銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第9話 蛇の巣を超えて

肉眼では見えない大きさでは有るが、無数に点在する機雷群。素早く飛来した場合、物理的接触による誘爆や、それによって足が止まったところに、追加で誘爆していく────という受動的な罠だ。規模の小ささゆえのステルス性やその在り方から、ピアノ線を筆頭するブービートラップのような、凶悪さが感じられる。

 

そんな物騒なものを惑星の周りに大量に設置した人物は、一体どんな心理状況であったのであろう。

 

 

「侯爵、ルクシオールの反応を確認しました。ご指示を」

 

「総員戦闘準備、周囲への警戒を欠かすな。特に振動波と熱探知を最大にしろ」

 

「了解しました」

 

 

少なくとも表面上は、一切普段と変わらない様子であった。ベネディクタイン・パイクは老獪という言葉が服を着て歩くような人物であり、この程度で狼狽を見せるような器ではなかった。既に戦闘開始時間が近づいているために、部下には少しばかり緊張しているものが見えるが、彼本人はいたって冷静であった。

 

 

「通信要請が来ています」

 

「繋げ」

 

「了解しました」

 

 

彼が集めた部下は事務的な受け答えを返すものが多い。静寂を好む彼らしい選択ではあったが、戦闘前の熱気とは無縁であった。

 

 

「どうも、こちらはルクシオールブリッジよ。10分前行動で到着してあげたわ」

 

「減らず口を」

 

「それで確認したいのだけど、貴方『達』を倒せばこちらの勝ちでいいのよね」

 

「……どうやら公女様はおしゃべりのようだな」

 

 

たった一言のやり取りで、彼は自分たちの情報が、ある程度流れていってしまっているのを感じ取れた。カルバドゥスならばこうは行かなかったであろう。彼の冷静さと聡明さはたしかに一流のものであり、少なくとも侮って良い存在ではない。

 

 

「あら? 何のことかしら」

 

「ふん、まぁよい……好きに足掻くのは自由だ。良い趣味だとは思わないがな」

 

 

そして、この会話のウィンドウに映る敵の女艦長が、ズーム気味なバストアップの映像であること、今の会話の間に少しばかり右肩が動いた事で、彼は何かしらのハンドシグナルを送ったことを察した。病的なまでの観察眼である。

 

 

そしてそれは事実であった。この瞬間からルクシオールの作戦は始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「反応確認したぞ、リリィ」

 

「OKだ、ヴァル……ラクレット」

 

 

ルクシオールからの信号をキャッチしたESVに搭乗中の二人。実機でもシミュレーターと同等に、いやそれ以上のシンクロ率を叩き出していたのは、二人共に練習を全力でする故に本番で強いというタイプだからであろうか?

 

 

「馴れないなら無理に呼ばなくて良い」

 

「それはNGだ、私たちは仲間でも有るが、今日はバディだ。背中だけではなく命を預けあうのだ」

 

 

自然と、そして無意識で彼女のことを名前で呼ぶことにしたのだが、それに対する彼女の反応は少しばかりぎこちないものであった。しかしながら、彼女にも謎の哲学めいたものが有るようで、少し外れた答えが帰ってくる。

 

 

「……何かの映画でも見たのか?」

 

「ああ、安かったのでな!」

 

 

成る程と納得してしまうラクレット。なにせそちらも含めて自分の関与することだったのだから。戦闘前とは思えないほど弛緩したこの空気を切り替えるようにラクレットは口を開き前を向く。

 

 

「それはよかった、さてお喋りは終わりだ、早く終わらせないとヤバイからね」

 

「何か問題が?」

 

 

振り向いて小首を傾げるリリィ。全くもって自分のすぐ後ろに屈強な男性がいて、密室空間で、身動き取れないような状況にいることを意識していない。それを考えると変な考えが頭に思い浮かびそうで、彼は自分にも、そして彼女にも注意することにした。

 

 

「いや、目の前のことに集中してくれ」

 

「OKだ!」

 

 

二人は機体へと送られてきた作戦開始のシグナルを感じ取った瞬間にスイッチを切り替える。任務は簡単だ。必要な加速を得た後に、ひたすらに慣性飛行でラクレットが敵本陣に向けて進み続ける。その間に、リリィが周囲50㎞の反応し得る機雷を、50cmの精度でひたすら無力化し続けて潜行し先行する。言葉にすれば単純だ。

 

 

「H.A.L.Oシステムの同調率を高める。負荷と処理はこちらで受け持つ。プレコグのヴィジョンの焼付はいらないんだったな?」

 

「ああ、それでOKだ! 体感時間の減速で十分捌き切れる」

 

「化け物じみているな、リリィ。君は本当に」

 

 

1つあたりにかけられる時間は、網目状に均等に配置されていると想定して、最小ルートで約1/80秒。H.A.L.Oシステムとの同調により減速する体感時間で考えても、1モーションで7つまでさばき切れる彼女は人外と言って差し支えないであろう。しかも5㎞先の50cmの目標に寸分狂わず刺突か斬撃を当てるのだ。

 

 

「私に言わせれば ヴァル……ラクレット中尉も大概だぞ、操縦桿をコンマ1ミリも傾ければ、航路は大幅にずれるのだぞ?」

 

「体を動かすのに、神経系しか伝達経路がないなら褒められるであろうが……もう一つの経路があるからな」

 

 

ラクレットの方も、自身の同調率を限界まで上げ、自分自身をESVの回路と化して、Vチップと接続。ヴァル・ファスクとしての能力を十全と使った操作だ。攻撃まではこの方法では適さないのだが、操縦に関して言えば、最高の手法と言えた。

 

 

「敵のMAPの縮小サイズ的に、気づかれるとしたらそろそろだ」

 

「OKだ、ここからは速度を優先したい!」

 

「把握した。ここまでこれれば充分であろう」

 

 

 

作戦予定時間である2分の内、約3/4が経過した辺りで、二人は操縦の質を切り替える。敵艦の感知・探査系統の大凡の目途は立っている。

そこから考えると、艦の周囲ほど正確な情報が入る仕様上、幾ら隠密性を高めても、最終的には発見される。だが、目<センサー>で見て頭脳<クルー>が気づいてから、反射防御の腕<攻撃命令>が上がるまでに、こちらの拳<剣>が顔面<旗艦>を貫けば、その後の拳闘はこちらが有利になるのは明白。

気づかれても、策を練るタイプはまずどういった裏を書かれたのは、策にどのような不備があったのか、まず思考してしまう。これが先のカルバドゥスのようなタイプであれば、即座に攻撃に転身するやも知れぬが、1つの想定外がより大きな致命的な攻撃への布石である危険性が見える以上、二の足を踏むのは仕方ないのかもしれない。

 

 

「して、操縦は?」

 

「エネルギーだけくれればOKだ!」

 

「ふむ、お財布扱いか、それも良し」

 

 

二人の操るESVは隠密潜行から、見敵必殺に切り替える。もうこうなれば、リリィが操縦桿を握る意味は薄いのだが、ラクレットは必要にかられるまで、好きにさせておくことにした。機動制御権を握るまでにはコンマ一秒もいらないし、機体のシールドがある異常、超兵器でもこない限り発見してからの対処で問題だって構わないからだ。

 

 

「さて、タゲ取りの時間だ」

 

「む? 注目を集めるという意味か、OKだ、派手に行くぞ」

 

 

端的に言って二人の状況は最悪と言って良い。敵地に単騎で機雷原のど真ん中である。敵の兵装がミサイル主体であれば、爆破距離設定で誘爆を狙らえれば、爆発の連鎖が瞬く間に起きるであろう。しかし、敵は対空カスタムである以上、主兵装は機銃や歪曲レーザーになる。加えて、そもそも技量の高さでは比類無きエキスパートが得意分野で戦っている以上、簡単にやられるわけがない。

 

そして敵の目が第一の囮に向いている間に、間髪入れず所定の時間になり第ニの囮が到着する。

 

 

「始まったな」

 

「戦場で足もとの死体が襲い掛かってくる心境とは、あのような状況かもな」

 

 

システム再起動を果たした、星系を周回軌道で公転していた防衛衛星が、敵陣のど真ん中で攻撃を開始したのである。本陣で戦況を眺めていたら、騎兵隊が監視をくぐり抜けて目の前まで強襲してきた。それに対処しようと、立ち上がったら、天から矢が降ってきた。そんな急転直下という言葉が生ぬるい状況で、どれだけの将がまともに指揮を取れるか。

そしてラクレットはなんとなくリリィが観た映画のジャンルを察していた。

 

 

────ルーンエンジェル隊、出撃!!

 

────了解!!

 

「お、了解だ!」

 

「了解だ!」

 

 

最高といえるタイミングで姿を表した『ルクシオール』から出撃していく機影が、レーダーに浮かび上がると同時に、通信が入ってくる。後はもう負けることはないであろう。

 

 

「最近完全独立戦力として動くことが多いな。分隊でも作るべきかな?」

 

「ふむ、ラクレット中尉は独り言が多いのだな」

 

「寂しい老人みたいだろう?」

 

「そのジョークは自虐的だな」

 

そんな軽い会話を交えながらも二人は、退路を確保しつつ、最大限敵の注目を引けるように、機雷を恥素子ながら、敵艦隊に接近し続けるのだった。

 

 

既に趨勢の決した戦場から、ベネディクタインが逃げるように去るまでは、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「損害は軽微、補給も禁止されてないから受けられるけど」

 

「やはり、紋章機のパーツや弾薬は特殊規格ですから、節約したいものです」

 

 

戦闘後のレポートを読みながら、ココはブリッジでそう呟く。戦場はピコであり、NEUEの中でも大きな港が有り、比較的発展している故に、勝ったは良いが食料が手に入らず占領地を焼き払うなどと行った、ストラテジーゲーム下手のような行動を取る必要はない。

しかし、まるっきり明るい話題ばかりではない。通常時ならば問題なくEDENから流れてくる物流が途絶えているために、多くのものを現地のものに合わせて補充する必要がある。ネジなどの細かい部品だって、本来ならば製造元を揃えるべきなのだが、贅沢はいっていられない。

UPWの設立前から、共通規格の設立はされていた為に、最新艦の『ルクシオール』でも武装に関しては問題ないが、皇国内でもEDENでも特殊な立ち位置である、紋章機達は乱暴に言ってしまえば、前文明の規格なのだ。

 

そもそも皇国軍を母体とするEDEN軍およびUPW軍の標準規格とは即ち皇国の規格であり、これが今の平行世界のスタンダードだ。

しかし、紋章機やエルシオールは平行世界文明が健在だった、クロノ・クェイク以前のEDEN規格である。皇国の文明の礎となっているのは、そこ由来の白き月だが、リバースエンジニアリングの過程で簡略化ないし変更されたものもある。

 

長々と話したが、紋章機とエルシオールは特注の装備が多いということだ。対策としてあえて相互に互換性をもたせた機体や武装(ホーリーブラッドなどもこれに当たる)を流通させ、平行世界を版図とする商会などに販売させる。NEUEの各勢力付近に駐留する艦隊の輸送艦に搭載しておくと言った手法は取られている。

 

現状、輸送艦はご丁寧にこの場になく、各商会との連絡も取れない。この戦いが後数戦ならば問題ないが、このペースで戦いが続くとなると、一月程でフルメンテが難しくなる。各紋章機の互換性のあるパーツを偏らせて運用しても二月で全機出撃は不可能になる。

接収してある、ナツメの紋章機パピヨンチェイサーをばらして流用しようにも、パピヨンチェイサー自体がメンテナンス不全状態なので余り意味がない。

 

 

「その点ロゼルくんは本当に有り難いわね」

 

「整備クルーも驚いています。さすがは最精鋭部隊出身というところでしょう」

 

 

ホーリーブラッドは、コンセプトの通り、多くのパーツは通常規格で作られている。AIやそれ関連のユニットはともかく、ハード面での大凡は一般的な皇国戦闘機の拡大発展型だ。故に部品の入手が容易い。

更にそれに加えて、ロゼルの操縦技術の高さが、各パーツにかかる負荷を最小限にしており、摩耗や劣化を可能な限り小さいものにしている。

更にロゼル自身も整備に関して本職とまでは言えないものの、基礎的なメンテナンス及びトラブルシューティングが出来るという整備班いらずな状況なのだ。

お財布に優しく、扱いも簡単と素晴らしい機体に、ココとタピオはノアに心のなかで感謝するのであった。

余談だが、ESVとラクレットはその戦闘スタイルのせいで、腕部の摩耗が激しく、整備やコストという点では中々に難がある。弾薬費用まで合わせたトータルの運用コストでは費用対効果では優秀だが、物品対効果では今一つといったところである。

 

「こうなると、ホーリーブラッドにブレイブハートとの合体機構がないことが惜しまれるわね」

 

「そうですね、この動乱が終わったら上申してみましょう。良い意見だと思われます。ある意味でコンセプトの真逆を言っていますが」

 

ブースターとしての役割が強いブレイブハートだが、量産出来ない以上、人が作り誰でも使えるを謳うホーリーブラッドに互換機能を持たせる意味は薄い。しかし現状を鑑みるに、補給線が細い並行宇宙において、継戦応力の高さに特化した機体に映るホーリーブラッドの純粋な強化案は、喉から手が出るほどには欲しいものだ。

 

 

「防衛衛星の再起動作戦でも、98%を慣性飛行だけで移動していますね、驚くべきことです」

 

「今はもう13人いるエンジェルだけど、パイロットの専門課程を修了してるのは彼だけよ。そう考えると当然だわ」

 

「艦長、パイロットの専門訓練を受ければ、誰でもマティウス中尉のようになる訳ではないかと」

 

 

ココは経歴として、紋章機などの超兵器が飛び交う戦場しか経験していないために、やや感覚が麻痺している。そのためこの場合はタピオの意見のほうが一般的である。

 

「さて、カー中佐、補充物品の目録照らし合わせが終わり次第、ピコの政府との対談よ、準備をしておいて頂戴」

 

「畏まりました、艦長。ですが私のことはタピオとお呼び下さ」

 

 

ココはテキパキと指示を出して、次の戦いに備えるのであった。

残る3公爵は一人、過半は過ぎたが油断できる状況ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、衣料品は2番めのコンテナの上に、食料は搬送エレベータの近くでお願いします」

 

「マティウス少尉、この納品書にサインを!」

 

「了解……ん? このコーヒー微糖と無糖の数字が発注書だと逆だ。一度確認してきてくれ」

 

「か、畏まりました!!」

 

「シラナミ少尉! ネムス物販の娯楽品管理は提携店の方ですか?」

 

 

現在大量の補充物資が搬入されてきている格納庫で、ロゼルはなぜか陣頭指揮をカズヤとともに取っていた。

戦闘後の強制的な休息シフトを終えた頃にちょうど始まった補給は、首脳陣がこの後予定されている会談の準備で忙しいために、実のところ数少ない尉官であるロゼルとカズヤがいたほうが、スムーズに決済できるためである。

 

 

「えっと……ごめん、ロゼル! どこだっけ!?」

 

「カズヤ、落ち着いてくれ。娯楽品関係は指示書の17pにあるはずだ」

 

「ありがとう! えーっと……うん、食堂じゃなくてコンビニの管理だから区画を分けておいて」

 

 

何時もならばこの手の雑用を喜んで引き受けるラクレットは別件で動けない為に、本来ならば隊員のテンション管理に行くべきカズヤが手伝っているが、慣れない作業のために少し手間取っている。

とは言っても、問題があるわけではない。元々前職ではキッチンの物品を管理しながらパティシエをしていたのだ。規模が大きくなっているので少し焦っているだけである。

 

黙々と確認とサインを繰り返しながら指示を飛ばしている二人だが、気がつけば砂糖菓子にたかるアリのように取り囲んでいた業者やクルーは消えていた。コンテナ自体の搬入が終わり、荷解きや収納の作業に移行し始めたためであろう。

 

 

「漸く一段落ついたか」

 

「うん、ちょっと疲れたね。それにしてもロゼルは凄いね、慣れてるの?」

 

「いや、雑務経験はないから初めてさ、でもこの程度ならマニュアルを一度読めば充分だろう?」

 

 

さらっと嫌味にも受け取られかねないことを言うロゼル。しかし本人としてはそんな意志は一切ない。

そもそも、育ってきた環境が、EDEN星系有数の大人口星で同世代と常に鎬を削ってきた、エリート系シティボーイと。人口限界が見えてきた過疎星系で育ち、専門学校で部門トップ卒業した以降アルバイトしていたカズヤでは、思考や言動にも文化的差異がある。

自分の優秀さを証明し続ける必要があったロゼルにとって苦労とは、短期間での習得ができないものであり、他人に見せるべきではない。逆に周囲の和の調停を仕事とするカズヤにとって苦労とは、共感性を高めるために全面に出してしかるべきものだ。

 

 

「平然と言える君が凄いよ。この後はどうするの?」

 

「リコとの約束があるから、彼女の用事が終わり次第そこかな?」

 

「ああ、シミュレーターのプログラム設定を教えているんだっけ」

 

 

ロゼルはその知識や経験を頼りにされた場合、自分の時間が許す限り応えようとする程度には人格者である。今回もその件であり、リコから希望されていた簡単な講習を行う予定であった。とは言ってもリコも軍学校を卒業しているために、最低限は出来るのだが、学校で教わったのは一般的なシミュレーションであり、現状では活かしにくいために専門家であるロゼルに教えを請うたのだ。

余談だが数ヶ月前、リコがラクレットに同様の頼みをした際には、ユーザー以上のことは教えられないというシンプルな答えがが帰ってきた。彼が持っているスキルは実のところ座学よりも実戦で培うものが多いのだ。ようするに出来ないのである。

 

 

「というよりも、環境の構築の方だけどね」

 

「僕も興味あるけど、足引っ張るのも悪いかな?」

 

「教えるのは構わないけど、それはリコ次第じゃないかな?」

 

「うーん……いいや、今回は遠慮しておくよ。時間がある時にリコに教えてもらおうかな」

 

「まさか、このタイミングで惚気を聞かせられるとは思わなかったよ」

 

 

君には負けたよと、気障な笑いと肩をすくめる動作が妙に様になる男であった。

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、ルクシオール。自己紹介は不要だね? 招待状を送ったからそれに従ってくれ」

 

「あら、ご丁寧にどうも。今度はマジークとは、巡礼ツアーでもさせてくださるのかしら?」

 

 

時間は戻って戦闘直後のブリッジ。機雷処理を防衛衛星に任せて紋章機が帰還した辺りだ。お約束となってきている3公爵からの通信がはいったのだ。

最後の一人はジュニエヴル・ハチェット。アームズ・アライアンス勢力の中心星であるハチェットを治めているイザヨイ家の摂政である。摂政という文字からわかるように、ナツメは次期公女ではなく、既に即位している現役の公女、わかりやすく言えばプリンセスではなくデュークに近いのだ。正確に記すと女公爵である。逆に言うと実質的に政治を取り仕切っているのは彼であるといえる。

長い青白い髪ををまとう細身の美丈夫である彼は涼しい笑みを浮かべており、既に2本取られている側としては迚も相応しくない余裕が、不気味さを加速させている。

 

 

「残骸を牽引してでもいいなら、戦後に考えておこうかな」

 

「……ふーん」

 

 

たったふた言の会話のやり取りでココは少しばかりの情報を掴んだ。それは彼自信に自己顕示欲のようなものを感じるが、それのみが純粋な動機ではなく、別の要因が別方向に作用しているような、少しばかりチグハグな印象を受けた。

完全な直感ではあるが、それでも直感に従った場合大金星を上げる元上司とそこに幸運ブーストをかけるその細君を思うと、馬鹿にできない感覚である。

 

 

「そちらの公女様を預かっているけど、摂政としては何かないのかしら?」

 

「我が身可愛さに亡命した公女なんて、国民の感情に配慮したら無償受け入れなんて出来るわけ無いだろう?」

 

「……そう、その辺りも織り込み済みってわけね。まぁ紋章機をわざわざ送ってくれるお客様には熨斗をつけてお返しするわ」

 

 

戦闘後で、かつ通信を切っておいて良かった。ココは内心でそう呟いた。これほど悪逆非道を絵に描いたようなわかりやすい悪役はなかなかないであろう。まるで型にはまった悪役を演じているかと錯覚するほどだ。

 

 

「ま、ご老人達と一緒にされるのも嫌だから、せいぜい足掻いてくれるとこちらとしても楽しみが増える」

 

 

ジュニエヴルはそれだけ言って通信を遮断した。

ココは既にタピオが目を通していた、詳細の書かれたデータを読み込むが、目的地がマジークであり、補給と移動を加味しても2,3日ほど余裕があるスケジュールであること以外に目新しいものはなかった。

 

 

「艦内を通常シフトに移行! 。ルーンエンジェル隊と整備班は24時間の休息の後復帰。復唱!」

 

「了解、艦内を通常シフトに、ルーンエンジェル隊と整備班は24時間の休息」

 

 

ココはそう言うと、この場をタピオに任せて自分のオフィスに戻る。一時の休息を得るために。

しかしながら、この後に行われたピコの現地政府との情報交換においても有力な情報を得ることはできなかった。

彼らとしても突如現れた艦隊に封鎖され、クロノストリング由来のテクノロジーが封じられたという未曾有の事態だったが、それだけだったのだから。

 

 

幾ばくの不安を残し、ルクシオールはマジークへと進路を取るのであった。

 

 

 

 




お久しぶりです(1年振り)
以前申し上げたとおり作者死亡以外では絶対にエタリません
短いですが、リハビリと復帰がてらの1話です。
勘を取り戻しつつマイペースに書いていく予定です。
詳細は割烹に書いたので簡潔に。

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