銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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無限回廊の鍵
第1話 3人の器


 

 

 

 

「同調率良好……と言ってもシステム良好と同じですが」

 

「リラックスしてるわね。始めて頂戴」

 

 

 場所はとあるEDENの星系。管制艦とホーリーブラッドが交わす会話は既に慣れたもので、何度も繰り返されたものだとわかる。ここに彼らがいる目的は一言で言うのならば、お披露目前の最終調整だ。

既に実戦を経験したホーリーブラッドだが、海賊討伐において見えてきた装備の問題などを洗い出し。さらに先日の艦隊決戦において破竹の勢いで敵を蹴散らすことに成功したが。以前から疑問視されていた操作性などの微調整を行うことで、システム面でのアップデートなどを重ねているのだ。

既に量産型紋章機のプロトタイプと言ったものではない、その気になればすぐにでもロールアウトできるし、紋章機のオリジナルと見劣りない実力を発揮できる。だが、それが可能なのは熟練のパイロットのみだ。

 ノアは自信をもって、この人造紋章機ホーリーブラッドが、紋章機と同等以上の性能を誇る機体であると言える。しかし、まだ他の紋章機よりも扱いが難しい事、整備コストは兎も角、手間と時間がかかることなどの問題点があるのは事実であり、今回はその前者である操縦の簡易化を目的としたバージョンアップを行ったのだ。

 

 その機体を操るロゼルは自身の役割をしっかり理解していた。いつもは尊敬し敬愛する教官に習い、可能な限りあらゆる操作をマニュアル化し、最効率で最高の軌道をしているが、今回行うべきタスクは、サポートシステムを用いたセミオートの操作性検証だ。

 ロゼルが担当しているのは、操作の簡略化だが、他の4人もそれぞれ検証している物がある。艦隊との連携であったり、単独での性能であったり、既存戦闘機とのコンビネーションであったりと、銀河に散り散りに今ある5機のホーリーブラッドは活躍していた。

 皇国の超戦力として期待される量産型紋章機ホーリーブラッド。量産するのならば、戦艦1隻を作るよりも、遙かに安いコストで運用できるそれは、銀河の新たな時代における平和の要ともなる重大なプロジェクトであった。

 

 考えても見てほしい、確かに非常に莫大な投資が試作機を作る段階でつぎ込まれた。しかし、機体にどれだけ最新の高級な資源を用いて制作しても、戦艦とは大きさが違う。現状の主流が、AIによる無人化の方向とは逆を行っている。簡易化は兎も角、多くの人間を乗せたほうが性能が上がるという『艦』は、人員を育てるのも維持するのも気が遠くなる額のコストを要求する。

現在その風潮自体への対策も用意しているが、まだまだ時間がかかるのも事実。1機と1人で賄えて、かつ既存の戦艦、巡洋艦、駆逐艦どころか、民間の小型船にすら無理なく搭載することのできるホーリーブラッドは革命的である。だからこそ、その難解過ぎる操作性がアキレスの踵であった。

 

 

「ターゲットもルートもいつもと同じよ。ベストラップのゴーストをこっちはリアルタイムで出してるけど、気にせずやりなさい」

 

「難しい注文ですが、了解です。ノア代表」

 

 

ロゼルはその言葉を口にして一呼吸置くと、機体を発進させた。既に何度も行ったテストではあるので、合図などはいらない。1000キロ先のスタートに差し掛かれば自動で始まるからだ。

ロゼルは構わずそのまま加速させていく。スラスターの微調整ができない以外は、いつもと変わらない愛機にも油断せず、適度な緊張と共にコースに繰り出した。

 

 

「以前よりだいぶ言う事を聞いてくれるようになりましたが、やはりマニュアルを覚えるとどうにも動作が重く煩雑に感じます」

 

「あんたクラスになるとやっぱりそうなるのよね。サポートシステムに段階を作る方向で行くのがやはり正解かしらね」

 

 

 ロゼルは事も無げにそう言い。ノアもロゼルの最速記録と見比べながら以前から考えていた改善策を口にした。反省会ではなく、まさにリアルタイムで配置されている艦や衛星を倒しながらコースを進んでいくが二人に驚きはない。

 ロゼルが感じているのは、やはり不自由さであった。それは違和感ともいえる。いつもならば全て手動で動かして微調整して敵艦の射線を躱すのだが、勝手に動かれてしまい、照準がつけ難い。また、シールドの出力を一時的に下げて、展開面積を抑えて躱すと言った動作は一切できない為に、慣れたはずのシミュレーションが酷く難解に感じる。左右逆にフォークとナイフを持っている気分だった。

 ノアもロゼルが表情にこそ出してないが、非常に苦戦している事は理解していた。しかし同時に彼の操作ログがいつもより入力回数が少なくなっていることと、脳や筋肉の使用率なども低くなっており、トップアスリートの職人芸で操る何時ものそれではないのが解り満足はしていた。

 

「最後の敵は特殊兵装で頼むわ」

 

「了解!」

 

 紋章機における特殊兵装は、H.A.L.Oシステムを用いて機体との同調率を最大にした時にのみ使える技だ。莫大なエネルギーが生まれ、物理的に不可能な現象すら起こしてしまうものだ。H.A.L.Oシステムを搭載していないホーリーブラッドだが、機体との同調率はきちんと存在する。

 H.A.L.Oシステムの代わりに使われているマルチタスク機能に特化した量子コンピューター。それがクロノストリングにある程度の干渉をしている。しかしそれでも波はある為に最低限のラインでエネルギーが出力されている。しかし戦闘を行い大量にエネルギーを使用するようになるうちに、最適化されていき、最大供給になったタイミングで撃てるといった寸法だ。

 ロゼルは油断なく、特殊兵装を最適のタイミングで発動する。すると何時もならばそこから精密な機体制御が要求されるのだが、今回はオートドライブに切り替わり、敵艦に真っ直ぐ狙いを定めると、光速の如き速度での突進が開始した。

 

「フォトンダイバー……自動調整だと逆に怖いですね。障害物に突進させられるのは中々に」

 

「そうね。慣れていてそれなのだから、考えなければいけないかもしれないわ」

 

 

こうして何度目かになるトライアルは無事終了し、各方面からのデータと重ねて分析し、ホーリーブラッドは最終調整に入ることとなった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

訓練とはいえ決して楽な仕事ではない、汗もかくし機体のメンテナンスの手伝いもする以上汚れもする。ロゼルはパイロット故に色々優遇されてはいるが、それでもきちんと自分のすべきことを終えて、宛がわれた自室に戻りシャワーを浴び終えて脱衣所にいた。

彼自身は特に意識したことはないのだが、彼は非常に整った外見をしている。俗な言い方をするのならば王子様系であり、貴公子と呼ぶような優雅で美しい外見と裸体だからこそわかる浮かび上がる筋肉が、奇跡的バランスで調和されている。金色の髪から滴る雫が退廃的な色気を醸し出しており、この手の青年に成りかけた美少年が好きな人物からすれば垂涎ものであろう。

用意しておいたバスタオルを手に取り、一通り体の汗を拭うとバスローブを身に着ける。同期や教官との会話の際に風呂上りにバスローブを着用すると言ったら、流石だなとかすごいな。といった声が帰って来た。

別に趣味ではなく妹が昔誕生日に贈ってくれたのが始まりだともいったら、やっぱり流石だなと似たもの兄妹だったのか。という声が帰って来た。

 

そんな懐かしい事を思い出しながら、彼は服を身に着ける前に、何時も肌身離さず身に着けているロケットを開く。普段から綿密にスケジュールを決めて自己管理を行っているが、休憩時間に何をするかはその日の気分で決めている。日々の中に自身の意識での決断をするという行為を欠かす危険性を、ラクレットでない教官にじっくりと説かれているので、若干の遊びを持たせているのだ。

ロケットからは、ホログラム映像が投影される。それはロゼルの命の次に大切だと豪語してならないものだ。なぜならば、既にこの世にはいない妹の様子が残る数少ない品の1つだからである。

ロケット自体は彼自身が購入した物であり、ホログラム映像が入りきらなくなり相談したらメモリを100倍以上拡張してもらったものだ。このロケットの中にある3時間の映像が彼にとって唯一の妹の残影である。

 

 

────お兄ちゃん、すごい! 私飛んでるよ! お空を飛んでるの!

 

────あまりはしゃぐと体に障るよ、ビアンカ

 

 

何よりもお気に入りである、妹の満面の笑みが見えるホログラムを映し出すロゼル。これは後部座席に座るビアンカの様子が映し出されている。ここで疑問なのは、これを撮ったのは誰かという話である。機体はロゼルが操縦しているのだから。世の中には知らないほうがいい事もあるのだ。

 

────体の調子は大丈夫かい?

 

────うん、お兄ちゃんの操縦がすごくて揺れてる感じもしないよ!

 

────それじゃあ、このまま星系を一周するよ。大気圏外に出発だ

 

────本当? わーい!

 

 

 体が弱く、少々内向的だった妹が、この時は非常にはしゃいでいたのを彼はよく覚えている。昨日のように思い出せるその思い出は、彼に喜びと同時に、もしも彼女の体がもっと強ければ、無邪気で明るい女の子になっていたかもしれないという、少しばかりの悲しさとやるせなさが浮かび上がっていたのを覚えている。

 

 

────すごい……綺麗……

 

────喜んでくれればうれしいよ。

 

 確かこの時の自分は、航行法を厳守しながらも、最低限の振動で進めるように、ほぼ慣性だけでの機体制御をしていたはずだ。ロゼルは横から聞こえてくる自分の声に少し余裕がない事を感じ取って苦笑した。今の自分ならば鼻歌交じりにできる操縦だ。

 

 

────お兄ちゃん、ありがとう。私の夢叶ったよ。

 

────いいんだよ、ビアンカ。ビアンカの夢は僕の夢でもあったからね。

 

────それじゃあ、今度はお兄ちゃんの番だね

 

────僕の番かい?

 

────うん、お兄ちゃんは────

 

 

 その後に続く言葉が、その最愛の妹の言葉こそが、彼の心に何よりも強くある。その言葉が無ければ、自分は生きる事を放棄していたかもしれない。そうでなくとも抜け殻のように惰性で生きていたであろう。ロゼルはそう信じて疑わない。

 

「分かってるよビアンカ。必ず叶えて見せる。何をしてでもね」

 

 

ロゼルはその言葉を聞いた後静かにそう呟き、ホログラムの再生を終了する。自分が行く道の険しさなど疾うの昔に自覚している。それでも彼は誓ったのだから。

彼自身が一番理解している身を焦がすような大望。それでも彼は亡き妹と共に誓った事を叶えるために今日も生きて行く。敬愛する師の教えに従って今は力を蓄える時なのだと言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も今日とてルクシオールはNEUEを巡航していた。現在の彼らの目的はヴェレルの部下だった者たちの証言で分かった、NEUE各地に点在する軍事工場の制圧である。影の月は単純な兵器生産だけでなく、兵器生産をする機械の製造にもたけていたという事だ。

 事実、黒き月もコアを除く残骸を回収され、惑星を丸々星に作り替えるという規格外な事をしていた。そう言った意味で軍事工場を作るユニットも制作できるのはおかしい事ではないであろう。

 ほとんどが無人であり、規模も小さく発見され難く、されても損害が軽微であるというのが非常にいやらしいが、見つけてさえしまえば制圧が楽でもあり、『艦長代理』と『ルーンエンジェル隊』の丁度良い経験値稼ぎとなっていた。

 

「シラナミ、桜葉、入ります!」

 

「はい、どうぞ」

 

 

 少し前まではよく聞いた、おちゃらけた男の声ではなく、優しげな女性の声だ。カズヤは後ろにリコを連れ立って司令室へと入る。そこにいるのはタクト・マイヤーズではなく、現状この艦で最も階級の高い女性であり、司令代行の権限を持っているココ・ナッツミルク大尉であった。

 

 

「お疲れ様、それがこの前までの戦闘資料ね」

 

「はい、ラクレットさんが添削してくれたので、このまま受理してもらって大丈夫です」

 

「ふふ、確かに受け取りました」

 

 

 小さく微笑み、それに合わせて彼女の三つ編みが揺れる。そんな和やかな雰囲気であるが、それも仕方ないのであろう。現在のルクシオールは帰路にあるのだから。

 もしかしたら、帰路という単語に嫌な思い出がある人もいるかもしれない、大きな虫とかと共に。だが、多くの人達は安心するものだ。粗方片付いたという訳ではないのだが、状況が変わったというのが大きい。

 

まず1つは敵が現れたという事だ。アームズアライアンス。元々はセルダール連合に加盟していない勢力の通称であった。様々な国家や星が加盟しているが、筆頭はイザヨイ公爵家である。そんなアームズアライアンスがどうにもきな臭い動きを始めているのだ。

偵察と思われる艦隊が見受けられたり、NEUEにEDENが敷いた星間航路とは外れた場所でのクロノドライブが確認されたりと、タクト・マイヤーズが嫌な予感を覚えるといった具合だ。その為に一度Absoluteに戻り補給を受けるというのが大きな目的である。

 

2つ目にルクシオールの所属が変わった。ということがある。彼らは元々NEUEではなく、EDEN軍に属していた。それはEDENとNEUEの間に圧倒的と言って良いほどの戦力差があったからだ。しかしこの度のクーデターに近い形の内乱により、NEUE側はきちんとした宇宙軍の整備の必要性を認識した。

自分達の宇宙を自分たちで守ろうという意識が活性化したといった所か。実際にEDENの指揮官たちの力が大きいが組織的な軍事行動を経験できたのも大きな自信になっており、セルダール連合では混乱が大きいが意欲的な活動が進んでいる。

EDEN側も様々な理由からNEUEにだけ戦力を駐留させるのは難しいと判断した。NEUEが自衛戦力をもってくれるのは非常に有難く、嬉しい事であった。

しかしルクシオールの所属を丸々NEUE軍にするわけではない。ルクシオールはEDENが莫大なお金をかけて制作した最新鋭の戦艦であるのだ、ポンと譲ることができる訳がなかった。故に元々構想されており、水面下で準備されていた計画が実行されたのだ。

 

 

「UPWですよね」

 

「そうよ、それが私達の新しい所属の名前よ」

 

 

 リコの呟いたUPWという言葉、それが新しい所属の名前だ。United Parallel Worldの略語であり、平行世界連合と言う意味だ。ざっくりいうと平行世界にあるすべての文明の発展と復興を支援する組織である。念頭に置かなければいけないのは、あくまで復興支援のための組織であり、支配組織でないという事だ。しかも復興した側の文明の参加は任意であり強制ではないという。

 全ての平行銀河をUPWの名のもとに! ではなく銀河間の調停とバランサーとしての役割が大きいと言える。良い点はEDENという筆頭文明の支配的な行動が緩和出来る事である。少なくとも名目上はUPWに変わったために、母体組織がEDEN軍の派遣艦隊であろうが、別物だと言い逃れもできる。事実UPW軍の保有戦力は精鋭1個師団をEDENが派遣したが、筆頭としているのはエルシオールとルクシオールだ。エルシオールの紋章機は半分以上の操縦者が直ぐには動けない為に、ルクシオールがメインである。そしてルクシオールのルーンエンジェル隊の殆どはNEUE出身であり、バランスが取れていないこともないのだ。言い逃れに近いが。

また同時に明確な欠点もある、それはその銀河の支配者が変わった場合、それをUPWは排斥することができないというものだ。一応これはヴェレルの乱によって一時的に支配者が変わってしまったセルダール連合の件から学習してはいる。

他の銀河に敵対的であるもの、またその銀河の中に非人道的な扱いを受ける人間が多数いること。実際に他文明や他銀河およびUPWに損害を出したものに対しては、UPWが支配を不適切と認め軍を派遣することができるのだ。

 

基本的に政治や内戦には不干渉であるという姿勢は変わらないが、平行世界連盟を作る上で協力的な文明に肩入れするというある意味で不平等なルールを設けている。仮に今のNEUEのように2つの勢力が拮抗している形で残っている銀河に遭遇したのならば、どちらもUPWに協力的であり、かつその勢力同士は敵対していたらどうするのかという問題はあるが、先送りにしたのだ。

シヴァ女皇陛下は、この方針を打ち出した時に、第2第3のヴェレルを生み出すわけにはいかないと強く言及し、物議を醸したが、EDENでは肯定的、トランスバール皇国でもどちらかと言えば肯定的な意見が多かった。恐らくヴァル・ファスクを未だに脅威に感じている勢力が多い為ともいえる。逆に言うとだからこそ、大きな反対意見は起こらなかったとも取れる。

 

 

「UPWは銀河の発展を目的としているけど、制裁を加えなければならない面も今後出てくると思うわ」

 

「ルクシオールのクルーは丸々移籍ですけど、その理念に賛同できなければEDEN軍へ残留したり下船して軍をやめる事もできるんですよね」

 

 

艦長代行であるココは横目で各クルーの回答リストを確認しながら、カズヤの言葉を聞く。事実数名のクルーがこのタイミングでルクシオールを降りる事は確定していた。と言っても理念に賛同できないというよりも、単純に軍にいる間に資格を取れたのでちょうどキリもいいので移籍しようや、寿退社ならぬ寿退役というものばかりであるが。

 

 

「そういえば、次の補給で着任1名なのよね」

 

「え? わざわざAbsoluteに行く前の補給でって事ですか?」

 

 

 現在帰還中であるが、定期の補給を明後日に受ける予定である。不思議なことに一名着任とだけ通達されており、階級どころか名前すら公表されていないのだ。そこはかとなく感じる艦長兼司令の手口である。

 しかし別段できる事はないので、ただそれを待つだけであろう。

 

 

「それにしても、カズヤ君も大分隊長職が板について来たわね」

 

「そうですか? 僕としてはまだまだ一杯一杯で余裕なんてないんですけど」

 

「そんなことないですよ! カズヤさん!」

 

 

 最近では自覚が出てきたのか何なのか、カズヤは毎朝トレーニングを始めた。リリィには剣を習い、ラクレットをコーチとして基礎トレーニングという、一国の王でもできない贅沢であった。リコは逞しく、頼もしくなっていくカズヤの事を好ましく思っているので、余計に頑張っているのである。そんなリコの逞しい男の人が好きという好みは史実通りなのだ。男性恐怖症とは何なのであろうか。まぁ、厳密には逞しい男性ではなく、逞しいカズヤさんなのだが。

 

 

「カズヤ君はきちんとやっているわ……本当にね」

 

「こ、ココさんも、艦長代行をきちんと熟してますよ」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ……でも、やっぱりタクトさんと比べると」

 

「ココさんが艦長になって、書類の滞りが0に成りましたよ!」

 

「それが普通なのよ、本当はね」

 

 

 ココにもそれなりに思う所はあるのだが、それは置いておこう。兎も角カズヤは報告を終えて、部屋を後にした。リコと二人でブリッジ直通ではないほうの最上階エレベーターを待っている二人。このエレベーターを利用するものはそれこそ司令室とブリーフィングルームに行く人物だけであり、周りに誰もいない。そんな場所だった。

 

 

「カズヤさん」

 

「なんだい、リコ?」

 

「カズヤさんは隊長さんとしてのお仕事がありますよね」

 

「あ、うん。そうだね。今考えてるとこだよ」

 

 

 そんな中口火を切ったのはリコの方だった。カズヤは丁度頭の中でこの後の予定を組み立てていたのだが、そんな事は後でもできるので聞き手に回る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私以外の女の子のご機嫌を取る算段ですかぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!? あ、いや、その……えーと……」

 

 

 が、突然の直球にカズヤは思考がストップしてしまった。仕方がないともいえる。どちらかと言えばポジティブな雰囲気で二人きりだったのだ。声のトーンも一切不愉快だという物が無かったが、内容が直線的過ぎた為である。

 

 

「ふふっ。ごめんなさい、少し意地悪でしたね」

 

「リコ……」

 

「カズヤさん。私、カズヤさんの事大好きです。世界一……ううん、宇宙一! だからカズヤさんの事信じていますし、頼ってもいるんです」

 

 

 笑みを浮かべながらリコはそう言う。カズヤの横に立っていた身体の向きを変えて向き直り、正面に回り込んだ。そのまま流れるようにカズヤの胸に彼女の体重を預ける。カズヤの方も優しく受け止めながら、リコの言葉の意味を反芻していた。

 

 

「信じて……信頼してくれてる?」

 

「はい。だからエンジェル隊の皆と仲良くしても、絶対私の事大切にしてくれるって」

 

「うん、僕もリコの事を信じてるよ」

 

 

 カズヤの仕事はブレイブハートのパイロットである以上に、ルーンエンジェル隊のテンション管理という物がある。それは即ち女性だらけのルーンエンジェル隊のメンバーのご機嫌を取るという事であり、ある意味では恋人がその中の一人にいる人物がすべきものではなかった。

 しかし、リコの信頼パワーはそれを受け入れたのである。カズヤの事を信じているから、彼が他の娘に目移りしないと信じられるから、だからこその言葉である。若干14歳にしてそれだけ信じられる愛の深さはポテンシャルとして姉譲りかも知れない。

 

 

「リコ……」

 

「カズヤさん……」

 

 自然と二人の目が合い、お互いの瞳孔に移る自分の姿が確認できるようになる。エレベーターが到着し、ドアが開いても二人はその場を動くことなく、ドアが閉まるのと同時に二人は瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ! タァ!」

 

「────ッ! クッ!!」

 

 

 所変わって此処はトレーニングルーム。正方形に縁取りされたその部屋の一角では人外の戦いが繰り広げられていた。片側に立つのは我らが剣のラクレット・ヴァルター。彼の表情には余裕がなく、珍しく内心の苛立ちや焦りが表情に出ている。

 そんな彼に相対するのはリリィ・C・シャーベットである。彼女の表情も優れたものではなく鬼気迫るものだが、彼に比べれば余裕があるようにも見える。そう、二人は剣の稽古をしていた。

 

 この二人が剣の稽古をするのは、実を言うと最近始まった事である。手合せ自体は過去に数度したものの、彼の所属が正式にルクシオールのルーンエンジェル隊になってから自然とはじまったものだ。

最初は見物人もいるようなカードだったのだが、観衆曰く「何が何だかわからない」というレベルなので今ではギャラリーもなく、それどころか発生する衝撃波による余波を恐れて近づきすらしないのである。

 戦績自体はほぼ全てリリィの勝利で終わっている。単純な技量で比べるのならば、ラクレットとリリィには雲泥の差がある。それは決してラクレットが弱いのではなく、リリィがある種のその道の到達者であるからだ。彼女は若干18歳にして『七重の護剣』という二つ名を授かり近衛隊の隊長に選ばれる逸材でありながら、エンジェル隊員にいるという。魔法のカリスマであるカルーア&テキーラとある意味対極にいる人物だ。

 

リリィはセルダールに伝わる剣術の所謂奥義である『練操剣』を修めている。これは既に失伝したともいわれるもので、彼女がどういった経緯でその位階に至ったのかは不明だが、その練操剣は魔法をも断つというとんでも業だ。そんな凄まじい技量と技術を有した剣士である。要するに剣を使った勝負で彼女に勝てる存在はそれこそ、銀河中を探しても彼女の師匠しかいないであろう。

 

「うむ、やはりヴァルター中尉との戦闘訓練は良いものだ!」

 

「…………」

 

 

 しかし、彼女のその言葉通り、彼女は類を見ない満足げな表情でラクレットと撃ち合っている。彼女がまだ近衛隊にいた頃、常に彼女はかなり手加減をして訓練にあたっていた。自分を慕う部下はいたが、実力の差もあってか、今一つ本気で撃ち合う事が出来なかったのである。

 相手をしているラクレットの方は、前述の通りかなり苦しい戦いを強いられているのだ。まず、彼が拮抗できるのは人外じみた身体能力の恩恵がある。銀河に存在する人間の99%は彼女が本気とは言わずとも、倒すつもりで振り下ろした剣の一合すら耐え切れずに吹っ飛ぶ。しかし彼にはその膂力などで耐えるどころか弾き返すことができる。スピードもほぼ互角と言って良い。単純な足回りならば彼の方が上であり、反射と反応速度は彼女が上であるからだ。ラクレットが苦しいのは一重に加減の難しさである。

 一度彼が本気で彼女の持つ摸造刀を横から切り付けたらどうなるかを試した結果、衝撃を受けて獲物が吹き飛んだリリィ曰く『直撃を貰えば軽傷では済まない』と発言をしたのだ。これにラクレットは非常に驚いた。貰っても死なないのかよと。

彼女としては本気で加減なしフルパワーのラクレットが相手でも、愛剣があり、殺しても良いのならば、6,7割で勝てると踏んでいるが、ラクレットは本気を出して再起不能にするわけにもいかない。しかし本気に近い力を出さないと相手にならないのである。ラクレットも本気を出して殺してよいのならば、まぁ勝てるであろうと踏んでいる当たり負けず嫌いであろう。

 彼としても自身の力の制御に丁度良いので充実した訓練になるのだが、常に多方面に気を張る必要があり、話す余裕がなくなるのだ。

 

 ラクレットは呼吸を整えると、そろそろ仕掛けるために意識を集中させる。基本的に受けに回ると技量の差がもろに出てしまいジリープワーであるのだ。攻める場合はリリィが全力で防御姿勢をとりながらカウンターを狙ってくるのでやり難いが、速度と歩幅に優れる故にある程度好きなタイミングで引くことができるという点で有利だ。お互い責める方が有利と言う非常にアグレッシブな戦いなのである。

 

 

「むっ! 後ろ!」

 

「ちっ!」

 

 

 残像すら残さない速度で瞬時に踏み出し『そのまま天井を足場に』相手の背後に回り込んだのだが、リリィは筋肉の収縮、踏み込んだ音、何よりも勘で反応して見せた。摸造刀を滑らせて彼の攻撃を裁くと同時に、『逆さまに落ちてくる』開いた脇腹へと流れるように攻撃を合わせようとするが、すぐさまに悪寒の従う通り前へと飛び出した。

 その判断は正しく、中空を足場に彼は空中で姿勢を整え彼女の剣の柄を狙って来たのだ。彼女の黒星は少ないが、全て共通しているのは獲物を弾き飛ばされたことによる敗北だ。

 

────やり難い

 

 双方がそう思いながら、また仕切り直しとばかりに距離をとって構えなおす。全ての戦闘の経験ならば同格だが、白兵戦と剣での戦いの経験はリリィに軍配が上がる。彼女は終始自分のペースで戦えるが、ラクレットは熱中しすぎてはいけないと自制しながら格上と戦う。長引けばリリィが有利なのは明白だ。

 二人ともそろそろ決まると思い、次の合が最後とばかりに力を入れると誰もいなかったはずのトレーニングルームに声が鳴り響いた。

 

「リリィ! 来てほしいですにぃ! テキーラ様が大変ですにぃ!」

 

「むっ? ヴァルター中尉、勝負は預けるぞ」

 

「ああ、構わない。僕もそろそろ……限界が近い」

 

 

 お互い上気した頬だが、息が上がっているのはラクレットであった。彼としても自身よりも実力が高い存在と戦えるのは経験値になるのだが、やはり疲労感が大きい。逆に明確な師がいた彼女は、ある種の化け物退治に近いラクレットとの模擬戦に対して類似の経験がある故に、消耗が少ないのだ。覚醒して以降の白兵戦において、格上との戦闘経験の欠如がラクレットの弱点とも言えた。

 二人は兎も角ミモレットの先導に従い魔法研究室に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……結界か」

 

「おぉ。テキーラが向こう側にいる」

 

「そうなんですにぃ、ご主人様が閉じ込められてしまったのですにぃ」

 

 

 魔法研究室には異様な光景が広がっていた。透明なガラスのような壁が部屋の真ん中に生じており、テキーラが何かを叫びながらそれを叩いているといった具合だ。ざっくり説明すると、テキーラが魔法の制御に失敗したために結界の解除ができなくなってしまったのだ。

幸い書庫側である外側にいたミモレットに、魔導書を開かせて解呪の呪文を探させていたのだが、埒が明かなかったのでリリィを呼んでくるように指示したのだ。全て筆談で。

 

「ふんっ! 」

 

ラクレットは一先ず結界を軽く殴ってみる。かなり堅いことが伺えるが本気で殴ったらどうなるかはわからないかな、といった程度の衝撃は感じた。しかし適任がすぐ後ろにいるし、目の前のテキーラの眉が吊り上がりこちらに何かを捲くし立ててきたので、大人しく下がることにする。

 

 

「承知した。二人とも少し下がっていてくれ」

 

「はい。テキーラ少し下がってくれ」

 

 

 ラクレットはジェスチャーで下がるように伝え、自分もリリィと結界の間からそれる。テキーラも察したのか、同じように安全な場所に移動した。

 

 

「はぁ!」

 

 

彼女は一度剣を鞘に戻し、その後何か特殊な力を込めたのか、瞬く間に引き抜くと、それと同時に輝いた斬撃が飛んで行った。そんな非現実な現実を前に驚く人物はいない。何せ世界には魔法もESPも超光速航法もあるのだ。奇跡だって起こるし死人も蘇ってもおかしくはない。

 そしてその斬撃がシールドに届くと同時に、瞬く間に消え去った。まるで相殺されたかのように。そうこれが練操剣。魔すら断つ斬撃なのだ。

 

 そもそもセルダールがセルダール連合の中で最大勢力なのは、この魔法を断つという剣の特性からである。古来の発展していた頃、魔法使いは練操剣の使い手である騎士には勝てない。ナノマシンは魔法によって無力化されてしまい、練操剣もナノマシンを切ることはできない。そんな3竦みの関係であった。

しかしここでもやはりまた出てくるのは大災厄クロノ・クェイクだ。星間航法が失われたことにより、最も大きな損害を受けたのはナノマシン勢力だ。ナノマシンの原材料の資源は届かない。研究室の9割以上が衛星上にある。特に前者は顕著であり、個人の魔力に依存する魔法と、体力に依存する剣と違い、ナノマシンは消耗品である。工場プラントが無事であっても、伝承する技術が残っていようと、優秀な師範がいようと、物が無ければテクノロジーは廃れていく。

 ナノマシンリサイクルシステムはあるが、新しいものが一切作れない、既存の研究所には行けないというのは彼らの技術の多くを失わせた。救いなのはピコに属する人間は、他の銀河や星の人間よりも有意に高いナノマシン適合率を誇るという事か。EDENだと感情のコントロールなどに長けたスペシャリストのみが成れるそれが、ある程度の適正があれば気軽に成れるために技術さえ復興させてしまえばよかったのだ。

 話がそれた。兎も角大事なのは剣が魔法に強いという事だ。

 

 

「ありがとう、助かったわ。流石本物の騎士ね。絶対戦いたくないわ」

 

「いや、誇る訳でもない。セルダールでも練操剣を扱えるものは片手で数えられるほどしかいないのだ、魔法の汎用性と違い、剣の方は人材の先が見えていないのだ」

 

「そう……まぁ、辛気臭い話は後にしましょ。ラクレットとミモ片づけ手伝いなさい」

 

「あいですにぃー!」

 

「了解だよ、テキーラ」

 

 

 無事に解放されたテキーラは、極々自然にラクレットを顎で使いながらリリィに改めて礼を述べるのであった。

 

 

 

 

平和なルクシオールの一日。しかし確実にエオニアの乱を基端とする、激動の時代と呼ばれたこの6年間における最後にして最大の波は、直ぐそこにまで迫っていた。その虚ろな存在をこの全銀河の1人を除いて誰も知らないままに。

 

 

 

 


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