銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第2話 感心/改心

 

 

 

 

 

「ちくしょー! 覚えてろよ」

 

 

何処までも小物チックな捨て台詞と共に、個人商船サイズの略奪を目的とした艦は去って行った。急なアラートに過敏に反応し緊張した顔を浮かべていた10分前のクルー達はすでになく、微妙に白けたゆるい空気が周囲を支配していた。

 

 

「司令、追いますか?」

 

「んーいいよ。なんかまた会いそうな気がするし。悪い娘じゃないみたいだしね」

 

 

たった1 隻の民間レベルの武装しかしていない艦であったため、経費の削減も兼ねてRA‐001『クロスキャリバー』に新人隊員であるカズヤの初陣に丁度良いとRA‐000『ブレイブハート』の2機のみが出撃した。

合体機能を持つ新しい概念のブレイブハートは、リコの操るクロスキャリバーと合体し、全ての能力を引き上げた。その圧倒的な機動力と攻撃の命中精度に翻弄され、接敵から物の5分で敵は戦闘行動が不可能になり撤退していったのである。

 

もちろんブレイブハートは真の意味で万能なブースターではない。合体先の紋章機の搭乗者との信頼関係が築けているかという、非常にデリケートな要因が介在している。それに加えて、燃費に関しては上昇値がそこまで劇的ではない。推進力に関してはかなり持続性が上がるが、攻撃はあくまでブーストであり『1回の出撃で倒せる敵の数』はそこまで増えるわけでは無い。『全滅させるまでの時間』はかなり短縮させてくれる。それがブレイブハートだ。

 

ともかく初陣に出た新人隊員にしては、破格の活躍をしたカズヤは整備クルーなどに格納庫でもみくちゃにされてちょっかいを出されている。報告に指令室来るには時間がかかるであろう。タクトもそれを見越してリコに報告は後回しで良いから、初陣祝いにパーティーを開くための手配をしてくれと頼んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で厳しい表情を浮かべている部下の対応をする時間を作る事も兼ねて。

 

 

「この程度……ですか?」

 

「まあ、そう言うなって。初陣なんだから」

 

戦闘終了後の司令官室。ブリッジをココを筆頭としたクルーに任せて、新人の実力を見るのにちょうどよい不明艦との戦闘が終わった今、楽人とタクトの二人はそこで密談していた。

 

 

「エンジェル隊、しかも初の男性隊員。加えて正規の訓練を簡略とはいえ受けている。その彼があの程度で不安と不満が生まれないとでも?」

 

「あのねぇ、楽人。確かにきな臭い予感はしているよ。でも今は仕方ないだろう? カズヤはまだ16歳で実戦は初めてだったんだ」

 

 

謎の男織旗楽人は先ほどの戦闘に対して強い不満があるようだ。逆に我等が救国の英雄タクト・マイヤーズは、むしろ上出来だという評価であった。これは相互に互いの立ち位置を認識しているが故の、半ば茶番のような会話であったが、二人にとっては必要であった。この会話をしたという事が噂でも艦内に広まれば良いのだ。

 

タクトの立場からすれば、カズヤは優秀な大型ルーキーだ。何せ彼の愛妻ミルフィーユ・桜葉に選ばれたのだ。争いなんて幼少時の玩具の取り合い程度の平和な少年が選ばれ、そしてわずか半年の訓練で突然の遭遇戦。相手は小型船舶でこの巨大最新鋭戦艦ルクシオールに喧嘩を売る『危機管理意識の乏しい』盗賊のようだ。丁度良い初陣になるであろうと、リコと共に出陣させた結果、見事ブレイブハートの合体機能を使いこなし、わずかな被弾と時間のみで敵を撃破した。拿捕や撃沈させることなく逃走を許してしまったが、木端盗賊程度問題はないであろう。

 

だが、楽人の考えも分かるのだ、彼は極秘事項だが、過去にわずか14歳にして戦場に乱入し、旗艦へと特攻を敢行し、1分程度で撃破している経歴を持つ。その前には自己流の特訓しかしていなかったのにだ。ある意味で才能の塊であり、タクトはその時点から1日と欠かさずに自分を鍛えるための努力を欠かしてないこの謎の人物を良く知っている。

そんな謎の人物から見れば、カズヤのレベルには顔をしかめざるを得ないのであろう。全くいったい何者なんだ……織旗楽人。

 

 

「エンジェル隊に拘りすぎるのが、君の良くない癖だ。最初に命じたはずだ、ルーンエンジェル隊とは友好な関係を築くようにと」

 

「ええ、実際に友好的な関係を築けている自負はあります」

 

「うーん、オレの中の友好的と、ラク……との中の友好的って意味が違うんじゃないのかな?」

 

「と仰いますと?」

 

 

むきになっているようにも見える楽人の態度にタクトは上官として、年長者として一言申しておくことにした。この目の前の堅物は、変なところで人見知りをする。前に尋ねてみると、100万人の前で演説するほうが、2人の女の子と同時に会話するよりずっと楽と言いやがったのだ。タクトからしてみれば、非常に疲れるお仕事と楽しい時間の対比になるものが、日々のルーチンワークとストレスと緊張に苛まれるお仕事になるのだ。

 

 

「うん、例えば特に示し合わせたわけでもなく、一緒に食事をしたかい?」

 

「いえ、数名と偶然同席したことはありましたが、歓談中でしたので完食後退席しました」

 

「お茶会に参加した?」

 

「いえ、この艦に来てからは全く」

 

「休み時間や休日にお出かけや、部屋に御呼ばれしたりされたりは?」

 

「いえ、休日こそ鈍った身体に鞭を入れています」

 

 

タクトは呆れ果てて言葉も出なかった。というかこいつ分かってやってるんじゃないのか? とすら思えて来る。確かに実は偽名である織旗楽人の本名を知っている人物は現在この艦に2人しかいない。

所属としてはもう1人いるが、任務のために艦を離れている。そんな状況で親交を深めるのは確かに至難の技であろう。だがそれにしたって楽人はこちらの意図を理解して避けるために行動しているのではないかと思う時があるのだ。

 

 

「楽人、君にやってほしい事はね、エルシオールに乗っていた頃のラクレット・ヴァルター中尉の仕事じゃないんだ。タクト・マイヤーズの仕事をしてほしいんだよ」

 

「ええ、現に司令官の書類を整理することから始まり、定期的なパトロール。士気上昇の為に各部署への手伝い。全て滞りなくこなしています」

 

「そうじゃない。確かにオレは散歩が仕事だったとレスターにもミルフィーたちにも言われた。でもそれはエンジェル隊が緊張しないように、エルシオールを安心して過ごせる場所にするためさ」

 

 

タクトは昔を懐かしむように、司令のデスクの端に置いてある写真立てを見ながらそう呟く。楽人もつられて見ると、そこに映っていたのは、タクトを中心にエンジェル隊が囲っている集合写真だ、隅にはレスターが腕を組みそっぽを向いているが入っており、ラクレットもタイマーをセットした後端っこに駆け込み映り込んでいる。

 

 

「楽人、今の君はエンジェル隊に背中を預けられる存在になっているかい?」

 

「……」

 

「君はなまじ何でも出来過ぎた。オレなんかよりずっと優秀だった。初めて会った時の君でさえ、きっと今の俺より仕事ができただろう。それでも君には足りないところが多い。君は────オレ達以外を信頼できてないんだ」

 

「それは、司令の考えすぎでしょう」

 

「……まあ、今はいいよ。ともかく、エンジェル隊ともっと仲良くするように。リリィがいないけど、そのクリアは出来るでしょ?」

 

「了解です。それではそろそろ失礼します。先ほどからシラナミ少尉がドアの前で待っていますから」

 

 

楽人はそう言って、その場で反転しタクトが気付いた時にはドア付近にいた。最近タクトは楽人の動作の初動を見る事が出来ないでいた。何でも修行の末に編み出した移動法だそうだ。声をかける間もなく、楽人はドアを開いて、カズヤたちの脇を通り姿を消したのであった。

タクトは、笑顔でカズヤとリコをねぎらう事にした。自分の言葉が通じたことを信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で僕が僕のパーティーの料理を作っているんだろう?」

 

「あぁ!? あれだけ可愛いエンジェルに囲まれておいてまだ高望みするのか?」

 

 

カズヤの初陣記念パーティーは戦闘の直後に行われたが、カズヤの着任祝いも兼ねたパーティーは結構な規模で行おうという司令官の提案により、数日たった今日まで伸びていた。

その間にカズヤは各部署の世話になりそうな人とは大よその面通しを済ませている。医務室のカウンセリングを専門とする医者モルデン先生。整備班のおやっさん的存在の整備班長クロワ。そのクロワといつも張り合う女性整備班員のコロネ。機関整備員で無愛想な女性ステリーネ。ティーラウンジのウェイトレス、メルバ。

出会いやここ数日のエピソードだけで日が暮れてしまうような濃い人物ばかりだとカズヤは思ったのだが、それを流せる自分も大概図太いとはまだ本人に自覚はなかった。

 

 

「にしても、まさかランティがこの艦にいるとはね。今更だけど本当驚いたよ」

 

「まあ、お前と同じ料理学校を俺は総合首席で卒業した後、EDENに料理修行に行きたいとか思っていたら、丁度話が来てな。後はとんとん拍子だ」

 

「そうなんだ……僕は故郷に戻って仕事してたら、気が付けばエンジェル隊員だよ」

 

「それは自慢なのか、え? 喧嘩を売ってるのか」

 

 

カズヤとは旧知の中であり、年齢が少し上の為に兄貴分でもあった、ランティはそう毒づく。彼は綺麗な女性が好きという特徴があるのだ。実際面接では偶然来ていたタクトにそこを気に入られたのだ。なんだかんだで彼も持っているものはあるのだ。

料理部門を首席で卒業したカズヤからしてみれば、料理ではライバルであり、尊敬しているが、女性ばかり追っているのは直した方が良いと常々思っているのだった。

 

 

「フィアドーネ、ジャガイモ100個の皮むき終わったぞ」

 

「ああ、ありがとうございます。いやー早いですね。というか機械でやっても良いのに」

 

「機械だと味気ないという客もいるからな。ジャガイモの皮むきは軍に入るにあたって練習した特技でね」

 

いつの間にかランティの横に立っていたのは、籠一杯の宇宙ジャガイモをもった楽人であった。カズヤは最初この調理場に入った時には驚いたものの、ランティ曰く暇なときに手伝いに来てくれているとのことだ。

主な仕事はフルコースメニューを頼んだ人への給仕や皿の片づけ、そして調理の下ごしらえだが、カズヤの目から見ても、慣れた手つきで皮むきをしており、先ほどの言葉に嘘はないのであろう。本当に多芸なんだなとカズヤは感心しながら、少し自分と比較してしまう。

微妙に織旗中尉が自分への当たりが強い気がするのは、特に能力が無いのに、エンジェル隊に抜擢されたからではないかと、そんなネガティブな思考に入りかけるのを必死に振り払いながら、カズヤはケーキのトッピングに意識を集中するのであった。

 

 

 

「うわー。すごーい!」

 

「お店に並んでいる物みたいなのだ!」

 

「すごいですわ~。カズヤさん」

 

「えへへ、喜んでくれるとうれしいよ」

 

 

暇を持て余している各クルーが、時間の許す限り入れ代わり立ち代わり参加する立食パーティー形式で始まったのだが、やはり主役であるカズヤの料理に注目が集まる。カズヤの周りには綺麗所であるエンジェル隊がそろっているのに加えて、クロノドライブだというのを良い事に、タクトまで来ているのだ。パーティーの華に違いはなかった。

 

 

「うん、やっぱりミルフィーが選んだ隊員に間違いはなかったね」

 

「ミルフィー……ミルフィーユ・桜葉さんの事ですか?」

 

「ああ、そうそ「はい! お姉ちゃんです!」

 

タクトの口から洩れた名前が、聞き覚えのあるもの、具体的には半年の教習で習った名前であったので、思わず聞き直したら、答えようとした彼を遮るように突然リコが割り込んできた。

 

 

「お、お姉ちゃん? リコのお姉ちゃんなの?」

 

「はい! お姉ちゃんはゲートキーパーでお菓子作りが上手で優しくて格好良くて可愛くて優しくて笑顔がステキで、世界で一番のお姉ちゃんなんです!」

 

何時もの気弱で真面目そうな印象とはだいぶ趣が異なる、そんな彼女に少し引いてしまいそうになりながらも、カズヤは理解した。

 

「リコはお姉ちゃんが好きなんだね」

 

「はい! 大好きです。お姉ちゃんは良く私がお勉強をしている時に休憩しようっておやつのケーキを焼いてくれたんです……美味しいケーキを」

 

「ミルフィーは、ゲートキーパーっていう、EDENとNEUEを繋ぐ彼女にしかできない仕事をしてるんだ。そのせいでAbsoluteから離れられなくてね」

 

 

先ほどの喜色満面の表情から急にしぼんでいくように、声に力が無くなっていくリコ。それを見たタクトは苦笑しながら引き継ぐ。彼としても非常に遺憾な事態ではあるのだが、むしろ彼の探索と復興という任務を考えると、母港として利用しているAbsoluteにいるのはそこまで都合が悪くはないのだ。

 

 

「あっ! わかりました! シラナミさんはお姉ちゃんに似てるんです! 雰囲気とお砂糖の匂いが」

 

「え? 」

 

すると突然閃いたかのように、リコがそう叫んだ。カズヤもタクトも、近くでケーキに舌鼓を打ちながら様子を見守っているエンジェル隊と楽人も理解できないほど突拍子のないものであった。

 

 

「えーとどういう事だい? 」

 

「はい、タクトさん。シラナミさんはお姉ちゃんに似てるんです。きっとお姉ちゃんが選んだからなんです!」

 

「あー……楽人、解説してくれない?」

 

全く理解ができない理論に思わず自分の秘書兼護衛の楽人に助けを求めるタクト。楽人の方は、そのタクト達が呆然としている間に、こっそりケーキのお代わりをしようとしているナノナノを視線でたしなめていたが、名前を呼ばれたので反応することにする。

 

 

「推測ですが、ミルフィーさんが選んだから私にとっても良い事。という前提に理由づけをしようとした結果、お菓子作りという共通点から拡大解釈したのでは?」

 

「なるほど……そういう解釈は出来る癖に、君は女の子苦手だよね」

 

「事実ですので、誹謗中傷とは言いませんが、階級の下の者の前では止めていただきたいのですが」

 

楽人の特技である、冷静な観察により、咄嗟に下した分析を報告し助け舟を出したのに、突如こちらに攻撃が飛んでくる理不尽さを抗議の為に、楽人はそう告げた。

 

 

「あら? 楽人。あんたもしかして……ダメなの? それともアッチ系?」

 

「……感情と自分の価値観だけで動く生き物が苦手とだけ言っておく。深読みはしない」

 

 

いつの間にかカルーアから入れ替わっていたのか────カズヤのケーキの中に入っていた飛ばしたブランデーに反応したのであろう────テキーラが、早速面白いおもちゃを見つけたとばかりに、からかいに来た。カズヤは先ほどからの空気の急激な高低差に酔いそうに成りながら、目の前で自分の手を取り、目を輝かせているリコの対処を考えるのだった。

それがマイヤーズ流と呼ばれるタクトの下の部隊の独特の空気であり、慣れる必要があることと、楽人の口調がいつもと違った事に、未だに気づかないままに。

 

 

 

 

 

『ルクシオール』は現在一定の成果を認められたのと同時に、予定された期間を終了したので、現在NEUEの中心的惑星であり、ゲートの近くにあるセルダールに向かっている。既に確立され整理されたクロノドライブ航路を乗り継いで進んでおり、最新鋭のこの艦はかなりの速度で向かっている。

しかしそれでも、クルーには暇な時間ができるものであり、その時間をどう過ごすかは非番のクルーにとっては自由である。

カズヤ・シラナミはティーラウンジで注文したケーキに舌鼓を打ちながら、友人のランティ作であるそれの評価を頭の中でしていた。それは、目の前で繰り広げられている状況をかみしめながらである。

 

 

「はいあ~ん、ですわ」

 

「あむ! ん~~!! おいしいのだ」

 

「カルーアさん、私もほしいです!!」

 

 

デザートは別腹であるが、スイーツと体重は別件ではない。しかしいろんな味を楽しみたいのも乙女心。エンジェル隊の3人の内1人はまだ子供であるのと、ナノマシン生命体でもある為に気にしていないが、皆で自分の品を交換し合うという事が楽しいのか、ご機嫌でカルーアの手からベイクドチーズケーキを食べさせられている。

 

 

「うーん……」

 

「どうしたんですか? シラナミさん」

 

「いや、こんなにのんびりしていていいのかなーって」

 

「今は待機中ですから~問題ないですわ~」

 

いまだ新入隊員で配属したばかりであり、自分のイメージにあった軍隊とのギャップに戸惑っているカズヤなのだ。訓練期間はまるで学生のような生活であり、規則正しいものであったが、ここでは緊急の呼び出しが無い限り自由行動というまるで天国のような職場である。

 

 

「カズヤはしんけーしつすぎるのだ。将来はげるのだ!」

 

「ハゲないよ! どこでそんな言葉覚えたんだよ! 」

 

「モルデン先生はカウンセラーなのだ」

 

 

唐突に見た目10歳程度の女の子からハゲる、神経質であるなどと言われて、天性のツッコミ気質が働き反射的にそう返してしまう。その様子をカルーアとリコは小さく笑いながら見つめている。穏やかな午後の風景であった。

 

 

「あ、そうだ。ミルフィーさんの事で思ったんだけどさ」

 

「お姉ちゃんですか?」

 

カズヤはふと思いついた、『為になり』『時間が潰せる』事を口にした。切り出し方がリコの琴線に触れるものであり、すぐさま食いつく姿勢に若干戸惑いつつ、続きを口にする。

 

 

「うん、というかエンジェル隊。ムーンエンジェル隊の事を知りたいんだ。フォルテ教官はあんまり教えてくれなかったし、他には烏丸大尉しかお会いしたことないし」

 

「そういえば~私もお会いしたことあるのはフォルテさんだけですわ~」

 

「そういうのはリコたんが詳しいのだ!」

 

「うんうん、オレもリコから聞いてみたいね、エンジェル隊の評価を」

 

「タクトさん!? 」「司令!?」

 

 

自然に会話に混ざってきたのはタクト・マイヤーズ。普通であれば、ブリッジか司令官室で仕事をしているべき人物である。当然の如くサボり逃げ出したのだが。というか、そういうサボり気質が楽人の仕事を増やし、プライベートの時間を取れなくしている大きな要因でもある。

しかしながらm本人は見事なダブルスタンダードの使い手であり、気にしていないのか、気づいてないフリなのか。

 

「タクトさんの方が詳しくお話しできるのでは?」

 

「うん、でも俺のバイアスを抜きにした、新エンジェル隊員としての視点での意見を聞きたいな。カズヤもそのほうが理解しやすいだろ?」

 

 

暇つぶしにはちょうど良いから。ココがいれば今のタクトの言葉はそう翻訳したであろう。口は達者であり、まだ経験の足りていないルーンエンジェル隊の面々ではそこまで察せていない。

 

 

「じゃあまず、ミルフィーユ・桜葉。私のお姉ちゃんで今はゲートキーパーをしています。エンジェル隊の頃はなんでも万能機に乗るエースだったけど、普段はとっても優しいお姉ちゃんです!」

 

「なるほど、立派な人なんだね」

 

「うん、ミルフィーは最高の女性だよ……普段どころか戦闘中もいつも通りだったけどね」

 

 

カズヤも名前は知っているのと、妹であるリコが目の前にいるので、リコがそのまま育ったしっかりしながらも、優しい素晴らしい女性を想像する。

 

 

「2番機のパイロット、蘭花・フランボワーズさん。格闘術の達人で白兵戦では大の男の人にも負けない人です。機体も近接格闘型だそうです。すごい綺麗な人でした」

 

「格闘かー。やっぱり僕も鍛えたほうが良いのかなー」

 

「はは、ランファのレベルにはよっぽど努力しなきゃだめだよ」

 

 

カズヤは自分の全体的な軍人向けのスキルの低さを反省しつつそう呟いた。タクトはエンジェル隊というかエルシオールクルーは皆能力が尖りすぎなんじゃないかと思いながらカズヤが無茶をしないようにたしなめた。

 

 

「ミント・ブラマンシュさん。テレパシストで、その能力を使った偵察もできる機体を使っていたそうです。私が言うのも失礼かもですけど、可愛らしい方でした」

 

「超能力かー。EDEN人の一部にでる特殊能力だよね。すごいな」

 

「リコ、ミントの前で言わないようにね、本人気にしているところあるから」

 

 

NEUEにはEDENにないものがあるが、その逆もまた然りだというのを改めてタクトは理解しつつ、リコを窘めた。カズヤは今一つ理解しきれていないようだ。

 

 

「フォルテ・シュトーレンさん。カズヤさんも知っての通り銃器のスペシャリストで、エンジェル隊では唯一の叩き上げだそうです。機体は高火力重装甲のロマンが詰まってる奴って仰ってました」

 

「うん、教官は知ってるよ。銃の扱いは手馴れていたよね」

 

「必要経費だからと言って年代物の火薬銃を買うのは勘弁してほしかったな。NEUEのは安いからまだ良いけど」

 

 

まだ火薬式の銃が現役である星もある為に、NEUEの火薬銃はEDENのアンティークや芸術品という側面が無く、実用的であり安く。フォルテはいくつかをカズヤの訓練に必要と称して買いそろえているのだ。

 

 

「ヴァニラ・Hさんは 「ママなのだ! ママはナノマシンが使えて、すごいのだ。あとすごい美人ですごいのだー!」ふふ、ナノちゃんのいう通りです。機体もナノちゃんと一緒でナノマシンによる修復ができたそうです」

 

「はは、ナノナノのお母さんなんだ……あれ?」

 

「カズヤ、厳密には眠っていたナノナノを起こしたのがヴァニラで、ナノナノって名づけて世話をしたのも彼女だっていう事だよ。親子のように仲が良いのは事実だけどね」

 

 

誤解をしそうであったカズヤのフォローを入れつつ、ナノナノを稼働時間2年で考えると、17歳のヴァニラが母親でもおかしくはないんだと、ふと頭の片隅で考えるタクト。自分たちはいつ子供を授かる余裕ができるのかと遠くを見つめて考えてしまいそうになるのを振り払った。

 

 

「烏丸ちとせさん。弓道という古武術をやっていて、機体も狙撃を得意とするものだそうです。真面目で誠実そうな方という印象でした」

 

「この前お会いしたけど、背筋が伸びていて綺麗だったな」

 

「最近少し茶目っ気が出てきたけど、昔からちょっと天然だったよ」

 

 

日記に書いておきますね、の言葉や、レスターに褒められるほどの真面目な面と今一空気が読み切れてない言動。なによりもムーンエンジェル隊内でミルフィーと一番良く噛みあうというのが、彼女の天然性の証左であろう。

 

 

「まとめると、バランスが良い編成のチームで、皆綺麗な人だったのか……本当僕がエンジェル隊に入ってよかったのかな」

 

「大丈夫です! シラナミさんはお姉ちゃんが選んだ人ですから!! 」

 

「そうなのだ! カズヤも頑張れば大丈夫なのだ」

 

「ええ、この前の初陣でも活躍したそうですし、すぐに追いつきますわ~」:

 

「うん、ありがとう皆」

 

 

見事に結束力を増したルーンエンジェル隊を満足げに見つめながら、タクトは先ほどから周囲のテーブルの『EDEN出身』のクルーが耳を傾けているのを感じていた。タクトは苦笑しながら、リコに水を向ける事にした。

 

 

「リコ、忘れてる人がいるよ。お世話になったって聞いているけど?」

 

「え?……あ! はい! ラクレットさんですね!」

 

「ラクレット? 」

 

 

カズヤは聞いたことの無い名前に思わず聞き返す。何せその名前は男性の名前の響きだ。そのぐらいカズヤにもわかる。出身がEDENかNEUEかまではわからないが。

 

 

「ラクレット・ヴァルターさん。エンジェル隊じゃないんですけど。エルシオールの戦闘機部隊にいた人です。今でも私と文通してるんですよ」

 

「へー、でもラクレットって男の人の名前だよね」

 

「そう!! ラクレット・ヴァルターはEDENの英雄!! 」

 

「え、英雄ですか?」

 

 

カズヤの質問にタクトが先ほど確認していたEDEN出身のクルーが突然立ち上がりそう唱和した。驚いたリコは手にしていたフォークをテーブルに落としてしまう。カズヤは突然すぎる乱入に驚いてそう尋ねるが、タクトは諦めたように記憶の中からルクシオールクルーの一部には旗艦殺しに憧れて配属を希望した人物がいたのを思い出す。思想・宗教の欄には、最近若者の間でジョーク半分に広まっている新興宗教の名前が書いてあったことも。痩せた男、小太りの男、ロン毛の男の3人は立ち上がり、演説するかのように声を張り上げた。

 

 

「その通りだ!! 武装は剣2本。クロノストリング適正は最低限レベル。そんな逆境の中、本人の弛まぬ努力により培われた実力であらゆる逆境をねじ伏せてきた戦士!!」

 

痩せ細った青年がそう叫ぶ。

 

「然り!! あらゆる戦場で先陣を切り強大な敵に0距離まで接近した後、剣で武装を落としていく。その戦法は敵が巨大なほど有効!」

 

呼応するように、長髪の青年もそう続ける。

 

「そうだ! 混血の生まれによる異邦人でありながら、平和を願い大衆に訴えかける姿はまさに英雄。二つ名の『旗艦殺し』に相応しい!」

 

二人に続き小柄でがっちりとした青年がそう締める。息の合った流れであった。

 

「はいはい、君たち、煩いから静かにねー」

 

 

タクトにそう促され彼ら3人組は、見事な敬礼を決めてカフェテリアから退出していく。一応清掃員として雇ったはずなのだが、趣味と思想の影響か、軍人の真似事が多いのだ。前職は洗車屋で歌を歌いながら洗うサービスをしていたせいか後が良いのであろう。

 

 

「とまあ、狂信的な人がいる程、オレ達の仲間で露出が多かったんだ。実際EDENでは知らない人はいないよ」

 

「それはタクトさんもですよ。ラクレットさんはCMとかにも出てましたから……」

 

「あの、司令……」

 

リコとタクトの会話に少し考えるしぐさを見せていたカズヤが、躊躇いながらも切り出した。

 

 

「ん、どうしたの? カズヤ?」

 

「いえ、『旗艦殺し』と呼ばれているのってラクレット・ヴァルターさんですよね」

 

「うん、そうだけど。いろんな意味が有るけどね」

 

「フォルテ教官から、困ったらその人が力になるから頼れと言われたんですけど、この艦にいるんですか?」

 

 

カズヤの言葉に一瞬、本当に一瞬だけ、瞳孔が少しだけ大きくなるタクト。当然ながらそれを気付くものはこの場に居なかった。

 

「カズヤさん、ラクレットさんは乗っていませんよ。乗員名簿にないですから」

 

「うん、『乗員名簿にラクレット・ヴァルターの文字はない』よ」

 

「なんだぁ。それじゃあ教官はどうしてそういったのかな?」

 

「きっと、困ったら助けに来てくれるからなのだー!」

 

「まぁ~それは心強いですわね~」

 

「もう、NEUEに来てないんですから、さすがに無理ですよ」

 

 

タクトの言葉の意味に気づかないまま、再び和やかの雰囲気に戻るテーブル。タクトは内心でまだまだ注意力が足りないと評し、自室で代りに仕事をしているであろう、楽人の為に明日からはもう少し仕事を頑張ろうと決意するのであった。

 


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