朝顔の忍び   作:ふみどり

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※劇場版のオリキャラ出ます。過去捏造過多注意。


一歩

 アサガオの出会いを経て、しばらく。

 先日は教師らしからぬ姿を生徒(あさご)に見せてしまった土井。ではその後、どうやってその失態の挽回に努めたのか。

 結論から言うと、挽回するのを諦めていた。

 

「心を開いてしっかり生徒たちを受け止めろと山田先生は仰るんだが、どうも上手くいかなくてな……」

「……お言葉ですが先生、実は私も生徒のひとりでして。あまり私は聞かない方がよいことなのでは」

「お前には今さら取り繕っても無駄だろう」

「ワア潔い」

 

 いえ他言はしませんが、と苦笑しつつ朝来はアサガオの水やりの終えてひしゃくを桶に戻す。夏に近づくにつれてますます蔓を伸ばしたそれは、ほどなく蕾をつけそうな気配を見せていた。

 しおれてしまった葉をぷちりぷちりと取りながら、朝来は変わらず礼儀正しい顔を保っている。が、ぽろぽろと教師らしからぬ言葉を零す土井を相手に、ちょくちょく仮面の下の本性が顔を出しつつあった。

 本人曰く「かつては山猿だった」とのことだが、確かにこの生徒、実はいまも相当に神経をつかって振る舞いを取り繕っているらしい。

 普段は「穏やか」「礼儀正しい」の仮面を被る朝来も、土井とふたりになると言葉を間違えそうになるのをすんでのところで飲みこんだり。地面に置いた桶を足でずらそうとしかけた自分に気づき、ぴたりと動きを止めたり。人当たりのいい柔らかな笑顔を保とうとするあまり目元と頬が痙攣させ、あまつさえそれを土井に見られるという大失態まで演じてしまっていた。

 しかもそれが、土井の誘導によるものだと気付くこともなく。

 人間とは存外乗せられやすく、また楽をしたがる生き物である。己より立場が上の者が堂々と腹の内を晒していれば、目下である己も気を抜いていいのではないかと錯覚してしまう。まして、好んで腹を隠しているわけではないならなおのことだ。

 信頼を得るにはまず己の情報を開示してみせること──というのは朝来も理解していたが、これはそれより一段上のもの。

 今も「そんなこと言われても反応に困る」「何でこのひと、手伝いもしないのにわざわざここに来るんだろう」と言いそうになるのを必死で堪えているらしい朝来は、きゅっと口を締めて視線を揺らしていた。

 若者の葛藤が見え隠れするさまは土井にとって実に面白く、私の軽口につられるようではやはりまだまだ忍たま(こども)だな、と教師らしいことを思う。

 何となく土井の愉快そうな様子を察しつつも、どうともできない朝来は己の未熟を悔いるしかない。初対面は結構上手くやれたのに……と桶を片付けようと手に取ったそのとき。

 近づいてくる軽い足音に気付くのは土井のほうが早かった。反射的に身を硬くした土井から一瞬遅れ、朝来もまた足音の方へ顔を向ける。

 

「朝来先輩はいらっしゃいますか、……あっ土井先生、こんにちは! お話し中に申し訳ございません!」

「二年の、桜木清右衛門か」

 

 淡い髪色の、まだまだ可愛らしいという言葉が似合う彼。走ってきたために少し頬を上気させた少年は、土井を見てしっかりと頭を下げる。

 土井に目礼し、朝来はゆるやかに桜木に歩み寄った。

 

「どうした、清右衛門」

 

 土井に見破られても、下級生を前に朝来が「良き先輩」の顔を崩すことはない。視線も声色は土井に向けるものより遙かに優しく、これはなかなか、と土井は内心だけで頷いた。

 ええと、と桜木は恥ずかしそうに頭をあげる。

 

「きょ、今日はお休みだと伺いました。もし、よろしければ……あの、また鍛錬を見て頂けないでしょうか」

「ああ、いいよ。じゃあ先に運動場に行っていてくれ、私も桶を片付けたら向かうから」

「ありがとうございます! 若王寺勘兵衛も是非にと申していたのですが、よろしいですか?」

「勘兵衛か。わかった」

 

 ふたりとも熱心で偉いな、と頭を撫でられ、桜木はさらにぱっと顔を明るくする。しかし土井の前であることを思い出して表情を引き締め直し、また大きく頭を下げて戻っていった。

 その背を見送った朝来は、土井のほうへ向き直る。

 

「清右衛門たちにも私に接しているようになさればよいのに」

「うっ……」

「私ごときに悟られるほど緊張なさるとは。一年生にも同じように緊張されるのですか?」

「うう……く、九郎太は随分慕われているんだな。確か、委員会が同じなわけでもなかっただろう」

 

 忍術学園には会計委員会や生物委員会といった委員会が存在する。各学年から生徒が集まって活動を行うので、彼らにとっては先輩後輩間の交流をもつ数少ない機会でもあった。それゆえ、委員会の仲間意識はそれなりに強い。

 委員会活動の予算を管理する会計委員会の委員長でもある朝来は、土井の言葉に軽く苦笑して肩をすくめた。ちなみに桜木は体育委員会に所属している。

 

「といっても六年生は私ひとりですから。消去法で会計委員会の委員長になっただけで、ほかの委員会のこともある程度把握していますし、手伝うことも多いですよ」

「消去法?」

「会計委員長は予算を狙う各委員会の要望を見定め、時にねじ伏せる最後の砦です。さすがに五年生にやらせるのは可哀想でしょう。必然的に私が予算を奪う側になりますし」

「……確かに気の毒だな」

「ええ。まあ清右衛門に懐かれたのに委員会は関係ないのですが」

 

 ふむ、とひとつ考えた朝来は、実は、と語り出す。

 

「桜木清右衛門は、何と言いますか、可愛い顔をしてるでしょう」

「え、ああ……そうだな」

 

 紅顔の美少年というのか、確かに桜木は優しげな顔立ちをしている。

 土井の目から見ても非常に忍者向きで良いことのように思えた。優れた忍者ともなれば変装や化粧の技術で外見を変える余地があるとは言え、もとが良ければそれだけで相手に好印象を与えやすく、油断を誘いやすい。

 

「忍者にとっては才能のひとつだと思うのですが、本人は自分の顔があまり好きでなかったそうで」

「え、どうして?」

「外見で侮られてしまうのがどうにも屈辱だと」

 

 あれで非常に勝ち気な性格なのです、と言った朝来の脳裏に、それを明かしてくれたときの桜木の顔が浮かぶ。

 ほかの上級生に何か言われたのか、ひとけのない長屋の裏で悔し涙を浮かべ、嫌なのです、と小さく零した、まだ一年生だった頃の彼。彼の悩みを聞いたのは完全な成り行きだったが、「良き先輩」を目指す朝来としては軽く流すわけにはいかなかった。

 油断を誘える外見は忍者にとって才能のひとつ。だが、きっとそんな言葉は今まで幾度となく言われてきただろう。桜木自身もそれはわかっているはず。

 だが、それでも嫌なのだ。理よりも情が勝る幼さは誰に責められるものでもない。いずれはその理を飲み込めるときがくるのだとしても、それで「いま」の屈辱が消えるわけではなかった。

 

「私も何を言ってあげれば良いか悩んだのですが、……結局、」

「結局?」

「じゃあ鍛錬だな、と」

「なんで!?」

 

 脈絡のない答えに土井は驚き、その反応に朝来は笑った。

 朝来は何か困ったときはいつも、すでに学園を去って行った同級生たちを思い浮かべることにしている。

 まだまだ「人間」とすら言えないような山猿だった朝来を、「忍者」にしてくれた彼ら。それぞれの事情で異なる道を選んでも、自分の知恵や特技をひとつひとつ朝来を教え込み、お前は忍者として生き残れよと肩を叩いてくれた。

 そんな彼らのなかに、朝来に立ち居振る舞いや人との接し方を教えてくれたひとたらしがいたのだ。人付き合いに誰より長けていた彼なら、きっと勝ち気な少年にこう言って立ち上がらせるはずだ、と。

 

「誰より強くなって自分を侮った相手を完膚なきまでに叩き潰せるようになれ、望むなら私も付き合う、と答えたんです」

「……あえて物騒な言葉を選んだな?」

「品の良い言葉より響くかと思いまして」

 

 事実、それを聞いた桜木の目の色が変わった。「かんぷなき……」とか「たたきつぶす……」と繰り返したかと思えば勢いよく立ち上がり、「よろしくお願いいたします!!」と深く頭を下げた。それからというものよく桜木は朝来に鍛錬を申し込み、朝来も時間のあるときは見てやるようになったのだ。

 ちなみにこの結果が、のちの「外見如菩薩(げめんにょぼさつ)内心如夜叉(ないしんにょやしゃ)」略して「菩薩夜叉」の誕生である。余談だが、このあだ名を知った朝来は素直に「鍛錬頑張ったんだなぁ」と感心し、そのきっかけが自分だとは少しも気付いていない。ついでに桜木が「菩薩夜叉」となるまで鍛錬に付き合わされた元忍たまたちには、ちょっと恨まれてもいる。

 朝来にとっては鍛錬を見てやる手間も増えたが、将来有望な忍たまをひとり味方につけたのだからまあいいかと思っていた。もちろん、素直に慕ってくれる後輩が可愛くないわけもない。

 朝来の答えが正しかったのかなど今でもわからない。たぶん正しくなかったんだろうな、とすら思っている。しかし正しいかどうかなんてどうでもいいとも思っていた。

 桜木が己の顔立ちに嘆くことなく前向きに鍛錬に励んでいること、それが答えだ。

 

「要するに、相手が幼いからといって、貴方が教師だからといって、そんなに()()()()しようとしなくてもいいのではないかと」

「、」

「山田先生は『生徒を受け止めろ』と仰ったのでしょう? 『尊敬されるようになれ』とか『教師らしく振る舞え』ではなく。まあある程度の体裁は必要でしょうが」

「九郎太……」

「清右衛門だけでなく、今年の一年生たちも幼くはありますが馬鹿ではありません。土井先生のようにきちんと向き合ってくださる方なら、仮にどんな教師らしくない姿を見たとしても、きっと素直に慕ってくれます。むしろ舐めた態度をとったら仰ってください。最高学年として拳でわからせます」

「拳を握るのをやめなさい。……うん、そう、……そうだな」

「……なんて。先生に対して生意気を申し上げました。申し訳ございません」

 

 そう言って頭を下げようとした朝来を制し、土井は眉尻を下げる。

 教師に対してアドバイスをするなど、きっと朝来の目指す「礼儀正しさ」とはかけ離れていただろう。少しでも土井に恩を売って心証を良くしておこうという打算もあっただろう。

 でもきっと、少しでも土井の力になれればいいという、ささやかで柔らかい感情が朝来の真っ黒の瞳の奥にあるように思えた。

 器用なのに、どこか不器用な子だ、と朝来の顔を正面から見る。余計なことを言ってしまったとばかりに、また唇をきゅっと結んでいた。

 幼さが見える表情に、ふっと土井の肩が揺れる。

 

「──引き留めてしまったな。きっと清右衛門たちも待ちくたびれているよ」

「いえ。……お時間があれば、土井先生も鍛錬を見てくださいませんか。勘兵衛もいるということですし、私ひとりでは面倒を見きれないかもしれません」

「ああ、いいよ。まずは桶を片付けにいこうか。歩きながらふたりの今の様子と課題を教えてくれ」

「承知しました」

 

 そしてゆるやかにふたりは歩き出す。

 ああでこうでと後輩たちについて話す朝来と、うんうんと頷きながら耳を傾ける土井。生徒と教師というには少しばかり近いかもしれないが、常よりは肩の力が抜けたような。

 そんなふたりの後ろ姿を、アサガオだけが見つめていた。

 

 *

 

 ちなみにこの後、土井と朝来の指導を羨んだ下級生たちが次々と鍛錬に乗り込み、もはや合同演習と言えるものになってしまった。

 一年生たちに指導をせがまれ、もみくちゃにされている土井の姿に、朝来が「何だやっぱおれ余計なこと言ったな」とほんのり後悔してしまったのは、また別のお話。

 




子どもはね、馬鹿じゃないと思うのです。
いろいろ桜木先輩に設定はやしました。成長するにつれて外見のことなんてまったく気にしなくなるし、むしろ便利くらいに考えるちゃっかり者になると想像しているのですが、最初はこんな感じだったら可愛いなと。
そのうち若王寺先輩や今の六年生たちもちゃんと出したい。
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