銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第6話 偽悪/飛躍

 

 

「ドライブアウトまで90秒、総員持ち場につき最終確認をお願いします」

 

 

ミントと引き換えに最後の補給を受けたルクシオールは、セルダール帰路における最終クロノドライブの佳境にあった。後1分と少しすれば、目の前にセルダールが現れる。

 

 

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

「その両方やもしれません」

 

 

何せ相手はフォルテ・シュトーレン。それに彼女が率いる、謎の武力集団である。相手がこちらの手の内を知る指揮官というのは、タクトからすれば非常にやり辛くはある。だが戦闘することを踏まえてでも、セルダールの解放は必要だ。

にこやかなタクトと、無表情な楽人だが、内心には複雑なものが渦巻いている。ブリッジクルーもそれをわかっているのか、口数は少なく、表情も少し硬い。

 

 

「ルーンエンジェル隊の皆、出撃準備は万全かい? 」

 

「1番機 クロスキャリバー。準備完了です」

 

「0番機 ブレイブハート。こっちも行けます!」

 

「3番機ファーストエイダーもばっちりなのだー!! 」

 

「4番機スペルキャスター。任せておきなさい」

 

「5番機レリックレイダーもいけるぜ……ったく」

 

「親分、元気出すのだ! 」

 

 

5人からそれぞれの返事が返って来る。ちなみにナノナノの親分というのは、命を助けられた彼女がアニスの事を、尊敬をこめてそう呼んでいるのである。まだ不満があるアニスは恨めし気に楽人を睨みながら、ため息をつく。

彼女の主観ではこいつが騙して悪魔(ミント)に売り払ったとなっているのだ。しかし一切表情を変えることなく、それどころか反応を返さない彼の姿に、まずます苛立ちが募る。だが彼女も今の状況がわかっているので大人しく操縦桿を握り締めるだけで堪える。

 

 

「ドライブアウトまで後3秒……2……1……! ドライブアウト!! 」

 

「周辺スキャンを急げ! 」

 

「司令! 通信が入りました!」

 

「気の早い事で」

 

 

ドライブアウトし、緑色の空間から馴染みある星の海に漂着した途端。こちらのスキャンが終わる前に不明艦からの通信が入る。タクトは継続して捜索する様に伝えながら、気を引き締めて繋ぐ。

 

 

「はいはい、こちらルクシオール、タクト・マイヤーズ」

 

「相変わらずだねぇ、その人を小馬鹿にしたような態度」

 

「フォルテ。やはり君か」

 

 

通信をつなげてきたのは、やはりというべきかフォルテであった。自信に満ちたその瞳は何時ものそれであり、洗脳を受けているといったことはなさそうに見る。だがそんな事より火急の問題なのは、モニターに表示されているスキャンの結果だ。

彼女はこの場所で待ち構えていたようで、既にルクシオールが200隻の無人艦に囲まれているという事だ。方向のみを限定すれば四面楚歌ではないが、周囲に敵しかいない孤立無援であった。

 

 

「ああ、そうだよ。それと『隣にいるのは新しい副官』かい? お得意の人心掌握だが、『4機の戦闘機』しか持たないんじゃ意味ないし、そもそも出させはしないよ」

 

「ふーん。歓迎パーティーでもして「総員攻撃開始!! 目標はルクシオール!!」やり辛いなぁ! 出撃は中止、緊急退避だ!」

 

 

もう話すことなどないと、有無を言わせずにタクトの時間稼ぎの会話を封じた有効な攻撃を仕掛けてきたフォルテ。要するにタクトの得意技『相手を挑発し冷静な判断を失わせつつ分析。ついでに出撃時間を稼ぐ』を、会話を断ち切ることで無効化してきたわけだ。

ならばやることは一つ、数と武装で劣るこちらが、辛うじて勝るシールドと船速を生かし

 

 

「撤退だぁー!! 」

 

「ルクシオールは艦底部のシールド出力が高い、操舵主、予定通り天頂方向に転進後、クロノドライブ準備だ!!」

 

「逃がさないよぉ! とにかく撃ちまくるんだ! こっちに向いた土手っ腹めがけてねぇ」

 

 

タクトのその言葉で急激に状況が動き始める。ルクシオールには200もの艦からの砲火が注ぎ、衝撃と轟音に苛まれていく。いくら高性能なシールドと分厚い装甲を誇っており、かつ直前に補給を受け万全の状態でも、飽和状態の火力に見舞われてしまえば、幾ばくもなく溶けてしまうであろう。

事実、フォルテは鶴翼の陣さながらルクシオールを包み込み、十字砲火の要領で1点に火力を集中させているので、最も苛烈に攻撃に晒されている部分では、シールドの回復が追い付いていない。旧式の戦艦では全弾を撃ってもジェネレーターからのエネルギー供給でシールドが捌ききれるとすら言われる、堅牢なルクシオールの防御が抜いてきている以上、時間的猶予はあまりない。

 

見事な敵の采配であるが、ルクシオールも元々撤退のサブプランを持ち合わせていた。通常航路よりもやや天頂方向にドライブアウトし、敵がいたとしても、対面するのは2つ目のシールドジェネレーターのある艦底部。シールドと装甲の分厚い方面で攻撃を捌けるように限定させつつ、素早く退路へと転進出来る。タクトの采配であった。

これで事前の準備では互角、あとは時間との勝負であった。

 

 

「クロノドライブまで17秒!! ですがシールドが後15秒しか持ちません!! 」

 

「なにがなんでも逃げ切るんだ!! 」

 

 

そして戦況の天秤はフォルテ側に傾きつつあった。2秒程間に合わない試算が出たのである。タクトは居住区へのエネルギー供給を司令権限でカット。非生活区域の重力発生装置も同じくカット。と手を回しているが、それでも足りない。

 

 

「通信切れぇ!! 」

 

「りょ、了解!!」

 

 

まだ開いていた通信ウィンドウを、全ての通信回線事切らせるタクト。フォルテはもちろん、状況を見ている紋章機の操縦席や格納庫など全てとの通信が一時的に途絶えた。ブリッジクルーはエネルギーを少しでも捻出する為であろうと理解し、他にも各自の判断で動いきエネルギーの捻出を急いでいる。

 

 

「頼むよ」

 

「了解」

 

 

だからこの瞬間、織旗楽人の事を視線に入れる者は何処にもいなかった。彼がタクトの命令を受けて、コンソールに触れた瞬間、エンジンの出力が瞬間的に上昇したのだ。

 

 

「これはっ! エンジン出力が急上昇!!……これなら、行けます!! 」

 

「クロノドライブだ、短時間でいい、戦域から離脱さえすればこっちの物だ!! 」

 

 

ルクシオールは、そもそも安定しないクロノストリングを無数に積んでいるが、それでも一定の波はある。調子の良い日悪い日があるのだ。多くのクルーは運が良い事にそれが来たと判断した。

タクトの生来の運の良さは有名であり────ミルフィーが付いていることもあるが────それが今も加護のように守ってくれたと、オカルトめいた事を思った。故にココ以外のクルーはVチップに1件のアクセス履歴があることに気が付かず。また彼女の手によってそのログは、提出様に外部媒体に保存された後、一切の痕跡を残さず消去されたことも知ることはなかった。

 

 

 

 

「逃がしたかい……」

 

「おい、貴様! 手を抜いたわけではあるまいな?」

 

「まさか? 今の攻撃に躊躇があったように見えるかい? 」

 

「……ふん! 次こそは仕留めるんだな」

 

 

フォルテはそう悪びれずに自分の後ろで常に銃を携帯しているNEUE人にそう返す。彼女から見ればこの人物など小物で3流だ。戦略や戦術どころか戦闘の一つも知らないような男だ。ただ声の大きさに自信があるという事だけで上に立っているつまらない男だ。

だが、それでも今は従う必要がある、自分を止めてくれる英雄達が来るまで魔王の手先の一悪魔でいるべきなのだ。

 

 

「まかせたよ、皆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「重傷者はほぼいませんが、クルーの3割が打ち身などの軽傷を訴えています。艦の方は現在エンジン稼働率70%、スラスターは53%。まとめると、怪我人多数。エンジンを含め多くの箇所に損害があります。特に第3以降の倉庫ではロックが甘かったのかコンテナの一部が壊れています」

 

「勝ったはいいけど、無傷という訳にはいかなかったか」

 

 

現在のルクシオール司令室で楽人とタクトの二人は現状を考えていた。既に今後の進路は独自戦力を持ち、援軍を出してもらえる可能性のあるマジークに向かうと、先ほど艦内に通達している。しかし軽症者が100名程出てしまった上に、それなりに損傷を被ったルクシオールは小さくない混乱がある。

先ほどのフォルテとの会話で心の底から敵対しているわけでは無い事を確信できたが、現状何かしらの理由で敵なのは事実だ。200隻をぽんと出せるほどの戦力が敵にある以上、単艦で強襲をかけるのは難しいと言える。

故に今必要なのは同盟相手だ。既に各国に何らかの敵対勢力が蔓延した場合、共同で戦線を開く防衛同盟は締結している以上、マジークは確実に力になってくれるであろう。

 

 

「まあ、幸い紋章機にはダメージが無く、搭乗者にも同じです。大艦隊に遭遇しなければ無事マジークに到達できるでしょう」

 

「ああ、今大事なのは時間だ。出来るだけ早くセルダールを奪還する必要がある。無いとは思うけど民衆が迎合して正式な政府だと認めてEDENと同盟を求められると、戦う大義名分がなくなってしまうからね」

 

 

現在の敵はあくまで反乱軍である。しかし、仮に彼らの革命が成り、国として足元を固められてしまった場合、政権が変わった扱いになる。その場合EDENと協力姿勢を表面上でもとられると、世論の都合上EDEN側(強者)がセルダール(弱者)と戦うのは侵略戦争になってしまうのだ。

セルダールの解放を名目に戦争を行うことは出来るが、NEUE側から見れば立派な内政干渉となってしまい、関係がこじれる可能性もある。戦力差は理解しているであろうが、自棄になってNEUE対EDENの全面戦争に縺れ込んで、得する者だと居ないのだ。最も現在のセルダールは無人艦隊があり、戦力がどれほどあるかは未知数であったが。

 

 

「マジークに急ごう」

 

「了解です」

 

 

だが、彼らの決意は思わぬところから水を差されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼む!! 艦長さんよぉ!! 」

 

「この通りや!! その分ウチらが万全の状態にしたる!! 艦も紋章機も! 」

 

「司令!! 」「司令!! 」「タクトさん!! 」

 

 

事の発端は多くの軽症者が出たことであった。この艦ルクシオールにおいて艦医は精神科が専門のモルデンしかいない。彼にも一通りの医療知識と技術はある、ルクシオールという最先端の艦の医療を一手に携わっているのだ。

だが、多くの場合彼は精神的なケアしか行わない、それはナノマシンという特に外傷に対して万能に近い治療法と、そのエキスパートである、意思を持ったナノマシン集合体のナノナノがいるからだ。

 

多くの怪我人が出た以上、モルデンは自分も患者の対応に追われていた。ナノナノも同じようにナノマシンで多くの人を治療していたのだが、何時もならばまだまだ子供な彼女についてアドバイスをしているモルデンはなく、彼女一人でだったのだ。

彼女にはスキャニング機能をはじめとした、人にない知覚を持っている。人よりもむしろ、とても高度なアンドロイドの方が近い生命体であるが、まだまだ精神的には幼かった。

 

彼女が利用する治療用ナノマシンだが、それは彼女の持っている猫のような尻尾の部分を用いる。彼女自身もナノマシンなのだが、『彼女自身の情報』と『生命を維持する部分』を司るナノマシンもある為に、治療用のナノマシンは別にある。

ナノマシンは消耗品であるために、使えば無くなるし、補充すれば増える。多くの患者を続けて治療することになったナノナノは懸命にも治療を続けたが、尻尾がなくなってしまう。もちろん倉庫に行けばストックはあるが、患者の想定以上の数に医務室にある分をすべて使い切ってしまったのだ。

加えて先の戦闘の影響もあり、倉庫からの補充の見込みはまだ立っていなかった。そんな彼女は速く治してあげたい一心で、あとで足せばいいと思い、自身の体のナノマシンを治療に使用してしまったのである。

 

その結果、彼女は意識を失い、人間でいうと植物状態になってしまったのである。専門家ではないが、医者のモルデンの見立てでは生体電位が低下しているスリープ状態になっており、このままだと数日で機能を停止する。現状この艦にある方法で治す手段はないという絶望的なものであった。

しかし、様子を知って駆け付けていた多くのクルーの中の一人が彼女の出身地であるピコに行けば、彼女がいた培養ポッドがあるのでは? と思い付いたのである。

 

先ほどマジークに急行すると宣言していたタクトだが、仮にマジークに行って協力を取り付けてからピコに向かった場合、ナノナノの生命が間に合う保証はなかった。それどころか確実に間に合うはずはなかった。

それを知った多くのクルーがタクトに頼み込んでいるのだ。だがここで、はいそうですね、ピコに行きましょう。と言えないのが司令官としての責任だ。

 

彼の、というよりも軍の至上目的は、セルダールの解放によるNEUE銀河の騒乱を終焉させることだ。その目標遂行には、ルクシオール単艦では不可能であり、マジークに応援を求める必要がある。

しかも時間的余裕はなく、長引かせるほどに相手が有利になる。希望的に見ればEDEN側からの増援の可能性もあるが、Absoluteとの連絡も取れない以上期待すべきではない。

 

ピコに行くことも、もちろんデメリットだけではない。ナノナノが助かるかもしれないというのに加えて、ピコの保有する戦力も得る事ができるかもしれないからだ。

しかし、ピコはセルダール連合の主要3か国において、殆ど名目上と言って良いほどの力しかない程にクロノクェイクによって衰退していた。纏まり持たない自治星に比べればナノマシン技術によって結ばれた集合体ではあるが、セルダールを30とするとマジークが20、ピコは5といったほどの戦力差がある。

ピコの増援を貰いに行ってマジークに行っていたら、相手が足元を固め、国として成り立ちました。ではお話にならないのだ。

 

しかし、ルクシオールとして、タクト・マイヤーズとしての彼はクルーの一人を、少女の命を見捨てる事は出来ない。故に彼は迷ってしまったのだ。最終的にピコに行くとしても、それを『自分自身』が納得できる理由が必要なのだ。

その事を説明しようと、医務室に押しかけているルーンエンジェル隊と整備班をはじめとしたクルーの前で言おうとすると、彼の横に控えていた楽人から声が上がった。

 

 

「司令、私は反対です。プディング少尉がこうなったのは非常に痛手ですが、マジークに急行するべきでしょう。現状ボトルネックなのは時間です。戦力的にはアジート少尉が入った為、先に比べて損失は大きくありません。もちろん戦闘中の修復ができなくなったのは痛手ですが、許容範囲です」

 

 

なんとなく、楽人が口を開いた時点でそういうのは予想できたタクト。そしてこの後の状況も予測できた。静かにそのまま、対応策を頭の中で練り上げ、タクトはタイミングを計ることにした。

 

 

「だが、ナノナノの嬢ちゃんは俺達を治療したからこうなったんだ! 何とかしてあげるのが筋だろうが!? 」

 

「その点に関しては同意する。だが我々はEDEN軍人だ。任務をこなす事が仕事であり、決して少女の為に銀河を戦争の渦に落としてはならない」

 

「ナノちゃんを見捨てる気なのかよ!」

 

「否定する。だが優先順位の関係で結果的にそうなってしまう可能性が高い。そういう事だ」

 

「こんなちっちゃい女の子が死にそうなのに、アンタはそれしか言えないのか!? 」

 

「司令、当艦のモラルチェックを提案します。ここは学校でも馴れ合いの場でもない。感情論で女の為に動く人物が艦にいるというのは、外部から籠絡される可能性を考えると、非常に脅威です」

 

 

織旗楽人を中心として、彼を睨みつけているクルー達から、剣呑な気配が蔓延していく。まあ、当然であろう。織旗楽人中尉は正論しか言っていないのだ。彼を睨んでいるクルー達は親の仇でも見るような目で彼を睨みつけている。

彼が此処でもう少し主観的な反論をしたのならば、もっとひどいことになっていたであろうが、彼の口から紡がれるのは、客観的に軍人がすべき判断でしかないのだ。

そんなことを一切気にせず涼しい顔で提案する楽人は、特にいい意味でも悪い意味でも平和なルクシールのNEUE人クルー達には一層異様に見えた。その証拠にEDEN人のクルーは悲しそうでいて悔しげな表情で下を向いているのが殆どだ。一部は縋るような目でタクトを見ている。

 

タクトは内心ため息をつく。そういえばこの目の前の人物は俺にも少し崇拝が入っているんだよな。というか、特技に冗談で書いたヘイトを稼ぐを忠実に実行しすぎだ。そんなことを考えながら右手を上げる。

 

 

「コホン。えーみんな注目。当艦はこれより、進路をマジークからピコに変更する。その代り整備班はマジーク到達まで非常事態シフトに移行する。ナノナノを助けてほしいならそれが条件だ」

 

 

タクトのその言葉に色めき立つ整備班のクルー達。司令はナノナノを見捨てるなんてことはしなかった。「流石は英雄タクト・マイヤーズだ!!」 そう讃える声すら聞こえる。

 

 

「ピコで戦力を借りるのは、決して悪い事ではない。敵の戦力規模がわからない以上はね。ほら、何してるの、君たち。もう非常事態なんだよ」

 

「もちろんだ!! こうしちゃおられん、コロネ!!」

 

「ありがとなぁ、艦長さん。わかっとるわ! いちいち言われなくとも!! 」

 

「よし、皆行くぞ! 」「恩返しだな!!」「72時間を2交代……屁でもねぇぜ!!」

 

 

熱い闘志を燃え上がらせて整備班クルー達と、彼等の手伝いをしようとする手の空いたクルー達も医務室を出ていく。この場に残っているのは、今やタクトと楽人にエンジェル隊だけだ。楽人はタクトに向き直る。彼もタクトが楽人を察したように、言われることは半分以上分かっているからだ。

しかしタクトはエンジェル隊しかこの場にいないことを確認した後、楽人の予想外の行動に出た。楽人に向かって歩み寄ってきたのだ。大凡楽人の正面1.5mまで来ると

 

 

「きゃぁ! 」

 

「……ヘッポコだなぁ」

 

「そうね、腰が入ってないわ」

 

「し、司令?」

 

 

タクトは『ラクト』の顔を殴ったのである。ルーンエンジェル隊は各々わかりやすい反応を見せている。殴られた楽人は反射的に大した力ではない攻撃であったので、オートで迎撃しようとする体を押さえつけて、顔を下げ頬への一撃を額で受けた。

 

 

「お疲れ様……って言いたいけど、あれはやりすぎ」

 

「申し訳御座いません。あの方が早いと思いました故に。このままマジークに行ったら暴動が起きかねません。かといって司令の軍事的手腕に禍根を残すのは得策でない以上、自然と」

 

「分かって言っているだろ。君はオレの身代わり人形じゃない。見縊るな。あの位の不和なんてオレだけでも十分解決できた」

 

「……司令」

 

 

エンジェル隊は、珍しいタクトのシリアスな口調と表情に少々驚いていた。そして楽人がばつが悪そうな顔をしている事も意外であった。彼彼女達からすれば二人とも、常日頃から片や飄々とした、片や無表情を変えない人間だと思っていたのだ。

子供は無意識に師や親を完璧なものだと思い込んでしまう。それと似たようなものであろう。

 

 

「君には期待しているし、任務も言い渡している。『その為に必要なこと』を最優先にしろ」

 

「了解です……失礼ですが、司令」

 

 

タクトは、自分が悪者になろうとした楽人に対して、この艦で適任者ではあると思ったが、その役割自体が要らないのだと考えていた。だからこそ、ルーンエンジェル隊との信頼関係を密にしろと言明したのだ。この一連『パフォーマンス』、楽人は整備班が退出するまで、タクトにとっては楽人を殴るまで想定の流れであった。

 

タクトの株を落とさないで、艦内のクルーの甘い考えに一石を投じる事が目的の楽人。そしてそれを利用して、不器用で任務に忠実だが、優しさといった人間味が楽人にもあるとルーンエンジェル隊に示す。そこまで目的だったタクトである。ただ一つ誤算があったとするのならば

 

 

「拳、大丈夫ですか?」

 

「……痛い」

 

 

楽人は迎撃せずに受けるとは踏んでいたが、その彼のガードが、というか体があまりにも堅かったという事だ。あとタクトの殴り方が下手だったともいえる。今まで格好つけるために我慢していたが、正直泣きたい位痛かった。タクトは士官学校でも痛い事はなるべく近寄らなかったのだ。その後は艦の艦長である。格闘なんてまともにしたのは10年近く前だ。

 

 

「あー痛いなぁ。ナノナノがいないとこれも治してもらえないのか」

 

「助ける理由が増えました。航路の再計算をしましょう」

 

 

そんなタクトの少し情けない様子を見て、暗いイマジネーションに飲まれかけていたルーンエンジェル隊は、微笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ナノナノの生まれた、厳密には発見された場所、それは惑星ピコの衛星軌道上にある人工の衛星フェムトだ。フェムトはNEUEの先文明時代に作られた、いわば遺跡にも近いものである。衛星自体はただのナノマシン研究所であるのだが、特徴的なのは未だに防衛システムが生きているという事であろう。

 

ナノナノと出会ったのもピコの人員からの要請と報告を受けて、人工衛星フェムトを守っている防衛衛星を紋章機とエルシオールで蹴散らしたからである。たちの悪いことにフェムトの防衛システムは『ナノマシンによる自己修復機能』を持ち合わせているのだ。内部にナノマシン生産工場と、エネルギーを質量に変換する装置、クロノストリングと全て揃っており一定の時間が経過すると防衛システムが生き返ってしまうのだ。

研究所内部も同様で警備用のドローンが巡回していたが、こちらは研究室側から既にオフにしてある。

 

防衛衛星は、NEUEが安定するまで、EDEN人やEDENから武装を借りたよからぬ奴らによって、ナノマシン研究所を壊されないようにあえて起動を続けていたのだ。それが今回、行く手を阻んでいるのであった。

 

 

「でも司令、紋章機があれば問題ないのでは? 」

 

「まあね。あの時ムーンエンジェル隊も4機だけだったし、苦戦もしなかった。だから今待っているのは別件」

 

 

 

カズヤの問いかけにそう答えるタクト。ルクシオール今、惑星ピコの周辺に到達し通信で用件を伝えた後、現状のセルダールの内乱に対して戦力を融通することはできないかと要求をしていた。

 

ピコ側も現状セルダールに政変が起こった場合被害を免れる確信はなく、強力には比較的前向きであった。しかし彼らの戦力だけでは焼け石に水であるのも事実。マジークが協力した際に連合軍を組織するといった形で落ち着いたのだ。タクトはまず目的の物をテーブルに置かせたのを満足した。この後フェムトに行っている間に続きをと、そこで一端通信を終えた。

 

そして、いざフェムトへ。と行くかと思えば、フェムトではなく人工の宇宙ステーション近くで停泊させたのである。

 

 

「まあ、ナノナノとナノマシンの事なら、適任がいるからね」

 

「司令! シャトルから着艦要請が来ています」

 

「おっけー。全部許可しちゃって構わないよ。それじゃあ皆行こうか」

 

 

そう言ってタクトはブリッジに詰めていた、ルーンエンジェル隊を伴って、格納庫に降りて来るであろうヴァニラ・Hを迎えに行ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未だAbsoluteとは連絡つかずか」

 

「はい、ゲートが閉じられてしまって、何も情報が入ってこないままです」

 

 

場所は変わってEDEN。クロノゲートを移し文化や流通の中心になり、過去の栄光を取り戻しつつあるEDEN本星ジュノー。そこの衛星上に新設された軍用宇宙港、そこにエルシオールは停泊していた。

白き月に向かい紋章機とエルシオールのフルメンテナンスを終え、NEUEに戻ろうかと、トランスバールから帰る途中で、Absoluteからの通信が途絶えたのだ。その為に現在レスターとアルモは港にあるカフェテリアで向かい合っていた。

 

アルモとしては仕事モードが抜け切れてないレスターでも、二人だけで向かいあって席につけるのは嬉しい事であった。あのお見合いのあと、偶に停泊した星で飲食店に誘われるようになり、彼女的には大変満足していたのだが、最近は少し忙しくなってしまい、そのような機会が無かったのである。勿論状況は弁えているが。

しかし、そんな彼女のささやかな幸せは、儚く散ることとなる。

 

 

「ここ良いかしら? 」

 

「ノア!? どうしてここに?」

 

「ノアさん! 」

 

 

二人の前に現れたのはノア・ヴァルター(15歳既婚)であった。疲れた様な表情で返事も利かずに、レスターが引いた席に座ると、ウィンドウを開いて注文を手早く済ませると、二人に向き直る。

 

 

「たぶん、アンタらと同じ。足止めを食らったのよ。例のルクシオールの主砲を届けようとしたらね」

 

「ああ、完成したのか。にしてもタイミングの悪い」

 

 

ルクシオールは本来、専用の主砲を搭載する予定であったのだが、制作段階で技術的な革新が起き、別々の工場で制作していた主砲と艦で完成まで大きな差が開いてしまったのだ。故に遅れながらも、納期通りに漸く完成した主砲を届けに来たのである。

責任者であるノアがAbsoluteのドックまで届けるだけの簡単な仕事についているのは、それだけ重要なものだからだ。

 

 

「桜葉の運がまたなくなったとか、体調崩したとか。そんなところかしらね? 」

 

「さぁな。まさかクーデターでも起こっていたりしてな」

 

「もー、止めてくださいよ副司れ……じゃなかった司令」

 

「アルモ、あんたまだ名前で呼んでないの? 」

 

 

何が起こっているか知らないEDEN側は平和であった。もちろん一部の人間はゲートの開放に尽力していたが、Absoluteの事、NEUEの事を知る由もなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が先行し安全確認を行う、アジート少尉は後方確認だ。アプリコット少尉、シラナミ少尉、カルーア少尉は、ナノナノ少尉のストレッチャーを頼む。よろしいですね、アッシュ少佐」

 

「はい、指揮権は織旗中尉に一任しています。皆さんも彼のいう事を聞いてあげてください」

 

「了解です! ヴァニラさん」

 

「おう、まかせとけ!」

 

「わかりましたわ~。ナノちゃん、あとちょっとですからねぇ」

 

「了解です!! 」

 

 

無事フェムトにたどり着いた一行は、現場指揮官兼要人護衛として織旗楽人、そしてエンジェル隊の全員がヴァニラと共に研究室を目指していた。隊列を組んではいるが、既に警備用の防衛ドローンはいない。厳密にはこちらの使用する進路上では警備用ドローンに遭遇しないように、巡回ルートを外すように設定しているだけで、システムは自体はまだ生きているのだ。

そんなわけで、カズヤが神秘的で美しいヴァニラに見惚れていたり、それをリコがどこか綺麗な人ですよねぇと言いながら割り込んで来たりと、いろいろあったが、無事ナノナノが発見された無数の培養ポッドが鎮座されている部屋に到着する。

 

 

「ナノナノをこの中に」

 

「了解」

 

 

ヴァニラの指示で、彼女が操作し蓋を開放した培養ポッドにナノナノを入れる。彼女の服も同様にナノマシンであるために、別に脱がす必要はない。そのことを明記しておこう。

彼女が入った後、ヴァニラは黙って操作を続ける。カズヤ達には何をやっているのかさっぱり理解できなかったが、彼女の操作は淀みないまま進んでいき、培養液に何かしらの物質が入りナノナノの体を包み込んでいく。すると、彼女の目がうっすらと開く。ガラス越しの為分からないが、口の動きから察するに驚いているようだ。

 

 

「ナノナノ、出てきなさい」

 

「はいなのだ! ママ!」

 

 

ヴァニラの言葉にそう答えたのか、ナノナノは解放された上部から出てきた。いつもと変わらない様子の彼女にひとまず安堵する一行。

 

 

「ナノナノ、私の姿になりなさい」

 

「え! それは嫌なのだぁ……」

 

「いけません、きちんと『なおった』かを確認しなくては」

 

「うぅー……わかったのだぁ」

 

 

ヴァニラの言葉にしぶしぶ従うナノナノ、カズヤは状況が読み込めずにいたが、すぐに理解する。ナノナノが一瞬光ったかと思うと、ヴァニラの姿そっくりそのまま同じに変身したのだ。

 

 

「これでどうでしょうか?」

 

「はい、もう大丈夫です。戻って良いですよ」

 

「わかりました」

 

 

同じ顔、同じ声、同じ目の色同士の会話であったが、ヴァニラがすぐにそう言ったためナノナノは元の姿に戻る。

ナノナノはこの変身能力を嫌っている。その理由は変身する際にその対象の性格情報まで読み込むので、自分が変わってしまったように感じるのが嫌だと言っている。この変身は姿を映すのではなく、相手に成るものなので、自身の性質事変化させる高度なものなのだ。

 

 

「へー、ナノすげぇのな。オレにも化けて見てくれよ? な? 」

 

「むぅー、いくら親分でもそれは嫌なのだ!! 」

 

「いいじゃんかよー! 」

 

「親分なんか、嫌いなのだー!!」

 

 

やや無神経なところがあるアニスは、単純に興味本位でナノナノにそう言ってしまう。ナノナノは拗ねて近くの培養ポッドの反対側に回り込む。アニスも面白がってそれを追いかける。しかしその際に彼女の手が隣のポッドのコンソールに触れてしまった。

その瞬間アラームが鳴り響くと同時に、入ってきた入り口とは逆の方から警備用ドローンが入ってきた。運の悪いことにその入り口は追いかけっこをしている二人に近かった。突然の事にナノナノはビックリしてしまい、動きを止めて呆然とドローンを見上げている。

 

 

「ナノ! あぶねぇ!! 」

 

「お、親分!! 」

 

 

全高3mを越す、ずんぐりとしたドローンを前に動けなくなったナノナノを救ったのは、今まで追いかけまわしていた故に、彼女と距離が近かったアニスであった。素早い身のこなしでタックルをかけるように小柄なナノナノを抱え込みそのまま床に滑り込んだ。

アニスは後にわかることなのだが、この施設のドローンはナノナノに一切危害を加える事はない。ナノナノがコンソールから操作すれば、問題なく命令に従うものだ。しかしナノナノは変身や、寝起きであるなどといった状況から混乱しており、そんなことをそもそもアニスは知らない。故に彼女の身を挺しての行動であった。

ドローンは培養ポッドを傷つけないようにしながら、侵入者であるアニス目がけて鈍重な歩幅で近づきアームを伸ばして拘束しようとする。火器も搭載しているが、まだ使用する段階にない判断だ。ナノナノを庇って体勢が崩れているアニスはよける術もなかった。

 

 

「ふ────っ! 」

 

 

しかしアニスがナノナノを庇った時間は、十分なもので。誰の目にも映らぬ間に、ヴァニラと施設の様子をチェックしていた織旗楽人が、ドローンの懐に入り込んでいた。彼の姿がさらに一瞬ぶれ、掌底の残身の形になっているのと、ドローンがワイヤーアクションの様にほぼ水平に吹っ飛び、入ってきた入り口の向こう側に消えていくのは同時であった。

施設保全のためにドローンは破壊するわけにはいかないので、手加減した結果がこの掌底である。慈悲なく壊せるのならば蹴りで済んだのだが。

 

 

「む? やりすぎたか。壊れてないと良いが。プティング少尉、解除を」

 

「ラクト!! 凄いのだ!」

 

 

ナノナノの心配そうな顔が一転、喜色を露わにしたので、アニスうつぶせの状況から振り向く。するとドローンの姿はそこになかったのだ。

目を白黒しているアニスだがナノナノが動きたがっているので、一先ず身体をどけた。ナノナノはすぐに近くのコンソールに、自身のヘッドセットから延びるケーブルを接続すると、アニスの警戒レベルを下げるように設定したのである。

 

 

「リ、リコ。あんなに大きいロボットが飛んでったよ……?」

 

「え? でもまあ楽人さんですし」

 

「はい~。楽人さんは、力持ちですから~」

 

 

その様子を見ていたカズヤは、何転もする状況の中正確に一番突っ込むべきところを見出していたものの、同意を得られなかった。人間が初動を一切見せないで高さ3mの恐らく数tはある金属製ドローンに近づき、1アクションで吹っ飛ばすというのは、あり得ないことだ。常識人の彼はそう思った。今まで散々その片鱗は見てきていたのだが。

 

そんな中、ヴァニラだけは

 

「リコさんも無意識にならあれ以上の事が出来ますね」

 

と心の中でつぶやいていた。ああ、ヴァニラさん。貴方は非常に美しい天使だ。

 

 

 

 

 

 

 

「皆! 戻ってきてくれ、敵襲だ。まさかこっちにも来ているとはね。急いで迎え撃つぞ!! 」

 

────りょ、了解!

 

「聞こえたな。総員撤収! アッシュ少佐、我々も急ぎましょう」

 

「はい。何者だかわからない、織旗さん」

 

 

タクトからの通信により、状況は一変した。敵の襲撃、しかも指揮官はこの前アニスを裏切った小悪党ディータであったのだ。燃えるアニスを先頭に、ナノナノ、カルーアから変身したテキーラ、カズヤ、リコと来た道を戻っていき、シャトルに次々乗り込んだ。

各自が席に着くと、操縦席に楽人が、お決まりのセリフを言えてちょっとご満悦のヴァニラの手を引いて乗り込む。ヴァニラは何も言わずにまず『シートベルト』を締めた。その間に楽人が起動シークエンスを完了させすぐさま離港する。

 

 

「皆さん、シートベルトを締めましょう」

 

「でも、ママ。ナノナノたちは急いでいるのだ!! 」

 

 

そんな問答の横で楽人はシャトルのエンジンリミッターを解除していた。現状可能な限り早く移動しないと、いくら敵とこちらの位置の間にはルクシオールが存在しても、流れ弾が来たり接近を許したりする可能性があるからだ。故に躊躇なくシャトルの出力を楽人は引き上げたのである。その音を聞いて無言で新たに3人がシートベルトを締めた。

 

そう、きちんとシートベルトをしたのは、全員ではなかったのだ。その結果が

 

 

「にゃゃあああああ! 」

 

「うわああああ、楽人ぉ!! てめええぇ!! 」

 

「緊急事態だ。各自シートベルトをするように。それと私は生まれてこの方安全運転をしたことが無い」

 

「言うのがおせぇえ!! 行きは普通だったじゃねーか!! 」

 

「自動操縦でしたから」

 

「目が回るのだぁああ」

 

 

シートベルトを着けていなかったのはどうやらアニスとナノナノだったようで、二人はまず前の座席に頭をぶつける羽目になった。Gキャンセラーはもちろん搭載しているが、それの許容範囲を大きく超える操縦だったのだ。

最短距離を最高速で慣性を利用して障害物をよけて進んでいるという、シャトルにあるまじき軌道である。

 

一つだけわかるのは安全運転と シートベルトは大事だという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッへ! データ! てめぇみたいな奴じゃあ、このアニス様を倒すことなんてできないんだよぉ! 」

 

「おばさんは帰れなのだ! 」

 

「アンタ、私にA級魔女の試合で負けた時から、まるで成長してないわね」

 

「ディータよ! 誰がおばさんよ!! マジョラム! 今に見てなさい!! 」

 

 

ディータが率いる艦隊による奇襲じみた攻撃ではあったが、正直なところナノナノを助けたことによりテンションが上がっているルーンエンジェル隊の敵ではなかった。

 

直前の敵がフォルテ率いる大艦隊であったためでもあるかもしれない。戦闘が始まってしまえば、特殊兵装が連打された結果、紋章機が瞬く間に敵を蹴散らして、ディータの旗艦は逃げていく羽目になっていたのだから。

もしかしたら、搭乗するまえから、戦闘機のような動きをするシャトルに乗っていたので身体が誤認したのかもしれない。

 

さて、あっさり敵を倒した以上、この場にとどまる理由はルクシオールにはない。素早くマジークを目指す必要があるのだ。最もディータが此処に追撃して来たというのは、彼女の独断ではなく、組織的行動であれば、逆に考えると『まだ時間的余裕はある』とも取れなくはない、楽観視はできないが。

 

 

「ナノナノ、元気でやりなさい」

 

「ママも一緒に来て欲しいのだぁ! ミントも途中まできたのだ! ママと公園でお散歩したいのだぁ! 」

 

「だめです。私には私の、ナノナノには貴方のやるべきことがあります。貴方はルクシオールが寄り道した時間の分頑張ってほしいのです」

 

「うぅ~」

 

 

別れを惜しみわがままを言うナノナノと、厳しくも優しくそれを窘めるヴァニラ。本物の親子では無くても、本物以上の愛が二人の間にはあった。ナノナノは少しぐずりながらも、最後にヴァニラに抱きつき、頭をなでられると納得したのか、一歩ヴァニラから離れ、掴んでいた袖を離した。

 

 

「それじゃあ、そっちの方は頼んだよ」

 

「はい、艦隊の指揮は経験がありませんが、全力でこなして見せます」

 

 

タクトは、カズヤたちがナノナノを救いに行く間に、ピコの政府とかなり詳しい所まで話を詰め、ASAPで増援をマジークに送ることを取りつけていた。

 

決め手は、「敵の艦隊は、防衛システムで十分守り切れる戦力しかピコには来ないであろうことと、仮に許容以上が来た場合、それはもう詰みの状況に入っている。ならば最初から戦力はマジークに集中させておくべきであろう」と言う主張だ。既に増援を出すことを合意していたピコの意思を誘導してあげたのである。

 

この後マジークに着き応援要請を出したのなら、ルクシオールは先行偵察を兼ねてセルダール方面に進路をとる予定だ。ゲリラ戦ならば、レーダーと速力で勝り、局所的な打撃力でも優れるルクシオールは最適だからだ。

ヴァニラは艦隊の編成が終わり次第、マジークへと艦隊を引き連れて移動する。戦争を経験している人物がヴァニラと彼女の部下の医師団のみなので、外様とはいえピコの彼等から見れば餅は餅屋なのである。

 

 

「アッシュ少佐、ご武運を。『私達の姉』は、我々が」

 

「はい、織旗さんもお気をつけて。カズヤさん」

 

「は、はい!!」

 

「肩の力を抜いて、手本を見習い、貴方のやるべきことをしてくださいね」

 

「了解です! 」

 

 

ヴァニラは男二人にそう言うと、シャトルに乗り込みルクシオールを後にした。そしてルクシオールは進路をマジークへと変える。魔道惑星、魔法使いと魔女の星へと。

 

 

 

 


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