朝顔の忍び   作:ふみどり

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出逢い

 土井が初めて朝来(あさご)九郎太(くろうた)の顔を見たのは、忍術学園の教師となってしばらく経ってからのことだった。

 とある休日、なかなか教師の仕事に慣れず数々の兵法書や「忍たまのとも」を読み込むばかりだった土井を、見るに見かねた山田が部屋の外へと放り出した。部屋に籠もっていても良くない、風に当たって気分転換をしてこいという山田の言葉にさらに頭を抱えた土井は、ならばせめて広い忍術学園の敷地でも把握しておこうと、生徒もあまり寄りつかない敷地の外れに足を向けた。そのさきで水をまいていたのが、唯一の六年生である朝来だった。

 身長は土井より少し低いだろうか。よく日に焼けた顔は凜々しいが、ゆるく細められた目元のおかげか受ける印象は柔らかい。顔も知らぬ来訪者を身構えるでもなく受け止めた彼は、ああ、と思い至ったようにひしゃくを傍に置いていた桶の中に入れ、姿勢を正した。

 

「新任の先生でしょうか。六年の朝来九郎太と申します」

「あ、ああ。一年の教科担当の土井半助だ。それは……アサガオか?」

「ええ、水をやっておりました」

 

 まだアサガオが蕾もつけていない時期だった。力強くのびた蔓に、丁寧に世話をしている様子が見て取れた。

 しかし、いくらアサガオに毒性があり忍務にも使えるとはいえ、六年生の実習にしては……という本心が顔に出ていたのだろう、朝来はゆるりと笑った。

 

「実習ではないんです。もともとはそうだったのですが、今では私が勝手に」

「勝手に?」

「はい。学園長先生にも許可を頂いて、ここで毎年育てているんです」

 

 真っ白のアサガオが咲くんですよ、と笑う顔はまだあどけない。私が忍務で戻らないときは後輩たちが見てくれているようで、と少し嬉しそうに言う忍者のたまご。

 穏やかかつ微笑ましく、初対面の目上と接することで少し硬さを残す彼の様子に、つい土井の口は動いていた。

 

「──優秀なんだな」

 

 え、と目を丸くする朝来に構わず、うん、と土井はひとつ頷いて続ける。

 

「表情と声色の()()()が丁寧だ。所作や話し方とも合っていて違和感がない。忍術を心得た者だとわかっていても、気を許したくなってしまう」

 

 忍者にとって情報の重みは生命の重みに等しい。

 対象の懐に潜り込す術は忍者なら心得ておくべきではあるが、朝来のそれは相当なレベルと言えた。おそらくは彼の物腰の前にぽろぽろと情報を落としてしまった者も多いことだろう。

 何せ多くの忍者を見てきた土井でさえ、一瞬それを朝来の生来のものと考えそうになった。言葉を選ぶ間の不自然さを打ち消すようなゆったりした話し方、あれこれと相手のことを尋ねるよりもまず自分の情報を開示して信頼を得ようとする会話の流れ、あえての少し背伸びをしつつ幼さを残す表情の作り方。わずかな視線や声色のブレさえなければ、ともすればそれが意図的なものだとは気づけなかったかもしれない。

 生徒と言えど最高学年ともなるとやはりプロに近いものが──と感心する土井に、わずかに表情を崩した朝来の口元がもにょりと動く。

 

「……朝来?」

「あ、いいえ、……いまだそういったことが不得手という意識が拭えていないので、過分な評価を頂けて嬉しかっただけです」

「? そんなにできているのに?」

「我ながら入学当時はほぼ山猿でしたので……今の私はかつての同級生たちの努力の結晶と言いますか」

「山猿て」

「いえ本当に。敬語もろくに使えませんでした」

 

 何せ育ちが悪く、と頭をかく忍びのたまごは先ほどよりも少し本性に近づいたらしい。礼儀を保ちつつも軽やかさを纏った朝来は、それにしても、と忌憚なく言い放った。

 

「土井先生は私を忍者として捉えてくださるんですね」

「……というと?」

「いえ、ほかの先生方はこちらが何年生であっても、基本的に生徒のことを忍者でなく忍たまとして接してくださるので」

「……忍たま」

「忍者のたまごですよ。有り体に言えば子ども扱い、生徒扱いを。いえ、実際に子どもですし生徒なのでそれをどうこうとは思わないのですが、だからこそ土井先生の接し方は新鮮と言いますか」

 

 あまりに探る目をなさっていたので、お噂を伺っていなければ曲者と間違えるところでした、と悪気なく告げられた言葉に、山田に生徒との接し方を指摘されてばかりの新任教師はゆっくりと天を仰いだ。

 生徒に心を開いてもらうべき教師が、警戒を悟らせてしまうなど。いくら歳もそう変わらないといえど、朝来は生徒で土井は教師。接し方を間違えてはいけない。

 ううううう、と天を仰いだまま唸る土井に、あれえと朝来は呑気な顔。

 

「……私は大人に近づいたようで嬉しいと申し上げたかったのですが、何か間違えましたか?」

「いや、こっちの問題だから気にしないでくれ……」

「はあ。……土井先生」

 

 少し改まった声に、ん、と土井は生徒に目を戻す。

 己より少し低いところにある眼が陽の光を受けて面白そうに瞬き、さっと頭ごと伏せられる。

 

「今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

 

 組まれた支柱に茂るアサガオの緑を背景に、しっかりと礼儀を示した彼。

 未熟な策略の色が見えつつも、やはり絆されないのは難しい。絆されてやってもいいと思ってしまう不思議な忍者のたまご。

 それが朝来に対する第一印象だった。




基本的に私の書くキャラクターは、「穏やか」とか「礼儀」でなく「穏やか(笑)」「礼儀(笑)」という感じです。お前はいつもそうだ。
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