銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第3話 挑戦/奮戦

「ジャミングを受けている?」

 

「はい、宇宙嵐の可能性も考慮しましたが、この艦が通信できない規模となると、周辺に情報が来ているか、この艦でも観測できているはずです」

 

「その両方もないと」

 

 

『ルクシオール』ブリッジ。NEUE宇宙に存在する最も優秀なテクノロジーの塊であるこの艦は、現在調査計画をこなし、一度NEUEの中心星でもあるセルダールへの帰路をたどっていた。そんな中クロノドライブ航路の間にある通常宙域のある場所で、本星に経過連絡を取ろうとした結果、通信が不可能であったのだ。

 

ココはすぐさまそれを司令であるタクトに報告。二人はその時点で機材のトラブル、本星側のトラブルの可能性に思い当たり、他のクルーに指示を出す。ココ自身は次のタクトの指示を予想してレーダーの確認ができるようにインターフェイスを操作する。

 

 

「嫌な予感がする。楽人を呼び出してくれ。エンジェル隊はまだいいよ」

 

「了解……宙域のスキャンもしますか? 」

 

「ああ、頼む」

 

「お呼びですか? 」

 

 

タクトがココとそう話していると、呼び出しを受けた楽人が司令室での仕事を中断して駆けつけた。楽人は入った瞬間に、久しぶりに感じる不穏な空気に顔をしかめるものの、邪魔にならない位置について状況に備え始める。

 

 

「ああ、楽人。セルダールと通信ができない。宇宙嵐は観測されていない。どう思う?」

 

「この艦の性能を考えるのならば、戦闘宙域の外5万キロほどからジャミングをかけなければ、妨害をすることは出来ないでしょう。あるいは……」

 

だが、その距離はパッシブのセンサーで探知する距離の範囲内である。その事を言外に示しつつ。楽人はタクトにそういった。

 

「船団を組んでの妨害や宙域封鎖の可能性が高い……やっぱりそう見るよね。まあ、杞憂で済んだなら笑い話だ。ココ、スキャンと並行して第2戦闘配備を敷くよ」

 

「了解……ヒビキ君通達お願い、スキャンは引き続き行います」

 

「頼むよ」

 

 

ブリッジクルーとしての仕事のギアが上がっていくのを肌で感じつつ、タクトと楽人は厳しい表情で中央スクリーンに表示されている周辺宙域の地図を見つめていた。

 

 

「! スキャン完了、前方20万キロに8隻からなる小型船団を確認しました」

 

「通信を繋いでくれ」

 

「すでに呼びかけていますが、反応がありません。一切の反応が無い事から無人艦の可能性も考慮されます。生体スキャンも試みましたが、反応有りません」

 

 

タクトの考えをすでに分かり切っているココ。その言葉を言いながら、艦内放送ができるように手元で操作をしていると、やはり指示が飛んでくる。

 

 

「監視を続けるように、エンジェル隊を呼んでくれ」

 

「了解、エンジェル隊各員はブリッジに集合してください」

 

 

また発する熱気が強くなるのを感じる。エルシオールからついてきた人員も、そうでない者も確信ではないが予感はあった。既にルクシオールは何度か反EDEN勢力とも呼ばれる存在や、実力差を理解できない宇宙海賊などを相手にしている。8隻の駆逐艦規模のエンジン出力を持つ、所属不明の船団との相対は初めてではあるが、下積みは出来ていると言っても差支えないのだ。

 

 

「新人隊員が着任して1週間で2回の戦闘、しかも今回はNEUE調査任務開始以来最大規模。仕組まれたものを感じますね」

 

「ああ……でもまあ、軍人っていうのは受け身にならざるを得ない。やるべき仕事は変わらないのは楽でいいかな?」

 

「現場の苦労はともかく、上官としての事後処理位はしてほしいものですね」

 

 

軽口を叩き合う楽人とタクト。周囲の緊張をほぐす意味よりも、本人たちの儀式的な意味合いが強い。20代の半ば、軍としては中堅にまだ届かないくらいの年代層に見える二人はこうして調子を整えていくのだ。

 

 

「不明艦、こちらに向けて接近を開始しました! 速度は戦闘出力。司令! 」

 

「軍規に基づく、3度以上の勧告を済ませているのに所属を明かさない武装駆逐艦。理由は十分だな。総員第1戦闘配備。迎え撃つよ。いないと思うけどもう一度生体反応のスキャンもお願い。エンジェル隊はブリーフィングルームに……」

 

────エンジェル隊、到着しました!

 

 

事態が動きタクトが決断したタイミングでエンジェル隊が全員同じエレベーターでブリッジに入り込んできた。良いタイミングであるが、今までの事もあり若干苦笑を浮かべつつ、彼らを引き連れながら移動するのであった。

 

 

 

 

 

「敵襲ですか!? 」

 

「シラナミ少尉、戦闘時だ。質問は司令の説明が終わってからにしたまえ」

 

「す、すいません」

 

 

ブリーフィングルームに着席したエンジェル隊とタクト。楽人はタクトの左隣に立ち、円卓状になっている机の中央にあるホログラム投影装置を操作できる位置にいた。カズヤが興奮のあまりか、タクトが口を開く前に尋ねたのを楽人はたしなめる。

 

「まあまあ、まずはリラックスしないとダメだよ。楽人は堅いんだから」

 

「……承知しました」

 

 

了解ではなく、承知したを使うのが楽人の精一杯の譲歩であった。兎も角まだ距離があるとはいえ、状況は緊迫しているのだ。話を続ける必要があった。

 

 

「それじゃあ簡単に説明するよ……織旗中尉、頼む」

 

「……所属不明の船団がこちらに戦闘速度で接近をしています。数は8、駆逐艦程度の出力が確認されています」

 

「まあ、紋章機の敵ではないよ」

 

神妙な面持ちで聞き入るカズヤたちに気を配り、そうフォローするタクト。カズヤは初めての大規模な戦闘の予感を前にして、喉の奥に苦いものがたまるのを感じていた。

 

 

「現在ナッツミルク大尉から来た情報によりますと、ある程度の武装も所持している模様。艦の形状がデータベースにない物であり、また無人艦であることも再確認されました」

 

「そういう訳で思いっきり戦ってくれ。まあ、負ける事はないと思う。現在の敵の陣形は……」

 

「このようになっています。密集し鋒矢に近い陣形をとっていますが、無人艦故の物であり大した脅威ではないでしょう」

 

その言葉と同時に8個の赤い矢印が投影される。確かにかなり密集しているのがわかる。この時代のNEUEにおいて、艦が距離を詰めて航行することは高い練度を要求されるものであったが、無人ならばAIの制御で問題なく行えるので、こけおどしに過ぎない。

 

 

「作戦目標は『敵艦の全滅』通信ジャミングがあるけど、強化されているルクシオールの通信機材なら戦闘距離で専用チャンネルを作れば問題ない。逆に言うと戦闘宙域から出ちゃダメって事さ」

 

 

ここまでタクトが言うと、質問を受け付けるようにルーンエンジェル隊へと目で促した。リコは真剣に敵艦の詳細データを頭に叩き込んでいる。問題ない様子だ。

ナノナノは少し興奮しているのか、尻尾が激しく揺れており目が合うとニッコリ笑うだけだった。

カルーア……いや、既に変身しているためにテキーラは不敵に笑いながら手袋の指先を弄っている。

カズヤだけが初めての本格的な『戦争』のためにかなり緊張した面持ちだ。だがそれは自信が無いからの物ではなく、未知のものに対する若干過度ではあるが許容できる範囲のものであった。

フォルテを筆頭とした、トランスバールの最高峰の教師陣に囲まれて訓練を受けた彼は、心構えをする下地はできている。基礎工事は終わっているのだ。

 

 

「通信は出来ると思うけど、高速指揮リンクシステムの方に妨害が来た場合、カズヤ、君が指揮を執るんだ。いや、もうこの際カズヤにやってもらおうかなぁ」

 

「えぇぇ!? ぼ、僕がですか!?」

 

 

そこに追い打ちをかけるように、いつもと変わらないトーンでタクトから告げられたのは現場指揮官への任命であった。もちろんこれは無茶振りなどではない。

カズヤの紋章機『ブレイブハート』は合体紋章機であり合体以後は火器の管制が主な作業だ。機体を操るという最もリソースを割く作業を行わない為に、指揮官の仕事に向いているのだ。現に通信やレーダーも紋章機の中では優秀な物が搭載されている。

 

 

「反対ですね。シラナミ少尉は初陣を済ませたとはいえ、集団戦闘は初めてのはず。訓練課程に戦闘機の集団戦闘のシミュレーションはありましたが、付け焼刃にすぎません。用兵家としての彼は素人と言っても過言ではありません」

 

一方で楽人の口調は断固として譲らないものであった。もちろんこれはカズヤが憎いから言っているのではない。彼が危惧しているのは指揮系統を二本用意することによる混乱と、新人に対して荷が勝ちすぎる役目を与える事だ。

初の大規模戦闘、火器管制をして合体相手と同調しさらに現場で指揮を執るのは、無謀と言わざるを得ないであろう。

 

 

「んー。カズヤならできると思うよ。それに、カズヤにまかせっきりにするわけでは無いよ。まあ、悪手を打った時はオレがフォローするし。将来的には絶対必要なはずさ……ね?」

 

「それは、そうですが。しかし……」

 

 

二人にしかわからないことを前にだし、丸め込もうとするタクト。そんな中、カズヤは迷っていた。タクトが言っていることにも、楽人が言っていることにも理はあった。どっちを選んでも間違ってはいないのであろう。

タクトの案は、最上位者からの命令であり、自分の能力の成長も見込める。だが、自分がうまくやる自信が無い。自分の指示が滞りエンジェル隊の誰かが怪我をしたり、最悪死んでしまうなどと考えると背筋が凍ってしまう。

カズヤの考えは、少なくとも今は自分にできる事ではないと認めたうえで、例えばタクトのもとで時間を作ってもらい訓練を受ける、そうでなくても頼めばシミュレーターくらいあるであろう。だが、自分の能力が疑われているような気もするし、会った時からこちらを疎んでいるような気配がある楽人に負けたような気持にもなる。そんな2択の葛藤の中にいたのだ。

そんな彼の背中を押したのは、左隣に座るリコであった。

 

「カズヤさん、大丈夫です。皆協力します」

 

「そうなのだ! カズヤもナノナノたちと一緒に頑張ればいいだけなのだ」

 

「シラナミが気にする必要はないわ」

 

 

いやルーンエンジェル隊の面々全員が彼の背中を押した。彼女たちの言っていることは簡単だ。ルーンエンジェル隊というチームとしてより高みを目指す。その為にみんなで頑張ろう。それだけだ。カズヤは3人の思いを感じ取り、タクトを真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 

 

「やります! 司令ほどに上手くできないでしょうけど、精いっぱい頑張ります。僕にやらせてください!! 」

 

「うん、わかった。時間もないしそれでいいよね? 楽人」

 

「当然です。司令の命令は絶対でしょう。常識的な物であれば」

 

 

先ほどとは打って変わった態度をとる楽人。カズヤは自分が試されていたのかもしれないと思ったが、本当に時間が無いのは事実なので、起立し敬礼をとる。

 

 

「それじゃあ、ルーンエンジェル隊出動。指揮はカズヤがとるように、ただオレから文句をつけられた時は大人しく従ってくれ。たぶん大丈夫だろうけどね」

 

────了解!!

 

 

この日、ルーンエンジェル隊という一団が、本当の意味で仲間になった。後世において歴史上の最強の集団を語る議論では、必ず名前の挙がる者達の、小さくて大きな一歩であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け足で去っていく4人の背中を見つめながら、タクトは楽人を連れ添ってブリッジに戻る。二人の間に会話はなかった。カズヤは勝手に納得したようだが、先ほどの会話は一切の打ち合わせなどなく、本人たちが真面目に議論していただけだ。動機は不純なものが1名居たが。

 

 

「さあ、戻るか」

────これでいい。これで君はルーンエンジェル隊をより意識せざるを得ない

 

 

タクトはそう言いながら、内心で呟き顔に出さないようにほくそ笑んだ。おくびにも出さないでの腹芸に、楽人も何かを考えている事は察せるが、流石に悟らせないようにしている内容までは察する事ができなかった。

 

 

────いずれ、ルーンエンジェル隊はオレの手から離れたものになる。その時に自分たちで立てなければ意味がない。そしてこいつは……こうでもしないと彼等の所に行かない

 

 

タクトが指揮するムーンエンジェル隊と公式初の男性エンジェルが指揮するルーンエンジェル隊。新しい天使たちには新しいものを取り入れていくことが必要であり、加えてその彼らを育て高めていく目標がいるのも確かであった。

 

 

「こんなウルトラ人事、天使でもなきゃできないのに、気づかないのかね?」

 

「何か仰いましたか? 」

 

「何でもないよ、さあブリッジに戻ろう」

 

タクト・マイヤーズが舵を取った最後の戦いはこうして幕を上げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズヤさん! 今回は私と合体してください! 今ならすごい力が出せる気がするんです!! 」

 

「うん、わかった! リコ頼むよ」

 

 

その言葉でカズヤの乗る『ブレイブハート』はリコの『クロスキャリバー』と合体し出撃することになった。既に敵との距離は戦闘可能なほど縮まっており、1分ほどすれば下記の射程範囲になる計算だ。カズヤは思わず現在は機銃を操作するために用いる操縦桿を握り、下唇を軽く噛んでいた。

 

 

「この前の小型海賊『船』1隻とはわけが違う。戦争なんだ……」

 

 

カズヤは何度も頭の中で想定して来た事態が来たことを、肌で感じながら豆粒ほどにすら見えないであろう不明艦。否、敵艦をカメラから投影される映像で手が届くような距離で観察していた。

ブレイブハートは他の紋章機のように球場の全方面に空間を投影することが可能な操縦席ではなく、旧世代の戦闘機の様なつくりになっている。その為カメラが映し出す光と上部の照明だけが光源であった。

 

 

「カズヤ、心配することはない。思いっきりやればいいだけさ。駆逐艦8隻程度で怯んでちゃだめさ」

 

「司令、要求が高すぎです!」

 

「ココさんのいう通りですよ、タクトさん。カズヤさん 私も頑張りますから大丈夫ですよ」

 

「うん、リコ一緒に頑張ろう!」

 

 

カズヤとリコはいい感じにお互いを高め合っている。そのことに満足げな笑みを浮かべながら、タクトは通信ではなく肉声でココと楽人に指示をする。

 

 

「ココ、周辺のサーチを欠かさないように、ステルス艦や増援の反応があったら一番に知らせてくれ。楽人……主機をここから入れることは出来るかい?」

 

「了解です」

 

「可能です。待機場所はここで良いでしょうか? 」

 

「保険だからね、ブリッジで平気だよ。さあ始まるぞ」

 

 

タクトのその言葉と同時に合体により速度が増しているクロスキャリバー最初に接敵する。その様子をブリッジから眺めるというのは楽人にしてはかなり新鮮な経験であった。

クロスキャリバーは先頭の艦に右下から回り込み機体を反転させ滑らせるように、周回軌道に入る。合体紋章機特有の火力を効率的に運用するために、ルーンエンジェル隊の機体はかなり直径の小さい円を描ける。隊員たちもそれを可能とする訓練をしているのだ。

 

 

「うん、問題なさげだね。さあ、カズヤはどうするかな」

 

「ファーストエイダーを支援につけつつスペルキャスターは攪乱。合体した自機で数を減らしていくといったところでしょうか?」

 

「まあ、そうするだろうね」

 

 

楽人の予想通り、基本に忠実な動きで敵に相対していく。敵の火力は紋章機よりも少ない程度しかないのだ。戦力を分散させるのは悪手ではあるが、そもそも戦力最小単位の紋章機1機ですら彼女らの技量でも1,2隻相手に危なげなく戦うことは出来る。

紋章機は個として捉えるのでなく、一つの兵団としてみるべきである。また機動力に大幅な利がある為に包囲に気を付けつつ乱戦に持ち込むことが得策であろう。

カズヤはそれを理解しているのか、砲門の稼動域が最も広いスペルキャスターに攪乱をさせ、それを修復機能のあるファーストエイダーでフォローさせているのだ。

 

 

「うーん、指揮の能力を見たかったけど、これじゃあね」

 

「合体紋章機……先の戦闘では目立ちませんでしたが、ここまで強力なものだとは」

 

 

そして何よりも目立っていたのは、ブレイブハートと合体したクロスキャリバーであろう。圧倒的な火力により、敵艦の周囲を非常に低速で周回していながら、火線と弾幕で圧倒している。

周回軌道に入り10秒もすれば砲門の半分は沈黙するのだ。最も駆逐艦相手だから使える手段ではあろう。戦艦クラスの火力を有する艦相手にあの速度での周回は、敵の砲火に耐え切れず、シールドをはがされてしまうであろうから。機頭を敵に向け続けてサイドスラスターを用いた集会をとっているために、軌道に難があるのだ。

また紋章機側の砲門に負荷をかけすぎて、頻繁な補給が必要にもなってしまう。強力であるが、運用には課題は多く思考を停止して良いものではないのは明白であった。

 

ともかく、強力無比な合体紋章機の能力をかなり前面に出すことでクロスキャリバーだけで5隻を落とし、ENを残り13%まで消耗した頃には、敵の艦は全て宙域の塵と化していた。

 

 

「調子の良い時のミルフィーくらいはありそうだね」

 

「ええ、普通に調子が良い時の彼女程で……いえ、なのでしょうね」

 

 

まるで見てきたかのように同意しかける楽人。一体彼は(中略)。ともかく、二人が感心している間に、敵はすっかり殲滅された様子で、カズヤやエンジェルたちの喜びに溢れた声が聞こえてくる。ココも周囲の熱源が消えたのを確認する。

 

 

「よし、エンジェル隊は帰還してくれ。状況は第3戦闘態勢まで下げてくれ。ココ、通信は繋がるかい? 」

 

「いえ……敵艦からの直接的なジャミングは消えましたが、セルダール方向に何らかの問題があるのか、セルダールおよびAbsolute方面への通信はいまだ断絶したままです」

 

「そうか、とりあえずエンジェル隊をねぎらってくるよ。楽人後は任せる」

 

「了解、総員第3戦闘体制に移行した後、A,C班を除き通常業務及び、クロノドライブの準備に入るように。ナッツミルク大尉は引き続きお願いします」

 

「了解よ。皆、今の中尉は司令官代行だからいう事を聞いてあげてね」

 

 

タクトはそんな声を聴きながらブリッジを後にした。彼の耳には決してその後の一般クルーの「いやー実質的に中尉の方が司令っぽい仕事してますしー」「そうそう、全く問題ないっすよー」「そうよね、織旗中尉の方が仕事にミスもなくて速いですし」「さすがに中尉は格が違った」「すごいなー、憧れちゃうなー」という声達は聞こえてこなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

その後、結局セルダールとの通信が回復することはなかった。クロノドライブに入ったルクシオール内ではいくつか不安の声も聞こえ始めていたが、業務に支障をきたすほどではなかった。

セルダールとの通信断絶は、実質的なAbsoluteとの交信断絶であり、補給を断たれ孤立無援となったともいえるが、NEUEで受けられる補給でもまだ半年以上は戦える余裕があり、士気が落ちる事はなかったのである。

なによりも、セルダールに行く前に補給を受ける予定であり、その際により詳細な情報が入ると期待しており、希望がついえたわけでは無いのだから。

しかし、それが別の意味を持つ少女、アプリコット・桜葉にとっては、大きな問題であった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 

彼女は心配で一杯であった。姉がいるAbsoluteの『方向』で問題が発生しているのだ。自他ともに認めるお姉ちゃん娘である彼女が意気消沈してしまうのも無理はない話であった。勿論それは私人としてのものだ。軍人として、特にテンションが戦力に直結するエンジェル隊の彼女は落ち込んでいる訳にはいられない。

 

 

「大丈夫かなぁ……」

 

 

ミルフィーは強いから大丈夫だよ。彼女の義兄はそう言ったし、彼女もその通りだと思う。紋章機を操ったお姉ちゃんが銀河を3回も救ったことを彼女は知っているのだ。

今の自分では逆立ちしたって勝てっこないのは解っているのだが、それでも心配はぬぐいきれない。ちなみに普通の軍人としての仕事では既にリコの方が優秀なのを彼女自身はまだ知らない。閑話休題、そんな風に彼女がピロティで考え込んでいると、エレベーターホールから一人の少年がこちらに歩いてきた。

 

 

「リコ、やっぱりここにいたんだ」

 

「カズヤさん? どうしてここが?」

 

「テキーラから聞いたんだ」

 

カズヤである。本当はテレパスファーを用いれば場所はわかるのだが、立ち寄ったトレーニングルームでリコの場所を聞いたのは事実なので、そう答えたのだ。

 

 

「お姉さんの、ミルフィーさんの事?」

 

「はい……お姉ちゃんがどうしているのかなーって」

 

 

カズヤに内心を吐露するリコ。カズヤは懸命に彼女の気持ちに寄り添おうとする。彼の言葉で、彼なりの精一杯でだ。決して上手な言い回しや的確な答えが生まれるわけでは無い。だが、カズヤが本当にリコの事を心配しているのが感じ取れるものだ。

その誠実さと賢明さがカズヤの美徳であり、持ち味ともいえる。純粋さが残る少年だからこそできるのかもしれない。

その様子を少し離れたところから見つめるタクトは満足げに頷き、一言つぶやきその場をばれないように後にした。

 

 

「さて、あいつはどうやるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

トレーニングルーム。ランニングマシンからボクシングやプロレスのリングまで多種多様の室内用のトレーニングマシンが揃えられているこの場所は、非番のクルーが主に利用する場所だ。男女それぞれに更衣室とロッカーがあり、クルーならば誰でも利用できるものであるが、一部の人間が利用している時は近寄らないほうが良いという暗黙のルールができていた。

その3人のうちの一人でもあるテキーラ・マジョラムは、使い魔のミモレットを伴い、先ほどのリングの隣の、剣術などで利用する広いスペースに居た。

 

「んー! やっぱいいわね! 思い切り身体を使うのは」

 

普段の胸部を大きく露出する扇情的な格好ではなく、トレーニングウェアである。しかし、両腕を上に伸ばすと彼女のその豊かな双丘が上を向き、より自己主張をしている。本人は気にしているのか、いないのかわからない辺りが彼女の魅力なのであろう。

だが、こちらが意識している素振りを見せれば、それをからかってくることは短い付き合いで彼は正確に察していた。

 

 

「テキーラ様、結界の補修は大丈夫ですに。後1回くらいなら大丈夫ですに」

 

「ん、ありがとミモ。それじゃあ、もう1回付き合ってもらっても良いかしら? 楽人」

 

「構わない。エンジェル隊を心身ともにケアすることは、この艦のクルーの最優先事項だ」

 

 

テキーラの前に立っているのは織旗楽人。彼も同様に軍服ではなく、支給されている訓練用のタンクトップとパンツだ。首の黒いチョーカーはそのままであるが。体を動かすのを目的としているのが誰の目からでも容易であり、加えてよく観察すると、うっすらと汗をかいているのも分かる。また右腕に刃渡り80cm程の分厚い剣を持っている。

 

 

彼等が今している事はテキーラのストレス解消と体型維持を兼ねた運動である。彼女は元々自分の周りに魔法で作った『一定のリズムで点滅する球体』を複数浮かせ、それに合わせて手で触れるといった、自作のリズムゲームのような方法で魔法と体力を養っているのだ。だが今日は、楽人がこの場に訪れたことによって少し事情が変わっていた。

 

 

「魔法訓練なら的を用意するが?」

 

 

普段は、ルーンエンジェル隊を見ても、向こうから話しかけて来る事は稀であった楽人の行動に、テキーラは少々驚きつつも、彼の話を聞くことにした。

 

楽人は広いスペースに彼女を招くと、彼女に周囲に被害が行かないようにできるかと尋ねた後、手にしていた袋から剣を取り出した。

 

「練操剣は使えないが、この剣には特殊な加工がしてある。現象化した魔法に干渉することができる。最も制限もあり、技量もいるがな」

 

そう言いながら楽人は軽く素振りを始める。テキーラは状況を飲み込めないでいる事も出来たが、聡明な彼女は彼が言外に言っている事を正しく認識した。

 

「ふーん楽人。アンタ、アタシに『稽古をつけてくれる』つもりなの? 」

 

「……好きに解釈すると良い。そして無理に付き合う必要はないぞ」

 

「アンタなら、魔法の怖さも知ってると思ったんだけど、良いわ、体で覚えなさい!」

 

 

そして、こういったノリが実は嫌いではないテキーラは、楽人の挑発のような行為に乗ることにした。数音節の呪文を唱えて試合場を覆う結界を作り上げる。そしていつもは練習用に使う魔法球を展開する。

そもそも魔法というのは一般人に向けるモノではない。公認A級魔女の資格を得る時の御前試合においては、実力主義の為決闘という形であったが、それはお互い命を懸けているのと、一定の実力があってからこそできるものなのだ。

だからこそ彼女は攻撃性のない魔法球を選んだ。自分の意思で動かせる上に当っても『多少』の衝撃と音と共に弾けるだけなのだから。しかし彼女はすぐに後悔することになる。

 

 

「ミモレットさん、開始の合図を頼みます」

 

「了解ですに」

 

「アンタ、ミモには敬語なのよね」

 

「軍に所属していない知的生命体は、軍が守るべき存在だからな」

 

 

軽口を叩き合いつつ、4m程度の距離をとり向かい合う二人。そしてミモレットが声を上げた瞬間、テキーラは目の前で何かが動いたのを感じ取った。すぐさま反射的に自身を守る障壁を展開する。彼女だって素人ではないのだ。

しかし彼女の対応力の上をいかれた結果となった。なぜならば彼女が次に認識したのは首筋にあたる冷たい感触であった。

 

 

「楽人、アンタ本当に人間? 」

 

「……さあな」

 

 

楽人は一瞬で4mの距離を詰めるどころか、障壁を予想していたのか、背後に回り込みまるで強盗犯が人質を取るかのように、後ろから首筋に刃を突き付けていたのだ。嫌味たらしく、峰の方をだ。

 

「侮っていたのは悪かったけど、さすがにその速度で動かれ続けるなら、捕捉できないわよ」

 

「問題ない、テキーラ少尉に合わせた速度に抑える」

 

 

にべもなくそういう楽人。テキーラの心は挑戦者のそれのように燃え上がった。気分屋であり気まぐれな彼女だが、負けず嫌いな所もあるのだ。仕切り直しと二人は先ほどの距離に立つ。

ミモレットの合図と同時に、楽人は後ろに飛ぶ。あえて距離をとっているのはどういった意図なのか、ともかく魔女であるテキーラにとっては喜ばしい事態に変わりはない。すぐさま魔法球を飛ばしつつ、別の呪文の詠唱を始める。

 

「……っ! 」

 

飛んできた魔法球を持っていた剣で払うと、球は弾けるが、テキーラの想定よりも多少小さい。どうやら本当にある程度魔法への干渉をする能力があるようだ。テキーラの頭の中に、最近現れた外様の魔法使いの理論に似たようなものがあったと引っかかるが、すぐさま追撃をかける。一瞬の輝きと共に紫電が迸る。本物の稲妻よりも遅いが、少なくとも人間が避ける事が出来るそれではない。

 

 

「これならっ!」

 

 

楽人は回避することは出来なかったが反応は出来たのか、テキーラが視認したときには右腕が振り切られたポーズで止まっていた。彼女の放った稲妻は彼女が作った結界にその威力の殆どを吸われてしまったのが彼女にはわかる。

 

「受け流したの。ねぇ、楽人アンタ本当に何者なのよ?」

 

「いや、受け流しきれてない。一般的な成人男性ならば、スタンして無力化されてしまう程度のダメージは受けた。だが打たれ強さには自信があるのでね」

 

 

そんなことを事も無げに言う楽人。テキーラからすれば練操剣の使い手以外で自身の魔法を受け流す非魔法使いなど想像できないものだ。だが、いやだからこそ興味がわくのを感じた。

自分は学者のような気質はあまりないが、もう一人の自分が知れば研究対象として興味深いであろう。身近にこんなものがいたことに彼女は唇の端を釣り上げた。

 

結局その後テキーラが魔法で牽制しながら、偶に近寄って来る楽人から逃げ、楽人はひたすら魔法を受け流しながらテキーラを無力化しようという動きがずっと続いた。そしてひと段落ついたところで先ほどに戻るのである。

 

 

「ねぇ、今度アンタの血を貰っていい? 魔法薬の媒介になりそうよ。幻想種の血の代用になったりして」

 

「構わないが、カルーア少尉が希望したらだな。また、何か分かった場合に私に伝える事も守ってほしい」

 

そんな会話を交わしながら、二人はもう一戦としゃれ込むのであった。少し相互理解が進んだような気もするが、テキーラは普段カルーアの中にいる人格であるので、一人と仲良くなったとすら言えないのが、不器用な楽人のやり方っぽかった。

 

 

 

そしてクロノドライブが開けたあと、ルクシオールどころか、EDENとNEUEの両方を揺らがす宣言が飛び込んできた。

 

 

 

「我が名はフォルテ・シュトーレン。この宇宙NEUEに新たな秩序をもたらす存在だ」

 

 

 

その通信元はセルダール。内容はクーデターの成功。そしてこの通信を行ったのは、ルクシオールのクルーならば知らない人はいない人物。フォルテ・シュトーレンであった。

 

 

 


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