銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第5話 覚醒/達成

第5話 覚醒/達成

 

 

 

楽人が無事潜入している間、先ほどの混乱とは打って変わってルクシオールは平和であった。怪我人もなければ、壊された設備もない。Mサイズの女性制服が1つ無くなっていたが、格納庫で発見された。勿論物的証拠として付着した毛髪と共に押収されたが。

加えて、混乱が収束し始めた時に本物のブラマンシュ商会の艦が来たことも大きい。要するに構っていられなくなったという訳でもあるのだが。なにせ

 

 

「あら、タクトさんどうしましたの? 鳩がストライクバーストを食らったような顔をしていらっしゃいましてよ?」

 

「ミント!! 久しぶり! 相変わらず笑顔が素敵だね」

 

「ミントさん! 」

 

 

補給に来た艦は何と、偶然この近辺の視察と配達に来ていたミント・ブラマンシュ。ブラマンシュ商会NEUE支部長御本人の乗る艦だったのだから。船ではなく艦だ。護衛船団を組むくらいならば、EDENの技術力で武装した艦1隻の方がコストも減るし、巨大化すれば容積も多くなる。加えてNEUEの木端海賊程度など話にならない強さがある。責任者も軍上がりの戦場経験者であり、退役軍人を数人雇えば問題なく自衛できるのだ。

そんな彼女は半ばサプライズでルクシオールに来ていた。無理して来たのでなく本当に一番近かったのだが。このことは楽人にも伝えていない。彼には近くの艦が向かう事と、極々自然に商会を礼賛するようにとしか伝えていないのだ。ちなみに後者の要求だが、律儀な彼はこの後購入した商品のレビューを知り合いの魔法使い経由で提出するのであった。

 

 

「あら? 例の何者かはいないのですか?」

 

「ああうん。何者かが来たから何者かがそれを抑えに。今はその何者かと一緒に行ってる」

 

「……なるほど。私も楽しみにしておりましたのに」

 

 

聞いているリコやカズヤたちルーンエンジェル隊には理解できないものであったが、ミントはタクトの心を読むことで察した。件の人物は侵入者が来て、その人物の対応で外している。という事だ。

先ほど織旗楽人が通信の秘匿レベルを下げて繋げてきた時点で何か狙いがあるのを読んではいたのだが。さすがに画面越しに心を読むことはできないのだ。

しかし、心を読める彼女は表情や動作、息遣いと、対象の心理状況を常に『対応させてコミュニケーションをとっている』為、既に経験則でテレパシーを使わないでもある程度は心が読めるようになっている。

考えても見てほしい、言うなればミントはゲームで言うと、彼女だけ敵の次の『行動名』と『チャージゲージ』が見えた状態で、普通の人も見える『準備モーション』を見て戦ってきたのだ。『チャージゲージ』と『行動名』が見えなくても、そのモーションだけ見ればすぐに『経験則で』何が来るか対応させるゲーマーのようなものだ。人のちょっとした仕草や、声の質からかなり正確に心理状態を察することができるのである。そして、そんな恐ろしい事ができるという事実を知るものは、本人のみである

 

 

「この後の予定は? 」

 

「補給をしたらとんぼ返りで本星のNEUE支店本拠地に……の予定でしたが、状況が状況ですので……船速では追いつけそうもないのですが、迎えをセルダール方面から呼んでいます。よろしいでしょうか?」

 

「うん、いいよ。こっちも都合が良い」

 

 

タクトの問いかけに言葉足らずでそう告げるミント。タクトの問いかけの本質を理解し、問答を省略しているのだ。それに対応しているタクトも流石であるが。

 

 

「えーと、タクトさん? どういう事ですか? 」

 

「あ、うん。ミントは来た艦は残りの人員に任せて、彼女自身はルクシオールでセルダール方面に途中まで同行するって。これから1戦交えるし、セルダール前でもう一度補給を受けられるならこちらとしても有難い」

 

「なるほど……」

 

 

要するに、ミントはここでルクシオールに乗り換えて、迎えに来る別の艦とセルダール近くで合流し素早く中央近くに移動する。ルクシオール側も何が起こっているかわからないセルダールに突入する前に万全の体制にしたいという思惑もある。両者の合意を先ほどの会話でこぎつけたのである。

リコの質問に答えている間にミントは端末で指示を終えていた。あとは作業員が機械と協力して補給品の運び込みを行えば作業終了である。

 

 

「それでは、暫くお世話になりますわ」

 

「うん、積もる話も、交換したい情報もあるしね。歓迎するよ」

 

 

ちょっとした同窓会……には少し面子に欠けるが、ミントはルクシオールに同行することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついたぜ」

 

「ふむ、これか……確かに紋章機だな。それとこの契約書で問題が無かったらサインを頼む」

 

「ヘイヘイ……ほいっと! んで、これからどうするんだ? 」

 

「こちらが聞きたい。どうやって取引をする予定だったんだ? 」

 

 

鈍足であるブレイブハート。クロノストリングは搭載していないので単体でのクロノドライブもできないのだ。しかしながら2時間という時間とアステロイド帯を突っ切るというショートカットがあったおかげで、無事アニスの艦に到着した。

彼女の艦は特に変哲のないEDEN製の高速小型船であり、数年前に流行った物を若干の廉価版として調整し、NEUE人でも手の届く範囲にデチューンされたものだ。それでもシャトル2隻分の格納庫と、数名が問題なく暮らせる船室。1人でも動かせるように簡略化された操舵システムと、彼女が望むもの全てを兼ね備えていた。

 

そんな艦の格納庫に無事着艦した後、アニスは慣れた手つきでブレイブハートに艦のエネルギーを供給し始めた。楽人はそんな彼女の仕草の合間に完成した契約書を提示していたのである。ほぼ読まないでサインするあたり、彼女の無頓着さが知れるが、彼女は一杯食わされそうだと思った場合『勘』が働くのだ。

彼女の勘は最早ESPの領域であり、知覚できない存在や運命すら無意識にかぎ分けているのだ。それが働かない契約書、事実特に騙すつもりのない正当なものであった故に彼女は無頓着であった。

 

 

「手に入れたら連絡しろって言われてる。ただ座標やチャンネルは暗号化されててリダイヤルしかできねぇ」

 

「そうか……座標指定通信のようだな。なるほど広域放送を拾うのか。原始的だな」

 

 

手段としては例えるのならば、あらかじめ決めておいた、寂れた飲食店の男子トイレの奥から3番目の個室にメッセージの書いた紙を残すといった所か。彼等EDEN人の感覚としても、手段としてもその位原始的なのだ。

 

楽人が懸念しているのは、既にこの一帯は敵の領域である可能性だ。ルクシオールと一度通信し、詳細を埋めたいのだが、全ての通信を傍受されている可能性は十分考慮すべきものだ。補給の所要時間、此処までの航行時間を考慮するとあと30分ほど待てば向こうも配置につくであろう。

 

もう少し待ってから通信するようにアニスに伝えようと顔を上げると、彼女は既に通信を開始していた。慌てて止めようとするものの、万が一にでも相手が応対し自分の姿が映ったら不味いと、機体の陰に飛び込んだ。

 

「例のブツは手に入れた。取引がしたい。場所は何時もの所にいる」

 

 

彼女はそれだけ言って通信を切った。本当に一方的なやり方だが、相手はこれをキャッチする手はずなのであろう。

 

 

「勝手な行動は控えてほしいのだが、できればもう少し待ってからが望ましかった」

 

「ん? ああ、わりぃわりぃ。なるべく早くやった方がいいって思ってな」

 

「……そうか」

 

 

恐らくだが、彼女の勘がそう判断したのだから間違いではないのであろう。例えば期限が決められている可能性、一定時間以上の経過を失敗とみなして取引がなくなるといったものだ。そういった事もあったのかもしれない。

 

 

「データとやらの到着まであとどれくらいだ?」

 

「ん? 多分30分かからない位じゃないか? なぁなぁ、それよりよぉ、このブレイブハート? ってのはオレのレリックレイダーを強化できるんだろ? 」

 

「……そうだ。一種のブースター……いや、拡張パーツの様に紋章機と合体し、飛躍的に戦闘力を上げる。もちろん問題点もあるがな」

 

 

好奇心旺盛なのか、一応の成果物であるブレイブハートに彼女は興味津々である。楽人は律儀にもそれに答えている。今の彼女の立場は『もうすぐ軍に入る民間人』なのだ。罪科は先ほどの『入るにあたっての契約』で相殺しているわけで。無下にできないのだ。

内々定を受けた途端に、至れり尽くせりのサービスをしてくる企業みたいなものだ。ほら、資格も取れるし、うちに決めなよ? ね? 他の所はもううけないでさ? みたいなものだ。

 

 

「なぁ! 合体させてみて良いか?」

 

「構わないが、持ち逃げができるとは思わないことだ。まあ万が一にはこの機体で脱出するからな。そういう意味ではむしろ歓迎すべきだ」

 

「よっしゃぁ! 」

 

 

子供のようにはしゃぐアニスだが、彼女の提案は悪くない。例えばブレイブハートの引き渡し交渉の際に、問題が発生しアニスがより高額なところに買ってもらう! 等と相手側に撃という事は『データ側』も想定しているであろう。そうなった場合、恐らく敵の目的はブレイブハートの入手ではなく、無効化……破壊にシフトする可能性もある。

 

つまり相手がこちらを攻撃する可能性も十分にあり得るのだ。であれば、鈍足で装甲火力共に貧弱なブレイブハートは紋章機と合体させておいた方が、都合が良いであろう。

アニスがクレーンを操作して合体作業を行っている間、楽人は周囲の宙域のMAPを頭に叩き込み状況に備えるのであった。

 

 

 

 

「ようやくおいでなすったか。おいデータ!」

 

「ディータよ! しっかり覚えなさい」

 

「おぉ、わりぃわりぃ」

 

 

しばらくしてターゲットが現れる。楽人にとっては予想外なことに、武装した大型の艦とはいえ単艦であった。勿論姿を見せない伏兵の可能性はあるが。アニスにはできるだけ交渉を長引かせるように先ほど伝えた。モチベーションになればと、「仮に先に金を受け取った場合、その金額そのまま君の物にして良い」と独断で指示した為非常に上機嫌だ。

実際ブレイブハートを渡すわけにはいかず、金を巻き上げたとしても処理が面倒なのでアニスの物にして構わないのだ。賞金稼ぎと賞金首と保安官の関係みたいなものだ。

 

 

「約束の品は用意したぜ……ほらよ」

 

「……さすがねアニス。見込み通りの腕よ」

 

「へへ! 当然だぜ」

 

 

調子が良い事だ。実際には失敗しているのに。アニスが画像を送信しているのを影から見ながら彼はそう独り言ちた。

この後、ターゲット側から迎えの人員が来て回収するのならば、乗り入れのタイミングで反旗を翻す。逆にこちらから渡せと言われ場合、合体させたまま敵艦に向かう。その間にこの艦は自動操縦で遠ざけておき、時間稼ぎの戦闘に入る手はずだ。

 

 

「ところで、アニス」

 

「なんだ? 売値ならまけねーぞ」

 

「……どうして艦に生命反応が2つあるのかしら? 」

 

 

楽人はその言葉を聞いた瞬間背中に氷柱を突き立てられた錯覚を受けた。よく考えれば当たり前だ。生体反応の数をサーチされる可能性をすっかり失念していた。これは完全に楽人の油断であろう。

NEUEの艦を操る勢力がそこまでの技術と判断力を持っているであろうか? といった慢心があったのかもしれない。ともかく、良くない状況なのは確かだ。このことに関しては一切打ち合わせをしていないのだから。

 

 

「ん? ああ。今回ので金が手に入るからな。鑑定士を雇った。これで貯めこんだ物を捌けるってもんだぜ」

 

「そう……それで、その戦闘機の事だけど……」

 

 

どうやら、アニスが誤魔化してくれたようだ。楽人は止めていた呼吸を通常に戻す。最近動揺をするという事すらしていなかった為、久しぶりの感覚であった。冷静さを取り戻すと、先ほどのアニスの切り抜け方は見事であると言える。彼から見ても嘘を言っているように見えない見事なとぼけ振りだ。やはり経験を積んでいるというのは嘘ではないのであろう。

 

 

「約束通り、こっちの言い値で買ってくれるんだよな? まあ、アタシも鬼じゃねぇ。800万ギャラってところで勘弁してやる」

 

「ククク……フフフ……アハハハハハ!!」

 

 

そうこうしていると、突然気がふれたように笑い出すディータ。フードをかぶってよく見えない顔も口が大きく開いているのだけはわかる。アニスは突然のことに目を丸くしているが、楽人にはわかった。こいつは悪人だと、裏切るつもりだと。

 

 

「何がおかしい! 」

 

「フフ、こっちの目的はねぇ、奪取じゃないの。無力化なのよ!! 」

 

「なんだとぉ! 」

 

 

その瞬間、艦内にロックオン警報のアラームが鳴り響く。楽人はすぐさま脱出の準備に取り掛かる。

 

「それじゃあ、バイバイ。トレジャーハンターさん」

 

それだけ言うとディータは通信を切る。ロックオン警報が、敵艦に高エネルギー反応を確認といったものに変わる。もう時間的猶予はない。

 

 

「このクソ女がぁー! 」

 

「アニス・アジート、プランBだ。急ぐぞ」

 

「あ? お、おう」

 

 

そんなものはない。わけでは無く、脱出の手筈であった。彼女が機体に乗り込んだ瞬間、シールドに初弾が命中艦に震動が走る。すぐさま発射シークエンスを終え、エンジンを稼働させたタイミングで艦は爆発に飲み込まれた。

 

 

「……しぶといわねぇ!……あのガキ、紋章機を持ってたわけ」

 

「ヘヘーン。ざまぁみやがれぇ!! ってオレの艦がぁ!! 」

 

「…………」

 

 

喜怒哀楽の激しいアニスは、挑発した次の瞬間にショックを受けている。自分に素直なのはいいのだが、もう少し集中すべきであろう。楽人は無言で乗り込んでいた『ブレイブハート』の中で救難信号を全方面に向けて送信。エルシオールに向けて専用回線を開いて交信を試みている。

 

 

「まあ、いいわ。アンタが下手したときの為に、こっちも単艦で来たわけじゃないの」

 

「んな! 隠れてたってわけかよ!! 」

 

「……」

 

 

ディータの余裕たっぷりの言葉と共に、彼女の艦の背後にステルスを解除した7隻の駆逐艦と巡洋艦の艦隊が現れた。この前の無人艦より性能が良いのであろう、艦のレーダーでは感知できていなかったが、レリックレイダーの物ならば十分感知できているはずのお粗末なステルスだったが、嘆いても敵の数は減らない。

 

 

「さぁ、宇宙の塵に消えなさい」

 

「っへ、やれるもんならやってみなぁ!! 」

 

「…………」

 

 

既に一触即発。どちらが先に動くか牽制しあっている。そんな空気だ。だからこそ投げ込まれる小石は大きな波紋を生む。

 

 

「やぁやぁ、楽しそうなパーティーじゃないか」

 

 

その言葉と同時にルクシオールがドライブアウトし、すぐさま射撃を開始した。射程距離外であるために命中はしないが、増援の存在に焦るディータ。上役から絶対直接戦闘するなと厳命されているのだ。通信に割り込んできたタクト・マイヤーズとは。

 

 

「どうやら間に合ったようだね。楽人、お疲れ様。カズヤいった通りだったろ? 任せておけば問題ないって」」

 

「ルクシオール!! それにタクト・マイヤーズ……救国の英雄でもこの登場は無礼ね」

 

「いやぁ、それほどでも」

 

 

和やかな会話をしているが、ルクシオールは紋章機の発進シーケンスに入っており、ディータ艦も回頭を開始している。お互いの思惑が少しばかりの時間が欲しいという所で合致したからこそのやり取りであった。そしてそのやり取りはルクシオールに大きな成果をもたらすこととなる。

 

 

「あら、懐かしい顔ね」

 

「!! お前はぁ!! テキーラ・マジョラム!! 」

 

「はぁい。お久しぶりね。公認A級の御前試合以来かしら? 」

 

「おや、テキーラ。顔見知りかい? 」

 

「ええ、昔ちょっとね」

 

 

ディータという人物、そのバックグラウンドの一部がつかめたのだ。これは大きい。彼女に接触した勢力や思想経歴。そういった物から敵の黒幕の事情を推察する事は、決して不可能ではないのだから。

 

 

「ふん、いいわ。今回は引いてあげる。最も貴方たちがここを切り抜けられないのなら無意味だけどね」

 

 

時間は平等で、ディータの方も撤退準備が整ったのか、そう捨て台詞を残して宙域から離脱していく。追うのにはなかなかにコストがかかるであろう。であるならば

 

 

「それじゃあ、敵は7隻。こちらの戦力は紋章機3機と合体紋章機が1。ってところだね。アニス君だっけ? 君もそれでいいよね?」

 

「ああ、かまわねーぜ。オレは今ムカついてんだ!! 」

 

「それじゃあ、こっちの指示に従ってもらうよ」

 

 

この場でできる事は敵の殲滅であろう。紋章機の数は揃っているのだから。現在仮隊員である彼女も協力に応じている。それならば敵戦力の磨耗をすべきであろう。何より都合がいい事に

 

 

「楽人、色々頼むよ。カズヤ、今回はここから指揮をしてほしい。ブレイブハートに乗り換えている時間はないからね」

 

「了解! 司令ご指導お願いします! 」

 

「了解です。アニス・アジート君。支援は任せてくれ」

 

 

カズヤに直接指揮の指導をしながら実戦ができる事だ。100の演習よりも1の実戦である。タクトは、カズヤを将来的には指揮官にするつもりであるのだから、こういった経験を積ませるのは大事であろう。勿論操縦しながら指揮をする必要はあるが、それは今後の課題で良い。

 

 

「アニスで構わねぇぞ。一々長ったらしいだろ」

 

「そうか、アジート君」

 

「おい! 」

 

「冗談だ。アニス君。だが軍属になった以降は……」

 

「あーはいはい、それじゃあ行くぞ! 」

 

 

楽人の方も小粋なジョークを出すほどの余裕があった。ブレイブハートの実機操縦は初めてであるが、実は彼は、戦闘機の操縦経験があった。

その上ブレイブハートに関しては、とある理由で機構を頭に叩き込まされていたのだ。カズヤが使用不可能になった時の予備でもあるのだが。故に操縦することは不可能ではない、勿論カズヤ用に調整してあるので、十全の能力は行使できないが。

 

 

「カズヤ。頼んだよ」

 

「はい! 総員戦闘開始! 目標は敵艦隊の殲滅だ!」

 

────了解!

 

「リコ、テキーラは左翼の敵の殲滅を頼む。ルクシオールはその背後を追従。ナノナノは織旗中尉と合流してくれ」

 

 

カズヤはまず7隻の敵の編成に目を向けた。速度に優れるが相対的に火力、装甲に乏しい駆逐艦。対戦闘機への火力もある巡洋艦。巡洋艦は1隻しかいないがこちらから見て右翼に展開している。

速度で優れる合体紋章機のレリックレイダーがそれを相手している間に、左翼の敵を殲滅。厳しい戦いになるのは右翼側なので、修復ができるナノナノの機体ファ-ストエイダーをそちらに行かせて支援をするといったものだ。

レリックレイダーは早速敵に向かう。元々の位置関係と速度もありもうすぐ到達するであろう。その時間にタクトはカズヤに尋ねた。

 

 

「全機を巡洋艦に突っ込ませるという手もありだと思うけど? 」

 

「あ……はい、でもルクシオールの守りを薄くするのは、増援の可能性が捨てきれない以上避けるべきかと思いまして。」

 

「なかなか、慎重な指揮を執りますのね」

 

 

ちゃっかりブリッジにいるミントもそう評する。来賓席の様にタクトの後ろに座り地面に届かない足を浮かせている。カズヤは二人のいう通り若干慎重な手段を好んでいる。もちろん必要だと判断した時は大胆な奇策も必要であるが、大きな成果を得る必要が無いなら確実に行くべきだとも考えているのだ。

 

 

「よーし、レリックレイダーいくぞ! おい楽人! 狙いを外すなよ!」

 

「難しい注文だな『射撃は専門外』だというのに!」

 

 

レリックレイダーが早速目標の巡洋艦に取り付き周回移動に入る。合体によりスラスターの数が増え精密な動作ができるようになったからこその技だ。

アニスは何時もよりも火力の増している自分の機体を満足げに滑らせる。圧倒的な火力の前に敵の装甲とシールドが見る見るうちに捲れていく。

 

 

「へへっ、ちょろいもんだぜ! 」

 

 

しかしそこでアニスは気づいた、ブレイブハートの砲門の操作権限は渡されているので、火力が高いのはわかる。しかし対空砲を搭載している巡洋艦相手に、特に敵の砲門を狙わないでいたのに、こちらの被弾が異常なまでに少ないことを。

 

 

「全く、わがままな子だな、君は」

 

「おぉ、やっぱりそうだったか、お前やるじゃねーか。本当は射撃もできんじゃねーの? 」

 

 

その要因は彼女の後ろの機体に搭乗している、織旗楽人に存在した。彼は射撃を一切行わない代わりにすべてマニュアルで軌道計算を行い、アニスの周回軌道を邪魔しないようにしながら砲門の稼動域、冷却のためのタイムラグなどすべてを読み切って、被弾を限りなく少なくなるルートを算出。そこを誤差0.51%単位で正確にトレースさせていたのである。

 

 

「いや、射撃は本当に苦手でな」

 

「どーだか」

 

 

楽しそうに笑うアニス。男女を何よりも近づけさせるのはスリルと戦闘における連帯感だ。と先の大戦の『旗を 折(織)る英雄』も言っていた。厳密には言わされていただが。

 

 

「楽人の奴、鬱憤が溜まっていたんだな」

 

「タクトさんのお仕事ぶりが問題なんですよ」

 

「それにしても、あの卓越した技能……いったい何者なのでしょう? 見当もつきませんわ」

 

 

ブリッジでも楽人の技量を見て、ほのぼのとした空気が流れていた。最もそれは3人だけであって、多くのブリッジクルーはそもそも操作ログまで見ていないので、アニスの技量が並外れているとしか見えない。他に分かるのは指揮を執っているカズヤだけだ。

 

 

「し、司令。僕より織旗中尉の方が……」

 

「カズヤ、それはないよ。君は選ばれたんだ。それに射撃をしないなんて言うのは合体紋章機の良さを殺している。砲門が元々そう多くないレリックレイダーだから扱いきれているけれど、他の紋章機ならブレイブハートの火器まで扱いきるなんて無理だ。そういう意味で、エンジェルと息を合わせて攻撃するのが大事であって。それができるのは君なんだ」

 

「ほら、カズヤさん指揮をお続けになって下さいませ。戦況は動いていますわ」

 

「りょ、了解です」

 

 

カズヤは自分に求められている事を改めて自覚し、指揮に戻る。少し釈然としなかったが、指揮をしながら頭の片隅で考えていると、なんとか納得出来て来る。

 

確かに織旗中尉の軌道制御はすごいものだった、できれば後で師事を受けたいほどに。だけどあの人の持ってる軌道制御だけだと、ブレイブハートのパイロットに求められている物とは違う。合体先の搭乗者との信頼、射撃能力、指揮能力、軌道制御能力。それらを持ち合わせる必要があるのだ。

 

カズヤは手を強く握り締めて、決意を新たにする。今この指揮に専念できる状況で多くを学ぼう。目の前には銀河最強と謡われる指揮官がいるのだから。多くの事を学び取れるはずだ。

 

 

「ナノナノは17秒後にリペアウェーブ。リコは悪いけどそのまま2隻を足止めしておいてくれ。テキーラは後方の敵にヘキサクロスブレイクを。アニス! 君は次の駆逐艦を! 」」

 

「おや? 」

 

「あら? 」

 

 

カズヤの指揮の質が変わったのをタクトとミントの二人はすぐに感じ取った。場所まで細かい指定はしないで大まかに方針を指示する、タクトのそれ。そして特殊兵装のリチャージ時間を予測と経験に基づいて弾き出し、その回復をあてに一機壁役をやらせている。

もちろん時間的余裕は見ている、リコのクロスキャリバーはこのままのペースで30秒は余裕で持つであろう。そういった意味で彼の安全策を取るという方針も変わっていない。

 

 

────了解!!

 

「……さすがはミルフィーさん、なのでしょうか? 」

 

「いやー。これはカズヤがすごいんだよ、ミント。若い世代が育つとオレが楽できるからうれしい限りだ」

 

 

タクトはそう満足げに笑う。いつも通りであるが、今回はすべて順調に運んだのだ。アニス・アジートを隠れ蓑にさせて、楽人は実力をカズヤにだけ見せる事が出来た。それが良い刺激になったのかカズヤの目に男の子特有の闘志が燃え上っている。

これならば問題なかろう。楽人が実は腕利きのパイロットである事も、カズヤにしか伝わってないであろう。エンジェル隊にもカズヤ経由かこの戦闘に違和感を覚えて伝わるかもしれないが、楽人頼みになるという事はないであろう。

こうして、合体紋章機の活躍とカズヤの指揮もあって、ハイペースで敵を倒していき戦闘は大勝利で終了したのであった。

 

戦闘終了後、満足のいく結果だと、にやけていたタクトだが、ここで一つだけ予想外なことが起きた。

 

「さて、オレはずらからせてもらうぜ! 従うのは勘弁なんでな! 」

 

「な、アニス!! 」

 

 

アニスの逃亡である。まあ彼女からしてみれば、一刻も早く艦を壊したディータに仕返しをしてやらなければ気が済まないという理由もあったのであろうが。契約違反であることには変わりがない。楽人は内心ため息をつきながら、合体を解除する。

 

 

「っち、さすがにそれ事持っていける程甘くはねぇか……って、おい! 楽人ぉ!」

 

「……すまないが、仕事なんでね」

 

「はい、お疲れ様だよー」

 

 

しかし合体を解除した瞬間レリックレイダーの主機はダウン。辛うじて航行ができるが、これ以上の戦闘は不可能であり、クロノドライブなんてもってのほか。そんな状況に陥る。原因は単純だ、エネルギー切れである。勿論無尽蔵にエネルギーを生み出すクロノストリングなので、時間経過か整備をすれば問題なく戦闘行動をとれるが、暫くはまともに動けないのは事実である。

こうなった原因は簡単だ。事前の打ち合わせ通り、火器管制をすべて任せる代わりに、周回軌道中のスラスター操作の多くの権限を持っておいた楽人がコンバーターに一時貯蔵してあるエネルギーをブレイブハート側に移動させた上で、全ての挙動をレリックレイダー側のエネルギーで行っていた。それだけである。やろうと思えばカズヤでもできる。何せ設定を弄るだけなのだから。

これは先ほどタクトの『色々頼むよ』の言葉を受けた彼が行ったことであり、命令通りに行動した結果ともいえる。

 

 

「それでは、1名様ごあんなーい!」 

 

「ちくしょー! 覚えてやがれ! 」

 

 

流石のアニスも紋章機3機と戦艦に囲まれてエネルギーを起こしている状況じゃ反抗をするという事はしない。大人しくエルシオールに収容されるのであった。しかしアニスの受難はこれで終わらなかった。

 

 

「いやくきん?」

 

「ええ、アニスさんが商会の艦を購入する際に『EDEN軍に害する目的での利用をした場合』違約金として1000万ギャラが請求されますの」

 

「ん? オレの借金はチャラになるんだし、それも肩代わりしてもらえるんじゃねーのか?」

 

 

当然の如く、ブラマンシュ商会はアニスを追いつめに行った。彼女は購入する際に少しでも安くしようと色々と余分な契約まで付帯していた。その1つがEDENとの敵対行為を禁ずるという物だ。

これは敵対した人物が捕まった際『なんだかよくわからない口座(意味深)』に多額の金額振り込むことで、あら不思議、武器を売った商会側には一切責任はいきません! という仕組みであり、その一部を強制的に違反者の負債にするのだ。

勿論払えないので、ブラマンシュの息がかかったクレジット会社から借りる。そうすると刑務所内での労働の金が長期にわたって流れ込む仕組みだ。刑務所の中なので踏み倒しもできない仕組みである。皆幸せになるシステムです。

 

 

「あら? この契約書には、『過去の2回の攻撃を無かったことにする』と『その前までに有った負債の肩代わり』ですわね。違約金が発生したのは、貴方の身柄が軍に置かれたときですので『借金がチャラになった上に違約金が発生する』形になりますわね」

 

「楽人ぉ!! てめぇ! 」

 

「自業自得であろう、我々(サービス)との契約書に嘘もなかった。商会との契約書の細部まで読まなかった君の責任であろう」

 

「くそ!! 1000万ギャラかよ……」

 

 

実際、楽人の契約書に不備はなかったうえに、彼女をはめる意図などなかった。彼女の罪科を消したので、それより前に借金を肩代わりする形をとっただけであるし、違約金のことなど知りもしなかった。故にアニスが騙されたのだが。

 

「何を勘違いしていますの? 貴方は2度敵対していますから2000万。さらにブラマンシュ商会の名を借りての犯罪行動。これも許しがたいので訴訟を起こさせていただきます。あら? 軍人さんは任務中の場合、慰謝料で解決するのでした。そうすると……」

 

「ちくしょー!! 」

 

 

アニス・アジート現在3つの会社に、合計月額60万ギャラのローンあり。

 


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