銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第8話 打倒/確答

「失礼するぞ、マジョラム少尉」

 

「はい……いらっしゃいませ」

 

 

ルクシオール、場所はカルーア&テキーラ・マジョラムの私室。織旗楽人は見舞いのケーキを片手に訪れていた。押しかけたのではなく、約束を果たす為であり、きちんと招待されての来訪だ。

 

ここに来るまでに多くの事があった。まず手持ちぶたさに成り自室を出てみたものの、約束の時間にはまだあった。だから彼は先ほどの騒動の後、この艦はどうなったかを司令官であるタクト以外の口からも聞こうとルクシオールを散策したのだ。

 

当事者であるルーンエンジェル隊とランファが中々捕まらずに歩き回っていると、何故か魔法研究室前でカズヤとランファを見つけたので、捕まえて話を聞く。するとカルーアはこの艦に戻ってきてからは直ぐにテキーラに切り替わり、様子を知ることは出来なかったという。そして、そのまま先ほどの作戦会議の後は自室に戻ってしまったという。おかげでランファは見たかった魔法研究室の見学ができないと少し不満げであった。

 

タクトが笑みを含んでいたのはこれであろうと楽人は理解した。塞ぎ込んでいる彼女の元に、先ほどの口約束だけで、こちらの都合を大きく含む形で訪ねるというのは、彼の苦手とするところである。その苦労する姿を思い浮かべ笑っていたのだと。まるで見当違いな結論に至っていた。

 

次に手ぶらで行くのも格好が悪いと思い、ティーラウンジに赴き丁度鉢合わせしたアプリコットにカルーアのケーキの好みを聞いた。それに合う紅茶を自分なりに選んで、それらをメルバに注文したのだ。彼は紅茶に関しては周囲の影響のせいでなんとなくの相性位ならわかるのだ。

しかし、出来上がりに少し時間がかかるそうなので、実は紅茶よりも好みであるコーヒーを片手にカウンターに腰かけていると、様々な会話が聞こえてきた。

 

 

「おい、ジョナサン聞いたか?」

 

「ああ、あのお方の目撃情報がマジークであったらしい」

 

「だがガスト、あのお方は今EDENで防衛の任についていると聞くが」

 

「まあ見間違いか何かであろうよ、パトリック。この銀河ではまだ数少ないシンパがビルの壁を人が破壊したというのを誤解しただけだろうさ」

 

 

何がという訳ではないが、清掃員3人の会話を聞いて自分を戒める事にした。そう言えばラクレット・ヴァルターのサイン&握手会にもいたような気がする3人組だなと思い出しながら。

 

 

 

そうしてお土産を受け取った後、時間もそろそろ都合が良いので、彼女の部屋に向かう事にした。すると見慣れない作業着を着た人間が、多数格納庫に出入りしていた。少し気になって格納庫付近を巡回していたMPに尋ねると、マジークで補給と修理を受ける事になったのでその作業員が何人か搭乗しているとのことだった。

出身はNEUEだがブラマンシュ商会のマジーク支店から紹介された人物であり、身元はしっかりしていた。しかしながら先ほどの失態もあり楽人は『洗脳の魔法を使う魔法使いが潜伏している可能性があるので、彼等の動向に気を払うように』と指示をしておいた。そう言った紆余曲折有り、ようやっとカルーア&テキーラの部屋に向かったのである。

 

 

「どうぞ、座って下さい……」

 

「ああ、失礼する。これはつまらないものだが」

 

 

意外と言えば意外であり、ある意味当然であるが、出迎えたのはカルーアだった。楽人は少しばかり気分が高揚するのを感じ取った。原因は分からなかったが、頭の一部を使って推察した結果、カルーアの場合、テキーラも聞いているので説明する手間が省ける。という仮説を採用した。

 

 

「あ……ありがとうございます」

 

「好みを選んだつもりであったが、無理に食べる必要はない。体調も万全ではなさそうだしな」

 

 

そもそも、スイーツを分け合って色々な味を楽しむという工夫をしている女性に対して、カロリーの計算をしているであろう女性に対して、全く考えない物を送っているのには気づいていない彼。まあ、どんなに食べても筋肉になってしまう男にはわからないであろう。

 

 

「急かす形になってすまないが、何か話したい事、聞きたいことはないか?」

 

「え? ……あ、はい」

 

 

言い淀みなかなか言い出せない会話は、長引くほど打開し難くなる。故に彼は先ほどから気後れというか、迷っている素振りのある彼女に主導権を渡さず、招かれた身でありながら、自ら話を進めているのだ。

 

 

「あの、私は先程のお方を、どちら様なのか存じ上げないのですが、あの人は心当たりがあるとミモちゃんに伝言がありまして」

 

「ふむ、そうか。テキーラ少尉は……ここで伝えればいいのか。ルーンエンジェル隊の他の隊員には内密の方向でお願いしたい。そして私からは肯定も否定もしない」

 

 

楽人は冷静に考えなくても、自身の身体能力どころか、魔法を減衰させる剣(デバイス)を見せている。その理論は名誉A級魔法使いの称号をもつ『異世界の術師エメンタール・ヴァルター』のものに基づいているのも、恐らくは察されているであろう。座学はカルーアに任せているものの、興味が有るモノには詳しい彼女のことだ、パーソナルデータを読み込むこと程度はしているのであろう。

 

 

「あの……」

 

「なんだ?」

 

 

これから本題に入るのかと、彼女の切り出しを聞きながら少しだけ身構える楽人。内出血の跡は消えているが、もし何か魔法的に障害が出た場合、その補償をしなければならないのだ。それが可能か不可能か分からない以上身構えるのも無理はないであろう。

一先ず一般的な女性が一生遊んで暮らせる金額を一括で払う用意をすべきであろうか? しかしその額になると、NEUEの口座では足りない上に、それほどの金を移すのには手続きが必要である。そんな事を考えていたのだが、彼女の口からもたらされた言葉は、全く予想外の物であった。

 

 

「あの人の事は名前で呼ばれるのですね」

 

「ん? ああ、混同してしまうからな。フルネームは長いと苦情も来たからの措置だ」

 

「それでしたら、私もカルーア少尉と……」

 

 

予想外の要望であった。嫌恐らく本題ではないのであろうが、そう言った事を言われるとは想定していなかったために、少々反応に困ってしまう。呼び名など相手と『周囲』が不快に思わなければなんでも良いであろう。呼び名の交換に憧れていた過去もあるが、そんなことはもう過ぎた過去の残滓だ。忘れちまったよ……呼び名交換なんて言葉。もとより偽名でもある。

彼女がそう望むのならば、別段構わないのだが、彼女は魔女だ。何か儀式的な意味合いがあるのかもしれない。悪意や害意があるとは思えないが、名前を偽っている以上何かしらの不都合が起きるかもしれない。呪いとかかけられたらどうなるか少し興味がある。

まあ、テキーラとも既に交換しているし問題はなかろうと、口を開こうとしたら、まるで躊躇しているかのように見えたのか、ミモレットが突如口を挟んでくる。

 

 

「楽人はカルーア様にもテキーラ様にも平等に接するべきですにぃ! お二人は同じ人物でもあるのですにぃ!」

 

「いえ、そうですね。ミモレットさん。それではカルーア少尉と以後は呼ぶことにしよう。私の事も好きに読んで構わな……いや、『織旗か楽人の何方かで』呼んでくれ」

 

「わかりましたわ、楽人さん」

 

 

場の空気が先ほどまでのどこか壁があるものから少し和らぐ。もしかしたらそれを見越しての物であったのかもしれない。そう楽人は考えた。なる程名前を呼び合うのにも意味はあるものだな。楽人は改めてそう感じる。まあ偽名なのだが。

 

 

「その、お話なんですが、聞いていただけます?」

 

「ああ、構わない……いや、聞かせて欲しいカルーア少尉」

 

 

無理にリードする必要が無いので、少し態度を砕けたものにする楽人。カルーアの顔も笑顔とまではいかないが、沈痛なそれは少し和らいでおり、正解であったと判断する。

 

 

「私は……『魔法を使うことができません』の」

 

「……そうだったのか」

 

 

カルーアから語られた話は彼女の在り方の根幹に関わるものであった。辺境とまではいわないが、マジークの勢力圏としては端の方に生まれたカルーア・マジョラムと言う少女。彼女はその魔法の稀有な才能を見出されていたが、その実まだ幼い少女であった。

彼女は親友であった『ミモレット』という名の少女と共に遊んでいた。その際に覚えたての魔法を見せようとして制御に失敗してしまう。遊び場は火に包まれ、その結果ミモレットを怪我させてしまい、彼女は大きく悔やむことになる。また同時に周囲も彼女の異質さ魔法の強さを知り彼女と距離をとるようになる。そんな周囲の環境と自分自身の弱さに耐えられなくなった彼女はその素質を開花させ『強い自分』を作り出した。

しかしそれはその自身の弱さからの逃避に他ならず、彼女はその当時の自分が起こしてしまった火事のトラウマを克服することができていない。彼女は魔法を使わない座学担当なのではなく『魔法を使えない』座学専門なのだ。

 

 

「楽人さんにはその、迷惑をおかけしましたから、聞いてほしかったのですの……」

 

「そうか、話してくれたのは嬉しいが、別段迷惑だと思ってはいない。それにこのことを聞いても態度を変える事はないであろう。勿論良い意味でだ」

 

 

楽人はカズヤやルーンエンジェル隊の面々の顔を思い浮かべながらそう言った。君の仲間は誠実な連中ばかりであり、君の事を受け入れるであろう。そう思ったのだ。カルーアはその言葉を聞くと、少し驚いたような表情になった後、静かに笑みを浮かべた。

 

 

「私の事を怖がりませんのね」

 

「む? 既に知己になり良好な関係を築けているのだから、不安がることは無かろう」

 

 

事も無げにそういう楽人。重ねながら彼の中ではルーンエンジェル隊とカルーアの話であり、上官としてみている限り今更その程度の事で揺らぐ仲ではないであろうという評価の話である。重ねて言うが自分自身の事ではない。

 

 

「そうでしょうか……?」

 

「君は、いや、君たちは魔法使いである前にルーンエンジェル隊でもあるのだ。そう恐れる心配はないであろう。そしてその前に私から見れば『少々個性的な女性』でしかない。魔法は脅威だが、見える範囲で発動されたものは私にとって脅威とは言えない故な」

 

「ふふ……そういえば、お強いのでしたねー」

 

 

少しいつもの元気が戻って来たのか、間延びした口調に戻って来たカルーア。彼女もいろいろ思う所があったのだが、それはまた今度でいいであろう、大事なのはいま彼女が少し持ち直したことだ。

 

 

────ただ、その穏やかな空気と前向きになった彼女へ、まるで挑戦状のようなアラームが突如響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変だ! 空気が漏れてる!! 」

 

「障壁が閉まっちゃっています! 私たちだけ居住区に閉じ込められたみたいです!! 」

 

 

ルクシオールは訓練を除いて初めて聞く『艦内の危機』を伝えるアラームの音に包まれていた。原因は既に一部区画を除いてアナウンスされているし、各自の端末でも確認できている。

シールドの出力が一部で低下、さらに外壁の一部が破損し、そこからエアーが流失しているというのだ。通信障害も発生しているために、当該地域にはその事は通達されていなかったが。

 

ルクシオールには2重のシールドが張られている。1つは戦闘時のシールドで、外壁のようなものだと思ってくれれば良い。そしてもう一枚はルクシオールを包む被膜のように展開しているシールドだ。格納庫などの開閉の際に、整備班などが一々宇宙服を着て作業を行ったり、エアーの再注入などは予算や時間の都合でできない。故に宇宙空間の面している場所でも問題ないようにシールドが張られているのだ。

今回問題が発生したのはこの被膜のようなシールドの方である。運の悪いのかそれはエアーの流出の原因となっており、その場所は居住区。さらにその場所にはカルーアを励まそうと、あーでもないこーでもないと話し合っていたルクシオールにいるルーンエンジェル隊の全メンバーの4人であった。

 

エアーの流出だけなのならば大きな問題はない。しかし不幸なことに空気を制作循環しているシステムまでもが動かなくなってしまったのだ。それはすなわち、彼らの顔を撫でる緩やかな空気の流れは、即ち命の砂時計の砂が落ちて行く感覚であるのと同義であった。

 

 

「どうする! このままだと空気が持たねぇ!! 」

 

「ナ、ナノナノはスリープに入れば平気だけど、カズヤ達はこのままだとやばいのだ!」

 

 

事態は軽視できるようなものではない。総員に避難命令と当該区域にいる人員は有事に備えるように指示は出ている。シールドの再展開までの時間はまだかかりそうであり士官用居住区の共有スペースに穴がある為に、対策としてはどこか個人の部屋に入れば良いのだが、全ての部屋の扉が何者かにロックされてしまっている。

そのロックは少なくとも此処から、今すぐに外すことはできない。艦内通信も通じない為に救援を呼ぶこともできない、八方塞がりだ。

 

 

「そうだ! カルーアたちの部屋には絶対誰かがいる!! 」

 

「そうです! 急ぎましょう!!」

 

 

彼等は少しずつ薄くなっている空気の中カルーアたちの部屋に走るのであった。

 

 

 

 

「マジョ……カルーア少尉、非常事態の様だ」

 

「え、ええ。ミモちゃんボンボンをお願いできますか?」

 

「……それは無理ですにぃ」

 

 

カルーアはひとまず事態がどういった物であろうが、多くの盤面に対応できるテキーラに変身しようと、先程から横にいたミモレットに問いかける。しかし帰って来た返事は予想とは違い否であった。

 

 

「そんな、どうしてですの?」

 

「今日はもう打ち止めですにぃ、ストックが切れてますにぃ」

 

「この部屋に代理品はないのか?」

 

 

ミモレットは既に今日何度も テキーラで居続けるためにチョコレートボンボンを提供している。ストックが無いのも頷ける話であった。そして楽人もアシストをかけるために尋ねたのだが結果は芳しくなかった。

 

 

「お二人とも自室ではお酒を飲まないですにぃ。それに梅干しなんてないですにぃ」

 

「ど、どうしましょう?」

 

「落ち着くんだ。兎も角状況を確認しなければ」

 

 

楽人がそう言った途端にドアの向こうに人の気配があることに気づく。それは敵性存在というわけではなく、助けを求めているようだ。楽人はすぐさま緊急時なので部屋の主である彼女の許可なく、部屋の外部カメラの映像を出す。

 

 

「カルーア!! 開けてくれ!」

 

「カルーアさん!! 」

 

「おい、カルーア! こっちの隔壁に穴が開いたみてぇなんだ! あと少しでここの空気が無くなっちまう!」

 

「カルーア! みんなが大変なのだぁ!」

 

「皆さん! そんな」

 

 

楽人はすぐさまドアを開放しようとするが、ロックがかかっている事に気づく。幸いながらここの区画の制御している『特殊なチップ』にアクセスし無理矢理ドアのロックだけを外させることは出来そうだ。

 

だが、その後はどうするのか、それが問題であった。無理矢理開けるというのは現在のロックがかかり固定もされているドアのロックを外した後、固定を『壊す』という事であり、当然ドアを閉める事はできない。

コントロールが奪われているので、流石に手動で壊せないロックを裏技で外し、きっちり密閉されている扉を力技で開けるという行為なのだから。例えるのならば、接着剤で固定されて、鍵が閉められているドアの鍵を外し、ドアを蹴破るといったものだ。蹴破った扉を閉めても密閉は完璧ではなくなってしまう。

 

この空気の流出がどれだけ続くか分からない以上、辛うじて正常に動いているこの部屋すらも危険な場所になってしまう。室内にもシャワールームといった別の部屋があるが、密閉は完璧でない上にこの人数だ。リスクが高い。

 

 

「カルーア少尉。いくつか尋ねる。人間に適した空気を製造しつつ、それを一か所に留める結界のようなものの構築は魔法的に可能か?」

 

「は、はい。結界は基本魔法ですし、空気も問題ありませんわ」

 

「そうか、それを作るのにどのくらい時間がかかる?」

 

「え、その……」

 

「一般的にで良い、仮に詠唱や事前準備等を含めてどれ程かかる」

 

「詠唱だけですので、20秒もあれば大丈夫だと思います」

 

 

捲くし立てるように話しかけて来る、いや問い詰めて来る楽人。表情は真剣であり、非常時という事もあり余裕はない、しかし焦った様子もなかった。カルーアは正直仲間の安全が脅かされているという状況で狼狽の中にいたが、彼の低く有無を言わさない声に反射的に答えて行くうちに幾分か冷静さを取り戻していく。

 

 

「私はこのドアを開くことはできる。だが、そうした場合閉じる事は出来ない。既に外の大気は限界に近く目測だが1分もすれば危険域だ。この部屋をただ解放した場合、部屋の空気のおかげでもう1分は持つであろうがそれまでだ。あと2分でシステムが復旧する可能性は正直あまり高くない」

 

 

事実であった。未だブリッジと通信が取れない以上、トラブルが生じている可能性が高い。こちらの事態を向こうが把握しているかも怪しいのだ。故に今彼が選べる選択肢は2つ。1つは彼らをこのまま放置し1分以内の事態解決を祈る。その場合3人の命が犠牲になる可能性が高い。もう1つはこの部屋を開放し自分を含む5人の命を賭けに加え、もう1分の時間を得て、その間に復旧することを祈る。それだけであった。

 

 

「だから君に頼みたい、いや命令をする。これからドアを開放する。その際全員が入れる結界を構築し、ルーンエンジェル隊の生命活動を保全せよ」

 

「む、無理ですわ! 私は! 魔法が!」

 

「上官命令だ。君に逆らう権利はない。そうでなくとも既にロックは外している。後は私が無理矢理この扉を破るだけだ。君が結界を構築しなかった場合、私を含む『4人』は死亡する可能性が高い」

 

 

有無を言わさない。ここは軍隊である。中尉である楽人の命令はたとえ理不尽でも、軍規と照らし合わせて正統性の有る物であれば守る義務が発生する。

 

 

「仮に魔法が暴走しても、その責任は私に有り、その場合はみんなで死ぬだけだ。それと君にはこれを渡しておこう。成功率を上げるためだ」

 

 

彼はそのまま追いつめるように言葉を告げた後、懐からマスクのようなものを取り出す。

 

 

「簡易的な呼吸器だ。独立電源で10分ほどしか持たないがな。手持ちはこれしかない上に1人用だ」

 

「そんな! 楽人さんの物です。私には」

 

「作戦遂行に有効な装備だ」

 

「そ、そうですわ。楽人さんがそれをつけて他の居住区のドアを開放し続ければ……」

 

「開放できないとは言わないが、恐らく2つか3つ目あたりで私の力が尽きる。ロックを外すというのは、負担が大きい作業だ」

 

 

カルーアはついに言葉を失ってしまう。よく見れば鉄皮面のように見えていた楽人の頬には珠のような汗が浮かんでおり、頬は紅く上気している。精密な操作を要求されたのか、それとも強制的にアクセスするという行為がそうさせたのかは、門外漢の彼女にはわからないが、見たことが無いほどに憔悴している。

楽人は特殊なチップとの適正が高くない為に、遠距離での行使は使い慣れた物でないと難しいのである。これでも最初は使い慣れたものにしか適性が無かったので、成長したのである。

 

「カルーア少尉。命令だ。やれ。責任はとる」

 

「わ、私は……」

 

 

時間が無かった。既に映像越しのカズヤたちは床に突っ伏している。ナノナノですら呼吸活動を低下させスリープに入りかけているのだ。もはや一刻の猶予もなかった。

 

まだも悩む姿勢を見せるカルーアに、楽人は一端息を吐いて口を開いた。

 

 

「カルーアさん頼みます。僕個人としても貴方に縋るしかない。大丈夫、失敗しても死ぬだけです。暴走で怪我させることもないでしょう」

 

「楽人! そんなネガティブな奴だったですにぃ!?」

 

「まさか。こんな状況でジョークが言えないと、この先生きのこれないだけです。いいですか? カルーアさん。口では強がるんです。心の不安はみんなで分け合っても良いから、せめて周りを魅せる自分を強くする。そうすればおのずと結果に行ける。経験談です」

 

「口では強く? 」

 

 

軍人の業務的な口調をやめて、彼の恐らく素であろう口調で彼はそう言った。カルーアはそんな彼に無限のエネルギーで、先の見えない暗闇に踏み込むことのできる。そんな何かがあると感じた。その方法を自分も知りたい、彼の言う通りに強がって見たい。そう切に願った。

 

当然彼女の中ではまだ不安はある。自分が失敗すればみんな死ぬかもしれない。そんな恐怖もある。今だって歯の根は合っていないし、立っている感覚が無いほどに足が震えている。

 

だが確かに『魔法が失敗したら、その魔法『で』誰かが怪我する』という中で、自身の魔法が怪我をさせるという因子の比重が低くなっているようにも錯覚した。

魔法が失敗し誰かが傷つくことが、その時点で既に起こりえない可能性が高いからだ。魔法が失敗しても結局成功しなきゃ死ぬ以上、死因の横の文字が数文字変わる位の差しかないのだ。そんな皮肉な状況なのだ。彼女は無意識に可笑しくなってしまい、少しだけ口の端を釣り上げる。

 

 

胸に秘めたるは皆を救うという意思。

自分を苛む不安は過去のトラウマという足枷

支えてくれる人は……尊敬するちょっと変わった男の人

頼ってくれたのは、守りたい皆

 

 

 

そんな自分や周りの感情が彼女の中の何かを切り替えた。まるでエレベーターの行き先が下りから突然上りに切り替わったかのように、彼女の中のサイクルが切り替わった。気が付けばいつの間にか扉はこじ開けられている。背中から急激に廊下に向けて風が吹き、髪が風に舞う。その髪を払い、彼女は呪文を口にした。

 

 

 

────魔に宿りし精霊たちよ、我がふたつなる心を糧とし理を覆す法をここに顕しめよ。

 

────火を司るものよ我が求めに応え深淵の叡智より熱をもたらせ。

 

────水に遊ぶものよ神秘の炎に身を委ね暫し沸き立て。

 

────風に躍るものよ満ちたる水気を含みて猛る渦となれ。

 

────地に眠るものよ堅牢なる枠組みを我が盾として貸し与えよ。

 

────空虚を棲処とするものたちよ掟に従いて我が法理の執行に助力せよ。

 

 

────Imperium sine fine dedi!

 

 

 

その言葉と共に 廊下に出た彼女の周りを優しい緑の光が包み込む。それは彼女がその領域を支配したという事だ。その領域において彼女の意思は絶対であり、空気を生み出すことなど造作もない事であった。

 

そう、彼女の『魔法(ことわり)』は正常に作用し、この世の『摂理(ことわり)』を凌駕したのだ。

 

 

「わぁ……! カルーア すごいよ!」

 

「すごいのだぁ!」

 

 

緑の光に包まれて徐々に意識を取り戻していくルーンエンジェル隊の面々が見たのは、自分たちを救った優しい魔法使いの少しだけ不安げな目だった。

 

 

「皆さん、ご無事でなによりですわ」

 

「はい、カルーアさんありがとうございます!」

 

「流石魔女だなぁ!」

 

 

だが彼女の仲間たちはそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、彼女を怖がることなどなく、唯々礼を述べ彼女を讃える。カルーアは自身の魔法陣の上で周囲を警戒している楽人の方を向き彼のいう通りであったことを理解した。

 

 

「各々周囲を警戒しろ。体調の悪い者は申告するように」

 

「りょ、了解です。皆大丈夫?」

 

 

しかし、誰も彼女のそんな安堵に気づく事は無かった。それは彼等にとっての当たり前だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、皆。いろいろあったけど無事みたいだね。早速だが総員出撃体勢をとってくれ。敵奇襲艦隊が工作員に呼応するように来ているんだ」

 

 

ひと段落したのか、シールドが再展開しロックが解除された後、楽人は自分の権限でルーンエンジェル隊を格納庫に向かわせたのだった。自分はミモレットにボンボンを補給させた後にブリッジへと向かったのだが。タクトも既に状況は把握していたようであり、すぐさま彼女たちを出撃させた。

 

 

「どうやら随分と大がかりな計画だったみたいだね。かなり深いところまで手が伸びていたようで、マジークのシステムが落ちてる。増援は絶望的だ」

 

「既にルクシオールのクルーは全員相互の監視をさせている。先ほどの騒動の直接的原因と、今回の外部人員は拘束済みだ」

 

 

やはり先ほどの騒動の原因は外部の人間たちであった。それどころかマジークの要所要所に洗脳された人間がいるようで、マジークの宇宙港のシステムが完全に落ちている。それと合わせるようにディータの旗艦と彼女を護衛する船団が集結しており最悪な状況と言っても良いであろう。

ディータの魔法の腕はやはり本物だったのだ。もし彼女が本気で長期的なスパンをかけて星を乗っ取ろうとしていた場合、確実に彼女を絶対王者とする文明が構築されていたであろう。

しかしルクシールは健在であり、ルーンエンジェル隊の4機+1機は既に展開している。まだ戦いで敗北したわけではなかった。

 

 

「まあ、どうやら敵さんからお話があるみたいだ。必要以上に挑発しないでくれよ。その辺はオレの役目だから。それじゃあ通信に出して」

 

「了解です!」

 

 

タクトがそう言うとルーンエンジェル隊の紋章機にルクシオールと通信している敵船団の旗艦との通信が映し出された。

 

 

「ルクシオール。ここがあなたたちの墓場よ」

 

「気が早いねぇ、おばさん」

 

「ッな! ……ふんっ! 強がっていられるのも今の内よ。いくら英雄と言えども、流石にこの状況を覆すのは無理よ。私はあの方からマジークに関するすべての権利を貰っているの。私を追い出した老害達を追い出して新たな魔法惑星という秩序を作り出すのよ」

 

 

通信に出たディータは勝ち誇っていた。既に彼女の中ではこの後のビジョンが見えているのであろう。だが正直タクトやその後ろに控えるランファ、楽人からすればこちらの勝ちパターンに入っているとも思える状況だ。

 

特に後ろの2人は知っている。本気でタクト・マイヤーズに勝ちに行くつもりならば『この場に来てはいけなかった』のだから。

 

 

「ふーん。なに? アンチエイジングの魔法でも極めるの?」

 

「一々むかつく男ね。マジークの宇宙港はあと1時間は増援を送ることはできない。そんな中でこちらの全勢力に囲まれているというのに」

 

「一斉攻勢って奴かい? ものすごい数だね。全て統率取れるのかい?」

 

「ふん、この数を見てそう言えるの? まあ良いわ。そのまま飲み込んであげる」

 

「そんなに変な陣形なのに攻勢をかけて来るのかい? それこそ驚きだよ」

 

 

ディータの艦隊はタクトの知識にはない布陣を敷いている。まるで魔法陣のような形だ。勿論既にタクトはテキーラからその旨が送られてきているのを目すら動かさずに読んでいる。

魔法をサブ動力としているマジーク艦隊と同じようにディータの護衛艦も魔法で動いている。それを用いて宙域に結界を張っており、万が一宇宙港から救援が来ても入れないようにしているのだ。

 

 

「所詮は異世界人。魔法も使えない下等な生物。この布陣も理解できないなんてね。精々苦しみなさい」

 

「通信切れました」

 

「うん、十分情報は集まったね」

 

 

ニコニコ笑いながらそう言うタクト。後ろにいる二人もなんとなく理解していた。やはりここにディータが来た時点で、彼女は苦戦を強いられるのであろうと。

 

 

「え? 司令何か分かったんですか」

 

「うん、まず敵に伏兵はいないのと、あの布陣を構築している艦は動かせないこと。他の宇宙港の支配は完全ではないから、結界を作ってるみたいなんだ。テキーラ曰くあの結界は同時に旗艦も守っているらしいんだけど、その魔法を展開している艦は動かせないから、見かけ程の圧倒的な戦力ではない。恐らくあれをブラフにして常に一定の数で囲むとかいう作戦なんだろうね」

 

 

スラスラとそう答えるタクト。彼曰く『こちらを倒せるか本心の所では自信が無いから、はったりで揺さぶろうとしてた』ということだ。カズヤは今一つ理解が追い付いていないみたいだが、実際一部の艦が動くと結界が維持できないのはテキーラも保証している。

 

結界は外部からの増援を防ぐと同時に、ディータの旗艦にステルス機能のようなものを発生させている。ロックオンシステムが一切認識しなくなる類のものである。攻撃を当てるには手動で狙いを定めるか、結界を破壊する必要がある。ルーンエンジェル隊にはまだ前者をとる実力と経験と適した機体がない。

 

故に

 

 

「揺さぶって速攻をかけるよ。目標は結界の破壊と敵旗艦。こちらは戦闘宙域の外周を周回して、護衛艦を釣り出してひたすら速度に任せた引き撃ちをする。んで結界を張ってる艦の守りが薄くなったらそれを壊して、そのままのタイミングで旗艦を落とす。多分それが一番早いかな」

 

「りょ、了解。それじゃあ、アニス合体よろしく」

 

「おう、任せとけ! 」

 

 

星どころか、結果次第では全銀河の趨勢が決まる後が無い戦いではあるが、タクトには気負ったところなどなかった。カズヤは改めてその英雄の凄さを肌で感じてた。このような状況で気取った様子が無いなんて……といった感じである。

 背中すら見えない歴戦の英雄の自然体に、カズヤは思わず自分の背筋が冷たくなるのを感じていた。

 

 

 

 

「あー! 我慢できないー!! 出たい―! エースの血が騒ぐー! ねぇタクト? 予備の機体無いの?」

 

「ははは……出せる機体はないから、我慢してよ」

 

 

一方ブリッジは平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の戦闘はスムーズに進んだ。というよりディータは謀略や工作という事に関しては一級品であった。それは間違いのない純然たる事実だ。洗脳も呪術も確かに有効であった。だが、しかし、全く以て歴戦の軍人であり、現状戦略家として銀河で最も優れているとすら言われるタクト・マイヤーズを相手取るには程遠く、少々荷が勝ちすぎていた。

 

ディータには自身の魔法に自信もあった、そして何より魔法でマジークを見返すことに意義があった。そういった所に付け入る隙があったのだ。わざわざ戦闘宙域に出てきた時点で、魔法による結界を作戦の重い所に置いた時点で、彼女の勝率は半減さらに半減と下がっていってしまっていたともいえる。

 

もし仮にディータが冷徹に工作による切り崩しのみを狙っていた場合、疑心暗鬼になり、信用と信頼。結束こそが力とするタクトのやり方にとっては非常に不都合であり、敗れていた可能性は高い。まさに餅は餅屋であった。相手の土俵で挑む形に図らずともなってしまったのだ。

 

 

「ククク……」

 

「おや? とっておきの秘策かい? 」

 

「いえ、どうやらこちらの負けの様ね」

 

 

タクトは出来ればディータを捕縛するつもりであった。先ほど彼女は誰かしらに仕えている事をほのめかしている、故に情報的価値はあるとしたのだ。だから、心を砕いてしまって投降を呼びかけるつもりであった。

 

しかし普段は感情的であろうディータの、その不気味な代り様で、彼は投降を呼びかける事は無意味だと感じ取ってしまった。あの冷静に見える態度。そして今通信で映っている敗者の目は、全てを呪い自身が地獄に堕ちようとも、憎い相手を破滅させようとする狂ったそれだったのだ。

 

 

「ハハハハ。マジョラム!! 聞きなさい! アンタへの呪いの解除法も効果も影響も何も言わないで死んでやるわ!! アンタは何がトリガーか、自分の意識が本当に自分のものであるのか。それに怯えながら惨たらしく生きて行くのよ!! そして呪いが目覚めた時。それがアンタの絶望の始まりよ!! アハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

それがディータの最後の言葉であった。彼女はそのまま旗艦を自沈させたのだ。宙域上の敵艦は一切の犠牲を省みずバラバラの方向へ撤退していった。合流ポイントで落ち合うのであろう。今は追うべきではないと判断したタクトは、すぐさまルーンエンジェル隊に帰還命令を出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ランファ。少々予定が変わったけど打ち合わせ通りに」

 

「ええ。アンタも気をつけなさいよ」

 

 

混乱が落ち着いた後、彼らが行ったのはマジークの損害確認であった。幸いにして一部宇宙港が機能不全になっただけであり、人的被害はなかった。洗脳を受けていた人物、その疑いがある人物は、魔法的な処理がなされるようであり、実際にEDENを良く思わない工作員も発見され捕縛されている。

 

最も切り捨てること前提の末端であるようで、有力な情報は得られそうもないが。ルクシオールもテキーラや、派遣されてきた魔法使いによってクルーの潔白が証明され、一先ず事態の鎮静はなった。

 

マジークの人員に被害はなかったが、宇宙港が機能不全になった結果、艦同士のトラブルが幾つも報告されており、軍勢の結集に若干の遅れが生じるとの見通しである。タクトはその辺の対応をランファに投げ、もといまかせ。予定通り情報収集及び斥候として今後動くことにした。

 

それ故にランファとはしばしの別れとなるのだ。

 

 

「Ⅱ、例の件だが若干面白そうなことが」

 

「え? 本当!? 後で聞かせなさいよ!」

 

「ああ、もちろん」

 

 

この後ルクシオールは、ブラマンシュのデパートシップと合流し紋章機の整備や補給をうけながら情報収集をする。それはつまりミントと再び会い見えるという事だ。ランファは暫く会えていないミントに期待を込めて心で祈る。

 

 

「それじゃあ、また今度ね」

 

「ああ、ランファも頑張って」

 

「カズヤ、あんたも頑張んなさい。男の子なんだから」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

そうしてランファはシャトルに乗り込み去って行った。

 

ルクシオールも次の目的地へと舵を切る。

 

ディータの呪いという少しばかりの不安を残したままに。

 


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