銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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お久しぶりです。


第7話 最終形態一歩前

「カルバドゥス様。斥候部隊が『ルクシオール』を確認しました」

 

「ほう、臆さず来たようだな。そこだけは評価できるな!」

 

 

艦のブリッジの中央に腰かけた大男は豪快に笑いながら、幾ばくか先に迫った戦いへと思いをはせる。

彼が待ち受けている『ルクシオール』とやらはたった1隻で短期間の航行で多大な功績を上げた艦らしいが、護衛すらつけずに航行している孤立した艦だ

獲物が自ら懐に飛び込んでくるという状況に笑みすら浮かんでくる。

 

 

「部隊は映像を送信後通信途絶。亜光速実体弾による狙撃と見られます」

 

「少しはやるようだ。だが、あまりにも無策だ! この剛腕を打ち倒すのにたった一隻で向かってくるしかないのだからな。最も、策で来ようと捻りつぶすだけだがな!」

 

 

もしこの会話をEDEN軍ないしUPW軍の上層部が聞いていたら3つのことを指摘していたであろう。

1つ、一隻なのは、それで十分だからであるのと、そちら側の制限によるものである

1つ、どういった根拠で捻り潰す事ができるのかご高説願いたい

そして1つ。なぜあなたは勝ちに行こうとして旗艦に乗ってしまったのですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ココさん……じゃなかった司令官の作戦通り動きますか」

 

 

 

最後のドライブアウトポイントから巡航速度でならば1時間ほどで指定された宙域にはつくのだが、ラクレット・ヴァルターはすでにESVに搭乗して出撃していた。

用意された作戦はここまで嬉しくなるほどはないほど『困難』なものであった。やる気に満ち溢れているラクレットはセンサー越しに見えてきた豆粒ほどの敵影を睥睨しながら、愛機を加速させていく。

 

「楽しくって仕方がない、ああ、ココ艦長あなたは女神だ!!」

 

 

なにせ彼に与えられた任務は単純。

単騎特攻後、限界まで敵を圧倒し続けよ

有り体に言って孤軍奮闘後自決せよに類するものなのだが、二人の信頼関係がその意味をなくしていた。

 

要するに、一人で全部倒してきちゃって。

 

と言われてしまったのである。その時点でラクレットの脳裏には、いくつか彼女の作戦の概要が浮かんだのだが一切追求せずに、自分の欲望の赴くままに最敬礼した。なにせここまで自分好みのオーダーなんてそうそう来ないのだから。

 

その後も幾つか彼女は指示をテキパキと出した後に状況が開始されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各員傾聴」

 

場所は戻ってルクシオールブリッジ。静かなそれでいて雄弁な、鈴の音色のような声が響き渡る。その間もオペレーターたちは一切手を止めないが、耳は限界まで傾けている。

 

 

「これが、本当の意味での私の初陣。百点満点の結果は絶対出せないわ」

 

ココは迷わずにそう言い切る。それは彼女の本心であった。反省点などいくつもこの後現れてくるであろう自覚は有るのだから。

 

 

「でも絶対負けさせはしない。ついてきてくれたあなた達を後悔させたりしないわ。勝って救って帰る。その為に出来ることすべてやる。それがこの艦の方針。だからみんな見て」

 

 

そこまで言って彼女は一呼吸置く

 

 

「EDEN軍が最後まで移籍を渋った、銀河最強のパイロットの活躍を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘の火蓋は極めて静かに切られた。カルバドゥス側が戦闘機の接近に気が付き、極めて儀礼的かつ自然に『旗艦から』入れようとした通信を、受信側が拒否したためである。

戦の前の名乗りを否定された彼は、所詮は蛮人、勇も無ければ粋もない外様の畜生よと、怒りと失望とともに攻撃を開始した。

無論彼とて愚かではない、例えば前方の機体が何かしらの超強力な爆発兵器であり、それを無人機で特攻させるという作戦。そういった可能性を考慮したが、クロノストリング反応こそ有るが有人機であり、アレを捨て駒にされた場合は全滅は免れないかものだが、近づかれる前に落とせば問題ない。一応シールドを展開しながら『一番最初に』後ろに下がり、『他の艦がそれに続いた』。

あとはもうただ目の前で敵が散るのを見守りながら、本命のルクシオールが来るのを待つだけだ。死兵となって斥候に来たが、何ら成果を得ることも出来ずに散っていく無様さを笑うだけだったのだ。

 

 

「カルバドゥス様、敵武装を展開……『砲身』のようなものがエネルギーをまといました」

 

「気にせず攻撃を続行しろ! だが周囲への警戒を怠るな! 本命がどこから来るかわからんからな!」

 

 

その言葉とともに、こちらの砲火の射程範囲へと斥候が入ってくる。それと同時に各武装の使用が自由化された20の前衛艦が攻撃を開始する。流星のような光、津波のような弾幕が瞬く間に敵機に集中していく。戦略MAP上の敵を示す青色の光点は直ぐ様消え去った。クロノストリングエンジンのエネルギーを探知しているレーダーから完全に見失われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エネルギーが一点集中した為の、一時的な発光及び拮抗現象によって。

 

 

「敵機未だ健在。『砲身』に纏ったエネルギーは強力なシールド効果がある模様! 観測数値によれば戦艦のシールドの4倍以上の出力が集中しています!」

 

「少しはやるようだ。そのまま続けてキルゾーンで沈めろ」

 

 

まるで光の濁流を押し返すかのように、ただただまっすぐ回避行動すら取らないで接近してくる敵機。しかし幾ら守れるとしてもその範囲にもエネルギーにも限度があるはずだ。単純なローテーションを組んだ攻撃で消耗させつつ。両側面と天頂と下弦に展開した艦によって腹を叩けば終わる。

 

 

そう、そこまでは信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テンションも十分溜めさせてもらった。そろそろ煩わしい攻撃を避けさせてもらおう」

 

 

ラクレットは、愛機の操縦桿を強く握りしめながら、頬を紅くしてそうつぶやいた。いや、紅いのは頬だけではない、彼の手の甲には血の入れ墨のような幾何学的な紋様が浮かび上がってきている。彼が本気の証左であり、EDEN人にもヴェレルの配下にもAbsolute人にも絶望を与えるであろう、Vチップへのアクセスを行っている事実を表している。

 

 

「反撃開始!」

 

 

刹那、彼は機体を天頂方向に向けると比喩ではなく、光の速さで敵へと駆けた。通常空間と重なるように存在するクロノスペース。そこを利用することによって艦や機体はクロノ・ドライヴを行うことが出来る。単体でクロノ・ドライヴが可能な基本的に紋章機でも撤退かつ、安全な航路でしか行わない。

彼はそれを敵陣に奇襲中に使った。ただそれだけだ。勿論トリックはある。エネルギー出力を上昇し安定させる必要が有るために本当に短時間のみしか使用できない。物質にぶつかれば核融合反応すら起こしうるクロノ・ドライヴを、彼が戦闘中に可能にしたのは彼のESP能力による未来予知による、擬似的な航路計算である。擬似的に感覚が数瞬ずれる程度だが、数瞬ずれた先に生き残っている自身を観測したのである。

彼が落としきった錆、それは自身の観測する未来と今の距離の定量化である。彼は不安定な未来予知のタイミングを限りなく今に近づけた点に固定し続けることを、戦闘中可能にしたのである。

 

これはミントのESPにより自身に寄生する植物との同調率を上昇し、擬似的にテレパスを強化しレーダーの性能を上げていることをヒントにした。H.A.L.Oシステムと同調している自身のESPの強化である。

 

さらに、紋章機搭乗者の中で彼のみがアクティヴな入力操作ではなく、超短時間でVチップに予め発動時間を指示するパッシブな操作が出来るという点。コレが非常に大きい。コレによって人が認識できない刹那より短い時間においての精密な操作を先行で入力できるのだ。あたかもフレーム毎に望むような入力ができるゲームのツールの様な動きだ。そしてそのクロノ・ドライヴの開始とドライヴアウトの入力間隔こそが自分の予知で見る世界と現実の差なのである。

 

ムーンエンジェル隊とルーンエンジェル隊の本気でのシミュレーションにおいて、彼が荒削りながらも行った、この極めて限定的なワープに等しい行動。ミルフィーが「えー、ずるい」とぼやき。ランファをして反則と言わしめたのだが、それは別の話だ。連発できるわけではないとすぐさま見破り、逆手に取ってミントが打ち取ったのだが、二度と相手したくないと言わしめた狂気の技である。

 

 

激しい頭痛が後遺症のように彼を襲うがその程度など、何時ものことだと言わんばかりに、目の前の自分が先程まで居たであろう場所を未だに打ち続けている艦へと右の剣を振り下ろす。1隻目をバターのように抵抗なく切り抜く直前、両刃剣を分離し敵艦を、2つの敵艦だった何かに変えて、その合間を進む。

速く疾くと焦る気持ちを氷のように冷えた頭で押さえつけ、敵集団の合間を蹂躙しつつ進む。草食動物の群れの中を征く生態系の王者の如く、すれ違いざまにふと思い立ったというような動作で、剣から伸びるエネルギーで無力化していく。

 

凡そドライヴ・アウトから7秒で天頂方向に配置された5隻を鉄屑に変えた。そんな冗談のような現実を未だに敵が認識できていないことを、眼下でまだ続く砲火の雨霰で認識しつつ。この戦闘中のドライヴは地形的にもう出来ないと割り切り。奇襲から強襲へと思考ルーチンを切り替える。被ダメージ与ダメージから鑑みて、そろそろテンションがあぶれるので疑似特殊兵装の使用を判断。

 

 

「Back to basics だ。コネクティド・ウィル!!」

 

感覚として急降下を敢行し、敵の前衛を交わして、本体と思わしき集団に接近を開始する。先程会敵した時に動き出しの起点となっていた艦。それが旗艦だと推定して行動指針が決められたのである。通信元こそジャミングが掛けられていた上に、敵艦の造形が同一であるという最低限の対策は行われていたが、旗艦絶対殺すマン事、旗艦殺しのラクレット・ヴァルターは標的にすべき存在を明確に導き出すことに成功していたのだ。

 

強襲をかけつつ、射程の非常に短い武装を使用する準備を行う。流石に敵も急転直下の状況についてこれていないが、回避されたこと、一部隊が壊滅しながらも、敵機健在で本丸に強襲中ということを認識したらしい。

何が起こっている!! どういうことだ!! そんな怒声と罵声を想像して少しだけ背筋を甘く痺れさせながら、彼は到底届かない距離で剣を振るった。4本が1振りの剣となり、凄まじいエネルギーが集中しているそれをだ。

 

彼の剣が動き出したのとほぼ同時に敵の光学兵器が自動照準により補足したのか攻撃が集中する。

そしてまるで予定調和のように吸い込まれていく青白い光を、暗く紅くまるで血液の様な人を不安にさせる光が打ち払う。そう、ESVの擬似的な特殊兵装だ。他の紋章機のような奇跡のような現象はない。事実上特殊兵装は存在しないという結論になったこの機体。ただただ莫大なエネルギーがあれば再現できてしまうそれなのだが、逆説的に言えば彼の思う様な性質を持った剣を作り出す。そういった運用こそがこのEternity Sword Variableの特殊兵装だとも言える。

 

 

1本にまとめあげられた強大な剣こそが、最高の『防御』だと言わんばかりに、縦横無尽に振り払いながら、逆方向に軌跡を描く彗星の如く敵の心臓部へとたどり着く。この時点での彼のキルスコアはたったの11。前述の5隻及びこの本陣集団に接触する際に行き掛けの駄賃と言わんばかりに切り裂いた6艦だけである。しかしその11隻と言うのは敵集団の2割強の戦力であり、一般的な皇国軍人を母体とするEDEN軍において、戦闘機により、重巡洋艦を11隻撃沈と言うのは、生涯撃沈艦数として見ても破格どころか超一流であり、孫にすら誇れるものである。

しかし、彼の輝かしすぎる戦績においては1頁どころか1行で乗るかすら怪しいのだから凄まじいのである。そしてそんな存在が敵軍に存在する場合、軍の上層部はどうするか。簡単だ。

 

 

「単騎で駆けて強襲に成功し全滅一歩手前の戦果、こんな馬鹿なことがあり得るか!!!」

 

 

そんな存在を認めない。それだけだ。そんなものが存在してはいけないのだ。オープンチャンネルをブロックしているラクレットはその言葉を聞くこともなかったが。眉一つ動かさずに自身を取り囲んでいる有象無象の処理に入りながらも、艦の雑木林である此処より、少し先の広場とも言える空域にいる伐採対象の大樹(旗艦)へと進み続ける。

 

しかし敵も決死だ。いや必死というべきか。本能的に彼の弱点をついている。彼のESVの剣の射程である5kmというあまりにも短いその距離。その間隔で艦を並べ攻撃を当てることを重視せずにただただばらまいたのである。

ESVは対艦戦闘に関しては無類の強さを誇る。高い機動性と回避性能から成立する強襲の成功率。シールドをほぼ貫通できる凄まじい収束率のエネルギー兵器と実体兵器。燃費と継戦能力に関しても悪いものではない。

しかし対艦『隊』戦闘に関しては実のところ不得手とも言える。一隻しかその武装で補足出来ない以上殲滅効率が悪いのだ。密集してくれれば擬似特殊兵装で薙ぎ払えるが、そんなことをしなくとも通常攻撃で牽制やら攻撃等ができる他の紋章機のほうがずっと有用だ。

 

故に同時に攻撃されない範囲で密集陣を組み、かつすり抜かれないような攻撃密度を展開してしまえば、ラクレットは多少の消耗を覚悟して突破するか、虱潰しに削るかの2択を強いられるのだ。

 

湯水の如く弾薬と艦隊が消えていくのを見ながらも、ようやく場外乱闘上等のチャンピオンをリングにあげてロープで囲んだステージに立たせて安堵したのか、カルバドゥスは状況を見直す。このままでは押し切られてしまうやも知れぬ。凄まじいことに敵のシールドの減りは遅々として進まず、こちらの被害速度は矢の如しだ。しかしこちらの損耗率よりは敵シールドの減衰率が高いことを知れたのは彼の精神安定に大きな貢献を果たした。

 

「前衛及び周囲に展開する艦をこちらに戻すのだ!!」

 

本陣へと飛び込んできた敵を強襲するために彼は放射状に展開させていた艦隊を『反転』させて、攻勢に転じた。

 

 

 

それが最後の歯車が嵌まった音であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーンエンジェル隊! 出撃!!」

 

────了解!!

 

 

限界までステルス性能を上げ接近していたルクシオールから残った天使たちが羽ばたいて行くその様は味方からすれば天の軍勢であり、カルバドゥスから見れば死神の列であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、うんすごいね、リコ。あのワープ、シミュレーターのバグだと思ってたけど」

 

「はい。まさか実機で出来るなんて。ちょっと言葉が出ないというか」

 

「やりすぎだろ、アイツ、いや絶対」

 

「NEUEを平行世界を支配するEDEN軍。味方で良かった。コレに挑もうとするのは絶対にNGだ」

 

「全くよ。アタシも流石にアイツが此処までとは思ってなかったわよ」

 

「でもラクトは言ってたのだ。この程度の敵は一人で十分なのだって」

 

「なのだは言っていたなかったが……成る程これが教官の本気の対艦戦闘か」

 

 

飛び立っていく天使たちは自分達が追いかけている一等星への道筋の険しさを強く感じ取っていた。半年間走り続けて少しは近づいたと思ったのだが、まさかの星までの案内人にして道標であったラクレットの先導が此処まで苛烈なものだとは思わなかったのである。

 

 

「兎も角、敵は背中を見せている! ナノナノとリコとボク達で前衛に突っ込む。ロゼルはアニスと下弦方向の殲滅、終わり次第掃討戦に突入。リリィさんはボク達とナノナノの援護射撃、テキーラはリリィさんの護衛! 」

 

「了解なのだ! 」

 

「おう、任せとけ!」

 

 

それでも彼女たちは走り続けていくしかないのだ。エンジェル隊というネームに押しつぶされないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、ラクレット君は相変わらずやりすぎねぇ。もうちょっと地味にしてほしかったけど」

 

「如何なさいましたか? 艦長」

 

「なんでもないわ、総員警戒を続けて」

 

 

思惑通りでは有るが、予想以上のそれに困惑している艦長がいたのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弱い、ぬるい。運用がなっていない。だが、艦の性能だけは妙に高いな」

 

 

場所は戻って最前線。敵集団をちぎっては投げ、と言わんばかりにスクラップに変えていくラクレット。しかし、彼が口に出したとおり、敵の基本的な陣用は所詮一流未満止まりだった。基本に忠実であり、凡庸な攻め手。崩されれば粘りもなく脆いそんな陣形と動きだったが、艦のスペックが高いせいか、殲滅効率が予想より低いのだ。

きな臭いものを感じるのだが、この戦場レベルで出来ることではない。5年前ならば自分で考えず上に投げればよかった問題であるが、今は立派な首脳陣の末席である故に、この戦闘が終われば協議する必要があると考えると頭が重い。主に恋人との時間が削られるという意味で。

 

 

 

「このままだと、逃げられるか、仕方ないがな」

 

 

流石に彼も文字通り全滅させるのは、シミュレーターでエネルギー無限設定でもなければ無理だ。強襲とは即ち、ある種の勢いというエネルギーを戦況と言うものに変換させる行為である。位置エネルギーと運動エネルギーの関係のように時間とともに移り変わっていき覆されるのだ。壊滅的な被害を与えて手足をずたずたに切り裂いて半身不随にしても、脳だけは無事に逃げ延びられてしまう程度の余裕を残してしまう。

 

最初から敵の撤退は見越していたものである。仮に彼が狙撃特化の英雄であればまた話は違ったのであろうが、性質として真逆。寄って切る。それしか出来ないのだから。敵を前に布陣させるように誘導する策や、敵艦隊が壁として利用しているアステロイド宙域を逆落しが如く突っ切り乗り込んだのならば話は別だが、今回の主目的はそこではない。

ラクレットはまだ気づいていないが、ココはあの嫌らしい(褒め言葉)タクトの愛弟子である。タクトは人の心理の空白や隙を狙った策よりも、意図的にそれを作り出させる策を好んでいた。ヴァル・ファスク戦役後期などの、自身の手腕が警戒されていることを前提とした、思惑を逆手に取ると言ったそれだ。ココはそれを此度の戦いで擬似的に再現しようとしたのだ。

 

まだ情報は少ないが、形式張った戦いの場を用意している風習と、すでに首根っこを押さえられている状況。そういったものから敵が何かしらの狩りのような動きをしているのではないか。彼女はそう感じ取った。何よりもこちらの最新鋭の技術支援を受けていないにも関わらずこちらのよりも射程の長い戦艦を用いている敵など、背後に何かありますと言っているようなものだ。エオニア然り、レゾム然り、フォルテ然りだ。

 

ルクシオールを1隻とエンジェル隊を指定している以上こちらの情報をある程度掴んでいることは確実であろうが、かつてのカースマルツゥのように対策取った陣容ではなく砲戦主体の艦隊で構えていることがロゼルにより分かった。

つまりこちらは強いと認めているが、どれ程かをわかっていない。多少性能が高い艦『程度』で押し切れると侮っているのだ。その認識も1戦すれば拭われてしまう。三公爵のうち一人が我々と名乗り決闘を仕掛けてきたのならば、権力争いのゲームとでも見るべきだ。今後のことを考えると布石を用意したい。

つまりだ、この艦の最大の脅威を敵に意識させたのだ。今後敵はルクシオールのエンジェル隊を相手にするのではなく、ラクレット・ヴァルターの駆るESVとルクシオールを相手にしなければならないと認識させるのだ。不安になり土俵を変えようとすればそれで上々、そうでなくとも今後は彼を見せないだけで周囲全方位に過剰に警戒をする羽目となる。

先のヴェレルとの戦いでは手札でも場でもなくポケットに仕込んであったのが強みであった。今回は山札か手札に眠っているかもしれないという状況が彼女の強みと動く。それがココが一先ず打ちたかった布石なのだ。

 

 

「顔を真っ赤にして捨て台詞とか吐いてくれてると嬉しいのだが」

 

 

追加としてなのか、彼は今回オープンチャンネルに繋がらないようプロテクションがかけてある。故に彼は敵の顔も通信も見えず聞けず、敵も同じなのだ。ココ・ナッツミルク艦長はそのオーダーの際にニコニコと笑みを浮かべていたので後で効果を考察しようと心に誓うのだが、その合間にも敵の置き土産となりつつ有る艦隊を撃破。旗艦へと向かう。

すでにクロノ・ドライブでの撤退態勢に入っているのか迎撃は散発的だ。急げば仕留められるか?と頭に欲がちらついてくる。

 

 

「お疲れ様、ラクレット君。敵の戦意喪失を確認したわ。追撃はいいから宙域の状況を終了させて」

 

「了解です……と言いたいですが、一度補給を要請します。復路を考えると戦闘行動は若干厳しくなります」

 

「許可するわ。既に他の隊員達が仕事を取られないように躍起になっているもの」

 

 

それを見越したかのようなタイミングでの通信に彼は冷静さを取り戻す。一人で全部やっつけちゃって良いと言われたが、大事なのはこの戦場での勝利であり、敵の殺害ではない。紅く光る紋様を鎮めつつ、彼は冷静に分析しつつ応対した。

 

「久々にやんちゃした感想はどうかしら?」

 

「ココさん……いえ、艦長も人が悪い。聞かなくても分かっていらっしゃるのでしょう?」

 

「あら、ごめんなさい。貴方が予想以上に暴れてくれたお陰で、敵の撤退が思ったより早いの。データが不足するかもしれないから、機嫌が悪いのかもしれないわ」

 

「お褒めに預かり恐悦至極ですよ」

 

 

軽口での会話をご所望だと判断したラクレットは、戦闘中はよく回る口でそう返す。その会話を聞いたクルー達は彼女の思惑通り、映画のような歴戦の古強者の余裕のやり取りで尊敬と安心で心の中を満たした。微妙な表情の変化をブリッジから見える艦内各所のモニターを通してみたココは、成る程と一人納得する。タクトさんの軽口やレスター補佐官との馬鹿なやり取りもあの空気を作る上では大事な儀式でもあったのだと。大一番のしかも事実上の初陣にしては、実のところ手探りで色々やろうぜの精神で試行錯誤している彼女だった。顔に出さないのは流石だといえるが、それも仕方ないと。なにせこの艦で彼女以上経験のあるスタッフがいないのだから、いま会話している相手を除いて。精神的な支柱のような存在に彼女はなる必要があるのだから、弱みを見せることは出来ない。

 

 

「ルーンエンジェル隊の各員はそのままカズヤ君の指揮で敵艦隊の無力化をお願いね。慰労会の準備を勧めておくから、頑張って頂戴」

 

────了解!!

 

 

 

悲壮感はないし、焦りもない。だが、どことなく寂しげな彼女の横顔を一人の目の細い男性が眺めていたことに彼女が気づくことは終ぞなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この操作ログ……やはり真似できるものではない……か」

 

 

戦闘と事後処理さらに、その後の慰労会という名のお茶会も終わった激動の日の深夜。艦内の照明は控えめにされており、今は夜であると自己主張している中、シミュレータールームで座先に座ってウィンドウに流れる文字を高速で目で追う青年の姿があった。

 

たしかに勤勉であるが、出撃を終えたパイロットとしては減点されかねない行為である。それを自覚しながらも彼はその彼の至上目的の為に止まれなかった。

濃密な文字と数字の羅列を前に眼精疲労の症状が出てくるものの彼は眼と手の動きを止めることはなかった。

 

 

「流石にこの瞬間ドライブ(仮称)は再現できない、人間には不可能。わかっていたことだけどね」

 

 

そう漏らす声の音には悔しさと無力さが篭っていたが、彼の表情は悲観的ではなかった。なにせ、そこを除けば今の彼────ロゼル・マティウスにとっては実現不可能な動きではないからだ。勿論容易くはない上に、機体特性差から再現する必要性もないであろう。しかし、そう彼にとっての師匠であるラクレットのESVの動きをほぼ完璧にトレースするだけならば、それならば自信を持って言える。

 

「でも、僕ならばそれ以外なら『もっと上手く』できる」

 

ロゼルはそう言い切った。言ってからそこまで言ってしまった自分に苦笑してしまう。しかしながら、それは事実であった。事実としてロゼルの『操縦技術は』ラクレットを上回っている。攻撃や先読み、直感に経験。そういった総合的な戦闘能力ではまだ及ばないものの、ロゼルはラクレットの操縦技術に関しては全て吸収したと言っても過言ではなかった。理由は単純に彼にはESPによる未来予知がない。それだけだ。

 

ラクレットの操縦技術は今のロゼルから見れば最善手を打ち続けているようには見えない。だが『場当たり的に』全ての勝負に勝ち続けているから強いのだ。未来予知によって見える光景を頼りにしている。逆にロゼルはその最善手を打たなければ負けてしまう。だからこそ彼は磨き上げたのだ寸分狂わず自分の思い通りに動かせるように。その思いと言う名の戦闘の流れを構築する能力ではまだ負けているが、少なくとも自分の手足以上に操れなかれば、そこで負けている相手と戦えないのだ。弱兵でも神速の運用が成せれば、強兵を破ることも有る。そんな考えが彼の心根にあった。

 

ロゼルは知らないが、ラクレットもこのことは把握している。Vチップを用いたエネルギー制御と未来予知という反則じみたESP、その優位性がなければ自分の最強という立場は怪しいものだ。しかしラクレットはその事実を飲み込んだ上で、自分の力としてそれを使っている。彼自身全エンジェル隊で最も上手に機体を操っていると尋ねれば自分の名前ではなく、ロゼルかランファ、もしくは機体特性上ミント、ある意味でのミルフィーユを挙げるであろう。(では最強は? と聞かれればノータイムでこの僕だ! と答えるが)

 

 

「まぁ、結局のところ強くなければ、勝てなければ何の意味もないのだけどね」

 

 

真理である、そしてそれこそがこの場に今彼がいる理由であった。

彼の心のなかで2年以上燃え続けている決意にして道標にして、彼は決して認めないが呪いだった。

 

 

「ビアンカ見ていてくれ、今度は僕の番……そうなんだろ?」

 

 

どこまでも貪欲に、操作と操作の合間にある微妙な間すら、意図を考察する。気の遠くなるようでいて、どこまでも遠回りに見える近道。それを彼はただひたすらにこなしていた。

 

 




色々あって遅れました。
言い訳は別のところに書くとします。
のんびり再開です。
何度も言ってますが
私のGA愛は不滅なので作者死亡以外の理由では絶対エタりません。
気長にお待ちいただけると幸いです。


こんなになっちまった主人公ですが
まだ強化(成長に非ず)の余地があります。

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