朝顔の忍び   作:ふみどり

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閑話 実家にて

 それは、朝来が忍たまとして過ごした最後の夏のこと。

 忍たま長屋が閉まってしまうこともあり、長期の休みに入るたびに実家――という言葉に朝来自身は何となく引っかかりを覚えているが、とにかく養父のいる家に帰ることにしていた。

「実家」に引っかかりがあるとは言ったが、別に不仲なわけではない。お互いに「父」「子」としての一般的な振る舞い方を知らないため、この関係が「親子」なのか、この家を「実家」と呼んでいいのか、朝来としてはいまだに確証がもてないでいるだけだ。

 ただ、「養父」であるこのひとが自分を受け入れていることだけは理解している。

 

「おやじ、戻った」

 

 限られたひとしか知らない獣道をくぐり抜けた山奥に、その家はあった。

 ボロボロの掘っ立て小屋だが手入れはなされており、入り口の引き戸も抵抗なくからりと開いた。土間も板間も関係なく、所狭しと積み上げられた鳥篭でぴいぴいかあかあと様々な鳥たちがさえずる中、ぼさぼさの黒髪が振り返ることなくおう、と応える。

 

「クロか。……もう卒業か?」

「夏休みだよ。卒業は次の春だ」

 

 頭に鳥の巣でもできていそうなボサボサ頭の男は、どうやら六年経っても忍術学園の一年の流れを覚えていないらしい。

 朝来は気にした様子もなく肩に提げた荷物を放り投げ、板間に腰掛けて履き物の紐を解きはじめた。養父がこういう男であることはよくよく理解している。

 

「二、三日経ったらまた出る。宿題あるから」

「そうか。学園長先生はお元気か」

「変わりなく」

 

 そうか、と養父は繰り返した。もともと口数の多い男ではない。この男のもとで育った朝来もまた、無言の時間を苦にすることはなかった。第一、鳥の鳴き声で沈黙どころではない。

 脱いだ履き物を放って足を拭き、朝来は板間にごろりと転がった。学園から実家までそれなりの距離、それなりの獣道だ。忍者のたまごとて疲労はある。少し寝たらメシの支度をしようと朝来が目を閉じたとき、空気を読むことを知らない養父が口を開いた。

 

「学園はどうだ」

 

 この問いにはいつも「どうと言われても」と朝来は思うのだが、養父なりに己のことを知ろうとしているのだと理解してからは、何とか答えをひねり出すようにしていた。幸運にも今回は良い話の種がある。朝来は目を閉じたまま口を開いた。

 

「最近は新しい先生とよく話してる気がする。一年生の担任だけど」

「新しい先生か」

「うん、おれと五つくらいしか違わないけど強い。なのに教科の担当で、……」

「……で?」

「……何か変なひと」

 

 そう、朝来の増えた語彙を駆使しても何とも表現しがたいひとであった。

 何故だかアサガオの前にいるとよく話しかけてくる。教師らしくあろうとしながら、生徒である自分相手に弱音を吐く。

 教科担当にも関わらず、時折漏れ出る「気」は常人のそれではない。

 たまに一人で百面相をしては、質問はないかとやけに気負って問いかけてくる。

 忍者としてはこのうえなく優秀なように思えるのに、たまに垣間見える凡骨さが朝来の取り繕いを解かせた。どこまで術中なのかわからないことには悔しささえ覚える。

 おれもまだまだだと息をついたとき、養父はまた「そうか」と呟いた。

 

「前も似たようなことを言っていたな」

「似たようなこと?」

「変なやつらだと、……クラスメイトのことを」

 

 朝来は反射的に目を開いた。言っただろうか。言ったかもしれない。言ったかもしれないが、自分の些細な言葉を養父が覚えていたことが衝撃だった。学園のことを尋ねるだけ尋ねて聞き流しているものとばかり思っていた。

 

「おやじ、おれの言ったこと覚えてるの」

「当たり前だ馬鹿たれ」

「夏休みも覚えてないのに」

「それはそれだ」

 

 どれがどれだよ、と言い返したら暗器のひとつも飛んできそうだったので口をつぐんだ。戦闘が主な仕事ではないとはいえ、養父も相応の腕は持ち合わせている。

 このむずがゆさは何だろう、と疑問に思いつつも、養父に言われたことを反芻した。確かに朝来はクラスメイトと打ち解けたあと、彼らのことを「変」と言った。例のごとく、それ以外に何と表現したら良いかわからなかった。

 かつてのクラスメイトたちに向けた「変」と、いま土井を評した「変」。同じかと言われれば違うような気がするが、まったく違うかと言われればそれも違うような気がした。虚空をぼんやりと見つめ、すぐに考えるのをやめる。己の感情にそぐう言葉を探すなんて面倒だ、と再び目を閉じた。ゆらりと意識が落ちていく。

 

「九郎太、」

 

 微睡みに揺蕩う水際で、ほんのわずかな温かみを含んだ音が鼓膜を揺らした。

 

「……よかったなぁ」

 

 眠気に思考が押し流される。それでも寝息にまざった「うん」は、確かに養父の耳に届いていた。




書籍にして一年以上が経ち、再版の予定もないので少しずつ掲載していきます。
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