銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第12話 文量にしてここまで1.8MBもかかっているから質が悪い。

 

織旗楽人は、何とか休暇の一日を終えてホテルのラウンジにいた。何とかという表現をしたが、彼自身悪くない休暇だと思い直す程には楽しい経験であった。

初日はナノナノが騒ぐものだから調子に乗って10個の島をすべて周回する程度にバナナボートを引っ張って走り回り。次の日はアニスやカルーアの二人のスキューバにボンベレススキューバ────要するにスキンダイビングで付き添い。今日はリリィとガチンコのスイカ割りおよびビーチバレーで盛り上がった。

 

 

「冷静に考えればすごい事だな」

 

 

複数のかわいい女の子と一日中海でのバカンスを心からエンジョイするなんて、いくらお金をつんでもできない経験である。半分が未成年となればなおさらだ。そう考えるとやはり自分は恵まれているのであろうが、それでもやはり思うのは気疲れをしたという事だ。

女性だけの環境は本当に居心地が悪い。リゾート地しかも無人なので基本的に水着でずっと過ごしているというのが、かなり目の毒なのであろうし、何より常に浮ついた心のタガをかけなおさねばならない。

調子に乗ってバナナボートを引っ張っている際に落ちたら怪我をする速度まで飛ばしてしまったり、水中でのハンドシグナルがもどかしくて叫んで意思疎通を図ろうとしたり、振り下ろし外れた棒が砂を巻き上げクレーターを作ったりしたのは、まだまだ自制が足りない証拠であろう。十分タガが外れているとは言ってはいけない。

 

 

「む? すまない、そろそろ日課の瞑想の時間だ」

 

「そう? アタシはもう少しここに残るわ」

 

「明日寝坊しないように頼むぞ。中尉」

 

「問題ない。中尉達こそな」

 

 

アニスは既に寝ぼけ眼を浮かべ目をこすっていたナノナノと共に部屋に戻っており、リリィが戻れば、この場に残るのは楽人とテキーラだけだ。既に二人ともお酒が入っており、リリィにとってはそれが心配の種となっていた。

リリィを見送った楽人は先ほどから思考の渦に埋まっていたのを自覚し、目の前のグラスの中に入っているセンチュリープラントの蒸留酒をストレートで口に含み、ライムをかじる。ふと気になって隣にいたテキーラの方を見ると、彼女もコーヒーリキュールをベースにしたカクテルを片手にこちらを見ていた。

 

 

「あんた、酔うと独り言が増えるわね」

 

「そうだったか? 」

 

「ええ、ぶつぶつ自分の考えに評価付けるみたいなことばっかり言ってたわよ」

 

「普段はあまり飲まないからな。飲まされることは多かったが」

 

 

酒は好きでもなければ嫌いでもない。だがこの場の酒はどれも中々の物であり、実質タダである(すでに払っているので)。ならば特に飲まない理由もない為に各々好きなものを飲んでいたのである。ちなみにNEUEの多くの星には飲酒の年齢制限はあるが、セルダール領であるホッコリーにはない。

 

 

「どうせ饒舌になるならもっと面白いこと言いなさいよ」

 

「む? そんなに普段無口であろうか?」

 

「自覚無いの? シラナミに比べれば、アンタ置き物みたいなものじゃない。そんなんだからあの娘があんたにあまり話しかけないのよ」

 

 

テキーラの声のトーンが変わる。楽人の妙に貧乏くさい精神で電気系統は最低限以外落ちている為、薄暗いラウンジの中、探るような、それでいて確信を持った声のトーンは、この後何かしら彼女から話が来ることを察せた。

 

 

「ねえラクト。アンタさぁ……」

 

「……なんだ?」

 

「アンタ……あの娘の事、カルーアの事好きでしょ?」

 

 

それはある意味では、中の良い異性の想い人を言い当てる、ちょっとした酒の肴であり、また別の意味では、自分に対する好意への牽制および問いかけであった。

そんな言葉を受けての楽人の感想は自分でも驚くほど冷静で、やはりかという物に過ぎなかった。

 

 

「やはりその話か……否定はしないさ」

 

「アンタはアピールもしてないけど、特に隠せてないわよ。エンジェル隊でアンタが一番目をやってるのがあの娘ってことで誰でもわかるわ」

 

「そんなものか……」

 

 

慌てふためくことも、からかうようなこともせず。二人の間には静かな夜の闇とそれを照らすラウンジの照明があった。誰かの飲みかけのグラスの氷が解ける音が聞こえた。

 

 

「というか、否定しないのは、そのまま肯定してる事になるわよ? この場だとね」

 

「ふむ、かといって否定しても、肯定している事になるような気もするな」

 

「アタシがそう思っている以上はね。安心なさいあの娘は気づいてもないし、伝えてもないわ」

 

 

ミモレットはナノナノの抱き枕代わりに連れ去られている。この場にいるのは本当に2人だけで、この会話を聞いているのも二人だけだった。

どうしたものかと楽人は考え込む。正直な自分の気持ちを考える。取り繕わないこの感情を定義して命名するのならば『欲しい』だ。だが、まだ理性で抑えられるレベルではある。そして、もろもろの事情でこの戦いが終わるまで告白するつもりもない。

しかしそれを口にするのはれっきとした皇国軍規違反なのだ。彼は正直形骸化しており殆どの者が守っていないことも知っているが、それでもだ。

 

 

「それと、もう一つ。アンタは何かの事情があって、言うつもりが無いって事も分かってるわ」

 

「迷惑をかけるな……」

 

 

どうやら全てお見通しの様だ。ならばそれに甘えるというのも手だ。自分の感情でそう簡単に他人を振り回して、その結果銀河の趨勢や、何千という人の運命を歪めてしまうのは褒められたものではないであろうから。

 

 

「あの娘は良い娘よ。すこしぼーっとしてる所もあるけどね。守ってあげたくなる可愛い娘。決心が付いたらいつでも言ってちょうだい。セッティングならいくらでも手伝ってあげるわ」

 

「……意外だな」

 

「あら? 反対されるとでも思ったのかしら? まぁ、今の姿のアンタは兎も角、素のアンタは信用できるとは思っているのよ? 返事自体はあの娘の判断だけどね」

 

 

酔っているのか、少し口数が多いテキーラ。彼女はそこまで饒舌な女性ではなかったように楽人は思えた。どちらかと言えば、猫のようにこちらを伺いながら言葉を合わせ。隙を見せたらそこを付いてくる。そんな印象だった。

 

 

「いや、だがそれでは……君は……」

 

「……少し酔ったみたい。もう寝るわ……おやすみなさい」

 

 

テキーラはそう言ってグラスを置いて席を立った。その表情は暗くてよく見えなかったが、少なくとも悲しげなそれといった物ではなかった。

楽人は一人酒が嫌いな人間ではなく、むしろ一人でいる事も好むような人間であった。既に夜も更けてきて、酔った女性を帰さないというのは誤解を招く時間で、帰る理由も正統性もあった。

 

だから楽人は彼女を引き留めようとしなかったことも。別段意識して行ったことではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも

 

「ねぇ、この手は何?」

 

 

どうやら無意識に理性で留めていたつもりの感情が、鎌首を上げてその勢いで動かしてしまったようだ。彼女の白く細い折れてしまいそうな左手首を、自分の手が掴んでいる事に気がついても彼は驚くという事をしなかった。

 

 

「……聞いて欲しい事が……あるんだ」

 

「……悪いけど、あの娘はもう眠っているわ。それとも予行練習かしら? 雰囲気に飲まれる様じゃまだまだね」

 

 

楽人は小さくそして長く息を吐き出す。それは今まで自分がしてきた暗示のようなもの。戦場に単騎で乗り込んだ時も。自信満々に敵を倒していた時も。自信の全てを打ち砕かれるような思いをした時も。仲間を信じて背中を預けた時も。自分の想いを口にする前には必ずそうして来た。

 

 

想いは言葉にすれば伝わる。それが偽りのものであっても。偽りにしたくないのならば、そうなるように行動をするべきだ。

そうやって彼は生きてきた。負けるかもしれない戦場でも、死ぬかもしれない戦場でも。勇敢な言葉を吐いていても、本当の所は心の底から自信満々な自分なんていない。あの頃から少しも変わっていない弱い自分はまだいる。

 

それでも強がるのと、それを取り繕うのは上手くなったと思う。周りはそれを彼の強さだというのかもしれない。

どんな時でも『自分の思い描く最強』を口にすることができて、それを『成し遂げようと行動する』のは、周りから見れば立派な強い人物だから。彼のその内部でおこっているギミックを見破っても、それでも勇気ある人だと度胸のある奴だと。そう評価してくれた仲間もいる。

それでも彼自身は当たり前だろと口にしても、絶対に弱い心の前に強い自分を作って来た。

 

きっとそれを終わらせることはできないであろう。これから口にするのは銀河が終わってしまう確率を持っているのだ。勿論風が吹いて桶屋が儲かる様な極々低い無視できるほど小さな確立だ。しかしそれでも座して待つよりずっと高い。

その言葉が否定されて負ける事があっても、自分の命が直ぐに死ぬことはないであろう。それでも怖い。恐怖心が心を包むのだ。

 

しかしその言葉は、今までみたいに決して弱い自分の強がりで口にしてはいけない言葉だった。この言葉を武器に使う戦場は二度目だ。遙か昔、世界が違う頃でさえ、自分から『攻撃』を仕掛けたことはなかったのだから。

数年前の1度目の、初めて本気で『戦場』に来た時は、敵の友軍の合流で攻撃すらすることなく人知れず撤退し『戦略目標を達成』できなかった。その被害の爪痕は未だに心にあるだろう。

爪痕を覆う瘡蓋への抵抗感が弱い自分を刺激していく。いつものように強い自分を作れと、何時もの無敵の英雄を演じろと。自分が自分に誇れること。それは単純な戦闘能力の高さと素晴らしい人脈だけだ。だから弱い自分で向き合う必要はない。

 

 

「ああ、まだまだダメみたいだ」

 

「……ちょっと、本当に情けないわよ」

 

 

きっと有史以来無数の人がこの強敵と戦ったのだろう。時に敗れ時に勝ち。もしかしたら戦う事を放棄した者も多いかもしれない。少しでも自分をよく見せようとする努力を、きっと肯定する人の方が多いのだろう。

 

だが彼はその過程を得た言葉を自分の本心と定義できないのだ。かといって、自分は強い自分に頼ってしまいそうなほど弱い。格好つける余裕もない。口が達者なわけじゃない。拙い言葉しか言えそうもない。そう考えてしまう。

 

それなら『自分の強い所』に頼ろう。『作り上げた強い自分』じゃない。自分が勝ち取った力を使おう。思い出すのは冗談のような約束。

星空の下で友人と交わしたたわいのない言葉。既に言葉にしてしまっているのだ。そしてそれを実行するのは、あの強い自分では無理であろう。彼はヘタレなところまで再現された虚構の英雄なのだから。女性関係はてんでダメダメな英雄には無理だ。

 

 

「待っててくれているだろうし、僕も頑張らないと」

 

「酔ってるの? ちょっと大丈夫?」

 

「ああ。それじゃ改めて言いたいんだ。聞いてくれるかい?」

 

 

テキーラは目の前の男の雰囲気から覇気が薄れたのに気づく。自信満々で石像のような存在感ではない。しかしそれでいて、長い時を重ねたエルダードラゴンのような、優しい存在感はしっかりあった。

楽人は大人しく聞いてくれるようだと理解すると、一度手を離して姿勢を正して彼女に向き合う。頭1つ分以上小さい目の前の女性の顔を見詰めて静かに口を開いた。

 

 

 

 

「僕はさ、カルーア・マジョラムの事が好きなんだ。それを君に言いたいんだ」

 

「……60点ね。もう少し飾り気が欲しいわ」

 

 

ああ、やっぱり伝わってない。楽人はそう思った。よく考えたら自分の想いを、きちんと誰かに理解してもらうために口にしたことはそんなに多くなかった。今までは伝わればよかったのだ。深く理解してもらうのは大変かもしれない。しかし落ち始めたのならば底まで落ちるだけだ。

楽人はらしくもないと自覚しながら、もう一度彼女の左手をとった。そして白魚の様な指先を両の手で挟むように包み込んだ。

 

 

「君たちは君だろう?」

 

「あの娘とアタシじゃあ、性格がまるで正反対じゃない。人格が別だからいくらアタシに言っても伝わらないわよ」

 

「2人で1人なんだ。つまり、一人って事じゃないか」

 

「……少し待ちなさい。ねぇ、アンタもしかして」

 

 

結局の所、楽人からすれば、二重人格で正反対の2人というのは『すごく個性的な女の子』に過ぎない。俗な言い方をすれば二重人格属性持ちヒロインでしかない。

どんな人間にだって良い所もあれば悪い所もある。料理が上手で動物が好きだけど、整理整頓ができなくて部屋が恐ろしく汚い、才色兼備で腹黒な家族思いで人見知りの女の子がいたとして、好きに成るとしたらどこだろうか?

あばたもえくぼという言葉もある位だ、部屋が汚いのを自然体で過ごしてくれる。腹黒を計算できて頭が良い。人見知りを一途だと曲解することだっておかしくはない。

 

楽人にとって2重人格は少し人と違う個性に過ぎないし、相反する個性が1人の中にあるに過ぎないのだ。そして彼はそんな女性の全てを好きに成ってしまったのだ。どうしてそうなったかはあまりわからない。ただ何となく惹かれてしまった。それだけなのであろう。

 

 

「アンタ、アタシの事をカルーアって認識してない? アタシはアタシ。あの娘はあの娘なのよ?」

 

「君は君だけど、君たちが君であって。2人でいるから1つの存在だ。テキーラはカルーアでしょ?」

 

「呆れた……アンタだからさっきアタシにって……っ!!」

 

 

何かに考えが至ったのか、急にテキーラが言葉を区切る。彼女がリフレインするのは先ほどの言葉。もし彼が、目の前の男が自分の事をテキーラ・マジョラムでなくカルーア・マジョラムの一部だと認識しているのであれば。

そのこと自体への追及は兎も角、先ほどこいつが言ってきた言葉は────自分に当てられていたのだ。彼女は自分が『告白されていた』という事実に思い当たり、驚きのあまり一瞬頭が真っ白になってしまった。

 

 

楽人は何が起きているのかはわからなかったが、目の前の『テキーラである彼女』の頬が赤く染まっていくのを、直感的にアルコールによるものだけではないと理解した。この場は戦場であり、理由は不明だが『敵(女性)』が混乱している。どうやら自分の『兵士(ことば)』が奇襲を仕掛けているようだ。

そして、ラクト・オリハタ という人物は紛うことなき戦闘のスペシャリストであり、戦場で判断を見誤ることはまずない。攻める時と見れば果敢に針の穴のような隙をつくのだ。

 

 

「僕は好きなんだ。君のことがさ」

 

「や、やるじゃない」

 

────混乱している部分を狙う。そうしたら大きな隙が生まれるはずだ。

 

「ありがとう。照れるとそんな顔するんだね。綺麗な頬が少し紅いよ?」

 

「な!? 酔っただけよ! あんた……あの娘に……そうよ。あの娘の良いところの方が沢山あるじゃない」

 

 

────少し落ち着いてしまったら、一端引いて、あえて体制を少し建て直させてやる。

 

「そうだね。ほんわかした雰囲気とか、守ってあげたくなる女性だね。ああいう所は僕も好きだ」

 

「そう、いい調子よ」

 

 

────そんな凌いだと安心した瞬間が一番危うい。

 

 

「でもさ。テキーラの、強いけど実は偶に不安げにしているところも、守ってあげたいって思うんだ。そういう所も可愛くて好きだな、僕はさ」

 

「────ッ!」

 

 

────止めを刺すときは迷わないで刺す

 

 

「独立した二人だけどさ。やっぱりおんなじなんだ。服の趣味だってそうでしょ? 君たちは2人で1人。テキーラって名前の少しだけ違う雰囲気がある、一人の女性だ。僕はそれが好きなんだ。なんたって、飛び切りの個性じゃないか」

 

彼はそう言いながら握っていた彼女の腕を自分の方に引き寄せた。少しでも自分を意識してほしい。少しでも近くにいたい。そんな彼の思いがそう後押ししたのだ。

 

 

 

 

 

 

少しばかり別の話をしよう。カズヤ・シラナミが『ここではないどこか』でカルーアとテキーラの2人のハートを勝ち取ったのは、「二人は別々の人格であって、そして自分は二人とも好きだ」という自分の気持ちを伝えたからだ。1人には選べないというのを思い切り宣言したのである。

楽人との違いはそこだ。今の楽人からすれば、どれだけ別の行動をしていても、結局の所『一人の女性の別面』にしか認識できないのである。それがちょっと複雑なだけであり二人とも愛するという認識ではなく全てが好きなのだ。

仮に二人が精神リンクしあっている双子という、確固たる別個の存在だと客観(彼の主観)で判断できてしまえば、彼は自身の気持ちの不誠実さにこの時点で気づいてしまい、大胆に内心を吐露できなかったかもしれないのだ。

 

 

「だからさ、僕は……テキーラの部分もカルーアの部分も全部好きなんだ。可愛くて仕方がないんだ」

 

 

ラクトはそう言って手を離した。やれることはやったのだ。後はもう自身の問題ではない。他人に可愛いと平気で言ってしまえる辺り、自分も慣れてきたなぁなんて少し場違いなことを考えながら。

 

テキーラは呆然とした表情で楽人の顔を見詰めていた。仕方があるまい。他人の恋愛相談に乗っているつもりが、その相手から告白されたようなものなのだから。

 

 

「────ありがとう」

 

「え?」

 

 

少しばかりの沈黙の後、テキーラが口にしたのはその言葉であった、勢いという強力な援軍は消えており、精神状態が平常に戻り始めていた彼は、その言葉の意味に戦慄した。それはどちらの意味にも取れたからだ。

 

 

「可愛いだなんて、そんな風に言われたの初めてだったわ。だけど」

 

 

彼にできるのは、ただ待つのみだ。彼女が手にしているのが天使の祝福か死神の鎌なのかは、表情から推察できない。しかし、それがこの戦場でのルールなのだ。最低限のルールを守れない人間は獣と同じだ。そんな存在は戦いに不要なのである。

 

 

「だからこそ、受け止めきれないの……アンタの考えがね。勘違いしないでほしいのは嫌じゃなかったわ」

 

「それは……その……」

 

 

死神の鎌が首に振りかざされたが、うぶ毛を刈り取っただけの様だ。しかしそれはその気になればいつバラバラになってもおかしくないという事であり、それを自覚した以上、彼はオウムのようにそう返すのが限界だった。

 

 

「ちょっと考える時間が欲しいの。今はその、休暇中だけどいろいろやらなきゃいけないことはあるでしょう?」

 

「……そう……だね」

 

 

彼にとってその言葉は、余命宣告に等しかった。彼とて一般的な感性を残していないことはない。それは頭を冷やすという時間の口実を武器に、やんわりとお断りする常套手段なのであろうから。

 

 

「その、嫌じゃなかったのよ。ただ、驚いたのよ。そんな風に考える人がいるんだって」

 

 

 

テキーラ・マジョラムは自他ともに認める気分屋だ。カルーアもテキーラもタイプは違うがそれぞれ男性受けする容姿と性格をしている。口説かれたことが無いわけではない。

 

特にカルーアは顕著であったが、周囲の同性の友人によるガードもあった。加えて本人があまりそう言った事に興味もなかった。などの要素が大きかったのだ。

テキーラはもっと単純で面倒に思われたのだ。外に出てくることはそんなに多くない上に、機嫌を損ねたらカルーアに引っ込む。加えて攻撃的な物言いにあまり免疫がない男性が多かった。何より本人に人格の関係上思う所が当然ある為にあまり積極的ではなかったのだ。

その為に本気で思いを告げられるという事はなかった。ある意味では青天の霹靂ともいえる。

 

 

「お互い少し時間を置きましょう? アタシだって『姿を偽っている男』のものになるなら、もっと盲目にして貰わなくちゃ」

 

「……そうだね。うん、そっか……織旗楽人か」

 

 

その事を言われれば弱い。姿を変えている以上覚悟はしていたが、いざこうなると正直くるものがあるのも事実だった。そんな風に考えていると、テキーラは優しい笑みを浮かべていた。

 

 

「だから今はこれで我慢して頂戴?」

 

「え?」

 

突如テキーラはそう言いながら先ほど自分がされたように、ラクトの指を両手で包み込む。

 

────精霊よ我がふたつなる心を糧に制約を結びたまえ

 

その言葉と同時に少しの痺れが手に走る。本能的に害はない物だと悟ったが、流石に驚いてしまう。

 

 

「簡単な誓いよ。お互い相手を裏切る嘘をつかないでいましょうってね。破ってもそれがお互い分かるだけ。しばらくもしたら効果も無くなっちゃうわ」

 

「そうか。うん。わかった。待ってるよ。返事」

 

「ええ、本当に驚いてるの。アタシと付き合える人は、2人とも愛せる人だけって思っていたのに。アンタのその歪なそれが相応しいかどうか、少し考えてみたくなったのよ」

 

 

テキーラが些細な魔法をかけ終わった後も、二人の手は重なったままでいた。楽人は何となく名残惜しくて、覆われているという事もあり振り解こうともしないでいた。しかしどうやら会話は終わったようなのに、一向に離す様子が無い。

ふと気になってみると、彼女の細い白い指に綺麗に生えた爪が、自分の手首をこすっていた。流石にくすぐったいので楽人は名残惜しくも手を離すことにする。

 

 

「それじゃあ、おやすみなさい。しばらくあの娘が外に出るけど。アンタからきちんと話なさいよ」

 

「うん、わかってるよ。おやすみ」

 

「アタシを惚れさせてみなさい────ト」

 

 

 

それがその日の最後の会話になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宣言通り、彼女たちは残りの休暇中はずっとカルーアのまま過ごしていた。カルーアは少々思う所があったようだが、書置きで心配しないでほしいとあったらしく、騒ぎ立てるようなことはしなかった。

ラクトの方もカルーアに説明しようと時間を作ろうとするが、無人島である事が逆に災いし、常に仲間たちと行動しているのと、あの夜のようにカルーアが酒を楽しむという事をしないので、結局話すことができずに休暇を終えた。へたれてしまったのである。

 

それでも周囲を掻い潜り、なんとか伝えられた情報はある。テキーラと大事な話をした事。その事はカルーアにも関わること。その2つだけである。テキーラに失望されてしまうかもしれないという気持ちが彼を突き動かしたが、流石に衆人環境はハードルが高かったのだ。また、少しカルーアが少しばかり調子が悪そうにしていたというのも大きい。

 

そうして無事ルクシオールに帰還し、カルーアが書置き通り帰還したら変身してほしいと頼まれたのを実行してテキーラになった結果。

 

 

「ラクトオオオォォォ!!」

 

「す、すまなかった。だが、首を絞めるのは流石に……その……」

 

 

首を絞めに来たのである。それも憤怒の表情でだ。

 

 

「ちょ、テキーラ! 何やってんの!?」

 

「テキーラさん!」

 

 

周囲が呆然とする中、少し距離があったカズヤとリコの二人がすぐさま対応することができた。名前を呼びながら駆け寄ってみると、偽物とかそういう事はなく本当にテキーラ・マジョラム本人の様で。さっぱり状況が理解できない。

 

 

「あー少尉。すまない。あの件については謝罪する。だがもう休暇は終わったのだ」

 

「この! アンタが!! 」

 

 

注目を浴びていることが分かったのか、楽人はひとまず首に当っている手を掴み軽い力で外し、そのまま胸の前で手首を一つにするように拘束した。

そして冷静になるように心の中で謝罪しながら額を一度指先で軽くついた。

 

 

「テキーラ少尉。すまない、今夜にでも時間を作る」

 

「え……そうね……わかったわ」

 

「頼む。あー、諸君仕事に戻れ」

 

 

それが功を奏したのか、冷静になった様子で、先程の鬼気迫る様相は鳴りを潜めた。注目していたギャラリーに解散する様に声をかけた後、彼は未だに信じられないようなものを見た表情をしているルーンエンジェル隊に向き直った。

 

 

「おい、楽人。お前なにやらかしたんだよ? あんなに怒った所初めて見たぞ」

 

「うむ、まるでただ事ではない様子であったぞ」

 

「ラクトやらかしたのだ?」

 

「いや……確かに私に落ち度のある要因はあるが、ここまでされるほどではないはずだ……」

 

 

テキーラから少し距離をとったところで話していた3人に合流しそう釈明する楽人。その間にテキーラは姿を消していた。いろいろ思う所が有る物の、彼は休暇明けから早速通常業務に戻るつもりでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして上司からの嫌味とにやにやした視線を、氷点下の視線で返しながら、軽く仕事をこなし。夜にカルーアとテキーラの部屋に向かう事にした。

カルーアに事情を伝える為であると同時に、テキーラに謝罪をするつもりだ。正直何故あそこまで怒気を露わにしたのかは、いまだにわからない。しかしながらそれでも謝るしかないと彼は思っていた。

 

 

「また無意識に地雷を踏み抜いていたのであろうな……猛省せねば」

 

 

彼には多くの前科があるのだから。考え事をしていると気が付けば目的地の前だ。呼び出しチャイムを押してしばし待つと、応対の返事はなくただドアが開いただけであった。

 

「む? テキーラ少尉、カルーア少尉、ミモレットさん。入らせてもらうぞ」

 

部屋は薄暗く明るい廊下からは中の様子が良く見えなかったが、人の気配はするので招かれているのであろう。この部屋に来るのは2度目だが、踝より高い場所まで届く長い動物の毛絨毯は、掃除に苦労しないのであろうかと思う。そんなどうでもいいことを考えているのは現実逃避なのかもしれない。

 

「少尉? 夜に時間を作ると伝えておいたので来たのだが」

 

「……来たわね」

 

「その声はテキーラ少尉か────ッ!」

 

 

声が聞こえた方に向きなおると、入って来た扉が閉められ、突如魔法陣が部屋に現れる。それと同時に体に急激な負荷がかかったのを彼は感じ取った。その瞬間認識したのはこれが敵性な攻撃であるという事であり。

 

 

「死になさい!!!」

 

 

目の前の女性が敵であるという事だ。刹那意識が切り替わる。体への負荷は相当なもので思わず膝をついてしまいそうになるほどだが『本気で地面をければ』問題ないレベル。ならば

 

「流石に殺される謂れはない筈だ」

 

目の前で今まさに雷撃系統と思われる紫色の光の魔法を放とうとしているテキーラを見詰める。狙うは一瞬彼女の魔法が発動したタイミングだ。運悪く手元に魔法を裁くことができる剣はないために、取り押さえるには回避する必要があるであろう。女性の部屋に尋ねるのに剣をもっていかない程度には彼は常識的であったのだ。

 

「死ねえええ!!」

 

「────対人戦闘経験は多くないのか、いや魔法使い同士しか想定していないのか」

 

確かに速い攻撃で殺傷力も十分だった、足止めの為の拘束魔法なのか? それの影響下にある。しかし所詮はその程度だ。足を切断されたとか、不可視の攻撃だとかそう言うのはない。程遠いのだ。本気で殺そうとするのならば、話しかけずに入って来た途端に大技を決めるか、抱きついてから0距離で攻撃魔法を用いるか。この部屋に毒ガスを充満させておくか。そう言った手段の方がずっと有効だ。

 

 

「避けるなぁああ!!」

 

「流石に避ける。そしてこれ以上部屋を荒らすのは良くないであろう」

 

 

ラクトは退屈気にそう言いながら、魔法を交わしたその勢いでテキーラに肉薄。手荒な真似は控えたかったが、状況的に贅沢は言えず、できる限りの加減をした攻撃で脳に衝撃を送り昏倒させた。

 

 

「一度カルーア少尉越しに話す必要があるかもしれないな」

 

 

流石にここまでされればテキーラが異常な状態にあることは察せる。心当たりはない事もない。門外漢なので断言はできないが、例の『呪い』が発動したのではないかと彼は見ていた。一応彼女の怒りの原因があれだけ言っておきながらカルーアに思いを伝えられていないことではないかという考えも完全には捨てていないが。

 

彼は結論付けた通り、医務室にミモレットを呼び出すように手配しながら向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わからない?」

 

「ええ、呪いは発動していますわ……ですが……」

 

 

カルーアの言葉に思わずそう漏らしてしまったのは仕方のない事であろう。エンジェル隊であるテキーラの部屋は、既に彼女を医務室に連れてきた時点で清掃ロボットが修復を始めたと連絡は受けているし、艦自体に何ら影響は残さなかった。

その連れ出し運び込んだテキーラも、ミモレットが所持していた二人の研究成果である変身予防薬という名前の、変身解除薬によってカルーアに姿が変わってからしばらくしたら目を覚ました。

楽人は念のため事の仔細をタクトに報告した後は、彼女が意識を取り戻すまでぼぅっと彼女の顔を眺めていた。勿論その間に考察していたのだ。

 

テキーラがかけられた呪いは『どういったトリガーで発動しどういった効果をもたらすか』は不明であるとカルーアは言ったのだ。しかし一度発動してしまえば、現在自身に及ぼしている直接的な魔法となる訳で、解析さえしてしまえば原因と効果を知ることはできる。そう以前説明されていたために、明らかに不審な行動をしているテキーラの事はカルーア自身が理解していると踏んでいたのだ。

 

 

「厳密には、その……呪いは完全に発動していませんの」

 

「……不完全だというのか? 呪いの条件も影響も」

 

「はい……影響の方は……たぶん誰かを殺そうとするといった物でしょう」

 

「何か対策はあるのかい?」

 

「司令! こちらは危険かもしれないと申し上げました」

 

 

ラクトは聞き手に集中していたためか、いつの間にかいたタクトの存在に、口を挟まれるまで気付くことはなった。

しかしタクトは手で制すとカルーアの方に向き直る。重大な話なので彼自らこの場に来たのであろう。事実テキーラの精神がまともな状況にないのは、紋章機の1つが失われるのと同義だ。些事だと切り捨てる事は到底できない。

 

 

「はっきりは言えませんが……呪いは行動を指定できても、実現不可能なものであれば発動しませんの」

 

「実現が不可能なもの?」

 

「たとえば30分後にマジークの魔法学校を爆発させろというのは、此処にいる人にはできません。ですからもしかしたら30分というのは無視されて実行されたり、まるっきり不発になったりします」

 

「この前の空調システムやシールドへの細工は、実行の時間まで細かく操作されていた。それは実現可能だったからなのか」

 

「はい……何人かの人に時間を指定して行わせていたそうです……」

 

 

タクトが思い返すのは、ディータと直接戦ったマジークでのことだ。ルクシオールはあわやエンジェル隊を失うかもしれないというピンチだった。それは複数の人間に何時になったらどこで何に細工をするかというものがしっかりと実現可能なものであったからだ。

呪いというのは強制的に人間を動かすプログラムのようなものである。意識を残したまま操るようにできるので呪いという名前が付いているのだ。曖昧な命令程支配はゆるくなる。殺せと刺殺せよなら、術を受けた人物の行動に差が出るのは理解できるであろう。

また、実現不可能な呪いを受ければその呪いの効果は弱まる。先の彼女の例だと。30分後に関わらず爆破しに行く方が強力な呪い、弱い呪いならば、ほころびが有った時点で被術者の精神が打ち勝ち、解除され無力化されるといった寸法だ。

 

 

「ですから、そのあの人への効果が実現不可能になればいいのです」

 

「仮に楽人を殺すならば、こいつが死ぬか、殺せない程遠くに逃げられ消息が分からなくなれば……って事かい?」

 

「ええ……難しい事ですが。あとはもう単純に呪いよりも、強い精神力で打ち勝つのですが……」

 

「精神そのものを疲弊させる呪いも並行してかけられているんだってね」

 

 

カルーアの体調不良もそれが原因であった。二人とも少しばかり精神的に弱っていることは否めない。万全であっても勝てるかわからない程の呪い。しかもそれがどういった物かよくわからないのと戦うというのは不可能に近かった。

 

 

「楽人。とりあえず君なりに対策を考えてほしい。資料は明日にでも請求してマジークの人から持ってきてもらうから。今は通常シフトの仕事を終わらせてきてくれ」

 

「ですが……司令」

 

「命令だ」

 

 

楽人はこの状況でカルーアの傍を離れたくはなかった。しかしこの場にいても無力であるのは事実。ならば自分のすべきことをするための準備をしなくてはならないのは道理であった。

渋々ながらも指示の通り楽人は退席した。それをきっちり確認した後、タクトはカルーアの方をもう一度見た。

 

 

「それで、本当の所を教えてほしいんだけど?」

 

「……おわかりでしたか?」

 

「その通り。って言いたいけどさ。ミモレットがオレの所に来ていただけなんだよね」

 

 

楽人を外したのはこのためであった。タクトはミモレットが医務室に呼び出されたときに、そのミモレットと共にいたのである。

 

 

「テキーラは何かを察している様子だった。ってミモレットが言ってたんだ。君が分からない道理はないよね」

 

 

しかし、カルーアの話を聞いてみると、どこか誤魔化しているような、話しづらい事を口にしている印象を受けた。さらに全く心当たりがないと言っているのだ。もしかしたら楽人に関することで、そして彼が知ると呪いの解除に不都合が生じてしまうのかもしれない。そんな仮説に思い当たったのは直ぐだった。

 

 

「呪いがどういった物かはっきりわからないのは本当ですわ。ですがトリガーは2つあるようですの」

 

「不完全なのは片方の条件は満たしてるけど、もう片方は不完全だからとか?」

 

 

素人考えではあるが、取り合えずカルーアの話を聞いて理解しようとしているとのアピールの為にタクトはそう返した。どうやら正解のようでカルーアは小さく頷いて言葉をつづける。

 

 

「分かっているのは『私たちが何かを成し遂げた場合』に発動するのと。私かあの人の何方かは解りませんが『必要だと思った人』に向けて発動するということですの……効果はあの人がその人物を殺すという事……ですの」

 

「カルーア様……」

 

 

悲しげにそう呟くカルーア。その様子にタクトはある確信を抱いた。恐らく既に嘘は言っていないであろう。確証が無いのは事実なのであろう。しかし思い当たっている節はあるはずだ。

それを濁したこと、楽人の前で言わなかった事。それを踏まえると見えてくるものがある。今も労し気に呟いているミモレットは『テキーラ様はこうなることをわかっていたから自分を遠ざけた』と言った事を言っていた。

テキーラの様子を聞くに、彼女の凶変の対象は楽人一人に絞られている。しかしそれはまだ不完全のようで、彼女は我を取り戻したような理性的側面を見せる事もあった。特に楽人から離れた後ずっと何かを考え込んでいた様子であったらしい。

 

 

(楽人はその『必要とされる人』の当落線上にいる。人物として既に対象取られていて、それでも本当に『必要』なのかどうかで、テキーラはまだ確信をもてていないかもしれない。つまり迷ってるか揺らいでいる状態なんだ。

必要の方向はたぶんあれだとして……成し遂げるというのはそう言う事なのだろう) 

 

タクトの中で1つの仮説が組み上がっていった。それを確証するための最後の確認として彼は口を開くことにする。

 

 

「ねえ、質問だけど。呪いの条件が2つあって両方とも9割こなしている時でも症状って出るの?」

 

「いえ……初期症状のようなものはあるかもしれませんが、少なくとも片方を達成しない限りはそれ以上の事は起こりえませんわ」

 

「それじゃあ、最後に。休暇中にリコとカズヤが付き合うようになったけど。君たちは進展あった?」

 

「いえ……特には。あのぅ……それが何か関係が?」

 

「ああ、おおありさ。これでわかったよ。2つの呪いの条件と、どっちの条件が達成されているのかもね。何より解決策の方も見えた」

 

「本当ですか?」

 

 

不安げな目でカルーアはタクトを見上げた。魔法の専門家である自分が解らなかった事を目の前の司令は解り解決策まで見えたと言っているのだ。信じたい朗報であるが、信じ難い情報でもあった。

 

 

「ああ。それは────愛だよ」

 

 

自信満々にそう宣言するタクトに、カルーアは今度こそ言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

「いいかい楽人。君に言う事はただ1つ。全力を尽くして彼女を受け入れる事。それだけさ」

 

「……了解です」

 

「カルーアはもっと簡単。テキーラをそして楽人を信じて梅干を食べる事」

 

「……了解ですわ」

 

 

30分後二人は営倉の中でも、一番奥にあるもはや独房と言ってもいい様な部屋の前に来ていた。目の前にはなぜか真剣なのにどこか上機嫌のタクトがいる。タクトからは呪いの詳細に関して二人には伝えられていない。余計なバイアスは阻害すべきだともっともらしい理由をつけているが愉快犯と思えてならない。

場所がこのような辺鄙なところであるのは納得できる。この部屋は元々魔法犯罪者や、ESP能力者などを留置しておくための場所であり。部屋自体にシールドが展開できる。勿論エネルギーが必要なため、普段は切られているが。要するに保険なのだ。

 

タクトが説明した作戦はいたってシンプル。テキーラに呪いを克服させるという事だ。テキーラにもカルーアにも精神的な負荷がかかる上に。成功するかどうかすら疑わしい。褒められるのは先ほどの保険だけであろう。梅干は簡単にテキーラからカルーアに戻ってしまわない為である。

 

 

「それじゃあカルーアは中に入ってて。オレは少し楽人と話をしたら出て行くから。終わって落ち着いたら通信を入れてくれればシールドを解除するよ」

 

「了解ですわ……」

 

 

未だにどこか不安げな様子だが、他に打つ手がないのも事実なので、カルーアはそう従った。タクトの指揮官としての手腕に疑う所はないのは事実なのだ。もしこれでだめだったならば、その時は昏睡ガスが注入されることになっているので、殺しきってしまうという事はないであろう。

しかし、これが失敗したとしたら、彼女は迷惑がかからないようにこの艦を降りるつもりでもいた。自分やテキーラが楽人を傷つけて周囲の足を引っ張ってしまうのが許せないのだ。

タクトはそんな彼女の背中を見送ると楽人に向き直った。

 

 

「楽人。オレに言いたくないとか、そういう気持ちがまだあるかもしれない。でもね、そうじゃないんだ。大事なのは愛であって。その愛の前にあらゆる障害は意味をなさない。それを覚えておくんだ」

 

「愛ですか?」

 

 

彼が伝えるのは激励の言葉。今までだってそうして来た。天使や英雄達。自信を守る艦隊のクルー達。そう言った人物を戦場に送り出すときにしてきた。士気高揚を目的としたものだ。

 

 

「ああ、君の想いをぶつけて。そして本気の君を見せてやるんだ。そうして後は全部受け入れる事だよ」

 

「全部受け入れる?」

 

「ああ。自分の嫌なところを見せてしまうのは怖いかもしれない。相手の嫌なところを知ってしまいたくないかもしれない。それでもお互いを受け入れる事ができるって信じられるのが愛なんだ。本当これは経験談さ」

 

 

しかし、タクトは心配はしても不安ではなかった。なぜならばこの世界には幸運の女神がいるからだ。この事の顛末によって、きっと彼女も喜ぶであろう。笑顔で祝福するであろうから。

 

 

「オレ達の愛に不可能はないんだ。奇跡を起こして来たのはオレ達だろ?」

 

「……はい!」

 

 

楽人はそんなに細かい想いまでは解らなかった。というより、正直言っている言葉自体はちんぷんかんぷんであった。それでもわかったことがある。それはタクト・マイヤーズが依然変わらず、自分の事を信じて、そして作戦を考えて背中を押してくれている。ということだ。

 

それだけ分かれば十分だという事を思い出した。

 

 

「行ってきます……タクトさん」

 

「ああ、行ってきな……ラク────」

 

タクトの言葉は営倉の扉が閉まったことによって最後まで聞き取ることは出来なかった。それでも伝わる思いは確かにあったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは……いや、それじゃあ始めようか。カルーア」

 

「はい……あのぅ……」

 

 

二人きりの密室に、しかも外からロックされてシールドまだ展開されている状況。そんな中に大男と二人きりというのは、もしかしたら恐怖で包まれるのかもしれない。極端な話をすれば。今のカルーアは目の前の男に襲い掛かられた場合抵抗する術が無かった。

 

 

「なんですか?」

 

「いえ……きっと大丈夫ですよね」

 

「問題ないです。全て僕に任せてください」

 

 

カルーアは一度大きく深呼吸する。自分の気持ちはテキーラに引き継ぐことはできるが、その逆は出来ない。その事に時々思う所が無いわけではなかったが。今このときは感謝した。なぜならば、彼女が強く目の前の人を殺したくないと思えば思うほど、それがテキーラにも伝わるのだから。

 

 

「それこそ、本気で殺す気で来ても構いません」

 

「でも、それでは……」

 

 

しかし帰ってきたのは意外な言葉である。確かに感情の鬩ぎ合いになってしまえば、テキーラの精神に負荷がかかる。呪いと戦う以上疲弊するのは当たり前で、しかしそれをしないというのは、最初から目的を放棄している事に他ならない。

 

「受け止めて見せるから。君の殺意も魔法も呪いも。僕の本気を一度くらい見てもらいたい。他の人達よりも前に『君だけに』」

 

「それで死んじゃったら! 」

 

「死ないよ。その事を分かってほしいんだ。だからさ」

 

 

言う事は言った。これ以上の問答は意味が無い。見てもらわなければ信じてもらえないであろうから。彼はそう思い用意されていた梅干を袋から出して、そのまま彼女の口元に持って行った。

少し驚きながらも彼の手ずからに口に運ばれた。指に少しだけ触れる柔らかい唇の感覚の余韻に浸りながらも、楽人はこの後起こることに対応するために体のギアを上げた。

 

 

「本当。どうしてこうなったのかはわからないけれど。この時ばかりは感謝だな」

 

 

自分の力。謎の人類を超越してしまったような力。それこそかの英雄ラクレット・ヴァルターと100%互角の実力を持つとされている織旗楽人の力。壁も海の上も走れるし、数十メートルの高さを飛ぶこともできる。

かの英雄曰く、既に肉体は完成しているので、紋章機の戦闘には一切役に立たない力である。力自体も軍人として求められている事の助けにはあまりならない。それでもこの力があれば

 

 

「ラクトオオオオォォォォ!!! 死になさい!! 殺す!!」

 

「やれるものならやってみな。この空間ではお互い遠慮する事はない」

 

 

彼女の呪いを解呪できるのだから。

呪いは条件を満たした場合に発動する。完全ではないが、すでに2つあるらしい条件のうち片方は達成された。加えて対象が存在するのでこの呪いは発動しているのだ。ならばその呪いを実現不可能なものだと認識させてしまえば?

 

完璧にかけた呪いが条件を満たしたからと言って、突然ワープができるようになるわけではないし、時を止められるようになるわけでも、ましてや世界を作り直せるようになるわけではない。この呪いの結果である ある条件に適合する人間を殺すというのが、実現不可能だとテキーラに認識させる。それがこの作戦の肝だ。

 

それによって起こることは先に述べたことだけではない。彼女が楽人の力を理解すれば。テキーラ自身にも楽人を殺さないで済むといった心の余裕が生まれる。それは呪いへの抵抗力が上がることと同義なのだ。

呪いに打ち勝つには強い精神力が必要だ。タクト風に言うならば愛の力であるが。楽人風に言うのならば平常心だ。先の呪い自体が陳腐化するのを待つのだけでなく、それに近い状態に彼女を持っていけばよいのだ。

 

きっとカルーア&テキーラ・マジョラムが万全な状態ならば、ディータとかいう木端魔女の呪いに負ける事が無いと信じられる事。そしてそれまで攻撃を耐えられる事。それが条件であり。追い風材料はまだ完全に呪いが達成されていないことだ。

 

 

「アアアアアアアァァァァァァ!!!」

 

「その程度の魔法で! 僕は倒れない!」

 

先ほどよりも強烈な紫電が轟くが、今の彼の前にはただの重い攻撃に過ぎない。精々1発殴られただけだ。無傷とは言わないが10発食らっても問題なく立っていられる。そして彼の予想通りその規模の魔法が連打されるが、十分耐えきれるほどだ。

 

 

「来い! テキーラ。君の全てを僕は受け止める。殺せるものなら殺してみろ!」

 

「────ッ!! 嫌ああああああああ!!」

 

 

その言葉と同時に彼女の周りに今までで一番大きな光の球体が生まれる。最大の1撃を後先考えずに叩き込むようだ。上等だ。楽人はそう思い口角を釣り上げた。

そして刹那彼の目の前は真っ白な光に包まれた。ものすごい熱量であり部屋の気温が上がったのを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

女の荒い息が部屋の中に木霊する。動いている者はその女の肩だけであり。音は良く響いていた。

 

「ふっかぁぁぁぁ────っつ!」

 

 

そしてその女はそう叫んだのである。そしてそれと同時に目の前に有る物を認識しようと視界を凝らす。

そこにいたのは無残な姿になった物だった。襤褸襤褸どころか襤褸襤褸襤褸というほどに原形を保っていない。人相に至っては最早別人で、体の大きささえ違う。特に上半身はひどかった。

 

 

 

その姿にテキーラは咄嗟に声を出すことができないでいるほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー。首輪も服も予備が少なくなってきたなぁ……」

 

それだけ彼の軍服はズタボロだったのである。

 

 

 

余談だが、タクトに『首輪』と『服』を『営倉』の一番奥まで要請したのと。獣のような女の叫び声が聞こえたという噂が立ったのが原因で、織旗楽人悶絶調教師説が真しやかにささやかれるのだが。真相は謎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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二人飲んでいたお酒で落ちてます。

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