銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第7話 硬化/萌芽

 

 

 

マジークまでの道中、カズヤがルーンエンジェル隊に占いと称して好みの女の子のタイプを聞きだされそうになったり、それに途中までだがリコの特徴を挙げてたり。そんなカズヤ君のラブコメの一幕があったが、艦としては特に敵の妨害に合う事もなく無事到達した。

その占い騒動の場には珍しく織旗楽人も相席していたが、彼等にとっては意外にも別段注意されることはなかった。心境の変化があったのやもしれない。

 

 

「ともかく、漸くマジークに着いた。細かい折衝はこっちでやっておくから、エンジェル隊の皆はマジークの観光でもしてきなよ」

 

「お? マジでか!? よっしゃー! 休暇だ!! 」

 

「親分嬉しそうなのだ!! 」

 

「ふふ。あ、カルーアさん。なんかお勧めのお店ってありますか? 」

 

「そうですわね~。空港の近くに美味しいカレー屋さんがあったはずですわ~」

 

「へぇー。カレーかみんなで行ってみようよ!」

 

 

各々早速盛り上がり始める。楽人はそれを一歩引いた目で見ていたが、タクトが近寄って来て彼の肩を叩いた。

 

 

「はーい皆、引率……じゃなかった護衛として楽人をつけるから言う事を聞いて団体行動をするように」

 

「ちぇー。お目付け役付きかよ」

 

「マジークでの費用は公私問わず、全て楽人持ちだから」

 

「よっしゃー!! 食べ歩きだー! 」

 

「なのだー! 」

 

 

変わり身が早いアニスはおごりと聞いた途端に、一瞬落ち込んだテンションを回復させる。他人お金で気兼ねなく食べるごはんより美味しいものは中々ないのだ。タクトは加えて気にしている良心的なメンバーにこの前の罰だから気にしないでいいよと告げる。

 

 

「でも、本当にいいんですか?」

 

「そうですわ~。カレー屋さんも人気店ですので、今朝のレートでは一人前5000ギャラはしますわ~」

 

「ふむ、NEUEの方の口座には5000人前程度しか預金はないが、足りるであろうか?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 

ともかく、楽人は甘んじてお目付け役兼財布を受け入れた。ボソッとこぼした文句を真面目に取り合うメンバーは、少し煤けた目をしているタクトしかいなかったが。

 

 

「あいつ、献上した星からレアメタルが出たとかで、報奨金貰ったんだよなぁ……それがオレの予想生涯収入より多いんだ……」

 

 

エンジェル隊が出て行った後に彼はそう漏らし、ココに慰められていたのは余談であろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ああん? なんだぁ!? ここのカレーショップは!? 贋金で釣銭を払おうたぁ! 許せねぇなぁ? おい?」

 

「い、いえ、決してそのようなことは……」

 

「ザケンナオラー! この500マジコイン、裏の模様が表に、表の模様が裏に描いてあんじゃねーか!! 」

 

「そんな、お客様困ります」

 

 

ルーンエンジェル隊と楽人がカレーショップに入ると、そこでは誰がどう見ても、いちゃもんをつけているチンピラです。の様なモヒカン男がいちゃもんをつけていた。大方料金を踏み倒すつもりか、あわよくば慰謝料を請求するつもりなのであろう。というか文句の付け方がいまどきのプレティーンでも考えない程幼稚であった。

何処の銀河のどの時代にもこんな輩はいるのだなぁ。と逆に冷静になる一行。もちろん、見て見ぬふりは出来ぬと、近寄って制止しようとする。

 

 

「おい、オッサン」

 

「オッサ!? んだよガキが! おうちに帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」

 

「んだとぉ! 」

 

「ア、アニス。落ち着いて」

 

 

喧嘩っ早いが、冷静ではあるアニスが気を引き付けている間に他のメンバーは絡まれていた店員を逃がす。楽人は万一に備えてやや腰を落として備えていたが、アニスが懐に入り足払いを見事にきめ、体勢を崩させるのを見ると、チンピラに扮した刺客ではないと警戒レベルを少し下げる。

 

 

「っへ、口ほどにもねーぜ」

 

「んだと、このクソガキャア!!」

 

「っちょ、てめぇ!」

 

 

見事に組み伏せていたが、怒りで痛みすら無視できるようになったのか、肩が外れながらもチンピラは起き上がりアニスを撥ね飛ばす。根性はあるようだ、それなら肉体労働でもすればよいのにとも思う。そんな事を考えながら助けに入ろうとした瞬間。

 

 

「ここは美味しい激辛カレーを食べるところよ? おイタはよしてちょうだい!」

 

 

見惚れるような美女の、見惚れるような御御足による、見惚れるような美しい蹴りが決まった。正確に顎を貫くように入った一撃は、見事にチンピラの脳を揺らしたのかその一撃で昏倒まで持って行った。

 

 

「全く、最近こういうの多いのよね。はぁーいリコ! 久しぶりじゃない」

 

「ランファさん!」

 

 

そんな芸術的なまでに美しいハイキックを繰り出した中華風な衣装に身を包んだ美女は、100人に問えば100人が美女と答える程の存在感を放っていた。細いが引き締まっている美しくすらっと長い脚。女性らしさを主張するヒップと見事に括れた腰。男女問わず見惚れるような豊満な胸とエキゾチックな魅力あふれる鎖骨からうなじのライン。金糸のような髪と、名匠が作った芸術品の彫刻の様に整った目鼻立ち。当然のようにスーパーモデルのような等身で顔も驚くほど小さい。そんなパーフェクトな美女。

そんな彼女の名前は 蘭花・フランボワーズ。通称、ランファであり、現在絶賛彼氏募集中の恋を夢見る乙女であった。

 

 

「あ、もしかして元ムーンエンジェル隊の?」

 

「正解! アナタがカズヤね。ふーん……なかなか可愛い顔してんじゃない」

 

「かわいいって……」

 

 

本人としては気にしている事を言われたのだが、上官扱いであるために強くは出れない。実際彼の身長と彼女のデータ上の身長は5cm違う。残酷なことに彼の方が低く。そこに女性の武器であるヒールが加わるので、頭一つまでとはいかないが、目線を合わせるのに首を使う程度には差が出てしまうのだ。

 

 

「ご協力ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、今回の皆様のお代をただにさせていただきます」

 

「こちらは当然の義務をしただけです。きちんとお代はお支払いします」

 

 

そんなやり取りをしている間に、チンピラを後ろ手に手首を外側に向けて縛り上げ、ビルの騒ぎを聞きつけ駆けつけた警備員に引き渡し、織旗楽人が合流して来た。

 

 

「ついに来たわね! 織旗楽人!! 此処であったが……あった……が」

 

「…………何か? 」

 

「だめっ!!……やっぱり無理っ。その顔は反則よ。やめ、やめて。本当何者なのよ!!」

 

 

ランファは彼の顔を見た途端に笑い出してしまう。前からそうなのであったが、この外見は彼女にとって何故かツボに入ってしまうのだ。まあ、特攻馬鹿ととある女性の面影を本当にわずかに残している彼の顔に少し思う所があるのであろう。

 

しかし、憮然とした楽人とお腹を押さえて笑うランファの姿を見てルーンエンジェル隊の面々は目を白黒させるのであった。

 

 

 

 

「なぁなぁ、ランファ姐さん!! 」

 

「なーに、アニス。アンタこの激辛100倍カレーが欲しいのかしら?」

 

「い、いやぁ、流石にそんな真っ赤なのは……」

 

 

ランファが落ち着いた後は当初の予定通りルーンエンジェル隊は食事をとることにした。予定と違ったのは二つだけ。1つはランファも同席したこと。もう1つはサービスで全員にラッシーが付いた事だ。

 

 

「マンゴーラッシーも無料らしいぞ。シラナミ少尉」

 

「そ、そうなんですか? 」

 

「カルーアさん、美味しいですね!」

 

「カルーアナイスなのだぁ!」

 

「ふふ、ありがとうございます~」

 

 

和気藹々と食事を続ける一向。アニスは先ほどのランファの見事な蹴りにほれ込んだのか、舎弟のように姐さんと読んでおり、ランファも最初は戸惑った物の、こういうのも悪くないと思ったのか、好きに呼ばせることにした。

 

 

「それにしても、まさかマジョラム様が、本当にルーンエンジェル隊に入っているなんて! アタシ感激です」

 

「あら~。ランファさん私の事をご存じでしたの? 」

 

「ねぇ、リコ、カルーアってそんなに有名なの?」

 

「はい、私もこっちに来るときに公認A級魔女については勉強しましたよ」

 

「NEUEのある意味顔だからな。む? このマンゴーラッシーいけるな」

 

「ちょっと、アンタNEUE人でしょ!? この高名な『一なる二者』様を知らないなんてもぐりよ、もぐり」

 

 

アニスとナノナノがカレーのおかわりに夢中になっている間、話題は自然とそう流れて行った。ランファは魔法とか占いとかそう言ったものが好きだ。乙女チックな趣味である。それもあるのか、現在マジークで駐在大使をしている。そんな彼女は趣味と仕事のアンテナ両方に引っかかる公認A級のクラスを持つ魔女は、全員記憶しているのだ。

 

 

「そんなに大した者ではありませんよ~」

 

「そんなことありません!! アタシ大使になってあの認定戦の映像見ましたけど、あのディータの攻撃を華麗に躱し、素早い詠唱で勝利を勝ち取ったのは本当にしびれました!」

 

「お、落ち着いて下さい」

 

「ら、ランファさん、声が少々大きいです」

 

「ミス.フランボワーズは昔から集中するとこうだったからな。あ、すみません、マンゴーラッシーのお代わりを下さい」

 

 

目を輝かせて語るランファに、少し引き気味のカルーア。実際の試合はテキーラに任せていたのもあるが、彼女にとって先輩であり目上の人物がぐいぐい迫って来るという状況の居心地の悪さも、若干ながらあった。

 

 

「もしルクシオールにこれから来られるのでしたら、私の研究室に招待しますわ~」

 

「え!? 本当ですか!? やった! これから意見の調整に立ち会うからルクシオールに行くんですよ!」

 

「ふふ、お待ちしていますわ~」

 

「良かったですね、ランファさん」

 

「そうだね、リコ。あの、それで中尉は先ほどから何杯飲んでるんですか? それ」

 

「ん? 6杯目だぞ、シラナミ少尉。この店は良いマンゴーラッシーを出すな。実は好物なのだよ、マンゴーラッシーが」

 

「楽人―。ナノナノも飲みたいのだー」

 

「あ、楽人オレの分も頼めよー」

 

「そう言われると思って既に人数分の追加注文を出している。持ち帰りも用意してもらった」

 

「流石仕事が早いぜ!!」

 

「なのだ!!」

 

「どんだけ気に入ったんですか!? ここはカレーショップですよ!?」

 

「カレーショップに来たら、マンゴーラッシー。常識であろう?」

 

「知りませんよ!?」

 

 

そんな何時ものような────最も楽人がボケに回るのは珍しいが────まったりとした空気が漂う中、突如団欒を害する喧噪が漂って来た。

 

 

────火事だ!!

 

 

その瞬間彼女たちは素早く席を立つ。訓練された動きである、すぐさまこの場での最上位権限を持つ楽人の指示を待つ。視線が集まった彼は静かにするようにジェスチャーをとっている。まだ煙も流れてなければ、ただの勘違いの可能性も十分あり得るのだ。

 

 

────ヒャッハー、オレ様に楯突こうとした店は消毒だー!!

 

 

その声が聞こえると同時に発火の魔法石が投げ込まれ、飾りのカーテンに引火する。どうやら誤報等ではないようだ。

 

 

「あのチンピラか。各員一般客の避難誘導を優先してくれ。ミス.フランボワーズもお願いします」

 

「わかったわ、アンタ達ついてきなさい」

 

「私は従業員を逃がしておく。下手に残られると逆に邪魔になりかねないからな」

 

 

瞬く間に役割を決めると同時に各員が動き出す。パニックになりかけている客の誘導だ。煙が充満してきており、やや擦れる視界のなか、薄暗い店内も相成って走ると大変に危険である。だからこそ非難を誘導する彼女たちの存在は非常に有効であった。

 

各員が必死に誘導し列を管理している中、カルーアだけが動けずにいた。通路にうずくまり、頭を抱えて俯いているのだ。そんな彼女の様子に気づいたのは楽人だった。

 

 

「マジョラム少尉? 大丈夫か!?」

 

 

蹲ってしまって動かない彼女が、負傷ないし煙を吸ってしまった可能性が考えられる。無事避難を開始した従業員を尻目に、彼は彼女に近づく。両手で頭を押さえている。見るからに本調子ではないのがわかる。

 

 

「いやぁ! 燃える! 燃えちゃう!! ミモちゃん!!」

 

「落ち着くんだ! マジョラム少尉! ミモレットさんは、っく、どこに行ったんだこんな時に!」

 

 

半場錯乱したようにミモレットの事を呼んでいるカルーア、その当の本人はこの場にはいなかった。先ほどまではペット&使い魔がOKな店であったために、テーブルでマンゴーラッシーを飲んでご満悦であったが、いつの間にか居なくなっている。周囲を見渡しても煙が充満してきており視界が悪く発見できない。

 

 

────うにゃあああですにぃ!

 

「ミモちゃん!! 」

 

 

その時、無人であるはずの厨房から声が聞こえてくる。楽人は一瞬で救出が可能かを計算した。既にこのフロアには自分たち二人しかいない。今しがたエンジェル隊がランファに連れられて最後の客と避難していくのが見えたからだ。しかしその思考に入った僅かな時間に、普段ののんびりとした動きからは見られないような、俊敏な反応でカルーアは駆け出していた。

 

 

「っく、仕方がない!」

 

 

楽人は今のまともな精神状態ではなさそうな彼女に同行することにする。そしてミモレットを回収し次第すぐさま避難する必要がある。道すがらに有ったピッチャーの氷水を頭からかぶり、別のピッチャーを確保しながらキッチンに急行する。

 

 

「ミモちゃん! どこ!?」

 

「カルーア様ぁ、助けてほしいですにぃ」

 

「ミモちゃん!! 」

 

 

キッチンに入ると既に火の手がすぐそばまで迫っているため、非常に煙にまみれていた。何とか目を凝らすと、先程の混乱で倒れてしまったのか、足が折れている調理台の下敷きになったミモレットと、必死にそれをどかそうとしているカルーアがいた。

 

 

「どいてくれ! ふっ!」

 

「た、助かったにぃ カルーア様、楽人早く逃げるですにぃ!」

 

「ええ、そうですわね……きゃぁ!」

 

 

楽人がすぐさまカルーアを脇に避けて机を持ち上げると、ミモレットはカルーアの胸元に飛び込む。すぐさま逃げようと入口の方を見るとフロアは既に火の海になっており、それどころかキッチンにも火の手が入り込んできている。

 

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 

その光景を見たとたん、視界に入れるのを拒むように、絶叫して再び蹲るカルーア。ミモレットもそんな何時もと違うカルーアに、極端なまでに火を恐れている様子の彼女に、驚いているがこの状況は非常にまずい。

蹲った女性を持ち上げて走ることは出来なくないし、そのまま火の中を一瞬で突っ切ることもできる。だが、この様子の彼女が抱えられて火の中に突っ込んだらパニックを起こさない保証はあるであろうか。下手したらショック症状を起こしかねない。大きく息を吸い込んで灰を火傷ないし、一酸化炭素中毒になる可能性もある。

流石の楽人もリミッターが外れた力で暴れる、それなりに長身の女性を抱えながら火の中をかける事は避けたい。だが今の彼女を失神させてしまうのも、非常にまずい。

 

 

「ミモレットさん、マジョラム少尉につかまってくれ。それと冷たいが我慢してくれ」

 

「わ、わかったですにぃ!」

 

 

楽人は持ってきていた水を彼女に頭からかける。悲鳴を上げた後はひきつけを起こしたようになっていた彼女を落ち着かせると同時に、少しでも燃えるのを遅らせるためだ。

 

 

「やるしかないか、すまない、マジョラム少尉」

 

「いやぁぁ……いやぁ!!」

 

 

彼女の肩に手をかけるのだが、非常に明確に拒絶されてしまう。これは自分にじゃなく、何かしらのトラウマに対してであろうと自分に言い聞かせ無理矢理抱きかかえる。ばたつかせている手足を抱えるべくもう一方の手を膝に手を回すと、手は暫く暴れたものの、自然に体勢が落ち着いたにつられて大人しくなった。そのまま暴れるのをやめたカルーアの意識は既に朦朧状態で危険な兆候が見える。

 

 

「楽人、火の中は無謀ですにぃ!!」

 

「分かっている、少し時間をロスしすぎた、だから!!」

 

 

カルーアの抵抗などにより、既にフロアの炎は人間が生身で生存できる規模を超えている。だが彼は冷静に、目の前にある業務用冷蔵庫を見つめた。

 

 

「そ、そうですにぃ! 一か八かこの中で火が消えるまで耐え忍ぶですにぃ!?」

 

「いや、そんな運否天賦には頼らない、運は悪い方なんでね」

 

「にゃああ!?」

 

 

彼がそう言うと同時に左足を軸にして右足で地面を後ろに蹴った。その勢いを殺さずに体を捻り、カルーアを抱えたまま『全力で』冷蔵庫に回し蹴りを打ち込んだ。するとまるでコメディのように冷蔵庫が凹み、それどころか背面の壁に大きな亀裂が入る。

 

 

「ま、まさか!?」

 

「そのまさかだ! いくぞ!!」

 

「無茶ですにぃ!!」

 

「違う! 可能な手段だ!」

 

 

そして今度は後ろに少し下がり助走をつけて飛び上がる。彼が初動を隠すことなく全力で飛び掛かったのだ。そう、彼はこの建物の見取り図を頭に入れていた。キッチンの奥側の壁、そこはそのままビルの裏に通じている。要するに内装の壁ではなく、一枚で外と分けられている外壁であった。

 

 

「ブチ抜けぇええ!」

 

「ぎにゃあああああぁぁぁ!!」

 

 

先程入れた亀裂を切り取り線に見立てて、彼は最も力を入れるべきポイントを見抜き、そこに全力全開で渾身の蹴りを放った。真横に吹っ飛んだ冷蔵庫が外壁などなかったかのように吹き飛び、向かいのビルにぶつかりめり込んだ。それからほんの刹那遅れて、天地が割けた様な轟音と衝撃がビルを襲うと同時に、2人と1匹は外壁の穴から外に出る事が出来た。そう、彼の作戦勝ちだ。

唯一誤算があるとすれば

 

 

「む?」

 

「このカレーショップは6階ですにぃぃぃ!!」

 

 

一般人向けでない高さがあった事であろう。しかし楽人は冷静に開けた視界の眩しさに怯むことなく、カルーアの足を抱えていた左手を離し、右手で胸に抱き寄せる形にすると、隣接しているビルの排水パイプを掴む。

流石にそれだけで体重と勢いを支え切れる事もなくずり落ちていくが、このまま落下するよりずっとましだ。

 

 

「ッくぅ!? 」

 

「が、頑張るですにぃ!! もう少しですにぃ!! 」

 

 

腕への負担と落ちてくる瓦礫からカルーアを庇うということはかなり至難の業だった。未だに壁にめり込んでいる冷蔵庫の破片も落ちてくるし、時間をかけると本体も落ちてきかねない。焦らずかつ急ぐという極限の状況で、限界が近かったが、何とか気合で4階分の高さを降りる(落ちる)頃には勢いが止まっていた。彼は脱力したように手を離し、そのまま地面に着地した。

 

 

「な、なんとかなったな」

 

「無茶しすぎですにぃ!」

 

「ん……ここは……ミモちゃん?」

 

 

着地した楽人は今まで強く抱えていたカルーアを下ろすと地面に座り込んだ。流石に消耗が激しかったのだ。彼女の肩に手の形の痣が残ってしまったのは申し訳ないが、非常事態だった故に仕方がない。

 彼女の意識が朦朧とだが、戻って来たと同時に、楽人は上から降って来た冷蔵庫本体を蹴りで迎撃し軌道を逸らして難を逃れた。その音を聞きつけたのか、遠くから駆け寄ってくる足跡が聞こえる。何とか助かったと安堵しながらその場に腰を下ろして、彼女に向き直る。

 

 

「カルーア様、無事ですかにぃ!?」

 

「はい……それでその私はどうして? ……あら~?」

 

 

意識を取り戻したカルーアが、その場から起き上がり、胸に抱いていたミモレットから視線を外し同じ目線の高さにある青年の顔を見る。

 

 

「無事だった……ッ!」

 

「あの~? どちら様で~? あら~?」

 

「何を言ってるですにぃ、楽人ですにぃ……にぃ?」

 

 

しかしそこに居たのはいつも見慣れている仏頂面に定評のある二十代半ばの青年の顔ではなかった。カルーアはまだ若干ぼやけた頭で観察する。年のころは、ぴんとは来ないが、楽人よりも若く見える。魔女としての勘が、自分よりも少し下であろうか? と判断しているが、定かではないが。

服装は軍服であり階級は中尉、というか織旗楽人と全く同じものだ。彼のトレードマークになっている『首黒いチョーカー』も『外れかけている』が首にかかっている。声もいつものバリトンの効いた声ではなく、少々それより高い。

 

 

「すまない、何も聞かないで貰えるとありがたい」

 

「え~と?」

 

「どど、どういうことですにぃ!?」

 

「────こういうことだ」

 

 

青年は内ポケットから新たに黒いチョーカーを出すと、壊れかけていた今の首に引っかかっているそれの代わりに付け直す。そうするとそこに居たのは見慣れた織旗楽人のそれだった。

 

 

「申し訳ないが、今は何も言えない。高度な軍事機密に抵触する。君たちは何も見なかった、いいな?」

 

「あっはい。ですにぃ」

 

「ふふ、わかりましたわ~」

 

 

カルーアはそう言うと安心したのか再び気を失った。その事に彼が気付くのと、物音を聞きつけた既に周囲に展開していた消防隊が、彼らを発見するのは同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くく、仕留め損なうまでは計算の内よ」

 

 

その魔女の名はディータ。現在セルダール連合に反旗を翻した謎の勢力の構成員であり遊撃隊を任されている幹部の一人だ。彼女を語るのに欠かせないのが先にも述べた魔女だという事であろう。彼女は公認A級の資格こそ持っていない者の、それに次ぐ実力者である。勘違いしてはいけないのは、公認A級というのは12人しかいないという事だ。これは星や国にではない、「銀河に」だ。その1人を決める選考過程で最後の2人まで残った魔女が弱い存在であろうか? いやそんなことはあり得ない。

魔女は今古巣であるマジークに潜伏していた。彼女の目的はただ一つ。自分を選ばなかった魔女魔法使い組織への復讐と、マジョラムたちへの復讐だ。その為に彼女はセルダール連合を裏切ったのだから。彼女は先ほどから進んでいる状況にご満悦であった。焼き殺すことは失敗したが、もとより焼殺などという『楽な』死に方で死なせてやるつもりはない。自分に絶望し悪夢に苛まれ後悔と懺悔と共に自ら惨たらしく死を選ぶ。それが彼女の最も与えたい死に方だ。

彼女が得意とする魔法は『催眠』と『洗脳』そして『呪い』魔法的な抵抗力の無い一般人に対して比類なき影響力を誇る反面、一般以上の魔法使い達にはあまり効力のない分野の魔法であるが、彼女のそれは規格外であった。数百人以上の人間を支配下におさめる事も、それを潜伏させトリガーを用意し条件が満たせれば発動といった、『プログラムのような』催眠と洗脳そして呪いをこなせるのだ。時代が時代なら彼女を女王とする一大星系位ならやすやすと造れたであろう。それ程の器だ。

 

彼女がA級を逃した理由は単純だ。直接戦闘能力がマジョラムよりも低かった。それだけである。カルーアとテキーラは1なる2者という称号の通り、魔法による作用で人格が2つある。これ自体が再現することのできない高度な魔法であり、あくまで『その年の魔導学園での首席程度』に過ぎない彼女を公認A級に押し上げたのだ。

理論専門で魔力の貯蔵量に優れるカルーアと実戦と実践に優れ行使に定評のあるテキーラは、その状況をなしている魔法現象が凄まじいのであって、単良く言えば万能、悪く言えば平凡な能力なのだ。しかし催眠と洗脳に特化しており、その分野に関しては右に出る者はいないディータは逆に言うとその分野以外は人並に優秀と言うレベルであった。故に逃したのだ、そのための復讐だ、

 

話が長くなった。そう、つまり先程のチンピラの放火騒ぎも彼女が仕組んだことだ。騒動を起こし動機が十分な鴨が目の前にいたから、戯れのように警備員共々催眠をかけたに過ぎない。彼女は混乱さえ起せればそれでよかった。

カルーア・マジョラムが一人で意識を失う状況が作れればそれでよかった。そして今狙い通りの状況があった。

 

 

「くくく、のんきな寝顔だこと……」

 

 

カルーアは火災現場から救出された後、極度の緊張と疲労で気絶。救急車両は来ていたが、搬送されるほどではなかった。周囲を警戒している人物はなく、エンジェル隊なども事情説明などをしている。ディータは適当な人間を操り車両の中にいる医師を外におびき寄せ、同じく洗脳。そうしてカルーアの眠る横にたどり着いた。彼女の前では人を立たせても意味がない。むしろ、暗証番号などを聞き出せるため『人が守っているところの方が危ない』のである。

 

 

「いいわ、テキーラ・マジョラム。アンタの方から苦しんでもらいましょうか」

 

 

そう言いながら彼女は懐から小瓶を取り出す。先ほど拝借した消毒用のアルコールが入っているそれをカルーアの鼻に近づけると、反射的にテキーラに変身してしまう。気を失っている間は、中の人格も意識が無い。その事はマジョラムたち自身の論文にあった事である。わざわざ先にテキーラにしたのは、彼女に直接土をつけた憎き相手だからである。

彼女は知らないが、カルーアは梅干を食べると、強制的にテキーラになる。アルコールと違い一度変身すると暫く元に戻れないショックを受けるのである。

 

 

「さあ、苦しんで、苦しみぬいて地獄に落ちるといいさ」

 

 

ディータはそう言いながら陣を整え、呪文を紡ぐ準備をする。手早くそろえた後はお手の物だ。彼女は『自らが最も残酷だと思う呪い』をかけたのだ。

 

 

「んっ!……」

 

「ククク、上出来さ。次は……カルーア・マジョラム、あんたにはどんな呪いがお似合いだろ────っ!!」

 

 

カルーアに取り掛かろうと意識を切り替えた瞬間。彼女は自らの魔術的な勘を信じ万が一のために用意していた転移用の魔法を発動させた。転移魔法は多くの魔法使いによって研究されているが数mの距離が限度である。しかし車の外にさえ出られればよい彼女はそれで充分であった。なにせ彼女が消えた瞬間、織旗楽人が入ってきたのだ。

 

 

「無事か! ……逃げられたのか?」

 

 

彼はカルーアについているはずの医師が、現場検証をしている警官と話しているのを見て嫌な予感を覚えると同時に、ミモレットの姿を視界の端にとらえた。ミモレットはナノナノの膝の上に居た。そう、カルーアについているべき人物が一人もいなかったのだ。

心配しすぎかもしれない、だが自分の感覚を信じカルーアの元に行ったのである。車両に近づく途中で魔法が発動した時のような光が漏れたのが見えたのが、今の血相を変えている彼の主な原因だ。

 

 

「いや、気のせいだったかもしれないな」

 

 

何事もない、しかしいつもより『髪の毛のウェーブが強い』カルーアと、彼女の横に置かれたアルコールを含んだ脱脂綿を見て、テキーラに変身しかけたのであろうかと結論づけてその場を後にした。

後に彼はこの行動を後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「呪いがかけられた?」

 

「ええ……どういった物かはわからないけど、痕跡があったわ」

 

 

場所は移りルクシオール。事情を説明した後にカルーアはそう言った。モルゲンからのチェックでは、火事に対するトラウマが再発したことによるパニックと判明した彼女だが、問題はそれだけではなかった。

現在テキーラが外に出ているのは、彼女の方が説明に適している口調だからではない。カルーアが塞ぎ込んでしまったのである。彼女自身が再発したトラウマに苛まれてしまったのだ。

彼女のトラウマ、それは幼少時に友人に覚えたての魔法を見せようとした結果、暴発してしまい、友人を傷つけてしまった。その事で周囲から責められ彼女自身も自分を許せないでいた。その際にテキーラという人格が生まれている。弱い時分が耐えられないトラウマを乗り越えられる強い人格を形成したのだとカルーアは考察しているのだが。

閑話休題、その暴走の際に彼女と友人は火に包まれた。炎の魔法が遊び場だった小屋を燃やしてしまったのである。

 

その結果カルーアは『一切の魔法を使えなくなった』魔法薬の制作などはするが、魔法研究や理論の構築に専念し、自分で魔法を使用することが『できないのだ』。その結果使用するのはテキーラという役割分担になった。因果なことに、座学に専念できた為に素晴らしい成績を残せたのだから皮肉であろう。

そして今、カルーアはそのトラウマが再発し、非常に不安定な精神状態になってしまっている。端的に言えば弱り切ってしまっているのだ。自分が行動すれば他人を魔法で傷つけてしまうかもしれないという強迫観念で、艦に戻ってから人前ではテキーラに切り替わって中に引っ込んでいる。

しかし、テキーラが呪いをかけられている以上、このままではいられないのだが。

 

 

「魔法に関しては門外漢だからあまり言えないんだけど、それは命に関わるものなのかい?」

 

「簡単に調べたけど条件を満たすと発動するみたいで、後はさっぱり。こんな芸当ができる魔女をアタシは1人しか知らないわ。マイヤーズあんたも知ってるあいつよ」

 

「ディータか……やってくれる」

 

 

現在呪いをかけられた等本人であるテキーラ自ら、自身の症状に関して説明していた。呪いは何かしらの条件を達成したら発症するものであり、規模もその条件も不明であること。解呪は現状不可能であるという事。専門の魔法研究所で数か月を有すれば問題はないであろうが、少なくとも近々で自力の解呪は困難であることだ。

辛うじて良い知らせは、万が一何かしらの兆候が見えた場合、人格を切り替える事によって、一時的に無事なカルーアで生活すれば問題はない事であろうか。しかしそれは紋章機に乗ることも魔法を発動することもできないことと同義であった。なにせカルーアは魔法が使えない上に紋章機の操縦もできないのだから。加えて今は人前に出てこない。

 

 

「まあ、いいや。兎も角、魔法の専門家は君しかいないから、この件については君に一任する。必要なものがあったら、いつも通り楽人に言ってくれ」

 

「了解よ。まあ、直ぐにどうこうってわけじゃないでしょうね。呪いをかける時間があれば、ナイフ1本で私を殺すこともできた。何かをさせたいのでしょうね。あのオバサンの考えそうなのは、私を苦しめる事でしょうし」

 

 

結局は専門家に当事者に任せるしかない現状に不満を覚えつつも、次話題に進む必要があった。此処はルクシオールミーティングルーム。タクトが大筋での話がまとまったので、先程の騒動に関することを尋ねるのと通達の為に集めたのであった。

 

 

「さて、それじゃあオレの方からの報告。マジークは大よその情報を持っていたけど、俺たち以上のものはなかった。だけどピコと合流してセルダール解放軍を組織することに関しては、キャラウェイ女史と大筋の合意を得たよ」

 

「先生は聡明な人よ。厳しいけどね」

 

 

マジークの責任者であるキャラウェイは、カルーアとテキーラの直接の魔法の師匠である。彼女たちの才能を見出してスカウトした本人でもあるが、厳しい教えは正直思い出したくないものまである。だが戦略的に物を見誤る人物ではないという事だ。

 

 

「ただ、本格的な軍事行動、それも国を挙げての規模は経験が無く、技術的なアドバイザーが欲しいとも言って来た。これに関しては」

 

「ハーイ! アタシが引き受けるわ。用兵に関してはあれだけど、タクトとの繋ぎにもちょうど良いしね」

 

 

こちらもピコと同じように組織的な派兵経験がなく、軍人である蘭花に指揮権を貸し渡す形になるであろうと、タクトは告げた。

 

 

「今後、ルクシオールは情報収集に入る。集合場所と日程を決めて決戦に入るまでの斥候って所だね」

 

「予定通りってわけですね」

 

「うん、だからまあ補給と修理のために明日の正午まではここにいる。各員適度に羽目を外す様に」

 

「そこは外さないようになんじゃ」

 

 

そんな何時もの会話で締めると、タクトは席を立ちルーンエンジェル隊も部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、楽人。何か言いたいことがあったら聞いてあげるけど?」

 

「……今回の件はすべて私の力不足です」

 

 

場所は司令室でもブリッジでもない。織旗楽人の私室だ。据え置きの家具と本当にわずかな私物しかない部屋に今はタクトと二人きりであった。

 

 

「火災に巻き込まれたこと、まあ避難誘導は完璧だった。でもわざわざ壁を貫く必要はなかったよね? オレ言ったよね、君は『正体を気取られる行動』をなるべくしてはいけないって。今まで見たいな秘匿された空間じゃなくて、市街地でこんな無茶をされるとは思わなかったよ」

 

 

楽人のフォローをするのならば、壁を破ったのはカルーアの魔法。と言う風に現地警察には通達している事。非常事態であったこと。マジークでは人が壁をぶち破るのはそこまで珍しい事では無い事であろうか。

 

 

「そして、カルーア、いやテキーラの件。呪いがかけられるとは思わなくとも、どうして彼女を一人にしたんだい?」

 

「恐らく敵の催眠魔法によって、警備や医師をどけられたのでしょう。数名が記憶に欠如が見られました」

 

「そうだね、でもディータの得意魔法に関してはカルーアかテキーラから聞いていたんじゃない?」

 

「…………」

 

 

今回、織旗楽人中尉の行動は、お世辞にも良いと言えないものばかりだ。確かに彼がいなければ危うい局面もあった。だが例えば壁を壊さずとも料理酒を嗅がせるなどをしてテキーラに変身させ、彼女を抱えて避難することもできた。

要するに彼は少し天狗になっていたのであろう。自分の力があればこの程度の物事など無理やりにでも乗り越えられるであろうといったものが。勿論油断していたわけではない、だが、最善策を探す前に次善策の力技に移行してしまった感は否めない。

 

 

「まあ、現場にいなかったオレがあんまりいえる事はないけどね。もう少し秘匿してくれ。君の本名はこの銀河だとあまり知られていないけれど、念には念をだ」

 

「了解です」

 

 

帰還してからの織旗楽人は、一応自室待機という罰を受けている名目だが、実際には休息をとらせているに近い。軽傷とはいえ擦り傷などはあったし、事後処理に追われて疲労が溜まっているのは誰の目にも明らかであったからだ。

 

 

「それと、首輪が新しくなっていることに関しては?」

 

「救出の際、恐らくマジョラム少尉に引っ張られ、壊されました」

 

「つまりばれた訳か……あーでもエンジェル達で本当の顔を知ってるのはナノナノとリコだけだし、リリィには元々教えているし」

 

「はい、誰だかわかっていない様子でした。それとナノナノ少尉は変装している事を知っているだけで、私の顔は知らないはずです」

 

 

ナノナノはスキャニングができる。それ故に織旗楽人が黒いチョーカーによって変装していることは知っているが、顔自体が帰られているためにスキャンで読み取ることはできていない。

 

 

「なら問題ないか、後でそれとなくフォローしておいてね」

 

「はい、この後部屋に招かれています」

 

「え? テキーラに?」

 

「いえ、先程旗艦する道すがら、落ち込んだ様子のマジョラム少尉に」

 

 

分かりにくいが、マジョラム少尉がカルーアでテキーラはテキーラ少尉だ。

 

 

「ふーん。さっきはテキーラの中に引っ込んで、オレ達の前には出なかったのに」

 

「そうだったのですか? ですが恐らく疲れていただけでは?」

 

「……さてねぇ?」

 

 

少し面白そうなことになりそうだと『タクト・マイヤーズの直感』が告げた。それをほんの少しだけ表情に出してはぐらかしておく。既に説教は終わり雑談モードに入っている。

 

 

「個人的な興味だけどさ、カルーアとテキーラ付き合うならどっちが良い?」

 

「司令はどちらが?」

 

「んー。どっちもいいよね。ほんわか系のカルーアは和むし、可愛い系だし。雌豹みたいなテキーラに振り回されるの良さそう。あー悩むな」

 

 

にやにやと妄想しているのか、いつも以上に締まりのないヘラヘラした表情を浮かべるタクト。もう慣れているので何も言わないが、謎のコネクションが働き、今の彼の様子は、彼の妻の耳に入るかもしれない。

 

 

「マジョラム少尉の方が司令の奥方に近いのでは?」

 

「ああ、確かに。うーんでもなぁ、テキーラも捨てがたい」

 

 

面倒な話題から、いい感じに話を逸らせたので満足する楽人。タクトは脳内で何を考えているのか知らないが一安心である。

そんなタクトは表面上へらへらしているが、脳内できっちり楽人の評価を一段下げていた。優柔不断な一面ありと。要するにタクトが一枚上手であった。

 

 

「何と言っても、あのスタイルがいいよね!! 二人とも。そう言えば抱きかかえたんだっけ? どうだった? いい匂いだった?」

 

「タクトさん、さすがにそれは問題発言です」

 

「はい、ごめんなさい」

 

「全く、素に戻らせないでください……ん、んっ!! 司令そろそろお時間が」

 

「そうだねー。あ、最後に1つだけ」

 

「なんでしょう?」

 

 

席を立ちドアの所まで来ていたタクトが振り向き口を開く。その顔は真面目度8割ほどのもので、楽人としては何を言われるのかわからないので居住まいを正した。

 

 

「女の子を抱くときはもっと優しくね?」

 

「肝に銘じます。ナノマシンで治せましたが、内出血していたとは……失態です」

 

「責任取りなよ?」

 

「……示談金の方向で何とか……」

 

「初めて抱きしめた女の子は柔らかかったかい?」

 

「シャトヤーン様に報告させていただきます」

 

「ごめんなさい」

 

 

緊張感のない二人であった。

 

 


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