空白期6
厳しい師弟関係のように見えるラクレットと訓練兵たちであるが、別段関係が陰険なわけではない。公私は割ときちんと分けるラクレットからすれば当然だが彼等とは年も近く仲良くなる要因はいくらでもあった。暇があれば妹かラクレットの話ばかりしているロゼルがいたという事もあり、プライベートでは友人のような関係であった。呼び名は教官であったが。
例えば週末には、ラクレットが英雄的お仕事のため忙しいのだが、そうでない日例えば、訓練の後にある戒律上の休みの日である安息日などは、ラクレットを伴って、歓楽街として作られたスペースに出かけたりしている。年も近い上に同性であり、趣味というか職業も似ているため専門的な話ができる関係は、実際親しくなるのに時間はかからなかった。
訓練の時は慈悲と容赦という言葉が無い鬼のように強い教官も、プライベートでは若干人見知りをするが当たりの良い青年に過ぎないことを知った訓練兵たちは、少し驚いたものの、受け入れたのであった。
そういったわけでロゼルは、明日の安息日に、また出かけませんかとラクレットを誘いに彼の部屋に向かっていた。
前回ビオレが面白がって、綺麗なねーちゃんがお酒を注いでくれる系統の一番高いお店に皆を連れて行った。訓練兵とはいえ立場上稼ぎはいいのだ。使い道も少ないので特に。皇国においてもEDENにおいても年齢制限などないので、全く問題はなかった。
そこでテンションが上がり調子に乗りすぎてしまったコークとビオレとジンジャーが備品等を壊してしまい、目玉が飛び出るようなお値段を請求された。
顔を真っ青にしていた3人だが、遅れて合流したラクレットが平謝りしつつ全額弁償し、さらにワビを入れる甲斐性を見せると、店側はすぐに手のひらを返したのだった。というか、ラクレットの正体を知った事が大きいのかもしれない。彼としては体の良い金の捨てる場所ができたという感覚なのが恐ろしいことこの上ないが。
さらにラクレットは全員分の会計をカードで済ませ立ち去ろうとしたのだが、何がどうなったのか捕まってしまい、夜通し騒ぐことになってしまったのはご愛嬌であろう。最後まで素面だったのは一番勧められていたラクレットだけであった。
その騒動でラクレットが総額払ったお金は自家用シャトル1隻分くらいなのだが、涼しい顔をしていた教官に、我に返った訓練兵たちが土下座しつつ、改めて尊敬を深めたのは余談だ。
このように、毎回何かしら面白いことが怒るのが、ラクレットの教え子たちのお約束だった。ラクレットとしてはそんなところもエンジェル隊に似なくてよいのにとは思っているのだが。
「教官、今よろしいでしょうか」
「ロゼルか、入ってくれてかまわないよ」
ラクレットの私室についたロゼルは、プライベート時間の対応でラクレットの許可をもらい入室する。訓練兵たちの部屋と造りは変わらないシンプルな部屋だが、今日はそこに先客がいた。
「丁度よかった、今お前たちの話をしていた所なんだ。ロゼル」
「はぁ、そちらの方は? 」
ロゼルが目にとめたのは、ラクレットが座っていたであろうソファーの正面に腰かけている小柄な人物だ。柔らかい栗色の髪を耳にかかる程度に伸ばし、緑色の帽子をかぶっているが、向きの関係で顔までは見えない。
ラクレットに招き入れられ、回り込むことで初めて顔が見えた。
「貴方がロゼルさんですね。ラクレットさんからよくお話を聞いています。クロミエ・クワルクと申します」
「……! 失礼しました!! クワルク少尉!! 自分はロゼル・マティウス訓練兵であります!! 」
そこにいたのは、温和な少年という言葉が、これでもかというくらい当てはまりそうな人物だった。名はクロミエというらしい、どうやらラクレットと親しい仲だとまで分析と観察したところで、クロミエの階級が視界の端に表示された。
胸ポケットに入れることを義務付けられている軍の階級章代わりの身分証明用のカードを、ロゼルの端末が認識し、視覚に直接投影したのだ。階級によるトラブルを防ぐために、基本的に階級章をつけることが義務付けられているが、軍で働いてはいるものの、制服や衣服の関係でそうできない人物もいる。そういった時スムーズに処理するための機構だ。ARのように、初対面だと視界に重ねて表示されるのである。
「そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ。民間からの協力のような形ですし、所属は白き月の特別研究員……飼育係です」
「は! ありがとうございます」
「まだ固いって、ロゼル。今はプライベートだ」
優等生であるロゼルは、もちろん上官がそういってもポーズとしてそういった態度を維持した。この場の最上位の権限を所持しているラクレットがそういうまでは。
「クロミエは『エルシオール』の頃からの仲間でね、数少ない親友の一人なんだ。今回はEDENからの帰りに立ち寄った、というか拾いに来たというか……」
「あれ? ラクレットさん、僕以外に親友居たのですか? 」
「こんな風に微妙に腹が黒いが悪いやつじゃないんだ」
「ロゼル・マティウスです。教官の戦友に出会えるなんて光栄です」
ラクレットの紹介に軽口を挟むクロミエ。彼はこの度『第一回宇宙生物学会主催意見交換会』に特別研究員として招かれていた。もちろん宇宙クジラのエキスパートとしてである。その帰りにラクレットの星に立ち寄ったのである。
ロゼルも、ラクレットの赦しも出たので、いつものようにさわやかな好青年の態度を崩さず挨拶をする。
「ラクレットさん曰く、非常に優秀なようですね。お話は聞いています。『教え子』の中に非常に優秀な人物がいて、一人に絞るならばそいつにする心算だと『親友』の僕に話していましたから」
「僕もラクレットさんから、なかなか会えない茶目っ気のありすぎる『友人』がいると聞いています。『愛弟子』として、一度お会いしてみたかったです」
「はは、この部屋にいるのは全員一人称が僕だな」
ラクレットは二人の会話を目の前で見て、そういった感想しか覚えなかった。それが幸運だったのか、不運だったのかは誰も知らない。
「それで、ロゼルはどうして……あー、明日のお誘いか? 」
「ええ、ビオレとコークにジンジャーがこの前の謝罪を兼ねて、どっかで飲もうと……ご予定が? 」
「ああ、うん。クロミエがここに来た件もなんだけど。あーまあいいか。すぐにばれるし」
ラクレットは勘の良いロゼルの言葉に、どうしたものか悩むものの、すぐに別に大丈夫であろうと判断した。別段口止めされていることではないのだから。公表がまだなだけで。
「エンジェル隊の解散式を本星でやるから、それの出席のためにね……まあ、移動を抜いても2,3週間は向こうにいるんだ。明日からね。実家にもさすがに顔を出さないといけないし」
ラクレットは17歳になったわけだが、家からハイスクールに通っていたのは14歳の時である。そして卒業して従軍して以来一度も帰っていないのだ。ヴァル・ファスク戦役前は長い休みは訓練に使ってしまったし、その後は精力的にEDENでヴァル・ファスクへの排斥活動の沈静化のために動き、タクト達の帰還と共に『エルシオール』を拠点に治安維持を数か月した後、HB計画に抜擢されその準備に追われる。
その後教官としての仕事の為、EDEN星系近くの星に滞在。これらの間に、様々な講演会やメディアへの露出の仕事もしているのだ。人外的な体力がなければ勤まらない
そしてその人外的な体力でも、家に帰るまでの時間を作り出すことはできなかった。長男は二人と結婚し、子供も生まれた。次男も結婚した。ラクレットは年齢のこともあるが、そういう浮いた話もないので、一端家に帰ることにした。あと数年帰らなかったら、ものすごくうるさく言われるであろうし、帰れるうちに帰るのだ。
「そうですか……それでは仕方有りませんね、皆には伝えておきます」
「ああ、頼むよ」
ラクレットは、ふとエンジェル隊のメンバーのことについて思い返す。出会ってから3年と少し。彼女たちの背中を追いかけ続けて、ようやく並べるようになった。それでも追い抜かせたという自信はない。そんな彼女達が解散し伝説の存在になるのだ。
最後のムーンエンジェル隊。白き月の近衛という役目に縛られた古い慣習を完全になくす。その為に解散するのだ。今後紋章機を操る人員を集めたエンジェル隊を組織しても、そこにムーンという冠詞はつかない。新たな時代への改革であった。
胸に残るこの感情は寂しさなのか悲しさなのか。それは彼にもわからなかった。
解散式はつつがなく行われた。さすがは軍人ともあって、堂々としたものであり、涙を見せるような雰囲気ではなかった。久しぶりに全員が集合した場所であったが、ミルフィーはすぐにAbsoluteにとんぼ返りする必要があった。ここにいる間完全に平行世界間の物流が止まってしまうからだ。
最近では一部の商会が輸出入を始めていた。EDEN製の製品をNEUEで売ることにはそれなりの制限がかかる。NEUE製の製品は珍しくはあるが基本的に性能が悪い。魔法の品などは貴重なために輸入ができない。そういった制限の中でも生き馬の目を抜く商人たちは逞しく通貨の交換を行っている。ミントもその中の一人だ。
彼女は、軍を抜けブラマンシュ商会のNEUE銀河支部長に就任した。親の七光りではない、実力でつかんだ彼女の立場であろう。今後民間側からのNEUEでの補給や支援はブラマンシュが行うことになる。
チーズ商会もそれに追従するようで、NEUEエンターテインメント発展部門という謎の部署を立ち上げ、部長に自ら就任したエメンタールは現地の風俗や文化の勉強をしている。今後も商会同士は二人三脚で行くのであろう。
軍に残る面々もフォルテ、ちとせを除けば今までの職務とはだいぶ変わってくる。ランファは、本格的にマジークに親善大使として滞在し、魔法について学びつつ、今後EDENに魔法使い、魔女が来たときにどういった法や規則を用意すべきかなどをまとめるのが仕事になるそうだ。個人が自らの力だけで逸脱した力を持つことができる為に、重要な仕事であろう。
ヴァニラは完全に研究員待遇でピコでの仕事に付く。廃れてしまったナノマシン技術を復活させつつ、古代の研究プラントを稼働させるようにと、皇国のナノマシン医師団の部下数名を引き連れて活動をするそうだ。
フォルテは、セルダールにて軍事学校の教官職に就任。叩き上げである彼女らしく現場にもきちんと重点を置きつつ、EDENにおける艦隊戦のノウハウを伝える仕事だ。エンジェル隊の訓練は彼女の管轄であったために、そこまで大きな差はないであろう。極秘だが、新生エンジェル隊を組織する際の短期集中訓練も彼女が行う予定だ。
ちとせは今まで通り、『エルシオール』勤務。EDENでの探索活動を行う『エルシオール』は最低1機の紋章機を搭載していないと危険が大きいのだ。半年後完成を控えた新型戦艦ルクシオールに、タクトやココが移籍してしまうため、そういった補充人員との連携の準備もすでに始めている。
それが彼女たちの今後であった。ラクレットは式が終わった後6人が楽しげに集まって話している様子を、少し離れた位置から見つめていた。
「皆さん、お疲れ様です……結局追い抜けなかったなぁ……」
ラクレットは思う。エンジェル隊より自分は強くなることはできなかった。エンジェル隊とは別の戦闘機部隊員として、彼女たちの下で戦ってきた。何度か思うときがあった。自分はなぜエンジェル隊ではないのか? と。
それはきっと自分が子供だったからであろう、あの頃の自分はまだ14歳で実力も局所的なものでしかなかった。経験もなく世間知らずな道化の様だった。
自分が男だったからであろう、あの頃はそういった慣習があった、性別は重要なファクターだ。
そして自分に力がなかったからであろう。あの頃の自分は、エンジェル隊のお助け要因のような、そんな助力しかできていなかった。
ならば、もしもだ。
もしも仮に『新生エンジェル隊』が結成されるとすれば、その中に自分が入れるであろうか?
白き月の女性信奉はなくなり、社会的経験を経て大人になり、銀河でも有数の実力をつけた。そんな今の自分ならば……
そこまで考えて彼は気づいた。自分が力を求めた理由、彼女たちと対等になりたかった理由。
結局は、エンジェル隊になりたかったのだ。ラクレット・ヴァルターという人間はどこまでも『エンジェル隊』というものを崇拝する人物だという事。
それと同時に、彼の心に一つの不安が残った。自分は新生エンジェル隊ができたときに、それを認めることができるのか。そんな疑問が彼の中を渦巻いていた。
「ただいまー」
「あら、ラクレットお帰りなさい」
数日間式典やTV番組などの取材に答えて(いままでありがとうエンジェル隊的なもの)ようやく本来の予定だった、帰省を済ませたラクレット。たまに通信で顔を見ていたものの、この家で会うのは3年ぶりの母親だが、反応は軽い。精々予定とは違う時間に帰ってきた息子を迎える反応だ。自立しすぎると子離れできないと聞くが、うちの親は子離れしすぎだなと、ラクレットは思った。
「疲れたよ、本当。オフで突然帰ってきたのに、港で地元の新聞社が待っていたとかね」
「あなたは本当に有名人ですからね」
「まーねぇー。そろそろ戦争の混乱もなくなったし、求人目的以外では露出無くなると思うけどね」
そんな会話をしながら、ラクレットは玄関ホールを見渡す。自分がいたころに比べて、少し明るくなっている印象を受ける。あの頃はまだ自分を主人公だと信じて疑っていなかったような頃だ。見え方が違うのは当然かもしれない。
「僕の部屋ってまだある? 」
「一応あるわよ、物は何もないけど」
「あー……」
ラクレットは14歳まで私物などほとんど持っていなかった。趣味であったジグソーパズルも完成させたら、家のどこかに飾られて家族の公共物になってしまう。本などもデータで入手できる。そして何より、『エルシオール』で暮らすつもりであったため、極力ものを持たなかった。
あの頃から変わらずある物は、既に小さくて体を丸めないと眠れないベッドに、机と椅子。そして、ギターだけであった。なお、いまだに彼はコードを抑えることができなかった。
「まあ、こんなものかな」
一応されていたが、数日のんびり滞在するために掃除を改めて行い。予想通り小さかったベッドを分解し運びだして、代わりのベッドを持ってきて組み立てる。着替え……と言っても軍服しか服を持っていないのでそれと下着だが、それをカバンからだし、一段落と息をついていると、小さな影が、半分ほど空いたドアからこっちを見つめていることに気が付いた。
「ラクレット、おきゃくさんきてる。はやくでる」
「あ、マリーちゃん」
ラクレットの姪、エメンタールの一人娘マリアージュだった。今年で3歳になる彼女は、少々おしゃまな娘であり、両親が仕事の為長期で家を空ける時でも、そこまで泣いたりはしない良い娘である。父親はおとうさま。母親はおかあさまと呼び、カマンベールはおじさま、ノアをおねえさまと呼ぶのだが、ラクレットは主に父親の影響によって呼び捨てである。それでもラクレットからすれば、かなり可愛い姪っ子であった。年が離れていることと、自分より下の親族がいなかったとことが大きい。
ともかく、マリアージュに礼を言って、部屋を後にした。彼女はそのまま祖母のところまでとてとてと走って行ってしまったので、転ばないようにと後ろから声をかけ、玄関を目指す。
そこには随分と懐かしい顔があった。
「英雄よ!! 援軍を求む!! 余は光の混沌により支配された!! 魔の職工により、契りを強要とさr……あー!! 閉めないで!! 閉めないで!! 普通に話す!! 本当に大変なんだ! 」
「サニー、君の話し方は、思い出したくないものを思い出させるから、本当に控えてくれ。2年半ぶりじゃないか」
サニー・サイドアップ 幼少時火傷した片目に眼帯をつけ、ゴスロリ衣裳に身を包んだ少女、いや、もう女性という年齢か。御年20になる彼女は、ラクレットのハイスクールの同級生であり、唯一の友人といって良かった。
あの頃は、改造制服に合うように、紫紺の髪は首の後ろで一つに束ねていたが、今はストレートとなり、黙っていれば、眼帯+ゴスロリ衣装に身を包んだ美少女コスプレイヤーに見える。そんな彼女であったが、非常に焦っていた。
「ああ、久しぶりだ。TVとかでよく見ていたが、本当に大きくなったじゃないか。それにだいぶ……そう、大人になった」
「まぁね。戦争を経験したからってことにしてくれ」
ラクレットは自室ではなく、応接間にサニーを通しお茶の用意をして向かい合うように座った。彼女は少し落ち着いたのか、その間に冷静にどうやって説明するか考え込んでいた。
「それで? どうしてここに? 」
「ああ、友人が新聞社に居てね、君が帰ってきたことを知らせてくれたんだ」
「なるほど。聞き方が悪かった、何の用でここに? 」
ラクレットのその言葉に、サニーは重たい口を開いて状況を説明しだした。
「祖父のつてで紹介された人とお見合いをすることになったんだ……」
「あー、うるさかったもんな、オマエの実家。お祖父さん退役軍人だったっけ? 」
「そうなんだ。でも、僕には、その……」
「ソルトさんな。あーもう付き合ってたり? 」
「実はまだなんだ……」
「あー、なんかごめん」
サニーの実家は、愛娘であるサニーに対して結婚しろと、ハイスクールの頃からうるさかった。たちの悪いことに、結婚するならば、べつに相手の家柄は問わない、だからとにかく孫の顔を見せろというスタンスだったのだ。
サニーはそれが嫌で自分の世界に引きこもり、中二病、というか邪気眼を発症させたのである。その気になれば、ナノマシン医療で火傷の跡など消せるのだが、彼女的にはあえて残している。その方が格好良いというのもあるが、もう一つ大きな理由がある、それがソルトだ。
サニーの幼馴染のソルト・ペッパーは、彼女の火傷が原因でいじめられた時に、彼がそれを気にしないで、庇ってくれたという何ともテンプレな過去を持つのだ。結局それが原因であとは『お察し』な感じだったのだが、中二病キャラをしているために、進展がなくずるずると、今更やめることもできずきっかけがつかめないままでいるという残念な関係なのだ。
ラクレット的に、こういう関係の二人が、片方お見合い話が出た場合、一悶着あってくっ付くのがお約束だし、そうなったのだろうと思っていたのだが
「それが……実は……」
サニーの話をまとめるとこういう事である。
サニーはお見合いが決まったと、ソルトに相談した。今まで見合いの話は蹴っていたが、祖父がコネを使いこぎつけたと豪語していたために断れなかったのだ。その相手が驚くことに、有名な軍人であり少しミーハーなところがある彼女は、「会うのが楽しみだ」と言ってしまう。もちろん楽観主義というか、悲観的な状況から目をそらした逃避的発言であり、当然断る気満々であった。しかしソルトは『お見合いに好意的だと』勘違いしてしまう。勝手にすればと冷たい発言を残して連絡拒否。途方に暮れて明後日に迫ったお見合いの為に出発の準備をしていたところでラクレットが帰ってきたのだ。
「普通に断ればいいじゃないか、ミーハー根性だけで会う位ならさ」
「それが、先方はすごく多忙な方で、今回時間が取れたことも奇跡に近いんだ」
「だから、ドタキャンでいいじゃないか」
ラクレット的にはもうどうせ、
『この後ソルトが僕の帰省を知ってやって来て、お前の友人のサニーが~~とか言って、僕のつてを使って、宇宙船を用意してお見合い会場に乗り込むことに協力させられる。その後『卒業』的にサニーをさらって、二人は幸せなキスをして終了』
なんだろとか考えていたのだ。割と投げやりだった。移動と掃除で疲れているのだ。
「それがその……私……いま……家事手伝いで……」
「……行かなかったり、意図的につぶしたりしたら追い出されると? 」
「ハイ、そうです。すいません」
ラクレットはため息をついた、自分だって親の金と親族の金が頭痛くなるくらいあるが、自分だけでも頭のおかしいくらい稼いでいる。それを目の前の同級生(20歳 女性 独身)はニート暮らしで無収入という。
「君ねぇ、まさか、永久就職しか考えてなかったけど、卒業の後告白しようと思ったら勇気が出ず失敗。そのままフリーター生活を続けて趣味に生きつつ、友人以上恋人未満の関係のままずるずる。でも花嫁修業はしているから大丈夫とか考えてないよね? 」
「さ、さすがに違うぞ!? ただ……その……火傷を直さないと就職でとってくれなかったし……君を見ていると、その、自分にも向いた職があるんじゃないかと思ってしまって……資格とかは沢山持ってるんだぞ!! 」
「ハイハイ、いいから。それで君はどうしたいの?」
「その、相手は軍人……というか、君も知っている人だと思う。だからそのせめて成立しないように、相手のダメなタイプとかを聞きたいんだ」
もちろん、ヴァルター的 けんりょくぱわぁ に期待していなかったわけでは無いであろう。それでもサニーは藁にも縋る思いでこの場に来たのだ。
「へぇ、誰だい? 」
「ああ、それが、叩き上げで人員不足だったとはいえ前線で佐官まで行った祖父の元戦友の教え子の中で一番優秀だった人で、今では『エルシオール』のクルーで優秀なブレインとしてサポートしている人なんだ。本人があまり目立たないせいで世間的な知名度は低い。それでも興味がある人なら知っていて当然、いや彼無くして先の戦役は────」
「……あー、うん。サニー」
「な、なんだい? 」
「たぶん、何もしなくても大丈夫だそれ」
ただ一つだけわかったことは、ラクレットは、この休暇も面倒事に巻き込まれてしまったという事だけであった。