銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第13話 大変長らくお待たせしました

 

 

 

 

ここ数日でルクシオール内部ではいろいろあったが、状況は大きく変わっている訳ではなかった。しかしそれでも糸口位は見えて来るものである。

事実ここの所調査を続けていた、セルダール王室側から「ゲートが開いた状況に関する文献等を漁った結果が出た」とのことで現在王宮にある謁見の間まで、タクトとルーンエンジェル隊、そしてそれらの護衛として織旗楽人は来ていた。

 

 

「そう言えばセルダールの王様って確か……」

 

「ん? どうしたカズヤ? トイレか?」

 

「どうしてそうなるんだよ! アニス! そうじゃなくて、セルダールの王様はいろんな戒律を守っている人だった気がしてさ」

 

「うむ、カズヤの言う通りだ。陛下はその戒律故に王家に連なる方々以外と言葉を交わすことができないのだ」

 

既に謁見の間で待機している中、カズヤはふと自分の知識の中から浮かび上がってきたことを口に出す。NEUE銀河出身の自分だが、その知識の元はEDENの講師からというのは、いかに自分が田舎に住んでいた世間知らずだったかと改めて感じるが、知識は知識である。

それに肯定したのは、恐らくこの中で最もセルダールの風土に詳しいリリィだった。

 

 

「でも、それじゃあどうやって話をするのだ?」

 

「それはアタシたちを使うのよ」

 

「そういうことよ」

 

「ケルシー! サンタローザ! 無事だったのか!」

 

 

突如会話に紛れ込んできた声が聞こえるものの、カズヤは周囲に人の気配が無い事もあり状況がさっぱり理解できなかった。しかし、リリィには慣れたものなのか、嬉々として声のした方向の『中空』に笑顔を向けていた。

カズヤはその視線を追って目を凝らすとそこにいたのは『羽の生えた小人』であった。

 

「うわぁ! 妖精だ! すごい、リコ。僕初めて見た!」

 

「NEUEでも故郷の星からは中々出てこないって聞きますし。私も初めてです!」

 

 

ケルシーとサンタローザ。彼女達二人は数少ない妖精たちの故郷『スプライト』から離れた場所で暮らす妖精である。それと同時にセルダール王『ソルダム・セルダール』の側近であった。

 

 

「アタシたちが陛下の言葉を代弁するのよ」

 

「わかったかしら? ……ってあなた、ガラムの娘じゃない」

 

「あ? なんで、お前らがオレの親父の事を!」

 

「あら? 陛下が来られるわ、失礼の無いようにね」

 

 

露骨にアニスに対して含む所がある言葉を残しながら、二人は距離をとり王座の横に控える。人間の肩当たりの中空に止まると。二人は息を揃えて唱和した。

 

────セルダール王、ソルダム陛下の御成りー

 

 

 

 

 

 

「EDENの方々、なによりタクト・マイヤーズ准将」

 

「此度の協力まことに感謝する」

 

「もったいなきお言葉です、陛下」

 

 

謁見の間に現れたのは、どこか退廃的な色気のある美丈夫と言って良い青年だった。恐らくまだ30には行っていないであろうが、それでも貫禄は十分にある。王族特有のカリスマというべきか、貴賓やオーラの様なものを纏う人物だった。

彼が王座の前に立つと、周囲の妖精2人が一瞬輝いたと思うと、まるで陛下の代弁だと言わんばかりに先ほどとは打って変わった口調で口を開いたのである。

 

 

「(なぁ、あれどうなってるんだ?)」

 

「(アニス! 失礼だよ! ……たぶんテレパシーだと思う)」

 

 

小声で尋ねて来るアニスに、小声で怒鳴るという小器用な技をこなしながら、カズヤはそう答えた。家族以外と口の利くことのできないソルダム王は、この様に妖精のテレパシーを用いて意思疎通を図るのだ。

 

 

「すまないが、時間が惜しい。早速本題に入らせてもらう」

 

「此度我々は、ゲートを開ける方法を見つけ出したのだ」

 

「お忙しい所ありがとうございます。してその方法とは?」

 

「マイヤーズ准将。そなたの言葉を借りるのならば。『愛』こそが鍵であった」

 

 

そこからソルダム王が話した内容は、まるで物語のそれであった。ブレイブハートと紋章機を合体させ、それぞれの搭乗者の強い思いを妖精の魔法でリンクさせる。そのエネルギーによってゲートが再び開くというのだ。

ブレイブハートや紋章機が当時のNEUEにあったのかという話は兎も角、強い想いが次元を繋げるのだ。というのがメインであり、その媒介に最適なのが紋章機であり、さらにそれをする上で補助をこなせるのが妖精の魔法というわけだ。

 

 

「そちらの準備が良いのであれば、明日にでも実行したい」

 

「マイヤーズ准将、最適な人材がいるか?」

 

「……はい、今ルクシオールで最もホットな二人がいますよ。しかも片方はブレイブハートのパイロットで、もう片方は紋章機パイロットです」

 

 

トントン拍子に話が進む中、周囲の緯線が自分とその右隣にいるリコに注がれている事に気が付くカズヤ。

 

 

「え!? ぼ、僕ですか!」

 

「うん。それがいいでしょ。ね、皆?」

 

「賛成なのだー!」「ま、それしかねーだろ」「OKだ!」「カズヤさんとリコちゃんならできますわ~」「それ以外の選択肢がない以上は最適かと」

 

「ふむ、どうやら決まりの様だ」

 

「シラナミ少尉。桜葉少尉。ケルシーとサンタローザをつける。何かあったら彼女たちに言うように────って了解でーす」

 

 

結局の所、紋章機に乗れて、恋仲の人間が2人しかいないのだから仕方がないが、少し突然すぎる決定に当事者の二人が目を白黒させるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうと決まったが、直ぐに動けるわけではない。事前準備を重ねてきた軍の再編自体はスムーズに移行できるが、二人の準備という事もあり、決行は明日の正午という事になったのだ。

その間の時間を利用してリコは男性恐怖症を乗り越えるべく特訓をすると言いだし、カズヤと多くの暇な男性クルーが駆り出されていたりするのである。

 

 

「全く、司令も非番ではないし、明日の仕事もあるというのに」

 

「まあまあ、ラク────ト君。司令はあれで英気を養っているのよ」

 

「それは存じておりますが。まあ司令がやると二度手間ですし良いのですけどね」

 

「そうそう。それじゃあ私はブリッジに戻るわね」

 

 

そんな中楽人はミーティングルームで明日のゲート解放作戦の詳細を詰めていた。ココも今この瞬間ブリッジに戻るまで手伝ってくれていたが、艦隊の大まかな編成業務が終わったので持ち場に戻ったのである。

静かになるミーティングルームだが、直ぐに彼の鋭敏な聴覚が4つの足音がこちらに近づいてくるのを確認し、何千回と聞いたその音で誰かを察しながらも、一応の為に機密書類をウィンドウのバックグラウンドに隠した。

 

 

「おーい邪魔するよー」

 

「失礼しますわ」

 

「お土産持ってきてやったわよ」

 

「お疲れ様です」

 

 

遠慮なくドアを開けて入ってきたのは、ムーンエンジェル隊の4人であった。彼女たちが此処に一堂に会しているのには理由がある。それは明日の作戦においてミルフィーユ・桜葉救出部隊を任されているからである。

Absolute内の構造を熟知しており、かつ迅速に移動でき、さらに荒事にも対処できる。ミルフィーユ・桜葉と素早い意思疎通も取れて信頼ができる。確かに適任であると彼は思うが、それを通すにはかなりの無理をしている。何せ研究員、大使、民間企業の重鎮、保留中の罪人。死なれては困る人材ばかりだ。

 

 

「お疲れ様です」

 

「いつも通りで構いませんよ。この場には私達しかおりませんし」

 

「そうそう、せめて普通の口調で話してもらわないと、笑っちゃいそうよ」

 

「そうですか。それではこのようにさせてもらいますね」

 

 

敬語には変わりはないが、気持ち砕けた話し方になる楽人。自分自身彼女たちと話すときに口調を変えるというのには違和感があったのだ。

 

 

「それで、アタシの処分はまだ保留かい?」

 

「フォルテさんは、一応NEUEからの追放あたりで落ち着きそうです。EDEN軍側からの御咎めは無事解決したので昇進の取り消しと減棒、それから謹慎あたりで落ち着くと思います」

 

「そうかい……まぁ、いい機会だ。ゆっくり休ませてもらうかね」

 

「それは全部終わらせてからです」

 

 

楽人はお土産と言って渡された缶ジュースの栓を開けながらフォルテの質問に答えた。フォルテのやったことは脅迫されての事であり、EDEN軍としては今までの功績もあり、事を大きくすることはないであろうという。という方向に持っていくつもりだと、タクト自身が言っていたのだ。

 

 

「それで皆さん揃って来たのは、明日の打ち合わせですか? お伝えした通りですが」

 

「そうじゃないわよ。アンタが面白いことになっているって聞いたから。ねぇミント?」

 

「はい。どうやらルーンエンジェル隊のある方と非常に懇意にされていると」

 

「ラクレットさんにも春が来たとタクトさんが」

 

「水臭いじゃないかー。どれ、お姉さんたちに話してみな」

 

 

こっちは真面目に仕事をしているというのに、何だその目的意識は。なんてことを思うはずもなく。もう情報が漏れているのかと楽人は驚いていた。そういえば皆さんまだ独身で男の影すらないのに、大丈夫なんですかねぇそれは。とは少しばかり思ったが。

 

 

「別に恋人ができたとかそう言うのではありませんよ。ただ思いを伝える相手ができた。それだけです」

 

「まだ返事はもらってないのね……で、相手は誰よ?」

 

「あらランファさん、存じ上げませんの?」

 

「アタシはミントこそが知っていると思ったんだがね」

 

「フォルテさんが知っているかと」

 

 

どうやら、タクトから行ったであろう情報は不完全の様だ。あーでもないこーでもないと騒ぎ始める彼女たちを見ながら、彼は先日の事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首輪と服が届くまでの間。テキーラと話すのには丁度良い時間だったが、これといった会話を交わすことは出来なかった。それは偏にテキーラが魔力を全開放した反動で、叫んだあと、後ろ向きに倒れ込んだからだ。すぐさま軋む体で瞬時に彼女の背後に回り、受け止め地面に寝かせた。

その後二人とも医務室で一晩検査入院をすることになったのだ。何せ片方は攻撃魔法を何度もその身に受けた男。もう片方は呪いに苛まれて体調不良を訴えていた女だ。当然の事であろう。タクトも流石に周囲への説明や、楽人が動けない分仕事をしたりなど忙しく、ルーンエンジェル隊の残りのメンバーもタクトから事情を聴いて、お見舞いは明日以降にしてあげてという言葉に従った。

 

 

「────ねぇ、起きてるんでしょ?」

 

「その声はテキーラ少尉か」

 

 

広大な大きさを誇るがあくまで狭い艦であり、そもそも入院患者が想定されていない医務室だ。それでもいくつかあるベッドに寝かされている二人。間にはカーテンがあり、常夜灯の明かりはあっても姿など見えるはずはない。しかしテキーラは起きていることを確信していた様子で話しかけてきた。

時刻は既に深夜。日付が変わってすぐといったころ合いで、医師であるモルデン氏が出て行って半刻ほど経過している。航行中の艦ならば夜勤スタッフがいるが、既に港に停泊している以上、急患ならば病院に急げばよい為に、医務室には二人しかいない。楽人は体を起こして胡坐をかいた。

 

 

「今回はその……ありがとね。沢山迷惑をかけちゃったみたい」

 

「気にするな。好きでやったことだ。君は……あー。大事な部下だからな」

 

 

どこか悔やんでいるようなテキーラ。当然と言えば当然であろう。彼女自身が呪いを受けていたとはいえ、殺意をもって魔法を何度もぶつけたのだから。下手したら公認A級取り消しになりかねない。その辺はタクトの詭弁で『彼女が部屋や独房で何をしていたかは織旗楽人だけが知っている』という事にして有耶無耶にしているが。その辺がタクトの仕事だった。なお、マジーク側としても非常に魅力的なコネクションの為に、事実を知ったうえでそう納得し、カルーア&テキーラに絶対にものにしろと通達が先ほど来ていたが、彼女たちはまだそのメッセージを読んでいなかった。

 

そしてそれに返す楽人は、攻めるも責めるもしなかった。それは仕方がないと言える。ここで振り返ってほしいのは、彼は呪いがどういったことを起因しているかを知らないという事だ。彼の中では自分の告白がテキーラに悩みを与え、その結果精神的に弱り蝕まれた。条件自体は不明だがそれで飲まれてしまった。といった考えであった。丸きりの間違いではないのだが、少々真実とは異なっていた。

 

 

「この前のアンタの告白の返事だけど……」

 

「……」

 

「全部終わってからでいいかしら?」

 

 

だからテキーラの言葉もきちんと理解できたし納得もできた。今の自分にはこれ以上愛を囁く資格も、彼女に受け入れられる権利もないであろう。いつもそうして来た。目の前の問題を解決してから次に当たるべきだ。今回先にあったのはこのヴェレルの計略であり、それを解決しないとすっきりしないのだ。

 

 

「ああ、どうせ後数日中には決着がつく。そう言った予感がしているからな。時間を貰えるんだ。少しでも君に好かれる男になって見せるさ」

 

「……ふふ、面白いこと言うじゃない」

 

 

テキーラは魔法をかけている己の小指が『何も感じていない』ことと、そして何よりも今の発言そのものに対してそう言った。彼女は自他ともに認める気分屋だ。そんな彼女は呪いの間自分の負の感情の極みともいえる状態にあった。

そしてそれを全力でぶつけて、物理的にも精神的にも受け止めた相手がいる。そんな相手に対して無関心でいられるであろうか? 彼女の隣に2枚のカーテン越しにいる男は、きっとそんな事全然わかっていないのであろう。

これでアタシたち二人の名実ともに『救世主様(ヒーロー)』になっちゃったわね。そう彼女は思いながら口を開く。

 

 

「アンタの正体だけど……解らなくなったわ」

 

「……勘付いていると聞いたが」

 

「ええ、思い当たっていた節はあったのだけど。その情報だと顔は十人並ってあったから」

 

「ふむ、またどちらに答えても被害が来そうな言い方だ」

 

「……ま、ご想像にお任せするわ『英雄様』。それじゃああの娘に代わるわ。返事待っててもらえる?」

 

「ああ、待つのは得意だ」

 

 

そう言ってテキーラはカルーアの中で眠りについた。楽人は隣から光が洩れて来るのを感じていたが、特に何も言わなかった。カルーアがこのまま寝てしまうのであれば、静かにしていた方が良いからだ。

 

 

「あの~楽人さ~ん。今日はありがとうございましたわ~」

 

「ふむ、どういたしましてだな。お礼は言ったのだ、もう気に病む必要はないぞ」

 

「それでもですわ~」

 

 

カルーアにもお礼を言われる。というかなぜ彼女達は楽人が起きているのがわかったのであろうか。彼には知る由もないが、『何故か』眠ることができそうもないゆえに、ベッドの上に胡坐をかいている彼は、逆側の常夜灯から照らされ、カーテンにスクリーンの様に影が映っているのだ。

そして、そのシェルエットで判別できるカルーア。がその辺にまで彼は頭が回っていない。なんだかんだ言って彼にも疲労が蓄積していた。

 

 

「もし私にできることがありましたら、何でも言ってくださいね」

 

「ん? 何でもか?」

 

「はい。楽人さんは私たち二人の命の恩人ですもの。何でもいたしますわ~」

 

 

その言葉に揺らぐ楽人。好きな年上のお姉さんが『何でも』なんて言えば、揺るがない男はいないであろう。その言葉に含まれる意味も考える余裕がなくなる程には。

 

 

「そうか……それならば、この戦いが終わったら言いたい言葉がある。それを聞いて欲しい」

 

 

何とか自分を律してそう口にする楽人。そう言えたのは自分が彼女に思いを伝えていないことと、そうしたいという強い気持ちがあったからだと言える。軍規スレスレの言葉であるが、それでも今言える最大の科白だ。

 

 

「はい! お待ちしておりますわ。その時はその首輪がきっと……」

 

「ああ、首輪が無い身体で君に伝えたいんだ」

 

「ふふ……楽しみに……しています……わ」

 

 

その言葉を最後に、疲れていたのであろう、カルーアは眠りについた。結局この夜彼はまともに眠ることは出来なかったが。それでも充実した一晩であったことは事実だ。

 

 

 

 

 

 

 

「────と! 楽人!」

 

「はい、何でしょう、ランファさん」

 

「ようやく戻って来たわね。それで結局誰なのよ? 0の馬鹿は教えてくれなかったのよ」

 

「休暇にも皆さんで行かれたようですし。0さんもしや秘密を独占するつもりでは……」

 

「0? どちらですか?」

 

「いやいや、こっちの話さね」

 

「0は何も答えてくださいません。楽人さんの想い人を教えてください」

 

 

意識が戻った先にはこれまた美少女から美女まで4人に囲まれていた。しかも問い詰められるという形でだ。少し気になることはあったが、彼女たちに言えることそれは

 

 

「秘密です。明日には決着付けますから。それまでは……『二人の』秘密です」

 

 

少しらしくない言葉だった。

 

 

 

この後様々な攻防を潜り抜けて、何とか死守することに成功する。勝因は何と言っても機密保護の為につけられている、首輪のアンタイテレパス能力であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日 カズヤとリコは二人で合体紋章機に搭乗していた。目の前にあるのは閉ざされた大きな輪────クロノゲート。すぐ後ろにいるのはルクシオール。さらにその後ろに整列している艦隊は300にも上る大艦隊だ。あの戦いの後でこれだけの数を用意したのは流石と言えよう。

 

 

「緊張してるの?」

 

「はい、流石に」

 

「大丈夫よ。アタシに任せておきなさい。しっかりあの娘とつないであげるから」

 

 

カズヤは肩に乗るケルシーにそう言われながら、自分のすべきことを思い出す。それはシンプルにリコの事を思うことだ。心の中に彼女を受け入れる事が大事だとソルダム王は言っていたのだから。

 

「カズヤさん」

 

「なんだいリコ?」

 

 

丁度そのタイミングで通信が入る。既に後は秒読みに迫った決行時間を待つだけの中。有線通信を繋いできたのは当然ながら繋がっているリコだ。この後は魔法でテレパシー状態になるので、通信を切る事になるが。

 

 

「私達でできるのでしょうか……」

 

「できるよ」

 

 

さっきまでの少し不安な緊張した彼はいない。ここにいるのは少し年下の大好きな女の子の前で格好つけている。そしてその女の子の事を何よりも信じている少年だ。

 

「昨日だって、リコは男の人と『握手』できるようになったじゃないか」

 

「そうですけど……」

 

 

男性恐怖症克服特訓の成果は、それなりであった。今まで極々数人の例外を除いてどのような形での身体接触をも拒絶していた彼女は、何か心境の変化があったのか、手と手の接触ならば全く以て気にならなくなったのだ。その成果の後ろには多くの男たちが投げられ続け、ナノマシンで治され続けたという犠牲があるが。

 

 

「不可能だって思っていたことだよね? 握手できるようになるまでは。これも同じことだ。出来るはずがないかもしれない、そう思うのは当たり前だけど」

 

 

カズヤはここで一呼吸溜める。今の自分の気持ちを少しだけ背伸びして伝えるために。次にこの場があったら、背伸びしなくてもいいように、今背伸びする。

 

 

「それでもできたんだから。僕たちなら絶対できるでしょ」

 

「カズヤさん……そうです、二人なら。カズヤさんと一緒なら!」

 

「うん!」

 

────作戦開始まであと10秒です

 

 

二人の気持ちが重なった時に、丁度タイマーからの音声が入った。今回は既にタクトも『二人の世界を作ってもらおう』という事で通信を入れてないし聞いてもいない、故にタイマーだった。その声と同時に二人は通信を切って肩に乗っている妖精を見た。

 

 

カズヤさんと────リコと

 

1つに成りたい!!

 

一緒にいたい!

 

そうしたら何でもできる!

 

 

その万能感は世界を塗り替える物であり、結果としてある現象を起こした。

 

 

 

────エンジェルフェザー

 

それは紋章機と搭乗者が最高のシンクロをした時に現れる、勝利の証の翼。まだまだ未熟な二人だが、いや二人だからこそ、その翼はクロスキャリバーから現れたのである。

 

そして宙域が光に包まれた瞬間

 

 

「ゲートの開放を確認!」

 

「総員乗り込め! 二人に続くんだ!」

 

 

 

ルクシオールは決着の場へと進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────Absoluteには敵の罠があることをこの時彼らは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ルクシオールワープアウト! クロスキャリバーは!」

 

「確認しました。フェザーは既に消えていますが、同調率は良好の模様。」

 

「収容してくれ。ここで後続を待つぞ」

 

 

────その言葉は叶わなかった。なぜならばルクシオールが通過してすぐに、再びゲートが閉ざされてしまったからである。

 

 

唯一の救いが、そのゲートの閉鎖は、Absoluteのセントラルグロウブ側からの指示ではなかったという事か。どうやらセルダールの方法では、 精々艦が1隻通る時間の解放が限界だったのだ。

 

 

「どうします、司令?」

 

「また開けてもらうにはリスクが高いしリターンも小さい。まだ敵に気づかれていないようだし、此処は急ごう」

 

 

タクトが下した結論。それは 単艦による救出作戦の実施であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します! シラナミ入ります!」

 

「桜葉、遅れました! 申し訳ありません」

 

「いや、気にすることはないよ。席についてくれ。これから作戦を説明する」

 

 

ミーティングルームにいるのはルーンエンジェル隊と司令官のタクトであった。現在『ルクシオール』は戦闘速度の全速力で航行中だ。目標は当然セントラルグロウブである。

 

 

「本作戦で重要なのは、シャトルが安全に航行できる時間と空間の確保だ。勿論シャトルはNEUEにある最高性能の物を用意したけどね」

 

「お姉ちゃんの救出部隊が乗るやつですね」

 

「そうそう、ランファたち元エンジェル隊が担当するよ。操縦士に楽人もつける」

 

 

そう言いながらタクトは宙域MAPを表示させる。と言ってもAbsoluteの構成は至極単純。無限に近い空間の真ん中に、無限に近いエネルギーを持つ、太陽ほどの大きさの人工天体があり、そこにセントラルグロウブが隣接されている。というかそれで1つの施設だ。

セントラルグロウブと呼称されているその巨大な天体は、一言で言うならば巨大な雲丹の様な構造である。突起が表面から生えているが、あまりの大きさの為に突起と突起の間は1kmほどある。そしてそのセントラルグロウブの周りには何もなかった。

 

 

「オレ達はグロウブまで接近。そこで防衛艦隊を蹴散らしてしばらく時間稼ぎだ。まあ、問題なく進むであろう。大事なのはこの後だ」

 

 

ルーンエンジェル隊の面々は思わず黙り込み、口の中の渇きを感じていた。その言葉と同時にタクトからプレッシャーのようなものが放たれたからだ。

 

 

「オレはこの作戦を実行するにあたって、幾つか策と作戦を考えた。たぶん半分くらいは実行しないし出来ないと思う。だから、あえて君たちには言わないでおきたい、この意味が解るね?」

 

「臨機応変に……ですか?」

 

「それもあるけど、君たちの僅かな反応や仕草から、ヴェレルに作戦を読み取らせないってのも大きいかな。なにせあのご老人は結構な食わせ物だ」

 

 

タクトの懸念は未だに姿を見せないヴェレルであった。あれは恐らくヴァル・ファスクのように策を弄してくるタイプ。それも自らに慢心することが無いのだ。なにせ発見されてから数年たち自分への注目が薄れたところでこれだ、相当入念に計画して来たのであろう。

 

 

「だからこそ、君たちには頑張ってほしい、1秒でも長く戦い続けるんだ。この後の防衛戦だけじゃない、オレの予想だと『撤退戦』に近い戦いになると思う。だから消耗は最小限に頼むよ」

 

────了解!!

 

「うん、いい返事だ。それじゃあそろそろ自機で待機を頼むよ」

 

 

 

この日最初の勝負の火蓋は切って下ろされた。

 

 

 

 

 

 

「よし! リコあの巡洋艦を止めるよ! リリィさん! 右の敵は任せました!」

 

「OKだ!」

 

 

タクトの大仰な言葉と裏腹に、グロウブを守る戦力はたいした量ではなかった。恐らく最低限の駐留艦隊しかないのだ。ヴェレル自身まさか、こんな短期間でルクシオールが来るとは予想していないのであろう。

おかげでシャトルも無事、荒々しい操縦と共にグロウブに到着していた。迅速に退避する為、操縦士である楽人を残して4人はマスターコアへと急いでいる真最中だ。

 

 

 

 

 

「不気味なほど静かね。ミント、人の気配はあるかしら?」

 

「それがまったく……ミルフィーさんの微弱な思考以外は感じられません」

 

「順調なのはいい事さね、ともかく急ぐよ!」

 

「ナノマシンを大量に用意できたのは僥倖でした」

 

 

彼女たちは自分たちの足で走っていない。ヴァニラが変形させたナノマシンでできた四足獣に乗っているのだ。そのほうが早いのと、何より体力を消費しないという面で優れていた。近くの非常用ゲートに接舷したとはいえ、建物の大きさは恒星レベルなのだ。

 

 

「見えましたわ、あそこがマスターコアです!」

 

「よし、ランファ!突っ込め! 援護は任せな!」

 

「全く、フォルテさん人使い荒すぎですよー! 」

 

 

流石にコアの前には護衛しているドローンが2機ほど直立していた。侵入者が想定されていないのか、こちらへの反応は鈍い。ランファは構えこちらに向けられている銃口を観察しながら進む。運の良い事にレーザー銃だ。歪曲装置は携帯しているために、数発程度は問題ない。

 

 

「はぁ! 」

 

 

そのまま懐に飛び込み足刀で銃を吹き飛ばすと同時に、もう1機に向き直る。それと フォルテの愛銃の弾丸がドローンの脳天を貫くのは同時であった。

 

 

「マスターキーは持っておりますが……流石にパスが変えられていますわね」

 

「問題ありません、ミントさん」

 

「ええ、この程度のプロテクトでは甘いですわね」

 

 

ミントはすぐさま開閉の為のタッチパネルの操作に取り掛かる。その間に物理的にかけられている鍵に合わせたナノマシンを作り、片端から解除するヴァニラ。フォルテとランファが念のためドローンを完全に無効化し終わると同時に、二人の作業は終わった。

 

 

「開きましたわ、さあ急ぎますよ!」

 

「ミルフィーさん今いきます」

 

 

そうして4人はマスターコアの中に突入した。

 

 

 

 

 

それと同じころ、ルクシオールに1つ通信が入る。発信元は不明だが、この場所でルクシールに向けて通信を行う存在など1つしかなかった。

 

 

「やぁヴェレル。久しぶりだねー」

 

「貴様ぁ!! タクト・マイヤーズ! どのような奇術を使った!」

 

 

驚き、そして何より激昂している様子のヴェレル。彼とて永久にNEUE側からの介入が無いとは思っていなかった。しかししばらくは大丈夫であろうと踏み、彼の『本拠地』に戻り、戦力の補充を最優先していた矢先にこれなのだ。

彼にとって運の悪い事に既存の戦力の多くは前回の戦いで失われ、残った艦の多くも戦闘には耐えられないと判断され、資源回収の為に適当な無人銀河に派遣してある。数百の大艦隊を直ぐに差し向ける事は不可能であった。

 

 

「愛の力かなー」

 

「おちょくりおって! フンッ! 今に見ておれ!」

 

 

それだけ言うとヴェレルは通信を切った。宣戦布告にしては一方的であり、華が無かったが、仕方あるまい。しかしタクトにわかったことがある。

 

 

「とりあえず、ミルフィーが戻ってくるまでの時間は稼げたみたいだね」

 

「はい、ルクシオールのレーダー内での通信の発信は確認できませんでした」

 

 

敵がどのようなステルスを展開していても通信を発すれば感知できる。当然であろう、どれだけ上手く隠れても声を上げてしまえば意味が無い。高性能なルクシオールのレーダーから流石に圏内で通信したままステルスを保つことは考えにくく、急行されても30分以上時間の余裕はある。初戦は一先ず勝利で終わったと言って良い。

 

 

「皆、これからが本番だぞ」

 

 

タクトはムーンエンジェル隊がミルフィーを無事助け出す映像を見ながら小さくそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴェレル様……どうなされますか?」

 

「うむ、一先ずは手筈通りにするとしよう」

 

 

ヴェレルは目の前に控えるNEUE出身の男にそう答えた。この男の矮小な思想には毛ほども興味が無いが、それでも補佐人員としてはそれなりに使えるのでおいているのだ。

 

 

「恐らくタクト・マイヤーズならば……あの当代最高の戦略家ならば、ゲートキーパーの回収の際に何もしないという事はないであろう」

 

「EDENのゲートを開放するでしょうね」

 

「うむ、故にあそこには防衛衛星を大量に設置してある」

 

 

ヴェレルはそれでも十分とは思えなかった。しかしカードはそれだけではない、Absoluteという空間は彼のホームグラウンドなのだから。

 

 

「知恵比べと行こうか、タクト・マイヤーズよ」

 

 

 

 

 

 

 

ルクシオールは無事シャトルの回収を終えた。ミルフィーは普段と変わらない程に元気な様子であると報告は来たが、この状況でのんきに再会を喜んでいる暇はなかった。彼女達にはこの後やってもらう事がある為に合流をすることはなく、シャトルなどのある第二格納庫で待機させている。

ルーンエンジェル隊も1度補給および休息を少しでも取らせるために、帰艦させている。ルクシオール自体は巨大なグロウブに沿って移動を続けていた。

 

 

「EDENのゲートは開けた……読まれているだろうから、そればっかりはもうアイツ便りだけど」

 

「そうですね、司令。この後は?」

 

「伝えていた通りになると思う。ココには負担をかけるね」

 

「大丈夫です、計算だとできるはずですから、本当は楽人君の補助が欲しいですけど」

 

 

タクトはココと会話しながら、己の勘が告げている警告を受け止めて、モニターを見つめていた。そして予想通りそれは突然現れた。

 

 

 

「周囲に強大な重力反応! 囲まれています!」

 

「そんな、レーダーにはさっきまで何も反応が無かったっていうのに!」

 

 

現在のルクシオールはグロウブという壁で右側面の1面が塞がれているが、それ以外の方向は全て自由であった。しかしその全てにいつの間にか、気が付く間もなく敵が展開していたのだ。レーダーの反応は未だになく、重力探知機に確認された異常によって発覚したのである。そんな異常事態にもタクトは動じず努めて冷静な声で告げる。

 

 

「重力反応があった場所を『目視』で確認してくれ」

 

「りょ、了解!」

 

 

レーダーではなく、カメラを用いた原始的な確認方法だ。しかしそれこそが正解であった。

 

「そんな! 司令あれは!?」

 

「月が……月が出ているのかい?」

 

 

タクトの指示で確認したクルーが見た物、そしてすぐにモニターに映し出されたのは、黒紫に光る『月』だった。

 

 

 

 

 

「タクト・マイヤーズ、どうかね、わが影の月は」

 

「パクリ臭い名前だね」

 

「ふん、ぬかしおる」

 

 

影の月、その中から話しかけてきたのは当然ヴェレルであった。厳密には彼の旗艦にのり、身を隠すようにシールド内部に配置されており、そこからだが。余裕たっぷりなその様子はその月の優位性を『双方が』理解していると知っているからであろう。

 

 

「影の月はその名の通り、ステルス性が高い。作る艦にもその能力が受け継がれる」

 

「ネタばらしありがとう。じゃあ今何隻いるのさ?」

 

「さぁな? 数えてみればよい」

 

 

そして『双方』が想定していた会話を交わすとお互いが同じタイミングで声を上げた。

 

 

「進路変更! ルクシオールは現在よりグロウブの表面を突っ切るぞ! 各員通達通り対ショック姿勢をとれ!」

 

「全軍攻撃開始。標的はルクシオールだ」

 

 

 

ルクシオールは予定通りグロウブの表面を強行突破する。通常艦が通れる大きさではないのだが、精密な操作ができれば本当にギリギリだが通り抜ける事ができる。そして何より、現在囲まれている方面から逃げるように移動すれば、そのままNEUEのゲートの方面に出るのだ。

リスクは大きいがやる意味はあった。各クルーにも本日の戦闘は激しい衝撃が走るであろうと、昨日のうちに荷物や設備へのロックを義務付けている。問題はなかった。

 

 

「ココ頼んだ。皆、情報を逐一通達。敵の砲撃の手は緩むだろうけど0にはならないぞ!」

 

 

これから行くのはグロウブの表面。まるで巨大樹の森のように突起が並ぶ場所をすり抜けて行くのだ。ルクシオールがギリギリな大きさである以上、追撃してくる艦には少しばかり余裕があるが、無人艦が『戦闘しながら』無傷で突破できるほど優しいものではない。

 

 

「死中に活有りだ! 皆行くぞ!」

 

────了解!!

 

 

そう言いながら、ルクシオールはグロウブに突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴェレル様」

 

「うむ、わかっておる。予定通りルクシオールを例のポイントに追い込むのだ。1-3分隊と4-6分隊は手筈通り迂回、7-10は追跡だ」

 

「了解です」

 

 

ヴェレルとて、ルクシオールと戦闘になる可能性はきちんと想定していた。時期が予定より早いだけである。しかも随伴戦力が無いというこちらに有利な条件だ。これ以上のチャンスはないというのは事実である。

 

 

「流石のルクシオール。最小限の接触でグロウブを突破しているようです」

 

「シールドを解除しているのだろう。鎧を着たままで穴倉を通ることはできない」

 

 

ヴェレルの指摘通り、ルクシオールが外部シールドを解除していた。これはシールドを展開したまでは干渉してしまい、グロウブの表面を通り抜けられないからである。敵からの攻撃もある程度距離をとれば、グロウブの突起に阻まれる。散発的な攻撃程度ならば、表面のシールドでも十分耐えうる。必要なリスクであり、リターンは大きかった。

 

 

「流石の『ルクシオール』ですが、先程から何度か小規模な接触を起こしていますね」

 

「破片を作りチャフか何かに用いるための策かもしれぬ。警戒はしておけ」

 

 

ルクシオールも精一杯なのか何度か突起を掠めている。そのたびに外壁の一部と突起の一部がこすれて破片を作っている。チャフとしての効果は薄いが、破片が前から飛んでくるのは後続にとっては脅威であり、牽制程度にはなっているので、恐らくわざとであろう。

ルクシールの外壁や、グロウブの金属は特別堅く重いのだから。それらが無数に降り注いでくるのは恐怖だ。

 

 

「追跡班、半数が中破もしくは撃沈。無傷なのは2割を切ります」

 

「仕方あるまい、追撃の手を緩めるな」

 

 

ルクシオールはそろそろグロウブを抜けつつあった。影の月や迂回部隊が到達するまで数分。それが彼らの手にしたリスクの代価であった。

 

 

 

「よし、ココ! 手筈通りに!」

 

「了解です!司令もご無事で!」

 

 

その言葉だけ交わしてココはブリッジを後にした。そう、全ては計画通りなのだ。恐らくこの場に誘い込まれるであろうことも、少しばかりの時間ができる事も。その時間を用いて彼らが行う事それは。

 

 

「ディバイドシークエンス開始!」

 

「了解、ディバイトシーケンスに入ります:

 

 

ルクシオールの分離機構である。

ルクシオールには2つのパーツがある。1つは紋章機を搭載し多くの機能を持ち、スラスターを多数持つが、出力はそこまで高くない主翼部。

強固なシールドと出力があり、逆に言うとそれ以外ない艦底部。それぞれ独立したクロノストリングエンジンを有している艦なのだ。

ルクシオールは正面から見ると十字架の様な形だが、それがTの字をひっくり返したものとlの形の2つに分かれると言えばイメージが付くかもしれない。

 

ココが向かったのは2ndブリッジ、艦底部にあるブリッジである。最高速度と防御に優れる艦底部はそのまま直進しEDEN方面へと退避するのだ。全ては作戦の通りだ。このあと速度は兎も角旋回性能に優れ回避が得意な主翼部でひたすら逃げながら戦う予定なのだ。と言っても

 

 

「司令、既に包囲網が敷かれているようです。突破は困難かと」

 

「うん、わかってる。この宙域にたぶん敵の切り札でもあるんだろうね。それでも今はとにかく逃げるよ!」

 

 

タクトが今すべきこと。それは手札を補充する事。その為に一度相手に見せている札以外全てを手放した。それは一世一代の博打であると同時に、定石の必勝法でもあるのだ。

今できる最善をして後は待つ。言うは容易いが、彼がしている事の基本はそれである。

 

 

 

 

 

「ルクシオール分離……艦底部はEDEN方面に急行しています」

 

「EDENゲートの状況は……む、裏目に出たか」

 

「はい、不明です」

 

 

Absoluteはただでさえレーダーの利きが鈍る。そう言う空間なのだ。それはセントラルグロウブから発せられる強大なエネルギーによるものだと一説には考えられている。その上彼にはこの後の策の副作用として、先程から一体にチャフをばら撒いている。レーダーの性能が下がるのも致し方あるまい。

勿論悪い事ばかりではない、そのレーダーの低下は相対的にステルスの性能を上げるのだ。常に重力測定装置やカメラによる目視をしながら航行しなくてはならないというのは、ブリッジクルーからしてみれば中々に骨である。

 

 

「いつまで続くかな……ルクシオールよ」

 

 

 

 

状況は流転しつつあった。

 

 

 

 

 

「っち! キリがねーぞカズヤ!」

 

「アニス、此処は耐えてくれ! ナノナノ修理を頼む! テキーラもリリィさんも僕たちの傍を離れないで!」

 

 

何度も敵からの攻撃を躱しながら移動し、それでもなお包囲網は狭まっていく。その状況を打開すべく紋章機によって包囲の一部を食い破るという判断に出たタクトによって、数分前に紋章機はスクランブル発進をしていた。

しかしながら気が付けば戦闘宙域内に入っている無数の艦は彼女たちの精神を確実に蝕んでいた。本日2度目の戦闘機での戦闘。間に有った休憩も息もつかさぬ逃亡劇であったために、精神的な疲労は重いと言える。

 

 

「カズヤ、耐えるだけでいいんだ。敵はこっちの餌に食いついている。艦底部が無事に脱出できただけで目標は達成している。無理はしないでくれよ」

 

「了解! リコ、ハイパーブラスターまでどのくらい?」

 

「あと1分ほどです。カズヤさん」

 

 

合体紋章機越しに聞こえるリコの声に疲労感が感じられるのは、きっとカズヤだけではないであろう。仕方がないと言える。もう見えるところまで影の月が迫っているのだ。

つい先ほど、敵はデモンストレーションのように高速戦艦を50隻造って見せたのだ。その影響もあって、テンションは少しばかり下降の傾向がある。あと何分続けられるかわからなかった。

 

 

「カズヤ、オレが時間を稼ぐから、その間に皆を補給させておいてくれ」

 

「時間を稼ぐって、どうやって!?」

 

「口八丁……かな? 通信を繋いでくれ」

 

 

タクトはすでに包囲網の突破は諦めていた。周囲に『見えている』艦だけで100はある。何とか周囲の艦は片づけたものの、補給をしている間に追いつかれるのは目に見えている。ならば逆にここで構えるべきであろう。

 

 

「先ほどぶりだな、タクト・マイヤーズ。白旗の用意は済んだか?」

 

「何のことだい? そっちこそそろそろ艦の備蓄が底をついたんじゃない?」

 

「ふん、ぬかせ。だがあえて教えてやろう。まだまだ余裕があるとな」

 

 

挑発のように軽く敵の戦力を探ろうとするも、きちんと意図を読まれたうえでどうにでも解釈できる言葉が返されてしまった。タクトは持っていた疑念を確信に変えた。

 

 

「やっぱり、オレの事意識してるだろ。ヴェレル」

 

「なにかと思えばそんな事か。当然だ。影の月に敵対できる戦力そして脅威となる人物。片手で数えるほどだが、だからこそ全員を警戒している」

 

「だよねー。オレのやることにここまで驚かないの、久しぶりでさ。やり難いたらありゃしないよ」

 

 

どの口が。ヴェレルはタクトの言葉を聞いてそう毒づいていた。

タクトが此処まで用意した策はこちらとほぼ互角だ。そうヴェレルは思っている。しかし相違点があるとしたらその策の前提だ。ヴェレルは慎重策として、自身ができる最善の用意をしていた。タクト・マイヤーズならばそれを越えてくる可能性も想定して戦力を蓄えたのだ。

そしてタクト・マイヤーズが仕掛けた策は『ヴェレルが自分を対策取っている』事を前提とした動きだったのだ。グロウブを突破した位置に敵が誘導したがっているであろうから、そこまでの最短の道を進んで分離する時間を稼いだ。言葉にしてしまえばそれまでだが、これは誘導したい場所に戦力がすでに配置されていないという前提が必要だ。

 

どこでも良い訳ではない。ヴェレルが誘導するためにあえて空白の地帯を作るであろうと読んだうえで、そこに行くと決めて、素早く行動し自らの好機を作り出した。懐に飛び込むところまではお互い読んでいた。追い立てたのはヴェレルだが、全力で駆けこまれてしまったのもヴェレルだった。

そんなタクト・マイヤーズと、とにかく全方位に警戒し、自分の思い通りにタクトを追い詰めたヴェレル。結果は兎も角、過程に至っては常にヴェレルの上をいかれている。

 

 

「しかし、その余裕。どこまで続くかな?」

 

「へー隠し玉でも?」

 

「いや、此処は見せ玉だな」

 

 

ヴェレルはその言葉と同時にルクシオールを囲んでいた艦を少し引かせた。そして自身の前に砲撃戦陣形を組ませたのである。これにより、強行すればルクシオールは包囲網を突破できるようにはなった。しかしそれは確実に大きな損害を被ることになるのが確定したのだ。

元々主翼部のシールドはそこまで高くない上に、構造的にもダメージに強い訳ではない。包囲網を突破するのならば穴を作ってそこをすり抜けるのがベストだったのだ。逆に艦底部ならば、砲撃に撃たれながら、少ない艦を抜けたほうが良いともいえる。

 

 

「さて、そろそろ話も飽きたし、決着をつけるとするか……」

 

「……それはこっちの科白かな?」

 

「何!?」

 

ヴェレルがもったいぶっている間、その時間こそがタクトが欲しかった物。手札を補充するための時間をタクト・マイヤーズに与える事がどれだけ下策なのか。それは一度手痛いしっぺ返しを受けなければ学習できないのだ。

誰もが彼を対策取ろうとした時に、追いつめるまでの手順は実行できる。しかしそこから奇跡が起きて逆転されてしまうというのを、本当の意味で理解できないのだ。

ルクシオールの優秀なレーダーは捉えていた。この場最も『それ』に近い位置にいるというのもあったが。それでもタクトには見えていたのだ。

 

 

「クロノブレイクキャノン、発射!」

 

 

最高に『クール』な声が宙域に響くと同時。時空をも壊すような砲撃が影の月とそれを守るように展開していた艦隊へと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ック! 馬鹿な! EDENゲートはこちらの防衛衛星で封鎖していたはず!! 100隻の戦艦であろうが1時間は突破できない守りだったのだぞ!」

 

「よぉレスター。遅かったじゃないか」

 

 

レスターはとりあえずクロノブレイクキャンを打ち込んだ。軍規的に言えばかなりブラックすれすれなのだが、状況が状況故致し方なかったとも言える。

 

 

「簡単な話だ。こっちには紋章機があった。それだけだ」

 

「そうか! 烏丸ちとせが……いや! 1機で突破できる布陣じゃないぞ!!」

 

「詳細は軍規故に控えさせてもらおう。おい、タクト。このヴェレルが黒幕って事でいいんだよな?」

 

「そうそう、大体そんな感じ」

 

 

何時もと変わらぬ緩い口調だが、レスターにはわかった。彼の髪がいつもより少しだけくたびれている事に。どうやらかなりギリギリの戦いで苦労していた様子だ。らしくもないことだな。と内心で呟き、アルモの方を一瞥する。

 

 

「どうだ?」

 

「はい、あの『影の月』は依然無傷。ですが80隻以上の艦の破壊に成功しました」

 

 

意思疎通は完璧、何せ長年連れ添った大切な部下だ。レスターはアルモの事を信頼しているし、向こうもそうだろうという確信がある。だからあえて何も言わなかったのだが。

 

 

「ぐぬぬ……だが、たった1隻来たところで何ができる! 他の艦とその紋章機は置いてきたのであろう?」

 

 

ヴェレルこの言葉尤もだ。この場に来られたのはエルシオール1隻のみ。ノアが手回しして搭載していた新型紋章機5機と護衛艦隊はゲート近くで未だに交戦しているであろう。通すべき荷物があるからだ。

激昂しながらの物言いだが、ちゃっかり30隻ほどの艦を増産している当たり、冷静なのかもしれない。そもそもヴェレルは自身が搭乗する旗艦を常に影の月の強大なシールドの中に置いている程の用心深さだ。レスターは皮肉気に笑いながら口を吊り上げた。

 

 

 

「そう、たかが艦1隻さ。────空母だがな」

 

 

 

 

その言葉と同時に『エルシオール』の下部ハッチが開かれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッツショーターイム!」

 

蘭花・フランボワーズはどこか楽し気に拳を突き上げながら。

 

「この感覚……久しぶりです……」

 

ヴァニラ・Hは静かに操縦桿を握り締めて。

 

「私の場合、既に懐かしいというレベルですわ」

 

ミント・ブラマンシュは着座調整を手際よくこなしながら。

 

「こうして、また先輩方と轡を並べる事ができるなんて」

 

烏丸ちとせは気分を高揚させて。

 

「舐めさせられた苦汁、百倍にして返すよ!!」

 

口元を拭うように憤るのはフォルテ・シュトーレン。

 

「私を利用して悪いことしようとしてたなんて、許せません! バーンってやっちゃいます!」

 

怒りとそして満面の笑みを浮かべながら女神ミルフィーユ・桜葉はそう言った。

 

それは6人の天使がこの場に舞い降りたという、最高の援軍の到着であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な! 先ほど紋章機をと……まさか……奴か!」

 

「勝手に想像してな。おい、タクト。こっちはもう一度クロノブレイクキャノンを撃つぞ。その間に敵を削れ」

 

「あいよー了解。って言いたいところだけど。やばいかもしれない」

 

 

 

勢いに乗っているのはこちらだ。ならばそのまま敵を踏みつぶす。それは道理であるが、そう言った時だからこそ、敵が用意した溝に躓いてしまうリスクは上がる。タクトは『正しく』理解していた。

 

 

「ククク……フフフ……ハハハハハハ!!!!! 」

 

 

「うわ、見事な悪人笑い」

 

「失笑を禁じ得ませんわ」

 

「同感だぜ、あんな小物笑いNEUEでも聞けねーよ」

 

「NGだな」

 

 

新旧エンジェル隊が散々な感想を付ける中、それでもヴェレルの心境は晴れやかであった。なにせ

 

 

「すべてが計算の通りだ。感謝するぞ、タクト・マイヤーズ。貴様はここに厄介な存在のほぼすべてを集めてくれたぁ!!」

 

「なにぃ!」

 

 ヴェレルの言葉に驚くのはレスター。何せこちらには11機の紋章機がいるのだ。クロノブレイクキャノンの準備も始まっており、タクト・マイヤーズの用兵にかかればまな板の上のなんとやらであろう。

 なのに余裕を崩さないどころか高笑いまで始めたのだ。気でも違えたと思うが、彼の軍人としての勘は隠し玉があるのかもしれないと、警戒レベルを引き上げた。そしてその直感は嫌なことに正しかったようだ。

 

 

「ゲルンは優秀な王だった。ヴァル・ファスクとしてはだがな。事実奴が使った戦法は効果的な時間稼ぎだった。黒き月も目的と手段はきちんと合致していた」

 

「何が言いたい!」

 

「こういうことだぁ!」

 

 

ヴェレルの言葉と同時に天頂方向に10機の防衛衛星が現れる。どうやら最初からこの場に設置しており、主機を落としてステルスにしていたようだ。ステルスの伏兵が多く、重力反応はあったが、察知しきれなかったようだ。木を隠すなら森の中といったところか。

 

 

「防衛衛星で何ができる」

 

「言ったはずだ、時間稼ぎだとな」

 

 

防衛衛星のシールドが展開されると同時に戦場の天井を覆い尽くすような強大なシールドが発生した。なる程、確かにあれを突破するのは骨であろう。クロノブレイクキャノンは影の月のシールドを破壊するのに用いる為に、正攻法で突破する必要があるからだ。しかし

 

 

「意味ない所に壁を張った所でなんになる」

 

「ククク……貴様らの目は節穴の様だな」

 

「ココ……はいないんだった。サーチを頼む」

 

 

タクトの言葉と同時にスキャニングが始まる。そしてヴェレルも機は熟したとばかりに『ソレ』のステルスを解除した。

 

 

「んな! なんだあの馬鹿デカい砲台は!」

 

「目の前に手本があるのだ、それを利用しない手はないであろう」

 

 

防衛衛星のさらに上にあった物。それは巨大な砲台であった。質の悪い事にそれはクロノブレイクキャノン以上のエネルギーを貯め込んでいる。

 

 

「あれは、クロノブレイクキャノン程の砲撃は出来ない。だが砲撃の範囲はかの黒き月の砲撃にも勝るぞ」

 

 

名称をつけるとすれば宙域破壊砲といった所か。とにかく砲台を大きく作ったそれは、使われている技術レベルが現代相応のものであるために、費用対効果としては効率は悪いのであろう。しかし、かなりの距離があるがそれはわずかな軌道制御でこちらを狙えるという事に他ならない。簡単に言うのならば

 

 

「紋章機ならば逃げ切れるかもしれない、だが、その2隻は回避不可能だ」

 

「っく、馬鹿げた真似を……」

 

 

レスターはそう言う物の、状況が逼迫しているのは事実。ここにきて敵が切り札を切ってきたのだから。あれを無効化するには防衛衛星を突破する必要がある、防衛衛星は特殊兵装でもない限り一瞬では抜くことができない。迂回をする時間はなく、それどころか、クロノブレイクキャノンよりもずっと早く向こうのチャージは終わる計算だ。

 この状況は奇しくも、実質的なタクトとレスターそしてエンジェル隊初陣におけるの最後の戦いに近い。無数の衛星とその奥に鎮座する強大な砲台と言うのは、因縁が深い敵の布陣だ。

 

だが、レスターは先ほどの自分を思い出す。自分が覚えた本当は信じたくもない『軍人の勘』とやらが察知したのは『嫌な予感』ではなかった。『隠し玉がある』という事だけだったのだ。それに気が付き通信越しにタクトの顔を見ると、何時もと同じような、いや何時も以上にむかつく笑みを顔に張り付けていた。

 

何せ彼は状況を『正確に』把握していたのだから。

 

「なる程、最強の矛と最強の盾をいっぺんに揃えましたってやつかー。すごいなー」

 

「くくく、博識のようだな。そしておだてても状況は変わらないぞ」

 

 

ヴェレルは既に『勝ち誇っていた』敵を前にして『勝利を確信』してしまっていた。だからこそタクトは大きな動作で両手を上げて注目を集める動作をした。

 

 

「さぁさぁ皆さんご注目!! ここにあるのは最強の矛と最強の盾を兼ね備えた『自称・最強』の存在です。敵さん自慢の時間限定とはいえ突破されない守りと、宙域を焼き尽くす砲台はまさに最強でしょう」

 

「ふん、気でも違えたか……まあ良い」

 

 

辞世の句位は読ませてやる寛容な心を持ち合わせているヴェレルは、耳障りなその話し方を適当に聞くことにした。

 

 

「さて、そんな最強の存在と『我々EDEN軍』が戦った場合どうなるでしょう?」

 

 

満面の笑みを変わらず浮かべたままに、通信越しにたくさんの仲間たちに目線を向けるタクト。委細を知らない人でも、その動作から察せるものがあった。

 

 

「ふん……くだらんな、タクト、そんなの愚問だろ」

 

「ハイハーイ! タクトさん私分かっちゃいました!」

 

「誰でもわかるわよ、こんなこと」

 

「ええ、ですが役者の登場に場を温めるのも大事ですわ」

 

「っく……いったいどうなるんだ……見当もつかない……」

 

「フォルテさん、お戯れが過ぎます」

 

「先輩方が楽しそうで何よりです」

 

 

タクトの問いかけに笑みを浮かべるのは幾人かの男女。通信には口を出せない立場の人間も期待を乗せた目でスクリーンを見ている。先ほどまでの不安の色は瞳から消えている。それら人物に共通している事は全員がエルシオールに搭乗したことがある者達であった。

 

そうだ、この場にいない奴がいる。今まで一緒に戦って来て、こういう状況にこそ輝くアイツが。向こう見ずな少年だった奴がいるじゃないか。

 

 

「それじゃあ、正解のほどを────どうぞ」

 

 

挑発的な笑みを浮かべてタクトは広域通信でそう言った。そしてその瞬間。遙か天頂方向。砲台よりもさらに先から『声』が帰って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────答え 剣が勝つ。最強の僕の剣が勝つ!! 僕の前で最強を名乗ろうだなんて片腹痛いんだよぉ!!」

 

 

それと同時にヴェレルは、ルーンエンジェル隊は。この場にいるすべての人間は見た。

 

紅に輝く一太刀が砲台を破壊する様を。

 

 

 

「馬鹿な! なぜ貴様が此処に!! EDENからもうここまで来たというのか!!」

 

「答える義理はない。皆さんお待たせしました。ラクレット・ヴァルター特殊護衛任務の終了につき、原隊復帰します」

 

 

銀河最強の英雄の懐刀であり、銀河最強の『英雄』ラクレット・ヴァルターと黒翼を羽ばたかせるその愛機ESVの登場であった。

 

 

これにて役者はそろった。自称Absolute人のヴェレルの起こした動乱は最終局面へと動き出したのである。

 

 

 

 

 

 




い、いったいどこから現れたんだ―()

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