銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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絶対領域の扉
第1話 着任/確認


カズヤ・シラナミ。銀河一の幸運に、銀河中から集めた候補者の中から選ばれた人物。ある意味では超幸運な存在だが、コインを10枚投げてもすべてが同じ結果になったりはしないという意味では本人の運はいたって平凡であった。

20億人ほどの過疎惑星出身であり、エレメンタリーをそこで卒業。その後近隣の大きな星にある料理学校で学び、パティシエとして非凡な才能を示す。卒業後故郷で働いていた所、二人の女性客がからかい半分に、彼の女性的中性的外見を理由に新エンジェル隊員募集に勝手に応募。結果彼が選ばれる運びになった。

 

特技は前述のお菓子作り。NEUEの料理学校でNEUEのお菓子については一通り学んだが、EDENのお菓子にも興味を持っており、プロ級の腕前と豊富なレパートリーが自慢である。趣味はギターであり、アコースティックギターを私物として持ち込んでいる。

 

戦闘機乗りとしての技能、および平行世界に関連する知識、軍人としての心得を叩き込むことを中心とした突貫的な教習であったために、軍人としての自覚や技術は不足気味。己の欠点を自覚しているが、やや内罰的であり、自分の容量を超えた困難に対峙した場合、逃避行動をとる傾向がある。

人柄は真面目で礼儀正しく社交的。質問があれば積極的に挙手をする姿勢は担当した教官に高く評価されている。

 

統括

能力は発展途上で不安はあるが、人柄でカバーができる範囲。彼のようなタイプが生きるのは、信頼できる仲間ができた時であろう。ルーンエンジェル隊において、他隊員と良好な関係を築く事が出来れば、大きな成長が見込めるであろう。

 

評価者の追記

タクトとラクレットを4・6で混ぜた感じだね。良い意味でも悪い意味でも。

 

 

 

 

 

カズヤ・シラナミにとって幸運だったのは、正史よりもよりEDENが強力な存在であったことであろう。技術力においては、超一流の研究員が増えたことと、電子系の作業に強いヴァル・ファスクの多くが協力的であったことが大きく。人員面でも、英雄が広告塔として熱心に仕事をした結果、若い力が育っており、末端の新兵の士気が高い。民間の商会も活発に動いており、経済的にも裕福であった。

故に彼にはフォルテ・シュトーレンを中心としながらも、優秀な講師陣に囲まれた半年間を過ごすことができた。タクトのやり方に慣れやすいように、上官に対する礼儀作法と口の利き方程度をしこんだくらいで省略。彼は主に平行世界の仕組みを学びつつ、戦闘機の操縦に、戦闘機部隊の指揮を叩き込まれたのだ。

その結果、多少は自分に自信がついたのか、現在シャトルから見える巨大なルクシオールの艦影を見ても、浮かんでいる表情は緊張よりも期待と興奮が大きい。フォルテはミルフィーの運だけで選ぶのも悪くないと改めて思いなおした。彼女の運で選んだ場合、最悪の人物か最良の人物の二択になることが懸念されていたが、どうやら彼は後者のようだと。

 

 

「これからエンジェル隊に入隊するんですよね、教官? 」

 

「ん? ああ、そうさ。正しくはルーンエンジェル隊だがね」

 

「もう一つは教官が所属していた、ルーンエンジェル隊の前身。ムーンエンジェル隊ですね」

 

 

基本的ながらも教えたことをきちんと覚えているようで、フォルテは安心しつつ、あと10分ほどで着くことを確認すると、発破をかけてやるかと思い口を再び開いた。

 

 

「今『エンジェル隊』と言えば、ムーンエンジェル隊を指す。これはアタシらがしたことが大きいのもある。だからといって、ルーンエンジェル隊がそのままでいいとは思うんじゃないよ」

 

「教官? 」

 

「ルーンエンジェル隊はフォルテ・シュトーレンが教習を施した部隊。じゃなくて、フォルテ・シュトーレンはルーンエンジェル隊の教官だった。そういわれるようになるくらい頑張りなよ」

 

「はい! 」

 

カズヤの元気の良い返事に、フォルテも口元が緩む。この位真っ直ぐだとやり易いのだ。そういった意味では教え子の中ではリコの次に良かったともいえるかもしれない。フォルテはそう思った。

 

 

「まあ、困ったらあいつがフォローしてくれるだろ。最初は頼りな。存分にね、借りなんてそのうちに返せば良い」

 

「あいつですか? 」

 

「ああ、ルクシオールには『英雄様』が乗っているからね」

 

 

含みを持たせた言い方で、少々からかいが含まれているのだが、カズヤは純粋なのかそれに気づかずに、質問を続ける。

 

 

「英雄といえば、司令官のタクト・マイヤーズ准将ですよね。これから僕の直属の上官になる」

 

「んー。まあそうさだがね、カズヤ。タクトは『EDEN解放の英雄』さ。人前に出たがらないから、ネームバリューが独り歩きしている。本人はそれを作戦に使っているから良いんだろうけど。おっと、話がそれたね。英雄っていうと『旗艦殺し(フラグブレイカー)』の事を指すのさ」

 

「旗艦殺しですか? 」

 

「ああ。おっと? もう着くようだね」

 

 

フォルテがそう言うと、シャトルはルクシオールに着艦し、格納庫へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁ!!!! 」

 

「ぬぐわぁぁぁぁ」

 

 

カズヤはシャトルから降りて、司令官と同僚になるらしい先任の少尉に出迎えられ、少しばかり言葉を交わした後、司令官の『タクト・マイヤーズ』が『アプリコット・桜葉』少尉に天高く飛ばされる風景を見る羽目になった。

あまりの理解の外の事態の中、何とかまだ正式な配属が認可されていないため、直属の上官のままであるフォルテを見ると、頭に手を当ててため息をついていた。

え、その程度なの? という疑問が喉まで出かかるが、言葉にできなかった。さらに驚くべきことが起こったのだ。

 

 

「うぁぁぁぁぁぁ! っと」

 

「全く、桜葉少尉。投げるなとは言わないが、触られる時に避ける努力位はできるであろう。司令は少々お戯れが過ぎます」

 

 

格納庫の高い天井を掠めるほど高く飛んだタクト。彼が落下して危うくぶつかる!! という瞬間に気が付いたらその場所に男性が立っていたのだ。まるで映画のフィルムを繋ぎ合わせて無理やり書き込んだかのように、しかし最初からその場所にいたかのように自然に表れた男は、タクトを危なげなく受け止め、地面に降ろしたのである。

 

 

「す、すみません! 織旗さん。タクトさんも大丈夫ですか? 」

 

「オレはついでなのね。いやー助かったよ楽人。ああ、カズヤ紹介するよ」

 

 

その男性は、カズヤが相対した人物の中で最も背が高かった。自分の若干のコンプレックスである160cmの身長よりも20cm以上高い。そして何よりも肩幅や胸板の厚さ、腕の太さ、胴回り、足の太さ大きさ。全てにおいて自分の倍はあろうかというほどの、すごい漢だ。

 

 

「織旗楽人だ。階級は中尉。役職は司令官付秘書官兼護衛官といったところだ。ああ、姓と名の順で名乗るのが故郷の慣わしでね。ラクト・オリハタになる」

 

「カ、カズヤ・シラナミ少尉です!! 宜しくお願いします」

 

 

巌のような男を前に、少々たじろいでしまうカズヤ。それも無理はなかろう。彼が今までに会った中で最も『軍人』らしい外見をしている人物であった彼に、歴戦の戦士といった印象を受けたのだ。また、同時に何処か探られているような感覚を覚えたのだ。不快とまではい合わないが不躾な視線に思わず背筋が伸びる。

 

 

「カズヤ、楽人は確かにこんな外見だけど、取って食ったりはしないよ。ねぇ、リコ」

 

 

ヘラヘラと笑いながら楽人の胸板をぺしぺしと叩きつつ、タクトはリコにそう同意を求める。それを無表情で何ら反応も見せない楽人。威厳も感じられないようなタクトだが、これは演技でなく自然体であるからだ。楽人とタクトは名前の響きはどことなく似ているが正反対であった。

 

 

「はい、真面目でいい人ですよ! 織旗さんが来てから、タクトさんのお仕事が滞ることがなくなりましたし」

 

「そうだよ、カズヤ。リコやタクトの言う通り、見かけほど怖い奴じゃない。一体何者なんだ……」

 

 

周囲の言葉に安心したカズヤは改めて楽人の事を観察してみる。一部の隙もなくピシッと着こなしているのは、シミや皺一つない軍服であり、階級章にも汚れ一つない。装飾品らしきものは、首元からわずかに見える首輪のようなチョーカーだけだ。

 

周りの言う通り、真面目な人だけど、マイヤーズ司令の部下でやり方にも従っているから、お堅い人じゃないみたいだ。ちょっと怖いけど。

 

カズヤはそう楽人を評価し、いつの間にかさしのばされていた右手に合わせるように右手を伸ばし握手をした。先ほどから、楽人が動く瞬間を見ることができないことに、カズヤが気付くのは少し後になってからになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間もなく機は熟す。ルクシオールはNEUEの外れ。エルシオールも紋章機をすべて連れてEDENへオーバーホールに戻る。待ちに待った時が来たのだ。我が千年の大望が果たされる」

 

 

Absolute。銀河の中心であり、セントラルグロウブという、無限のエネルギーを生産し続ける超古代技術と共にあるそれは、これからの時代より人類が高度に発展していくことの象徴のような扱いを受けていた。そのセントラルグロウブに、住居を構えている老人それが表向きのヴェレルの立ち位置だ。

 

 

「くく、影の月も既に必要数の準備を終えている。抜かりはない。我が計画に一つの誤算も生じることはないであろう……あの男『タクト・マイヤーズ』のみが気がかりであるが」

 

 

彼は暗がりの中、紫と黒い光に照らされながら。一人伏せたカードを表にするタイミングへのカウントダウンを開始したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズヤ、よろしくなのだ!! 」

 

「よろしくお願いしますわ~」

 

「うん、よろしく、ナノナノ、カルーア」

 

 

格納庫での出向明けが終わり、フォルテが仕事の為にセルダール本星に一足先に戻るのを見送った後。カズヤはリコに案内されながら艦内を回り、そして同僚となるルーンエンジェル隊と顔を合わせていた。

リコからは、まだシラナミさんと呼ばれ微妙に距離を感じているが、タクトですら半年以上かかったのだ。焦りは禁物であろう。

 

 

「ナノちゃんはナノマシン生命体なんです」

 

「え、ナノマシンって、あの? うわぁ! すごい! 生きているナノマシン……というか人間だよ」

 

「そうなのだ! だから治療とかはお任せなのだ。カズヤもケガをしたら医務室に来るのだ! 」

 

「うん、その時はよろしく頼むよ」

 

 

無邪気に青い短い髪と尻尾を揺らしながらナノナノは元気にそう言った。カズヤとしては、ナノマシン生命体という時点で、少々頭の知識の倉庫を探る必要があったが、座学の講義の講師が雑談的に口にしたのを思い出し納得した。今思えば機密故に直接は語らなかったが、この時の為だったのであろう。

しかし、ナノナノを目の前にしてみると、思っていたものよりもずっと人間。嫌、全く人間と変わらないその姿に若干驚いてしまったのである。

 

 

「次はわたくしですわね~」

 

「カルーアさんは、マジーク出身で、12人しかいない公認A級の魔女なんですよ」

 

「はい~。そのとおりですの~。ですがそんな大層なものじゃありませんよ~」

 

 

カルーアは魔女である。NEUE宇宙をNEUE宇宙足らしめている要因の一つ。魔法の使い手なのだ。魔法世界と一部のEDEN人が揶揄するように言うのも、個が強力な魔法を使うことができるからである。魔法への造詣が深くない人物は魔法使いを必要以上に恐れることもある。

その為にカズヤはNEUE人であるのに、EDEN人の民間の講師が招かれ魔法に関しての教習を受けた。辺境の出身であるカズヤよりもその『民間のEDEN人』の方が魔法に詳しいことにも驚いたが、エンジェル隊員と彼が乗る機体の特性上絆を深める必要があるカズヤが、魔法に対する抵抗感から彼女に対して恐怖を感じないように。

 

 

「そうか、魔女なんだね。すごいや!! 僕は本物のNEUE魔法を見たことはないんだ! 」

 

「あら~。カズヤさんも魔法が怖くないのですか? 」

 

「うん、教習の座学時に大まかな原理を説明してもらったからね。最新の化学プラントでなら、凡そ似たようなことを費用と時間かければできるって聞いてさ。科学者みたいなイメージがあったんだ」

 

「そうですか~。私は理論や実験中心ですので、間違ってはいませんわ」

 

 

カルーアも新任の隊員が自分を必要以上に怖がらない様子に安心した。彼女の心の奥がチクリと痛んだことを彼女自身も気づかないままに話は続く。

 

 

「よかったですね、カルーアさん! 」

 

「ええ、リコちゃん。最近来る男の人は、魔法が怖くないみたいで~嬉しいですわね~」

 

「あれ? リコ、最近僕以外にも着任したの? 」

 

カズヤがカルーアの言葉に疑問を覚え、リコに尋ねる。リコは男性から急に話しかけられても、既にカズヤに慣れ始めたのか、肩をビクッと跳ね上げることもなく、彼に向き直り口を開いた。

 

 

「はい。先ほどお会いした織旗中尉も2か月ほど前に着任されました」

 

「ナノナノはちょっと苦手なのだ。楽人は怖いのだ」

 

「それは、ナノナノがタクトにいたずらをしようとしたのが悪かったのですにぃ」

 

「むぅー! ミモもうるさいのだ! 」

 

「うにぃ! 顔を引っ張らないでほしいですにぃ!! 」

 

 

カルーアの使い魔である黒い饅頭に猫耳が生えたような形のミモレットが答えるものの、口を引っ張られ横に引き伸ばされ物理的に黙らされてしまう。カズヤは自分で尋ねた質問を頭の隅にやりその仲裁に入るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、こっちは順調だ。そっちは……聞くまでもなさそうだな」

 

「まあね」

 

「失礼します! 桜葉、シラナミ入ります」

 

 

リコが先導するルクシオールツアーも最後の目的地である、ブリッジに到着した。途中に立ち寄った食堂で、料理学校で同期であり鎬を削ったライバルである『料理部門主席卒業』のランティ・フィアドーネが居たことにお互い驚くなどのハプニングがあった。

しかし、それは嬉しい誤算ではあったので、再会を喜び合い────ランティが、美少女ばかりのエンジェル隊にカズヤが所属すると聞いて一波乱あったが────ここに至るのだ。

ブリッジに入ったカズヤは周囲を見渡す、エレベーターと直結されており、素早く移動できる機能性の考えられたデザインのブリッジには、クルーが10名程、かなり間隔が開いているものの、連携は保たれているようで、司令官が通信中であるというのに全員問題なく航行を続けている。

 

 

「ん、ああ、カズヤにリコか丁度良い、レスター。こいつが例の新人だよ」

 

「おお、『公式初』の男性エンジェルか! 俺はレスター・クールダラス。エルシオールの艦長をやっている。横にいるのはアルモだ。俺の副官をやりつつ通信担当をしている」

 

 

横のアルモをちらりと見ながら、レスターはカズヤにそう軽く自己紹介をする。当然初対面のカズヤは知る由もないが、二人の立つ距離は年々縮まっているのだった。カズヤは階級が5つも離れている雲の上の人なので、失礼のないように緊張しながら口を開いた。

 

 

「はい! エンジェル隊に配属されました、カズヤ・シラナミ少尉です!! マイヤーズ司令の元で、誠心誠意任務に励みます!! 」

 

「おお、まともだ。いやー心が洗われるようだ」

 

 

えぇー。と心の中で思いながら、カズヤはレスターに対する評価を少し変えた。フォルテや周囲の人物からは『とにかくお堅い男、だけどタクトが働くにはああいうのが一人いないとだめな、縁の下の力持ち』という評価だったので、もっと堅い人物と思ったのだが、案外ユニークな人のようだ。

 

 

「エンジェル隊は、ちとせを除いて破天荒な奴が多かったからな。カズヤこれからも、自分を曲げずに育ってくれよ。くれぐれもそこのおちゃらけ司令官を見習うなよ」

 

「なんだよ、レスター。エンジェル隊なんだからさ、もっとこうフランクで柔軟な感じで行くべきなんだよ。」

 

「え、えーと」

 

 

着任早々、上司同士の確執────彼にはそう見えていた────の板挟みになってしまい、返事に窮するカズヤ。その様子をリコは口元に手を当てて小さく笑いながら見ていた。

 

 

「レスターさん、新人さんが困っていますよ」

 

「司令、シラナミ少尉をからかうのは越権行為かと申し上げます」

 

 

そんなカズヤを救ったのは、それぞれ司令官の後方から現れた人物達であった。ルクシオールからは楽人。エルシオール側からは麗しい黒髪を腰あたりまで伸ばした淑やかな美女、烏丸ちとせ大尉であった。

 

 

「貴方がカズヤ・シラナミ少尉ですね。元ムーンエンジェル隊員の烏丸ちとせ大尉です」

 

「カ、カズヤ・シラナミです!! よろしくお願いします!! 」

 

 

すごく綺麗な人だなぁと思いながら、カズヤは何とかそう返した。教官から始まりムーンエンジェル隊は綺麗な大人の女性しかいないのだろうか? そんなことを彼は心の中でそっとつぶやいた。そしてそれは事実であった。

 

 

「お久しぶりです、タクトさん。楽人さんも一体何者かわからなくなる程ですね」

 

「ちとせ、レスターの下でこき使われてない? 」

 

「烏丸さん、お久しぶりです」

 

 

ちとせの挨拶に二人は個性を象徴するように返す。懐かしさを感じるやり取りに、元エルシオールクルー達は、一瞬過去に返ったかのような錯覚を覚える。

 

 

「全く相変わらずだな、その不真面目さは。楽人、ココ、フォローを頼むぞ。チャランポランな司令官で大変であろうがな」

 

「ちとせ、アルモ、カチンコチンな司令官の下で気苦労は絶えないだろうけど、頑張ってね」

 

 

そんな懐かしい空気も、Absoluteのエルシオールが、EDENゲートへとアウトする時間になり終わりを告げる。エルシオールは紋章機のオーバーホールを受けるために一度戻るのだ。

 

 

「それじゃあなタクト。達者でな」

 

「ああ、レスターもね」

 

 

二人がそう言い合うと通信は切れた。そこにはそれを惜しむ空気もない、いつも通りの物であった。皆わかっているのだ、今の時代を生きていく必要があると。既に彼らが1つに結束して1つの艦で孤軍奮闘する時代ではなくなったのだと。そんな平和はとても尊く大切であるが、少しだけ寂しくもあった。

 

 

「やあ、カズヤにリコ。ブリッジへようこそ。これからも何かがあったら呼び出すと思うから、場所は真っ先に覚えるように」

 

「あ、了解です」

 

「うん、いい返事だ。それじゃあクルーを紹介しようか、ココ」

 

「はい、司令。どうもカズヤ君。私はココ・ナッツミルクよ。階級は大尉でこのブリッジのチーフオペレーターをしているの」

 

「ココは他にもいろいろ出来てね、実質的に副艦長、No.2だと思ってくれて良いよ」

 

「よろしく願いします! 」

 

 

 

 

カズヤはそのまま、紹介されるクルーの名前を何とか覚えるために努力した。しかしさすがに全員は無理なので、時間と共に覚えようと心のメモに書き込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、ここが魔法研究室かー」

 

「あら~、本当にいらしてくださりましたの」

 

「こんにちは、カルーアさん、ミモレットさん」

 

 

カズヤはブリッジを後にしようとした際に、タクトに司令官室へと招かれた。そこで、カズヤのセンスで掛け軸を選ぶように頼まれたので『運も実力のうち』と書かれたものを選び、タクトからテレパスファーを受け取り部屋を後にした。

テレパスファーとはざっくり言ってしまえば、ミントの耳である。彼女はこのテレパスファーを用いて心を読んでいるのだ。ブラマンシュの人々のESPは単純なサイコメトリーではなく、この『植物』との共生能力である。テレパスファーこそが周囲の生物の心を読むことができ、それが宿主に伝わるのだ。

テレパスファーのおかげで、エンジェル隊の大凡の自分に対する好意の量と位置がわかるようになったので、カズヤは艦内を探索することにしたのだ。すると、魔法研究室とデータにある部屋にカルーアの存在を感じたので足を向けたところ、倉庫から出てきたリコと合流したので、一緒に入ることにしたのであった。

 

 

「うん、興味があったからね」

 

「あら~、嬉しいですわ~。そうですわぁ! カズヤさんにエンジェル隊員を紹介しないといけませんわ~」

 

「え? 他に誰かいるの? 」

 

「テキーラさんですね!」

 

「はい~。ミモちゃ~ん」

 

「了解ですにぃ」

 

 

カズヤが理解する前にとんとん拍子で話は進んでいく。そうやら『テキーラ』という人物がいるようだ。しかしながら、この部屋には人が隠れられるスペースはないこともないが、だとしても机の下に隠れるようなおちゃめな人物が、まだ紹介されていないのも可笑しい話だ。

そう考えていると、力んでいたミモレットが、口から茶色いものを吐き出した。それをカルーアは慣れた手つきで受け取る。カズヤがその茶色いものを市販されているチョコレートボンボンだと理解するのと同時に、カルーアはボンボンを口に運んだ。

 

────その時不思議なことが起こった!

 

カルーアの体が緑色の光に包まれ、下からまるで風が吹いているように髪と洋服が風になびいたのである。彼女がきちんと着用している制服の上着の前のボタンがすべて外れ、羽織るような格好になる。服の上からでもわかった豊満な胸元の谷間が見えるように強調される。そして髪の色が変わってゆき、目が若干つり上がる。

 

そう、そこにいたのはカルーアではなく、全く違った印象を受ける別人であったのだ。

 

 

「ハァーイ、シラナミ。アンタの事はあの娘を通じて見ていたわ。アタシはテキーラ」

 

「え、えぇー!! 」

 

 

魔法については常識的な知識しかないカズヤは、カルーアと名乗る女性に動揺を禁じ得なかった。声の調子はどこか似ているところはある物の、トーンや張り方は別人のそれだ。すっかり狼狽してしまったカズヤはヘルプとばかりにリコを見る。するとリコは苦笑しながら解説を始めた。

 

 

「シラナミさん、カルーアさんとテキーラさんは二重人格なんです。意識と同時に体も入れ替わっちゃうんです」

 

 

そう、おっとりしたほんわか系のカルーアと、女王様気質のテキーラは一つの肉体を共有している二重人格だ。と言っても、二人ではそもそも身体が違う。変身の際に髪の色が変わるのはそもそも身体が入れ替わっているからだ。

所謂『もう一人の僕』ではなく、『私のかわいいドッピオ』なのだ。実際3サイズとかも違うし。カルーアとテキーラだとテキーラの方が若干胸大きくなるし。

 

 

「カルーアは魔法の実験を中心にやっているけど、私は実践、使う方をメインにしているわ。ついでに荒事もアタシ担当。紋章機で戦う時はアタシだから」

 

「そ、そうなんだ。よろしくね。テキーラ」

 

 

超常現象が起こった場合、理解ではなく『そういう事だと』納得し対応しな。それが生き残るコツだよ、エンジェル隊でのね。という師の言葉を思い出して、なんとか対応するカズヤ。しかし彼を待ち受けたのはさらなる揺さぶりの言葉であった。

 

 

「ふーん……シラナミ、アンタ結構可愛い顔してるじゃない? 」

 

「え、ええ!?」

 

 

そう言いながら彼女はカズヤの顎を、手袋をしたままの指でなぞった。テキーラは可愛いものが好きである。リコも初対面の時は散々からかわれた思い出がある。今でも若干身の危険を感じているのだが、さすがにこれは見てられないので行動に移る。

 

 

「だ、ダメですテキーラさん!! シラナミさんが困っています!!」

 

「あら、そうかしら? 案外こういうのが好きだったりして?」

 

「シラナミさんはそんな人じゃありません!!」

 

 

テキーラがからかい100%の為険悪ではないのだが、軽い口論に発展してしまう。カズヤはというと、先ほどから、自分の方に体を傾けているが、横のリコを向いている為、顔から視線を外したテキーラの胸元の谷間や白い肌に視線を強制的に奪われていた。テキーラには気づかれていたが。

 

 

「マジョラム少尉、入らせてもらうぞ。おや、テキーラ少尉だったか。頼まれていた物資を持ってきた」

 

 

そこに新たな人物が立ち入ってきた。両手に結構な量の荷物を抱えているが、体格のせいもあって、別段大した量でないように錯覚してしまう。織旗楽人である。どうやら、ミモレットが対応しドアを開けた様であった。

 

 

「あら、楽人じゃない。どうもありがと。その辺に置いてくれて良いわ」

 

「ああ、ここだな」

 

 

テキーラは適当な指示を出し、慣れた様子で楽人もそれを開いている場所に置く、こういったことは初めてではないからだ。楽人の仕事はタクトの護衛と秘書だが、ずっとかかりきりでないために各部署の助人のようなことや雑用をこなしているのだ。

調理室での下ごしらえから、搬入時の現場指揮、MPの真似事、倉庫の管理などが中心である。エンジェル隊に関しては優先度が高いため、こうして要求されていた物資を持ってきたのである。

そして、基本苗字+階級呼びの彼がテキーラと呼ぶのは、至極単純。テキーラ・マジョラム少尉と呼ばれることを嫌がられただけだ。マジョラム少尉ではカルーアとかぶってしまうので、テキーラから『長ったらしいのは嫌』という意見を汲んだ結果である。テキーラ本人は礼なのか、代わりなのか、彼の事を織旗ではなく、楽人と呼ぶのであった。

彼女曰く、楽人の方がなぜかしっくりくる。魂(アルマ)に近い名であるという魔女的な直感もあるという。どういうことなのかさっぱりだ。

 

 

「それでは失礼する。貴官らの自由意志を信用はするが、各員節度を持って行動するように」

 

「りょ、了解です!!」

 

「はい! 織旗さん」

 

「相変わらずお堅いわね、了解よー」

 

 

その返事を背中に受けながら彼は退出した。楽人がいなくなると、カズヤは安堵のため息を吐いた。彼の前にいると、見透かされているような、量られているような気分になり、重圧を感じるのだ。

 

 

「ふぅー。リコもカルーアも良く平気だね。織旗中尉が」

 

「良い人ですよ。戦後にタクトさんの部下になったらしいですけど、古参の人は皆信用していますし」

 

「そうそう、いかにも軍の上官みたいなしゃべり方だけど、こっちには強制してこない。タクトの教育が行き届いているわね」

 

「うーん、まぁそうなんだろうけど」」

 

 

どうも自分と二人の楽人に対する印象は違うようだと心の中でカズヤは呟いた。確かにカズヤが小さいころに見た映画に出てくる軍人の図そのままだ。高い背に筋肉質で鍛えられた肉体。油断と隙が伺えない動作。部下に対する口調と上官に対する口調の差。まさに軍人さんと呼ばれるような存在だ。

しかしマイヤーズ流と呼ばれる、軍規は最低限で良いという考え方に同意しているのか、こちら側には強制してこない。部下からしてみれば理想の上官であろう。

目で見たわけでは無いが、能力も高いらしく、艦のクルーからも評価は高い。リコの『ちょっと怖いけど、真面目で懐の大きい人』というのは、ほぼクルー全員共通の認識だ。しかし何か引っかかるものがあるのだ。

 

そんなことを考えていると、アラートが鳴り響く。この音は招集であることに気が付くとリコとテキーラと顔を合わせてからブリッジに向けて走り出した。

 

 

直前までリコが彼の手を握っていたことに二人とも気づかないまま。

 


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