銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第11話 成就/上手

 

 

 

 

「状況開始だ! 各機散開し目標に急げ!」

 

────了解!

 

 

カズヤはそう言うと自らも合体しているクロスキャリバーとブレイブハートの制御に入った。戦闘は中盤から終盤に差し掛かっているところか、自分たちの役目はこの宙域の全てのクラストブレイカーを破壊する事。

そしてこの行動の成否こそが戦闘全体の流れを決めると言えよう。既に敵側にも狙いは仕掛けられている爆弾だと悟られている。慌てて気づいた敵を囮と正面突破の緩急をつけて突破し、何とか解除できる場所まで来たのだ。足止めが利いているうちに破壊しなければならない。

 

 

「時間との勝負だ! アニスは先行して左の目標を! リリィさんは右の目標の狙撃をお願いします。ナノナノはアニスの支援、テキーラはリリィさんに近づく敵を片端から頼む!」

 

「へへっ! 任せときな! 行くぞナノ! 遅れるなよ!」

 

「ガッテンなのだ! 親分の事は任せるのだカズヤ! 」

 

「OKだ! イーグルゲイザーも最高の機体だという事をカズヤにも見せてやろう! 」

 

「了解よー! シャーベット後ろは任せておきなさい」

 

「行きましょう! カズヤさん!」

 

 

ルーンエンジェル隊の調子は上々。彼女達は問題なくミッションをこなせるであろう。現在5+1機編成の彼女たちは比較的バランスが良い特化型機体の集まりだ。

クロスキャリバーは万能型だがラッキースター程の爆発力はない。レリックレイダーは高速型だが装甲は薄い。スペルキャスターは中距離戦や索敵が得意だが接近戦は不得手だ。ファーストエイダーは修復ができる機体だが火力が低い。イーグルゲイザーは遠距離狙撃ができるが、旋回性能に難がある。ムーンエンジェル隊におけるフォルテのハッピートリガーのような火力重装甲機体が無い為に火力と局所戦に難があるというチームとしての弱点がある。

しかし、それを覆せるのが合体紋章機だ。その状況で最も必要とされる能力を飛躍的に伸ばし対応力を上げる事ができるのだ。ブレイブハートこそがまさにチームの中核であるのだ。

 

 

「うん! 行こうリコ! 教官を、セルダールを救うんだ!」

 

 

そのパイロット、カズヤ・シラナミ率いるルーンエンジェル隊の華々しい活躍の第一歩はここから始まったと言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもう! タクトの指示はわかるけど、もどかしいわね!」

 

「自分の手足のように動かせた紋章機が懐かしいです」

 

 

同じ戦場別の領域。紋章機たちが戦う場所へと敵の陣形に空けた穴。それが閉じないように維持するのがヴァニラとランファに与えられたタクトからの指示だった。別段奇策を用いて状況を覆すのではない。紋章機の戦闘のように矢継に敵を屠り、反撃でこちらのシールドが削られるといった時間との闘いでもない。

彼女たちがしているのは、任されている艦を使った境界線の押し引きだ。戦えなくなった艦は可能な限り退かせているが、基本的には2を失った後に3を取るのを繰り返しているだけだ。

連携した火線で敵の弱い所を叩き、連携を乱していく。紋章機同士での戦闘が肉体を使った殴り合いならば、これは自分の操縦するラジコンで戦っているようなものか。そのラジコンの中にも人は載っているためにそれなりに思い通りには動く。しかしタイムラグやニュアンスのずれといった物があり、二人は非常にもどかしさを覚えているのだ。

 

 

「しかし、これも必要なことです。努力いたしましょう」

 

「そうね、ヴァニラ。まぁ向こうも混乱しているみたいだし、言うほど辛くはないのが幸いね」

 

 

彼女たちにも勿論複雑な思いがあった。敵はAbsoluteの末裔のヴェレル。フォルテを脅し従わせているのは事実であり、そしておそらくミルフィーも奴の手に落ちているであろう。

戦友が2人も敵の手中にあるという状況で、表面的には少し心配をしているといった程度までしか変化しない二人はそれでも、この戦いに即急でけりをつける必要があると考えていた。

 

 

そして彼女たちの望みは叶えられる。新しい天使たちによって。自分たちの意思を継いだ後輩たちの活躍で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! どういう事だ! なぜクラストブレイカーの位置がばれていた! 」

 

 

快進撃を片方が続けるのならば、相対している側としては聞きたくもない現実が目の前を覆い尽くしていくのは道理だ。フォルテの後ろにいた督戦隊の男は数で勝っている自軍が、相手よりも速い速度で戦力を低下させていくのを知らせるスクリーンを信じられない目で見ていた。

いやそれだけならば良かったのかもしれない。自分たちの崇高な誓いに若干の汚点を残すが、脅迫という手を取ることで強制的に勝利することのできる『ジョーカー』を彼らは持っていたのだから。

そういたのだ。現在彼の目に映るのは極秘であったクロノクラスターの周囲に展開し順調に破壊して回る紋章機の姿なのだから。

 

 

「さてね。アンタら程度があのEDENの英雄『達』を出し抜けるわけが無かったことじゃないかい?」

 

「ック! 貴様ぁ!」

 

「別にアタシと一緒に死にたいのならいいけど。早く逃げないとここまで攻撃が来るよ?」

 

 

激情した男だが、自分の命を守ることに関しては一級品なのか、フォルテに向かって去り際に射抜くような視線を送ると、すぐさま緊急脱出用の艇に乗り込みに走った。それをしっかり確認した彼女はルクシオールに通信を送った。

 

 

「おいタクト、降参さね。頼むから殺さないでくれよ? アタシゃ大事な証人だからね」

 

 

 

 

フォルテの通信を受けたタクトはすぐさま艦隊の進路を反転。既に統率を失った無人艦たちを尻目に、Absoluteへのゲートへと急いだ。元を断たねばならない。その思いが彼らを迅速に動かしていた。

 

しかし、戦場をクラストブレイカーの破壊優先の位置に定めた。いや定めるように仕向けられたのが、問題だったのだ。

 

 

「タクト・マイヤーズよ。流石だな。出来ればかつての中心であったNEUEこそ欲しかったのだがな」

 

 

ルクシオールに通信をつなげてきたのはゲートの近くにぽつんと1隻だけいた艦であり、搭乗していたのはヴェレル────この騒動の黒幕であった。追いこまれた状況でありながらも一切の余裕を崩さないのは、その位置取りのせいであろう。

 

 

「ヴェレル!! 」

 

 

タクトは直ぐに意図を察して呼び止めるように叫んだ。しかしそれは全てが遅すぎた。彼がすることは数キロメートルを移動しながらボタンを1つ押すだけ。対してこちらは十万kmを追いついて破壊する必要があった。間に合うはずが無かったのだ。

 

 

「ククク、さらばだタクト・マイヤーズ。貴様の天使は死ぬまで使ってやる」

 

 

ヴェレルはそう言うと、無人艦の全てをその場で爆発させた。タクトからすればその行為は何度もされた最後っ屁であるが、問題はその後だ。こっちの足並みが乱れたことも問題ない、速度の関係ですでに単艦で駆けていたからだ。

そう、ヴェレルはこの宙域からではなく、この銀河から撤退したのだ。そしてそれと同時に解放されていたゲートは閉じられてしまったのである。

 

ゲートを開放できるのはゲートキーパーだけ。

ゲートキーパーは銀河にミルフィーユ・桜葉しか確認されていない。

 

 

「畜生! やられた! クロノクラスター自体がやはり餌だったか!」

 

 

ルクシオールは既存の方法によってAbsolute、ひいてはEDENへと帰還する方法を失い、締め出されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織旗楽人は自分のスタミナが無尽蔵ではないことを自覚している。もちろん人の数倍はタフだという自覚もある。24時間走り続けても息が乱れないし、48時間書類と格闘しても瞼の重さは変わらない。ただ起きているだけならば100時間程度の活動が可能だ。

だからこそ、彼は自分が追いつめられているのをひしひしと感じていた。

 

あの戦闘が決着した後。こちら側の被害も0ではなかったために再編作業をこなす必要があった。当然各地から戦力を持ってきているために、元の場所に戻し健全な活動をさせる必要もあった。もっと言うと残党が多くはないが一定数いるのでその処理にあたる部隊も必要だった。それらの編成作業をこなしたのは彼自身だ。エキスパートが少ないのと忙しいのでほぼ全部を一人でこなした。ミスをすると人が死ぬ繊細な作業である。

 

そんな編成作業を彼は滞りなくこなしている間、フォルテ・シュトレーンがルクシオールに帰還した。いや連行されたと言っても過言ではなかろう。彼女がしたことは動機に情状酌量の余地があっても、直ぐに許されるようなものではない。

彼女は彼女の知る全ての事柄に関して丁寧に説明したらしい。その場に彼は立ち会っていないので伝聞であるが。判明したことはやはりヴェレルが糸を引いている事。彼に賛同して従っているのはEDEN排斥派であること。Absoluteは既に奴の手に落ちている事。とあまりポジティブなものではなかった。

そんな彼女に下された処分はとりあえずの保留。EDEN軍側からは最高責任者が現状タクトであり『自分には決めかねるような重大な案件だ』とすっとぼけたのである。セルダール側からはこの混乱が収まった後に改めて処罰が要求されるという運びになった。

 

ルーンエンジェル隊を含む多くのルクシオールクルー。特にEDEN出身の者の落胆は大きく、通常業務にもミスが目立っている。雰囲気は沈んでいっているあまり良くない状況だ。

 

その中で先にも述べた通り織旗楽人は、非常に多くの繊細な業務を進行させながら、艦内のクルーのフォローをしながら、さらに通常業務としてタクト・マイヤーズの仕事も肩代わりしていた。

タクトはフォルテの件と今後についてセルダールやマジークとの意見調整の会議に出席したり、珍しく公の場で現状を説明して民意を安定させたりなどの、EDENの顔役としての英雄の仕事が多かったのだ。

 

楽人にもオーバーワークだった理由は精神的な負担があったのが大きい。仕事の合間にエンジェル隊が訪ねて来て、ストレス発散に付き合えだの、金を貸してほしいだの、機体に乗せてほしいだの、女の子の気持ちが分からないのでどうすればいいだの、お姉ちゃんが心配だの。そんな相談や要求がきたのだ。

信頼されているのは嬉しくはあるものの、この疲れた状況に来られると辛いものがある。かといって無下にして現在不安定なテンションを下げる訳にもいかなかったのだ。

 

 

だからこそ、限界が見えていた彼こそが、今後一先ず休暇をとるという方針が打ち立てられた時に喜んだ人物であろう。

ルクシオールはホッコリーというリゾート衛星にしばらく停泊するそうだ。それに合わせて流石の彼も休暇を申請した。艦が止まっているのならば、彼の仕事は格段に減る。そのわずかなものを可能な限り今こなしておき、残りは申し訳ないがブリッジクルーなどに交代でこなしてもらうようにして、停泊中の日程全てに無理やりねじ込んだ。

権限も使ったが、彼に不満を持つ人物はいなかった。仕事を押し付けられた側は今までの恩返しだと不満を漏らすことなく張り切って見せ、人事担当の事務職員からは、ようやっと監査の時に指摘を受ける心配が減ると感謝されたくらいだ。

 

そして休暇が取れた後に、彼は普段は絶対にしないようなことをした。それは散財である。リゾート衛星は簡単に言うと常夏の楽園だ。ハワイに近いものをイメージしてもらえばよい。それが星の規模であるのだ。彼は疲れていたのだ。

姿を偽っている事やら、部下からの愚痴やら、日々の業務や、人間関係やら、女性に。だから彼は貸し切りで宿をとったのだ。目的に定めているホテルのある島とそこの周辺の島々の全ての宿泊施設を。

幸いだったのは戦争中で予約キャンセルが乱立していた事であろう。彼が選んだ島は無人島で宿泊施設もレジャー施設もすべて機械が担当している場所だ。

 

これで漸く羽を伸ばせる。彼はそう確信していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、カズヤ頑張ってね」

 

「しっかりやるんだよ」

 

「は、はい!」

 

 

タクトとフォルテのその言葉にカズヤは緊張した面持ちを隠さずに退出した。場所は司令室、他のエンジェル隊のメンバーは1時間の自室待機を命じられている中、カズヤは呼び出されていたのだ。

それはタクトからのちょっとしたご褒美だった。ここまで頑張ってきた、セルダール解放の立役者であるカズヤに、リゾート衛星ホッコリーへのスペシャリティチケットをプレゼントしたのである。これはあらゆる施設やレジャーを無料かつ最優先で利用できるチケットである。提供元はブラマンシュ商会だ。

その際にエンジェルの誰か(という建前であの娘)を誘うように彼に厳命したのである。ちなみにフォルテからは、そのまま誘うんじゃ格好がつかないだろうと、花束を渡されている。

 

 

「いやー、頑張った子にはご褒美が無いとね」

 

「それに関しては同意するよ。だがもう一人の方には何もないのかい?」

 

 

タクトは連日の会議で何とか今後の方針を打ち立てた。ルクシオールは中核戦力として今まで酷使した分、メンテナンスおよび人員の休暇だが、セルダール連合としてはゲートの近辺に防衛戦を置き、こちらから開いて攻めるというものだ。

敵が引いたのだから、もう良いではないかという意見も出たが『敵が100万の艦を用意して再び攻めてこない保証があるのですか?』というタクトの意見の前には黙った。何よりもタクトの追い風になったのは、古代の文献やセルダール王家の伝承にゲートを開放した記録が残っていたという事だ。現在研究チームが組まれ急ピッチで解析中であり、その期間が大凡ルクシオールの休暇なのである。

 

 

「あいつは、なんか勝手に休もうとしてるからなぁ」

 

「おいおいタクト。アタシが言うのもアレだが、どうせ仕事の殆どを押し付けていたんだろ?」

 

「まぁ、それはオレだしね! でもホッコリーの土も踏めないんだぜ? オレ」

 

 

緊急時に備えるというよりは、各所からの軍事的な指示に対する処理をするためにHQとしての役割がルクシオールにはあった。先に楽人が配備した残党狩りなどにも指示を出す必要がある為にタクトは艦に残る必要があったのだ。

ココに言わせればむしろ当然の職務です。ということだが、目の前にご馳走があって食べられないのに、自分の部下がそれを食べるために、いの一番に仕事を他人に任せたというのはいただけなかった。

 

 

「でもまあ、オレは優しいからさ。ほら」

 

「タクト……流石にそれはアイツが気の毒だよ」

 

「それがそうでもないんだなぁ……実はさ、この中にあいつの本命がいてさ」

 

「ほほう? 詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 

 

タクトの画面に映っていたもの、それは指令書だった。ルーンエンジェル隊から4名を織旗楽人中尉の周辺警護として、休暇中『タクト・マイヤーズの指揮下』で彼の近くで行動を共にしろというものであった。

 

 

「たぶん、苛立ちとオレに対する怒りと、微妙に嬉しい気持ちで複雑な葛藤が生まれるだろうね」

 

「ったく、素直じゃないんだから、ここの男共は」

 

 

フォルテはそう小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ! すごい綺麗ですね!」

 

「うん、そうだね、リコ!」

 

 

カズヤはリコと二人でホッコリーに来ていた。フォルテの操縦するシャトルで送られた時はデート気分のドキドキなんてなかったが、いざ青い海と白い雲を前にすると流石に気分が高揚するものだった。

 

「それにしても、僕たちだけ先に休みを貰っちゃって悪かったかもね」

 

「あれ?カズヤさんは聞いてないんですか?」

 

「何のこと?」

 

 

リコは小首を傾げてそう言う。カズヤはその可愛らしい姿に見惚れながらも、違和感を持たれる前に、何とか返すことのできた自分を褒めてやりたかった。今のリコの格好は淡いオレンジのキャミソールなので、首をかしげると白い肌と、少し浮き出る鎖骨が何とも言えない視線を引き付ける魅力があったのだ。

 

 

「私たち以外の隊員は、警護任務に就いてるんですよ?」

 

「そんな! なおさら悪い事をしているような気がしてきたよ」

 

 

カズヤは小心者というか、いい意味でも悪い意味でもいい子ちゃんなので、そういう感情を第一に覚えた。しかしリコは笑みを浮かべたまま、カズヤの不安をきちんと消し去ってくれた。

 

 

「ふふ、大丈夫ですよ。織旗さんがホッコリーの島を10個くらい貸し切っているそうで、その織旗さんの護衛です」

 

「ああ、つまり実質休暇かぁ……島10個?」

 

 

カズヤはふと気にかかった単語を口にしてみる。島10個とは何だろうか? そもそも貸切りというのはお金がかかるものではないか? それを島10個? 全知になりそうだ。

 

「はい。多分ですけど、休暇は建前で機密保持がされている艦以外の場所が必要なのではないでしょうか?」

 

「ああ……確かに。軍の予算からなら納得だね。そう言う事ならあんまり詮索しないほうがいいね」

 

 

人間は、目の前に精神的安定ができる解答が置かれると、そこで思考を停止してしまう生き物だった。戦いが終わった後の彼が真相を知った時、固定資産税で払う金額が自分の生涯年収より多い人間を見る事になる。

 

 

 

 

「おおすげぇ! この島レストランまで無人だぞ!」

 

「会計は先払い一括(オールインクルーシブ)だそうだぞ、アジート少尉」

 

「リィちゃんは物知りなのだ!」

 

「まさかこの辺りの島全部貸し切るとはね? 流石資産家ね」

 

 

頭を抱えたくなるほどの頭痛を抑えながら、何とかホテルのロビーまで来た織旗楽人中尉は、休暇中部屋にこもるという選択肢をとる誘惑と戦っていた。彼の計画では一人で思う存分リラックスするつもりだったのだ。

 

ちなみに内容は命綱無しで片手片足だけで断崖絶壁を登ったり、深海の水圧を利用した加圧トレーニングとか、無人の歓楽街の屋根の上をスタイリッシュに駆け抜けたり、そんな周りに迷惑がかかるから無人じゃないとできない、『本格的男の子の遊び』をして過ごすつもりだったのだ。

 

 

「あー……各員ご苦労だった。ここからは自由行動だ」

 

 

とりあえず、各自に自由行動を伝えて自分にまとわりつかれるのを避けようとする。上手くいくとは思ってないのでダメもとだが。

 

 

「お? マジか! うし!じゃあ泳ごうぜ! ナノついて来い!」

 

「親分だめなのだー。タクトからはラクトと遊んできなさいって言われてるのだぁ!」

 

「うむ、それはNGだ。だが泳ぐというのはいいな」

 

「そうね。30分後にこのホテルのプライベートビーチに集合しましょう。泳ぐのならあの娘も得意だし丁度いいわ」

 

 

やっぱりダメだったよ。せっかく『漢の無人島サバイバル~汗と筋肉とスーパーパワー! 砂まみれの中彼が見た光を追え!~』なんて感じの休暇でリフレッシュしようと思っていたのに。

彼の中では

1同年代のイケメン集団とトレーニング

2同世代の同性と二人っきりでドキュメンタリー番組を徹夜視聴

3一人で自由に過ごす

4日々のルーチンワーク 

の順で楽しい休暇がランク付けされており、エンジェル隊と一緒にサマーヴァケーションは気疲れしそうだという印象しかない。女性たちの中に男一人だと? 冗談じゃない僕はイケメンパラダイスに帰らせてもらう!

 

一応言っておくと嫌というわけではなく、楽しいけど疲れるから苦手。ということなのだ。お酒は大好きだけど上司との飲み会は微妙だよね。といった日本のサラリーマンの気持ちを考えるのだ。でもまぁ、男同士の気疲れしない関係になれているから仕方ないね。

 

明らかに肩を落としながら彼はせめてもの抵抗でホテルの自室へは階段を使い、自らの足で最上階のVIPルームまで上り、キングサイズのベッドに倒れ込む。窓から見える高さ120mの雄大な眺めも彼の心を癒してはくれなかった。

仕方なく持ってきたトレーニングウェアと一応水着に着替えようと鞄に手を伸ばして、ふと彼は気づく。一人でいる予定だったので、水着に気を使っていなかった。ブーメランと呼ばれる彼の持っているそれは、ボディビルの大会ならば最適かもしれないが、未婚の令嬢たちの前に出るにはいささか刺激が強い様な気がした。

しかしながら持ってないものは仕方がないよね。あ、そうだそれを理由に部屋にいようか。そんな事を考えながら開くと、見覚えの無い小包が入っていた。

 

 

「……司令の匂いがする」

 

 

この場合の匂いは手口や行動というのがタクトのものであって、付着していた僅かな匂いを嗅ぎ取ったわけではない。彼の名誉の為にそこは強調しておこう。

ご丁寧に裏側にタクト・マイヤーズ参上! というメッセージカードが挟まっていたために彼は警戒心を薄めながら開いた。そこにあったのは新品の水着だった。あまりの先見性に戦慄しながら、メッセージカードを裏返すと彼の見覚えのある字で書かれているメッセージがあった。

 

『物事が全部自分の都合通りいくとは思わないことだね。まあ、オレからの荒療治だと思って観念してくれよ。それとここから下は命令、織旗楽人中尉、貴官はホッコリー在留中に5枚以上の自分を含む2名以上が写った記念写真を撮り提出する事。ホログラムでも化

 

追伸 それっぽい理由をつければ、思いっきり体を動かしてもいいよ。』

 

その一言だけで彼の表情はだいぶ晴れやかなものになった。

 

40分後そこには4人の水着の美少女達が乗ったバナナボートを海の上を走りながら引っ張る織旗楽人の姿が!

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ! もう! カズヤさん!」

 

「さっきの仕返しだよ!」

 

 

リコは顔に掛かったベタつくしょっぱい海水を手の甲で拭うと、自分も反撃をするようにカズヤに向かって水をかける。カズヤもやり返されるのがわかっているので、避けようとバックステップを踏むが、海底の砂地に足を取られて尻もちをついてしまう。

 

 

「うわー、びしょびしょだ……って、リコ! 」

 

「うふふ、仕返しです。えい!」

 

 

傍から見れば仲の良い中高生のカップルにしか見えない。しかしながら二人はあくまで友達で同僚であり、少女の方は少年にだけは触れても平気だが、触られたら問答無用で投げ飛ばしてしまうほどの男性恐怖症である。

 

リコはカズヤが倒れていようがお構いなく、狙いやすくなった彼の顔目がけて水をかける。カズヤは急いで立ち上がろうとするのだが、やはりどちらかと言えばインドア趣味であることが災いしたのかまたバランスを崩してしまい。

 

 

「うわぁ!」

 

「きゃっ!」

 

 

訂正。幸いしてバランスを崩していしまい、近くに来ていたリコを巻き込み崩れ落ち、彼女を浅瀬に押し倒してしまう。

 

膝をつき四つん這いになっているカズヤの腕の間には、仰向けに倒れ込み、耳の当たりまで波が来ているリコの顔だった。白い肌、水着の間から見えるきわどい胸元。波に揺れる髪に彼は見とれて……いや、見惚れてしまっていた。

 

ちなみに彼女は中々ご立派な『もの』を持ちながら、セパレートタイプの水着をチョイスする、14歳の男性恐怖症の女の子である。清廉潔白な政治家と同じ程度に現実に存在するかもしれない。

 

 

「あ、ご、ごめん!」

 

「いえ……」

 

 

我に返り、慌ててその場をどくカズヤ。普通の16歳の少年がこうなったならば、女性側に声をかけられるまで固まってしまうか、思わず踏み込んでしまうかもしれないが、彼は自分で我に返ることができた。その理由は偏に女性を押し倒してしまう経験が今までに数度あったからである。ランティ曰く、こいつはそう言う星の下に生まれた許されざる奴なのである。

 

しかし、そんな経験があっても完璧に冷静に戻れるわけではない。カズヤはしきりなおす為にも、いったん飲み物を買ってくることにした。リコをその場においてだが、緊急回避故仕方があるまい。

 

そして戻ってくると案の定リコがナンパされていた。染めてある金色の髪に日焼けした浅黒い肌。筋肉はついているがやせ気味の体格という、いかにもな青年であった。EDENでもそうだったが、NEUEにもあまり年の差恋愛に対する忌避感は少ない。

稼働歴2年のナノマシン生命体に手を出しても怒られない16歳とかいるし。青年はどう見ても20代の成人男性であったが、14歳のリコを軽い言葉で誘っていた。まあ、リコが14歳らしからぬ見事な肢体の持ち主であることにも起因しているが。

 

 

「ねね、いいじゃん? キミみたなかわいい娘をさ、一人で残しちゃう奴なんてさ?」

 

「あ、あの、その、えっと」

 

「はははっ、焦っちゃって可愛いねぇ?」

 

「すみません、僕の彼女に何か用ですか?」

 

 

カズヤは少し躊躇したが、それでも足並みに迷いなくリコの前に立った。彼女発言は、ランティからの「絡まれたら面倒だから恋人って事にしておけ、それで引かないやつはナンパのマナーがなってない最低野郎だ」というアドバイスである。ちなみにその後に彼のナンパ美学について語られたが、カズヤに脳細胞は一切記憶していない。

間に立ったことで遮蔽物ができたリコは、カズヤの背中に隠れて不安げな目で二人の間を見つめている。そしてその小動物な様子が、ナンパ男の嗜虐心やら征服欲やらなにやらに火をつけたのか、引こうとはしなかった。

 

 

「なんだよ、ガキは家に帰ってゲームでもしてな。そこのお嬢ちゃんにお前みたいなもやしは似合わないよ」

 

「もや……いえ、あなたにそう言われる筋合いはありません」

 

 

カズヤは今の言葉が挑発だと直感で理解したが、思わず反応してしまった。こういった場合先に手を出してはいけないのである。興味なさげにその場を立ち去るのが正解だ。

 

 

「それでは失礼します。いこう、リコ」

 

「あ、はい」

 

「あ、おい。ちょ、まてよ」

 

 

リコの手を取り踵を返して一先ず場を離れようとするが、ナンパ男は諦めが悪かったようで他をのばし肩に手をかけた────アプリコット・桜葉の右肩に。

 

 

「きゃあああああ! 嫌ああぁぁぁ!!」

 

「ぬわあああぁぁぁ!!」

 

 

リコの反応は素早かった。すぐさま肩をびくつかせて縮こまると、それでも乗っかったままの腕に強い生理的嫌悪を抱き、気が付いたら天高く投げ飛ばしていたのである。幸いにもここは砂浜であり、彼女の無意識の産物なのか男は海の方に投げ飛ばされた。

 

「ぁぁぁぁん! 」

 

「やば、あの人頭から落ちた! 」

 

 

カズヤはドップラー効果を残して消えた男が、少し離れた沖に落下したのを見ると、急いで波打ち際まで駆け寄った。案の定直ぐには浮かんでこない。慌ててリコの制止も聞かずに海に飛び込む。

休暇中とはいえ自分たちは軍人であり、相手に切掛けがあるが、危害を加えたのはこちらだ。障害が残ってしまったり、最悪帰らぬ人になってしまったりしては非常にまずい。そんな考えよりも、目の前に生命が危ない人がいるという事実そのものでカズヤは動いていた。

あまり得意ではないが必死に泳ぎ、男が落ちたであろう場所までたどり着く、カズヤが来たときには背中を上にして浮き上がっていたが、意識が朦朧としているようだ。

 

 

「カズヤさん! えい!」

 

「あ、ありがと!」

 

 

カズヤと男の近くにリコが浮き輪を投げ込む。カズヤは必死に漢を肩にのせてうきはまで泳ぐ。何とかたどり着き男の体に浮き輪を被せたところでカズヤの足に限界が来た。

 

 

(あ、足が!)

 

 

急な運動、熱い砂浜から冷たい海水の温度差。それが彼の足にこむら返りを起こしたのだ。端的に言ってしまえば足がつったのである。動かない足を必死にばたつかせるように動かすも、もがきながら沈んでいく身体。

視界に広がるのは幻想的な海の水色。海面が波で揺らめくために非常にきれいだが、そんなものを見ている余裕はなかった。しかし足の激痛がただでさえ難しい片足と両手での浮上を阻害する。運の悪い事にこの海岸は急に深くなり、水深は3m程だ。

 

 

(あ、だめだ……息が……)

 

 

遠くなる意識の中、彼が見たのは橙色の天使の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ズヤさん! カズヤさん!」

 

「っ! げほっ! って、あれリコ?」

 

 

そして次に見たのは、その天使が目に涙をいっぱい溜めた顔であった。頭の中で状況を整理しようとすると、脳裏に浮かぶのは人魚のように泳いで自分を抱えて水中を上る女の子の姿だけ。

しかしそれでなんとなく理解した。

 

 

「そうか、僕まで溺れちゃったんだ」

 

「もう! 心配したんですよ!」

 

「あはは、ごめん」

 

 

カズヤはせっかく格好つけていたのに情けないな。なんて思っていた。例えばこれがランティだったら、リコに触らせることなくナンパ男を処理していたであろう。友人は口が達者で綺麗な女子が隣りに立っていても似合う顔だちをしている。

 

マイヤーズ司令なんかは、そもそも女の子を一人にしてドリンクを買いにいかないであろう。実際には女の子に買わせに行かせている間に、他の女の子と仲良く談笑しちゃうが。

 

水着の織旗中尉をみたらナンパ男は逃げる。カズヤもトレーニングルームで一緒になったとのシャワーでドン引きしたほどだし。

 

そんな馬鹿な思考は、自分の現実逃避なんだろうなとも自覚しながら、ぼーとリコをみる。

 

 

「でも、私があの人を投げたから……」

 

 

不安げな表情を見せる彼女の顔、それすらも魅力的だが、彼女に合うのは笑顔だ。タクトに言わせればミルフィー(姉)のは大輪のような笑顔だとすれば、リコ(妹)は静かでたおやかに咲く花みたいな笑顔と言っていたけど、カズヤからすればリコの笑顔こそがこの世で一番の大輪の花だった。

 

 

「ねえ、リコ」

 

「は、はい」

 

「好きだ!」

 

「……え? え、ええええええええ!!」

 

 

彼女のころころ変わっていく表情にカズヤは満足気に微笑み、再び意識を失った。

 

次に目覚めた時には膨れ面のリコの機嫌を取ることになったが、その後の充実した『彼女』とまわる休暇の前には小さなことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、二人は仲好く手をつなぎながらルクシオールに戻った時に、目に入ってきた光景に驚くことになる。

楽人の首を憎しみの籠もった表情で、殺す勢いで絞めているテキーラがいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




人工呼吸(描写)キャンセル
シャトル事故キャンセル
早い段階からカズヤ呼びだったのは好感度が高かった故
積極的なのは少しばかりの危機感があったから。
次は楽人サイド

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