銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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ちょっと短いですが……


第6話 熟成完了

「全く、せっかくゲートキーパーが新たに見つかり、しかもキーパー無しでゲートの開閉方法の目途も立ったというのに」

 

「この世界はまだまだ混沌を望んでいるのかね?」

 

「おいおい、そんなオカルトお前らしくもない」

 

「だって、そうも言いたくはなるだろう?」

 

 

Absolute、セントラルグロウブ。平行世界の中心といっても過言ではないこの施設。その最も移動の便の良い場所地区に有る部屋で、二人の青年がぼやいていた。

 

タクトとレスター。彼らは相次いで飛び込んでくる急転直下すぎる事態に、部下たちがてんやわんやしている中で、ある意味落ち着いていた。なにせすることが無い。

現在彼らの直面している事は、まずセルダール陥落の報告が届くと同時に、NEUEへ通じるゲートが断絶したということだ。ゲートの破壊は実を言うと大した問題ではなかった。

平行世界という言葉の示す通り、各銀河が平行に重なっているのを、このAbsoluteという中間地点を通じていき帰している。極秘事項であるがEDENのゲートとAbsoluteのEDEN行きのゲートは『同じ物』なのだ。例えるのならば『どこでもドア』だ。2つの離れた地点に同一の存在が同時に存在し続けているのだ。なので、いったん電源を切った状態で完全に修復して再起動。というような形での修復は可能。それなりの時間はいるが、正直Absoluteを乗っ取られてコントロールを奪われる方が、物理的な破壊よりもずっと面倒なのである。使われているテクノロジーが非常に高度かつ古いものなので、それなりの手間はかかるが、ゲート関連技術のAbsoluteからのデータのサルベージは十分にされている為に、1週間程度での修復ができる。

セルダール陥落という報は、非常にまずい事態ではあるが、現状は介入できるような戦力を用意するといった場当たり的な行動以外にすることはない。UPWといしての意思決定など、安定化の一言でしかないために、本当にすることが無いのだ。

一応エンジェル隊の中の数名をAbsoluteへの帰還命令をだして、エルシオールと量産型ルクシオールの準備だけは進めている。

 

「にしても、ついにお前が恐らく渦中から外れるとはな」

 

「なんだい、レスター」

 

「いや、これも時代の流れなのかもな、ってらしくもなくな」

 

 

レスターは前回のヴェレルの乱において、「自分が中心にいて解決した」という意識は低い。最後こそ、切り札として惨状(ヴェレルにとっては誤字に非ず)はしたが、遅参した故に鎮圧を主導した訳ではない。

そう言った意味で、すでに自分は信じてもいないが、この銀河の大いなる意思とでもいうのか、中心となる騒動の舞台から降りているような感覚を覚えたのだ。そして、今回の件においては、今まで主演男優を務め続けたといっても良い人物、タクト・マイヤーズですら、そのステージにまだ上がっていないというのは、まさに世代交代と言っても良いのではないであろうか? そんな少々ばかばかしい考えが彼の頭に浮かんだのである。

 

 

「ふーん。まぁ、ココとラクレットなら。いや、ルーンエンジェル隊とココ達ならきっと何とかしてくれるさ」

 

「そうだな。それじゃあオレ達は英気を養うとするか」

 

 

現場で働く部下たちは今こそが山場であるが、彼らはまだ出番ではない。

自分たちの出番があるのかすら知らないが、二人とも思うことは一つ。

 

どうか、自分たちが『端役程度でいられること』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浮かない顔をしていても、仕事から逃れることは出来ない。

ココは今、タピオと、ルーンエンジェル隊の面々と共にブリーフィングルームにいた。当然のように先ほどの通信に関しての今後の作戦指針を決めるためだ。既に数時間が経過している為に進路を目的地に向けて進軍はしているものの、明確なことは殆ど決まっていなかった。戦うしか術はない事は承知しているが、彼女の胃と肩を苛む重圧が、何とか非戦の手段はないかと逃げの手段を見てしまうのだ。

 

 

 

「敵の指定して来た宙域はこちらです」

 

「アジート近辺のアステロイド帯か……敵の数は?」

 

「航法航路監視衛星をハッキングしました。正確な映像こそは見られませんでしたが、およそ50程の群でしょう」

 

「は、ハッキング?」

 

「真似事さ。あの辺りにはEDENが敷いた航路の前に従来あった航路を監視する衛星がいくつか生きている。そこを経由して中継地に入ったら、まぁ無警戒だったみたいであっさりとね」

 

 

 

ブリーフィングルームで、エンジェル隊と司令副指令の両名を前に進行役を買って出ているのは、ロゼルだった。

彼は先ほどの通信という名の一方的な通達の後、禁止されていないですし非合法な情報収集をしたいと、タピオと思わずといった形で頷いてしまったココの許可を取り、その筋の者からすれば2流ではあるが、強引な手段で十分な情報を入手するに至ったのである。

現在ルクシオールの通信状況は良くなってきてはいるものの、周囲数光年範囲が限界であった。しかし、その中でも情報収集に成功した彼の手腕は流石と言うべきか。

 

 

「目視と不鮮明な映像でしか残っていないために、断言はできませんが、巡洋艦を中心とした砲撃制圧能力に優れる編成に見受けられました。私見ですが、対空(戦闘機)に気を配っている様子は見受けられませんでした」

 

「それでも50は……すごい数です」

 

「そうね、加えて場所が悪いわ、相対できるのは敵の砲撃密集地(キルゾーン)しかないもの」

 

 

指定されている場所はアステロイドによってコの字のように囲まれている宙域だ。古典的で手垢がついたような策だが、がっちりと一点に火力を集中できる状況で待ち構えているのであろう。

 

 

「少々戦略的に稚拙な点も見受けられましたが、攻め手に関しては猛将なのでしょう」

 

 

見た目と第一印象通りの分析ですね。とタピオが小さく呟いた。カズヤは周囲を軽く見渡すと、アニスが不敵な笑みを浮かべているのに気づいた。

 

 

「この辺なら、俺の庭みたいなもんだ。紋章機の1機か2機くらいなら気づかれないで回り込むこともできるだろうぜ」

 

「敵が特に何も考えていなければ、この穴倉の最深部にあるであろう本陣を少数ですが強襲することができます、有効な手段かと」

 

 

ロゼルは予めこの辺の宙域に詳しいアニスと話を詰めていたようだ。目の前のホログラムが切り替わると、小型のルクシオール像が直前のドライブ切り替えポイントで紋章機を出撃させ、7時間半後に指定宙域で合流するといったプランが再現されていった。

 

 

「危険すぎるわ!! ステルス性を高めるために、艦との通信もできないのよ!?」

 

「リスクは承知の上です。アニスの先導でアステロイドを突破。速度と力量そして戦力バランスを考えて、合体紋章機とホーリーブラッドの2機が最適かと」

 

「コイツは知らねぇけど、俺は断然やれるぜ?」

 

「教官、どうでしょうか?」

 

 

ロゼルは、反対する艦長を半場無視するような形で、この艦の実質的な戦闘顧問のような扱いを受けているラクレットの方を向いた

 

「作戦としては悪くないが、決められるのは艦長だ。だがあえて言うのならば。50隻『程度』の艦集団なら僕一人でも正面から蹴散らせる。こんな手を使わずともな」

 

 

その声は少々、いやかなり冷たいものであった。普段の真面目で実直だが温厚な彼を知る面子からすれば驚くほどに。だが、ロゼルは先ほどから浮かべている微笑を一切崩すことはなかった。

 

 

「だから焦って選択肢を減らす必要はないであろう。その作戦も準備の時間を含めても今から20時間程度の余裕はある。『参考になる』意見に感謝する。艦長、一先ず決戦に向けて一度エンジェル隊に休息を取らせることを進言します」

 

「そう……ね。一先ずいったん解散しましょう」

 

 

その言葉で一先ず作戦会議は終了した。ロゼルは退出の際に一度ラクレットの顔を振り向いて見てから、何も言わずに出ていった。タピオもブリッジに戻り、ココも疲れた体に鞭を打つかのように自室へと戻っていく。

 

残されたラクレットは一人呟く

 

 

「焦っているのか? いや、まさかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ロゼル、さっきのは良くないと思うよ」

 

「艦長を無視したことかい?」

 

 

ブリーフィングルームから少し離れた廊下で、カズヤはロゼルを呼びとめた。釈迦に説法であるとは思うのだが、流石に露骨にココへと冷たくあたり、ラクレットを盲信しているように見えるのは、少し目に余るように見えたからだ。

しかし、ロゼルは事も無げに、むしろ予想していたかのように言葉を返してくる。

 

 

「一種の政治力学的問題さ。エンジェル隊の一員の僕が艦長を軽んじれば、教官が艦長寄りの立場を取らざるを得なくなる。艦長に必要なのは絶対的な立場と統率力だから、教官が近くにいればそれも容易に手に入れられるだろ?」

 

「えっと……悪意はないけど、わざとやっていたって事?」

 

「ああ、なんだ、やり方が露骨だっていう忠告かと思ったのだけど……僕が教官から何度も伝説されているエルシオールクルーの能力を疑う人物だとでも?」

 

 

二人の間にはちょっとした齟齬があったが、直ぐに氷解したようだ。カズヤは納得した表情を浮かべて、その場を後にする。そしてロゼルは一人、彼の教官と同じように呟いた。

 

 

「そう、強く、鈍った腕なんてものが無いほどに強く在ってもらわないと」

 

 

彼の目に浮かぶ狂気的な光は、彼の敬愛しているラクレットすら存在を知り得ていないものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなラクレットは、愛機の着座調整を行っていた。ESVになってからはまだ大規模戦闘を一度しかこなしていない。その前に何度か海賊討伐程度はしたが、初戦は木っ端海賊。戦争とはまるで規模が違う。

加えてそもそも実機に乗っての大規模戦闘にだいぶブランクがあった為か、ヴェレルとの闘いは自己採点するのならばぎりぎり及第点と言うところだった。

 

 

「錆を落としきらなければ」

 

 

恐らくその言葉を聞けば多くの者が苦笑を浮かべるしかないのだが、彼は大真面目であった。実機に乗ることによって鋭敏化された彼のESP、未来予知の力は知覚する時間を数瞬ずらす程度のものだが、高速戦闘において、これほど有利なものもない。

だが、ESVが強すぎるために、全開に発動しなくとも、性能によるごり押しで押し切れてしまう。それは彼にとって好ましい戦いではなかった。

 

 

「常に全力を出す。本番で全力を出すために今全力を出す」

 

 

 

彼の強さは既に精神性の領域に入ってきている。作戦として力の発揮を抑えられても。抑えられた上で必ず全力を出す。その為の努力は怠らない。それで初めて土俵に立てる。

その全ては自身が最強であるために、自分が最強である限り、多くの大切な人が守れて、救われるのだから、彼は最強であり続けるための全力を出せる。

 

 

「皆には悪いが、学ぶのではなく盗んでもらわなきゃ」

 

 

チームと言うのは戦力のバランスが取れてしかるべきだが、現状ルーンエンジェル隊は彼が突出しているのは否めない。自分が下げる余裕がない以上、此処まで来いと自分の限界地点で足踏みしているしかない。

 

ルーンエンジェル隊がムーンエンジェル隊という一番星を見てそこまで走り続ける決意をしたのだから、自分は道案内でもペースメーカーにでもなろう。だが、手を引くことができるほど器用でないから、背中を見せてルートを教える事しかできない。

 

それが彼にとっての優しさであり、傲慢さでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ココ・ナッツミルクはここ数週間を振り返る。激動の期間だった。いやである、か。彼女にとっては、穏やかな凪を優しい船長の手助けをして暮らす日々が、腕を買われて隠居した船長の真似事をするようになり、それが安定して楽しくなっていたころでもあった。

それが新たなクルーがきて、港とそこにいる前船長との連絡も取れなくなり、出先の拠点が海賊に制圧され、海賊から宣戦布告されて、海賊の頭の娘を預かってしまった。

海は大荒れで、海図も役立たず、前船長の懐刀が支えになってくれてはいるが、自分が正式な船長だという自覚が薄いために船もうまくまとめられない。

 

 

「あぁーあ。どうしてこうなったのかしらねー」

 

 

自分の口から洩れる嫌に明るい声。これがその前船長のように意識せずとも漏れたそれならばよかったが、空元気で作ってみた声でしかなく、心は既に沈み切っている。

正直に言うともう投げ出して逃げ出して帰りたかった。自分の肩に数百人のクルーの命が乗っている。誰かが傷つけばそのクルーの家族や友人が悲しむ。そう考えてしまうとその重みは際限なく増えていく気がした。

 

憧れを追いかけて、青春の多くが戦争を生業とする職場で、あまり暴力を感じずに学んだ彼女にとっては。艦長の役職はそれを過不足どころか、100年に1人ほどに熟した逸材を見てしまったからこそ、意味がありすぎるものであった。

 

全て投げ出してしまいたい、そうしたらきっと副艦長扱いのタピオが舵を取り、ラクレットが地図を読み、他のクルーがオールを漕いで行くであろう。それでもきっとそれなりにうまく回るはずだ。自分は船室で座っているだけでもどうにかなってしまうであろう。

 

ある意味でタクトと同じだ、優秀な部下にフリーハンドを与えて自分は神輿で担がれる。違うのは有事の際に軍神になる彼と、そのまま奉られる神で終わる彼女であるかと言うだけだ。

 

 

「だってしょうがないじゃない、この銀河の誰だってタクトさんと同じようには出来ないわよ」

 

 

ココは知っている、実はタクト・マイヤーズという青年は、悪魔的な頭脳を持つ戦略家ではないことを。だが、彼の成し遂げた偉業は逆に彼をその位置に押し上げているのだ。彼が登頂した山岳を登れる人は何人か居ても、同じ道筋を辿れるものはいないであろう。

 

ココは何度目かわからない思考のループに入る。意識のリソースをほとんど割いていない視覚情報に、机の隅に飾られたエルシオールのメンバーでとったフォトグラフが写り、無意識にそれに手を伸ばすと、過去に覚えた想定していた感触と重みと違った質感が帰って来る。覚えた違和感で思考が止まり、意識が目の前に戻ってきた。

 

 

「あら……これって……」

 

 

写真立ての厚みが増している。ひっくり返してみると、露骨に余剰スペースを作りましたという裏蓋が見える。特に意識せず蓋の摘みに手を伸ばして開けると、ハンドクリームの容器の様な平たい円柱の物体が入っている。

爆弾や、盗聴器などの危険物の可能性を一瞬だけ考慮しつつも、すぐさまぬぐい捨てる。そんなものがここに有ればもうお終いだからと開き直った訳ではなく、単純に興味が勝ったからだ。

デスクに置いて少し触ってみると、どうやら二枚貝のように開きそうだ。ココは意を決してというほどでもないが、開いてみる事にした。

 

 

「手紙でも入っていたりして……まさか、そんなベタな」

 

『いやぁ、ベタで悪いねぇ』

 

「タ、タクトさん!?」

 

 

箱の中に入っていたのはタクトであった。それも15cmほどのサイズのまるでこびとか妖精の様なサイズの彼がここに向かって語り掛けてきたのだ。驚きや目を疑うよりも先に呆けてしまった。

 

「え、これ私の行動と思考を読んだ録画映像……!?」

 

『いやいや、そんな映画のトリックみたいなマネは流石にできないから』

 

「ですよね……って、普通に会話している?」

 

『そうそう、詳しい事は同封の説明書でも読んでよ。でもそれは後でね、そんなに時間はないんだ』

 

「はぁ……」

 

『カマンベールとノアの研究成果で、本人をほぼ100%再現するAI……みたいなものかな、記憶も持っているし、思考パターンも同じ、ただ焼き切れちゃうというかそんな感じで、起動して数分で消えちゃうんだ』

 

「なるほど……」

 

 

ただただ頷くしかないココ。タクトの説明はおおざっぱすぎるから後で説明書とやらは読むとしても、目の前のタクトは本物のタクトと同じ考えを持っている事だけはなんとか頭の中に入れた。

 

 

『既に考える事を放棄しだしたね、ココ。まぁいいや。艦長の仕事だけど気楽にやれているかい?』

 

「……状況が……悪化して……私はなにもできていません……とても、タクトさんと同じようには……」

 

『んーと……とりあえず、お疲れ様かな。ほら、無理しないでいいから、ハンカチ持ってるでしょ?』

 

 

タクト(小)は困ったように笑いながらも、彼らしい直接は言わない優しさを見せる。それによってココの肩の震えは止まるどころかより大きくなってしまう。苦笑しながらも彼女が落ち着くまで待てるのが、彼の優しさであろう。たった数分しかない自我を保てる時間でも渡せるのだから。

 

 

『あ、細かい経緯の説明はやめてね、流石にそれを処理しようとすると回路が一気に焼き切れると思うし』

 

「ふふっ……すみません、そうですよね、ずるしちゃだめですよね」

 

『ズル? いいよ、どんどんやっちゃえばいい。面倒な仕事を喜々としてやりそうなのが3人はいるでしょ?』

 

「タクトさんじゃないんですから、そんな風にはできませんよ」

 

『当たり前じゃないか、オレはオレ、ココはココ。君はオレの変わりをやる訳じゃないし、オレは君をオレのコピーに育てたわけじゃない』

 

タクトは事も無げに言葉遊びの様な物言いを始める。

 

 

『ココはさ、オレの何と言うか愛弟子なんだけど、だからこそオレの流儀のいいとこと悪いとこ沢山知っているわけだ』

 

「そうですね、自分なりに改善して見ようと頑張りましたが、マイヤーズ流は私にはとても出来そうもないです」

 

『やらなきゃいいんだよ、マイヤーズ流なんて恥ずかしい名前』

 

 

自分で言い切る辺りが、彼らしくもあり、また彼本人がある意味で言いそうもない事である。

 

 

「え?」

 

『ココのチャームポイントってその、眼鏡と三つ編みだよねって、前にラクレットと一晩語り明かしたんだけどさ』

 

「それは今度彼に聞くとして、それがどうかしました?」

 

『ちょっと、その髪を留めているリボンを取ってみてくれない?』

 

「はい……こうでしょうか?」

 

 

ココは幾ばくか引っかかる所もありながらもその言葉に大人しく従った。

 

 

『うん! やっぱり髪を解いても可愛いね。それでさ、そのリボンがオレなんだよ』

 

「え、えーと……」

 

『君の魅力を引き立てるリボンだけど、それがなくなって別の髪型になったっていいんだ。それがまた別の魅力になっているんだろ? というか、リボンが無いのに無理に三つ編みを作ろうとしないでさ、素材はいいんだから、少しだけイメチェンしても、君はすっごく可愛いんだよ?』

 

「別の魅力……私が可愛い?」

 

 

その言葉は何度も言われているのが、今一つ自信が持てなかった類のそれだが、だが、今はそのままの意味ではなくもっと抽象的な話なのであろう。

 

 

『その三つ編みは確かに、全銀河に誇れる素晴らしいものさ。でもね、リボンを外す勇気があれば、またきっと別の素晴らしいものが君には見つかる。それにココはエスコート役には困らないでしょ? ……って、さすがにヒントを出しすぎたかな?』

 

「もう、遠回しすぎですよ、タクトさん」

 

苦笑しながら髪をなでるココ。タクトは仰々しく声音を作ってから、口を開いた。

 

 

『ココ・ナッツミルク大佐! 本日をもって三つ編み文学少女流を免許皆伝とする!! ただいまを持ってその経験を活かし、ゆるふわ愛され女子でも、イケイケのギャル系でもいいから自分らしい魅力を磨き、次にオレに会った時にみせてくれよー』

 

「最後までそれっぽく決めてくださいよ」

 

『あ、本当にそろそろ時間が無くな』

 

 

そこでタクトの姿が消えて、ただの箱と一枚の紙と金属製の見慣れない部品だけが箱に残った。見慣れた締まらない笑顔のまま消えていったのに、ここまでその笑顔を頼もしく、そして対抗意識を覚えて見たのは初めてだった。

 

 

彼女はそっと手鏡を引き出しかけて、手を止める。やるなら徹底的にだ、道具一式を取りに私室へと彼女は足を向けたのであった。その瞳にはもう迷いなどなく、デスクに置かれた眼鏡とリボンに振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたわね、総員傾聴!!」

 

 

ブリッジに現れた彼女は柵から解き放たれたかのように髪を下ろして、眼鏡も外して、士官用の帽子を頭にのせている。今までの彼女の控えめで一歩引いたところにいる様なはかなげな印象はなく、百戦錬磨の冷静沈着な若手ながらベテランの女軍人といった出来る女の風格を漂わせている。

 

 

「よくお似合いです艦長、いえ、ナッツミルク司令官」

 

「ヴァルター中尉ありがとう、後で少し聞きたい話があるのだけど、後ろの娘が怖いから勘弁してあげるわ」

 

 

 

「オォ……これが! マイヤーズ准将が仰っていた可能性! マイヤーズ流の持つ人間の力」

 

 

珍しく無表情を崩して感嘆しているタピオ。彼からしてみれば驚くと同時に興味深く考察すべき出来事なのだが、先に来たものが驚きなのは彼が環境に影響されて来たからなのかもしれない。

 

 

「カー中佐、訂正して頂戴、これからはタクトさんから習って、私が昇華したやり方ナッツミルク流でいくから」

 

「畏まりました! 自分の事は是非タピオとお呼びください」

 

「わかったわ、カー中佐。まずは当艦の方針を発表するわよ!」

 

 

 

ラクレットを除いたルーンエンジェル隊の面々は、がらりと印象を変えた彼女に驚きつつも、大切な仲間が高みへと至った喜びと、人誑しでもあるタクトとはまた別口だが、溢れんばかりのカリスマと言うべき魅力を彼女から感じ取っていた。

気まぐれな自然が時々見せる雄々しき力強さとは別な、緻密な計算とそれをあえて外す大胆な芸術作品、そのどちらも魅力的なのだから。

 

 

「ほら? カズヤ、言った通りだろ? と言っても、僕も此処までとは思わなかったけど」

 

「うん、すごい、良くわからないけど勝てる気がしてきた」

 

「はい! 今のココさんなら、私たちももっと頑張れますね!」

 

「ああ! やる気が漲ってきたぜ!!」

 

「なのだ!」

 

「これならOKだ! 全ての障害を切り払える!」

 

 

 

暗雲が晴れたかのように、希望の光が差し込んできて、すぐにテンションを上げていく彼女たち。この人の下で戦えば勝てる。錯覚に近いが上に立つものには必要な要素をココは今全身から感じさせている。エンジェルたちは自然と戦意を高めていくのであった。

そんな中テキーラだけは、タピオの中に自分の恋人と同じ属性がありそうなことを感じ取ってあきれ顔だったのだが、完全に余談であろう。

 

 

 

 

かくして、ルクシオールは一丸となって進路をアジートへと向ける。

待ち受ける敵など鎧袖一触だと、最高に高い士気と、9機という過去最大の艦載機を載せて。

 

 

 

 

 

 

 




このカリスマ美女新米艦長だけど、腐ってる設定は何処に行ったんだろう……

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