわからないはずがない。

 そうでしょう、と視線だけで問いかける。この言葉を生意気だと怒るだろうか。否、と朝来は自分で否定する。

 タソガレドキ忍者百人の頂点に立つ男が、若造の言葉ごときで心乱されて良いはずがない。第一、ここで朝来を手にかけても損こそあれど得はない。

 さしもの雑渡昆奈門も、忍術学園と現在の「朝来九郎太」という忍びの関わりまでは掴んでいないはず。学園への敵対行動とみなされる可能性がわずかでもある限り、この男は朝来には手を出さない。出せないと言ってもいい。

 雑渡はほんのわずかも顔色を変えなかった。双方ともに微動だにしないまま、しばらくの沈黙が流れる。

 枝を外れた葉がふたりの間を通り過ぎ、互いの視界から完全に消える。そこでようやく雑渡は殺気を消し、姿勢を崩した。しょうがないなあと言わんばかりの表情で両腕をくみ、わざとらしく息をついた。

 

「もうちょっと怖がってくれないと脅し甲斐がないよ」

「何を仰る、怖くて震えておりましたよ」

「それを隠せる度量があるのがつまらないんだよ。まったく、五年前もずいぶんと不遜だと思ったけど、さらに磨きがかかったね」

「褒めてくださっていますか?」

「もちろん」

 

 それはありがとうございますと朗らかに返した朝来に、雑渡は恨めしげな視線を向ける。そこには気安さすら感じられた。

 急に流れはじめたゆるい空気に、ふと一滴の懐かしさが朝来の胸に波紋をつくった。朝来が忍たまであったころ、よく大人げない教師の雛がこうして朝来を己のペースに巻き込み、気を抜かせようとしたものだ。あの頃はすぐに取り繕いを揺り動かされたものだが、その経験はすでに朝来の血肉となっている。

 絶対に流されてなるものかと密かに気合をいれた元・忍たまの内心を察してか、雑渡はふうん、と眉をあげる。すぐに気を取り直して続けた。

 

「学園に向かう途中?」

「ええ。雑渡さんも学園からお帰りですか?」

「そうだよ」

 

 もしかして本当に暇なのかこのひと、という朝来の内心はさておき。

 ふむ、と少しも朝来から目を離さない雑渡はわずかに首を傾ける。それは、とあまりにも何気ない口調で続ける。

 

「天鬼に会いに?」

 

 今度の沈黙はさきほどよりも短かった。

 どうやら朝来がドクタケに潜入して情報を集めていたことはバレているらしい。

 タソガレドキの忍びも同じ場所に忍び込んでいたのだろう。朝来は己の未熟を理解して苦笑した。もっと精進せねばならない。

 雑渡と鏡合わせのように首を傾けた朝来は、いいえ、と静かに否定した。

 

「――土井先生に会いに」

 

 話は終わりとばかりに朝来は地面を蹴る。

 かの忍者は追いかけてはこなかった。

 




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