リリィの帰還から数日が経過する。ルクシオールは決められた期日に近づいたために、マジークへと進路をとっていた。彼女の機体であるイーグルゲイザーも無事修理され、ついにルクシオールの保持する戦力は現状最善のものとなったと言って良い。最も艦の主兵装はまだNEUEに届いていない為飽く迄現状だが。
そうしてここの所続けていたゲリラ的な抵抗活動の戦果を計算しながら、次のクロノドライブ可能なポイントまで進んでいた所、銀河全体に向けられた広域通信が入ったのだ。
────抵抗を続けるEDENの異邦人どもに告ぐ。これ以上の抵抗は寛大な我々にも許容できない。服従か死を選んでもらおう
フォルテのそれは無機質で感情が全く見受けられないそれだった。前まではそれこそが彼女が本気で滅ぼそうとしていると判断する要因の1つになっていたが、リリィから報告された彼女の立場を知ると、必死に無心でいようとしているように聞こえるから不思議だ。
放送が始まった時点で念のために集められたルーンエンジェル隊も歯がゆい表情を浮かべてそのまま彼女の演説を聞いていた。
────EDEN人よ。帰りの船ぐらいは出してやろう。最も冥府へ続く船に自ら乗り込む自由はあるがな
その言葉を最後に通信は切れた。タクトはこの後どうするかを思考しようとエンジェル隊を振り返る。しかしそこには彼の予想と違ったものが1つあった。
「ん~~? プッツッ? だったのだ?」
「どうしたんだい? ナノナノ。難しい顔して」
それは一番無邪気であり明るいと言っても良いルーンエンジェル隊の最年少であるナノナノであった。そんな彼女が珍しく何かが引っ掛っているように考え込んでいたのだ。
「タクト。今の通信の最後の部分をもう1回流してほしいのだ」
「ああ、構わないよ」
「おい、ナノ。そんなことして何の意味があるんだよ」
「親分ちょっと静かにしてて欲しいのだ」
アニスもいつもと違うナノナノ様子に引っかかり問いかけるものの、ナノナノは真剣であった。彼女には違和感があったのだ。前の通信の時は偶然だと思ったが、今回の通信でその疑念は大きくなった。
「最後の3秒でいいのだ」
「あいよ。ココ」
「了解です」
────乗り込む自由はあるがな
その言葉で再び通信は終わる。そしてナノナノはその通信が終わった途端に目を大きく見開いた。
「やっぱりなのだ! プツン!じゃなくてプッツッツンになってるのだ!」
「ナノナノ、それはどういう事だい?」
「プディング少尉。それは通信の最後のノイズが通常の物ではないという事か?」
「そうなのだ! 他の通信と違って、先生の通信だけ変な終わり方するのだ!」
「おい、どういうことだよ!」
ナノナノの言い分は、フォルテの通信は終了するときのノイズが普通の通信と違うというのだ。正直タクトは他のエンジェル。それどころか全てのクルーがその違和感を持つことはなかった。
しかしナノナノは音を耳で聞いていない。彼女はあくまでナノマシン生命体であり音に関しても映像に関しても別処理を行っている。故に気づいたのである。
「3回の音が断続的になって終わる……という事かい?」
「そうなのだ! すごい短い時間に普通じゃしないような音がするのだ!」
「ココ解析お願い。楽人どう見る?」
「3つ……座標を表す暗号……場所を教えたいもの……まさかっ!」
「やはり、そう見るよね」
タクトは考え込んでいる楽人が自分と同じ結論に至った事を察した。3つの音で表せるようなものは少ない。しかし音を数字に置き換えたとしたならば?
「司令、不規則な3つの周波数出てきました」
「リリィ、セルダールのMAPを移すから、その数字を入力してくれ。EDEN式じゃなくてセルダールで元々使っていた方式でね」
「了解だ……これは……!」
そしてリリィに入力させて出てきたのは『ラグランジュ点の1つ』一見何も意味の無いものでしかない座標だが、彼女がこのような暗号を用いてまで伝えたかったもの。それを考えると、このポイントの価値がわかるであろう。
「ねぇリコ……これってまさか」
「はい、たぶん……」
「ここにあのクロノなんたらって爆弾があるって事か!」
「ああ……さすがフォルテだよ。やってくれるね」
「彼女の意思を無視して御せる人間はいないってことですよ司令」
タクトの手札にさらに1枚、しかも強力な切り札足り得るものが加わった。これで準備は整ったと言える。ここからは彼の反撃のターンだ。
「さて集まってもらったのは他でもないわ」
「Absoluteへの通信の断絶。これは流石に何かが起こっているとみるべきであろう」
EDENのジュノーにある会議室。そこに集まっていたのは任務のためにAbsoluteを一時的に離れていた者をはじめとする、Absolute関係者だ。会議のテーマは単純、Absoluteとの通信が断絶してしまっている事に関する対策会議だ。
「しかし、現状待つ以外には何もできる事はないぞ」
「まあ、司令そう苛立たないで下さいよ。ほら、ノアさん続けてください」
「いいわ、アルモ。事実だもの。だからこそ有事の際の備えをしておきましょうって会議よ」
そうAbsoluteはAbsolute側からしか解放できない。ゲートキーパーがいて、ある程度の事前準備があればこちら側からこじ開ける事もできるのだが、そのゲートキーパーごと締め出されてしまっている以上何もできないのだ。
「既に遊兵になってしまっているAbsolute駐留艦隊でローテーションを組んでゲートの前を警戒しているが……これ以上何か必要か?」
「ええ……最悪の最悪の場合『月』を動かすわ。そうしない為にもあの子たちを集めたから。エルシオールに入れておいてあげて」
「シャトル用の場所でいいんだったな。格納用に小さくなれるというのはやはり便利だな。ちとせが張り切って教習案を組んでいるぞ。することないからな今は」
そんな会話がEDENで話されていた。なにせ本当に最悪の場合、敵対的な先文明によって制圧されてしまっており、その場合は突然クロノクェイクを起こされる可能性すらあるのだ。ヴァル・ファスクへの報復が動機として掲げられてしまえばEDENとしては何も言えないし、そもそもメッセージを届けられない。
兎も角できる事は備える事だけであった。
「踏ん張りなさいよ。何が起きてるか分からないけど」
恐らく戦いに巻き込まれているであろう英雄たちを想いノアはそう呟くのであった。
ルクシオールはピコとマジークの連合艦隊と合流し、ラグランジュ点の1つを目指す為、最短ではない迂回ルートをとっていた。恐らくいずれ察知されるが400の大艦隊だ。相手の方が数が上でも防衛戦を構築する必要がある。星という球体を守っている以上、攻めて側の方にむしろ戦場を決める主導権はあるのだ。
各艦隊との連携も既に話はついていた。精鋭艦────と言っても戦争の経験には乏しいが────をルクシオールの周りに配備しておき、後はひたすらに狭く厚く陣を敷くこと。10隻ほどの別働隊を作ること。これさえ守ればよいとタクトは宣言したのだ。ランファとヴァニラも何かしらの意図があるのであろうと納得し各陣営に通達し、後はセルダールにつくまでに各員が役割を遂行するだけであった。
当然のように局所戦における要となるエンジェル隊はテンションを高めるべく各々好きなように行動していた。目安として紋章機5機の編隊と最新鋭戦艦のルクシオールは1時間程逃げながら戦うのであれば100隻の艦を相手取っても問題はなかった。
しかし今回のは陣形を敷いている敵に突っ込む必要があるのだ。故にクロノクラスターを破壊することが彼女たちの仕事であり、そこまでルクシオールを辿りつけさせるのが戦略上の目標であった。
カズヤはリコのダイエットに巻き込まれた後食堂に来ていた。あんなに痩せているようにしか見えないのに、女の子は本当何故ダイエットをするのであろう? それはカズヤの長年の疑問であった。
甘い物を作る彼は美味しく食べた客が、ふと冷静になり自己嫌悪するのを何度も見てきた。別段太っているようには見えないし、少しくらい太った方が健康的で良いのになと、常々思っているのだ。
「馬鹿野郎。好きな人に少しでも可愛く思ってもらいたい。好きな人には羽のようだねって言われたい女性の気持ちがわからんのかお前は」
「そうはいってもさ。美味しそうに食べる女の子は見てるとこっちも幸せになるじゃないか」
「まぁ、それは同意だ。だからこそヘルシーな料理とかを作るのが良いんだよ。悟られないようにな。本当に山菜が好きなレディがどれだけいるのかね」
そんな話を丁度休憩だった様子で暇そうなランティとしているカズヤ。場所は厨房のバックヤード。午後の仕込みも終わりキッチンの責任者である彼もカズヤの来訪を歓迎していたのだ。
「にしても、リコちゃんとあんだけいちゃついときながら、まだそれ以上を求めるか、この野郎」
「そんなことはないよ……それにリコとはそんな関係じゃないし」
「ッケ! 恵まれている奴はその位じゃ満足できねぇってか!?」
カズヤからすれば十分容姿が整っており、料理の腕もピカ1。職業は軍艦の調理師と少々マイナスは付随するが肩書は立派。さらに女性にも優しい兄貴分のランティ・フィアドーネも、その僻み癖と軟派過ぎる点を直せば彼女の一人や二人は直ぐにできそうなのだと思うのだが。それは何度も口にしているが自覚がないのか治らないので仕方がない。
「それならさ、最近カルーアとテキーラが、なんか織旗中尉といい感じだけど。ランティ的にそれはいいの?」
「……お前何にもわかってないのな。いいか、お前はお菓子作りが上手いのと背が低い以外はすべて平均的な男だ」
「せ、背は関係ないだろ!」
カズヤ・シラナミの身長は160cmの16歳であり、平均規範からそれなりに外れて小さくあった。
「そんなお前が、運でエンジェル(可愛い女の子)たちと仲良くなるお仕事。しかも高給取りについて、実際にイチャイチャしてたらむかつくだろ」
「……うーん」
「あんま理解してないようだが、続けるぞ。織旗中尉は見ての通り軍人だ。経歴は軍事機密になってるが、それでもあの外見から察するに20代の半ば。それで中尉っていうのは士官学校卒じゃなかったら、よっぽどの実力が無きゃなれない。キャリアがあってもそれ自体が有能な証左だ」
「そうだね。僕たちの少尉の階級だって、幹部候補生の教育を受けた人が最初になる階級だし」
エンジェル隊という特務部隊である以上、ある程度の権威は必要であり、最低限の士官教育を追えれば少尉に任官するのだ。そのため脇が甘い所もあり、それもまた顔出しNGの一因になっていたのではないかという見方もある。
「それであの人の仕事ぶりだけど。有事以外は少し頼りない艦長の補佐を完璧にこなして、古参クルーとの連携もばっちり。軍人らしい格闘や捕縛技術は一通りマスターしていて、噂だと戦闘機の腕もあるそうじゃねーか。空いた時間は艦内の忙しい所の手伝いまでしてる。そんな人間がきれいなお姉さんの彼女がいてお前はずるいと思うのか?」
「確かに……思わなくないけど納得しちゃうね」
「そういうこった」
ランティはそう締めくくりながら、目の前にある自分のティーカップに手を伸ばす。香りを楽しもうと水面に視界を移すと自分の頭の上に影が差したのに気が付き、後ろを振り向く。
「面白い話をしているな。フィアドーネ。シラナミ少尉」
「お、織旗中尉! 」
「はは、スンマセン」
噂の織旗楽人その人であった。先ほどまで魔法研究室で水晶磨きの手伝いをしていたのだが、一区切りついたために厨房の手伝いでもしようかと赴いたのだ。尤も当てが外れた為にバックヤードに来ているのだが。
「いや、気分を害したわけではないから気にしないでくれ。それに堅くならなくても良い。エンジェル隊の今の仕事はリラックスすることだ」
「りょ、了解です」
「それじゃあ、許可も出たところ何で聞いちゃいますけど、どうなんすか? 実際の所テキーラ&カルーアとは」
ランティは元々民間の人間であり、料理の腕と女の子には等しく優しくあれという考えを艦長に気に入られて乗艦している。その為織旗楽人は『よく手伝ってくれる気さくな別部署の上司』という認識程度である。ルクシオールでなかったら問題になりそうだが、ルクシオールであるということが、半場軍では無い様なものなので問題ない。
「そうだな……ノーコメント。では面白くないか。エンジェル隊でなければ口説いていたかもしれないと言っておこう」
楽人らしからぬ発言であった。タクトがいないからこそ出た言葉なのかもしれない。ランティ・フィアドーネはある意味で対等な友人になりえる男だからなのかもしれない。
また誤解しがちだが、彼は格好良いことも、可愛いものも大好きなニンゲンだ。ナチュラルに異性の友人を可愛いと褒めちゃう奴でもある。意識しなければ、普通にいける口なのだ。本番に弱いが。
「マジすか。それって逆に言うと今は特にそう言うのはっていう事すか?」
「まあ、そんなところだ……せっかくだからEDENにおいて、エンジェル隊がどれだけのタイトルなのかを説明しようか」
その言葉にカズヤは少しトリップしていた意識を戻して話を聞く態勢を作った。それは直感的であるが、目の前にいる織旗楽人という人物の自分への態度に関する物だと思ったからだ。
そう、カズヤ自身、エンジェル隊という名前の大きさは大まかに知ってはいる。しかし実感が伴ってこないのだ。リコに尋ねてもお姉ちゃんは凄いんですと。妹フィルターがかかった意見しか聞こえてこない。タクトやココに聞いても自分たちで考えるべきだと突き放されてしまうのだ。
現存する最も長く続いている皇室がいかに凄いか。それを説明しても歴史に興味のない人は凄そうだなぁという感想が限度なのと同じだ。
「まず、これから話すのはルーンではなく、ムーンエンジェル隊についてだ。彼女たちは元々月の聖母の近衛隊という位置づけだった」
「月の聖母というと、確かEDENの信仰対象っすよね?」
「厳密にはトランスバール皇国だ。NEUEの人間にはまとめてEDENと名乗っているが、文化や歴史にかなり差がある。まあ、セルダールとマジーク程には差があるかな。おおよそ3つの文化があるのだ」
白き月の聖母を崇めるという行為、そう言った思想は未だに皇国民に根付いていた。日々のテクノロジー全てが白き月から実際にもたらされているのだ。白き月は神であり、その神の代弁者たる聖母が信仰の対象になるのはおかしな話ではない。
「エンジェル隊は元々殆ど名誉職だった。月の聖母は非常に美しい方であったが、似顔絵が残っていない程に外に出る事をしなかったからだ。そもそもその白き月という天体自体が研究所であり神殿のような場所だったからな」
「ああ、絶世の美女だと聞いてますよ。俺も会ってみたいっすね」
「非常に御美しく御優しい方だ。まさに聖母というのに相応しい」
「え、中尉あったことあるんですか?」
カズヤがそうこぼすものの、楽人は無視して続ける。答えられないからである。直ぐにカズヤも察したが。
「聖母を守ることが仕事ではあったが、実際のエンジェル隊は遺産発掘隊の護衛や、危険な過去のテクノロジーの護送といった仕事が主であった。研究員であった者もいるが、基本的には名誉職で雑用だったんだ」
「ああ……なる程、尊敬はされていたし、貴重だったけど重用されていたわけじゃない。そんな部隊が銀河を救っちゃったと」
「そうだ。いくつかの戦争を潜り抜け、彼女たちは本当の意味での『天使(神の使い)』になったんだ」
結果を見てから理由をつけるとしたならば。エンジェル隊は解散せざるを得なかった。それは聖母という『月』と人の間にあった仲介者よりも、『月』の力を使い人を守る『天使』になってしまったからだ。それはエンジェル隊を『白き月神話』の1部としていた今までの体制が崩れてしまう事に他ならなかった。
的確に一致する事例はないが、創造神という偉大な父がいるとして、それの教えを用いてあまねく地上を導いていた予言者。その予言者を信仰するという形の宗教があったが。その予言者の母を信仰するようになったものもある。このケースにおいては実際に奇跡を起こしてしまい、その予言者と同等以上の恩恵を人々に与えたのである。
そうなれば、今後EDENという集合体になり異文化を受け入れる中で、内輪においても信仰がまとまっていない非常に面倒な事になってしまう。宗教と武力が絡み拗れるとどうなるかは察せるだろう。
そして月の聖母への信仰心が薄れる事はある程度の識者には1つの事と同義であった。
────女皇陛下の威信の減衰
まだ秘密であるが、彼女にはそれをいずれ公表する準備があった。その際自分は女皇であるが独立した権力ではなく、あくまで最高意思決定者としての位置につく予定であったのだ。
長くなってしまったが、エンジェル隊信仰という物が生まれてしまい、それは火種になりえたのだ。故に解散し今でも銀河のために働いているとした。そう言った裏側の事情があったのである。
「それなのにエンジェルという名前を再び使ったのは、この先にまた大きな戦いの可能性があると見ているからだ」
「それって……相当不味い話なんじゃ」
「いや、所詮はオカルト的な理論だ。そう言った筋の雑誌ではずっと言われている。まあ、願掛けの意味もあるのだよ。エンジェル隊という看板を背負ったのなら偉大なことを成し遂げるであろう、というな」
「そうだったんですか……それじゃあ、中尉は僕の事が」
「別に嫌いだという事はないただ『気に食わない』だけだった。今はまあ、今後に期待はしてみようとは思っているぞ」
楽人は内心をそう吐露した。カズヤもなんとなくだが納得した。エンジェル隊というのは人々の心の拠り所。希望の代名詞であり、その一員に特に秀でた能力はなく、運で選ばれてしまった自分。それを歴戦の軍人が気にいるであろうか? 知人が勝手に応募してしまって……という理由が受けるのはそれこそアイドルのオーディションでしかない。
誰だって自分が信仰している神様の末席に「なんで僕が!?」とか言いながら未熟な面を見せる者が加わったならば抵抗があるであろう。もっと落とし込むのならば好きな原作のアニメ化にオリジナルキャラが追加され、それがあーでもないこーでもないと話をややこしくしている。そんなところか。
そして、カズヤはそこで自分の気持ちに気づくところがあった。
(ああ、そうか……僕は『選ばれたのは運だから』 って言い訳してたのかもしれない)
上手く行かなくても、仕方がない。そんな気持ちが彼のどこかに合った。勿論全力でやっていたし、今まで順調だった。しかし今後全力を尽くしてそれでもだめだった場合、所詮自分は運で選ばれた人間だから仕方がないと、最後の最後で踏ん張れなかった可能性は否めない。
(そうか、この人凄く遠まわしだけど『エンジェル隊の名前に誇りを持て』って言ってるんだ)
そう言う事である。カズヤはきっと目の前の織旗楽人という人物もエンジェル隊を信仰する人間の一人なのだろうな。そう思った。そしてその不器用さに笑った。
「まあ、そう言ったエンジェル隊である以上、彼女たちはテンションの管理の義務がある。些細な痴話げんかで紋章機の性能が1/10になることだってあり得るんだ」
「ああ、だから今はってことすか。確かに絶対にご機嫌取りしなくちゃいけないってのは……いやそれでもあのレベルの娘なら……」
「喧嘩して減る戦力を、物理的な破損に置き換えるのならば、即刻銃殺と言うレベルの損害になってしまうのだぞ?」
先ほどの発言にそう補足する楽人と考え込み始めるランティ。カズヤは決意を新たにする。まずは自分のできる事をしよう。そう思い立ったのだ。
「中尉! お話ありがとうございました! 僕はみんなの調子を見てきます! 」
「ああ、それがいいさ。私も失礼させてもらおう。先ほど呼び出しが入ったものでね」
そうして突発的な男3人の本音トークは終わりを迎えた。
「────中尉! なぜです! それが最善だという事は承知のはずです!」
「シャーベット中尉。彼はこの艦にいない。そう言う事になっている」
「しかし、セルダールの民を救うには貴方の力が! 」
場所は司令室。ミーティングルームやブリッジと同じで入るのには権限および内部からの許可がいる場所だ。防音もしっかりしているためにこの場にいる人間にしか会話が耳に入ることはない。タクトとココは二人のやり取りを見詰めながらやはりこうなったかと内心ため息をついていた。
織旗楽人。その正体を知っている者は銀河でも十数名しか存在しない。ここにいる本人を含めた4名は『確証』をもっているこの艦の人間全てであった。織旗楽人の正体である人物は、こういった非常事態において抜群の対応力を持つ人物であり、それを知るリリィは直ぐにでもセルダール解放の為に力を貸してもらうつもりであった。
しかしながら告げられた言葉は無情にもNo. 一切表情を変えずに断られてしまったのだ。これは別に楽人がリリィの事を嫌っているわけではない。むしろ剣を交える際にお互いの実力を感じ取り尊敬しあってすらいる間柄だ。
「これは軍の決定なのだ。『余程の事が無い限り』私の存在は伏せられるべきだと」
「その余程のことが今起こっているではないですか!」
NEUEのいう銀河を揺るがすクーデターだ、一大事であることは事実であろう。しかしこのNEUEという戦場にヴェレルという黒幕はいるが、未だ刃の届く位置ではなかった。
「私はもともと反対でした。貴方の存在があれば我々は油断してしまう。それが心の成長の阻害になる。確かにその可能性はあったかもしれませんが、目標であり、刺激として最適な手本にもなりえた筈です」
「それは同意する。私だって好きでこのようなまどろっこしい恰好しているわけではない。だが」
そう言って楽人は横を見る。その目線の先にはあきれた表情を浮かべるタクトと、苦笑するココがいた。
「リリィ、オレの勘が言ってるんだ。まだこのカードを切るべきじゃないって。今は1機が増えたところで意味が無いってね」
「そんな、直感がッ!」
「意味があるのだよ、シャーベット中尉。そうでなくとも現状の戦力でセルダールの解放は可能であると司令は見ていられるのだ。問題はその先Absoluteを抑えられているという事だ」
そういくらNEUEを救った所で『敵の兵器入手先』があるAbsoluteの『方向』を抑えられてしまえば、何度でもこう言った事が起こり得るのだ。その為にはヴェレルを討ち因果関係を明らかにする必要がある。
織旗楽人というカードが1度だけ戦術的に非常に有意になる、その後は継続的に少し有意になる。そう言った特性を持っているとしたならば、最後まで取っておくべき切り札の1つだ。セルダール解放してすべて解決ではない以上今が解放の時ではない。現状の戦力でも十分戦うことができる。タクトはそう見ているのだ。
「司令の決定には従わなきゃだめよ?」
「それは承知だが……」
それを告げてもまだ納得した様子がないリリィ。彼女からすれば故郷である星も、主君である人も全て抑えられているのだ。猫の手程の助力でも欲しい。そして目の前にあるのはネコの手なんてものじゃない、鬼『と』金棒だ。ならば求めるのは当然であろう。
まだ折れないリリィに楽人は仕方なくタクトから事前に入れ知恵されていた事を実行することにした。誠に遺憾ではあったが。
「決して君が虎視眈々と私の機体を狙っているといった私的な理由から拒絶しているのではない。決してな」
「っな! 中尉! それは……そのNGだ! そのような理由で拒絶されるいわれはない! それとまた今度乗せていただきたい! 中尉の乗り心地は最高なのだ!」
「剣士の君が狙撃用の機体に乗っている事は、少々不憫に思うが、あれは私の愛機だ。そう簡単には渡せない。また正体を暴かれる可能性につながるために、シミュレーターも禁止だ」
「それはあまりにも殺生だぞ! 中尉!」
タクト命名。おちょくって空気を壊そう大作戦。
別に彼にも思う所があったとかそう言うのではない。決して自分より早く正確に攻撃を当てる事に成功したことを妬んだわけではない。軌道制御ではまだまだこちらに一日の長があるし。
そう自分に言い訳しながら、コロコロ表情を変えてこちらに詰め寄るリリィの対応に追われるのであった。
そしてそんな平和なときは終わりを迎え
決戦が始まる。
400と少しのセルダール解放艦隊と700を少し下回る革命軍が相対したのはセルダールにほど近い宙域であった。タクトや真実を知る一部の物からは敵の布陣がひたすらにクロノクラスターを守るために何重にも分厚く張られている事を見抜いていた。
恐らく敵はフォルテの内通を疑うか不運を嘆いているのであろう。しかしフォルテの残した暗号に気づくことは早々ないであろう。ここまでは恐らくフォルテの予想通りだ。
「それにしても司令」
「なんだいココ?」
「いえ、随分思い切ったなって。最短ルートを艦隊で進行させて、ルクシオールだけでクロノクラスターに奇襲をかけるのかと思いました」
「んー、まあ悪くないけど、その場合フォルテが危ない気がしてね」
敵の弁慶の泣き所がわかった時点で、幾つか策を考えた。作戦会議ではタクトに任せると言われたので、あえてココの提案しているその案を採用しなかったのだ。敵はルクシオールを特別視している。ルクシオールが戦場になかった時点で、フォルテが何かしらの裏切りを働いたと判断し、彼女を害する可能性は十分あり得た。
「たぶん、フォルテは本気で殺しに来る。そこに一切の手加減はない。だから俺は裏切り者のフォルテ・シュトーレンを正面から撃ち倒すEDENの英雄タクト・マイヤーズにならなくちゃいけない。誰が見てもそう思えるね」
「敵に悟られないようにするためですか」
「敵を騙すには味方からじゃなくて、敵の味方を騙すには敵から。ってことさ」
フォルテを見捨てるのならば、より安全性の高い策をとれたかもしれない。しかしそれでは意味が無いのだ。彼女が裏切りの末、背後から撃たれ戦死という不名誉な最期で終わる訳にはいかない。ならば勝てばよいのだ。敵がフォルテの内通に気づいた時には既に遅い状況にしてやるのだ。
「マイヤーズ司令」
「これは、キャラウェイ女史。作戦の確認ですか?」
「はい、要請の通り我がマジーク艦隊と、ピコの艦隊は中央に集中する様に配置しております」
「はい、それで問題はありません。あの強固な守りは、一見堅そうに見えても『破られることを考えていない』のです」
フォルテが敷いた陣は数にものを言わせた陣形だった。防御力殲滅力に秀でたそれは下策ではない。しかし艦を集中させて遊びを無くしている以上。一度崩れたら総崩れになるというリスクを孕んでいた。それをさせないために、堅い中央で受け止め、薄い両翼で包囲殲滅ができるといった対応策はとっていたが。
「我慢比べになります。シールド艦もローテーションを組んでもらい敵の中央での決戦に挑み、数隻で無理矢理抜き去ります。その後ルクシオールはクロノクラスターの破壊に、艦隊は背後からの挟撃に移行する。シンプルな作戦です」
力比べ。それがタクトの出した結論だった。数で劣る以上長期戦になれば最悪。短期決戦を挑むべきであり、接着面積当たりで戦える数は密集してしまえば大差はない。もちろん、体力で勝る敵に正面からの殴り合いだけの、ノープランではないが。
「それでは、間もなく作戦開始です。お互いに幸運を祈ります」
「ええ、よろしくお願いします。NEUEの民としてセルダールを救う闘いの助力、あらためて感謝いたします」
そうしてタクトは閉じたウィンドウから、目の前のスクリーンに映る無数の艦隊を睥睨する。今まで戦ったどんな敵よりも恐ろしく思える、そんな威圧感があった。
「逃げずに来たようだね。だがどうやら死に場所を探しているようだ」
「そっちこそ。オレが来るまでに財産を接収して撤収してるかと思ったけどね」
冷たい目で睨みつけて来るフォルテと、いつもと変わらない閉まらない笑みを浮かべるタクト。少なくともフォルテに仏心を出すような雰囲気があるようには見えなかった。
「まさか、おちゃらけ司令を怖がるなんて、臆病な奴だけさ」
「裏切り者の言葉なんて聞いても意味ないよ、フォルテ。一回畳んであげるからその後反省するんだね」
そう言いながらタクトは少しの間隔を明けながら指を『3度』鳴らした。戦いのゴングだとでも言いたいのであろうか。フォルテの後ろにいる督戦隊の一人はその合図を見てそう思った。それ程優雅で挑発的な行動だったからだ。知りたくもないがあれがEDENのスタイルなのであろうと。しかしフォルテには真意が伝わっていた。
(やはり、気づいてたんだね。タクト頼んだよ)
その瞬間、お互いの最前衛が砲撃を開始した。
世紀の決戦ではあるが、そこには目覚めるような活躍をする部隊も、舌を巻いてしまうような奇策もなかった。原始的な取っ組み合いのような正面衝突だったのだ。
「左翼! 遅れているぞ! 援護射撃と可能であれば中央との吸収を急げ!!」
「上方にいるマジーク艦隊、7隻が戦闘不能です!」
「後続の衛生艦との合流を急げ! 兎に角中央突破だ! 敵の両翼は大した脅威じゃない、側面シールド艦隊は恐れるな!」
ルクシオール率いる艦隊は自然な形で突出し始めていた。元々中央程精鋭であったために当然であろう。ただでさえ1点に集中していた集団がさらに細く鋭く伸びるのだ。例えるなら皮がむけて細くなっていくタケノコのようにだ。しかしそれは攻撃がより集中すること同義であった。
「まだ、飛び出るな! 速度を同調させて、この速度を相手に『慣れさせるんだ!』」
「「────了解!」」
それでもギリギリまで耐える必要があった。ルクシオールだけでの突破は無理なのだから。局面では有意だが全体的には不利という状況に解放軍艦隊はあった。
「シュトーレン! 手を抜いているのではないか!? 押されているぞ!」
「煩い! 死にたくなきゃ黙ってな! 右の部隊は囮だ! 中央との結びつきを割くように攻撃! 兎に角分割して各個撃破だ!」
しかし、それは敵側からも同じであった。彼等からすれば中央を抜けられさえしなければよいのだ。いくつかの部分で勝っても意味が無い。時間をかければ両翼で殲滅は出来るが、中央を抜けられてはたまったものではない。
「っく! 旗艦につけている軍で戦線を補強するぞ! このままじゃ抜かれる!」
「なんだとっ! それではこの艦は誰が守る!!」
「どのみち抜かれたら負けなんだ! グダグダ言ってんじゃないよ! 護衛艦の指揮権はアンタにあるんだ! 死にたいなら勝手に『玩具』に囲まれてな! 敵の衛生艦が近づいてくる、優先してねらえ!」
督戦隊の男は自己顕示欲の強い偉ぶった臆病者であった。自分を守る戦力は惜しい、だが、ここで自分を守って負けては意味が無い。苦渋の決断で部隊を中央に向けさせた。まるで自らの命を賭けて世界を救う英雄のような自己陶酔と共に。
そんな小さな男のくだらない決断を尻目にフォルテは本気でタクトを殺そうとしていた。監視の目は後ろの男だけじゃない、あの『羽の生えたジジイ』からも向けられている。あのジジイは軍略の知識もあるのだ。下手は打てない。
それでも彼女は願っていた。英雄がこの邪悪な自分の策を破ってくれることを。
「よし! 分隊に支援を要請しろ!」
「了解! 15秒後に到達予定です!」
「展開したらその場で旋回行動を取るようにと通達! もちろん、危なくなったら逃げろともね」
タクトは機を逃さず次の札を切った。敵の主力級が動いた気配を感じ取ったのだ。
それは、コスト辺りのリターンが最も大きい策、シンプルで居て大胆。そして何より稚拙なものだ。
その名もブラフ。ようはハッタリだ。
「でも司令、フォルテさんにはすぐばれてしまうのでは?」
「それでいいんだ、ばれても問題ない、フォルテにはね?」
タクトは不敵にそう笑った。
「あれは囮だ! 気にしないように通達しろ!」
「だ、だが、敵は策略家と聞く。裏があるのじゃないか!?」
「そう思わせるのが狙いなんだよ!」
そう、フォルテがいかに通達しようと、受け取った本人たちが納得しなければ、意識は割かれてしまう。そこまで多くの人間がこの無人艦隊を率いているわけで無い。だが指揮官の中に臆病な人間が居たとしたならば?
敵の英雄がなんぼのものだ! と全員が断じられるわけでは無い。EDENが脅威だからこそ、排斥している人間もいるわけで。必然のように動きが鈍る隊が出てくる。
意識を天頂方向の別働隊に割かれてしまっては、目の前の敵に集中出来なければ、そこを敵の起点にされてしまう。
タクトの策は、見破られていても意味がある、自身の名声を利用したものだったのだ。
「目標地点まで、距離6000!」
「4000になったら急加速だ! 総員! 捕まれぇぇぇ!!」
そんな策を弄しても、ルクシオール と共に目標に来れたのは50隻にも満たない艦だった。しかしそれでも1割以上がポイントに到達したのだ。敵のど真ん中を少し抜け、此処からは敵の密度は下り坂の場所までに。
「4000! スラスター全開!!」
「いっけぇぇええ!」
そうして、ルクシオールは急激な加速と共に、残りの敵集団そのものを抜き去った。艦の周り2000には敵影が無い、そんな戦場の中の空間。目の前には触れそうなほどの距離に目標のクロノクラスター。
「ルーンエンジェル隊! 出撃!!」
「了解!!」
それはつまり、紋章機の間合い。エンジェルたちのダンスフロアなのであった。
闘いの流れが切り替わったのを戦場にいる者達は感じていた。
解散に関してはオリ設定です。
捕捉するなら 白き月信仰だけじゃ縛れなくなった民衆が
エンジェル隊を神聖視しすぎないように
自らの足で歩けるように 意識誘導の第一歩的な?